午後の騒擾 下
セッカとキョウキ、そしてユディとロフェッカの四人を招き入れたウズは、ひどく渋い顔をしている。
ほうほうの体で空から現れた四人は、慌ただしい逃避行に疲れ果てていた。
その四人のためにとりあえず茶を用意してやりつつも、四つ子の養親であるウズの、セッカやキョウキに対する口調は刺々しい。
「また、何かしおったんじゃあるまいな……」
「今日は俺ら、何もやってないもん!」
「本当だよ、ウズ。本当にたまたま巻き込まれただけだよ」
ピカチュウを膝に乗せたセッカとフシギダネを膝に乗せたキョウキが、口々に養親に釈明する。
セッカとキョウキ、ユディ、ロフェッカは食事室に招き入れられていた。大きな分厚い天板の木のテーブルの上で、茶托に乗せられた緑茶の湯呑が温かい湯気を上げる。
ウズは、ユディとロフェッカには干菓子を出した。
しかし、キョウキとセッカの二人には菓子は出されなかった。
「ウズ! 俺もお腹空いた!」
「黙りゃ!」
ウズに一喝され、セッカがぴいと首を縮める。めそめそするセッカをキョウキがよしよしと慰める。向かい側の席に着いたユディとロフェッカはどうにも菓子を食べづらかった。
銀髪のウズは自分の椅子に腰かけても、ひたすら不審げな視線をキョウキとセッカに向けていた。
「まったく、いつもいつもロフェッカ殿やユディに迷惑をかけおって……。まったくこのアホ四つ子は、帰ってくるたんびに問題を起こしてきよる。あたしの家は隠れ家ではないぞ!」
「でもウズ、この家はもともと、僕らの母さんの家だよ?」
キョウキが口を挟む。
すると、顔を顰めていたウズの表情が消えた。
「あっ」
「ひっ」
キョウキとセッカが同時に息を呑み、互いに身を寄せ合う。
ユディとロフェッカはむしろそのような二人の様子に不安を覚えた。そして、恐る恐る、表情のないウズを見やった。
ウズは、キョウキとセッカを無表情に見つめ、淡々と言い放った。
「確かに、この家はそなたらの実母殿のご実家。しかし、今やこの家の所有者は四條家であり、あたしじゃ。立場をわきまえよ。そなたらは所詮は四條家の庶子ということ、ゆめ忘れるな」
四つ子の父方の親戚であるウズは、年若いながら昔気質の人である。
そしてウズが不機嫌になればなるほど、ウズは四つ子の親戚や養親であることを置いて、昔ながらの価値観をかざし、四つ子を威圧した。
ウズは怒ると、まずは激情する。手を上げることもある。
しかしそこからさらに本気で怒らせた場合、ウズはひたすら冷淡になるのだった。
十歳を過ぎた四つ子も、もう一人前として扱われるべき人間ではある。しかし肉親の情に飢えた四つ子には、冷淡に扱われることが何よりもこたえた。ウズは婚外子であるという理由で四つ子をなじり、冷酷にあしらう。
四つ子には、どのような親の間に生まれたかなど、どうしようもないというのに。
四つ子は生涯、ウズに愛されることはないのだと、ときどき思い知らされる。
心なしか落ち込んで互いに寄り添いつつあるキョウキとセッカを、ユディやロフェッカは何か見てはいけないものを見てしまった心持ちで眺めている。
ウズは澄まして茶を啜った。
「いやはや、ロフェッカ殿、ユディも、この阿呆どもがお世話になりんした。本当にいかにしてお詫びをせんにゃら」
「いえ、私がセッカやキョウキをボール工場の見学に誘ったもんでして。このような事件に巻き込まれたのは、ひとえに私の責任です。どうぞ若いもんを責めないでください、ウズ殿」
ロフェッカがちらちらとキョウキとセッカを気にしつつ、ウズに向かって頭を下げる。キョウキが何を考えているかは全く読み取れなかったが、セッカは心なしか小さく震えていた。
ウズもロフェッカに向かって小さく頭を下げた。
「ロフェッカ殿の広いお心、しかと承り申しました。しかし、このアホ四つ子には少々強い薬が必要でござりまする。まったく、これらもいつまでも幼い童のつもりか、一向に落ち着きがない。はて、カロスの母親の血かのう?」
「…………ウズぅー…………」
セッカがめそめそとし出している。ピカチュウがもぞもぞ動き、セッカの腕の中からウズを睨みつけて低く唸り出した。
ウズは鼻で笑った。
「ふん。あたしも随分とこりごりじゃ、おぬしらのような童の面倒をみるのはのう。悔しければ、はように道を極め、あたしから独立してみせんしゃい。さすれば御父上殿もおぬしらを認めようて」
セッカはキョウキの肩に顔をうずめた。
キョウキはセッカを慰めるようにその肩を軽く叩く。ピカチュウはウズに向かって唸り続けている。
キョウキもフシギダネも、表情もなく、何も言わなかった。
日が暮れた頃になって、セッカとキョウキはふらふらとウズの家を出た。ユディとロフェッカも一緒である。
やっとのことでウズの説教から解放されたセッカは、激怒していた。
「もうやだ! ウズの馬鹿! ウズなんて大っ嫌いだ! もう家に帰るもんか!」
「びが! びがぢゅうっ!」
「なあそうだよなぁピカさん! 酷いよなぁ!」
「びががっ! びがびがぁ!」
ウズの家の真ん前で、セッカとピカチュウは吼えている。もちろん中にいるウズに聞かせているのだ。キョウキとフシギダネはほやほやとした笑顔でそれを聞き、ロフェッカとユディは苦笑しきりである。
セッカは怒りに震えつつ、唸った。
「絶対許さねぇ……ウズめ……絶対、母さんの家、取り返してやる……!」
「でもセッカ、ウズは僕らを自立させるために、わざと僕らに厳しいことを言ったのかもしれないよ?」
緑の被衣のキョウキがそのように声をかける。
セッカは一瞬キョウキを見やり、ひどく顔を歪め、地面に向かって吐き捨てた。
「そんなの、ただの自意識過剰だし!」
「ウズはいつもは優しいじゃない」
「そうかもしれないけど! そうだとしても! 酷いよ……!」
「そうだね、酷いね、ウズは」
「……ウズの馬鹿ぁぁ……っ」
セッカは嗚咽し、黄昏時の往来の真ん中で泣き出した。
相棒であるピカチュウも、こうなるとどうにもセッカを慰めようがなく狼狽えている。
緑の被衣のキョウキは、優しく片割れを抱擁した。
「よしよし。ウズは酷いね。いつか見返してやろうね……」
「もうやだぁぁ……レイアに会いたい……サクヤに会いたい」
「そうだね。しばらく二人で、あの二人を捜そうか。愚痴を聞いてもらわなくちゃね」
キョウキはセッカの頭を優しく撫でつつ、そしてそれまでの柔らかな笑顔を一瞬だけ削ぎ落した。
その眼でちらりとロフェッカとユディの二人を見やると、キョウキは苦しげに笑った。
「僕がウズの家に帰りたくないって言ったの、分かるだろ?」
「……なんかすげぇ修羅場に居合わせた気がしたんだが……」
「ウズも、なにもロフェッカさんや俺の前で、あんな露骨なこと言わなくてもな」
ロフェッカもユディも困り果てていた。それでもキョウキはセッカの頭を撫でつつ、いつも通りの笑顔を浮かべた。
「ウズにはウズの考えがあるんだろうさ。でも、これでさすがに数年は帰る気を無くしたな。ねえユディ、セッカと一緒に泊めてくんない?」
「そう来るだろうと思ったよ」
ユディは肩を竦めた。そしてロフェッカを振り返った。
「ロフェッカさん、今日はありがとうございました」
「いや、こっちこそ面倒に巻き込んで、すまんかったな。俺はポケセンなんで、じゃ。元気でな、ユディ坊、セッカにキョウキも」
「はい、お元気で」
「またね、ロフェッカ」
ロフェッカはクノエのポケモンセンターへとのんびりと暗い道を歩き去っていった。
そしてロフェッカを見送ると、ユディとキョウキは、未だにめそめそしているセッカの腕をを両側から掴んだ。
「ほら、行くぞセッカ」
「元気出して、一緒にユディのおうちに行こうよ」
「……うー……ユディのおうち行く……」
セッカは鼻をぐすぐす言わせながらも、幼馴染と緑の被衣の片割れに連れられて、静かな日暮れのクノエの道を歩いていく。