マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1417] 昼想夜夢 中 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/25(Wed) 19:41:22   38clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



昼想夜夢 中



 ゴジカが静かに、シンボラーとゴチルゼルとモンスターボールに戻す。
 そしてゴジカは浮遊したまま、激戦を制したフシギダネやゼニガメをそれぞれ労っているキョウキとサクヤの方へ近づいてきた。宇宙を裏打ちした銀のマントが緩く翻る。
 重々しく口を開いた。
「これは、光。――フシギダネとゼニガメ、あなたたちに心を開き従った、見事なバトルでした。そう、あなたたちの力」
 それぞれフシギダネとゼニガメを抱き上げたキョウキとサクヤは、ぽかんとしてゴジカを見上げた。
「あー……えっと……?」
「これからの道をもう一度見定めることは、できましたか」
 ゴジカは目元を緩ませ、うつくしい笑みを湛えている。
 緑の被衣のキョウキと、青い領巾のサクヤは、顔を見合わせた。
「……これから、どうするか?」
「まず、このあとは用事があって、その後ブラッキーに進化させて……さらにその後、という意味ですか?」
「そうです。これは、道標。過去に迷い現在に失われた者を、未来へと導くもの。そう、占い。――あなたたち、未来を占いますか」
 え、とキョウキとサクヤは声を揃えた。しかしキョウキの腕の中でフシギダネはにっこりと笑って穏やかに鳴き、サクヤの腕の中でゼニガメは元気よく鳴きながら手足をばたつかせる。二人は相棒を見下ろす。
「どうしたの、ふしやまさん。占ってもらえって?」
「だぁーねぇー?」
「……お前たちは占いに興味があるのか?」
「ゼーに、ぜにぜにぜーに、ぜにーっ!」
 ゼニガメはサクヤの腕の中から勝手にぴょんと飛び出したかと思うと、床の上でぴょんぴょんと跳ねて、宙に浮遊しているゴジカの纏う不思議なマントに飛びつこうとしている。サクヤはすぐにゼニガメを拾い上げた。
「失礼しました。……ええと、ゴジカさんは、会社のビジネス戦略も恋占いもぴたりと的中させてしまうとか」
「どなたの未来も、視るわけではありません。だからこれは、異例。あなたたちの未来、その断片を知れば、これからの道が開けるかも。そう、スペシャルサービス」
「つまり無料で占ってくださる、と」
 キョウキが笑顔で確認した。ゴジカは浮遊したまま、二人についてくるよう促し、ジムの裏へと入っていく。
 ゴジカの声はゆったりと深く、思わず聞き惚れるような艶やかさを持っている。
「これは、使命。ジムを預かる者は、それに挑戦する者の道程を量り、これからの道を指し示すもの。そう、ジムリーダーの役目」
「僕らのバトルの中で、何か読み取られましたか?」
「……疑問。不安。不信。未来への、怯え」
 ゴジカはそう告げた。


 そうしてキョウキとサクヤの二人がゴジカに連れられたのは、華やかな舞台の裏側に期待してしまうような寒々しい殺風景な楽屋裏ではなかった。
 その占い部屋は、やはり天幕に星座が象られ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。ゴジカが占い師として運勢を見る際に使う部屋だろう。
 テーブルの傍には椅子が三つ。ゴジカは、二人をこの占い部屋に連れてくることも予見していたというのだろうか。
「どうぞ、お座りなさい」
 促されて、キョウキとサクヤはおずおずと腰を下ろした。丸テーブルを挟んで、ゴジカと向かい合うように座らされる。二人とも占いなどにまったく興味は持っていなかったので、このような場でどのようにふるまうべきか全くわからない。
 四つ子は、現実主義者である。基本的には科学的に証明された理論を信じるし、感覚的なものは妄信することはない。しかし、現実として直面したものはそのまま受け入れる用意はあった。
 この世界には、奇妙なものがたくさん存在する。
 ポケモンの存在然り、水ポケモンがどこから水を出すのか、岩ポケモンがどこから岩を出すのか、ゴーストポケモンがどこから来るのか、エスパーポケモンの能力の正体は何なのか。何一つ分かってはいない。
 そして、ポケモンだけではない。人間の中にも、霊感のある人間やら、サイコパワーを持つサイキッカーやら、波動なるものを操る波動使いやらが実在するのだ。
 さらにはこのゴジカには、万人に認められる確かな実績もある。いくら現実主義者のキョウキとサクヤでも、強いて説明のつかない摩訶不思議な現象を全否定しようとは思わない。
 ゴジカに促されるままに、二人は手を伸ばす。
 ゴジカの右手がキョウキの手を、左手がサクヤの手を取る。二人の手が、ゴジカの腕輪を通る。
 その腕輪は、テーブルと垂直に立っていた。まるで異世界へ繋がっているかのような。
 この腕輪に手を通すと、ゴジカにはその者の未来が見えるという。
 つまり、腕輪のこちら側とあちら側では、空間的に仕切られているのだ。それが現実と未来という隔たりなのか、物質と精神という隔たりなのかは、二人には分からない。占いとは、時空を超えるのか、心を見通すものか。
 ゴジカはしばらく二人の手を同時にとって、じっと何かを感じ取るかのように瞑目していたが、やがて息をついた。
 フシギダネとゼニガメが興味津々といった風に見守る中、キョウキとサクヤは恐る恐る手を引いた。
「え、えーと……いかがですか」
「これは、信頼。すべてのポケモンたち、あなたたちに心を開き従う。そう、それが八つのバッジの光」
「それは、ジムバッジを八つすべて集めた際に分かっていたことだと思うんですけど」
 キョウキが口を挟むと、ゴジカはくすりと笑った。
「そう。だから、どうしても人を信じられないとき、傍の仲間に頼りなさい」
 フシギダネがにっこりとキョウキに笑いかけている。キョウキもどこか釈然としない表情ながら、相棒のフシギダネの頭を撫でた。フシギダネが気持ちよさそうに、キョウキの手に頭を摺り寄せる。
 サクヤもゼニガメをしっかり抱え、そしてそのゼニガメに黒髪をぐいぐい引っ張られつつ、ゴジカに尋ねた。
「……つまり今後、人が信じられなくなるということでしょうか? すべての人間が信じられなくなるのですか?」
「信じる信じないは、道そのものではなく、道の歩み方の問題。だから、その問いには答えられません」
「……では、お聞きします。今後、僕らは面倒事に巻き込まれるのでしょうか? 大きな事件に巻き込まれることはありますか? 僕らは、無事に旅を続けられるのでしょうか?」
 するとゴジカはテーブルに両の肘をつき、両手で頬を支えて、どこか悪戯っぽく微笑んだ。
「あなたたち、旅を続けますか?」
「えっ」
「えっ」
 虚を突かれ、二人は瞠目して占い師を見つめた。ジムリーダーからそのように言われて、どうしようもなく動揺する。
「……え、ど、どういう意味です? 旅、やめた方がいいんです?」
「これは占い。未来を示唆し、進むべき方角を想起させるもの。そう、可能性。助言ではありません」
 旅をやめるべきと言っているわけではない、とゴジカは告げる。
 キョウキとサクヤは占いの解釈に頭をひねった。
「うーん、えーと、じゃあ、旅をやめることも考慮に入れろってこと……? でも、ポケモンは信じるんですよね? つまり、トレーナーをやめるというわけではない……? 定住してトレーナーを続けろと?」
「そもそも、僕は事件に巻き込まれることがあるのかとお尋ねした。それに対して、旅を続けるかとのご質問を頂いたんだぞ。それはつまり……厄介なことが起こる可能性があるということか……?」
 頭を抱えている二人のそっくりなトレーナーを、ゴジカは微笑んで見つめていた。
「では、最後に一つ。あなたたち、滝を見にお行きなさい」
 キョウキとサクヤはますます眉を顰めた。
「……レンリタウンに行け、ということでしょうか?」
「なぜですか。その未来は決定事項か何かなんですか?」
「これは助言。あなたたち、レンリに行くべきです。なぜなら、そこに大切な人がいるから」
 ゴジカは目を伏せている。
 キョウキとサクヤは一瞬だけ視線を交わした。
「大切な人? レイアとセッカってことかな?」
「さあ……しかしあいつらとは別れたばかりだし、会おうと思えばいつでも……いや、これは占いではなく、助言とのことだぞ」
「え、つまりいま会いに行かなきゃレイアとセッカが危ないってこと?」
「分からない。しかし、未来を予知なさるゴジカさんの助言だ、無視するのは怖すぎる」
 そう早合点すると、フシギダネを抱えた緑の被衣のキョウキと、ゼニガメを抱えた青の領巾のサクヤは、素早く椅子から立ち上がった。
「ありがとうございます、ゴジカさん。ちょっくらレンリタウンに行ってきます」
「お世話になりました」
 ゴジカはゆったりと頷いた。
 そして腕輪に通した手をすっと伸ばし、二人の背後の天幕を指す。すると、天幕がひとりでに割れ、占い部屋の外へと通じた。
 キョウキとサクヤはゴジカに会釈し、占い部屋を出ようとした。
 しかし、そこで逆に占い部屋に入ろうとした客と、鉢合わせした。
 キョウキが愛想笑いを浮かべる。
「……おやおやおや」
「ミホさん、リセさんも……」
 サクヤも軽く眉を上げた。
 そして、少女を連れて占い部屋に入ってきた老婦人は、口元に手を当てた。
「あら、サクヤさん、キョウキさん。貴方がたも、占いに興味をお持ちでしたの?」
 キョウキとサクヤと入れ替わりに占い部屋に入ろうとしたのは、二人がフウジョタウンからこのヒャッコクまで護衛してきたミホと、その孫娘のリセだった。



 フシギダネを頭に乗せたキョウキと、ゼニガメを抱えたサクヤは、ヒャッコクの北辺、湖畔に佇むカフェに腰を落ち着けていた。
 日は天頂を回り、暖かい陽気の中、湖面は凪いでいる。
 キョウキはクッキーを貪りながら、にこにこと毒々しい笑みを浮かべていた。
「ほんっと、腹立つよね」
「何がだ」
 サクヤは澄ましてストレートの紅茶を啜る。キョウキは小さなクッキーを両手で持って、デデンネか何かのように前歯でかりかりとそれを齧り取っていた。
「あのおばあさんとその孫の女の子に、占い好きだって思われたことがさ。ああ、僕、占いなんて別に信じないのに!」
「だが、ゴジカさんの占いはすべての客層から定評がある。テレビや新聞でも運勢占いを担当されているぞ」
「そういうことじゃなくてさ! ミーハーだって思われたくないの!」
 キョウキはかりかりかりかりとクッキーを貪り食らった。さながら音で苛立ちを表しているようでもある。
 サクヤは呆れたように目を細める。
「お前は、意外と古い人間だな」
「お前もね。ついでに言えば、レイアもセッカも相当古いよ。ウズの作った着物を旅立ちからずっと大切に着続けて、ブティックにも一切寄らないし」
「それはお前、金が無いからだろう」
「そうだよ! マネーがないんだよマネーが! だから占いなんて無駄っぽいことに使わないんだよ! 今日はたまたまゴジカさんがスペシャルサービスしてくださっただけなんだよ!」
 キョウキはぴゃあぴゃあと喚いた。少しだけ、四つ子の中でいつもは賑やかしを担当するセッカの真似をしているようだ。
 キョウキは大声を出したことに気付いたように、逆にぼそぼそと低い声になった。
「……ほんとさ、占いとかしてもらいに来る人って、暇っつーか、裕福だよねぇ……。ほんと羨ましい。そんなお金あるのに、どんな悩み事があるってんだい……」
「お前は情緒不安定か。……人の悩みは尽きない。金銭はもちろん、人間関係、将来のこと、果ては明日の天気まで」
 キョウキはぐったりとテーブルの上で項垂れた。
「ほんと最悪。早くレンリ行きたい。――あ。もうやだ、忘れてたよ……僕ら、あのおばあさんと晩御飯食べなくちゃじゃん。……めんどくさいよう」
「なら、お前だけ先にレンリに行けばいい」
「やだ。せっかくタダでご飯食べれるチャンスだもん。よし、食えるだけ食ってこう」
「卑しいぞ」
「ねえサクヤ。いい子ちゃんぶるのって、疲れない?」
 キョウキが肘をついて、いつの間にかにっこり笑ってサクヤを見つめている。さながら甘い囁きをする悪魔のようである。
 サクヤは顔を顰めた。
「お前がどう思おうが、僕自身も聖人君子を装っているつもりはない。僕は僕なりに、自分の思いに素直に行動しているだけだ。それが、ひねくれたお前の眼には、僕までひねくれているように見えるだけだ」
「そうなんだろうね」
 キョウキははあ、と大きく溜息をついた。
 サクヤは片手で青い領巾を押さえつつ、片手を伸ばして、キョウキの被っている緑の被衣を頭から取り払ってやった。そうして、キョウキの黒髪をぞんざいに撫でてやる。
「お前は不器用だ」
「……ええ? そうかな? かなり気を配って立ち回っているつもりだけれど」
「お前はぱっと見、いい奴だ。そして五分も話せば、ただの下衆だと分かる。――だがな、生まれた時からずっとお前と一緒にいれば、お前が本当に優しい奴だということくらい、分かっている」
 キョウキは項垂れて頭を撫でられながら、ちらりと上目遣いにサクヤを見やった。
「……今、デレたね、サクヤ」
「うるさい。ツンデレなのは僕ではなくレイアだ」
「お前は本当に、素直だよ」
「お前は本当に、愚図だな」
 サクヤがキョウキの髪をわしゃわしゃと掻き回しているその足元で、やんちゃなゼニガメは甲羅の上に穏やかなフシギダネを乗せて、喧しくお馬さんごっこをしていた。


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