マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1416] 昼想夜夢 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/25(Wed) 19:39:32   38clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



昼想夜夢 上



 サクヤは、また見てしまった、と思った。
 ピンク色の、派手派手しい日時計をである。それはギラギラと高い太陽の光を受けて輝いていた。青い空と青い湖面の中でいやに目立つ。
 サクヤが目を細めてヒャッコクの日時計を眺めていると、プテラに乗って空を旋回していたキョウキが、ゆっくりと下降してきた。
「よっ……と」
 キョウキがプテラの背から飛び降り、ボールをプテラにかざす。
「ありがと、こけもす」
 フウジョタウンからここヒャッコクシティまで空路を運んでくれたプテラを労い、キョウキはプテラをボールに戻した。そして笑顔で片割れのサクヤと、サクヤがマンムーに乗せて護衛してきたミホと、その孫娘であるリセ、この三人を見回す。
「――さて、どうします? 護衛はここまででいいですか?」
 すると上品な老婦人のミホは、笑顔になって頭を下げた。
「ありがとうございました、サクヤさん、キョウキさん。……そうですね、まずはリセを家に連れて帰りたいと思います。ぜひお礼をしたいので、今日のお夕飯などご一緒なさらない?」
「わあ、ありがとうございます。僕は何もしてませんけど、ありがたくあやかろうかな」
「いえいえ、そんな。では、サクヤさん、キョウキさん。午後六時に、日時計の前で」
 そう言って、ミホは孫娘を連れて、観光客であふれかえるヒャッコクの街並みの中に消えていった。


 その姿が見えなくなると、フシギダネを頭に乗せた緑の被衣のキョウキは唐突に鼻で笑った。
「素敵なおばあさんだね」
「とてもその言葉通りに思っているとは思えないんだが?」
 青い領巾を袖に絡めてゼニガメを両手で抱えたサクヤは、溜息をつく。
 キョウキはふふふと愉快そうに笑った。
「サクヤって、ああいう人、好きそうだね」
「逆にお前は、どんな人間も嫌いそうだな」
「そうだね。僕はサクヤとレイアとセッカ以外の人間を信じないからなぁ」
「いつかお前にも、僕ら三人以外に大切な人ができればいいな」
 サクヤが小さく鼻を鳴らし、歩き出す。
 するとキョウキは拗ねたように、サクヤの腕にくっついた。
「……ねえ、なんでサクヤ、そういうこと言うの? 僕にはお前らだけいればいいのに」
「お前はヤンデレか。お前もいつか、兄弟から自立しなければならないだろう」
「どうして? サクヤはいつか、僕らから自立しちゃうの?」
「僕だけじゃない。セッカも、レイアも、そしてお前も変わる。キョウキ、変わるんだ」
 サクヤがそう淡泊に言うと、サクヤの腕を掴むキョウキの手の力が強くなった。
 サクヤは顔を顰め、立ち止まる。
「おい。痛い。離せ」
「……それは、嫌だなぁ」
 キョウキは項垂れていた。フシギダネがキョウキの頭の上から飛び降り、石畳に着地する。ゼニガメがサクヤの腕から飛び出し、フシギダネに飛びついた。そのままフシギダネとゼニガメがじゃれつき出す。
 キョウキの顔は、緑の被衣に隠れて見えない。
 サクヤはますます顔を顰めた。
「なんだ。泣いているのか」
「――んなわけないじゃん?」
 キョウキはぱっと顔を上げた。確かにいつものほやほやとした笑顔である。
 キョウキとサクヤは繋いだ手をぶんぶんと前後に振りながら、並んで歩き出した。キョウキがサクヤに文句を言う。
「サクヤにはさ、モチヅキさんっていう大切な人がいるからいいよね。レイアも、ルシェドウさんやロフェッカみたいな友人がいる。セッカはユディと一番の仲良しだ。でも、僕には誰もいないんだよ?」
「……知ったことか。友人でも恋人でもいくらでも作ればいい」
「こんな性格の奴と、誰が付き合いたがるの?」
 キョウキは自嘲的に笑った。サクヤは嘆息する。
「それは、自業自得だ」
「僕のこの性格がお前らを守るためなの、分かってるよね? 僕ら四人は、互いを補完し合って生きてきた」
「つまり、お前の人間嫌いは、僕ら三人のせいだ、と?」
「僕はね、お前ら三人だけを信じているよ」
 キョウキは湖上の輝く日時計を見つめている。
「……たとえ、セッカがサクヤやレイアが僕の知らないどこかへ行ってしまったとしても、三人は僕のことを忘れないって僕は信じてる。でも、もし僕を忘れたら……僕はお前らを殺しに行こう」
「やはりヤンデレか。知ってたが」
「ふふ。アワユキさんに影響されたかな」
 二人はのんびりと、暖かいヒャッコクの街を仲良く歩いていた。



 キョウキとサクヤが向かったのは、ヒャッコクジムだった。
 二人とも観光やショッピングに興味がないので、ミホたちとの約束の時間までポケモンを鍛えるしか特にすることがなかったのだ。
「ここ、いつもすごいよねぇ」
「いったいこのジムは何がしたいんだろうな」
 ヒャッコクジムの中は、宇宙空間のようになっていた。重力がめちゃくちゃで、純粋なアトラクションとしては楽しめるのだが、ここで平静を保ってバトルをするにはかなりの精神力を要する。
 エスパーポケモンがサイキッカーたちを宙に浮かし、そしてサイキッカーたちは瞑想している。
 天には幾万もの星々が煌めく。
 キョウキとサクヤは案内のジムトレーナーに導かれ、奥のバトルフィールドまで来た。
 黒いドレスに銀のマントのジムリーダー、ゴジカが、宙に浮遊してキョウキとサクヤを迎えた。
「……これは、儀式」
「ああ、これまでを振り返りつつ――」
「これからの道を決めるもの、ですね」
 キョウキとサクヤはさっそくモンスターボールを手にしつつ、浮遊するジムリーダーを見据える。
 ゴジカは星形の耳飾りを揺らし、くすりと笑った。
「――そう、ポケモン勝負。いざ、始めるとしましょう」
「いつも話が早くて助かります」
「どうぞよろしくお願いします」
 ゴジカは、キョウキとサクヤの二人が訪れることを予見していたらしい。ジムトレーナー達は既にバトルのための空間を空けて待機しているし、キョウキやサクヤが何も言わなくてもゴジカはバトルの用意を整えている。
 ゴジカは二つのボールを浮遊させ、解放した。シンボラーとゴチルゼルが現れる。
 キョウキの頭に乗っていたフシギダネが跳び下り、サクヤの腕の中にいたゼニガメが飛び出す。
「頼むよ、ふしやまさん。アクエリアスも、よろしくね」
「ふしゃー」
「ぜにぜにぜにが! ぜにぜにーっ!」
 キョウキのフシギダネはのそのそと不思議な空間に足を踏み出し、サクヤのゼニガメは短い両腕をぶんぶんと振り回して気合十分である。
「では……」
 ゴジカのその一言を合図に、キョウキとサクヤはそれぞれ指示を飛ばした。
「ふしやまさん、シンボラーに眠り粉だよ」
「アクエリアス、ゴチルゼルに威張る」
「シンボラー、エアスラッシュ。ゴチルゼルは瞑想」
 フシギダネが背中の植物から噴き出した眠り粉を、シンボラーの巻き起こした風が吹き払う。
 一方では、ゼニガメが傍目にも鬱陶しく威張るのを、瞑想するゴチルゼルは軽く受け流した。
「シンボラー、ゴチルゼル。サイコキネシス」
「アクエリアス、ふしやまごと、守る」
「ふしやまさんはその隙に、宿り木の種だよー」
 二匹のポケモンから放たれる念動力をゼニガメが防ぎ、その背後で身をかがめていたフシギダネが距離を測り、宿り木の種をシンボラーとゴチルゼルの両方に素早く植え付ける。

 その後もフシギダネが眠り粉をばらまき、ゼニガメが威張り、そしてシンボラーやゴチルゼルの攻撃をゼニガメが庇ってその陰でフシギダネが工作をする、という流れがもう一巡繰り返された。
 とはいえ、フシギダネの振りまく眠り粉はシンボラーの風に阻まれ、威張るゼニガメは冷静なエスパーポケモンたちには完全に無視されているようにしか見えない。
 一方では、向こうからの攻撃もゼニガメが全て防ぎ、宿り木の種で相手の体力も少しずつ削ってはいる。
 状況は、様子見の段階を終えようとしていた。
「工作はそろそろ諦めようか、サクヤ?」
「仕方ないな。もう面倒は見ないぞ、キョウキ」
「お前もな」
 早口でそれだけ意思疎通をすると、二人はばらばらに指示を出した。
「――ふしやまさん、ゴチルゼルにギガドレインだよ!」
「アクエリアス、シンボラーにハイドロポンプ!」
「シンボラー、光の壁。ゴチルゼルはフシギダネに、サイコキネシス」
 本格的な攻防の火蓋が切って落とされた。
 フシギダネは強力な念力にねじ伏せられつつ、奪われた体力をその分ゴチルゼルから吸収する。更にゴチルゼルに絡みついた宿り木から養分を吸収し、回復を間に合わせた。
 シンボラーが壁を張るその直前に、ゼニガメの吹き出した水流がシンボラーに叩き付けられる。
「アクエリアス、ロケット頭突き」
「ふしやまさん、身代わりで耐えて」
 ゼニガメは甲羅に籠り、そして光の壁を打ち破ってシンボラーにぶつかっていく。シンボラーがふらつく。ゴチルゼルの念力を、フシギダネは身代わり人形の陰でしのいだ。
 ゴチルゼルの動きに隙が大きい。ゼニガメの威張りは多少効果があったのか、そのゴチルゼルの隙を突いてフシギダネはさらにギガドレインで体力を吸い取る。
 シンボラーが、リフレクターを張る。
 二つの壁と、瞑想と。宿り木の種と、身代わりと、守ると。

「もうやだ、持久戦とかめんどくさいよー」
「嫌なら最初から悠長に工作などするな」
 ぼやくキョウキを、サクヤが叱咤する。
 相手が瞑想を積むたびに、相手の特殊攻撃力は増し、同時に特殊防御力も増す。更には、光の壁とリフレクターもあり、こちらのすべての攻撃の威力は半減する。
 宿り木の種のおかげで、常に一定量の体力をゴジカのポケモンからは奪うことができるが、決定打にはならない。
 ゴジカも、キョウキも、サクヤも、しばらく指示を控えて、四体のポケモンたちに彼らの思うままに戦わせていた。とはいえ、どのポケモンも攻撃の隙を窺って守りに回るばかりである。
 キョウキはなおもぼやいた。
「はあ……サクヤと組むと、いっつもこれだ。ふしやまさんもアクエリアスも、割と耐久型だからさぁ」
「レイアのサラマンドラや、セッカのピカさんがアタッカーだからな……」
「レイアとセッカの二人が相手だったら、勝手に自滅してくれるんだけどなぁ。ふしやまさんの眠り粉宿り木身代わりギガドレ構成と、アクエリアスの威張る守るで完封なのにさ」
「やはり、ジムリーダー相手にはアタッカーが必要だな…………というか、ふしやま、ソーラービーム忘れさせたのか?」
「うーん、ギガドレインが必要なさそうなら思い出させようと考えてる。やっぱり今のままじゃ、火力不足気味なんだよなぁ……。アクエリアスの技はあと二つ何なのさ?」
「ハイドロポンプとロケット頭突きだ」
「あ、じゃあこっちの技構成は、全部ゴジカさんにばれてるねー」
 戦闘は膠着状態に陥りつつある。ゴジカの方も特に事態を打開するでもなく、挑戦者であるキョウキとサクヤに考える時間を与えてくれているようであった。
 キョウキとサクヤはぼそぼそと相談する。
「確認しようか。シンボラーの技は、光の壁、リフレクター、エアスラッシュ、サイコキネシス」
「ゴチルゼルは、サイコキネシス、瞑想……あとは未来予知か何かじゃないのか。あれはアクエリアスでも守れない」
「あー、ゴジカさんの十八番かぁ。絶対、とどめさす用に残してるよ……」
「どうする?」
「さあ。宿り木の種でだいぶ向こうも消耗してる。来るならそろそろじゃないかな。未来予知が現実になる前に決着つけるか、一か八か耐えるか」
「面倒だ。もう終わらせるぞ」
「そうしよっか」
 二人の相談が終わるのを待っていたかのように、ゴジカは静かに指示を出した。
「ゴチルゼル、未来予知」

 キョウキとサクヤは、間髪入れず叫んだ。
「行くよふしやまさん、ゴチルゼルに眠り粉!」
「アクエリアスはシンボラーに、ハイドロポンプ!」
 ゼニガメがシンボラーを水流で弾き飛ばす。その隙に、未来に攻撃を予知するゴチルゼルに、フシギダネが眠りへと誘う粉を振りかける。
「――ゴチルゼル、寝言」
 ゴジカは静かにそう命じた。
 眠りについたはずのゴチルゼルが、腕を掲げた。キョウキが、うげっと妙な声を出す。
 フシギダネが、ゴチルゼルのサイコキネシスをまともに食らう。
 どうにか耐えきり、フシギダネから深緑の力が立ち上る。
 キョウキとサクヤは、同時に息を吐いた。
 詰みだ。
「頑張れふしやまさん、ギガドレインだよ」
「アクエリアス、シンボラーにロケット頭突き」
 フシギダネが力を振り絞り、ゴチルゼルから体力を吸い尽くした。
 一方では、ゼニガメがシンボラーをとうとう撃ち落とした。
 未来に予知されていた攻撃が、次元の狭間で消滅するのが、なぜかキョウキにもサクヤにも分かった。


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