マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1428] 滝の音の聞こえる場所4 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/30(Mon) 20:28:15   34clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



滝の音の聞こえる場所4



 窓の向こうは明るかった。
 滝の音が聞こえる。開け放された窓から外からの風が、病床の枕元まで滝の音を運んできているのだ。
 病床で目を覚ましたルシェドウは状況を確認するよりも先に、ベッド脇に置いてあった自分の荷物からホロキャスターを手探りで取り出した。しかしそれが私用のものだったので、それを放り出してもう一つの協会支給のホロキャスターを左手で探し当てる。
 現在ルシェドウが己の意思で動かすことができるのは――無事だったのは、どうやらこの左手だけのようだった。右手と両足は動かせない。とはいえ、命があっただけましであったし、さらに利き手である左腕が無事だったことは、ルシェドウにとってはただ僥倖としか思えなかった。
 左手だけでのろのろと協会支給のホロキャスターを操りつつ、ルシェドウはぼんやりと考える。

 ここは、レンリタウンだ。
 もう何日前だろうか、もしかしたら数週間が経っているのかもしれない。ルシェドウは19番道路の沼に浮かんでいたレイアとヒトカゲを救助し、そのまま北上してカロス最東の町レンリタウンにやってきて、そして自身の野暮用を済ませようとし、――このざまだ。
 ポケモン協会からのホログラムメールが数件届いている。ルシェドウはそれらにすべて目を通した。相方がここに来るらしい。そしてさらに、いくつかの指示もある。
 ――四つ子のトレーナーの保護。
 ミアレシティで大きな事件を起こして以来、ルシェドウの知り合いである四つ子は、ポケモン協会からマークされている。要注意人物としてだけではなく、保護対象としてもだ。
 事件を起こしたトレーナーは、必ずといっていいほど世間の誹謗中傷の対象とされ、そして場合によっては、トレーナー人生を奪われるまでにそれはエスカレートする。
 そのような事態は、ポケモン協会にとってけして望ましくはなかった。そういう理由により、ポケモン協会は四つ子を世間から守っている――具体的には、政府を経由し、メディア各社に働きかけを強めて報道を規制したり、IT企業各社に働きかけて四つ子関連のネット上の記事や投稿動画や掲示板の書き込みを削除させたり。そうして四つ子に関する言論を消し去り、人々の目に触れさせないようにして、忘れさせる。
 トレーナーの権利は、一般人の表現の自由の権利を上回るのである。
 歴代与党政府は憲法をそのように解釈しているし、国会はそのような政府解釈に則った法律を既に多数成立させているし、最高裁判所もそれらをすべて合憲だと認めている。何も問題ない――実務上は。
 さて、ルシェドウからの中間報告と、そして今回ルシェドウが巻き込まれた事件とを受けて、ポケモン協会からはさらに四つ子の保護レベルを引き上げる旨の指令が来ていた。
 四つ子をキナンシティに押し込めるのだ。
 そしてその間に、色違いのアブソルのトレーナーである榴火との接触を、再度試みる。

 ルシェドウは嘆息した。
 自分は失敗したのだ。
 榴火を信じ、そして甘く見ていた。何年か前の裁判で榴火を擁護して以来、ルシェドウは彼を見守り続けてきた。だから、榴火も当然にルシェドウに対しては心を開いてくれるものと思っていた。甘かった。
 赤い髪、そしてすれた瞳。家族から捨てられた少年を、ルシェドウはそのきっかけとなった事件の当時から守り、優れたトレーナーになるよう指南を続けてきたつもりだった。
 なのに今になって、榴火は、四つ子の片割れであるレイアを傷つけた。
 そして、ルシェドウがそのことについて、ここレンリタウンで榴火に注意すると、驚いたことに榴火はルシェドウをも殺そうとしたのだった。
 今も思い出すだけで、ルシェドウの背筋を怖気が走る。
 榴火の殺意に満ちた眼差し。
 榴火の絶叫が、耳にまざまざと蘇る。
――オマエも、オレより、アイツを選ぶんだ。
 “オマエ”とは、果たしてルシェドウなのか、それとも榴火自身の祖母や母のことか。
 “アイツ”とは、果たしてレイアなのか、それとも榴火自身の妹のことではないのか。
 榴火には、絶対的な信頼を寄せられるような大人がいない。
 ルシェドウは例の事件以来、榴火のために、自分がそのような存在になろうと努めてきた。けれど、なれなかった。結果的にはルシェドウも、榴火よりレイアを選んだからだ。
 そしてルシェドウは榴火に殺されかけた。
 仕方ない。ルシェドウはポケモン協会の職員だ。所詮は指示されたように働くことしかできない。
 けれども、ルシェドウが榴火を裏切ったことに違いはない。
 とはいえやはり、榴火が四つ子を傷つけるなら、ルシェドウは榴火と敵対してでも、被害者である四つ子を守らないわけにはいかない。


 ルシェドウは横たわったままぼやく。
「…………利益相反じゃねぇか。……もう、いやだ……」
 ポケモン協会もポケモン協会だ。
 ルシェドウにあくまで榴火の味方をさせたいのならば、ルシェドウを四つ子などに関わらせるべきではなかったのだ。――否、それは無理だ。四つ子がミアレで事件を起こした時、榴火と四つ子の接触はなかったからだ。そのような配慮などしようがなかっただろう。
 ならば、いっそのこと今後について、ルシェドウに榴火と四つ子の双方から関係を断たせるべきなのだ。それがポケモン協会のすべきことではないか。
 なのに、ポケモン協会は、今後も榴火の説得に努めよと、そうルシェドウにホログラムメールで指示してきていた。
「頭、おかしいんじゃ、ねーの…………」
 ホロキャスターを握った左手を額に当て、呻く。
 なぜ、こんなことを命じる。ルシェドウは確かに四つ子を守りたくはあったが、一方では榴火を傷つけたくもないのだ。なのになぜ、このようなことを指示して、ルシェドウを苦しめるのか。


 そのことをポケモン協会に訴えてみようかと考えながら、ルシェドウは欝々と寝台の上でまどろんでいた。両足と右腕は骨折しており、当分ルシェドウは動けないというような説明を医師から受けた。
 しかし翌日の日の暮れた後になってルシェドウの病室に現れた、ルシェドウの相方のロフェッカは、若い相方の訴えを聞いても苦笑しただけだった。
「……確かに、つれぇわな」
 金茶髪の大男は、慰めるようにルシェドウの鉄紺色の髪をぽんぽんと撫でる。
「でも、榴火の担当はお前さんだけだったろ。だから、協会としても、お前さんに榴火をなんとかしてもらう以外、手はねぇと考えたのさ」
「…………なんで? なんで俺じゃないと駄目なんかね?」
 ルシェドウは相方に気安く文句を言う。
「……協会も、まだ実力行使はしたくねぇんだろ。……お前さんが榴火との間に築いてきた信頼関係を、まだ保ちてぇっつーか……利用したいと協会は考えてんだよ」
 そう壮年の男は、ポケモン協会の意思を代弁した。
 そしてルシェドウに語りかける。
「お前さんは確かに、四つ子と榴火の間で板挟みになってる。でも、だからこそお前さんには、榴火を説得して回心させる可能性があるんじゃねぇか。……お前さんなら、四つ子と榴火の両方を守れんだ。タブンネ」
 ロフェッカはニッと笑った。
 ルシェドウは横になったまま吹き出した。
「タブンネかよ。はあ……。……俺に、んなこと、できっかなー」
「できるだろ。四つ子のことは俺に任せといて、榴火のことだけ考えときな」
 ルシェドウは左手で眉間を揉み解した。
 ぼやいていても仕方がない、面倒な作業はまだ残っている。寝たきりでもできることはあるのだ。
「……四つ子、とりあえずレンリに集めないとなー」
「そだな。俺、ウズ殿に連絡入れとくわ」
「……ごめんな、ロフェッカ」
「気にすんなや」
 ロフェッカは笑顔で病室から出ていった。四つ子の養親に連絡を入れるためだ。
 ルシェドウも、私用のホロキャスターを手に取った。


 ルシェドウはモチヅキを呼び出す。
 夜だった。
 病室の窓から見える登りかけの月は、じきに満ちる。窓ガラス越しに、微かに滝の流れ落ちる音が聞こえてくる。
 何も考えずに電話をかけたが、呼び出し音は数秒とも続かず、モチヅキが応答した。
『何か?』
 さっそく、そのような不機嫌な声が漏れてくる。立体映像として映し出されるモチヅキの顔も相変わらずの仏頂面だ。ルシェドウは密やかに笑った。
「……どもー、モチヅキさん。フウジョタウン以来っすねー」
『何用だ』
「モチヅキさんさぁ、四つ子と連絡つく?」
『無理だ』
「……一瞬、『無論だ』って仰った気がしたけど、気のせいかー。……え、じゃああんた、いつもどうやってサクヤと待ち合わせしてんだよ?」
『切るぞ』
「ごめん待ってちょっと待って」
 ルシェドウは寝台に横たわったまま唸る。
「……あのさ、タテシバのこと、謝るからさ、ちょっと四つ子をレンリに集めてくんない?」
『意味が分からぬ。まともに話せ』
「――俺、榴火に殺されかけた。いま、病院」
 ルシェドウが一息でそう言い切ると、モチヅキからは沈黙が返ってきた。
 そよ風のような、微かな溜息が聞こえてきた気がした。立体映像が微かに揺らぐ。
 モチヅキが低く、穏やかな、憐れむような声音になった。
『……あの子供には、哀れなことだ』
「だよね。だから、モチヅキさん、頼むから頑張って四つ子をレンリに集めてください。あいつらには俺が全部話すから。ポケモン協会の指示で、四つ子にはミアレ経由でキナンに籠ってもらうことになった」
 モチヅキは嘆息しつつ、捜してみよう、と映像の中で頷いた。
 ルシェドウも静かに礼を言う。
「どうもすみません、お手数をおかけします。……だからさ、モチヅキさん、ほんと色々ごめんそしてありがとう」
『まともに喋れぬのか。頭を打ったか』
「頭は無事なはずなんだけどなー。……今は俺、榴火のこと、何とかしなくちゃだから。四つ子のことは頼みます」
 それから二言三言、ルシェドウとモチヅキはホロキャスター越しに言葉を交わし、通話を終えた。
 一仕事終えて、ルシェドウはぽんとホロキャスターを投げ出した。寝台の上で目を閉じる。
 滝の音が聞こえる。
 傷ついた赤髪の少年を思う。
 もう、レンリを出てしまっただろうか。
 彼は今、アブソルと共に何をしているのだろう。
 相変わらず居場所を求めて、彷徨っているのだろうか――。





 ヒトカゲを脇に抱えた赤いピアスのレイアと、ピカチュウを肩に乗せたセッカの二人がレンリタウンのポケモンセンターに入ると、フシギダネを頭に乗せた緑の被衣のキョウキと、ゼニガメを両腕で抱えた青い領巾のサクヤの二人が、ロビーで二人を出迎えた。
 四つ子のミアレシティ以来の再会である。
「よう」
「ああ」
「きょっきょ――しゃくや――会いたかったよぉ――っ!!!」
「うるさい」
 四つ子の再会は、約一名やポケモンたちを除いて淡泊なものだった。
 ヒトカゲとフシギダネとピカチュウとゼニガメの四匹は床に降り立って再会を喜び、さっそくじゃれつき合っている。
 彼らのトレーナーである袴ブーツの四つ子は、四人ともロビーに円になって立ったまま、同じ顔を見合わせた。
 通信手段を一切持たない四つ子には、離れて旅をする片割れたちの動向など掴みようがない。しかし掴みようがないにもかかわらず、なぜか四つ子は、片割れたちに会いたいと思いながら気の向くまま移動すれば、必ずその通りに片割れたちに会うことができた。これは四つ子七不思議のひとつである。
 だから、今さらいちいち再会を喜び合うことはない。
 しかし、なぜ今ここで再会に至ったのかは誰にもわかっていなかった。
 赤いピアスのレイアが腕を組み、唸る。
「……で?」
 緑の被衣のキョウキが笑顔で首を傾げる。
「えっと、僕僕組はイーブイ進化計画は完遂したよ」
 セッカが元気よく飛び跳ねながら手を挙げる。
「こっちも全部うまくいったよ! あのね、モチヅキさんに言われてレンリに来たよ!」
 青い領巾のサクヤがわずかに顎を上げた。
「…………こっちは、ゴジカさんの占いで、レンリに来た」
 四つ子は顔を見合わせる。一斉に首をこてんと傾げた。
「あ?」
「ん?」
「へ?」
「は?」
「おーい、大丈夫か、ガキども」
 大男の呑気な声に、四つ子は揃ってポケモンセンターのロビーの奥を見やった。
「よっ、四つ子」
 金茶髪の髭面のロフェッカである。ポケモン協会の腕章をつけた手を軽く挙げ、にやにやと笑って四つ子を見ていた。
 四つ子は目を剝いた。
「おっさん……!」
「やあ、ロフェッカ」
「きゃ――っおっさんよ――っ!」
「セッカうるさい」
 レイアが顔を顰め、キョウキがほやほやと笑い、ぴゃいぴゃいと騒ぐセッカをサクヤが小突く。
 ロフェッカはソファから立ち上がり、四人の前までやってきた。肩を竦める。
「ルシェドウに呼ばれて来たんだろ? 長旅ごくろーさん。これ、差し入れな」
 ロフェッカは四つ子にそれぞれ一本ずつ、おいしい水のボトルを差し出した。四つ子は素直にそれを受け取り、蓋を開けるとそれぞれの相棒にボトルを渡した。ヒトカゲとフシギダネとピカチュウとゼニガメが美味そうに喉を鳴らして水を飲む。
 それを微笑ましく見守ってから、四つ子は顔を上げた。
「ルシェドウが呼んでんの?」
「おう――って、知らんのかい! どうやってお前らレンリ来たんだよ……。まあいいわ。あいつ今、ホテル・レンリにいるから。あと、ウズ殿もいらっしゃる。ポケセンでの用事が済んだら、ルシェドウんとこ連れてってやるが」
 四つ子は顔を見合わせ、四人とも首を振った。レイアが代表して口を開く。
「用事は特にねぇが」
「おっしゃ、じゃあホテル・レンリに行くか」
 そうして四つ子は、おいしい水を飲んでいる相棒をそれぞれそっと拾い上げると、ロフェッカに連れられてポケモンセンターから出ていった。
 セッカがポケモンセンター内の掲示板に、セーラの姉である政治家のローザのポスターを見つけてはぷぎゃぷぎゃと騒いでいた。


 レンリの名物である瀑布を左手に眺めつつ、美しく澄んだ川を橋で渡り、ロフェッカと四つ子はホテル・レンリに辿り着いた。
 ロフェッカはホテルのフロントを素通りしてエレベーターに乗る。そこで、ピカチュウを肩に乗せたセッカが質問した。
「ウズは? ウズは?」
「ウズ殿もここに部屋をとってらっしゃる。が、まずはルシェドウだ」
「ルシェドウかぁ。俺はトキサの謹慎期間以来だなぁ、ルシェドウに会うのは」
 セッカがぼやくと、フシギダネを頭に乗せたキョウキも頷いた。
「僕もそうだな。レイアとサクヤは、そのあとルシェドウさんに会ったことあるんだっけ?」
「俺とサクヤはフウジョタウンと、あと俺は、最後にこのレンリでも会ったな。例のアブソルの件で」
 ヒトカゲを抱えたレイアが苦々しげに吐き捨てる。そのまま黙り込んだ。
 他の片割れたちが軽く戸惑っていると、エレベーターが停止した。
「ほれほれ、ついてこい」
 ロフェッカは四つ子をとある一室の前まで連れて行った。そして懐から鍵を出し、シングルルームの扉を押し開けた。


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