マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1398] 時津風 朝 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/20(Fri) 11:18:38   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



時津風 朝



 たった今、目覚めた。
 そっと瞼を押し上げると、座敷の天井は赤々と照らされていた。
 縁側は鎧戸で閉ざされ、朝日は差し込まない。それでも視界が利くのは、俺の相棒のヒトカゲが枕元で丸くなって眠っているためだ。その尻尾の先の赤い炎が揺らめき、座敷の天井に色と影とを投げかけている。
 ゆっくりと上体を起こす。
 両隣に、温かく柔らかい感触がある。
 俺の両隣とその向こうにさらに一人、計三人、俺が眠っていた。
 こうしてみると、自分でもあまり四つ子の片割れたちの見分けがつかなかった。こんなにじっくり片割れたち三人の寝顔を眺めるのは、何年ぶりだろうか。旅立ちの日の朝以来か。腰まであった髪は短くなっても前髪は鼻にかかっているし、顎は大分すっとして、投げ出された手の指は長い。きっと俺もこいつら三人と同じ姿をしているだろう。
 何となく自分の右隣がキョウキで、左隣がセッカで、その向こうにいるのがサクヤであると見当をつけた。まったくの勘だが。
 顔かたちはそっくりだが、なぜか四つ子の中で朝最初に目覚めるのはいつも必ず俺であり、鎧戸を開けて朝日を座敷に入れるのもいつも必ず俺であり、片割れの三人の布団を引っぺがすのもいつも必ず俺である。そして、鎧戸の勝手が慣れたものと違って――ああそうだ、今はウズの家でなく、ユディの家にいるのだった。
 朝日が、畳の上に差し込む。
 窓を開ければ、風が部屋に吹き込む。
 風の中をのしのしと、これもまた丸くなって眠っているヒトカゲやフシギダネやピカチュウやゼニガメをまたぎ超え、片割れたちの枕元に立った。三人は朝の陽射しの中ですやすやと寝息を立てている。
 片割れたちをくるんでいるふわふわの綿布団を掴み、引き剥がす。そして見ると片割れ三人の浴衣は見事に着崩れていた。肌蹴た胸や腿が涼しい風にさらされている。この三人も、それを見る俺も慣れっこだ。
「……起きろー」
 セッカと思しき片割れを、軽く蹴る。セッカはふみふみ言いながら転がっていき、キョウキに引っ付いた。
 面白くなってキョウキを蹴る。キョウキはセッカごと転がっていき、サクヤに引っ付いた。
 サクヤを蹴る。
 するとサクヤが、思い切り不機嫌な面でぱちりと目を開いた。そして俺の足首をすさまじい握力で掴んできやがった。思わずにやにや笑ってしまった。
「起ーきーろーやー」
 爪先でサクヤの柔らかい腹をぐりぐりすると、そいつは跳ね起きた。
 俺は笑いながら、咄嗟にそこら辺に寝ていたキョウキだかセッカだかをひっつかみ、楯にする。サクヤの拳がめり込んだのは、果たしてキョウキだったのかセッカだったのか。俺は知らん。
 とにかくサクヤの攻撃を俺は免れると、未だに眠っている相棒のヒトカゲを拾い上げ、脇に抱えて、廊下の突き当りの洗面所へのんびりと歩いていった。サクヤが起きたのだから、あとの二人もじきに起きるだろう。ざぶざぶと顔を洗い、赤いピアスを身につける。飛沫が跳ねたか、ヒトカゲが文句を言いながらもぞもぞと目覚めた。
 キョウキのフシギダネも、セッカのピカチュウも、サクヤのゼニガメも、あくびをしながら目を覚ました気配である。寝起きの良い彼らは、さっそく自分たちの相棒の眠気を吹っ飛ばしにかかった。
 フシギダネはキョウキにくしゃみを誘発する粉をふりかけ、ピカチュウはセッカに電気ショックをお見舞いし、ゼニガメは賑やかしく喚きながらサクヤの髪を滅茶苦茶に引っ張る。キョウキがくしゃみを連発し、セッカがぴゃああと悲鳴を上げ、サクヤが静かに毒づくのを、俺は座敷に戻ってにやつきつつ見ていた。ほんとこいつら、アホだよな。
 座敷の隅に置いていた大きな籐編みの籠というかバスケットの中の、八匹の子イーブイたちは、その中の数匹は目覚めてぷうぷうと鳴いていた。バスケットの底に毛布を敷いて、その中で八匹を眠らせていたのだ。
「ぷいー」
「ぷいい?」
「おはよ」
 覗き込んで声をかけてやると、小さなイーブイたちは目覚めたものから順にバスケットから飛び出してきた。畳の上を走り回り、それぞれのおやに突進していく。
 今日やらなければならないのは、このイーブイたちのための調査だった。


 風の強い日だった。
 ユディの家の庭木が風にそよいでいる。ざわざわと葉擦れの音が零れてくる。
 庭にいた手持ちのポケモンに朝食を出す。このショップで購入できる茶色いポケモンフーズは、ポケモンのタイプごとに様々な種類がある。俺ら四つ子はお世辞にも裕福とは言えないため、ポケモンたちに与えられるのは最も安価なポケモンフーズだけだ。それに加える形で、道中で収穫したきのみ類。食べられる野草。水道から汲んだ地下水。鉱石を食すものには石なども。
 ポケモンにとってつましい食事だが、それでも野生で暮らしている時よりは量的にも味的にも栄養バランス的にも恵まれているのだろう。ポケモンたちは文句を言わず、黙々と朝食をとっている。
 俺ら四つ子の手持ちの二十四匹、そしてユディの家に暮らす五匹のポケモンたち全員に食事を配り終えたころには、人間のための朝食も整い始めていた。食事室にはぼんやりとしたキョウキとセッカとサクヤがちんまりと椅子に収まっている。
 ユディの母親に促されるまま、俺も食卓についた。
 そして、ぷいぷい騒ぎながら朝食にがっついている八匹の子イーブイをそれとなく見やった。生まれたばかりのイーブイは、人の目の届きやすい食卓の近くで食事をさせているのだ。
「タマゴから孵ったばっかのポケモンも、普通に食うんだな……」
「生まれた直後から戦えるからね、ポケモンは。なんにせよ健康そうで助かるよ」
 緑の被衣を頭から被ったキョウキが、ほやほやと笑いながら答える。こいつのこの胡散臭い笑顔はデフォルトだ。五分ほどこいつと会話を続けていれば、いかにこいつが下衆かがわかる。表面上は人当たりが良くても、キョウキの性格は最悪だ。
 とはいえ、別に俺もセッカもサクヤも、キョウキが嫌いなわけではない。むしろその下衆さを好んでいる。いわゆるあれだ、俺らにとても言えないことを平然と言ってのける、そこに痺れる憧れる――というわけでもないが、ある意味でキョウキは俺たちの一つの理想の具現化なのだ。だからキョウキも道化に甘んじている。
「ブイちゃんたち、ほんと癒されるよなー」
 セッカが行儀悪く食卓に頬をぺたりとつけて、生後一日の八匹のイーブイを見つめている。そのセッカの黒髪を、青い領巾を纏ったサクヤが無言のまま掴んで引っ張る。
 サクヤはサクヤなりに、セッカの行儀の悪さを嗜めているのだろう。しかしいかんせん無言である。セッカにその行動の意図を正確に理解できるわけがねぇだろ、サクヤ。
 セッカがぴゃあぴゃあと騒いだ。
「いたい!」
「当然だ」
 サクヤが澄まして答える。セッカはなおも文句を言った。
「なんなの! サクヤ、今朝も俺のこと殴ったし! 俺に何の恨みがあるの!」
「さっきはレイアを狙った。そいつがお前を楯にしたんだ。文句ならそいつに言え」
「レイア酷い!」
 セッカの怒りの矛先がこちらに向いてしまった。
 ここは軽くいなそうと試みたが、怒ったセッカが身を乗り出して俺の髪を引っ張ってくる。むしり取る勢いだ。たまらず怒鳴った。
「ってぇな禿げるだろうが!」
「レイアのハーゲ! 禿げちまえ! 禿げろ!」
「うるせぇ叫ぶな食卓ではおとなしくしろよ!」
「れーやの方がうっさいもん! あとで勝負な! 負けた方が禿げな!!」
「やだよ! 誰がんな勝負すっかよふざけんな! っつーかレーヤじゃねぇよレイアだっつってんだろこの舌っ足らずが!!」
 そして俺は、今度こそサクヤに殴り飛ばされた。そしてセッカも本日二度目のサクヤの鉄拳制裁を受けた。
 食卓の傍で食事をとっていた八匹の子イーブイが、唖然としてこちらを見ている。
 ヒトカゲとフシギダネとピカチュウとゼニガメは馴れきった様子で、悠然と朝食にがっついていた。
 キョウキがにこにこと笑っていた。


 セッカは馬鹿だ。
 こいつについては、この一言で十分だ。こいつは自他ともに認める馬鹿だ。普段の表情から発言から行動から、救いようのない馬鹿さがにじみ出ている。もちろん、セッカはそれでいい。俺やキョウキやサクヤが馬鹿にならずに済んでいるのは、セッカが馬鹿だからだ。
 そして、サクヤは四つ子の中で比較的常識を持った存在である。
 いつもは冷静に周囲を観察していて、かと思えば気に入らないことがあればすぐ素手で殴りかかる。つまるところただの電波で天然なツンデレなのだが、とりあえず暴走しがちな他の片割れのストッパーとしては有能といえるだろう。

 キョウキとセッカとサクヤ。これが俺の片割れたちである。
 さて、この下衆と馬鹿とツンデレに囲まれ、俺がどのような労苦を強いられているかは想像に難くないだろう。
 俺は四つ子の中で、良心を司っている。そして最も常識的でまともなトレーナーだ。まじめに日々向上を目指して目標を立て、たゆまず勉強し鍛錬し、一つずつ成果を積み重ねている。地道な苦労人なのである。
 俺たち四つ子はユディと共に、トーストと目玉焼きとベーコンとサラダ、野菜スープという非常に健康的な朝食を口に運んだ。ベーコンが何の肉で目玉焼きが何のタマゴかは、俺の知ったことではない。
 俺はたどたどしく銀のナイフとフォークとスプーンを操りつつ、ぼんやりと思う。
 箸で、白米を食いたい。
 味噌汁が恋しい。
 むしろ醤油を飲みたい。
 こうした料理は、俺たち四つ子の養親であるウズの家でしかなぜか味わうことができなかった。カロスのどこの飲食店に行っても、ほぼパンと油脂しか出てこないのだ。
 ああ、ウズの家の味が懐かしい。けれどキョウキとセッカの二人がウズと喧嘩をしてしまったせいで、俺まで帰れない。片割れたちを責める気はないが、いかんせん脂っこい料理には辟易する。


 俺たち四つ子は基本的に、ポケモンに関しては放任主義だ。
 つまり、ポケモンに何でもかんでも指示を与えるわけではない。もちろん、彼らの野生時代とは全く異なる生活環境を強いることになるため、様々な環境でどのように振舞うかはいちいち教え込まなければならない。けれど、結局どうするのがそのポケモンにとって最もいいかは、ポケモン自身にしかわからないことだと思う。
 ポケモンは、俺たちが生きていくためには必要なものだ。
 俺たちはポケモンを戦わせることで生きている。
 だから、俺たちの手持ちは戦うことが義務付けられている。ポケモンは基本的に戦うことに特化したものが淘汰されているから、大抵のポケモンは何気なくゲットしても、バトル続きの生活には順応してくれる。
 俺たちが手持ちに教えるのは、敵との相性と、敵の急所と、戦略と、そして自分で反省することだ。
 六匹もの手持ちを隈なく管理することは難しい。六匹すべてを鍛え抜くには、トレーナー一人ではどうしても力不足なのだ。だから、ポケモン自身に考えさせる。なぜ負けたのか、どうすれば勝てるのか。
 また、一連の戦略をトレーナーの指示が無くても実行できるよう、毎日反復して練習させる。まず一つの軸を築き上げ、実戦ではその軸から外れない程度にトレーナーが指示を下すようにするのだ。ポケモンは機械ではないから、ある程度の決まったパターンを決めておいた方が、トレーナーの指示からポケモンの行動までに戸惑う隙が生まれにくい。
 そうすれば、自ずとトレーナーごとに、バトルスタイルというものは生まれる。
 強いトレーナーには、型があるものだ。
 なるほど臨機応変なバトルをするのも重要だが、それにはよほどトレーナーと心の通い合った無垢で純真で無茶でアホなポケモンが必要だ。トレーナーの咄嗟の思い付きをポケモンが瞬時に理解するか、あるいは何も考えずに馬鹿正直に指示に従うかしなければ、変態型のバトルはすぐに詰む。
 型に忠実なトレーナーは強い。
 ちなみに俺は、十歳になり旅立つ日が来る前に、テレビ番組で研究に研究を重ねてその解に達したのである。そしてキョウキとセッカとサクヤにそれをレクチャーしたのも俺だった。
 だから俺たち四つ子は、戦闘のスタイルも、ポケモンの鍛え方もほぼ同じだ。


 庭では、子イーブイを除く十六匹のポケモンたちが、それぞれ自主的に模擬戦闘を始めていた。
 俺のヘルガーがぶつかっているのは、キョウキのプテラだった。
 ガメノデスはニャオニクス相手に、接近戦に持ち込もうと奮闘している。
 マグマッグとヌメイルは何となく形状の似た者同士、ぬるぬると戦っている。
 ヒトカゲは相性の悪いゼニガメからわたわたと逃げつつ、猛火を吐き散らしていた。
 ピカチュウはフシギダネの背中の植物にはりついて電流を流し込む。
 フラージェスとチルタリスが空中戦を繰り広げる。
 ゴクリンとマッギョが彼らなりの戦いなのか、ぼんやりと睨み合っている。
 ガブリアスとボスゴドラが、互いに怪獣らしい咆哮を上げながら激しくぶつかり合っていた。
 ポケモンたちの技がぶつかり合い、あちらこちらで爆風を巻き起こす。


 八匹の子イーブイは庭で繰り広げられる乱闘に、縁側で目を白黒させている。俺は縁側に歩み寄ると、その中の薄色と桃色のリボンをした二匹の首筋をつまみあげた。
「どうだ? ……バトルは怖くないか?」
「ぷい?」
「ぷいい」
 薄色のリボンの真珠と、桃色のリボンの珊瑚に問いかける。しかし子イーブイたちには伝わらなかったらしい。小さなイーブイたちはぷいぷいと機嫌よく歌って、庭のポケモンたちを応援している。
 青色のリボンの瑠璃と、黄色のリボンの琥珀を摘み上げるのは、キョウキである。
「ブイちゃんたちには、バトルなんてまだ早いよねぇ」
「ぷいいい」
「ぷう」
「さっきと言ってること違わねぇか? ポケモンは生まれた直後から戦えんだろ?」
「レベルの差があるってことさ」
 キョウキはくすくすと笑い、腕の中の小さなイーブイに指先で構っている。

 そこにセッカが縁側に勢いよく飛び込んできたかと思うと、そのセッカの顔面に、赤色のリボンの瑪瑙と緑色のリボンの翡翠が飛びつく。
「ぎゃあ!」
「ぷいいー」
「ぷやああー!」
 セッカはけらけらと笑って小さなイーブイたちを高い高いしている。
「かわいいー! イーブイ超かわいいー! こんなかわいい子をバトルに出したら、ピカさんみたいにワイルドになっちゃうかもな! まあいっか! 育て!」
「もったいなくない?」
「俺、かわいーのも好きだけど、ちびマッチョも大好きだから!」
「なんだそりゃ」
「ワンリキーとかドッコラー的な!」
「てめぇ、格闘タイプにでも進化させる気かよ……」
 セッカの手持ちになった子イーブイ二匹が小さい体躯にムキムキの筋肉を蓄える日を思って、俺は戦慄した。

 サクヤも静かに縁側までやってきて、残されていた水色のリボンの玻璃と濃色のリボンの螺鈿を拾い上げる。サクヤはセッカとは違い、極限まで毛づやを磨き上げそうだと俺は思う。
 はしゃぐ二匹のイーブイを見つめつつ、サクヤは囁いた。
「……なんにせよ、僕らの手持ちとなったからには、戦ってもらわなくてはならない。体を痛めないよう注意を払いつつ、少しずつ鍛え始めなければ」
「野山を走り回ればいいと思う!」
 セッカが元気よく叫ぶ。
 キョウキはうーんと唸った。
「でもさ、このブイちゃんたちは野生じゃなくて、僕らという人の手で孵ったポケモンなんだよね。そのブイちゃんたちに野生を取り戻させるって、難しいと思うんだよね」
「野生を取り戻す必要はないって! 要は体力つけるだけだって!」
「早いところ戦力になるに越したことはない。戦力が増えれば、ポケモンセンターのいち利用当たりの戦闘数は稼げる。戦えないポケモンはタダ飯食らいだからな」
 サクヤが、生まれたばかりの無邪気なイーブイを見下ろして淡泊に呟いている。しかしサクヤはそういう奴なので、キョウキもセッカも俺も気にはしない。
 それに、俺たちにとって、この子イーブイたちに一刻も早く戦力となってもらうことは、誇張でも何でもなく死活問題だった。サクヤは間違ったことは言っていない。
「……サクヤの言う通りだわ」
「僕も賛意を示すよ」
「きょっきょが三位? しゃくやが二位ってこと? じゃあ一位は俺で、れーやはビリな! ――じゃ、レッツゴー!」
「落ち着け。転ぶぞ」
 俺たち四人は申し合わせたように、子イーブイたちだけを連れて、ユディの家を出た。
 外は、風が強かった。


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