四つ子と、双子かける四 夕
四つ子は、相棒たちと、小さなイーブイとを連れて、とぼとぼとクノエ南のユディの家に戻る。 「ほんとキョウキてめぇは、口が悪いっつーかなんつーか……」 「ありがとう」 「褒めてねぇよ!」 レイアが文句を言う。美女を困惑させたのは全くの不本意だった。 とはいえレイアもキョウキもセッカもサクヤも、別に女性が好きというわけではない。男性が好きというわけでもない。そもそも自分の性別が男か女かすら、四つ子はろくに認知していない。十歳から命懸けの厳しい旅を続けてきた四つ子は情緒が未発達であり、ただなんとなく見眼麗しくかつ性格の良い人間に惹かれるだけである。 日の傾く中、クノエの石畳を歩きながら、四つ子は沈黙する。 ミアレ出版社に努めるルポライターのパンジーは、四つ子がミアレシティで起こした事件を聞き知っていた。そして、四つ子は悪くないと、そう言った。 ある意味、社交辞令であろうとは四つ子は誰もが思う。四つ子はまだ人間として未熟であり、そしてよく知りもしない大人から詰られればそれは精神的に大きな傷になるだろう。だから、パンジーがあそこで四つ子を責めるという場面はどうしても考えられなかった。 頭にフシギダネを乗せ、両手で双子のイーブイを抱いたキョウキが酷薄に笑う。 「でも、わかってて尋ねたレイアもレイアだよね」 「……確かにな」 ヒトカゲを片手で抱え、もう片方の手で双子のイーブイをわしづかみにしているレイアは頷いた。キョウキがさらに嗤う。 「お前は何がしたかったのかな。口先だけの慰めが欲しかったとしか、僕には思えないのだけれど」 「ぐうの音も出ねぇわ。その通りだ、キョウキ」 「素直だねぇ」 「俺、お前ほどひねくれてねぇから。確かに俺は、俺らが悪くないって言ってほしかっただけだ。だってそうだろ、ウズもユディもモチヅキも、俺らが悪いとしか言わない」 「……ウズもユディもモチヅキさんも、正しいよ」 ピカチュウを肩に乗せ、双子のイーブイを両手で抱いたセッカがぽつりと呟いた。 「あの三人は、正しいことを言ってたと思うよ。でも、だからこそ、俺らの味方になってはくれなかった……」 ゼニガメを片手で抱え、もう片方の手で双子のイーブイを掴んだサクヤが、小さく嘆息した。 「モチヅキ様も、ウズ様も、ユディも、所詮は僕らの身内ではないからな」 「身内、ね」 レイアが息を吐き出す。 四つ子は、見たことすらないジョウトのエンジュシティの父親を思った。四つ子の、互いを除いた唯一の家族である。 四つ子の養親のウズは、機嫌がひどく悪くなると四つ子を『庶子』と罵った。四つ子なりに辞書を引き、大人に尋ね、そうしてようやく四つ子にわかったのは、どうやら四つ子の父親には『正妻』と『嫡子』というものがいるらしい、ということだ。 きっと父親は、四つ子よりも、『嫡子』の方を愛しているのだろう。 だから、四つ子を気にも留めない。四つ子の味方にはなってくれない。四つ子を愛することはない。 四つ子には、お互い以外に味方はいない。 ゆっくり、ゆっくりと歩き過ぎて、いつの間にかクノエの街は橙色の夕日に染まりかけていた。 サクヤが静かに囁く。 「……お前らは、僕らの父親に興味はないか」 「……会ったところで、何にもならねぇ」 「何を期待してるんだい、サクヤ」 レイアとキョウキが低く応える。セッカだけはやや能天気な声を発した。 「俺は気になるけどな。どんな顔してるのか。エンジュにいる奥さんってのはどんな人か。俺らの兄とか姉とかはいるのか、とか」 「調べりゃわかるだろ、そんなもん。四條家ってわりと名家らしいぞ……」 レイアが低く囁くと、セッカは黙り込んだ。 調べて分かるようなことなど、四つ子にとってほとんど価値はないのだ。 ――名家と呼ばれる家柄の人間なのに、父はなぜ、四つ子を捨てたのだろう。母はどんな人だったのか。どのように母と出会ったのか。なぜ四つ子は生まれたのか。なぜ愛してくれないのだろう。ウズだけを寄越して、四つ子に何をせよというのだろうか。 「大人になったら、分かるのかな」 セッカが呟く。 四つ子の腕の中では、幼い四組の双子のイーブイが、何も知らずにぷいぷいと鳴いている。
大学でのサークル活動を終えたユディが自宅に戻ると、我が家は阿鼻叫喚の巷と化していた。 「待て! 待って! ちょっどれがどれだ分かんねぇぇ!」 「おいサクヤてめぇ、それはちげぇぞ! そいつは俺のだ!」 「どこを見ている。先ほどじゃれ合った際に見失ったのだろう」 「どの子もかわいいねぇ」 ユディが居間に駆け込むと、今は混沌としていた。 小さな茶色い毛玉が八つ、ぴょこんぴょこんと跳ねまわっている。それ自体が軽いせいで居間のインテリアに被害はほぼないが、ソファのクッションはあらぬ方向に落ちており、本棚は位置が斜めにずれている。四つ子の奮闘が窺えた。 そして四つ子は、小さなイーブイをうっかり踏みつけてしまわないように苦心しつつ、イーブイを捕まえようとしているのだった。 しかし、この八匹のイーブイというのが、まったく区別がつかない。 イーブイの方は、四つ子のそれぞれの髪型や装飾品、そして性格などの微妙な違いによって、完全に四つ子を見分けているらしかった。そして、四つ子が自分たちの見分けをつけられないのを良いことに、八匹でじゃれ合い、四つ子を惑わせている。 四つ子は肩で息をしていた。ユディが帰宅したことにも気づいていない。 「……くっそ……おちょくりやがって……」 「レイア、赤ちゃんに怒っちゃだめだよー」 「マジで足腰たくましい赤んぼだなぁ……」 「まったくだな。生まれたてとは思えない」 そして四つ子は視線を交わし、頷き合った。ユディは四つ子が何をしでかすかと興味深く見守っていた。 四つ子はまず、ピアスだの被衣だの領巾だのを放り捨てた。 次に、互いの髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。それから四人で輪になって回り出した。八匹のイーブイが興味津々といった様子で、四つ子を見上げている。ユディも面白おかしく、四つ子の円舞を見つめている。 そしてぼさぼさの黒髪の四つ子は、四揃いの灰色の双眸で、無表情で小さいイーブイどもを見下ろした。 「だーれだ」 「だーれだ」 「だーれだ」 「だーれだ」 八匹の小さなイーブイは硬直した。 四つ子はなおも言いつのった。 「散々馬鹿にしてくれたな、イーブイたち」 「調子に乗るなよ。こっちだって四つ子だ」 「本気を出せば、私たち自身にも見分けがつかない」 「さあ、イーブイたちよ。お前のおやはどれなんだ」 小さなイーブイは戸惑ってぷうぷうと鳴き出した。のんびりとソファの上に退避していたヒトカゲとフシギダネとピカチュウとゼニガメは、いかにも訳知り顔で気の毒そうにイーブイたちを見守っている。 ユディもまた、四つ子を判別しようと試みていた。 しかし、四つ子は表情筋への力の入り方まで同じだった。普段は髪型が違っても、髪の長さは同じだった。姿勢まで同じだった。呼吸や瞬きのタイミングまで揃っていた。 ユディはモンスターボールから、相棒の小柄なルカリオを出した。 「ルカリオ、四つ子の区別つくか?」 小柄なルカリオはろくに試みようともせずに、首を振った。ユディは唸った。 「……なるほど、一卵性多胎児は波動も同一なのか……」 「左様」 「私たちはかつて一つだったもの」 「見分けることは不可能」 「調子に乗るな、子イーブイ」 八匹の子イーブイはおやを見失い、ぷうぷうと盛んに鳴いている。 四つ子は胸を張った姿勢を崩さない。八匹の悪戯好きなイーブイを少々懲らしめる心づもりらしい。大人げないことこの上なかった。
ユディは一人でのんびりと隣の部屋へ行き、ごそごそと目当てのものを探した。母が集めている色とりどりのリボンを持って、居間に戻ってくる。 そしてユディは、戸惑って立ちすくんでいる子イーブイを一匹ずつ捕まえると、その耳にリボンを結わえつけた。 薄色、桃色、青色、黄色、赤色、緑色、水色、濃色。 おやを見失って茫然としているイーブイにリボンを結ぶのはひどく簡単だった。そしてユディは、未だにふんぞり返っている四つ子を見やった。 「……なあ、いつまでやってるんだ?」 「ユディ、お前には私たちの見分けがつくか?」 「……いや、つかないけど。時間の無駄だろ。生まれたばっかの双子四組に、なに張り合ってんだ、アホ四つ子」 「ユディ、私たちを区別できないなら、今後一切、私たちに偉そうな口を利かないことだ」 「……なんで?」 「お前がレイアだと思っているのはレイアではないかもしれない。お前は、一生本物の私たちに会えなくなるのだ」 「……それ、俺に何かデメリットある?」 「お前は、目の前のまやかしがまやかしであることに気付かぬまま、一生を終えるのだ」 「……人生なんて大概そんなもんだろ。お前ら、いつまでもそうやって遊んでるんなら、俺がこのイーブイたちに名前付けるぞ?」 四つ子は揃って首を傾げた。 その無言を拒否でないと受け取ると、ユディはイーブイを一匹ずつ指さして、名付けた。 「薄色は真珠。桃色は珊瑚。青色は瑠璃。黄色は琥珀。赤色は瑪瑙。緑色は翡翠。水色は玻璃。濃色は螺鈿」 そのように、リボンの色におよそなぞらえ、宝石の名をイーブイに与える。 四つ子はぽかんとしていたが、口調を戻してそれぞれ頷いた。 「……あ、いいんじゃねぇの」 「お洒落だねぇ」 「なんかかっこいいな」 「悪くはないだろう」 そして四つ子の口調が元に戻るや否や、おやを見分けた小さなイーブイたちは、それぞれのおやに思い切り飛びついた。 レイアの元には、薄色の真珠と、桃色の珊瑚。 キョウキの元には、青色の瑠璃と、黄色の琥珀。 セッカの元には、赤色の瑪瑙と、緑色の翡翠。 サクヤの元には、水色の玻璃と、濃色の螺鈿。
「よし、これでいい。次からは耳のリボンで見分けろ。自分のイーブイのリボンの色、忘れるなよ」 ユディは澄まして四つ子にそのように言った。 四つ子はこくりと素直にうなずいた。そして互いに顔を見合わせた。 「……手持ち六体、埋まったな」 「そういえばそうだね。イーブイかあ。進化ポケモンだね」 「えっ、なにその期待させる分類名! めっちゃ進化楽しみなんだけど!」 「……イーブイには現在、八種類の進化の可能性が確認されているな」 四つ子は八匹のイーブイを見比べ、それから互いの顔をまじまじと見つめた。 そして、何も言わなくても四つ子は悟った。自分たちが取るべき道を。 互いに囁き合う。 「……お前ら、分かってんな? 進化はやり直しできねぇ」 「おっけー。全力で調べるよ」 「俺もたまには空気読むしぃー」 「まったく……頼むぞ」 そして四つ子の間に、暗黙の協定が築かれた。 ユディはそんなことも知らずに、夕食の調理に取り掛かっていた。 八匹の小さなイーブイは、自分たちの未来が定められたことも知らず、ぷいぷいと四つ子の腕の中で機嫌よく歌っていた。
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