マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1430] 滝の音の聞こえる場所6 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/30(Mon) 20:31:33   26clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



滝の音の聞こえる場所6



 滝の音が聞こえる。クノエの家の庭の小滝よりも、もっと大きな音だ。
 けれど、ウズの声が聞こえる。ここはクノエだろうか。
「……これ、このような場所で寝るでない、アホ四つ子……」
 そして四つ子は一斉に覚醒した。
 そして目の前に、羽織袴姿の銀髪の養親の姿を認めて、一斉に跳び上がった。
「ぎゃあ!」
「うひゃ」
「ぷぎゃ!」
「うわあ」
 ベンチにぎゅう詰めになって惰眠を貪っていた四つ子は、口の端から零れかけていた唾液を手の甲で拭いつつ、膝の上でまどろんでいたそれぞれの相棒を抱きかかえてよろよろと立ち上がった。
 四人でまじまじと、正装をしたウズの姿を眺める。
 ウズは滝を背後に、スーツケースを足下に置き、片腕に大きな風呂敷包みを抱えて、四つ子を眺めていた。ホテルからのチェックアウトは既に済ませてきたようだ。その傍らに、大男のロフェッカが笑いながら立っている。
「おうガキども、お目覚めかぁ? いい寝顔だったなぁ、つい写真撮っちまった」
 そう笑うロフェッカの手の中には、確かに撮影機能付きのホロキャスターがあった。顔を顰めたレイアが大股でロフェッカに近づき、ホロキャスターをむしり取ろうとするも、ロフェッカは笑って逃げる。
「やめろやめろ、お前さん絶対ホロキャスター壊す気だろ!」
「滝壺に沈める!」
「やめんかい! っていうかもう遅いぜ、ルシェドウとユディ坊とモチヅキ殿のホロキャスターに、画像送信しちまったからなぁ!」
「――ざっけんな!」
 レイアが怒鳴って大男に掴みかかる。大柄なロフェッカは笑って軽くそれを受け流した。


 銀髪のウズは、無表情で四つ子を眺めていた。
 ウズと喧嘩別れをしたきりのキョウキとセッカは、さりげなく視線を滝に流した。
 小さく嘆息して、ゼニガメを抱えたサクヤが、ウズに軽く頭を下げる。
「……ウズ様。クノエからわざわざ来られたのですか。僕らのために?」
「当たり前じゃ。ロフェッカ殿がわざわざ連絡を寄越されたので、仕方なくのう」
 ウズもつんと澄ましてそのように言った。
 そっぽを向いていたセッカが、すねた口調でぼそりと呟く。
「……嫌なら来るなよ」
「当然じゃ。嫌なら来ぬ」
 ウズはそう鼻を鳴らした。
 四つ子は一斉に動きを止め、顔を上げた。
 するとウズは、片腕に抱えていた風呂敷包みを、無表情のまま四つ子に差し出した。
「ほれ、食うがいいわ。カロスの食い物は油脂分が多くて難儀するじゃろうが」
「えっ……」
「ウズ……」
「まさか」
「これは」
 四つ子はそわそわと四人で同時に手を伸ばし、風呂敷包みを解く。ヒトカゲもフシギダネもピカチュウもゼニガメも、そわそわとそれを眺めている。ロフェッカがにやつきながら私用のホロキャスターで動画を撮影していることにも、機械音痴の養親子は全く気付いていない。
 風呂敷の中から現れたのは、大きな弁当箱に詰め込まれた、大量のおにぎりだった。
 ウズもまた弁当箱の中身を覗き込みながら、一つ一つ真面目に説明する。
「これがおかか、これが昆布、これが梅、これが青菜の炊き込み……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁウズ大好きぃぃぃぃぃ――!」
 セッカが絶叫した。
 ウズの説明が終わらないうちに、四つ子はそれぞれ勝手に手を伸ばしておにぎりにかぶりつき出した。ウズは呆気にとられて、四つ子のために大きな弁当箱を支えてやりつつ、おにぎりにがっつく四つ子を眺める。
 四つ子は相棒たちにもおにぎりを分けてやりつつ、ろくに噛まずに久々の米と海苔の味を楽しんだ。
「あああああ米だ米だ米だやべぇ」
「この味、ほんと懐かしいよねぇ」
「マジでなんでウズの料理でしか食えないんだろーな! おにぎり!」
「すごく……食べたかったです……」
 そして四人揃って漬物を指でつまみ、ぽりぽりぽりぽりと齧っている。
 四つ子はとても幸せだった。ウズと喧嘩していたことなど、頭から吹き飛んでいた。四つ子はウズの料理が大好きだ。
 あっという間に、大きな弁当箱に詰め込まれていた大量のおにぎりは消えた。
 それをウズは半ば感心して眺めていた。ロフェッカはホロキャスターを覗き込みながら、これは良い動画が撮れたと会心の笑みを漏らしている。
「……相も変わらず、ええ食いっぷりじゃのう……」
「ウズ、次は味噌汁作ってくれください。マジで頼みますこの通り」
「煮物とか焼き物とか酢の物とか、うどんとか蕎麦とか、天麩羅……」
「ひややっこ! ひゃーやっこがいい! しょうが! ねぎ! しょうゆ!」
「白いご飯も食べたいです……あと納豆」
 四つ子は意地汚く指を舐めつつ、ウズにそのようにリクエストを飛ばした。
 ウズはとうとう苦笑した。
「……材料は注文してある。キナンで作ってやろう」
「やった――っ!」
 セッカが踊り狂う。ピカチュウやヒトカゲやゼニガメも上機嫌であたりを走り回った。フシギダネはウズを見上げてにっこりと笑みを浮かべる。
 ロフェッカは撮ったばかりの動画を、慣れた手つきでルシェドウとユディとモチヅキのホロキャスターに送信した。そしてその三人の反応を想像しては、さらににやにや笑いを浮かべる。
 ウズが水筒に入れてきていた熱い緑茶を、四つ子は少しずつ分け合ってコップを回して飲んだ。緑茶の優しい香りも味わいも、ひどく懐かしい。
 セッカがうふうふと幸せな声を漏らしながら、走ってきたピカチュウを持ち上げ、高い高いをする。
「ピカさん、生き返ったー!」
「ちゃあー!」
「ピカさんもウズの料理好き?」
「ぴかぁー!」
「だよなぁー!」
 レイアもヒトカゲを、キョウキもフシギダネを、サクヤもゼニガメをそれぞれ抱き上げ、懐かしい料理の味にほっこりと笑みを浮かべ合う。
 人心地ついた四つ子を、ウズは目を細めて眺めていた。
「……ほんに、元気そうじゃの」
「ウズ、あんたもな」
「キョウキとセッカと喧嘩なさったと聞いて、ひやひやしておりましたが」
 レイアとサクヤも落ち着いて笑みを浮かべる。ウズは肩を竦めた。
「まったく。今回もロフェッカ殿から連絡を頂いて、また何ぞしでかしたかと思ったわい」
「もう、何もやってないったらー……」
「アブソルに付きまとわれてるんだもん!」
 口を尖らせたキョウキとセッカにも、ウズは軽くはいはいと頷いた。
「よくよく存じとります、ロフェッカ殿に耳にたこができるほどそう聞かされました。まったく、妙なもんに好かれたのう。……まあ、ルシェドウ殿やモチヅキ殿も、おぬしらにはゆっくりせえとの仰せじゃ。大人しゅうしてもらうぞ」
「キナンに籠ってりゃいいんだろうが? キナンならバトルし放題だし、別に問題ねぇよ」
 レイアがヒトカゲの口まわりについた米粒を取ってやりながら応じる。

 キナンシティは、カロス南部の代表的な都市だ。バトルハウスが有名で、各地から腕に覚えのあるトレーナーが大勢集まってくる。ポケモンを鍛える上では文句の付けどころのない場所だろう。
 だから、四つ子は一都市に押し込められると聞いても、そこがキナンならば特に文句はなかった。衣食住はポケモン協会が保障し、そしてウズの手料理を食せるならば、ひと月といわず何ヶ月でも何年でも住み着きたいくらいである。
 しかし、当然そうはいかない。
 四つ子はこの機会を利用し、ポケモンを育て上げ、賞金を稼いで貯金することを考えていた。お金があれば、バトル以外に好きなことができる。ショッピングに外食に、勉強したりゲームをしたり、様々な趣味の扉を開くことが可能になるのだ。
 バトル以外の道を見つけるためにも、キナンにいる間はバトルに打ち込む心づもりである。昼寝をしている間に、四つ子の野望はどういう原理でか共有されていた。これもまた四つ子七不思議のひとつである。
 ウズは笑った。
「腹が落ち着いたら、そろそろキナンへ行くかの?」
 四つ子は頷きかけ――そこでセッカがレイアに向かってぴゃあと叫び出した。
「れーや! れーやれーやれーや!」
「なっ……なんだよ」
「ルシェドウはあのままでいいの!?」
「あっ…………」
 セッカの指摘にレイアが顔を歪める。先ほどホテルでルシェドウに怒鳴るだけ怒鳴り散らし、そしてレイアはホテルを飛び出してきたきりだったのである。
 それにはロフェッカがにやりと笑った。
「いや、どうやら大丈夫っぽいぞ」
 にやにや笑いながら、大男は四つ子の方にホロキャスターを差し出した。一件のホログラムメールを映し出す。
 ルシェドウからのメッセージが入っていた。
『おにぎりを一心不乱に食ってる四つ子、超かわいかったです。これからも、一日に、いち四つ子ください』
「っつーわけでキナンにいる間に俺、四つ子の成長記録、毎日撮ってくから」
 そのように笑うロフェッカに、レイアの激しい怒鳴り声やら、キョウキの笑顔での罵声やら、セッカのぴゃあぴゃあ喧しい喚き声やら、サクヤの無言の肩パンが襲い掛かったのは言うまでもない。
 しかしロフェッカの次なる一言で、四つ子は完全に沈黙した。
「ちなみに、ユディ坊とモチヅキ殿からも似たようなメール来たから」


 そして高台にあるレンリステーションの改札を通り、六人は列車に乗り込んだ。
 実は四つ子にとっては、生まれて初めての列車だった。座席に膝をつき、窓に張り付く。
 電車は揺れ、西へ向けて滑り出す。
 滝の音が遠く離れていった。


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