マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1401] 時津風 夜 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/20(Fri) 11:25:17   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



時津風 夜



 風の強い日だった。
 夜の雲は風に吹きはらわれ、星々が瞬く。
 僕とレイアとキョウキの三人は、ユディの家からポケモンたちを連れて夜道を辿り、クノエの病院に戻ってきた。そう、かつて幼いセッカが崖から落ちたときにも世話になった病院だ。
 ピカチュウが忙しく僕らを急かす。レイアの腕の中でヒトカゲが落ち着かなげにもぞもぞと動き、キョウキの頭の上のフシギダネは今日も泰然として、僕の腕の中のゼニガメはそわそわと手足を甲羅から出したり引っこめたりしている。八匹の子イーブイの面倒までは見られないので、イーブイたちはモンスターボールにしまってある。
 セッカの手持ちたちもすべてボールに入れて、僕が預かってきている。この赤白のボールもすべてカタカタと小刻みに震え、おやであるセッカの身を案じているようだ。
 僕ら三人は早足ではあるけれど、焦燥に駆られたり憔悴したりしているわけではない。
 セッカは無事だ。


 燃え盛る図書館の中から不意に一人だけ飛び出してきたセッカは、意識がはっきりしていた。
 煤けて真っ黒になった顔で、目を閉じて、朦朧とした意識の中、アブソル、アブソルと、うわ言のように繰り返した。
 アブソル、というその言葉が何を示すのかは正確にはわからない。炎の中で見たのか。この火事が、アブソルのもたらした災厄とでも言いたいのか。
 ばかばかしい。
 ヒャッコクシティで出会った老婦人に対しても思ったことだが、アブソルは災いを感知こそすれ、災いを招くことはしない。養親のウズの昔に語ったことを律義に信じているとすれば、セッカはやはり馬鹿だ。
 馬鹿すぎる。
 あのフレア団と名乗る男を、助けるために、燃える図書館の中に単身戻った。
 セッカが何をしたかったのか、僕にはわからない。
 そう、ポケモンさえいれば、どうにでもなっただろう。
 セッカのガブリアスなら炎をかき分けて人を捜すこともできただろうし、フラージェスならその念力で炎の壁を分けることもできただろう。でも、あの時セッカは、幼いイーブイ二匹の他は何も持っていなかった。そのイーブイたちすらキョウキに押し付け、一人で炎に飛び込んだ。


 なぜだ。
 馬鹿が。
 僕はすっかり腹が立っていた。ここまで腹が立つのは自分でも珍しい。けれどあまりに苛立って、無性に何かを殴りたくてしょうがなかった。
 病室の引き戸を、僕は開ける。
 寝台の上で身を起こしていた、包帯だらけのセッカが、僕を見てふにゃりと笑った。そのセッカの胸に、ピカチュウが飛び込む。
「ちゃああっ!」
「ピカさん!」
 セッカは満面の笑みを浮かべ、ピカチュウを抱きしめる。背中の毛並みを撫で回し、ひとしきり相棒との再会を喜んだ。
 その間に、僕はつかつかとセッカの傍に歩み寄った。
 セッカが僕を見上げる。
 僕は間髪入れず、セッカの両頬を片手で掴んだ。憎悪を込めて見下ろす。
「ぶにゅ……しゃくや」
「お前は馬鹿か」
 アヒル口になったセッカの間抜け面を、怒りを込めてねめつける。
「せいぜい思い知れ。トレーナーは一人では無力だとな。火事の建物の中に戻る、だ? 正気か? お前の頭は、飾りか?」
 思うまままくし立てた。レイアもキョウキも僕の背後に突っ立ったまま何も言わない。
 セッカは頬を潰されたまま、ぽそぽそと謝罪した。
「しゃくや、ごめんて……」
「謝れば済む話か。どれだけこちらが肝を冷やしたと思っている。挙句の果て、何だ。あの男を助けられもしないで。格好をつけるな、この馬鹿」
「あ、そうだ。そうだよ! あの人、どうなった!?」
 セッカは僕の右手を両頬から引きはがすと、前のめりになって叫ぶ。
 寝台脇の椅子にのんびりと腰を掛けたキョウキが、ほやほやと笑う。
「死にかけてるよ」
 セッカの肩が、びくりと震えた。


 腹が立つ。
 自らの手持ちのデルビルで図書館に火を放った張本人であるフレア団の男は、火事の図書館から逃げようともせず、大火傷を負った。馬鹿だ。どいつもこいつもただの馬鹿だ。
 なぜそのような愚かな男を、助ける必要があるのだ。
 僕は不満をぶちまけた。疑問を込めて詰った。
「お前は本当に馬鹿だ。何を考えているんだ。あの男のために死にに行くようなものだ。お前は死ぬ気だったのか? それとも、本気で助け出せるとでも思ったのか? 頼むから考えて行動しろ。命がいくつあっても足りない」
 セッカはぼんやりと、僕の顔を見ている。
 それがまた、腹が立つ。
「おい、聞いているのか!」
 恫喝すると、レイアが割り込んできた。
「おい、ちょっと落ち着けよ、サクヤ」
 その腕の中のヒトカゲが僕に対して怯えている。僕がヒトカゲを睨むと、ヒトカゲはきゅううと鳴いてレイアの陰に頭を隠した。僕のゼニガメが、そのようなヒトカゲの様子を見てけらけら笑っている。
 レイアはいつものように眉間に皺を寄せ、そして穏やかな声を発した。
「やめろ。セッカはまだ疲れてんだ。ぎゃんぎゃん喚くな」
「お前は黙っていろ」
「てめぇが黙れよ」
「僕は身内としてセッカに忠告してやってるにすぎない。僕は、お前やキョウキのように甘くはない。この馬鹿にはきつく言い聞かせる必要がある。まったくこいつは、なぜこうも面倒を起こすんだ」
「それは俺らが言えた義理じゃねぇだろ?」
 レイアは病室にいるという遠慮もあってか、この日は怒鳴ってはこなかった。セッカを庇うように立ち、僕を穏やかな目で見つめてくる。
 なおさら、腹が立った。
「偉そうに。セッカを庇うことで、自分が優しいということを誇示でもしているのか?」
「あんなぁサクヤ……話をずらすな。お前はなにイラついてんだ。俺だって、セッカの馬鹿さ加減には腹立つし、今はそれすら通り越して虚脱してるとこだわ」
 レイアは深く溜息をつく。赤いピアスが揺れる。
 緑の被衣のキョウキは、頭にフシギダネを乗せたまま、気色悪い笑みを浮かべつつ僕らを傍観していた。
 セッカはぼんやりとしていたが、ピカチュウを抱いたまま不意に微かに笑んだ。セッカらしくない、弱々しい笑顔だった。
「ありがと、サクヤ。サクヤが俺のこと心配してくれてんの、分かったよ」
「……勝手な」
「サクヤもレイアもキョウキも優しいの、俺は知ってる。だからさ、あのエビフライ団の人が死んじゃったら、お前ら三人はショック受けちゃうだろ? だから俺はあいつ助けようと思ったの。馬鹿だったよな。ごめんな。死ぬつもりはなかったから全力で逃げてきた」
「……でも、結局お前は怪我のし損だ」
「そうだよ。馬鹿だった」
 セッカは微笑んで俯き、包帯の巻かれた手でピカチュウの背を撫でた。

「ポケモンの力に酔ってた。俺自身のトレーナーとしての力量に酔ってたのかも。強いのはポケモン、戦ってくれるのはポケモンたちなのに、俺自身が強いと思い込んでた」
 それは、トレーナーとして軌道に乗ったものが誰もが抱く幻想だ。
 ポケモンの力に慣れたものは、一日でどの町にでも行けると確信し、無闇に凶暴なポケモンの棲み処を踏み荒らし、油断を抱いて危険な洞窟に入る。そして傷つくのはトレーナーだけではない、その手持ちのポケモンたちも、時には周囲の人間までもが傷つく。
 傲慢なトレーナーは、周囲を不幸にする。
 災厄を撒き散らすのだ。
 セッカは囁く。
「ね、俺、トキサのことがあってからさ、バトルで必要以上に強い技使うのやめたんだよね。でも、だからこそ安心だった。切り札をとっておけるから……」
 セッカに撫でられるピカチュウは幸せそうに目を細め、喉を鳴らしている。ヒトカゲがもぞもぞと動き、フシギダネも首を傾げ、ゼニガメはじたばたと手足を動かした。レイアもキョウキも僕も、それとなくセッカにつられてそれぞれの相棒に構う。
「……でもさ、強力な技をとってあるって思ったら、なんかいつの間にか、結局自分には何ができて何ができないのか、わかんなくなるんだよね……。何も考えず、とりあえずやってみようと、思ってしまう。今まで割とそれで、なんとかなっていた」
「だが、あの時お前には、ピカチュウもガブリアスもフラージェスもマッギョもいなかった」
「そうだよ。ずっと一緒にいるのが当たり前だった。あいつらがいることを、微塵も疑わなかった。だからさ、つまり俺は馬鹿だけど……いっぱしのトレーナーだよな?」
「ふざけるな」
「――ちょっと前の俺なら、エビフライ団なんて助けようとも思わなかったよ。……サクヤは昔の俺の方が好き? レイアは? キョウキはどう思う?」
 セッカの視線は相変わらず、ピカチュウに注がれている。

 僕がレイアに視線をやると、そいつは肩を竦めてセッカに言い放った。
「お前がやろうとしたこと自体は立派だよ。最高にダサいけどな、今のお前は」
「うん」
 セッカは顔をほころばせている。
 キョウキがわずかに首を傾げた。
「僕はね、見捨ててもいいと思ってたんだよ。最悪、あのフレア団の人が死んでしまったとしても、僕は何も感じないと思うな。ウズからはまたうるさく言われるだろうけど、ウズはウズだし」
 そのキョウキの言葉には、セッカは表情を曇らせた。
「きょっきょは、助けられたかもしれない人が死んでしまっても、なんとも思わない? トキサが爆発しても、なにも思わない?」
「セッカが何かを感じるなら、お前はそれを大切にすればいいと思うよ。ただ僕に関しては、僕はちょっとしたひねくれ者だから、そう簡単に他人に共感はしないことにしている」
 キョウキは微笑を浮かべてそう言い切った。セッカはうんと頷いた。
 そして、セッカの視線が僕に注がれる。
 僕は苛立ちを抱えながら、呟いた。
「他者を助けようとする行動は、一般的には評価されるだろう」
「うん。で、サクヤは、どう思う?」
「僕は世間一般よりも、お前の方が、比較的重大な存在だと認めている」
「えっと、もっとわかりやすく」
「……人を助けるなら、お前自身は怪我をするな」
「そうしよっと」
 セッカは笑った。
 僕はセッカを見下ろし、そいつの膝の上に、預かっていたそいつの手持ちのボールを投げ落としてやった。


 セッカは入院とはならず、その夜のうちにユディの家に戻った。
 治療費については、公的な補助金が下りるため、窓口での支払いは少額だった。請求すれば、ポケモン協会からもさらに見舞金を受け取れるだろう。昨今のトレーナー政策のおかげでトレーナーの保護は手厚い。
 養親のウズは、来なかった。それがセッカを怒らせた。
「ほんっと、血も涙もないよなー」
「本気で愛想を尽かされたのかもねぇ」
 キョウキが緩く笑っている。
 僕らは四人でユディ宅の居間の絨毯の上に座って、レイアが図書館から持ち出してきた『イーブイの進化方法』の本を覗き込んでいた。
 僕ら四人はこの本を探して、はるばる慣れない図書館を訪れたのだ。
この本は結局、貸出手続きは済ませていない。しかし図書館の状況が状況なので、どこに返却するというわけにもいかず、この本は僕らの手元にある。
 レイアが最初に読み上げる。
「シャワーズ、水タイプ。水の石を使う。……サンダース、電気タイプ。雷の石を使う。……ブースター、炎タイプ。炎の石を使う」
 キョウキが引き継いだ。
「エーフィ、エスパータイプ。懐かせて光の中で育てる。……ブラッキー、悪タイプ。懐かせて闇の中で育てる」
 セッカが賢明に読み上げる。
「リーフィア、草タイプ。苔むした岩の傍で育てる。……グレイシア、氷タイプ。凍り付いた岩の傍で育てる」
 僕が最後を引き継いだ。
「ニンフィア、フェアリータイプ。仲良くなり、育てて妖精の技を覚えさせる」
 そして僕ら四人は、ボールから八匹の子イーブイを出した。
「ぷい」
「ぷい」
「ぷい」
「ぷい」
「ぷい」
「ぷい」
「ぷい」
「ぷい」
 八匹のイーブイはボールから出されると、おとなしくお座りしている。僕らは両手で、自分のイーブイたちをつまみあげた。
 レイアのイーブイのリボンの色は、真珠の薄色、珊瑚の桃色。
 キョウキのイーブイのリボンの色は、瑠璃の青色、琥珀の黄色。
 セッカのイーブイのリボンの色は、瑪瑙の赤色、翡翠の緑色。
 僕のイーブイのリボンの色は、玻璃の水色、螺鈿の濃色。
 そして、そのリボンの色と、『イーブイの進化方法』に乗っていたイーブイの進化形態の図とを見比べる。そうすると、答えは自ずと浮かんできた。
 僕らは互いに目くばせした。
「いいな。確認したな?」
「おっけー。とりあえず僕はミアレの石屋に行こうかな」
「……俺も行く!」
「僕とセッカは行くべき方向が違うと思うんだが、その認識で合ってるな?」
 僕らは互いに頷き合った。
 イーブイの進むべき道は決まった。なら一刻も早く、イーブイたちを育て上げなければならない。
 戦いに満ちた旅の生活が、待っているから。


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