マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1381] 宵闇の挽歌 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/10(Tue) 22:02:38   51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



宵闇の挽歌 上



 二本牙ポケモンの背に乗って深い雪を渡りに渡り、そうして昼前には雪のない場所に辿り着いた。
 サクヤはゼニガメを片手で抱え直すと、青い領巾を引きつつモチヅキの手をそっと取り、マンムーの背からモチヅキが下りる手助けをする。豪雪地帯のマンムーロードを抜け、ようやく二人はヒャッコクシティに辿り着いたのだ。
 星巡る時告げの街は、半ば湖の上に張り出すようにして築かれている。
 マンムーに別れを告げてゲートを抜ければ、特徴的な日時計はすぐにサクヤとモチヅキの視界に入った。晴天にそびえる日時計は、ギラギラと淡紅に輝いている。
 サクヤが遠目に日時計を眺めていると、モチヅキの手が葡萄茶の旅衣の肩に触れた。サクヤは慌てて顔を上げ、モチヅキを見上げる。
「苦労をかけた。ここまででよい」
「はい、……あの」
「午後六時にはポケモンセンターで落ち合おう」
「はい」
 サクヤはゼニガメを両手で抱え、背筋を伸ばす。
 黒衣のモチヅキは微かに目元を緩めたかと思うと、颯爽と踵を返し、観光客の多い人混みに紛れてヒャッコクの街の中へ消えていった。
 サクヤはモチヅキの姿が見えなくなるまで、ぼんやりとそれを見送っていた。
 そして、大きく溜息をついた。
「……ああ……」
「ぜに? ぜにぜに? ぜにぜにぜにが!」
「……なんだ? アクエリアス」
 サクヤの抱えるゼニガメが、何やら満面の笑顔でたいへん上機嫌に鳴きたてている。サクヤは軽く眉を顰めた。
「なんだ、僕はそんなに浮かれていないぞ」
「ぜーに、ぜにぜに! ぜにゃーっ!」
「こら」
 ゼニガメがぴょんとサクヤの腕から飛び出し、短い足でしたたたと街道を走る。サクヤは速足でそれを追った。
 ゼニガメは街道脇の柵を短い手足で器用によじ登ると、青く澄んだ湖に飛び込んでしまった。
 サクヤは嘆息した。湖面からゼニガメが顔を出し、サクヤに向かって水鉄砲をしてきている。サクヤも湖に飛び込めと、そう言っているのか。そんなことができるわけがない。サクヤは仕方なく、ゼニガメの姿を確認できるベンチに腰を下ろした。日時計の綺羅綺羅しいピンク色が、嫌でも目に入る。
 サクヤはあの派手な日時計は好きではない。誰が作ったものだか、はたまたどこからやってきたものだか知れないが、まるでプラスチックでできた玩具のピンククリスタルをそのまま巨大化させたような品の無さがある。もしあの日時計をかつてのカロスの貴族が造ったのだとしたら、サクヤはその貴族の品性を疑う。


 さて、サクヤがその好かぬ日時計を拝む羽目になったのは、モチヅキをフウジョタウンからこのヒャッコクシティまで護衛してきたからであった。そのモチヅキはヒャッコクでの用事を済ませに行った。そうなると、サクヤは夕刻まで暇である。
 ヒャッコクに来たのは、この街のエスパータイプのジムに挑戦した時以来だった。
 しかし、サクヤにはこの街ですることが特にない。わざわざこれ以上あの悪趣味な日時計の近くに行く気にもなれない。そもそも観光客の人混みは嫌いだ。
 ヒャッコクには有名なブティックもあるが、古趣味な養親に育てられたサクヤは流行の衣服というものにもとんと興味がない。
 この街のジムリーダーであるゴジカの占いもとかく有名だが、やはりサクヤは、興味がない。
 ゼニガメは楽しそうに湖の水を跳ね上げている。
 サクヤがベンチに座り込んでゼニガメをぼんやりと眺めていると、ベンチの隣に、年配の女性が腰を下ろしてきた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「今日も湖は綺麗ねぇ」
 老婦人はただ一人、趣味の良い服装をしているがどこかへ出かける風でもなく、ただ目を細めてサクヤの隣に座っている。そして柔らかい声でサクヤに話しかけてきた。
「あの元気の良いゼニガメさんは、貴方のお友達なのかしら?」
「……ええ」
「今日もいい天気ねぇ。もしかして、フウジョの方から雪山を越えて?」
「ええ、マンムーに乗って参りました」
「吹雪の中、大変でしたでしょう。もしかして、クノエのお方?」
「ええ、そうです」
「そう、やっぱり。クノエのマーシュさん、素敵よねぇ。おとりまきのお嬢さんたちも華やかで」
 老婦人は日差しのように、のんびりと語っている。
「貴方のお着物も、マーシュさんがデザインなさった?」
「いえ、これはジョウト出身の養親が縫ってくれまして……」
「あら、本場じゃない。マーシュさんもジョウトの出身だそうだけれど」
「ええ、僕の父方の実家もジョウトのエンジュで。僕は生まれはクノエですが」
「あらあら、じゃあマーシュさんともお知り合い?」
「養親は、そうですが。僕はジム戦に挑ませていただいた他は……特に……」
 サクヤが控えめに答えると、老婦人はふと口を閉ざした。
 しかし老婦人はすぐに笑顔になり、サクヤに向き直った。
「お会いしたばかりなのに、急に色々とごめんなさいね。私はミホ、タテシバミホと申します。いつも日時計を眺め暮らしているだけの、ただのおばあさんですけれど」
「いえ……僕はシジョウと申します」
「シジョウさんね、シジョウさん……お名前?」
「いえ、シジョウのサクヤと申します」
「そう、サクヤさん。もしお暇なら、おばあさんの話し相手になってくれるかしら?」
 サクヤはミホを見つめた。そして特に断る理由もないので、頷いた。
「僕でよろしければ。……用事があるので夕刻には失礼しますが」
「十分よ」
 そしてミホは、サクヤをカフェに誘った。
 湖面のゼニガメが騒ぐので、サクヤはゼニガメをボールに戻すことでゼニガメを手元に戻した。しかしゼニガメは勝手にボールから飛び出してきたので、サクヤはそのままゼニガメを両手で抱えた。


 ヒャッコクシティの北端、湖を望む洒落たカフェの窓際のテーブルに、サクヤとミホは席をとる。サクヤは膝の上にゼニガメを下ろし、そして二人はそれぞれランチを頼んだ。
 ミホはやんちゃなゼニガメを見つめ、ますます目を細める。
「ゼニガメちゃん、かわいいわねぇ」
「大変ないたずら者ですが……」
 サクヤは表情を変えず、静かに応じる。膝の上に乗せたはずのゼニガメは、いつの間にかサクヤの肩の上に這いあがり、サクヤの髪をぐいぐいと引っ張っていた。
 ミホはくすくすと笑った。
「ね、サクヤさん。緊張なさってる? おばあさんとランチなんて初めてかしら」
「初めてですし、戸惑っていないと言えば嘘になりますが……」
「私、貴方の笑顔、好きよ?」
「……僕が、いつ、笑いました?」
「貴方が、長い黒髪を三つ編みにした方を、お見送りしているときに」
 サクヤはきょとんとした。
 てっきりこのミホという老婦人が、以前にサクヤの片割れの誰かの笑顔を見たことがあるとでも答えるものと思っていたのだ。サクヤは一卵性四つ子の片割れであるため、レイアの険のある笑顔も、キョウキの貼り付けたような笑顔も、セッカの馬鹿さ丸出しの笑顔も、ある意味ではそれらすべてがサクヤの笑顔ともいえる。
 しかしミホは、サクヤがつい先ほど、モチヅキを見送る時に笑っていたという。
 サクヤはわずかに眉を顰めた。
「……笑っていましたか……」
「ああサクヤさん、どうぞ気を悪くなさらないで。私、こんな歳だけれどとても目がいいのよ。貴方の表情を見て、素敵な方だと思って、私、貴方に一目ぼれしたの」
 ミホはくすくすと笑う。笑い方の可愛らしい老婦人だった。背筋もまっすぐ伸びており、所作の一つ一つに気品が漂っている。
 サクヤも小さく笑い、軽く会釈した。
「若輩者ですが」
「嬉しい。じゃあ、食後のティータイムまでお付き合いいただきましょうね」
 パンとスープとサラダ、魚料理といった軽食が出される。そこでミホは、またもやくすくすと笑った。
「なんだか、お着物をお召しの方に申し訳ないわね。お寿司屋さんにでもお連れすればよかったかしらね」
「いえ、いつものことですので」
「そう。ねえ、私も若い方とお食事しながらお話するのなんて、久しぶりなのよ。恋バナとかしましょうか?」
「ミホさんも恋なさるんですか?」
「もうやだ、私はサクヤさん一筋よ、分かってるくせに」
「冗談ですよ」
 小さく笑いつつ、スープを飲む。ミホは笑いを含ませた声で囁いた。
「ね、サクヤさんはあの三つ編みのお方にぞっこんなんでしょ?」
「あの方は、僕の師であり、親でもある方です」
「つまり恋愛などではなく、親愛であると、そうおっしゃりたいのね」
「当たり前ですよ。あの方に恋など、それはもう恐れ多くて」
「崇拝していらっしゃる。それとも、憧れ、かしら」
「モチヅキ様は、素晴らしい方ですよ」
「モチヅキ様、ね」
 ミホは拗ねたような口調を作った。パンを小さくちぎる。
「そのモチヅキ様は、どういった方なのかしら?」
「裁判官をしておられます。僕ら兄弟を、実の親に代わり長く面倒を見てくださっています」
「裁判官様が……。それはさぞ心強いでしょうねぇ。サクヤさんは、兄弟は何人お持ちなの?」
「三人です、四つ子の片割れが」
「まあ、四つ子」
 ミホはちぎったパンの欠片を皿に取り落とした。サクヤは澄ましてスープを掬って飲んだ。
「よくそのような反応を頂きます」
「まあまあまあ。よくサクヤさんに似ておいでで?」
「顔かたちも声もすべて同じです。ミホさんのお気に召すのでは?」
「あらもうやだ、ひどいわね、私をそんな女だとお思いなの?」
 そしてひとしきり二人は軽く笑う。
「そう、そうなの。モチヅキ様が貴方がた四つ子を育ててくださったのね。ご両親はお忙しい?」
「母は昔に亡くなりました。父はジョウトで忙しくしているのでしょうが、顔も知りません」
「ごめんなさい。……お寂しくはない?」
「いえ、騒がしい片割れたちがおりましたから、寂しいということは。今は一人旅の身ですが、ポケモンたちもいますし。モチヅキ様のお役にも立てます」
 そうなの、とミホは溜息をついた。
「ごめんなさいね、サクヤさんのことばかり根掘り葉掘りお伺いして。ここは公平に、私の素性もお明かししておきましょうね。私はね、夫に先立たれて、息子夫婦と孫がいる……いた……のよ」
 ミホは静かな声音で、やや早口に、自分の話をした。
「つまらない話ですけど、許してね。私には孫が二人おりました。けど、この孫の兄の方が大変な悪さばかりしましてね、……孫娘は何年前かしら、亡くなりました。私もつい熱くなって、息子と離縁してしまいましてね。なんて」
「……それは」
「だから私も、今はポケモンだけが心の支えなのよ。トレーナーではないけれど。……貴方のゼニガメさん、とてもすてきね」
 ミホは寂しそうに笑い、スプーンをそっと空のスープカップに置いた。
 そしてサクヤも昼食を終えているのを確認すると、明るい笑顔を作った。
「それじゃ、食後のデザートを頼みましょうか」


 紅茶とロールケーキと共に、サクヤはミホと軽い冗談を時折交えつつポケモンの話などをした。
 湖を臨む席は絶景で、ケーキも美味しく、そしてミホは話を聞くのが上手かった。
 ポケモンだけを共に旅をしていると、自然と口数は減る。サクヤも手持ちのポケモンたちに普段から話しかけはするものの、ポケモンは共に問題に立ち向かうべき旅の仲間であって、悩みを打ち明けるべき相手ではない。
 サクヤは初めはミホに請われるまま旅の話や片割れたちの話をしていたが、旅先での苦労の話はどうしてもしやすかった。
 それに気付いてサクヤはふと口を閉ざした。
「……すみません、どうも愚痴っぽくなってしまって」
「いいえ、こんなに才能ある四つ子さんを放っておくお父様もお父様だわ。いっぺんガツンと言ってやればいいのよ」
「ですが、連絡先も分かりませんし……」
「そんなの、養親のウズさんや、それこそモチヅキ様にお伺いすればいいじゃない。父親でしょう、何を遠慮することがあるの。サクヤさん、ご兄弟と力を合わせて、頑張って」
「……でも、父にいったい何を……」
「せめて顔でも見せに来いと、言っておやりなさい。そしてエンジュの美味しいお菓子をお土産にねだりなさい。それからお会いして、ゆっくり家族でお話をするの。戸惑うかもしれないけれど、大丈夫よ、きっと……」
 しかしそう言っているミホ自身も、寂しい表情になっていることにサクヤは気づいた。ミホもまた家族の離別に苦しんでいるのだ。
「……ミホさんも……その、失礼ながら、息子さんやお孫さんとは」
 久しぶりに人と話をして、気が大きくなっていた。サクヤはそのように言いかけ、はっとして口を噤んだ。
しかしミホの表情はこわばっていた。
「そうね、そうよね。偉そうなこと言えないわよね、ごめんなさいね」
「いえ、そういうわけではなく……」
「……私も分かってはいるのよ。戸惑っているの。……息子夫婦はどうしているかわからないし、梨雪もこんなことになって……ああ……」
 老婦人は動揺した様子を見せ、とうとうハンカチで目頭を押さえた。サクヤは失言だったと冷や汗をかいた。
 その時、それまでサクヤの膝でまどろんでいたはずのゼニガメが飛び出した。
「あらっ」
 ゼニガメはサクヤの膝からミホの膝に飛び移り、にこにこと愛想よくミホを見上げている。ミホもつられて笑顔になる。
「まあまあ……慰めてくれてるの? いい子ね、優しいわねぇ。ありがとう。……サクヤさん、ごめんなさいね。おばあさんが取り乱したりして、困らせてしまって。……最近気が弱ってしまって困るわ」
 ミホはそう取り繕い、そっとゼニガメの甲羅を撫でている。そして未だにやや震える声でサクヤに頼みごとをした。
「ごめんなさい……すぐ終わるわ、私の話を少しだけ、聞いてくださる?」
「構いません、僕の方もつい甘えてお話を聞いていただいたので」
「本当にごめんなさいね。つまらないお話なので、すぐ忘れてちょうだいね」
 老婦人はゼニガメの煌めく瞳を覗き込み、微笑した。そして静かに話し始めた。


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