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  [No.1414] 朝過夕改 中 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/25(Wed) 19:35:37   36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



朝過夕改 中



 倒木の下に潰されたタマゲタケを目にし、セッカが唸る。
「……ひでぇ」
「うん、あれだ、助けてやらんとな。ユキノオー」
 ウルップがモンスターボールからユキノオーを繰り出す。ユキノオーはその太い腕で大木を抱えると、凄まじい怪力で大木を持ち上げ、動かした。
 大木の下では、五匹のタマゲタケの群れがいずれも目を回していた。レイアとセッカは困ったように目を見合わせる。タマゲタケはいずれも瀕死で、早く治療を受けさせなければ命にかかわる。しかし、四つ子が持つ復活草は貴重だ。野生のポケモンにおいそれとは使えない。
「ほら、これだよ」
 屈み込んだウルップは、ポケットから元気の欠片を五つ取り出すと、惜しみなくタマゲタケに与えた。その外見だけでない太っ腹さに、レイアとセッカは敬服した。
「……さすが」
「ウルップさんかっけぇ!」
「ん? ああ、あれだよ、まあありがとうな」
 元気を取り戻したタマゲタケは、ふらふらしつつも三人のトレーナーを恐れて、飛び跳ねるように茂みの奥へ逃げ込んでいった。ウルップはそれを見届けると、のしのしと立ち上がった。
「……あれだな、近ごろ森が騒がしいな」
「騒がしい?」
「お前さんらもあれか、ポケモンを捕まえに来たのか?」
「いや、苔むした岩を探してるんすけど!」
 セッカが訴えると、ウルップはセッカを見つめて、唸った。
「苔むした岩か。それはあれだな、エイセツの近くだな。うん、まああれだ、送ってやるから、ちょっとおれに付き合いなよ」
 ウルップはユキノオーをボールに戻し、草をかき分けて、慣れた様子で森の奥へと進んでいった。
 道に迷っていたレイアとセッカも、エイセツジムのジムリーダーと巡り合えたのをこれ幸いに、ウルップにぴったりくっついて歩いていく。ヒトカゲとピカチュウも、それぞれの相棒の体によじ登った。


 ウルップはのんびりと歩いていたが、一歩一歩が大股で、レイアとセッカは自然と早足になった。ウルップはのんびりとした口調で話しかけてくる。
「お前さんら、あれだろ、四つ子だろ。ピカチュウの奴には初めて会ったがな」
「そうっす、俺はセッカって言います!」
「よく覚えていてくださいましたね」
「あれだ、ジムリーダーってのは、チャレンジャーをよく覚えてるもんだよ。なぜって、負けたらそりゃ悔しいからな」
 セッカはウルップの口癖がお気に召したらしい。上機嫌でウルップに話しかける。
「それじゃああれっすね、何千人って数のチャレンジャーの顔覚えてんっすか?」
「そうだよ、あれだ、うん、強いトレーナーはさすがだと思うし、未熟なトレーナーはこれから強くなってほしいって思うよな」
「あれっすか、ジムリーダーって、記憶力よくないと務まんないんすか?」
「いやあ、あれだよ、自然と覚えるもんだよ。なぜってあれだよ、ジムリーダーはバトルが好きだからね。好きなバトルの相手は好きになるだろ」
 セッカは息をついた。
 ポケモンが好きな人間、バトルが好きな人間、そしてバトルを仕事とする人間は多いが、そのいずれも兼ね備えている人間はそう多くはない。
 セッカはしみじみと語る。
「……なんか、いいっすね、ウルップさんは好きなことを仕事にできて」
 ウルップは前を向いたまま、僅かに首を傾げた。
「うん? お前さんは、トレーナーやっててつまんねえか?」
「俺ら四つ子は、生きるためにはバトルするしかないんすよ。そういうプレッシャーがあるせいか、たまにすごく疲れるんすよ……」
 セッカがそう言うと、ウルップはふうむと考え込んだ。
「お前さんな、あれだよ、確かにおれはポケモンバトルが楽しいけどな。でもやっぱり、バトル以外にも生き甲斐ってもんは見つけたほうがいいぞ?」
 その言葉に、レイアとセッカは立ち止まった。
 ウルップは振り返り、にっと笑みを浮かべる。
「あれだろ、チャンピオンのカルネさんだって女優さんだろ。プラターヌ博士もバトルはするが、普段は研究なさってるだろ。おれ以外のジムリーダーも、あれだよ、ジムリーダーの仕事以外に色々と好きなことやってるだろ」
 レイアは、こくりと頷いた。
「ビオラさんは写真、ザクロさんはロッククライミング、コルニさんはスケート、フクジさんは庭いじり、シトロンさんは機械、マーシュさんはデザイン、ゴジカさんは占い……っすね」
 ウルップはゆっくりとレイアとセッカの二人の前まで戻ってくると、同時に二人の肩をぽんぽんと叩いた。
「バトルばっかじゃあ、確かに薄っぺらな人間になっちまう。だからあれだよ、ポケモン以外のことにも目を向けてみな。いろんなトレーナーが、どんなことに興味を持ってるか、ようく見てみなよ」
 そしてウルップは再び森の奥を見据え、のそのそと歩き出した。
「あれだよ、ポケモンと関わらない生き方もあれば、ポケモンと一緒にバトル以外の道を探ることもできるんだな。ま、あんま余裕ねえかもしれねえが、ときどきひと休みして周りを見てみることも大事だよ」
 レイアとセッカは、密かに感動していた。
 今後ウルップを人生の師として仰ごうと決心した。



 ウルップは若い袴ブーツのトレーナー二人を連れて、森を抜けた。
 迷いの森をエイセツの向こう側へ抜けた記憶のないレイアとセッカは、思わず目を瞠った。
 日は傾き、山吹色の陽光に照らされ、黄色の一面の花畑が涼しい風に一斉にそよぐ。
 思わず感嘆のため息が漏れた。
「……すげぇ」
「さて、どうかな」
 ウルップは風の中でぼやいた。歩き出す。
 森の向こうの花畑は、静かだった。ウルップは花々を腹で押し分け、ずんずんと歩いていったかと思うと、花畑の中に設置されていたゴミ箱を開けてみるなどしている。
 セッカがその後を追いつつ、質問した。
「どうしたんすか?」
「あれだ、静かすぎるんだよ……」
 ウルップは立ち止まり、俯いて何かを考え出した。
「……ここはあれだよ、ナイショの村、ポケモンの村だよ」
「ポケモンの村って……どうしてもたどり着けないっつー村っすか」
 レイアが確認すると、ウルップがんーと唸った。
「まあ、ここは悪い連中に酷い目に遭わされたり、心無いトレーナーから逃げ出したポケモンの場所だよ。心配でな、ときどき様子を見ているんだが」
 そう言って東屋の下などをうろうろと暫く歩き回ったが、ポケモンの村という割には、ポケモンの気配はなかった。
 ウルップはふむふむと唸りながら、ずんずん南へ歩いていった。坂を上がると、川が滔滔と流れていた。
「出てこい、クレベース。波乗りだ」
 ウルップは川の中に氷山ポケモンを繰り出した。背中の平らなポケモンが川面に浮かぶ。
 ウルップは四つ子の片割れの二人を見やった。
「まああれだよ、乗りなよ。座ったら少し尻が冷えるかもしれんが」
 そう言いつつ、ウルップはクレベースの背中に立つ。レイアとセッカは互いに手を繋ぎ、恐る恐る、流氷のように揺れるクレベースの背中に足を踏み出した。
 クレベースはゆったりと、けれど流氷とは異なり、力強く川を遡上した。ウルップは腕を組んだまま仁王立ちしているし、レイアとセッカは立ったままだとふらふらするのでとうとうクレベースの背中の上に座り込んだが、やはりウルップの言った通り、クレベースに尻をつけると二人の体は芯から冷えた。
 やがて滝の近くまで来たところで、三人はクレベースから降りる。
 そのままウルップは崖沿いに歩き、そして一つの洞窟の前で立ち止まった。

 その洞窟の奥は、闇だった。
 それを覗き込み、レイアとセッカは知らず唾を飲み込む。
 中に、何かがいる。
 ウルップも息を吐くと、二人を振り返った。
「ここにいるのは、あれだ、強すぎて孤独になったポケモンだ。こいつは無事らしいな」
 ウルップは気負った様子もなく、ずんずんと名無しの洞窟へと入っていく。
 レイアとセッカはびくびくしつつ、それに続いた。ヒトカゲが落ち着かなげに動き、ピカチュウが微かに唸る。
 ウルップは慎重に歩き、そしてやがて立ち止まった。
「……お前さん、あれ、他のポケモンたちを知らないかね」
 そのポケモンは、ゆっくりと振り返った。

 白い体が闇に浮かび上がる。
 濃紫の瞳。二本足で立ち、人型をしているが、長く太い尾をゆらりと揺らし、細い首を巡らせ、三人の訪問者をじろりと見やる。
「………………」
 そのポケモンは、三本指の腕をついと洞窟の一辺へ伸ばした。そしてゆらりと指を動かすと、幻が消え去り、何もいなかったはずの空間に大勢のポケモンの姿が現れる。
 トリミアン、ニャスパー、ヤヤコマ。ゴチミルやプリン、カビゴン、ゾロアークなどもいる。
 ウルップは顔をほころばせ、白いポケモンに向かって礼を言った。
「そうかあれだな、お前さんが助けてくれたんだな。ありがとうな。騒がしくしてすまんかった。ほらお前ら、出るぞ、もう安心だ」
 ウルップは隠されていたポケモンたちを引き連れ、ぞろぞろと名無しの洞窟から出ていく。
 レイアとセッカは、名前も知らない白いポケモンをじっと見つめていた。
 白いポケモンは、無言のまま二人を見つめ返している。
 ヒトカゲとピカチュウが唸り出すが、レイアとセッカはさっさと踵を返した。
――このポケモンには敵わない。
――何より、戦うことがこのポケモンのためにならない。
 二人が戦いを挑めば、そのポケモンも諦めて応じただろう。けれどそれは無意味な争いに過ぎない。レイアもセッカも、強いポケモンを倒すことそのものに興味はないし、強いポケモンを捕まえることに関心はあっても戦う気のないポケモンを戦わせるつもりもない。
 だから、立ち去った。
 闇の奥に佇む白い影は、二人を見送っていた。


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