マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1402] 不知火 朝 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/20(Fri) 11:27:38   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



不知火 朝



 朝の太陽が高くかかり出したころ、四つ子はミアレシティに辿り着いた。
 袴にブーツ、葡萄茶の旅衣。それが四人、ぞろぞろと14番道路方面のゲートから現れる。そのまま半円状のノースサイドストリートを西へ。
 普段は観光客でにぎわうメディオプラザも人の姿はまばら、トリミアンと共に朝の散歩をする老紳士や、ランニングに励む学生、颯爽と自転車で駆け抜けるビジネスマンの姿が見える。屋台の準備をする焼き栗売りの姿、朝のミアレを描こうとカンバスに向かう画家の姿もあった。
 四つ子もとい葡萄茶色の旅団は、ガレット屋の前で立ち止まった。
 ピカチュウを肩に乗せたセッカが、身を乗り出す。
「ミアレガレット、四個ください!」
「はい、ミアレガレットを四つ。四百円です。モーモーミルクとご一緒にどうぞー」
「ありがと、おねーさん! とっても美人だよ!」
 焼きたての円いガレットとよく冷えたモーモーミルクを受け取り、四つ子はまずガレットの一部をむしってそれぞれの相棒、ヒトカゲ、フシギダネ、ピカチュウ、ゼニガメに分け与える。相棒たちがガレットの欠片にかぶりつくと同時に、四つ子も残りのガレットにがっついた。
 さくさくとした歯触り、芳醇なバターの香り、甘じょっぱい味わい。焼きたてのあつあつ。
 朝食代わりとしてはいささか重いが、それはそれで菓子としては十分美味い。さすがはミアレ名物である。美味しいだけでなく、ポケモンの状態異常まで治すというのだから体にいいこと間違いなしだ。
 相棒たちと分け合いつつモーモーミルクを飲み終え、その空き瓶はガレット屋に返した。
 未だ体のあちこちに絆創膏を張り付けているセッカが、満面の笑みを浮かべる。
「おいしかった! 俺の火傷も治った気がする! ごちそーさま!」
「ぜひまたどうぞー」


 糖分と油脂分と水分とカルシウムを摂取したところで、四つ子はミアレシティの北の外半円、ノースサイドストリートをさらに西へ向かった。川に差し掛かると、ミアレの中央部へ向かう形で曲がる。
 じきにローズ広場に辿り着いた。
 濃紫のモニュメント。
 四つ子は一瞬立ち止まる。ローズ広場の人通りは多く、観光客やビジネスパーソンで賑わっている。ポケモンと共にストリートパフォーマンスを行って喝采を浴びている芸人もいるし、ポケモンバトルに興じている若いトレーナー達も、それらを眺めている人々もたくさんいる。
 四つ子はそのポケモンバトルに視線を注いだ。
 ヤンチャム対ビビヨン。宙を優雅に舞う花園の模様のビビヨンの方がやや優勢といったところか。
 ヤンチャムはまだレベルが高くはないらしく、直接攻撃の技しか持たないようだった。濃紫のモニュメントの上に跳び上がり、必死に宙のビビヨンを捕らえようとするも、ことごとく躱される。
 結局ビビヨンの起こした風にヤンチャムは吹き飛ばされ、そのまま目を回した。勝負はついた。
 四つ子は黙ってそのバトルを見守っていた。
 四つ子なら、あのヤンチャムのようなバトルはしない。遠距離攻撃の術も、空にある敵を捕らえる術も数種類用意してある。あらゆる敵に対応できなければ、トレーナーは勝負に負ける。そして負けたら賞金を支払わなければならない。
 ヤンチャムのトレーナーらしき少女は、バトルに負けて泣きながら、相手のトレーナーの少女に賞金を支払っていた。ビビヨンのトレーナーは複雑そうな表情をしつつも、ヤンチャムのトレーナーを慰めながら、賞金をしっかりと受け取っている。
 賞金で食いつなぐトレーナーは、負けてはいけない。
 自分のために一生懸命戦ってくれたポケモンが、それでもあえなく傷ついて瀕死になって倒れて、そしてトレーナーは一人きりになる。それは辛いことだし、大切な手持ちのポケモンに対してもやりきれない思いを抱えることになる。負けるのは辛い。何より、金銭的に更に困窮することを思えば、バトルでの敗北による精神的な圧迫感は計り知れないのだ。
 だからトレーナーはポケモンを強く育てて、バトルに勝たなければならない。
 ポケモンに強い技を覚えさせれば、大抵の相手に勝てる。
 けれど強い技は往々にして、不必要に周囲に被害をもたらす。四つ子は瞑目した。この場所だった、あの事件が起きたのは。
 セッカがボールから、橙色の花のフラージェスを繰り出す。
「ユアマジェスティちゃん、お花が欲しいんだ。きれいなやつ」
 セッカが静かに頼みごとをすると、ガーデンポケモンはその力で赤や黄や橙や白の美しい花々をセッカの手の中に生み出した。
「ありがと」
「るるる」
 セッカは腕いっぱいの花を、レイアとキョウキとサクヤの分も合わせて、濃紫のモニュメントの前に供えた。そして四つ子は静かに手を合わせた。
 周囲のどこか気まずげな視線も気にせず、四つ子はローズ広場を後にした。町の中心部を目指して歩き出す。


 四つ子はメディオプラザに最も近いポケモンセンターに足を運んだ。
 ポケモンを預けることはせずに、そのままロビーに向かってソファに足を投げ出す。四人は早朝に故郷のクノエシティを出て、14番道路のクノエの林道を通ってミアレにやってきたのだ。
 道中は静かだった。四つ子は特に会話をすることもなく、飛び出してきた野生のポケモンに各々で応対し、抜きつ抜かれつそれぞれのペースで道路を超えてきた。危なげのない道路越えだった。レイアもキョウキもセッカもサクヤも、十歳の時から数年間一人旅を続けてきたのだ。今さら野生のポケモンに脅かされることはほとんど無い。
 ときどき出会ったポケモンレンジャーやオカルトマニアやメルヘン少女から賞金を巻き上げつつ、大きなロゼルの木から大喜びでたくさんの実を収穫し、迷子になることもなく淡々とミアレに辿り着いた。ブーツにこびりついた泥を拭うのも億劫で、さすがに痛む足を休める。
 四つ子にとってミアレは別れの街だ。十歳になった春も、クノエからミアレにやってきた四つ子は別々の四つの街に向かって旅立った。そして先だっても、知り合ったばかりのエリートトレーナーと別れる羽目になった。
 ポケモンセンターのソファの背もたれに崩れながら、セッカがぽつりと呟く。
「……なあ、今度はさ、一緒に行こうな?」
「セッカとサクヤは行く方向が別々じゃない。二手に分かれない?」
 セッカの隣に座る緑の被衣を頭に被ったキョウキが、フシギダネの頭を優しく撫でながら応じる。セッカは僅かに身を起こし、頬を膨らませた。
「……だって」
「だっても何もないよ。イーブイの進化方法は多岐にわたる。目当ての進化形態があるなら、早めに進化させた方がいい。セッカは20番道路の迷いの森へ行きなよ。サクヤはフロストケイブだ」
「……れーや、一緒に行こ」
 拗ねた様子のセッカは、赤いピアスの片割れにくっついた。足を組んでいたレイアは、特に文句を言わなかった。
「わかった。じゃ、俺はセッカと一緒に行くから。キョウキはサクヤと一緒に行くのか?」
「なぜ」
 不満げに鼻を鳴らしたのは、腕を組んでソファに腰かけていた青い領巾のサクヤである。キョウキがにっこりと笑ってサクヤにくっつく。
「いいじゃない、一緒に行こうよ。サクヤお前、ルシェドウさんに丸め込まれたあげく二日間氷漬けにされたんだって? 本当、お間抜けさんだなぁ」
「うるさい」
「ね、今度ルシェドウさんに会ったら、僕が潰してあげるからさ」
「させるか。僕が潰す」
 サクヤはさらに不機嫌に鼻を鳴らし、一方でキョウキはにこにこと笑っている。ソファの足元では、ピカチュウとゼニガメとヒトカゲが走り回っていた。フシギダネはキョウキの膝の上でのんびりと目を閉じている。
 セッカはレイアの腕にしがみついたまま、ぼそぼそと呟いた。
「……でもさ、今日くらいはみんなで一緒にいよう。ねえそうしようよ」
「セッカは甘えっ子さんだなぁ」
 キョウキが緩く笑い、セッカの頭を撫でる。
「大丈夫だよ。離れていても、僕らは一緒さ」
「きょっきょ意味分かんない」
「セッカはミアレで何かしたいことでもあるの? 何もないなら、早くここを発った方がいいと思うのだけれど」
「……したいことはないけど」
 セッカがうじうじと駄々をこねていると、ポケモンセンターに新たに二人の人間が入ってきた。カメラを持った男性と、きちんとしたスーツに身を包んだ女性の二人組である。

 その二人組はロビーに目を向け、そして四つ子の姿を認めると早足で近づいてきた。
 それからその女性が唐突に四つ子に声をかけてきたのである。
「あのっ、まさか四つ子さんですか?」
 青い領巾のサクヤがぴくりと眉を顰め、赤いピアスのレイアは眉間に皺をよせた剣呑な表情のまま顎を上げ、緑の被衣のキョウキは愛想笑いを浮かべて振り返り、セッカはぽかんと間抜け面を曝した。
 女性はそそくさと名刺を差し出す。
「あの、私、ミアレ出版の者です。弊社の記事で、双子のイーブイを四組もタマゴから孵した四つ子トレーナー、というのがやられてまして……その写真と同じ四つ子さんですよね?」
「……あー」
「ええ、そうです。クノエで、ミアレ出版さんのパンジーさんという方の取材をお受けしました」
 口ごもるレイアの一方で、キョウキがすらすらと淀みなく応える。そして記者の女性が表情をほころばせて何か言おうとするのを遮るように、キョウキはたたみかけた。
「取材ならお断りします」
「えっ……なぜですか! 五分、いやいやえーっと十分だけでも!」
「どうせ貴方がた、ろくなこと尋ねてこられないでしょう。双子のイーブイのことなら洗いざらいパンジーさんにお伝えしました。それとも、四つ子のトレーナーがそんなに珍しいですか。世の中には一卵性の五つ子くらいいますよ。何なら六つ子でも七つ子でも八つ子でもいるでしょう」
「えっ……でも」
「ねえ、帰ってください」
 キョウキはにこりと笑ったまま、片手で追い払う仕草をした。
 若い女性記者は困り果てた表情になり、しかしなおも食い下がった。
「……お願いします、ぜひ取材させてください! お礼はいくらでもしますので!」
「そうですね、これから僕ら四人が死ぬまで毎日、ローリングドリーマーにご招待くださるならば、考えてもいいですよ」
「……それは……ええと……うーん……あの、他のレストランで今日の昼食くらいなら!」
「馬鹿にしないでください」
 キョウキは笑顔のままだが、少しずつキョウキが苛立ちつつあることにレイアとセッカとサクヤは気づいていた。

 キョウキは雑誌記者を追い払おうとしている。その理由は、レイアもセッカもサクヤもなんとなく分かっていた。ここはミアレシティだ。ミアレのスターとも謡われたエリートトレーナーをローズ広場で大怪我をさせた例の事件は、大きく報道はされずともミアレで噂ぐらいにはなっただろう。ましてや、一卵性の四つ子という特徴的すぎる特徴を持った加害者のトレーナーは、人々の記憶にもとどまりやすい。
 今、ここでその話を蒸し返されるわけにはいかない。
 トレーナーに反感を持つ人間が増えれば増えるほど、旅はしにくくなる。四つ子についての悪い噂が広まれば広まるほど、四つ子とポケモンバトルをしようと考えるトレーナーは減るのだ。それは即ち、四つ子の収入の減少を意味する。

 キョウキは歯を見せてそれとなく記者を威嚇した。
「僕らはね、見世物のために生きてるわけじゃない。なぜなら、バトルの賞金だけで生きているからです。バトルができなくなれば、僕らは死ぬしかない。だから、取材をお受けするなら、僕らが旅をしなくてもいい生活を保障して頂くほかないのです」
「……ええと、なぜバトルができなくなるんですか?」
 女性記者の質問に、キョウキはとうとう舌打ちした。
 四つ子の片割れ三人はキョウキを見つめる。キョウキも片割れの三人をちらりと見やって、低く唸った。
「――ああ、もう限界だ。お前ら適当に応待しろよ」
「お前、気ぃ短すぎだろ……」
 レイアが苦笑している。キョウキはふんと鼻を鳴らした。
「レイアに言われたくはないね。僕はお前らよりは寛容だよ。僕はレイアみたいに怒鳴らないし、セッカみたいに喚かないし、サクヤみたいに殴りかからない」
「いや、現にブチ切れてんじゃん。そう怒んなって」
「……ああ、腹が立つ。まさか僕らのこの言動も全部録音されてんじゃねぇだろうな……。ああ、そうだ、バトルしませんか、ミアレ出版のお姉さん? カメラのお兄さんでもいいですけど。僕ら四人に勝てたら、取材をお受けしますよ?」
 キョウキは投げやりに質問を投げかけた。
 女性の記者は戸惑ったようにカメラの男性を見やり、男性もまた困ったように女性を見やった。
 キョウキは興に乗ったのか、楽しげに笑い出す。
「あはっ、あははは、そうですよ。トレーナーはポケモンと共に戦うもの。いわばバトルはトレーナーにとっての挨拶です。トレーナーに必要なのは戦いです。つまり、戦えもしない人間なんて、トレーナーにとって話をする価値もない」
「あの……私、バトルは……」
 声を小さくする女性記者を、キョウキは嘲笑う。
「ほんと、礼儀がなってませんよね。貴方がたもバトルの賞金だけで暮らしてごらんなさい。三日で飢え死にだ。でも貴方がたはそうならない。なぜ? 貴方がたが恵まれているから。面白おかしいニュースだけを求めて楽しんでいれば生きられるから」
 キョウキは実に楽しそうにまくし立てている。
 セッカは、キョウキが楽しそうなので良かったと思っている。
 レイアとサクヤは我関せずと言った風に、キョウキと記者たちのやり取りと眺めていた。
 それでもソワソワするばかりの記者たちに、とうとうキョウキは歯を剥き出した。
「…………次来たら潰すぞ…………」
 記者たちは謝罪を繰り返しながら、ポケモンセンターから出ていった。


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