マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1362] 謹慎中2 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/10/31(Sat) 21:47:46   56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



謹慎中2



 結果的に、負傷したエリートトレーナーは重傷どまりで、命は助かった。
 そして四つ子には、一ヶ月間のポケモン取扱免許仮停止と自宅謹慎が命じられた。
 ピカチュウもフシギダネもゼニガメもヒトカゲもみんなモンスターボールに仕舞われ、そして手持ちのボールが全て取り上げられると、四つ子は同じ顔を見合わせた。
「なんかさ、意外と寂しくないね」
「そりゃ同じ境遇の片割れが三人もいりゃあな」
「そうそう、ポケモンは一人旅の友だから!」
「まあ退屈はしないだろうが」
 そのように四つ子は呑気な自宅謹慎生活を始めようとしていた。食後の茶を四人仲良く並んで啜っている。
 そこに、四つ子の養親であるウズの叱責が飛んだ。


「トキサ殿にお詫びの手紙を書かんかい!」
 それは人として当然のことのようにウズは思っていた。しかし、生意気に成長した四つ子からは一様に不満の声が漏れたのである。
「ええー、なんでー」
「トキサさんが勝手に吹っ飛んだんだよ?」
「奴は僕のニャオニクスを無視した」
「あいつの自業自得だろ。俺らは何を謝りゃいいんだよ?」
 ウズは怒りにわなないた。
 一人旅をすれば、甘えたがりで自分本位な四つ子も人格的に一回り成長するかと期待して、ウズは心を鬼にして四つ子を危険な旅路に送り出したのだ。それがどうだ。
 生きることの厳しさを覚えた四つ子は、完璧なエゴイストに成長した。
 人の痛みに共感できない人間になった。自身の安楽な生活のことしか考えなくなった。
 ウズは両の拳を握りしめ、低く低く唸る。
「……欠陥じゃ……」
「血管? ウズ、血管切れそうなの? おこなの?」
「……おぬしらは人として大切なものが欠落しておる!」
 ウズは机を拳で思い切り叩いた。しかし、すっかり図太く成長した四つ子は、眉一つ動かさずにウズを眺めていた。そして隣に片割れが揃っていることを心の支えに、口々に反抗した。
「いや、大切なものって何ですか」
「俺ら何か間違ったこと言ってんですかぁ」
「育てた奴の育て方が悪かったんじゃねぇの?」
「感情論を押し付けられても困ります」
 そして四人揃って空とぼけている。
 ウズは嘆いた。
「……本当に、育て方を間違ったかもしれんな」
 深く項垂れると、ウズの白銀の髪がざらりと流れる。ウズはのろのろと台所に赴き、長年愛用し続けてきた包丁を取り出した。
「……けじめをつけねばならぬか……」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
 四つ子は揃って息を呑んだ。ウズは包丁を構えた。
「……世間様に顔向けできぬ。アホ四つ子よ、ここで眠れ……あたしも共に死んでやる」
「ぴゃあああああウズに殺されるぅぅぅぅぅ――!!」
 まずセッカが椅子から飛び上がり、食事室から脱兎のごとく逃げだした。きゃらきゃらと笑いながら、緑の被衣のキョウキが追う。赤いピアスのレイアがそそくさと続く。青い領巾のサクヤがウズに一礼して、四つ子は逃げた。


 四つ子はブーツなど履かず、袴に裸足のままで外に飛び出した。
自宅謹慎中なのに外に出ていいものかとも思ったが、あのまま家にいても養親の無理心中に付き合わされるだけ。裸足で外を駆け回った昔を思い出しつつ、四つ子はクノエシティに繰り出す。
湿った土と草と石畳を踏みしめ、樹齢1500年という不思議な大木を目指して走る。
しかしそれを邪魔するポケモンがあった。
「がるるっ!」
「うわっ!」
 突如目の前に現れたポケモンに驚き、先頭を走っていたセッカが飛びのく。残りの三人も息を弾ませつつ立ち止まった。
「……ルカリオだ」
「じゃあこいつ……って、うわぁー!」
 四つ子の前に立ちふさがったのは、波動ポケモンだった。標準よりも小柄なルカリオは、四つ子を目にしてにっと笑んだかと思うと、セッカに向かって容赦なく波動弾を繰り出してきた。
「ちょっやばいやばいやばい人間相手に波動弾はないって!」
 セッカが悲鳴を上げる。それに対するルカリオはわざとセッカから外すようにはしているものの、凄まじい威力の波動弾を何発も放ってくる。
「おいおい、進化して波動弾覚えたからって、人に向かって撃つもんじゃねぇぞー」
 レイアが声をかけるも、小柄なルカリオはひたすら楽しそうに波動弾を撃ちまくっている。炸裂音がいくつもいくつも、のどかなクノエに響き渡った。
 たまらずセッカが悲鳴を上げる。
「……ユディ! ユディ助けて! ウズとルカリオに殺されるぅぅぅぅ!!」
「いっぺん殺されて来いよ」
 その声は、四つ子の背後からした。
その声にルカリオがおとなしく腕を下ろしたのを見届けて、四人が振り返ると、そこには淡い金髪の、緑の瞳の青年が立っている。
 セッカは涙目で青年に飛びついた。
「なんでユディ! なんで故郷に帰ってきて殺されなきゃなんないの! 俺がいったい何をしたの!」
「ミアレでエリートトレーナーに重傷負わせたんだろうが? ウズから連絡来たぞ。おとなしく自宅謹慎してろよ、アホ四つ子」
 モノクロの服装に身を包んだ四つ子の幼馴染が、ほとほと呆れ果てた表情でセッカの額を思い切り小突いた。
 キョウキは笑ってとぼけ、レイアやサクヤは鼻を鳴らす。
 四つ子をひとしきり眺めると、ユディは微かに笑んだ。
「……久しぶり。元気そうだな。……靴はどこやった?」
「おうちだよ!」
「そりゃ威勢のいいことで。帰れ」
 ユディが合図をすると、彼の小柄なルカリオはその両腕で軽々と四つ子を全員担ぎ上げた。


 ルカリオのトレーナー、ユディは四つ子の幼馴染だ。彼は十歳になっても旅には出ず、クノエシティに残って学業を続け、そして現在はクノエの大学で法学を学んでいる。
ユディのルカリオは、四つ子とユディが幼い頃に見つけたケガをしたリオルが、ユディの手によって育てられついに進化したものだった。ユディもルカリオも、今日久しぶりに四つ子に再会したのだ。
 小柄ながらもルカリオが立派に成長したことに四つ子は感心しつつ、ユディに付き添われて、ルカリオに担ぎ上げられたまま、ウズの家まで引き返した。
 するとそこには、さらに別の客の姿があった。
「ありゃ?」
「モチヅキさんじゃないですかーやだー」
「うげっ」
 玄関先では、両手を腰に当てて仁王立ちする銀髪のウズと、黒の長髪を緩い三つ編みにして垂らした黒衣の客人が、ユディと四つ子を待ち受けていた。
 ユディがルカリオに合図する。
「下ろして」
「がるっ」
 そして四つ子は無造作に落とされた。
雨で濡れた地面にごろごろと四人は無様に転がるも、誰よりも素早く起き上がったのは青い領巾のサクヤである。
「……モチヅキ様」
「……身なりを整えてこい。話がある」
 泥まみれの四つ子をモチヅキは一瞥するなり、ウズの家に入っていった。
 四つ子は予想外の来客に、半ば呆けて地面に座り込んでいた。その隣で、ルカリオを傍らに伴ったユディが苦笑する。
「相変わらずおっかないな、モチヅキさん……。というか激怒してたじゃないか。お前らのせいだぞ、アホ四つ子?」
「……何をそんなに怒ってんだか。また説教しに来たのかよ、あいつ」
 赤いピアスのレイアが溜息をつく。キョウキもセッカもサクヤもそろそろと立ち上がった。
 家の前で四つ子の帰りを待っていたウズは、四つ子を連れてきたユディを労う。四つ子の幼馴染であるユディは、やはりウズとも昔馴染みだ。
「ユディ、いつもうちの四つ子が世話になるのう」
「いいよ、ウズ。で、こいつらどうする? 風呂までルカリオに運んでもらうか?」
「ふん、庭で水浴びで十分じゃろ」
「はいよ。ほれ来い、アホ四つ子」
 ユディがルカリオに命じ、四つ子を再び担ぎ上げさせた。左腕に二人、右腕に二人。それがルカリオの剛力で細腕に締め上げられるのだから、それは四つ子にとってなかなかの拷問であった。
 ウズが裏庭へと案内し、四つ子を抱えたルカリオとユディが続く。
 それから四つ子は秋の庭でユディとルカリオによって無造作に頭から盥の水をかけられ、泥を洗い流されて、座敷に戻ってはウズが自分で仕立てた着物に着替えさせられた。
四つ子の養親のウズは、和裁士をしている。ここクノエのジムリーダーであるマーシュがデザインした着物ドレスを仕立てる仕事も、ウズは以前からたびたび請け負っていた。
四つ子の親で存命なのは父親だけだが、その父親から四つ子に与えられたのは、ウズ一人、ただそれだけだった。ウズの和裁の腕一つで四つ子は十まで育ったわけで、それだけウズの縫製の技術は高い。そのため、四つ子の着るものはすべてウズの手作りである。
 そんなウズが作った揃いの柿茶色の着物で身づくろいをし、四つ子はぞろぞろと応接間に向かった。
 不愛想な黒衣のモチヅキの説教を受けるためだ。


 モチヅキは応接ソファで足を組み、肘掛に頬杖をついてじとりと四つ子を眺めている。ウズが茶と茶菓子の栗きんとんを人数分だけ盆にのせて運んできた。
ウズとユディはモチヅキの両隣に配置された一人掛けのソファにそれぞれ腰を下ろし、そしてその向かい側の三人掛けのソファには四つ子がぎゅう詰めにされた。
 沈黙が落ちた。
 銀髪のウズは澄まして茶を啜っているし、淡い金の髪のユディは栗きんとんを黒文字で上品に切り分けて口に運んでいるし、――そしてその二人の間に挟まれた黒髪のモチヅキは、ひたすら不愛想に頬杖をついたまま四つ子を眺めていた。
 四つ子はもぞもぞした。
 モチヅキは裁判官である。華族の血筋を引き、ウズや四つ子の父親とも親交があったとかいう縁から、何かと四つ子を支えてきてくれた四つ子の恩人だ。しかしモチヅキは昔から、この通り、大変気難しい性質の人物だった。
 ウズとユディが二杯目の茶を飲み干しても、モチヅキは四つ子を凝視したまま微動だにせず、その間四つ子は茶にも菓子にも手を付けず、ひたすらもぞもぞしていた。
 一杯目の茶が冷めきったところで、ようやくモチヅキが口を開いた。
「……これだから、学のない童は好かん」
 モチヅキの暗い眼が四つ子を凝視し続けている。
 へらりと愛想笑いをしているのは緑の被衣のキョウキだけだった。
「すいませんねぇ、なにぶん学資がないもんで」
「旅路にて学べることもあろう。旅は独りでするものではない。……助け合うことの尊さ、人心を慮ることの大切さは学べなんだか」
「ええと、モチヅキさんは何が仰りたいんですか? 学のない童にも分かるように簡潔明瞭にお願いします」
「生意気な……」
 黒髪のモチヅキは、頬杖をついたまま静かに言い放つ。
その隣で、銀髪のウズがうんうんと頷いていた。
 金髪のユディもじっと四つ子を眺めていたが、彼はふと息を吐き出した。そしてユディは幼馴染の四つ子に問いかけた。
「そのエリートトレーナーに対して、お前ら、悪いと思わないのか?」
「……悪くないもん」
 幼馴染の問いに、セッカがすねたような口調で応じる。ユディは顔を顰めた。
「お前らのポケモンのせいで、その人は怪我をしたんだ。お前らは、手持ちのポケモンたちのおやだろう。ポケモンのやったことに、責任を持つべきだ」
「……責任を持つって、何すりゃいいのさ」
「まず、謝れよ。直接会えないなら、手紙を出せ。早急にだ」
「……何を謝るのさ。……何を謝んないといけないのかもわかんないのに謝ったって、トキサも困るだけじゃんか」
「お前らのポケモンが、その人にひどい怪我を負わせたことについて、だ」
「――だってさ、事故じゃん!」
 セッカが叫ぶ。
「四人で考えてみたけどさ、悪いのはトキサだもん。……俺らが謝るのは納得できない!」
 ユディも穏やかに言い返す。
「何をムキになってるんだ。変な意地張らずに、素直に謝っとけ」
「……とりあえず謝ればそれで済むのか? 謝って世間体的に穏便に済ませろってか?」
「謝るのが常識だろ」
「常識常識って、うるっさいなぁ! ウズは感情的だし、ユディはなーんも考えなしだし、もうやだ。ばーかばーか」
 セッカはそっぽを向いた。
 赤いピアスのレイアは腕を組み、青い領巾のサクヤは俯いている。緑の被衣のキョウキだけは、ほやほやとにこやかだった。
「これだから学のない者は」
 モチヅキが再び吐き捨てる。それから静かな声音で問いかけた。
「その重傷のトレーナーがこれからどのような道を歩むか、想像できるか?」
 モチヅキが視線を投げたのはサクヤである。青い領巾のサクヤは背筋を伸ばしたが、すぐに言葉に詰まった。
「……しばらく入院、……」
「病院によると、かの者は今後一生、立つことも話すことも一切かなわぬ身になるそうだ」
 四つ子は黙り込むしかなかった。
 エリートトレーナーのトキサが重傷を負いはしたが死は免れたことは、四つ子も聞き知っていた。しかし具体的にどのように重症なのかは、四つ子は今の今まで知りもしなかったし、興味すらなかったのである。
 重症と聞いても、たかだか骨折か内臓破裂か。現在の医療技術なら、時間さえかければすっかりトキサも回復するだろうと四つ子は高をくくっていた。
 まさか、後遺症が残るなどとは思いもしなかった。
 モチヅキは淡々と言い募る。
「手術、入院、介護用品には費用がかかる。しかし今の法律では、ろくな見舞金すら取れもせん。が、それだけで済む話でもない。己が力で食事も排泄もできぬのは若い者には惨めであろうな。ポケモンと共に夢の舞台に挑むことも叶わなくなったのではあるまいか」
 モチヅキはふと口を噤んだ。
 やがて再び口を開き、囁いた。
「まあ私にもそなたらにも、その者の苦痛を想像することしかできん。……そなたらの行動一つ、言葉一つが、その者を絶望に陥れることも、また救うこともある。……それは心がけておけ」
 それだけ静かに告げると、モチヅキは茶菓子を口に運んだ。なので、レイアもキョウキもセッカもサクヤもそれに倣う。ほくほくと甘い栗きんとんを味わい、冷めた苦い茶で流し込んだ。
 そしてモチヅキはさっさと席を立った。


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