マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1435] 優しく甘い 夜 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/04(Fri) 20:31:30   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



優しく甘い 夜



 バトルハウスでの勝ち抜き戦は、四つ子にとっては、慣れない雰囲気だった。
 カロスリーグともまた違う、この空気。屋内であることによる密閉感、圧迫感、観客との近さ。
 リーグよりも、まさに見世物の色が強い。
 ある意味では、カロスリーグよりもプレッシャーは強いかもしれない。
 であるからこそ、大階段の踊り場に上がるトレーナーはいずれも一流だということが窺い知れた。トレーナーは指示のミスなどしない。そしてポケモンの指示に対する反応も的確だ。凡ミス、というものがないのだ。
 余裕の見られるバトルだった。
 トレーナー達は簡単そうに、状況を見極め、冷静に指示を出す。ポケモンたちも、ごく当たり前のように戦い続ける。
 簡単そうに見えるが、的確な指示と動作というトレーナーとポケモンの一連の動き、それはとても難しい。レイアもキョウキもセッカもサクヤも、立ったまま観客席の手すりを握り、無表情で階下のバトルを睨んでいた。無心にバトルを観察していた。ここで繰り広げられるのは、まさしく極上の試合だった。

 あのようなバトルが、レイアやキョウキやセッカやサクヤにもできるだろうか。
 カロスリーグで戦い抜く実力がある四つ子ならば、できるかもしれない。
 踊り場には、様々なポケモンが繰り出された。
 ドードリオ、ギルガルド、ネンドール、ノコッチ、デスカーン、クチート、ドリュウズ、メガニウム、レントラー、ブルンゲル、カイリュー、ピクシー、ルチャブル、ヌオー。
 そういったポケモンが現れては、技を繰り出し合い、勝利の咆哮を上げ、あるいは力尽き、入れ代わり立ち代わりボールの中から現れる。
 四つ子の初めて見るポケモンも大勢出てきた。そういったポケモンの名前やタイプ、特性などは、ロフェッカが教えてくれた。初めて見るポケモン、初めて戦うポケモンといきなりバトルの場で相対したとき、果たして四つ子は冷静に正しい指示を飛ばせるだろうか。
 そう、出場しているトレーナーは皆、知識が豊富だった。どのようなポケモンが出てきても、そのポケモンのタイプが何で、弱点が何で、どのような技を使ってくるのか、すべて知っているようなのである。そしてすべて予定調和だとでもいうように、当たり前のように勝ち進み、当たり前のように敗れ去る。そこに新人トレーナーのような感情の浮き沈みはない。
 だから、観客も安心して純粋にバトルだけを楽しめる。
 ここはバトルのための施設。何年もここに入り浸り、毎日のように戦いに明け暮れる猛者もいる。そのようなトレーナー相手に、ぽっと出の四つ子がどこまで戦い抜けるか。
 四つ子は、黙ってバトルを睨んでいた。
 ヒトカゲもフシギダネもピカチュウもゼニガメも、四つ子の腕の中に納まって、じっとバトルを見下ろしていた。



 何時間、経っただろうか。
 夜もだいぶ更けたはずだ。
 バトルごとに挟まれる五分間の休憩時間に、何度かウズやロフェッカがそろそろこの場を後にしたいと言い出した。しかし四つ子は何かと理由をつけてだらだらと居残っていた――次にフェアリータイプが出てきたら終わりにするから。あと三十分。お願い、あと一試合だけ見さして。
 そうして、四つ子はクイタランとライボルトのバトルを見ていた。
 双方のトレーナーの、いずれも最後のポケモンである。時間的にももうこれ以上は粘れない。四つ子の後方では椅子に腰かけた養親のウズが居眠りをしかけ、ロフェッカがそろそろ無表情になってきている。クイタランかライボルトか、いずれかが倒れたら、四つ子はもうバトルハウスを出なければならなかった。
 クイタランに食いついたライボルトを、クイタランが腕で押さえつけ、至近距離から高熱の炎を吹きかける。ライボルトが悲鳴を上げる。しかし悲鳴を上げつつも、なかなか気を失わなかった。
 それは長く続いた。
 さすがの四つ子も揃って顔を顰めた。四人は性格はバラバラでも、ポケモンを大切に思う気持ちは同じだ。――何をしている、ライボルトはもう戦えないはずなのに、なぜクイタランはライボルトを早く倒しきってしまわないのか。周囲の観客も眉を顰めたり、顔を背けたりしている。
 たまに、こういうことがあった。
 バトルハウスで繰り広げられるバトルは激しく、厳しい。敗れ去るトレーナーは数多くいる。そうなると誰に対して恨みを抱いたものか、嫌がらせのようなバトルをするトレーナーが現れる。
 バトルハウスは、観戦を楽しむための場所でもある。しかし、バトルを行うのはほとんどが一般のトレーナーだった。サービス精神などというものはほとんど望みえない。あまりに度が過ぎたバトルはバトルハウスの運営側がさすがに止めに入るが、まれにこのような、洒落にならない残酷な戦いをする者が踊り場に現れるのだ。
 このバトルでも、さすがに、審判が動きかけた。
 その審判の動きを見てか、クイタランが火力を強め、ライボルトを沈めた。それは見るも無残な焼け焦げの姿だった。
 紫の大広間が、しんと静まる。白けた、とでもいうのか。
 クイタランのトレーナーである中年の女性トレーナーは、まったく悪びれた様子がなかった。当たり前のようにクイタランをボールに戻している。
 審判がクイタランのトレーナーに近づきかける。しかし、一歩遅かった。
 踊り場に、闖入者があった。

「――このっ、鬼畜が!!」
 二階の観客席から転がるように降りてきた長身の青年が、クイタランのトレーナーにつかみかかる。クイタランのトレーナーが悲鳴を上げる。慌てて審判が二人を引き離そうとした。
 観客席では戸惑いのざわめきが広がり、大きくなる。
 短い茶髪の青年が、踊り場で喚いている。
「……このっ、お前のようなトレーナーが! お前みたいなトレーナーがいるから! ポケモンが傷つくんだ! トレーナーやめろ! ポケモンはみんな解放しろ!!」
 しかし、その青年の声に対して、観客席からさらにヤジが飛んできた。
「うっせぇ! 反ポケモン派は出てけ! ポケモン愛護団体は出てけ! バトルハウスに来んなっ!!」
 そのトレーナーによる激しいヤジに、周辺にいたトレーナーたちがそうだそうだと同調する。
 先ほどまでは、惨いバトルを見せたクイタランのトレーナーへの非難が空気を支配していたというのに、あっという間に非難の矛先は青年に向いてしまっている。
 四つ子には訳が分からない。
 騒ぎの中を、こそこそとクイタランのトレーナーは抜け出そうとしているし、踊り場の長身の青年に向かって怒り狂った熱狂的なトレーナーが群がっているし、バトルハウスの広間は混乱の様相を呈していた。
 四つ子は困り果てて、後ろのウズとロフェッカを振り返った。
 ウズは眠そうな目をこすっており、ロフェッカは肩を竦めただけだった。バトルハウスから出ようにも、階下へ降りるための大階段は暴徒に占領されている。
 喧騒はバトルハウスを揺るがし、人々とポケモンはもみくちゃになり、混沌と化す。


 その時、二階の奥の大扉が、バンと開かれた。
 一般のトレーナーのための控室ではない。四つ子が観戦を始めてからは、今まで開かれたことのない扉だった。
 大扉の中から、緑、赤、青、黄のドレスを纏った女城主が現れる。
 途端に、踊り場に殺到していたトレーナー達の中からいくつもいくつも、熱狂的な声援が飛んだ。
「うおおおおおおっ、ルミタン様ァァァァ――っ!!」
「ラジュルネ様ぁぁあああおおおおおおおお」
「ルスワール嬢っ! ルスワール嬢のお出ましじゃああああ――っ!」
「ぐっほぉぉぉぉぉラニュイた――ん! ラニュイたんこっち向いて――ッ!!」
 待ってましたとばかりに、太い男の声がいくつも響く。
 ルミタン、ラジュルネ、ルスワール、ラニュイ。それぞれ緑のドレス、赤のドレス、青のドレス、黄のドレスを身にまとった、このバトルハウスの支配者然とした彼女たちの名だろう。

 緑のドレスを纏った長女のルミタンが、ふわりと微笑む。
「こんばんは。皆様、本日もバトルハウスばご贔屓くださり、ありがとうございます」
「ルミタン様も今日もありがとぉぉぉぉ――!!」
「感激じゃ、感涙じゃああああ!」
 男たちが叫んだ。

 赤のドレスを纏った次女のラジュルネが、眉を顰める。
「まったく、何の騒ぎかしらっ!? このバトルハウスに乱闘はご法度だと、ご存知!!?」
「申し訳ありませぇぇんラジュルネ様ぁぁっ」
「踏んでくださいっ」
 男たちが叫んだ。

 青のドレスを纏った三女のルスワールが、もじもじと手指を弄ぶ。
「あっ、あの……えっ、えと、そのう……みっ、皆さん仲良くしてくださぁいっ!! ……あ、あうぅ」
「了解ですぞルスワール嬢!」
「ルスワール様こっち見てェェェェッ!」
 男たちが叫んだ。

 黄のドレスを纏った四女のラニュイが、きゅるんとポーズを決めた。
「ぺろぺろりーん! ラニュイだよー! あんねー、ケンカしたらあかんよー!」
「はいもうケンカしませんっ」
「ラニュイ様の仰せのままにィ――!!」
 男たちが叫んだ。

 魅惑的な四姉妹が奥から登場しただけで、大広間にいたほとんどのトレーナー達の統制がとれてしまった。
 ぼろぼろになった、最初にクイタランのトレーナーにつかみかかった長身の青年が、よろよろと人混みの中から抜け出す。しかし、ドレス姿の四姉妹の登場に心を奪われたトレーナー達は気にも留めない。青年はとぼとぼと大広間を抜け出した。
 ロフェッカが四姉妹を見つめたまま、にやりと笑う。四つ子の肩を順に叩いていった。
「……ほれ、よく見とけ。あのお嬢さん方がこのバトルハウスの主、バトルシャトレーヌのご面々だ」
 ヒトカゲを抱えた赤いピアスのレイアも、フシギダネを抱えた緑の被衣のキョウキも、ピカチュウを抱えたセッカも、ゼニガメを抱えた青い領巾のサクヤも、言われるまでもなくその四姉妹を見つめていた。
 華やかな四姉妹だった。
 微笑を浮かべているルミタン、まなじりを吊り上げているラジュルネ、オドオドしっ放しのルスワール、自由奔放なラニュイ。
 そのバトルの腕だけでなく、華やかな外見や人柄によって多くのトレーナーを引きつける。まさにキナンの華。
 その魅力で、バトルハウスというこの狭い空間すべてを味方につけてしまう。
 恐ろしい、と四つ子は思った。
 彼女は半ば見世物として生きている。その中で輝く強さを誇っている。
 しかし四つ子が四姉妹に見入っていると、ロフェッカに背中を押され、四つ子はそそくさと階下へ降り、バトルハウスから抜け出させられた。



 バトルハウスの外は、冷えていた。さすがに夜も遅いのか、喧騒は静まっている。
 ピカチュウを肩に乗せたセッカがぷぎゃぷぎゃと語る。
「バトルシャトレーヌって四姉妹なんだな。でもみんな髪と目の色が違ったな。四卵性かな?」
 フシギダネを頭に乗せたキョウキが小さく笑う。
「彼女たちは四つ子じゃないから、四卵性なのは当たり前だよ」
「俺らは一卵性の四つ子だもんなー!」
 セッカがえへへと笑ってキョウキにくっつく。
 キョウキもまんざらでもなさそうにセッカにくっつかれながら、ヒトカゲを脇に抱えたレイアと、両腕でゼニガメを抱えたサクヤとを振り返った。
「どうだった? 二人はバトルハウスで勝ち抜けそう?」
「……まだ厳しいかもな。一人じゃ」
「シングル、ダブル、トリプル、ローテーションは一人で挑戦するらしい。だが、二人でマルチに挑戦することもできるようだ」
 レイアが苦々しげに吐き捨て、サクヤがいつの間にか仕入れてきた知識を披露する。すると、キョウキにくっついていたセッカが元気よく叫んだ。
「じゃあさ、まずはマルチに挑戦しよう! ブイちゃんたちが強くなったら、一人ずつで戦うの!」
 四つ子の手持ちには、タマゴから孵って間もないポケモンが二匹ずついた。その二匹を育てない限り、あのような厳しい勝ち抜き戦には耐えられないだろうという結論に四つ子は達する。
 セッカが鼻息を荒くする。
「――んで、めっちゃ稼ぐ!」
「……気合入ってるとこ悪いが、バトルハウスじゃ賞金は貰えねーぞ?」
 そこにロフェッカが苦笑しながら口を挟んだ。
 せっかく意欲を燃やしかけていた四つ子は、急激に意気消沈した。燃え尽きた灰のような顔になった。
 しょんぼりとする四つ子に、ロフェッカは慌てて取り繕う。
「い、いや、何も貰えねぇわけじゃなくて――ああもう、説明は後だ、あと! ウズ殿が眠りかけてる!」
 そこで四つ子はようやく、キナンまでついてきてくれた養親の存在を思い出した。
 銀髪のウズは、ロフェッカにもたれかかってうつらうつらとしていた。ロフェッカが苦笑する。
「んじゃ、もう今日はお前らがこれから暮らす家まで案内して、それで寝るから。キナンの事なら何でも明日話してやるから、な?」
 そう適当に言いやって、ロフェッカはウズとウズの荷物を引きずりつつ、居住区の方へと歩いていった。
 レイアのヒトカゲも、キョウキのフシギダネも、セッカのピカチュウも、サクヤのゼニガメも、興奮しすぎたせいか疲れて目をとろんとさせている。四つ子自身も眠くなってきた。
 四つ子は互いに手を繋いで、ふらふらとロフェッカのあとを追う。



 居住区に立ち並ぶ別荘の一つの前で、ロフェッカは立ち止まった。なにやら鍵を懐から取り出して、別荘の扉を開けようとしているのだった。
 四つ子は眠い頭の中で、まさか別荘に滞在することになろうとは思わなかった、とぼんやりと思った。しかしもう眠い。今朝レンリに辿り着き、そしてレンリからミアレまで列車に乗り、ミアレからキナンにTMVでやってきて、そして何時間も激しいバトルを観戦して。疲労は溜まりに溜まっている。
 ロフェッカに世話を焼かれつつ、四つ子は夢うつつで歯を磨き、軽くシャワーを四人まとめて浴び、そして二階のダブルベッドに四人でダイブした。仲良くくっつき合って眠る。
 四つ子はひどく眠かった。
 だから、二階の部屋の窓のカーテンの隙間から、男がその部屋の中を覗き込んでいることに気付いても、無視して眠った。一晩眠れば忘れてしまうであろう程に、まったく気にも留めなかった。


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