マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1383] 午後の騒擾 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/10(Tue) 22:05:33   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



午後の騒擾 上



 とある暖かい日和の午後。
 ピカチュウを肩に乗せたセッカと、緑の被衣ごとフシギダネを頭上に被いたキョウキは、クノエシティの北で待ち合わせていた。
「きょっきょ――会いたかったよぉ――!」
「きょっきょもセッカに会いたかったよ!」
 そして四つ子の片割れの二人は、しっかと抱擁を交わした。セッカの肩に乗っていたピカチュウと、キョウキの頭に乗っていたフシギダネが、その反動で頭をごっつんこした。
「ぺかっ! ぴがぢゅう!」
「だぁねぇー?」
 セッカにかフシギダネにか激しく文句を言うピカチュウに対し、フシギダネはのんびりと満面の笑顔を浮かべて、共に研究所で育った幼馴染との再会を心から喜んでいる風である。
「きょっきょ、だいしゅき!」
「きょっきょもセッカのこと大好きだよー!」
そしてそのような相棒たちの額の痛みなどつゆ知らず、セッカとキョウキは頬をすり合わせて兄弟愛を確認し合っていた。
「きょっきょ、ほんとに大好き!」
「きょっきょもセッカのこと大好き……ねえ、もういい加減このくだりやめない?」
「ひどい!」
 感動の再会コントに先に飽いたのはキョウキであった。


 キョウキは片割れの肩に両手を置いたまま片割れから身を離し、セッカと共にクノエシティに現れた金茶髪の壮年に向かって、にこやかに笑いかけた。
「やあ、ロフェッカ」
 ロフェッカはにやにやと笑っていた。
「お前さんら、仲良いなぁ」
「そうだよ、僕とセッカは相思相愛なんだよー」
 そしてその頃になってようやく、セッカもまた、キョウキと共にこの場にやってきた幼馴染に気が付いたのだった。
「あっ、ユディだ!」
 モノトーンの服装に身を包んだ淡い金髪の青年は、軽く笑いつつ拳骨を軽くセッカにぶつけた。
「気づくの遅いわ。キョウキしか目に入ってなかったのか、お前は?」
「あっ、ユディ怒った? きょっきょに嫉妬した?」
「誰がキョウキなんかに嫉妬するか、馬鹿セッカ」
「ユディが怒ったー! 怒ったー!」
 セッカはきゃっきゃと幼く笑う。
 クノエシティの北の外れに揃ったのは、セッカとピカチュウ、キョウキとフシギダネ、ロフェッカ、そしてユディである。
 そしてそこからさらに北に行けば、カロス地方で使われるすべてのモンスターボールを製造する、ボール工場がある。
 ポケモン協会員の壮年は、北を振り仰いだ。
「んじゃ、ガキども、工場見学行くかぁ?」
「よろしくお願いします、ロフェッカさん」
「ピカさん、ボール工場だぞ!」
「ぴかっ!」
「楽しみだねぇ、ふしやまさん」
「ふしゃー?」
 そして四人は、ボール工場の石造りの塀に向かって歩き出した。


 ボール工場は、モンスターボールのモニュメントが立ち並ぶ以外は、何の変哲もない工場である。しかしカロス地方で使用されるすべてのモンスターボールを製造する場所とあって、見学に訪れる者は後を絶たない。ボール工場はいつしかクノエシティの一つの名所ともなっていた。
 セッカもキョウキも、けしてボール工場そのものに興味があるわけではなかった。それが何故ロフェッカとユディと一緒に工場見学に向かっているのかというと、ひとえに、ただの息抜きである。
「ポケモンばっか育ててると、残念な頭がさらに残念になるからな」
 四つ子の幼馴染のユディはにやにやと笑っている。
「せいぜい知見を増やせ。モンスターボールの起源とか、構造とか、何か旅に役立つことが分かるかもしれないし」
「えー、そんなの役に立つかなぁー」
「役に立つ、立たないで物事をすべて判断してはいけないぞ。一見ムダな寄り道に思えるものが、あとあと大きな財産になることだって多々あるんだからな」
 ユディは言いつつ、セッカの頭を拳でぐりぐりしている。ユディとセッカが会ったのは、いつぞやの謹慎期間以来である。双方ともにその時からほとんど変わっていないものの、ユディとセッカは昔から特に仲が良かった。セッカもユディに頭をぐりぐりされつつ、けらけらと笑っている。
「ユディの頭も、ムダに思えるけど役に立つもんなー?」
「そうだな、役に立つといいな! おら」
「ぎゃー!」
 ユディは頭でセッカの頭をぐりぐりした。セッカも悲鳴を上げながら負けじとぐりぐりとやり返す。セッカの肩の上のピカチュウが先ほどからバランスを崩し、ぴゃいぴゃいと文句を言っている。
 ユディは年相応に笑っている。セッカも更に精神年齢を退行させて笑っている。
 ロフェッカとフシギダネを頭に乗せたキョウキの二人は、微笑ましく彼らを見守っていた。
「平和だな」
「平和だね、ロフェッカ」
「で、キョウキ、お前さんはボール工場に興味あんのか?」
「ないよ」
「おう……」
 キョウキは緑の被衣をなびかせつつ、にこにことセッカとユディを見つめている。
「でも、セッカとユディが幸せそうにしているのは、見る価値がある」
「お前さんも、ブラコン?」
「なんで揶揄するかなぁ。大切な人の笑顔を楽しみにすることが、そんなにおかしい?」
「ははっ、すんませんっした!」
「ロフェッカ、次にふざけたこと言ったら、すり潰すからね?」
「やべぇ何こいつ怖え!」
 ロフェッカは大仰に震えあがった。キョウキはフシギダネと共に、にこにこと笑顔であった。


 一行の最年長であるロフェッカは、ポケモン協会の職員である。
 彼の職員としての任務は非常に多岐にわたり、ポケモンセンターの機器の管理点検、各道路の標識の管理、ジム戦が適正に行われているかの調査、行方不明となったトレーナーの捜索など、ポケモントレーナーに関わるような仕事はおよそ何でも、ポケモン協会から遂行するよう指令が下される。
 そして今回のロフェッカの任務は、ボール工場の種々の点検だった。少なくとも、セッカやキョウキやユディはそう聞いていた。
 立ち並ぶモンスターボールのモニュメントの間を四人でのんびり通り抜けながら、セッカは機嫌よくキョウキに話しかけている。
「もうさー、このおっさんとはショウヨウで会ってから、コボクとミアレとクノエまで、ずぅーっと一緒だったわけ。分かるかなぁきょっきょ、寝ても覚めても視界におっさんが入るこの気持ち。ピカさんがいなかったらグレてたぞ、俺!」
「ひでぇ言われようだな……」
 ロフェッカがぼやく。キョウキとユディは吹き出していた。
「え、ロフェッカと二人旅なんて楽しそうじゃない」
「よかったな、セッカ。いい勉強になったんじゃないか?」
「よくねぇよ! おっさんったら、リビエールラインじゃひたすらきのみ畑で肥しを混ぜ繰り返してたし、ベルサン通りじゃひたすら速度違反のローラースケーターをいちいち捕まえて説教してたし、クノエの林道じゃひたすら迷子のトレーナーを捜して迷子になったし!」
 セッカはぷりぷりと怒り、その肩の上のピカチュウもパチパチと全身で火花を弾けさせている。ロフェッカはそれを豪快に笑い飛ばし、キョウキもユディもにやにやしながら話を聞いていた。
 そうこうしているうちにも四人は工場前の階段を上りきり、ボール工場そのものが見えてくる。
 工場の敷地の周辺には、数十人の人間が集まっていた。
 四人はそれを横目で見ながら、工場の敷地に入っていく。
「……こいつらも観光客なんかな?」
「ボール工場って、意外と人気なんだねぇ」
 セッカとキョウキがこそこそと話すのを、ロフェッカは軽く笑い飛ばしていた。


 ポケモン協会の職員の訪問は工場側ももちろん承知しており、ロフェッカ率いる四人は工場の担当者によって案内された。
 ロフェッカはさらに他の担当者と一緒にどこかへと去り、そして残された若い三人は、案内係に引き連れられてボール工場を見学することになる。
 轟音を立てて工場の機械が唸り、動く。ごうんごうん、ぷしゅー、がららららららら、ごとん、がちゃん、がちゃん、がちゃん、ごっごっごっご。
「うるせぇ――!!」
 セッカは叫んだ。キョウキは笑っていた。ユディと案内係は苦笑していた。
「……うるっ……っせぇ――!!!」
「わかったから」
 ユディがセッカの頭を殴る。セッカは更にぴゃいぴゃいと叫んだ。
「ひどい! ユディのせいで、いま馬鹿になった!」
「元から馬鹿だろう。問題ない!」
 セッカとユディはぎゃんぎゃんと工場内の轟音に負けじと声を張り上げる。案内係の説明などほとんど聞いていない。
 よくわからない機械から球体が出てきて、ベルトコンベヤーで流れていき、外面に色が付けられる。すると途端に、ショップで売っているようなモンスターボールに早変わりする。
 ラインごとに、別の種類のボールが流れていることが分かった。赤白の標準のモンスターボール、青赤白のスーパーボール、黒黄白のハイパーボール。他にも、緑や黄色や青や桃色のボールがぞろぞろと流れている。
「……ユディ、いま俺は大変なことに気付いてしまった」
 セッカが流れるボールを見つめながら深刻そうな表情で呟く。辛うじてそれを聞き取ったユディが聞き返した。
「なんだ? トイレか!」
「違うもん! モンスターボールって、紅白でおめでたいよな!」
「おめでたいのはお前の頭だ!」


 勝手に工場内をちょろちょろするセッカとピカチュウ、その主従を制御するため奔走するユディ、そしてボール工場ではなく連ればかりを幸せそうに眺めているキョウキとフシギダネ。誰もろくに案内係の説明を聞いていない。
 工場の案内係は冷や汗をかいていた。
「はい……このように、たくさんのボールがコンベヤーで流れてますね……。こんな感じでカロスのボールが作られてます……」
「見れば分かるっす!」
 セッカは元気良く返事をすると、案内係はびくりと跳び上がった。どうせ自分の説明など彼らの耳に入っていないだろうと高をくくっていたのである。
 案内係は愛想笑いを浮かべて取り繕った。
「……そ、そうですね、でも、これ以上詳しくお見せしたり説明したりすると、企業秘密の漏洩になるんですよね……」
「見学に来た意味がないっす! 俺らに何を見て、何を学べってゆーんっすか!」
 セッカは工場内の轟音に負けじとぴゃいぴゃいと騒ぐ。その隣でキョウキはほやほやと笑みを浮かべ、また逆隣ではユディが苦笑していた。
 案内係はぎこちなく笑うと、工場の隣の静かな空間に三人の若者を導いた。
 壁面に額に入れられた大きな写真や、説明文のパネルが並べられていた。偉そうな人物の肖像もある。
「えーと……まあ工場の設備は見てもよく分かんないかもしれませんね……。この展示室では、わが社の歴史や理念などをご紹介してます」
「文字と白黒写真ばっかりっすねー。俺、漢字ほとんど読めないんだけど……」
 ぶうと文句を垂れつつも、セッカは勝手に展示室へとふらふらと繰り出していった。残された案内係は軽く呆気にとられ、キョウキやユディもまた仕方なく、ふらふらと退屈そうな展示室内を巡ることにする。
 ボール工場の理念はこうだ。
『ボールで、すべてのポケモンとなかよくなる!』
「なるほど」
 セッカはもっともらしく頷いた。肩の上ではピカチュウが首を傾げている。セッカは相棒に向かって語りかけた。
「ピカさんよ、俺らはボールによって仲良くなったのだな?」
「ぴかぁ?」
「そう……思えば俺たちが出会ったのは、プラターヌ博士の研究所であった……。あのとき俺はピカさんのボールを受け取り、ピカさんのトレーナーとなったわけだ」
「ぴかちゃ?」
「アギトも、ユアマジェスティちゃんも、デストラップちゃんも、俺がボールを投げて捕まえたから、仲良くなれたのだな」
「そう、その通りです!」
 突然に割り込んできた案内係の声に、セッカはびくりと肩を跳ねさせた。そしてぷるぷると震えながら背後に立っていた案内係を振り返り、ぴいぴいと文句を言った。
「うるっさい! 俺はピカさんに話しかけてんの!」
「す、すみません!」
「……でも、ピカさんは最初から俺と仲良くしてくれてたけど、アギトやユアマジェスティちゃんやデストラップちゃんは、ゲットした後もしばらく俺のこと嫌ってたみたいだった」
 セッカは腕を組み、首をひねる。手持ちのガブリアスとフラージェス、マッギョのことを思い出しているのだ。
 彼らをゲットした当初は、彼らはそれほどセッカに懐いてはいなかった。それもそのはず、彼らの縄張りにのしのしと踏み込んできたセッカに一方的にピカチュウをけしかけられ痛めつけられ、そして気付いたらセッカに捕らえられていたのだから。
 もっとも、ガブリアスもフラージェスもマッギョも、今はセッカによく懐いている。
 案内係は笑顔を浮かべ、握り拳を作って力説した。
「でも、今はトレーナーさんに懐いているんでしょう? なら、ポケモンたちと仲良くなれるきっかけを作ったのは、モンスターボールですよ」
「そうなんかなぁ。……ボールで捕まえたから、アギトもユアマジェスティちゃんもデストラップちゃんも、俺のことが嫌いでも俺から逃げられなかったんだよ……。三匹と仲良くなれたのは、ボールのおかげじゃなくて、俺の努力のおかげだよ」
 セッカは案内係に反駁した。
 ボール工場の案内係は、負けじと胸を反らせた。
「見解の相違ですね。確かに、ポケモンと仲良くなれるかは、トレーナーの技量にかかっています。しかし、ポケモンと仲良くなれないようなトレーナーは、そもそもボールを投げたところでそのポケモンを捕まえられやしないのですよ。力量不足ですからね!」
「……んん?」
「つまり、ボールでそのポケモンを捕まえられれば、確実にそのポケモンとは仲良くなれるのですよ!」
 案内係はそのようにのたまった。
 セッカとピカチュウは揃って首を傾げていた。案内係の話の内容が難しすぎて、途中からまったく理解できていなかったのである。
 混乱しているセッカに声をかけたのは、幼馴染のユディだった。
「セッカ。今の話、嘘だぞ」
「えっ、マジか!」
 ユディはそのように簡潔に、案内係の主張を全否定した。
 工場の案内係が戸惑ってユディを見やると、ユディはさりげなく視線を逸らした。
「『ボールはポケモンと仲良くなるためのものだ』ってこいつらは言ってるが、そんなのはただの建前だよ」
「なんだぁ。嘘ついたな、あんた?」
 セッカは案内係を睨みつける。
 セッカにとって、幼馴染のユディの言うことは絶対である。なにしろ、ユディはクノエの偉い大学生様である。そこいらの大人よりもよほど学があるのだ。そのユディの言うことならば、正しいはずである。
 ユディは早口で、自分の考えをまくし立てた。
「人間が『ポケモンと仲良くなろう』なんて考えを持つ方が、本来は異常なんだ。考えてみろよ、古代から人間はポケモンを恐れてきた。その恐ろしいポケモンを手懐けるための道具が、モンスターボールなんだからな」
「へえ」
「『ポケモンと仲良くなろう』なんてぬるいことをほざけるのは、人間がボールという強力な道具を手に入れた現代だからさ」
「なるほど」
「ボールは本来、荒ぶる神を封じる道具。自然の驚異を人の武力に変換する装置なんだよ。こいつらの言う『仲良くなる』は所詮、手懐けるという意味に過ぎない。人は自然の脅威を克服した上で、それを武力として持つに至ったわけだ」
「ユディ、なんか、よく分かんなくなってきた」
「だからモンスターボール産業は、強い。世界各国で必要とされる。そしてボール産業を手がけるのはただ一社のみ。考えてみろよ、世界各国でボールの規格は同じじゃないか。……ボールを作れるのは一社だけなんだ」
「ユディー……?」
「ボール会社は、兵器商人なんだよ……。なのに、何でもない顔をして、世界各国で同じ色や形をしたボールを作って。ポケモン協会と組んで各国の政権を牛耳って。……何を考えているやら、だな」
「おーい、ユディー?」
「その気になれば、ボール会社は各国政府を操って、各国で戦争を仕掛けさせることすら可能だろうさ。そうなれば、戦うのはボールに囚われたポケモン。そしてボールを持つトレーナー。各国はさらなる武力を求め、さらにポケモンをボールに収める」
「ユディー……」
「戦争で、ボールはさらに売れる。そういうことなんだろうが?」
 いつの間にか、ユディはその鮮緑の瞳で、工場の案内係をまっすぐに見据えていた。
 若い学生に持論を展開された案内係は、不意打ちもいいところで、あたふたとしている。
 セッカは、ユディと案内係との間の微妙な空気に、ひたすら目を白黒させていた。


 そこに、柔らかい笑い声が響いた。
「――面白いね、ユディ」
 声を上げたのは、キョウキである。
 緑の被衣を被り、さらにその上に穏やかな表情のフシギダネを乗せたキョウキは、人好きのする笑みを浮かべてユディと案内係の間に割り込んだ。
「ユディの言ってること、筋が通っていて正しい気がするよ。でも、場所柄をわきまえた方がいいと思うよ」
 キョウキはユディの肩に手を置き、軽く押す。
 ユディはふと我に返ったような表情をして、愛想笑いを浮かべて案内係に謝罪した。
「あ、すみません、急に妙なことを申し上げて……」
「なあユディ、今の話、何だったんだよ? ボール工場は、戦争がやりたいのか? カロスは戦争をするのか? 大昔みたいに?」
「セッカ、静かにして」
 ボール工場の展示室には、セッカやキョウキやユディの他にも数人の観光客がいる。キョウキは片割れを軽く諌めると、案内係に柔らかな笑顔を向けた。
「すみません、休憩室はどちらでしょうか」


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