マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1404] 不知火 夕 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/20(Fri) 11:32:01   56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



不知火 夕



 漢方薬局に寄って、石屋で目当てのものを手に入れた。
 あとは四つ子は、イーブイの進化のために特定の場所へ行かなければならなかった。正確にはそれを要するのはセッカとサクヤの二人なのだが、レイアとキョウキはそれぞれに付き合うと決めている。
 すなわち、もうこれ以上はミアレシティには四つ子は用はなかった。
 しかし、そこでごねたのがセッカである。
「ね、今日だけ四人でいさして。お願い!」
 そう往来の真ん中で片割れの三人を拝み倒し始めるのだから、残る三人としてもセッカを宥めないことにはどうにもならないと判断せざるを得なかった。
 ぴゃあぴゃあと人目も憚らずに喚くセッカを引きずり、ミアレシティ南西の、カフェ・ソレイユに入店する。
 そしてレイアとキョウキとサクヤは、瞬時にしまったと思った。セッカは目をぱちくりさせた。
 逆に、ヒトカゲとフシギダネとピカチュウとゼニガメは、それぞれの相棒から離れて飛び出し、大喜びで鳴きながら、その人物に駆け寄る。
「かげぇ! かげぇ!」
「だーねー?」
「びがぁ! ぴかちゅう!」
「ぜにぜにぜにぜに! ぜにぜにぜーに!」
「おおう、久しぶりだねぇー! 元気だったかい?」
 四つ子はカフェ・ソレイユの入り口で、呆然と立ち止まった。

 四つ子の相棒の四匹が駆け寄った人物は、カフェ・ソレイユの隅で超絶美貌の女性と相席していた。
 普段研究所では身につけているはずの白衣を脱いでおり、外出の最中だったようだ。
 プラターヌ博士である。
 博士はひとしきり、研究所でかつて暮らしていたヒトカゲ、フシギダネ、ピカチュウ、ゼニガメの四匹との再会を喜んでいた。相席の女性も微笑み、そして四つ子に視線をやった。
「…………あら」
 純白の衣装に身を包み、ペンダントを胸元に煌めかせ、ブラウンの髪を上品に結いあげた、カリスマ性あふれる女性。その女性が四つ子に目を留め、小さく嘆息する。
「四つ子さんね?」
「そうだよカルネさん! この子たちがボクの研究所の誇る、四つ子のトレーナー達だよ!」
 プラターヌ博士が、傍らの女性に紹介する。カルネと呼ばれた美貌の女性は、この世のものと思えない慈愛に溢れた笑顔を四つ子に注ぎかけた。


 さすがの四つ子も、言葉が出なかった。
 何という気品、何というプレッシャー。住む世界が違う。
 ああ、そうだ。この人と関わり合いになるべきではなかった。
 四つ子はそわそわと、この眩しいカフェを後にしようとした。しかしヒトカゲとフシギダネとピカチュウとゼニガメはプラターヌ博士の全身にまとわりついてしまって、そう簡単には引き剥がせなさそうだ。
 四つ子はたいへん戸惑い、店内でもじもじしていた。店じゅうの客の視線を集めている気がする。それはそうだ、四つ子はたった今、世界的な大女優に微笑みかけられているのだから。
 その女性の美しさに、称賛の溜息しか漏れない。
 四つ子は目が眩んだように、もじもじと俯いた。床しか見ることができない。
 ここまで住む世界の違いを思い知らされる人間が、世の中には存在するのだ。
 四つ子は立ったまま、どんどん卑屈になっていった。駄目だ、自分たちはこの女性の視界に入るべき存在ではない。無視してほしい。どうか無視しろ。無視してください。

 しかし、大女優は心優しくも、無視してはくれなかった。輝かんばかりの美貌をさらに明るくし、眩しいばかりの笑みを零す。
「貴方たちのポケモン、とってもすてきね。ね、そんなところで立っていないで、どうぞこっちにお座りなさいな」
「そうそう、そーしなよ! いやぁ、旅立ち以来じゃないか! 元気そうだね、レイア君!」
「僕はサクヤです」
 プラターヌ博士に肩を叩かれ、青い領巾のサクヤがやや不機嫌に応じる。プラターヌ博士は眉を上げ、きょろきょろと見渡した。そして緑の被衣の片割れの肩を叩いた。
「えっと、キミがレイア君だったかな?」
「僕はキョウキですよ、博士」
 キョウキはにこりと微笑む。プラターヌ博士は赤いピアスの片割れに目をやった。
「あ、じゃあ君がレイア君だ!」
「違うっすよ」
 本物のレイアは意地悪く笑った。
 プラターヌ博士はあたふたと取り乱し、セッカの両手を掴んだ。
「すまない! 本当にすまない、レイア君!」
「いや、俺セッカっすけど」
「なに! じゃあキミがレイア君か!」
 プラターヌ博士はわたわたと、顔のそっくりな四つ子を順に見回した。
「サクヤだと、申したはずです……嘘っす俺がレイアっす」
「嘘ですよ博士、その子は……だって俺がレイアだかんな!」
「ふざけんなよ俺がレイアだよ!」
「お前らいい加減にしろよ! 博士、俺がレイアなんで、覚えてください!」
 四つ子は寄ってたかって、プラターヌ博士に自分こそがレイアであると主張した。
 博士は目を白黒させ、そしてとうとう大きく笑い出した。
「ははっ、こりゃやられたなぁ! ……そうだそうだ、思い出したよ! キミたち、十歳の旅立ちの時もそうやって、ボクのことからかったよね?」
 四つ子はにやにやと笑う。その四つ子のそれぞれの装身具を見分けて、ヒトカゲはレイアに、フシギダネはキョウキに、ピカチュウはセッカに、ゼニガメはサクヤに飛びついた。プラターヌ博士はにやりと笑う。
「そうそう、臆病なヒトカゲのトレーナーがレイア君。穏やかなフシギダネを貰っていった子がキョウキ君。勇敢なピカチュウを連れて行ったのがセッカ君。やんちゃなゼニガメを選んだのがサクヤ君、だ」
「そうっす」
「当たりです」
「だいせーかい!」
「よく覚えていてくださいました」
 四つ子はプラターヌ博士に向かって笑いかけた。博士も目を細め、そしてその隣の大女優もくすくすと面白そうに笑っている。
「ふふ、ふふふ……面白いのね、四つ子さんって。ねえ、この前のカロスリーグにも出てらしたわよね?」
 席に着いた四つ子に向かって、カルネが問いかける。セッカが大きな声で答えた。
「はい! きょっきょは予選、しゃくやは本選行きました! そしてそして、なんとれーやはベスト4です!」
「そうそう、貴方、ガンピ君を倒したでしょう? ズミ君には負けてしまったけれど」
「……あ、それは単純に、当時の俺のパーティーが炎タイプ中心だったためだと思ってて……」
 ヒトカゲを抱いたレイアが、ぼそぼそと答える。カルネはうんうんと大きく頷いた。
「そうそう、色々なタイプのポケモンを育てるのって案外難しいのよね。あるタイプのポケモンを育てると、同じタイプの他のポケモンも育ててみたくなっちゃうの」
「あ、そうっすね、確かに……」
「そのうちそのポケモンに愛着が湧いちゃって、パーティーから外すに外せなくなってしまうのよねー」
「あ、そうそう、そんな感じっすね」
 レイアも頷いた。
 そこでプラターヌ博士が両手を広げた。
「四つ子ちゃん、何か食べるかい? いい機会だ、カロス地方のチャンピオンのカルネさんに色々伺うといいんじゃないかな。今日はカルネさんも夜までこちらでゆっくりされるそうだよ!」
「いえ、僕らがいるとカルネさんもごゆっくりできないのでは?」
 フシギダネを抱いたキョウキが卑屈に笑う。するとカルネは悪戯っぽく笑った。
「もう、そんなこと気にしないの。あたし、四つ子さんなんて見たの、初めて。それもガンピ君を倒した子がいるんだもの。四人揃って強いなんて、すっごくわくわくしちゃう。いつかあたしの育てたポケモンたちとバトルしてほしいな」
 そう絶世の美女に笑いかけられるのだから、もう四つ子はしどろもどろになった。カルネと平然と相席しているプラターヌ博士も相当の人物なのだということを思い知った。
 セッカがぽそぽそと呟く。
「……博士、すごい人だったんすね……」
「え? なんでだい?」
「何つーか、遠い世界の人だったんすね……」
「それは違うよセッカ君!」
 プラターヌ博士は大仰に手を広げ、身を乗り出して朗らかに笑う。
「確かに大女優のカルネさんは、庶民のボクらにとっては遠い存在に感じられるかもね。でもね、ポケモンというつながりがあるから、ボクらは様々な人と仲良くなれるんだ!」
「そうそう。あたしもお芝居の関係以外に、ポケモンバトルを通じて、本当に色々な大切な人に出会えたもの」
 カルネも微笑んでいる。
 彼らのその言葉に、それぞれの相棒を膝に乗せた四つ子は視線を伏せた。


 カルネが軽く首を傾げ、プラターヌ博士もまた机に肘をついてやや深刻そうな表情になった。
「なにか、心配事でもあるのかい?」
「……ポケモンを持っていたせいで、人を傷つけちまったら、どうしますか?」
 赤いピアスのレイアが静かに問いかける。
 プラターヌ博士とカルネは同時に言葉を発した。
「謝ればいいのさ」
「謝ればいいのよ」
「おおっと、これは失礼」
「いえいえ」
 カルネの言葉に自分の言葉をかぶせてしまった事態にプラターヌが笑顔で謝る。カルネも笑顔で応じる。実に優雅な雰囲気の二人だった。
 セッカが小さい声になる。
「でも、謝ったくらいじゃ済まないかもしんないっす」
「貴方たちは、本当にその方に申し訳ないと思っているのね?」
「俺らはほとんど事故だと思ってました。でも、相手はどう思ってるかわかんなくて。……本当はトキサ、俺らが旅してカロスリーグに出てるの、嫌なのかもしれないなって」
 セッカがその名を出すと、プラターヌ博士は真顔になった。
 博士の様子をちらりと見た四つ子は、一様に全身を緊張させた。カルネが首を傾げる。
「博士、どうなさったの?」
「……トキサのことは……残念だよ」
 プラターヌ博士は手元のカップを持ち上げ、ゆっくり静かにコーヒーを飲んだ。
 カップをソーサーにそっと戻す。
 博士は、寂しげに微笑んでいた。
「トキサは四つ子ちゃんたちより前に、ボクの研究所からハリマロンと共に旅立っていった。エリートトレーナーの事務所に勧誘されてね、学業でも優秀な成績を収め、このミアレでもそのスタイリッシュさで有名になってねぇ……」
「すみませんでした」
 レイアが固い声で謝罪する。キョウキとセッカとサクヤは俯いたまま、黙り込んでいる。
 プラターヌ博士は寂しげな表情ながら、四つ子に語りかけた。
「それで四つ子ちゃんはボクの研究所に寄りづらかったのかな。ボクもあの事件というか、事故のことは聞いたし、トキサのお見舞いにも行ったよ。……そうだ、四つ子ちゃん、トキサから伝言があるんだった」
 四つ子は緊張した目で、プラターヌ博士を見つめた。博士の隣でカルネは背筋をまっすぐ伸ばしたまま、静かに目を伏せていた。
「――“寿司を奢る約束、忘れてない”、だってさ」
 プラターヌ博士はわずかに瞳を潤ませていた。
 それを見てしまった途端、四つ子までどうにも切なくなり、体裁を保つのに難儀した。



 それから、カフェ・ソレイユで、四つ子はプラターヌ博士とカルネと暫く談笑した。
 四つ子の旅の話、故郷で学生をしている幼馴染の話、養親の話、気難しい裁判官の話、愉快で呑気なポケモン協会の職員たちの話。
 四つ子がクノエシティでタマゴから孵した四組の双子のイーブイのことを、プラターヌ博士とカルネは知っていた。
「そうそう、ミアレ出版の雑誌で有名になってたよねぇ!」
「ええ、あたしも見た! ビオラちゃんのお姉さんの、パンジーさんの記事だったよね」
「今、そのイーブイたちを進化させようとしているところなんです」
「現在イーブイの進化系は八種類確認されていますので。八匹をそれぞれ違う形態に進化させようと思ってて」
 キョウキとサクヤが説明する。それが面白いのか、プラターヌ博士とカルネは笑顔をほころばせた。
「いいねぇ、面白いねぇ! あ、じゃあさてはミアレの石屋に、進化の石を買いに来たんだね?」
「そういうところです。シャワーズとサンダースとブースターにはもう進化させまして。これから二手に分かれて、リーフィアとグレイシアに進化させに行こうかな、と」
「うんうん、苔むした岩と凍り付いた岩だよね。捜すのちょっと大変かもしれないけど、頑張って!」
 カルネが声援を送ると、さすがの性悪のキョウキまで心洗われたような笑顔になった。
 しかしレイアが苦い表情で、プラターヌ博士に尋ねる。
「で、そこまではいいんすけど……。博士、“懐く”と“仲良し”って、どう違うんすかね……?」
「ああ、エーフィとブラッキーは懐き進化で、ニンフィアは仲良し進化だと言われているねぇ!」
 プラターヌ博士はうんうんと大きく頷いた。
「そうそう、その違いが難しいんだよね。一般的には、ブラッシングやマッサージなんかをしてあげると“懐いて”、一緒に遊んであげると“仲良くなる”そうだよ」
「……違いが分かんねぇ!」
 レイアは頭を抱えた。カルネが笑いかける。
「そうね、エーフィやブラッキーに進化してほしい子は、あまり瀕死にはさせないこと。道具を使ってあげて、漢方薬は与えないように気を付けてね」
「……うっす」
 レイアは頭を抱えたまま頷いた。


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