マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1405] 不知火 夜 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/20(Fri) 11:34:40   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



不知火 夜



 そしてカルネが刻限になったと言ってカフェ・ソレイユを出たのは、日暮れごろだった。
 それをきっかけに、プラターヌ博士も四つ子もカフェを出る。メディオプラザのプリズムタワーの点灯を見て、そして研究所前で博士と四つ子は別れた。
「これからは、ちょくちょく顔を見せてくれると助かるな。ポケモンのことでも、人間関係の悩みなんかでも、ボクでよければ相談に乗るからね。じゃ、四つ子ちゃん、良い旅を!」
「どうも」
「ありがとうございます」
「ありがとーございましたー!」
「では、今日は失礼します」
 街灯に照らされたミアレの街を、四つ子は歩き出す。


 ピカチュウを肩に乗せたセッカが、のんびりと囁く。
「博士、いい人だったなー。カルネさん、超美人だったなー」
 四つ子は思いがけず美女に遭遇できて、ほくほくしていた。とはいえ、四つ子は女性が好きというわけではない。単に、外見と内面の両方の美しい人間が大好きなのだ。プラターヌ博士と再会して話をできただけでも、四つ子は随分と心を癒されていた。
 ヒトカゲを脇に抱えたレイアも息をついている。
「ほんと、トキサのことで責められたらどうしようかと冷や汗かいたけどな。……ふつーにいい人たちで助かったわ」
 フシギダネを頭に乗せたキョウキは爽やかに笑っていた。
「ま、博士はたくさんの若いトレーナーを見てるし、カルネさんは女優だし。演技は得意だと思うよ。やっぱり本心ではどう思ってるかはわからないね。まあ僕らの知ったことではないけど」
 ゼニガメを両手で抱えたサクヤが溜息をつく。
「なんにせよ、イーブイの進化のことで収穫があったのは、喜ばしいことだろう」
 四つ子は観光客たちの間を縫って、プランタンアベニューを北上していた。メディオプラザで西北西へ向かい、ローズ広場の傍のポケモンセンターに戻ろうとして、セッカがキョウキの袖を引っ張った。
「ねえねえ、あのカフェ気になる!」
 四つ子は立ち止まり、ローズ広場の向こう側に会ったカフェを見つめた。
 真っ赤なカフェだった。
 キョウキは眉を顰める。
「……え、趣味悪くない?」
「目に痛え店だな」
「あんなところで休めるか」
 いやそうな顔をする片割れ三人を尻目に、セッカはぴょこぴょこと跳ねるように、真っ赤なカフェに入っていった。
「ふら……だ……れ……カフェ?」
「フラダリカフェ……」
 サクヤが看板を見つめて囁く。セッカは真っ赤な外装のカフェに突入していった。
「こんちは!」
「いらっしゃいませ……」
 そのカフェは内装まで真っ赤だった。床も壁も深紅に塗られている。店内は静かだがぽつぽつと客があり、コーヒーの香りが漂っている。
 四つ子はきょろきょろしながら、奥へ入った。
 そして、カフェの奥に、目立つ人物が席についているのが、四つ子の目に入ってしまった。

 四つ子は思わず立ち止まった。いや、足が竦んだと言った方が正しいか。
 先ほど、カルネに会った時とは、同じようで、どこか違う。
 太陽のごときカリスマ性とでもいうべきものは似ている。けれど、まったく違う。
 カルネが蒼穹に天高く輝く白銀の太陽だとすれば、その人物はあたかも暗黒宇宙の深遠で燃え滾る太陽の紅焔。
 同じもののはずなのに、こうも印象が違う。
 燃え盛るような真っ赤な髪と髭、銀灰色の瞳。黒いスーツに包まれた大きな体躯。カエンジシのような印象を与える男だった。
 その男が、カフェの奥の席から、四つ子をまっすぐ見つめてきていた。
 四つ子は痺れたように、動くことができなかった。


 その男は不意に相好を崩した。低い声で、四つ子に声をかける。
「そう怯えないで。こちらに来たまえ」
 獰猛な獣の牙の奥に誘い込まれているような、錯覚がした。しかしその男の声の力に引きずられるように、四つ子は素直に従い、男の傍まで歩み寄ってしまう。
「私はフラダリ。このカフェのオーナーだ」
「……カフェに自分の名前付けてんすか……」
「いや、ラストネームだが」
「あ、あー……」
 最もプレッシャーの影響を受け付けないセッカが間抜けな質問をして、どうにか凍り付いたような空気を砕きかける。
 フラダリが自分の傍の席の椅子を引く。その有無を言わせぬ様子に、四つ子はもう後戻りできずに席に着いた。店内からちらちらと視線を投げかけられている気がする。
 四つ子はおっかなびっくり、フラダリの傍で縮こまった。
 レイアの膝の上のヒトカゲはあからさまに男に怯えている。キョウキの膝の上のフシギダネは無表情になっている。セッカの膝の上のピカチュウはわずかに低く唸っている。サクヤの膝の上のゼニガメは甲羅の中にすっかり引っこんでしまった。
 フラダリが四つ子に話しかける。
「私の傍だと、緊張してしまうかね。どうもいつも、私は周りに圧迫感を与えるらしくてね……太ったのかな?」
 緊張感の薄いセッカが、たまらず吹き出す。
「えっ、フラダリさん超体格いいじゃないっすか。脱いだら筋肉やばそう。太ってる体型じゃないっすよ!」
「はは、これでも鍛えているからね。ポケモンと一緒に」
 フラダリは四つ子の分のコーヒーを、店員に持って来させた。四つ子は熱いコーヒーをありがたく受け取る。
 フラダリは目を細めた。
「四つ子のトレーナー。噂は聞いているよ」
 その低い声にこもった感情が読めず、四つ子は沈黙した。
 レイアは軽く眉間に皺を寄せて腕を組み、キョウキもいつもの愛想笑いを浮かべず、セッカは落ち着かなげにもぞもぞし、サクヤは俯いている。
 そうした四つ子の様子を見て、フラダリはさらに声を低めた。
「……もちろん、このカフェの目の前のローズ広場で起こしたこともな」


 四つ子は一斉に顔を顰めた。
 もちろん、それは触れられたくないことだ。忘れ去ってほしいと願っていることだ。
 だから、四つ子にとってこの男は敵だった。
 がちゃん、と高い音がする。四つ子が一斉にコーヒーのカップを床に叩きつけたのである。
「すんません」
「つい」
「手が」
「滑りました」
 陶器のカップは砕け、熱いコーヒーが湯気を上げながら紅い床に飛び散った。
 四つ子は警戒心も露わに、フラダリを睨みつける。
 フラダリは愉快げに笑った。
「はははは、そう怒るな。確かに私は君らが嫌いだが」
「俺らのこと嫌いな連中に、にこにこ笑えってか?」
 レイアが顔を顰め、低く唸る。フラダリは四つ子を嘲るように笑う。
「……君たちが、哀れだな」
「なぜです」
「奪うことしか知らない、愚かな子供たちよ……」
 フラダリは席から立ち上がった。椅子に座ったままの四つ子を見下ろしてくる。
「我が友人、プラターヌから受け取ったポケモンたちを、破壊の道具にして。未来ある有望なエリートトレーナーの夢を奪った。それだけでない、そのエリートトレーナーの両親の夢も、友人たちの夢までも奪った」
「だからなんだよ!」
 セッカが立ち上がり、叫ぶ。
「悪かったと思ってる! だから傷つけないように、あれからバトルも工夫してる! だから、なんで、今さらあんたにそんなこと言われなきゃなんないんだ!」
「私はフラダリラボの代表をしている」
 フラダリは突拍子もなく、そう言った。混乱するセッカを見て面白がるかのように、笑いながら続ける。
「ラボでは、ホロキャスターを始めトレーナーのための様々な製品を開発している。そしてその利益の一部を、トレーナーのために寄付しているのだ。私は与える者だ。だが、私の与えられるものには、限界があるのだ!」
 フラダリは演説ぶり、紅い床の上を歩き出した。
「際限なく奪う者がいるのだ。それが、君たち四つ子のような、欲深いトレーナーだ! 私はそれを容認できない、君たちのようなトレーナーを許すわけにはいかない」
 今やレイアもキョウキもサクヤも立ち上がり、セッカと共に、フラダリを強く睨みつけていた。
「……欲深いだと? どういう意味だ」
「君たちは、『我唯足るを知る』という言葉を知らないか。他者から与えられる物を取れるだけむしり取り、決して満足することがない。そうして奪い合うから、餓える者が減らないのだ」
「――何も知らないくせに!」
 セッカが絶叫する。
「そんなの、金持ちの奴らに言えよ! 何もしないでものうのうと生きていける、そのくせポケモンバトルが野蛮だとか何とかうるさいこと言ってる奴に言えよ! 俺らは、こうしないと生きてけないんだよ!」
「愚かな、哀れな子供たちだ」
 フラダリは鼻で笑った。
 そしてフラダリは店員を呼び寄せ、店員の持ってきた盆の上に乗っていた、四つの小型の機械を手に取った。
 その機械を、四つ子に差し出す。
「受け取りなさい」
 低い声で、四つ子に命じる。
 四つ子はフラダリを睨んだまま、警戒して動かない。
 フラダリはにわかに声を和らげた。
「受け取りなさい。君たちの気分を害したお詫びだ。わがラボの誇る製品、ホロキャスターを贈ろう」
 四つ子はまじまじと、フラダリの手の中の卵型の機械を見つめる。そして、一様に首を振った。
「俺ら、機械は無理なんで」
「すいませんねぇ、なにぶん愚かな子供たちなので」
「滅びのキャタピーとかいらねぇよ!」
「受け取りかねます」
 レイアもキョウキもセッカもサクヤも、後ずさった。ヒトカゲもフシギダネもピカチュウもゼニガメも、今や瞳を敵意に燃やし、フラダリを睨みつけている。
 フラダリは笑顔を消した。
「なら、立ち去りなさい」
 四つ子はさらに、後ずさった。
 フラダリを警戒しつつ、出入り口まで下がる。
 フラダリはすぐに再び柔らかい笑顔になり、カフェから出ていこうとする四つ子に最後に優しい声をかけた。
「トキサ君はまだ生きている。……花を現場に供えるような真似は、よしなさい」
 四つ子は、逃げた。



 四つ子は走る。
 夜のミアレを走る。街灯や店から漏れる光で街は照らされ、夜空の星々は煌めき、プリズムタワーは煌々と輝いている。
 ただ、街は色あせて見えた。
 あの真っ赤なカフェにいたせいで、四つ子の色覚が狂っているのだ。あの頭のおかしいオーナーにとっても、この世界はこれほど色あせて見えているに違いない。
 あんなカフェの傍にはいられない。忌まわしいローズ広場を数秒で走り抜け、ポケモンセンターに飛び込み、息をつく。
 ヒトカゲやフシギダネ、ピカチュウ、ゼニガメが、心配そうにそれぞれの相棒を見つめている。
 レイアとキョウキとセッカとサクヤは、苦々しい顔を互いに見合わせた。
「――何なんだよ、あのおっさんは!」
 レイアが叫ぶ。赤いピアスが鳴る。
 大声を出したレイアを諌めるように、緑の被衣のキョウキは声を低めた。
「確かに、わけわかんない人だったね……」
「いきなり説教とか! マジ勘弁っつーか、非常識だよな!」
 セッカがぴゃいぴゃい怒る。
 サクヤは神経質に青い領巾を弄る。
「……まったく、あのような大人もいるのだな」
「マジでそれな! もう、せっかく博士とカルネさんに癒されてたのに!」
 セッカがサクヤに便乗して騒ぐ。それを黙らせようとサクヤがセッカの前髪を引っ張ると、セッカは尚更ぴいぴい泣き騒いだ。
 レイアとキョウキは苦笑する。
「……ま、いろんな考えの大人がいるっつーことで」
「そうだね。フラダリラボの代表があんな人とはね。……あんな人がホロキャタピーを作ってるとか、恐怖でしかないね……」
 キョウキは溜息をついた。レイアとセッカとサクヤの三人は首を傾げる。
「恐怖って?」
「あの人、絶対やばいよ。思い決めたら、何でもやりそうな気がする。……ああいう人こそが周囲の人々を不幸にするのだと、僕は思うけれど」
 そしてキョウキはちらりとポケモンセンターのロビーを見やった。
 多くの人間が手元の機械を使って、ホログラム映像に見入っている。フラダリラボのホロキャスターを使っているのだ。
 ホロキャスターはインターネットにも接続できる。メールの送受信はもちろん、調べ物や友達との手軽なやり取りや、動画を閲覧することも可能だ。そしてそれを手軽なコミュニケーションアプリで拡散していく。
「…………怖いよね」
 キョウキは囁いた。
 レイアもセッカもサクヤも、ロビーでホロキャスターに心を奪われているトレーナー達を、ぼんやりと見つめた。

 フラダリラボは、カロス最大の通信事業者である。ホロキャスターで一大成功を収め、またホログラムメールを利用したニュースを放映するというように、マスコミ産業にも進出した。現在カロスで最も注目を集めるメディアなのだ。
 国もまた、フラダリラボに巨額の補助金を与えている。
 それは、フラダリラボがトレーナー政策に大きく貢献しているためだ。
 政府与党とつながりの深いポケモン協会の財源の一部も、フラダリラボからの寄付金によって占められている。それだけでなく、フラダリラボは政府与党そのものにも政治献金を行っている。
 政府とポケモン協会とフラダリラボと。
 政治と財界とメディアが結びつく。
 それほど恐ろしいことはない。

 けれど、その本当の恐ろしさを認識している人間はほとんどいない。なぜなら、ほとんどの人間は政府与党のトレーナー政策を歓迎しているからだ。
 そして、その与党に対抗できる力を持つ野党もいつまでも成長しないから、政権は替わることはない。何も変わらないから、人々は政治に興味をなくす。
 そうすれば、監視の目を失った国の上層は、自然と腐敗するだろう。

 けれど、この国の人々の大半は既に政治から興味を失っている。ただ漫然とトレーナー政策をよしとしているから、この国は何も、変わらない。
 権力とカネと情報が結びついた恐ろしさを孕んだまま。
 人々はまだ何も、知らない。


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