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  [No.1429] 滝の音の聞こえる場所5 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/30(Mon) 20:29:50   35clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



滝の音の聞こえる場所5



 ロフェッカに連れられて四つ子がホテルのシングルルームにぞろぞろと踏み込むと、ベッドの上に、鉄紺色の髪を下ろしたルシェドウが横たわっていた。
 ルシェドウは相方と四つ子の計五名を枕の上から見上げると、にこりと笑う。
「はい、お疲れー。ようこそレンリへ」
「……いや、お前、何してんの?」
 呆れたように言い捨てたのは、ヒトカゲを脇に抱えたレイアである。顔を引き攣らせ、横になったままのルシェドウをまっすぐに見下ろした。
 ぞろぞろとルシェドウを取り囲むように四つ子がポジショニングを定めると、フシギダネを頭に乗せたキョウキがほやほやと笑った。
「あちゃあ。これは重傷ですね、ルシェドウさん」
「ほんと、どーしたの、ルシェドウ!? 怪我したの!? ミアレガレット食ってモーモーミルク飲むと、マジでめっちゃ治るぞ!!? 俺もそれで火傷治したもん!!」
「セッカうるさい」
 ピカチュウを肩に乗せたセッカがぴゃあぴゃあと騒ぐのを、ゼニガメを抱えたサクヤが窘める。
 ルシェドウはそれを聞いて頬を緩めた。ロフェッカに向かって甘えたような声を出す。
「ミアレガレットとモーモーミルク、食いたいなぁ」
「……いや、俺は確かにこれからミアレに行きますけどね。でもそこからキナン直行なんすけどね」
 ロフェッカが頭を掻いた。
 そしてルシェドウは四つ子を見やった。
「はい、茶番おしまい。――ってわけで、四つ子にはキナンシティへ行ってもらうぞー」
「おい……待てよ」
 しかしレイアが遮るのにも構わず、寝台の上に横たわるルシェドウは、四つ子に今回のキナン行きの概要を淀みなく説明した。
「色違いのアブソルを連れたトレーナー……榴火っていうんだけど、四つ子はどうもそいつに付きまとわれてるみたいなんだ。その榴火がちょっと危険人物だから、四つ子には、しばらくキナンでゆっくりしてもらう。ウズさんやロフェッカも一緒だ」
 サクヤが眉を顰める。
「どの程度の期間だ」
「一、二ヶ月間くらいかな。まあ、キナンにはバトルハウスもあるし、飽きることはないと思うよ。その間の生活費は、特別にポケモン協会が支給するし。バトルの盛んな場所だから、いい稼ぎ時にもなるんじゃねーかなー」
 そうルシェドウは緩い口調で、キナン籠りの利点をプレゼンした。しかし横になったまま喋っているので、いつもより声に張りがない。
 キナン行きの話は、四つ子にとってほとんど寝耳に水だった。しかしそのように利点を挙げられれば、強いて否やを唱えることもない。キョウキとセッカとサクヤの三人は顔を見合わせ、そして誰からも不満が漏れないのを確かめ合った。
 しかし三人は、唯一視線の合わなかった片割れを見つめた。


 レイアは、横たわる友人をその枕元でじっと睨みつけていた。
 ルシェドウが剽軽に眉を上げる。
「……なに。怖いな」
「キナン行きなんざどうでもいい。……お前、何があってそんなことになってんだよ……」
 その眉間には深く皺が刻まれている。近年稀に見る、レイアの最高のしかめっ面だった。
 キョウキとセッカとサクヤの三人は、どうにもレイアの機嫌が悪いらしいことを見て取った。そして、それほどまでにレイアがルシェドウのことを大切に思っているらしいことからレイアの情緒の成長が感じられたため、三人は微笑ましく赤いピアスの片割れを見守っている。
 そのような片割れたち三人の生暖かい視線にも気づかず、レイアは傷ついた友人に詰め寄る。
「……何だ、その怪我は。……俺とこの前レンリで別れた後か? ――榴火、なのか?」
 ルシェドウは歯を見せ、にへらと笑ってみせた。
「レイア。前に俺は言ったはずだよ。何もするな、と」
「だから何だ。やっぱり榴火がやったのか」
「違うよ。“たまたま”崖崩れがあって、俺は“たまたま”それに巻き込まれたんだ」
 レイアが歯を剥き出す。
 憤怒の形相で恫喝した。
「――んな“たまたま”があってたまるか!」
 さすがのルシェドウやロフェッカも思わず目を見開き、びくりとする。
 片割れのキョウキとセッカとサクヤは涼しげな眉で、激昂するレイアを眺めていた。
「……おかしいだろ? 変だろ? なんで何もできない!?」
「できることはあるよー。これからどうにかするさ、レイア」
「何をどうするってんだ!」
「それを考えるのはてめぇじゃねーよクソガキが」
 ルシェドウも笑顔を消し、冷淡に言い放った。
 青筋をこめかみに浮き立たせたレイアがルシェドウの喉元に手を伸ばしかけるのを、慌ててロフェッカが止める。
「おい馬鹿やめろレイア! なに熱くなってんだ阿呆!」
「……腹が立つ」
 レイアはルシェドウを見下ろしながら、毒々しく笑み、吐き捨てた。
「……てめぇはクズだな。てめぇの任務に付き合わされたせいで、俺はこれまで何度も危ない目に遭ってきたし、サクヤだっていっぺん死にかけた……」
「レイアって情に篤いよなー。つまり『俺とお前は運命共同体だから、今回の榴火の件でも手伝わせてくれ』ってか? そんなの、なおさら駄目だよ。だって今回は、本当に、死んでしまうかもしれない」
「……違ぇよ」
「じゃあ何? レイアは俺に何をしてほしいの? お前は何がしたいのさ?」
「……俺は、てめぇが、信用できない」
 レイアは瞠目して、ルシェドウを睨み続けている。
 そのレイアの言葉に、ルシェドウは顔を顰めた。
「レイアの信用なんか知るかよ。そうだよ、俺はね、榴火のことも助けなくちゃならないんだ。だからレイアには悪いけれどね、俺は最後まで榴火の味方をするよ。なぜならそれが俺の責任だから」
「だから違ぇっつってんだろうが! てめぇの立場なんざ、俺だって知らねぇよ!」
「なにが言いたいんだよ、レイアは?」
「――てめぇには無理だ」
 赤いピアスを揺らし、レイアは凄絶な笑みを浮かべていた。
「無理だ。また失敗する。てめぇじゃ力不足だ。てめぇが今、榴火のとこ行ったって、何にもならねぇよ。あいつも、お前も、不幸に、なるだけだ……」
「何それ? 何の根拠があるのさ?」
「知るか!」
 レイアは吐き捨てて、大股でシングルルームから出ていった。ドアがばたんと大きな音を立てて閉められる。
 部屋の中に残されたルシェドウとロフェッカ、そしてキョウキとセッカとサクヤは首を縮めた。


 レイアの片割れの三人は肩を竦めて顔を見合わせる。
 ポケモン協会職員の二人は、大きく嘆息した後で、困り果てたように若い三人を見やった。
「……今のレイアの、どーゆー意味?」
「ああ、たぶんあいつ、ぜんぶ直感で喋ってましたね」
 フシギダネを頭に乗せたキョウキが、ほやほやとした笑みを浮かべながら答えた。
「ねえルシェドウさん。僕ら四つ子には、貴方は信用できません。貴方の能力も、人柄も、立場も、いずれも信頼に値しない」
「厳しいねー」
「でしょうね。で、貴方の榴火を守らなければならないという立場について言うならば、もちろん僕らは、榴火というトレーナーを守るよりも罰してほしいと考えている。でもね、勘違いしないでくださいね」
 そこにセッカとサクヤが順番に付け加える。
「榴火も家族に捨てられたんだって? なら、まだ俺らにも、同情の余地はあるっつーか」
「違うぞセッカ。……貴様のような甘い人間に、榴火を変えられるとは到底思えん。レイアが言いたいのはそういうことだ」
 その片割れたち三人による解説を受けても、ルシェドウはまだ枕の上で顔を顰めていた。
「……よくわかんないな。俺じゃ何が駄目だって? 能力? 人柄? それとも立場?」
「貴方は、貴方の能力や人柄に見合った立場に立ててないんですよ。――だからねぇ、ルシェドウさん。貴方はなぜ、榴火を守りたいんですか?」
 キョウキが笑顔でルシェドウの顔を覗き込んでいる。
 ルシェドウはちらりと視線を相方に投げた。
 ロフェッカは黙っていた。
 ルシェドウは視線を戻し、溜息をつく。
「……榴火を裁判で庇ったの、俺だし、それ以来あいつを見守ってきたのも俺だから」
「所詮ただの立場だろうが。動機も。目的も」
 ゼニガメを両手で抱えたサクヤが、冷ややかな声で言い放つ。その声音はモチヅキのものにも似ていた。
「貴様が榴火というトレーナーにどういう感情を負っていようが、同情だけではどうにもならない。感情で動けば、榴火と同じく、周囲のすべてを滅ぼすぞ。貴様が立場を弁えず、その人柄のために榴火を庇うなら、それだけで周囲の多くの者が傷つく。貴様にその覚悟があるかと、訊いている」
 そこにさらに、ピカチュウを肩に乗せたセッカが軽く付け加えた。
「榴火と同じとこに落っこちずに榴火を助けんのは、すっげぇ大変だと思うぞ。たぶん」
 ルシェドウは唸る。
 相手をただの友人だと思って喋った。
「……でも、榴火に必要なのは、心から信頼できる大人なんだ。仕事だって割り切ってちゃ、榴火は助けられないんだよ?」
「――だから、ルシェドウさんには無理なんですよ」
「レイアは、ルシェドウが榴火と同じになるなんて、耐えられねぇもん」
「貴様がレイアを切るなら、こちらもお前を切らせてもらう」
 キョウキとセッカとサクヤが言い添えた。
 ルシェドウはぐああと呻き、相方に気安く訴える。
「マジで利益相反なんだけど! ねえ、やっぱり俺、この件から降りたいんだけど!」
「はははは。ドンマイ」
「もうやだぁぁぁぁ……」
 ルシェドウは左手で頭を抱えていたが、ふとその左手を伸ばし、サイドテーブルからチケットケースを取った。
「……はい、とりあえずこれ。四つ子ちゃんとウズさんとロフェッカの分のチケットね。レンリ・ミアレ間の切符と、ミアレ・キナン間のTMVパス」
「おおー! てぃーえむぶい!」
 セッカが感動に打ち震えつつ、チケットケースを受け取る。
 ルシェドウはひらひらと左手を振った。
「分かった。お前らの言い分は分かった。……分かったけど、やっぱり仕事は仕事なので、ルシェドウさんに仕事さしてください。……もう仮病使おうかな。一ヶ月で右手と両足の骨折治せとか、無茶だもんな。うん、仮病使うから、お前らもキナンの旅、楽しんどいで」
「ありがとうございます」
 キョウキが笑顔で応じ、するりと部屋から出ていった。セッカとサクヤもそれに続く。
 ロフェッカは苦笑しつつ、横たわるルシェドウを見下ろした。
「マジで、仮病使うのか?」
「仮病じゃねぇだろ……マジで重傷なんだぞこっちは……」
 ルシェドウは呻いた。
 ロフェッカは相方の苦悩にひどく同情しつつ、部屋を後にした。




 キョウキとセッカとサクヤの三人は、ホテル・レンリを出ていた。一人だけどこかへ行ってしまった片割れのレイアを探すためである。
 しかし、ホテルを出たところでセッカのピカチュウが走り出し、サクヤのゼニガメが飛び出して川の流れに飛び込んでしまったため、トレーナーの三人はあてもなくのんびりと二匹のあとを追うことにした。
 ピカチュウが走り、ゼニガメが泳ぐ。
 間近で滝を眺められる高台に三人は登った。
 高台のベンチに、ヒトカゲを抱えたレイアが座り込んでいた。空間には滝の流れ落ちる音が満ちている。三人の足音もまた、滝の音に飲み込まれる。
 ピカチュウがベンチに飛び乗り、水から上がったゼニガメがそれに続いてレイアのブーツによじ登り始めたところで、ヒトカゲを抱えたレイアはのろのろと背後を振り返った。穏やかな普段の表情に戻っている。
「……ああ」
「やあ」
「れーや見っけ!」
「話は終わったぞ」
 そして片割れ三人は、有無を言わさずベンチに割り込んできた。
 四人で座ると、ベンチは狭い。四つ子は仲良く尻を寄せ合い、ぎゅう詰めになる。
 キョウキとセッカが、左右からレイアの肩に腕を回した。両側から賑やかしく話しかける。
「やあやあ、おにーさんおにーさん。お姉ちゃんでもいいけど。元気してるかい?」
「……きょっきょうぜぇ……」
「れーや見て見てー、てぃーえむぶいだよ! たとえば・まさかの・びくとりー!」
「意味がわからないぞ、お前ら」
 鬱陶しくレイアに語りかけるキョウキとセッカを、サクヤが窘めている。いつもの光景だ。
 フシギダネを膝の上に下ろし、キョウキがにこにことレイアに話しかける。
「ルシェドウさんなら大丈夫。両足と右手を骨折してるから、しばらく何もできないよ」
「……いや、そういう問題じゃ」
「なんならもっと痛めつけてくるし!」
「……やめてやれよ……」
 鼻息を荒くしたセッカにレイアがのろのろと首を振ると、セッカは素直に大きく頷いた。
「うん、やめてやる! れーやは、いい友達できてよかったな!」
「……あれが、いい友達、か?」
「知らないけど、レイアがあんだけ怒れる相手が、俺ら以外にできてよかったね」
 セッカはにこりと笑った。
 レイアは眉を顰めた。それから、一人で考えていたらしいことを吐き出す。
「…………俺らがキナンにいる間に、榴火がおとなしくなると思うか?」
「ルシェドウさんに任せてる間は無理じゃないかなぁ。あの人には無理だろう。勘だけど」
 キョウキがフシギダネの頭を撫でながら答えた。
 レイアもヒトカゲに構いながら、ぼそぼそと呟いた。
「あいつさ、榴火さぁ。こないだハクダンでも会ったんだよ。女の政治家と一緒にいた。ホープトレーナーの制服とか持ってた。……あいつ、何者なんだろうな」
「タテシバ家の長男だろう。父親はクノエの刑務所、母親は自殺、すぐ下の妹は何年も前に“事故死”、もう一人の妹は祖母と共にヒャッコク在住」
 黒髪を引っ張ろうとするゼニガメを押しのけつつ、サクヤが静かにまとめた。
 そこにキョウキが笑顔で口を挟む。
「でもさぁ、それって僕らが気にするようなことじゃないよね? 榴火は殺人鬼かもしれない。それは大人がどうにかする。僕らにできることはないし、むしろ僕らは何もするべきではない。それだけだよ」
「そーそー。大人の言う通り、キナンに籠ってればいいんだって」
 セッカが欠伸をしながら、キョウキに追随した。いかにも眠そうに、ピカチュウの毛並みを片手で撫でさすっている。
 レイアもそのセッカの欠伸に眠気を誘われながら、なおもぼそぼそと呟く。
「……大人に言われるまま、従ってていいんかな。大人の言うこと、鵜呑みにしてていいのか? ……俺は榴火に殺されかけたんだ。あいつが何をしたいのかとか、俺には知る権利があるんじゃねぇの?」
「知って何になる?」
 キョウキが気だるげに呟く。これもまた眠気を催しているようである。
 なおもレイアはぼそぼそと反駁した。
「……だって、何も知らないのは気色悪いっつーか、もやもやすんだろ。――なぜアワユキは娘を殺そうとした? なぜアワユキは自殺した? ……そういうこと考えるのって、そんなにくだらねぇことか? むしろ、大事なことなんじゃねぇの?」
「どうしてさ。他人は他人だ、関係ない。むしろだよ、そういうただの好奇心が、その人の領域を侵害して、その人を不幸にするんだよ?」
 キョウキがやんわりとレイアに再反論した。
 そこにセッカが疑問を投げた。
「確かに、好奇心で何でもかんでも覗き込むのは駄目だけどさ。でも、その人を正しく理解してあげるのって、悪いことか?」
「わあ、セッカがまともっぽい意見を言ったことに、きょっきょは感動しています」
「ありがと、きょっきょ」
「――でもね、セッカ、世の中に『正しい理解』なんてものは存在しないんだよ。なぜなら、人の主観によって認識は歪められるからね。その人ごとの様々な価値観とか先入観とか、そういったものが邪魔して、真実の姿なんてものは見つからないんだ」
「だが、自分にどのような偏見の傾向があるのかということを知るのは、大事だろう」
 さらにサクヤが静かに口を挟む。
 セッカはさっそくキョウキとサクヤの抽象的な話についていけなくなり、ぼんやりと流れ落ちる滝を眺めていた。
 キョウキが欠伸をした。
「……話が逸れたね。僕の意見を言うよ。榴火のことは無視すべきだ。とりあえずルシェドウさんのお手並み拝見、ってことで」
 レイアもセッカもサクヤも、そのキョウキの意見自体には特に異論を述べなかった。これから四人は、キナンに行くのだ。四人には榴火の件について何もしようがない。
 レイアがぼんやりと口を開く。
「……キナンで……何する?」
「まず、イーブイの進化形たちを育てなくちゃ。あの子たちはまだ原石だからね」
「向こうじゃ生活の心配しなくていいんだもんな。バトルしまくって、お金溜める? それとも、何もしない?」
「トレーナーが多く集まる場所だ……バトルハウスで他人のバトルを研究するとか……」
 しかし、四つ子はそれ以上は耐えられなかった。
 四つ子は暖かい日差しの中、滝の流れ落ちる音に包まれて、すやすやと全員で昼寝を始めた。


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