マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1418] 昼想夜夢 下 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/25(Wed) 19:43:10   36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



昼想夜夢 下



 老婦人のミホと、その孫娘のリセと共に、キョウキとサクヤはレストランで夕食をとった。
 幼いリセは上機嫌に、ゴジカの占いで教えてもらった内容や、祖母に買ってもらった神秘的なお守りをキョウキやサクヤに披露していた。キョウキの下衆さを綺麗に忘れ去ってしまったような少女の振る舞いに、キョウキは少なからず面食らっていた。
「あのねー、このピンクのクリスタルねー、コスモパワーがつまってるの! きれいでしょー!」
「なるほど」
 サクヤはぎこちない微笑を浮かべつつ、真面目に少女を見つめて頷いた。キョウキが面白さに肩を震わせていた。
 少女は満面の笑みを浮かべて、隣の席の祖母に人懐っこく甘えかかる。
「だからね、リセね、ピッピちゃんがほしいなぁー。ねえいいでしょ、おばあちゃーん」
「そうねぇ、リセちゃんがおばあちゃんのところに来てくれたお祝いに、ピッピちゃんにもおうちに来てもらいましょうねぇ。楽しみに待っててねぇ」
 ミホもまた幸せそうな笑顔を浮かべて、孫娘を甘やかす。
 席の反対側では、キョウキがこそこそとサクヤの耳元で囁いていた。
「……ピッピって、やっぱりピッピ人形かなぁ? それとも本物を捕まえるのかなぁ? ねえねえ、カントー地方じゃピッピって、ゲームコーナーの景品らしいよ?」
「お前ちょっと黙れよ」
 サクヤはキョウキの脛を蹴り飛ばした。
 ミホとリセは、とても仲がよさそうだ。ミホからも幼い孫娘が可愛くてしょうがないという雰囲気があふれ出ているし、リセも優しい祖母によく懐いている。
 この家族は悲劇に見舞われたが、この祖母と孫娘なら、幸せな暮らしを得られるのではないかとサクヤは思っている。ミホは見るからに裕福そうな身なりをしているから、リセにも十分な教育を受けさせ、そして幸せな将来を保証するだろう。
 ミホに任せれば、きっとリセは、母親のアワユキや、父親や、あるいは兄や姉のようにはならないだろう。
 サクヤは満足していた。幸せそうな人間を見ていると、心が温かくなる。
 一方でキョウキは、やはりくすくすと揶揄していた。まるでサクヤの心の中を読んだような口ぶりだった。
「……いやあ、どうだろうねぇ。一緒に占いに行くようなおばあさんとその孫だよ? 何かうまくいかなくなったら、絶対すぐスピリチュアルなことにのめり込んじゃうんだ、そしてアワユキさんと同様、変な宗教にハマっちゃうんだよ、きっと」
 キョウキはサクヤの耳元で、ぼそぼそと楽しげに呟いている。
「……リセちゃんはやっぱりメルヘン少女志望だね、フェアリータイプのピッピをご所望なところを見るに。で、思春期が来るとミホさんのことをババァって言うようになって、ミホさんもそういうの慣れてないから厳しくなっちゃって、で、結果リセちゃんはグレますね」
「お前な……」
「……リセちゃんの将来は奇抜なヘアースタイルのバッドガールか、オカルトマニアと見た」
「お前、もう黙れ」
 サクヤは隣の席のキョウキにヘッドロックを決めた。
 キョウキの呟きは耳に入っていなかったらしいミホが、二人を見て朗らかに笑う。
「仲がよろしいのね」
「ええとても」
 サクヤが笑顔でそのように取り繕う傍で、キョウキが懲りずにくすくす笑っている。
「……ミホさんって耳、遠いよね……」
 サクヤは無言でキョウキの首を本気で締めにかかった。


 そのような暖かく、一辺では薄ら寒い夕食を終え、四人はヒャッコクの日時計を見に行った。
 午後八時から、日時計は光を放つ。
 それが有名で、またこの謎の建造物が日時計と呼ばれる所以でもある。
 ヒャッコクに暮らすミホは、毎日自宅からその輝きを眺めるという。そしてその孫のリセは、今日初めて、輝く日時計を見ることになる。
 キョウキとサクヤは、彼女たちから数歩後ろに下がって、日時計を、あるいは彼女たちを見守った。
 夜の街は、寒かった。
 夜空には星々が煌めき、湖面は暗く静かに凪いで、深紅に沈んだ日時計は湖に眠っているように見えた。
 一条の光が差す。
 観光客から歓声が起き、シャッター音が上がる。
 リセが、わあ、と小さく声を漏らす。その隣で祖母のミホは微笑んでいる。
「綺麗でしょう?」
「うん、ミホのピンククリスタルみたい!」
「ほんとに、そうね。今日から毎日、日時計がリセちゃんを見守ってくれますからね」
「うん、おばあちゃん!」
 白いコートのリセが、祖母のスカートにくっつく。眠いらしく、そのままうつらうつらとし出した。
 燦然と輝く日時計を背景にして、ミホはキョウキとサクヤの二人を笑顔のままゆっくりと振り返った。
「今日は本当に、ありがとうございました。フウジョからヒャッコクまで連れてきていただいて」
「いえ。お役に立てたなら嬉しいです」
 サクヤは返事をする。
 キョウキが愛想笑いを浮かべて、何を考えたのかミホに申し出た。
「リセちゃん、寝ちゃいそうですね。ご自宅までお送りしましょうか?」
「いえ、大丈夫よ。私のポケモンに手伝ってもらうから……」
 ミホは微笑んで、バッグに入れていたモンスターボールを解放した。
 マフォクシーが現れる。
 キョウキが歓声を上げた。
「おお、びっくりしちゃいました。ミホさんって、トレーナーではないんですよね? それにしたって、見事なマフォクシーですねぇ」
「ありがとうございます。孫の……梨雪のポケモンなのよ」
 ミホはしみじみとそう語った。
 リセの姉にあたる、ミホの二番目の孫、何年も前に亡くなったという少女は、ポケモントレーナーだったのだろうか。梨雪のマフォクシーは戦い慣れた瞳でじっと数瞬キョウキとサクヤを見つめていたかと思うと、ミホのスカートに縋りついてうとうとしていた少女をそっと抱き上げた。
「では、失礼いたしますわ。サクヤさん、キョウキさんも、良い旅を」
「お気をつけて」
 ミホと、リセを抱き上げたマフォクシーは礼儀正しい会釈を残し、市街地の方へ戻っていった。



 キョウキとサクヤは、輝く日時計を二人並んで見つめている。
 周囲には観光客が絶えない。
「やたらカップルが多いね」
 頭にフシギダネを乗せたキョウキが、日時計から目を離さないまま呟く。
「そうだな」
 ゼニガメを両手で抱えたサクヤも相槌を打った。
 キョウキはくすくすと笑い出す。
「確かに、おっきくってピンクで固いって、なんか、やらしいよね」
 サクヤの手刀がキョウキの脇腹を抉った。

「ぐおおおおおお…………」
 キョウキはしゃがみこみ、悶絶する。
 サクヤの腕の中で、ゼニガメが爆笑している。
 先ほどの勢いでキョウキの頭上がら落ちてしまったフシギダネが、呑気に鼻先でキョウキの膝をつついていた。
「だぁーねぇー?」
「……痛いよう」
「貴様は、本当に、変態だな。変態。この変態が……」
 サクヤは冷ややかな眼差しでキョウキを見下ろす。キョウキは蹲ったままにやにやとサクヤを見上げた。
「え、サクヤちゃん、まさか今ので照れてんの? うっわぁ純情だね。さっすがモチヅキさんのお気に入り」
「どういう思考回路だ。公共の場で卑猥な発言をするな」
「はいはい。――ねえサクヤ、勝負しない?」
 キョウキからの突拍子もない申し出に、サクヤは半身を引いて、ますます眉を顰めた。
「……何の勝負だ……」
「やだなぁ、夜の勝負とかじゃないよう」
「ふざけるな……」
「だいたい、自分と同じ顔した奴に劣情を抱くほど自惚れちゃいないし。バトルだよ、バトル。ポケモンバトル」
 キョウキは軽く笑いながら立ち上がった。袴に着いた砂を叩き落とし、サクヤを見つめてにこりと笑う。
「バトルしませんか」
「なぜですか」
「胸糞悪いから」
「ますますわけがわからん」
 キョウキは笑顔のまま、二つのモンスターボールを取り出し、シャワーズとサンダースを繰り出した。数日前に進化させたばかりのキョウキの手持ちだ。
 緑の被衣の下で、レイアにそっくりな顔でにやりと笑った。
「バトルすっぞ」
「……キョウキ、お前いま、あの戦闘狂と同じ顔してるぞ」
「同じ顔してんだよ。はよポケモン出せや」
 レイアの物真似が興に乗ったらしく、キョウキは険のある笑みを浮かべている。
 サクヤは溜息をつき、素直にグレイシアとイーブイを繰り出した。
「……仕方ない。この機会に進化させるか」
 輝く日時計の前の広場で、二人は距離をとった。観光客がスペースを空ける。
 キョウキはへらりとした脱力した笑顔に戻った。
「行くよ、瑠璃、琥珀。……まず、瑠璃は玻璃に体当たり。琥珀は螺鈿に体当たり。それ行け!」
 そう、丁寧な指示を下す。
 進化したて、さらにいえば生まれてから一週間も経たないシャワーズとサンダースは、キョウキのゆっくりとした聞き取りやすい指示を受けて、とてとてと走り出した。
「玻璃は右、螺鈿は左に、躱せ」
 サクヤも指示し、グレイシアと、濃色のリボンを耳に巻いたイーブイは走り出した。
 すると、シャワーズとサンダースは、走るグレイシアとイーブイを、走って追いかけだした。
「しゃうー!」
「さんっ」
「しあぁ」
「ぷいー」
 そして間もなく、体当たりとそれを躱す、というただそれだけだったはずの一連の動作は、ただの鬼ごっこに早変わりした。
 キョウキとサクヤは互いに顔を見合わせる。
「……真面目にやってよ」
「……お前もな」
 そして、四匹のポケモンに視線を戻す。
「瑠璃、琥珀に手助け! 琥珀は玻璃に体当たり!」
 キョウキの指示を受けて、シャワーズがサンダースに力を分け与え、その力を得たサンダースが加速し、グレイシアに向かって突進した。先ほどまでと勢いが違う。
 サクヤも、グレイシアとイーブイにそれぞれ命令した。
「玻璃、琥珀に砂かけ! 螺鈿、瑠璃に尻尾を振る!」
 グレイシアが、突進してきたサンダースの顔面に砂をかける。サンダースは砂が目に入ったらしく、体当たりの勢いはどこへやら、きゃうきゃうと騒ぎつつ前足で目をこすっている。
 その一方で、イーブイがシャワーズに向かって尻尾を振り、シャワーズが戸惑いを見せる。

 それは稚拙な戦闘だった。
 体当たりと、尻尾を振ると、鳴き声と、手助けの応酬。
 何が技で、なにがそうでないのか、よく分からない。次第にシャワーズとサンダースとグレイシアとイーブイはおやの命令も待たずに、勝手に取っ組み合いを始めてしまった。もはやただの喧嘩になっている。
 キョウキとサクヤは、呆れ果てて同時に溜息をついた。
「この子たち、まだまだ弱いね」
「弱いし、頭も悪いな」
「経験がないからねぇ」
「明日からは、他のポケモンたちと模擬戦闘させるか」
 そして二人は、四匹のポケモンたちによる低レベルな争いを眺めた。
 シャワーズがイーブイの耳に食いつき、イーブイはぴゃいぴゃいぴいぴいと喚いてじたばたしている。サンダースはひたすらグレイシアを追いかけ、この二匹で先ほどからひたすら円を描いていた。
 埒が明かない。
 しかし面倒になったので、キョウキとサクヤは指示を出すのをやめて、二人仲良く広場の縁へ歩いていき、生垣の縁石に腰を下ろした。
「かわいいねぇ」
「かわいいな」
「ふしやまさんやアクエリアスも、昔はああだったよねぇ」
 言いつつキョウキが頭上からフシギダネを抱えて膝の上に下ろすと、フシギダネはのそのそとキョウキの膝の上で向きを変え、キョウキの顔を見上げてにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「だぁーね」
「ぜに! ぜにぜにー! ぜーにぜにっ!」
 一方でサクヤのゼニガメは、サクヤの腕の中から今に飛び出しそうな勢いで、四匹の稚拙な戦いに野次を飛ばしている。サクヤはゼニガメが乱闘に加わるのを防ぐため、しっかりとゼニガメの甲羅を両手で捕まえておいた。
「……あれから随分と時が経ったな」
「僕ら、あんなへなちょこトレーナーだったのに、今は随分バトルできるようになったよね」
「まったくな。慣れとは恐ろしいものだ」
「死に物狂いで、毎日バトルに明け暮れたからねぇ」
 ポケモンを貰って旅に出て、初めはトレーナーに勝負を挑んでも、負け続けだった。新人トレーナーだから、勝率は自然と五割を切る。すると金銭的に窮する羽目になる。
 仕方がないので、安くで生活できるポケモンセンターに籠るようになる。そして、自分よりも経験の浅い新人トレーナーを集中的に狙い、勝負を仕掛ける。
 本当に狩りをしている気分になった。そう、この世界は弱肉強食なのだ。狩らなければ、狩られるだけだ。
 そして勝てるようになってくると、調子に乗って格上のトレーナーにも勝負を仕掛けたりして、そして再び惨敗する。またもや金に困る。強さが必要なのだと、実感する。
 賞金の出ない野生ポケモンとの戦闘を地道に積み重ね、手持ちのポケモンに新たな技を習得させ、固い地面に横になりながらイメージトレーニングをして、そして開き直ってやけになってバトルをする。絶叫するように指示を飛ばす。そうするとだいたい相手トレーナーが怯むから、そうした心理戦も交えて、敵を狩る。
 夢中だった。
 夢中で、立ちはだかる敵を狩り続けた。
 いつしか、トレーナーである自分自身までポケモンであるような錯覚を覚えるようになった。
 ポケモンと心を一つにするとは、こういうことだろうか。命を懸けて戦う。生きるために戦う。バトル以外のすべてを捨てて、ただ食べて、寝て、戦って。
 およそ文化的でない生活を潜り抜け、気付いたら、今ここにいる。
「そりゃあ、疲れるわけだ……」
 サクヤと同じことを考えていたキョウキがぼやいた。
 シャワーズとサンダースとグレイシアとイーブイは、いつの間にか疲れ果てて潰れていた。四匹の体が日時計の輝きに照らされている。この四匹は、まだまだ弱い。これから命を懸けて戦うことをその弱い体に叩き込み、完全に叩き潰さないように注意しつつ、それでも強く鍛え上げなければならない。
 夜空に満月が架かりつつあることに、キョウキとサクヤは気がついた。東に巨大にそびえる日時計のせいで、月が見えなかったのだ。
 満月は、日時計の鮮やかな輝きを嘲笑うかのように、冷酷に皓皓と輝いている。
 月光を浴び、濃色のリボンのイーブイの体が輝き出した。
 キョウキもサクヤも、植え込みの縁石に座ったまま、黙ってそれを見ていた。

 イーブイは月の光を集め、そして次いで闇を吸い込んで、ブラッキーに進化した。
 黒々とした毛並みの中で、金の輪が輝く。進化によって体力を得たブラッキーは軽い動作で立ち上がると、とてとてとサクヤの方に駆け寄ってきた。
 潰れていたシャワーズ、サンダース、グレイシアが首を持ち上げ、きゃうきゃうと祝福を投げかける。
 サクヤの足元に寄ってきて、その膝頭に頬を擦り付けるブラッキーの頭を、サクヤは撫でた。
「おめでとう、螺鈿」
「きぃ」
 喉を鳴らすブラッキーの顎の下を掻いてやる。キョウキが声を出して笑った。
「さて、進化計画、こっちは完了だね」
「あいつらもうまくやっていればいいが」
「レンリに行けば会えるんじゃないかな?」
 キョウキは機嫌よく、体を左右に揺らしていた。
 サクヤがブラッキーを撫でていると、ずるいと思ったか、シャワーズやサンダースやグレイシアも元気に立ち上がって駆け寄ってきた。二人はそれぞれのイーブイの進化形を撫で回す。
 日時計が、宇宙の下で眩く輝いていた。


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