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  [No.1423] 滝の音の聞こえる場所3 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/27(Fri) 17:01:47   33clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



滝の音の聞こえる場所3



 四つ子の誕生日は陰暦四月一日、陽暦では四月二十五日である。
 現在の慣習では陽暦が使われることから、四つ子は四月末に旅立つことになる。
 四條家が、四つ子に学業を続けさせようと考えない限りは。


 無視された、と感じた。
 四條家は四つ子を、否、ウズを無視している。
 ウズは焦った。
 今まで半ば守り神のような心持で、四條家を見守ってきた。それが、この扱いは、何だ。四條家はウズに庶子の面倒を見させ、そのまま本家から追い出そうというのか。ウズとこのまま縁を切ろうというのか。
 しかし一方では、いつかこうなるような気もしていた。
 ウズは化け物だ。もう何百年、あるいはもう千年以上もか、生き続けている人魚、海神の子なのだ。
 そんなもの、家に置きたくないに違いない。


 四つ子は実家からは見放された。
 四つ子自身もその事はウズが何も言わないまでも分かっていたのか、旅立ちの日が近くなると、その顔は生気を失っていった。
 ある日、四つ子は火のついたように四人で泣きながら、友達のユディのリオルをひどく虐め、そしてユディをこれまでにないくらい激昂させた。そして四つ子はますます泣いた。
 それをきっかけに、四つ子は笑顔を失った。
 赤の着物のレイアは、ひたすらテレビに張り付き、ポケモンバトルを観察し、ぼそぼそと一日中何かを呟いている。
 緑の着物のキョウキは、ウズが四つ子のために作ってやったポケモンのぬいぐるみをすべて鋏で切り裂き、ゴミ屑にしてしまった。
 黄色い着物のセッカは、夜中まで一人で街中をうろつくようになった。
 青の着物のサクヤは、ますますモチヅキに張り付くようになった。
 そして時々、四つ子は何もない空き地で四人揃ってぼんやりと、宙を見つめている。まるでウズが四つ子と出会ったあのときのように。

 四つ子が感じ、考えていることは、ウズにも分からないではないのだ。
 遠い、遠い遥か昔、胆礬の島人の手で重石に繋がれ、崖っぷちで背中を押されるあの感覚。
 ただ一人、浜辺に打ち上げられた時の感覚。
 そして、その誕生から見守ってきた人間が、何十人、何百人と年老いて死んでいくのを、見守る感覚。
 孤独。

 けれど、ウズには四つ子の感じる孤独に寄り添ってやることはできない。
 なぜなら、四つ子は四人だからだ。四つ子が孤独を感じていても、所詮彼らは四人なのだ。彼らは四人で、ウズを嘲り、そしてウズを孤独に貶めてきたのだから。
 永い、永い四條家との時の中で、ウズは忘れていた。
 四つ子がウズに思い出させた。
 自分が独りだということを。



 四つ子は旅に出た。
 ウズは、四條家の与えた家でただ一人、微睡む。
 静かだった。喧しい四つ子はもういない。この家はウズのもの。
 ふと、ここは牢獄ではないかと思った。
 あの『ちはや』の座敷牢と同じ。

 ウズは知れず繰り返しているのだ、終わらない生の中で同じ事を何度でも。
 養い育てた四條家のものを世に送り出し、自分は永遠に繋ぎ止められる。
 四つ子は旅立った。大人になり、そして老い、死んでいくだろう。ウズを置いて。
 ただ独り牢獄の中で、ウズは朽ち果てていく。今度こそ何もできずに。



 だから、つまるところ、ウズは四つ子がどうなろうと興味はなかった。
 四條家の子女を育てることにもはや何の感慨もなかったし、誇りも刺激されることはなかった。四つ子は庶子に過ぎないから、必要とされない子供を育てたところで何になるわけではない。だからウズにとっても四つ子は必要ない。
 マーシュに依頼される新しいデザインの振袖を、座敷で縫い続ける。
 マーシュの存在は、ウズにとって天佑だった。ウズの和裁の腕はこのカロスの地では埋もれがちだったが、何年か前にクノエにやってきたこの若い女性デザイナーのおかげで、ウズは安定した収入を得られた。
 もはや四條家のことは忘れて、針だけで生きていこうか。
 そう思っていた矢先、四つ子は事件を起こした。


 四つ子はミアレで、エリートトレーナーに重傷を負わせた。
 自宅謹慎となった四つ子は、養親となったウズの家に転がり込んできた。
 四つ子は相変わらずウズを嘲り、自分勝手で、自己中心的だった。謹慎が明けて四つ子は再び旅に出たが、やはりたびたび問題を起こしては、味を占めたのかウズの家に入り浸るようになる。
 ウズの平穏な生活は奪われた。
 四つ子はウズを搾取する。
 四人で寄ってたかって、ウズを孤独に陥れるのだ。
 だから追い出した。
 四つ子の母親の家? ――この建物を与えたのは四條家だ。そして四條家を護ってきたのはウズだ。だからここはウズの場所なのだ。
 どこへなりと勝手に行くがいい。お前たちは所詮四人なのだから。本物の孤独など知らないのだから、四人でどこへでも行くがいい。四人なら何でもできるだろう。
 キョウキとセッカを手ひどく追い出した後日、ウズは欝々として暮らしていた。
 そこに、ユディが現れた。


 ユディは法学部生だ。そこまでの経歴はモチヅキと似ているが、ユディはモチヅキのような実務家を目指しているわけではなく、学者志望のようである。
 身勝手で乱暴な四つ子とこの歳まで付き合い続けることのできた子供は、このユディだけだった。ユディの両親もまた懐の深い人物で、四つ子をユディ宅でのお泊まり会に招くことで、どれほどウズの負担を和らげてくれたものかわからない。
 一応ウズは四つ子の養親なのだが、四つ子がウズの名をそのまま呼び捨てるものだから、ユディも幼い頃のならいでウズを呼びつけにする。ウズがとても『おじさん』『おばさん』などと呼べるような容貌をしていない所為でもある。
「ウズ、なに怒ってるんだよ」
 ユディは苦笑していた。先日までユディ宅に居候していた四つ子がいなくなり、手持ち無沙汰になったのか、ウズの家に遊びに来たのだ。
 こうしてみると、ユディはウズのことを『四つ子の親』としてではなく、『四つ子の兄姉』として見ているようなのだった。ユディは四つ子よりいくつか年上だから、そうすると自然にウズと同年代のような錯覚に陥るのだろう。
 もちろん、ウズはユディに己の齢のことなど話したことはない。ユディだけではない、四つ子にも、モチヅキにも、ウズは自分の由来を語ったことはなかった。
 とにもかくにも、ユディはウズに対しても友人のように振る舞った。ウズも伊達に長い時を生きていないので、今さらそのような扱いにいちいち目くじらを立てることもない。むしろ、気安い話し相手として歓迎した――主に四つ子の愚痴を言う相手として重宝していた。
「……また、四つ子が世話になったようじゃな」
「いいって。それより最近お前、かりかりしてないか?」
「しておらぬよ」
「でも、こないだなんて俺やロフェッカさんの前で、キョウキやセッカに、庶子だとか何とか言っただろ?」
 ユディは茶を啜りつつ、面白がるような口調である。まるでウズの兄にでもなったようだ。なじる口調ではなく、ただの軽口のようだった。
 ウズは溜息をついた。
「あのアホ四つ子に、もう少し落ち着きがあればのう」
「ウズ、四つ子いなくなって寂しいのか?」
 ユディは笑顔でそのようなことを尋ねた。
 ウズは眉を顰め、額を押さえる。
「冗談じゃないわい……。ようやくおらんくなって清々しとったんに、ぴょこぴょこと問題を引き連れて騒ぎよる……」
「四つ子はウズに甘えてるんじゃないか?」
「あたしはあれらの親ではないぞ……」
「でも、あいつらはウズを親だと思ってるんじゃないか? ウズはあいつらの、何になりたいんだ?」
 ユディは笑顔だった。笑顔でそのようなことを偉そうに尋ねるユディに、ウズは少しずつ腹が立ってきた。
「何になりとうも何もない。あたしはただ、言われてあれらの面倒をみとったまでじゃ」
「じゃあ、あいつらに何かあっても、どうでもいいのか?」
「知らぬな」
 ウズは鼻で笑い、羊羹を黒文字で切った。ユディもそれに倣う。
 しっとりと甘い羊羹を二人は味わった。
 苛立ちをとろかすような甘さだった。
 ユディがぼそりと呟く。
「……あのアホ四つ子はさ、そりゃお互いには頼れるけど、お互いしかいないんだぞ」
「それが何か。きょうだい間で助け合えるなら幸福なもんじゃろうが」
「親が恋しいんだよ。きっと。あいつらは頼れる大人や、安心して休める家に飢えている」
 ウズはぎろりとユディを睨んだ。
「――なんじゃ。あたしにあれらの親になれと申すか。何ゆえそこまでせねばならぬか」
「ウズって子供だよな」
 そのユディの言葉は、ウズにとって少なからず衝撃的だった。
 ウズが言葉に詰まっている間に、ユディが茶を啜りつつ何気なく言い放った言葉が、さらにウズには衝撃的だった。
「四つ子の身勝手って、割とウズ譲りだと思うんだけど、俺」
「…………は?」
 ウズは大声を出した。
 ウズの急な珍しい大声に、ユディも目を見開き、きょとんとして湯呑を置いた。
「え、変なこと言ったか?」
「…………いや……?」
 ウズは顔を顰めてしまった。その表情を面白がるように、ユディは深緑の瞳を細めている。
「なあウズ。あいつら、今ちょっと困ってるんだよ」
「……また面倒事か?」
「アブソルを連れた妙なトレーナーに付きまとわれてるらしいんだ」
 ウズは顔を顰めた。
 アブソル。
 ウズはアブソルを憎んでいる。
 赤い眼、白い毛、黒い角。
 渦潮の島の祭りに現れ、胆礬の島に災厄をもたらした忌むべき魔獣だ。
 死と、孤独の使者。そのアブソルに、四つ子が付きまとわれている。不吉だ。不吉なことこの上ない。ウズは思った通りを苦々しげに吐き捨てた。
「……不吉な」
「そうなんだよな。色違いのアブソルを連れたトレーナーなんだ。で、俺もそいつのこと調べてみたんだけどさ、なんか割とやばそうな噂のある奴なんだよ」
 ユディによると、その色違いのアブソルのトレーナーは、インターネット上では何やら不吉な噂が飛び交っているらしかった。人を殺したとか、野生のポケモンを殺したとか。機械に疎いウズには、そのようなことは調べようがないので、ユディの話を鵜呑みにする他ない。
「まあ、たぶんそいつも今は普通のトレーナーとして過ごしてるから、ポケモン協会側の圧力で確かな情報は見つからないんだけどな。でも、四つ子がやばい奴につけ狙われてるかもしんないってんで、一応報告」
 ユディは肩を竦めて、早口でそう言った。本当はこのことをウズに伝えるために、今日ウズの元を訪れたのかもしれなかった。
 ウズは湯呑の中の茶を睨んでいた。
 四つ子が、災いをもたらす魔獣につけ狙われている。それが何を意味するのか、ウズの中でははっきりしていた。
――四つ子が殺される。
 しかし、だからといってウズが何をすべきだというのだろうか。
 ウズを見捨てた四條家など、もうどうでもよかった。ましてやその四條家の庶子など、ウズには何の関係もないはずだ。四つ子は出会ってからずっと、ウズを嘲り、孤独に陥れてきた。もう、忘れてしまえばいいだろう。
「いいのか?」
 ウズが顔を上げると、ユディの深緑の瞳と目が合ってしまった。
 ウズが声もなく密かに狼狽していると、ユディは淡い金髪を微かに揺らして首を傾げた。
「ウズ、お前、アブソルのこと嫌いなんだろ? アブソル連れた危険なトレーナーに四つ子が狙われてても、お前、何もしないの?」
 そのようにユディは、ウズが四つ子のために何かするのが当然とでもいうような口調である。
 ウズは息を吐いた。
「……あたしに何ができる。あれらはもう童ではない」
「傍にいてやればいい。あいつらを見守ってやれる大人になれよ」
「……もう無理だろう」
「そんなことないって。キョウキとセッカなんて、あの後もずっとウズのこと未練たらしくぐちぐち言ってたし、レイアとサクヤなんて、俺んちでずっと、ウズの白米食いたい味噌汁食いたい醤油飲みたいってぼやいてたぞ?」
 ユディはけらけらと笑った。
 ウズもその伝え聞きに思わず苦笑を漏らす。
「醤油を飲む、じゃと……高血圧で死ぬ気か」
「な、四つ子はちょっと反抗期なだけだって」
「反抗期か……ふふ」
 ユディとウズはひとしきりくすくすと笑い続けていた。
 ウズは遠く懐かしい昔を思い出す。
 ウズが座敷で布地を縫っているとき、いつの間にか四つ子が揃って抜き足差し足で、背後から近づいてきていた。――そういう時はウズは気づかないふりをしなければならない。四つ子はウズを驚かすべく忍び足になっているのではなく、ウズの気を散らさないように忍び足になっているからだ。
 そのような四つ子の真意をウズが知り、そして信じられるようになるまで、時間がかかった。
 ウズが四つ子の忍び足をどうにか容認すると、四つ子は息を詰めて、ウズの針仕事を見つめている。
 そう、ウズが一心不乱に仕事をしていると、四つ子はおとなしくしていた。そしてウズが針を動かしている間だけ、四つ子はウズの話をよく聞いた。その中でいつか、アブソルに近づいてはいけないということを話した気がする。
 あるいは、小さな崖から落ちたセッカの血の色を思い出す。
 ウズは崖が嫌いだ。背後から突き落とされる手の感覚が、未だに残っているためだ。セッカも崖から落ちる瞬間、どれほど恐ろしかっただろう。それを想像するだけで、ウズは自分のことのように胸が締め付けられる。
 そして、アブソル。
 アブソルは不幸をもたらす。人にも。ポケモンにも。
 ユディが笑っていた。
「ま、あいつらももうちょっとで反抗期乗り越えると思うから、もう少し気長に面倒見てやってよ。俺もできる限り手伝うし」
 ウズも笑みを浮かべた。
 顔を上げ、年若い親友を見つめる。
「――仕方ないのう」



 思えば、カロスでウズが知っているのは、ミアレとクノエだけだった。レンリの大滝が有名だということは知っていても、まさか見に行こうなどと思いもしなかった。
 駅に降り立ったウズは、目を閉じ、滝の流れ落ちる音を聞いている。
 懐かしい響きと、重なり合う。


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