マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.1400] 時津風 夕 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/20(Fri) 11:23:18   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



時津風 夕



「そうして、ゴチムちゃんは、ぶじに、おうちにかえることができました。めでたし、めでたし」
 俺は息を吐いた。うまく読めた。
 そう思った瞬間、パチパチパチパチと拍手が起こった。いつの間にか俺の周りに集まってきていたちびっ子たちは、俺の紙芝居をお気に召したらしい。俺の足元で俺と向かい合わせになってお座りしていた、二匹の小さなイーブイたち、瑪瑙と翡翠もぷいぷいと喜んでくれている。
 ポケモン紙芝居なんて、読んだことなかった。うまくできるかとても不安だったけれど、うまくいったらしい。よかったよかった。
 けれど、なんだか入口の方から怒鳴り声が聞こえてきた。
 無視しようかと思った。
 だって、また面倒事に巻き込まれると、ウズが怒るから。
 ウズは嫌いだ。わけのわからないことを言うから。よく分からないけれど、本気で怒った時のウズは、本当にひどいことを言う。その昔、俺はよく分からなかったけど、ウズに怒られてレイアも泣いたし、キョウキも泣いたし、サクヤも泣いたから、俺もつられて泣いた。三人は俺にとって一番大切な存在だ。だから、三人を泣かせるような言葉は嫌いだ。
 ウズを怒らせたくない。
 でも、大切なのはそれではないのだ。俺にとって一番大切なのは、片割れの三人を守ることだ。
 俺は紙芝居をケースにしまうと、続きをねだってくるちびっ子どもを振り払い、瑪瑙と翡翠を拾い上げて、入口の方へそそくさと戻った。俺がばんがって紙芝居をしている間に、レイアかキョウキかサクヤが目当ての本を見つけたかもしれない。


 受付の前で、キョウキが、真っ赤なスーツの人間と向き合っていた。受付の司書も立ち上がって、不穏なふんいきである。
「きょっきょ?」
 緑の被衣のキョウキに声をかけると、だいぶイライラが溜まった様子のキョウキがにこりと笑いかけてきた。
「やあ、セッカ。ごめんね。ちょっと面倒に巻き込まれちゃったみたい」
「れーやとしゃくやは?」
「分かんない」
 キョウキが首を振るので、俺は声を張り上げた。
「れーや――! しゃくや――! 助けて――っ!!」
「うるせぇ!」
「黙れ」
 タイミングを計らっていたかのように、漢字がいっぱいの本の方から、赤いピアスのレイアと青い領巾のサクヤが飛び出してきた。
 片割れたちが揃うと、俺たち四つ子は、真っ赤なスーツの金髪碧眼を取り囲んだ。真っ赤スーツは戸惑って、俺たちをきょろきょろと見回している。いい気味だ。俺たちが四人で包囲すると、大体の人間はこういう反応をする。
 俺は息を吸い込み、声を張り上げた。
「お前はぁ、完全にぃ、ほーいされているぅ!」
「ちょっとセッカ。レイアもサクヤも。……なんで事を面倒にするのかな?」
 だいぶ苛立った様子のキョウキが、毒々しげに笑っている。これはさっさとけりをつけなければならなそうだ。
 真っ赤なスーツの男は、デルビルを出していた。バトルの気配だ。
 しかし、そこで俺は気づいたのだ。
 ピカさんもアギトもユアマジェスティちゃんもデストラップちゃんも、ユディの家に置いてきたことにだ。
「あっ」
 俺は思わず声を漏らした。キョウキが小さく鼻を鳴らしている。そうか、そういうことか。今の俺たちには、昨日生まれたばかりの小さなイーブイしかいない。相手がデルビル一匹でも、イーブイたちではとても歯が立たないだろう。
 これもまた小さなイーブイを抱いたレイアが、顔を顰めて真っ赤なスーツの男に問いかけている。
「てめぇ、何モンだ」
 すると、真っ赤なスーツの男は胸を張った。
「オレはフレア団だ!」
 俺は首を傾げた。
「……エビフライ団?」
「フ・レ・ア・だ・ん、だッ!!」
「……フレアダンダ?」
「フレア団ッ!!! てっめぇおちょくりやがってもう焼き尽くしてやる!」
 しかし俺の方を向いて顔を真っ赤にしていた男は、気付かなかった。
 青い領巾を引いて、サクヤが男の懐に飛び込んでいたことにだ。
 サクヤのブーツの踵が、男の鳩尾に食い込んだ。

「ぐぼぉっ……!」
「うるさい」
 両手に二匹の小さなイーブイ、玻璃と螺鈿を抱いたサクヤが、蹲る男を冷やかな表情で見下ろしている。そして冷たい声を投げかけた。
「公共の場で騒ぎ立てるな。どういう教育を受けている?」
「ぐぅ……っ!」
 ほとんどまったく教育を受けていない俺たちがそれを言うのもどうなんだろうと思ったけど、真っ赤なスーツの男の精神にダメージを与えることはできたらしい。俺はすかさずサクヤに便乗する。
「そうだそうだ、バーカバーカ!」
「てめぇに馬鹿とは言われたくねぇわ!」
 レイアにツッコミを入れられてしまった。レイアは両肩に小さなイーブイを二匹、真珠と珊瑚をくっつけている。そしてレイアは片手に、俺が思っていたよりも厚みのない本を持っていた。
 俺は嬉しくなって叫んだ。
「あーっ、れーやが見つけたんだー! さっすがれーや!」
「……セッカお前、ちょっと空気読め?」
 レイアに諭され、俺は口を噤む。そうだ、俺はイーブイたちのために、ちょっとは空気を読むことにしたのだ。俺はお口をフワンテちゃんにした。メタグロスちゃんでもいいけど。
 レイアが男を睨んでいる。
「フレア団か。最近たまに見かけるな。……うちのキョウキに何か用か?」
「やっだぁレイアったら、うちのキョウキだなんて! きょっきょ照れちゃう!」
「てめぇはなに上機嫌になってんだよ!」
 レイアはキョウキの茶々にもツッコミを入れている。キョウキも、レイアやサクヤや俺が加勢したことでだいぶ機嫌を直したみたいだ。よかったよかった。
 俺たち四人にくっついている八匹の小さなイーブイも、俺たちが男とデルビルを取り囲んで気を強くしているみたいだ。ぷいいぷいいと激しく鳴きたてて威嚇している。ちっちゃくてやっぱり、とってもかわいい。
 さて、男は多勢に無勢だ。どうする?

 サクヤに腹を蹴られて蹲っていた真っ赤なスーツの男は、よろりと立ち上がった。
 その眼がギラギラと光っていた。
 危ない眼だな、と思っていたら、男は叫んだ。
「……デルビル、火炎放射!」
 急に、そう叫んだのだ。俺もレイアもキョウキもサクヤもびっくりしてしまった。
 でも、男のデルビルはお利口さんだったらしく、いきなりの指示にも戸惑わず、忠実に大きな炎を吐いた。
 熱風が頬を掠めた。
 ごう、と大きな凶暴な音がする。
 その火炎は高く長く吹きあがり、本棚を舐め、本に触れた。火の粉が散る。焼き切れた頁が舞い上がる。焦げたにおいと熱気が、一気に満ちる。
 悲鳴が上がる。
 まずい、と思った。生まれたてのイーブイたちに、火炎放射を防ぐ手立てなどない。いや、違う。この火炎放射は。
 図書館の本を狙っている。
 真っ赤な炎が上がる。
 図書館の、乾いた空気に広がって、熱が嘗め尽くす。ちりりと音がした。
 焦げるにおいがする。炎のにおいがする。
 イーブイを八匹しかもっていない俺たちには、どうしようもなかった。
 本が燃える。
 図書館が燃える。
 次からは、ちょっと出かけるだけでも、ちゃんと戦えるポケモンを連れてこようと思った。
 でも、反省しても遅かった。
 俺たちの目の前では、建物が、書架が、業火に呑まれていたから。


 俺はパニックになって叫んだ。
「ぴゃああああああ――っれーやきょっきょしゃくやどーしよーっ!!」
「うるせぇよ! どうにもできるか!」
 怒鳴ったのはレイアである。サクヤも微かに焦りを滲ませて早口で囁く。
「図書館の人間が、既に警察を呼んである。消防も呼ぶだろう。逃げるぞ。イーブイたちは大丈夫か」
 俺は手の中のイーブイたちを確認した。レイアもキョウキもサクヤも、イーブイの無事を確かめる。俺たちは慌てて出入り口に逃げた。イーブイたちをしっかりと手の中に掴んで、殺到する人混みにもまれながら、外に逃げる。煙がくさい。熱い。熱い。
 悲鳴が上がる。怒鳴り声も上がる。小さな子供も、お年寄りも、怯えて叫んで混乱して。出口に殺到する。足を踏まれる。痛い。体を押されて痛い。
 熱い。
 怖い。
 真っ赤なスーツの男は、デルビルと共に目を光らせて、周囲の人を避けさせていた。燃える図書館の中で、ぼんやりと立っていた。俺はちらりと振り返って、それを見た。
 だから俺は、片割れ三人と一緒にどうにか図書館の外に避難したところで、キョウキにイーブイたちを押し付けた。キョウキが目を見開く。
「どうしたの」
「あの兄ちゃん、連れてくる!」
「なんで?」
 キョウキが緩い口調で問いかけてきた。俺は焦れて叫んだ。
「大丈夫だから!」
 図書館は、既に窓から炎が溢れている。中にいた人々はほぼ避難を終え、図書館の外には、よろよろと倒れる老人を庇う人、大泣きする子供をあやす人、パニックになって走り回るポケモンたち。
 俺は黒い煙の中に走り込んだ。
 レイアの怒鳴り声が後ろの方から聞こえる。けれど構わず、意を決して熱の中を走り抜ける。
――だって、あの人が死んだら嫌じゃないか。
 さっき炎の中で、ぼんやり突っ立っていた。あのままでは死んでしまう。
 ウズは、面倒事を起こすなと言っていた。もし、あの真っ赤な男の人が死んでしまったら、またウズは怒ってひどいことを言って俺たちを泣かすし、警察は来るし、悪いことずくめだ。
 だから、走った。

 ほとんど目も開けられない中で、俺は受付前のうろ覚えの位置に突進した。
 デルビルの唸り声が聞こえる。俺は咄嗟にデルビルの首筋のあたりを思い切り掴み、ほぼ強引に直感で、デルビルを従わせた。俺が素晴らしいトレーナーであることを感じたのかもしれない。デルビルは俺に攻撃もしかけてこなかった。
 俺はそこら辺に落ちていた男の腕だか足だかをむちゃくちゃに掴み取ると、デルビルの首筋を掴み、デルビルに出口へ先導させた。
 男は気を失っているらしかった。とても重いが、文字通り火事場の馬鹿力で引っ張った。
 煙に咳き込み、泣きながら、どこか朦朧とする意識を必死に保ち、デルビルの首筋は離さず、風が、流れている。
 熱い。
 熱い。
 風が。
 紅い風が見えた。



 ひゅう、と鋭い紅い風が切り裂いた。

 ぴりりとした痛みに、はっとしてぼんやりしていた意識を取り直す。
 黒々とした煙が風に吹きはらわれ、視界が熱く紅くなる。
 鎌鼬。
 きゃうん、と悲鳴を上げて、俺を導いてくれていたデルビルがどうと横倒しになった。鋭い風の刃に斬られたのだ。
 俺は熱さを堪えて、深紅の、血塗られたような鎌を持つ、アブソルを見た。
 褐色の肌の少年が、炎を背景に突っ立っている。その赤髪が炎の勢いに、鋭い風に巻き上げられて、揺れていた。
 その口元がにいいと笑ったかと思うと、吐き捨てた。
「……死ねって言ったのになァ!」
 けたけたと炎と風の中で嗤っている。深紅の色違いのアブソルが、こちらににじり寄ってきている。
 アブソル。
 アブソルはだめだ。ウズが、アブソルを見たら逃げろと言っていた。人もポケモンも、殺されてしまうから。
 逃げなければ――。
 けれど、デルビルが倒れてしまって、方向が分からない。というか、この赤髪の少年の立ち塞がっている俺の正面の方が、出口のような気がしてならない。
 炎は館内に広がって、天井近くまであぶって、焦げて、煙が酷い。
 目も頭も、痛い。
 このままだと俺も焼け死んでしまう。
 ああ、そうか。
 アブソルが来たから。

 通常のものより大きな体躯をした、色違いのアブソルが、のそりのそりと歩み寄ってきて、ねじくれた奇妙な形の角を俺に突きつける。
 殺される。
 俺が熱い頭でぼんやりしていると、少年は笑った。
「え? なにオマエ、フレア団でもねーのにフレア団助けよーとしてんの? 頭おかしくね? ほっとけほっとけ、弱い奴はいらねーからよ」
 俺の手が汗で滑って、掴んでいた男の腕を取り落としてしまった。すると少年は面白そうに笑う。
「そーそー見捨てろ、蹴落として生きな。ま、どんだけゴミが足掻こうが、オマエラは死ね」
 アブソルが鋭い鎌を押し付けてくる。
 怖い。
 その鎌は血塗られたように紅かった。
 赤髪の少年はしばらく俺を観察していたみたいだったが、何かを思い出したかのようにふと手を叩いた。
「あ――そっか、オマエラは、四つ子か…………糞ルシェドウがレンリで言っていた…………なるほどなァ…………オマエが…………オマエラが」
 少年が下卑た笑みを浮かべながら、背を丸め、嘲笑う。
「オマエラが母ちゃんを殺したんだなァ?」
 そしてなぜか楽しそうに笑っていた。しかし俺は熱さと、アブソルに紅い鎌を突きつけられているための恐怖で、それに構うどころではない。
「あっはは、あーよくやってくれたよ、オマエラがやらなかったらオレがフロストケイブ乗り込んでたし? まあいいや。アハハハハッ、よくもママンを殺しやがって、とか言って……ギャハハハ――…………死ねよ」
 俺は少年の話なんて、聞いていなかった。
 ただ、死にたくはなかった。死ぬわけにはいかなかった。レイアとキョウキとサクヤが悲しむからだ。

 俺は夢中で、アブソルの角の根元を掴んだ。
 災いを運ぶとかいう不吉なポケモンに触れるのもおぞましかったが、何も考えられなかった。ただ、いつものように、手持ちのガブリアスを手懐けた時のように、先ほどデルビルに手助けをさせたように。直感でポケモンをねじ伏せる。
――従え従え従え。
 俺を誰だと思ってる。
 てめぇの主人も相当いかれた奴だが、俺だって何度も旅の中で死にかけた。この程度の炎と風で、てめぇなんぞに屈するものか。従え。
 角を掴んだまま、メェークルやゴーゴートにでも乗るように、俺は巨大なアブソルの背に飛び乗る。この時は真っ赤なスーツの男の存在も忘れていた。
 アブソルが首を振るが、俺はその角を握りしめた手を緩めない。大きな胴を足で締め付け、狼狽えるアブソルを軽く宥める。
 赤髪の少年がぽかんとしている。
「おいこら……ルシフェル?」
「――跳べ!」
 思い切り恫喝した。

 紅色のアブソルは、赤髪の少年の頭上を飛び越え、風を巻き起こしながら、燃える図書館から飛び出した。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー