マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.1407] 一朝一夕 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/25(Wed) 19:23:42   49clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



一朝一夕 上



 ミアレシティ南東にのびる4番道路は、パルテール街道とも呼ばれる。
 平らな石畳、丁寧に刈り込まれた生垣、そして黄赤の花々が咲き乱れる花壇のすべてが美しく管理されているこの道路は、カロスの庭園と呼ぶにふさわしい。パールルとタッツーを模したペルルの噴水は清冽な水を湛え、心地よい音を立てて空に虹を架ける。
 朝日さす中、庭園の中を散策でもするように、レイアとセッカはのんびりと南東へ向かって歩いていた。いつもは彼らにそれぞれくっついているヒトカゲとピカチュウも、食料集めにいそしむミツハニーやレディバを二匹で追いかけまわして遊んでいる。
 のどかな、暖かい日だった。
 ところで、大抵の観光客はミアレシティに来ると、この南東の4番道路ではなく南西の5番道路へ向かってしまう。コボクタウンのマナーハウスや、パレの並木道の先にあるパルファム宮殿の観光が特に有名なためだ。
 そういうわけで、そのパルファム宮殿の前庭ともいうべきパルテール街道は、多くはミアレシティやハクダンシティの地元の市民によって楽しまれている。それが早朝となればなおさらだった。
 朝のパルテール街道に見られるのは、散歩をする人、ランニングをする人、ハクダンシティからミアレシティへ通勤通学をする人。人の流れはやはり、大都市ミアレへ向かう動きが大半だ。
 そうした通勤通学の者の流れに逆らって、四つ子の片割れの二人はただただのんびりとハクダンシティを目指す。
 セッカがぼやく。
「ここ、すげぇ綺麗だよなー。とても道路とは思えない」
 レイアが大きな欠伸をする。
「ふあぁ……観光客誘致のためじゃねぇの……ハクダンシティも頑張るよなー、観光客がみーんなコボクに流れっから」
 セッカは、花畑で戯れる数匹のフラベベを目で追っている。
「ハクダン? ここハクダンシティだっけ?」
 レイアは雲の切れ間から差した朝日に目を細める。
「絶対ハクダンが管理してるだろ、ここ……。カロスの町ってのはだいたいどこも観光都市だかんなー。町同士で観光客の取り合いになってんだと……」
「うひゃあ。えげつないなー」
「アサメとかメイスイはぶっちゃけ何もねぇけどな、森の向こうだし。ハクダンは街の美化に努めてるが、ジムやスクールもあってトレーナー育成にも力を入れてんな」
 レイアは特に何も考えず、友人であるところのポケモン協会員たちからいつの間にか吹き込まれていた知識を片割れに披露する。
「ハクダンはポケモンを始めるのに適してる。ジムリーダーのビオラさんも優しいしな。初心者トレーナーの育成の場になった暁には、トレーナーを標的にして観光アピールしてんだと」
「あー、俺もハクダンは好きだぞ」
「街をトレーナーに気に入ってもらえれば、旅をするトレーナーが旅先やホロキャスターなんかでハクダンを持ち上げる。そうすっと、口コミで観光客が増える」
「なるほど」
「ってわけで、地域振興のためにジムを誘致したがる街は多いらしいぞ」
「うん」
「ま、どんだけ初心者トレーナー集めたところで、そのトレーナーはその直後にコボク方面に行って宮殿とかに感動すっから、結局はそっちに観光客とられんだがな……」
「むなしー」
「観光しか産業のねぇほうが悪いんだよ」
 ハクダンシティはトレーナー政策の恩恵を多く受けているのは事実だ。新人トレーナーをターゲットとした人集めに力を入れている街だからである。
 しかし、実はそれだけではない。緑豊かで花々の咲き誇るハクダンは、住みやすい街としてミアレで働き学ぶビジネスパーソンや学生たちを惹きつける。ハクダンはトレーナーのための観光地であると同時に、一般人を対象にした閑静な高級住宅地でもあるのだ。
 先ほどからの南東から北西への人の流れが、それを物語っている。さらに日が高くなればこのパルテール街道はさらに多くの通勤通学者で埋め尽くされるだろう。
 ヒトカゲとピカチュウが、笑いながらトレーナー二人を追い越して走っていく。
 レイアとセッカは並んで歩きながら、それをぼんやりと眺めていた。
「セッカお前さ、観光とかしてんの?」
「え。しないし。トレーナー狩りしてるし。れーやはすんの?」
「そりゃ、有名なとこは一応見るけどよ」
「ふーん。どっかオススメある?」
「え……ミアレのプリズムタワーだろ、コボクのショボンヌ城、パルファム宮殿、コウジン水族館、輝きの洞窟……10番道路の列石だろ、セキタイの変な岩、現身の洞窟、シャラのマスタータワーに……メェール牧場、アズール湾に」
「あ、あ、もういいわ。俺、興味ないわ」
 セッカは頭の後ろで腕を組み、淡泊に首を振った。話を遮られた赤いピアスのレイアは眉を顰める。
「――んだよ! てめぇが言えっつったんだろうが!」
「いやぁ俺、そういう建物とか自然とか、心底どうでもいいわ……」
「んじゃ、てめぇは何に興味あんだよ!」
「食いもんだなー、やっぱなー」
 セッカはのんびりと嘯いた。レイアががっくりと項垂れる。
「……あー、そうだな、お前はそうだったな」
「トキサに奢ってもらったミアレのレストランとか、カフェのクロックムッシュは美味かったなー。ミアレガレットとモーモーミルクも美味かったなー、マジで俺の火傷まで治っちまったしな。あ、シャラサブレも美味かったなー。あー腹減ってきたなー」
 などとは言いつつも、二人はミアレのポケモンセンターで朝食を済ませてきたばかりである。昼時まではまだまだ時間があった。
 セッカは腹を抱えた。溜息をつく。
「はあ……ひもじいなぁ。外食のし過ぎでお金ないし、しばらくノーマルタイプ用ポケモンフーズ生活かぁ……」
「――てめぇいつもそんなモン食ってんの!?」
 レイアが怒鳴る。
 セッカはびくりと肩を縮め、レイアを睨んだ。
「うるさいもん! ポケモンフーズはおいしいもん!」
「そういう問題じゃねぇだろ! 人とポケモンじゃ必要な栄養素は違ぇんだぞ!」
 片割れ同士の二人は立ち止まり、朝からぎゃんぎゃんと正面から喚き合った。
「でも、きのみだけより、よっぽどマシじゃんか!」
「ああああああ頼むからまともなもんを食え!」
「金ないもん!」
「真面目に稼げ!」
「ばんがってるもん! 外食しすぎてお金ないだけだもん!」
「真面目に金稼いでパンとか肉とか野菜とか食えよ! 進化したブースターの炎で加熱とかできるだろうが!」
「あっそうか。瑪瑙がいるのかぁ」
 セッカは能天気にぽんと手を打った。
 現在のセッカの手持ちの中には、イーブイを炎の石で進化させたばかりのブースターがいた。セッカにとっては初めての炎タイプである。
 レイアはセッカの両肩をしっかと掴み、その顔を覗き込んだ。
「いいかセッカ、炎タイプはものすっごく、便利だ。肉に火を通せる。湯も沸かせる。あったかいもんが食える。寒い日はカイロ代わりになる」
「うん! ばんがる!」
「今までのお前の手持ちって、電気にドラゴンに地面にフェアリーか……ほんと燃費の悪い手持ちだな」
「ブースターの炎タイプは、燃費いいの?」
「――いいわけねぇだろ! いいかセッカ、食費浮かしたけりゃ草タイプだ草タイプ! 草タイプは光と水さえありゃ生き延びる!」
 レイアに両肩を掴まれ、そして正面から顔を覗き込まれていたセッカは、瞳を輝かせて大きく頷いた。
「うん! くしゃタイプ!」
「そうだ。草タイプだ」
 レイアも片割れをまっすぐに見据えたまま、大きく頷いた。赤いピアスが揺れる。
 ゆっくりと、穏やかな声になってセッカに言い聞かせた。
「いいなセッカ、お前のもう一匹のイーブイは、草タイプに進化させるぞ」
「うん! くしゃタイプ!」
「リーフィアなら、ブースターとも相性いいだろ。いいか、俺らは20番道路の迷いの森へ行く。まずハクダンへ行って、東の22番道路、21番道路を通って、エイセツシティだ。いいな?」
「おっけ! くしゃたいぷー!」
 セッカは朗らかに笑い、くるりと身を翻してレイアの手から逃れ、南東へとハクダンを目指して走り出した。ピカチュウが元気よく駆け出し、相棒のセッカを追いかける。
 レイアはうまく片割れを焚きつけることに成功し、小さく息を吐いていた。観光の話からなぜ草タイプの話に飛んだのかはレイア自身にもよく分からなかったが、ここぞというタイミングを捉えて馬鹿なセッカをうまく扇動する術に、四つ子の片割れたちは長けている。
 ヒトカゲがぴょこぴょこと走ってきて、レイアの足元に飛びついた。
 レイアも相棒を拾い上げて脇に抱えると、小走りになって片割れを追う。


 それから間もなくレイアとセッカの二人はハクダンに到着し、とりもなおさずポケモンセンターに向かった。
 ハクダンシティの家々は、緑色の瓦で葺かれている。そしてすべての家の扉や窓は、ことごとく美しい花々で飾られていた。
 閑静な高級住宅地である。洒落たカフェも多く、街の中心広場では、ロゼリアを象った噴水がのどかな陽光に煌めいている。
 ハクダンシティの南東に、その街のポケモンセンターはあった。
 新人トレーナーの多く集まるハクダンのポケモンセンターとあって、センター内には年若いトレーナーや小柄なポケモンの姿が多く見られた。ここまでポケモンセンターの利用者に特徴がみられるのも珍しい。
 トレーナーズスクールに通うスクールボーイやスクールガール、高い声の園児たち。そして短パン小僧やミニスカートの姿も多い。いずれもまだ旅に出ておらず、ハクダンでポケモンの基礎を学んでいる最中のトレーナーだ。でなければ、短パンやミニスカートと言った怪我をしやすい格好はしないはずである。
 そういった新人トレーナーの中でも異彩を放っているのが、ホープトレーナーの面々だった。
 彼らホープトレーナーは、旅を始める前からそのバトルの才能に期待され、金銭や物資を給付されている、いわばエリートトレーナー候補生なのだ。白地に青線の入った制服に身を包んだ彼らは、ポケモンの知識が豊富なのはもちろん、他の新人トレーナーに対してもどこか居丈高である。
 ホープトレーナーとして援助を受けられれば、旅の間の金銭面について苦労をすることはほぼない。支給される金銭や物品はおよそ返済の必要がないためだ。国やポケモン協会、そしてエリートトレーナー事務所が総力を挙げてホープトレーナーを支援しているのである。
 四つ子も、ホープトレーナーとして認められていたなら、現在のような苦労はなかっただろう。
 けれど、ホープトレーナーに認定されるには、ポケモンの専門教育を受けられるような学費の高い学校で、好成績を収める必要があるのだ。金銭の乏しい四つ子は、当然そのような学校には入れない。そこに入学するためにさらに奨学金を得る必要が出てくるが、四つ子の養親のウズも、また小難しい手続きについて四つ子を助けているモチヅキも、四つ子のためにそこまですることはなかった。
 そして、四つ子は貧乏な旅暮らしを余儀なくされている。
 そのような事情もあり、四つ子はホープトレーナーが大嫌いである。そして、多くホープトレーナーの中から輩出されるエリートトレーナーも、基本的には大嫌いであった――金銭を惜しまず四つ子に食事を奢ってくれた、彼を除いては。

 そうしたわけで、レイアとセッカの二人は、ホープトレーナー同士で群れている少年少女を無視しつつ、ポケモンセンターのロビーの一角のソファを占領した。
 そしてレイアはモンスターボールからイーブイを二匹、セッカもイーブイとブースターを繰り出した。
 セッカはイーブイとブースターを撫で回す。
「瑪瑙は炎タイプになって、あったかいなぁ。翡翠も待ってろよ、すぐに草タイプに進化させちゃうからなー」
「しゅたぁ?」
「ぷいい?」
 ブースターと緑のリボンのイーブイは首を傾げている。
 レイアは二匹の小さなイーブイを両膝に乗せ、薄色のリボンのイーブイを右手でブラッシングしつつ、桃色のリボンのイーブイには左手でポケじゃらしを操って構ってやる。
「ぷいいー」
「ぷいーっ! ぷいー、ぷいっぷいっぷいっ、ぷやぁぁー!」
 薄色のリボンの真珠はうっとりと目を閉じ、一方で桃色のリボンの珊瑚は興奮してソファの上を走り回る。こうすることにより、真珠を“懐かせ”、珊瑚と“仲良くなる”ことが可能になるらしい。ちなみにレイアに『懐き』と『仲良し』の違いはさっぱり分からない。分からないが、カロスを代表するポケモン博士であるプラターヌ博士の直々の教えには素直に従うほかない。
「……もう既に、つーか生まれた時から、懐いてるし仲良しなんだと思うがな……。真珠はそろそろバトルに日中だけ出すか……。で、珊瑚もフェアリータイプの技を覚えるまで育てて……いや、それまでにエーフィかブラッキーに進化しちまったら困るから……あー」
 レイアは右手でイーブイを撫で回し左手でイーブイに構いつつ、一人でしばらくぶつぶつと呟いた末に、両手を止めて自分の荷袋の中を漁り出した。
 セッカが声をかける。
「れーや? 何やってんの?」
「……『懐き』と『仲良し』は違う…………エーフィに進化させたい奴には道具を使って、ただし漢方薬は与えないように気を付ける……」
 そのように、カロスの誇る大女優にしてカロスリーグの現チャンピオンであるカルネの直々の教えをレイアは復唱した。
 そして、ミアレの漢方薬局で買ったばかりの力の根っこを取り出し、その端を小さくちぎった。
 漢方薬を知らないレイアのイーブイたちは、力の根っこに興味津々である。
 レイアは桃色のリボンのイーブイを見下ろした。
「珊瑚、口を開けな」
「ぷや?」
 信頼するおやに言われて、いとけないイーブイは、その小さな愛らしい口を開いた。
 レイアはすかさず、桃色のリボンのイーブイの小さい口の中に、力の根っこの欠片を押し込んだ。
 たいへん苦い漢方薬を飲み込まされ、泣きながら悶絶するイーブイを、レイアはひたすら抱きしめていた。
「許せ珊瑚……お前が俺に懐かなくなったとしても、俺とお前は仲良しだ……っ!」
「ぷううう、ぷううううー……っ」
「れーや、ひでぇー」
 セッカがけらけらと笑っていた。
 白い制服のホープトレーナーの群れは、そうしたレイアとセッカのイーブイたちとのやり取りや奮闘を、ときに面白がりときに批評しつつ、楽しげに眺めていた。そしてそれぞれホロキャスターを出しては、しきりに何かを入力している。
 ポケモンバトルを他人に見られることに慣れっこのレイアとセッカは、彼らホープトレーナーの視線をひたすら無視した。
 更には機械のことなど何もわからないから、ホープトレーナー達がホロキャスターを使って何をしているかなど、レイアとセッカの知ったことではなかった。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー