マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1412] 日進月歩 下 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/25(Wed) 19:32:33   46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



日進月歩 下



 キョウキとサクヤがフロストケイブを出ると、日は随分と傾いていた。
 空の雲は転々とし、微かに色づいている。
 ロフェッカとミホとリセの姿は見えない。そのことに心なしか安堵しつつ、キョウキとサクヤはまっすぐ、フウジョタウンのポケモンセンターへ戻った。
 しかし、そのポケモンセンターの中にこそ、ロフェッカとミホとリセの姿はあった。

 キョウキは三人の姿を認めると、咄嗟ににこりと笑った。
「娘さんは、くだらない自殺を思いとどまりましたか?」
「おいこらくそガキ、ちっと黙れや」
 開口一番に毒を吐いたキョウキを、ロフェッカが軽く小突く。
 老婦人とその孫娘は、暖かいポケモンセンターのロビーでソファに腰かけ、疲れたように背を丸めていた。
 サクヤは進化したばかりのグレイシアを腕に抱えたまま、そっとミホの傍へ寄った。
「……ミホさん、大丈夫ですか」
「……ああ、サクヤさん。ごめんなさいね、大丈夫ですよ。……ただ、急に、いろんなことが起こったものだから……」
 帽子とコートをとったミホは、グレーのスーツに身を包み、上品に背筋を伸ばしていた。銀髪も綺麗に結いあげられているが、その顔に刻まれた皺は苦悩を映している。
 サクヤはゆっくりと、ミホの隣のソファに腰を下ろした。
「……僕は、アワユキさんに、お会いしたことがありまして」
 サクヤはソファに座ると、静かにそのように切り出した。
 ミホも小さく頷く。
「ええ、リセのことをポケモン協会から伺った時、あのフロストケイブで何があったかはお聞きしましたわ。……私の娘が、本当にご迷惑をおかけしました」
「……ええと、息子さんの奥様なんですよね、アワユキさんは?」
「ええ、そうです。……私が息子夫婦と縁を切った後に、離婚したみたい」
 ミホは疲れているのか、笑顔は薄かった。けれどかつてヒャッコクシティでサクヤと話をしたということもあってか、比較的容易に事情を打ち明けてくれた。
「私はこのリセのことは、つい先日までまったく知らなかったのよ。息子夫婦の離婚後に生まれたんでしょうね……」
「リセさんをヒャッコクに引き取られるのですか?」
「そのつもりよ。息子とは連絡が取れないし、この子の家族は私だけ……だもの」
 ミホはそっと孫娘の肩を抱いた。少女は泣いていたのか顔を腫らしていたが、いつの間に眠っていたものかそのまま祖母の膝の中に倒れ込み、寝息を立てる。
 ミホは孫娘を見つめて、小さく笑みを漏らした。
「……可愛いわ。リセが帰ってきたみたい」
「――はい?」
「梨雪よ。もう5,6年前に亡くなった、私の孫娘」
 サクヤは何も言わなかった。
「リセって、同じ名前よね。アワユキさんは、梨雪がいなくなってショックだったのかしらね。……離婚したなら、いえ、離婚したって、私のところへ来てくだされば良かったのに……。そうしたら、リセを置いていかせなどしなかったのに……」
 ミホは孫娘の黒髪を優しく撫でている。
 サクヤは俯いたまま質問した。
「……失礼ですが、リセさんやアワユキさんは、宗教にこだわっているように見受けられますが……」
「そうね。きっと梨雪がいなくなって、アワユキさんは、ゼルネアスの伝説に縋ったんだわ。……きっとそうよ」

 アワユキは娘を亡くしたから、ゼルネアスの力でその娘を生き返らせるべく、自分やもう一人の娘であるリセの命を捧げようとした。
 サクヤの腕に鳥肌が立つ。フロストケイブの深奥で聞いた、アワユキの耳障りな叫びが蘇る。
 愛娘を生き返らせるために、もう一人の娘や自分の命さえ捨てるのか。
 そんなことは、間違っている。
 娘の命はもちろん、自分の命すら、時には自分の思うままに処分してしまっていいとはいえないのだ。アワユキはリセのためにも、もちろんリセを殺してはならなかったし、また自分自身をも殺してはならなかった。
――でも、愛する娘が死んでしまったから。
――そして、命を与える力を持ったポケモンがいると知ったから。
 サクヤなら、もし片割れの誰かが急に死んでしまったら、命を与える伝説のポケモンを求めはしないだろうか。ゼルネアスでも、そして父方の故郷であるジョウトはエンジュシティで語られるホウオウでも、その力を求めて彷徨わないだろうか。そして自分の命を投げ出すことを躊躇うこともないのではないか。
 大切なものを失うのは、つらいことだ。
 アワユキが梨雪を求めたように、リセもアワユキを求めることになる。そうなれば、最悪、不幸は連鎖する。
――神話や伝説を信じることが、人の不幸に繋がるのか。
――それとも。

 ミホは黙ったまま、リセの髪を優しく撫で続けている。何も事情を知らない者がこの光景を見れば、ただ微笑ましいばかりの祖母と孫娘のふれあいに見えるだろう。
 けれど、この家族には欠落がある。
 ミホの息子であり、リセの父親である人物は行方不明だ。
 そして、梨雪を死なせて一家を不幸に叩き落とした人物は、罰せられることもなく、今も世界のどこかを自由に旅している。
「……アブソルの呪いだわ」
 ミホが小さく呟いた。
 キョウキがロビーのどこかで、鼻で笑った。


「…………たいへん申し上げにくいんだが」
 ロフェッカの苦々しげな声が降りかかり、キョウキとサクヤ、そしてミホが顔を上げる。
 ロフェッカはホロキャスターを懐にしまいつつ、キョウキとサクヤの二人を落ち着かなげに交互に見やった。
「お前ら二人さ、ミホさんとリセさんのお二人を、ヒャッコクまで送って差し上げてくんね?」
「はい?」
 緑の被衣のキョウキが、笑顔のまま目を剝いた。サクヤも訝しげに首を傾げる。
 キョウキの凶悪な威嚇顔に、ロフェッカは慌てて手を振った。
「いやいやいや、ちゃんと謝礼はする! 俺、急用が入ったの! 緊急事態なの! 頼むこの通り!」
 ロフェッカが手を合わせてキョウキとサクヤを拝む。キョウキが困った顔になった。
「いやだなぁ、僕、ミホさんにもリセちゃんにも嫌われてるんだけど」
「自業自得だろう」
 サクヤが鼻を鳴らす。キョウキは笑った。
「僕は嫌われててもいいんだよ。でも、僕のことが嫌いなミホさんやリセちゃんは、僕と一緒にマンムーロード越えなんて嫌なんじゃないかと思っただけさ」
「……そもそも、本当に急用なのか」
 サクヤがロフェッカを睨むと、ロフェッカは焦ったように頷いた。
「ほんと! マジ! 相方が死にかけてんの! 今すぐミアレに戻って電車でレンリ行かねぇと!」
「相方って、ルシェドウさんですか?」
「ああもう誰でもいいわ! とにかく俺は行くから! んじゃな、よろしく!」
 ロフェッカは慌ただしく手を振った。そしてミホに何やら細々と挨拶をすると、本当に慌てたようにポケモンセンターを出ていってしまう。
 キョウキとサクヤとミホは、ぽかんとロフェッカの背中を見送っていた。
「……行っちゃったよ」
「……そうですねぇ、びっくりしましたわ……」
「ミホさん、僕らでよければ、ヒャッコクまでお送りしますが……」
 サクヤが遠慮がちに尋ねると、老婦人はサクヤに向かってちらりと微笑んだ。
「そうね。私はバトルはできないから、トレーナーさんに守っていただかないと、ヒャッコクには帰れないわね」
「分かりました。このキョウキについては無視してくださって構わないので。こいつは一人だけ空飛ばせるんで」
「あっ、その手があったか」
 キョウキがぽんと手を打つ。
「なるほどね。僕だけ空を飛んでいけば、ミホさんもリセちゃんも僕を視界に入れずに済むよね! なるほど妙案だよ、サクヤ!」
「ああ、いえ、違うのよキョウキさん、よかったらぜひご一緒に――」
「大丈夫です、ミホさん。どうぞこいつのことは無視なさってください」
 サクヤがキョウキを押しやる。キョウキは剽軽に頬を膨らませる。
 ミホはくすりと笑みを漏らした。
「……サクヤさんの四つ子の片割れさん、本当にサクヤさんによく似てらっしゃるけど、本当に個性があるのね」
「そうですね。一人は意地っ張り、一人は気まぐれ、一人は能天気、一人は冷静ですねぇ。ただし、四人とも血の気は多いですが。――つまり正確には、性格はバラバラでも、それぞれ個性に違いはないですね」
 キョウキが口を挟むのを、サクヤはまたもや押しやった。
「本当に、こいつはただの下衆野郎なので、無視なさってください。こいつは有害生物です。あと二人の片割れはまだマシなので、ミホさんにもいずれご紹介できたらと思います」
「そうなの。楽しみにしていますわ」
「やだっミホさん今、僕のこと完全にディスった!」
「お前いいかげん黙れよ」
 くすくすと笑うミホを置いて、サクヤはキョウキの首に腕を回して引きずって行った。


 キョウキとサクヤは、ポケモンセンターの階上にとった二人部屋に入った。
 フシギダネとゼニガメを放し、トレーナーの二人もそれぞれのベッドに腰かける。
 キョウキはそのままごろりと横になった。
「サクヤ、面白いね、タテシバ家」
 キョウキはごろごろと転がりながら、そのようにのたまう。サクヤはぼんやりと、確かミホの名字はタテシバというのだったと思い出していた。
 そして眉を顰めた。
「面白いなどと、不謹慎な。ミホさんはお孫さんを一人と、息子さんの奥様を亡くされているんだぞ」
「だって面白いじゃない」
 キョウキは仰向けになり、くすくす笑う。
「僕ね、ミホさんの息子さん――つまりリセちゃんのお父さんのこと、たぶん知ってるんだ」
「……なんだと」
「たぶん今頃、クノエの刑務所にいるんじゃないかな、窃盗罪で」
 そしてサクヤの見下ろす前で、キョウキはけらけらと笑った。
「そんな父親に、たぶんリセちゃんは育てられないし、ミホさんも許せないと思うなぁ。でもよかったじゃない、リセちゃんにはミホさんがいたんだ。あと一つ心配事があるとすれば、ミホさんがどのみち老い先短いことかな?」
「……お前な」
 サクヤは嘆息した。相変わらずのキョウキの毒舌に呆れ果てる。
 キョウキは寝転がったままもぞもぞ動き、サクヤのベッドの方まで這い寄ってきた。
「でも、アワユキさんがリセちゃんを殺そうとしたり自殺しちゃったりしたのは、確かに、納得いったかも」
「……へえ」
「僕も、もしサクヤやレイアやセッカが死んじゃったら、アワユキさんと同じことをしないとも限らないなぁって」
「ブラコン」
「お前もだろ?」
 キョウキはサクヤの膝まで這い寄り、上目遣いでサクヤを見つめてにやりと笑っている。
 サクヤは、キョウキの前髪を思い切り掴み上げた。
「しゃくや、いちゃい」
「勝手に死なすな」
「死なせないさ。僕が」
「ふん」
 サクヤはキョウキの前髪を離した。やがて日が暮れ、夜が来る。
 夕食前にひと眠りすることにした。
 サクヤがごろりとベッドに転がると、頭をキョウキの頭に思いきりぶつけ、二人は仲良く悶絶した。


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