マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1439] 陽 下 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/04(Fri) 20:40:16   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



陽 下



 バトルハウスで一番楽なのは、18戦目と19戦目だ。
 それは、バトルシャトレーヌの登場を心待ちにする観客がこぞって連勝中の挑戦者の応援をしてくれるためだ。どうせ20戦目となれば手の平を返したように挑戦者側を攻撃するに決まっているのだが、広くはない会場で満場の応援を受ければさすがに心強い。
 勝負の相手もどこかやる気がない。熱狂的な観客の分かりやすすぎる空気を読むならば、ここは負けなければならないのだ。
 19戦目はただの前座に過ぎなかった。
「……あーほんと、やる気ねぇ奴を相手にするほど、つまんねぇことはねぇよな」
「ほんと頭が戦闘民族だね、君は」
「ま、その分、次は楽しめそうだがな」
「楽しいどころか、厳しいだろ。なにせ会場全体が敵なんだからさ……」
 赤いピアスのレイアと緑の被衣のキョウキは、ろくにポケモンに指示も下さずのんびりとぼやき合っているだけで、19連勝を果たした。ヒトカゲがレイアの腕の中に飛びつき、フシギダネがキョウキを見上げてにこりと笑う。二匹ともろくに体力を削られていなかった。
 レイアがにやにやと笑いながら肩を竦める。
「19連勝、か」
「だねぇ。次が大本命だ」
 キョウキもふわりと微笑む。
 からんからんとベルが鳴り、休憩時間に入る。マルチバトルの会場である大広間のざわめきはいよいよ大きく、他のルールのバトルが行われる広間からもさらに客が集まってきている。
 次のバトルに、バトルシャトレーヌが登場するためだ。


 そして赤いピアスのレイアと緑の被衣のキョウキは、大階段の踊り場の手すりにもたれかかって休んでいる。軽食をつまむこともできるが、そのような気にはならない。ここで負ければ、またこの雰囲気の悪い賭場で19戦もしなければならないのだ。二人とも集中していた。
 バトルハウス内は相変わらず、騒がしい。
 相も変わらず煙草臭いし、昼間からどことなく酒臭いし、コインをやり取りする音が休憩時間ごとにいやに耳につく。
 そして暑い。静かに座って見物しているだけの観光客にとってはちょうどいい室温なのだろうが、踊り場で激しい戦闘に指示を下すトレーナーにとっては暑くてたまらない。室温からも、この施設が誰のためのものなのかが窺い知れる。
 そして今や、その熱気はさらに高まりつつあった。
 19連勝。
 もちろん、19回ものバトルを連続で行ったわけではない。数日間にわたって挑戦を続けた結果、通算で19連勝をしただけのことだ。
 レイアは額の汗を拭う。キョウキもぱたぱたと手で顔を仰ぐ。
「あー、周りの人間すべてが敵って、こういう状況かよ」
「いわゆる四面楚歌だね。レイア、緊張してる?」
「わかんね。緊張する気も失せたわ」
「やる気あるのかい?」
「実を言うとあんまない」
「なんで。次の相手は美人なのに」
 キョウキが笑顔で問いかけると、レイアが溜息をついた。
「……俺はさぁ。女は清純派、男は爽やか系が好みなわけ」
「ほうほう。知ってた」
「でもさぁ、ぶっちゃけ、シャトレーヌって、なんか違くね?」
「お前の好みじゃないってわけだ」
「あざといっつーか……自分を見世物にしてるような女だぞ? どういう神経してんだよ。俺にはマジで無理」
「あんま大きい声では話せないね……」
「アイドルとして偶像崇拝の対象にすんならまだ分かるけどよ。ああでも分かんね、シャトレーヌってどういう気持ちでバトルやってるわけ?」
「彼女たちはきっと、純粋にバトルを楽しんでるんだよ。そして見られることを楽しんでもいる」
 キョウキは囁いた。回復の終わったフシギダネを受け取る。
 レイアもヒトカゲを脇に抱えつつ、顔を顰めた。
「……変態か」
「常人ではないってことさ。並ならぬ精神力だ。彼女たちから得るものは大きいだろう」


 20戦目。
 アナウンスが響き渡る。その瞬間、しんと大広間が静まり返った。
「バトルシャトレーヌ、ルスワール様&ラニュイ様、コンビの登場です!」
 広間奥の大扉が、開かれる。
 男たちの絶叫が響き渡った。
「うおおおおぉぉぉぉっ、ルスワール様ァァァァァァッ!!」
「ラニュイたぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
 青と黄のドレスを纏った二人の姉妹が、登場とともにくるくると回転しポーズを決める。男たちの歓喜にむせび泣く声が聞こえてきた。
「ああっ、ついにルスワール殿を拝めるこの日が来たのかっ」
「ラニュイたん超絶かわいいハアハアハアハア」
 レイアとキョウキは、大階段を下りてくる二人のバトルシャトレーヌを苦笑して見つめていた。
「……やべぇ、勝てる気がしねぇわ」
「……僕はどちらかというと、勝っても嬉しくないかも」

 青いドレスのルスワール、黄色いドレスのラニュイが二人の前に現れる。
「ぺろぺろりーん! ラニュイだよー! ようこそ! バトルハウスへー! ……んー、えっとー、なんやっけー、ルスワールおねーちゃん?」
「じ、じっ、自己紹介ば、せんと……」
「バトルシャトレーヌ四姉妹の末っ子! ラニュイばいー! いつもはシングルバトルを担当しとるよー! でも今日はー、ルスワールおねーちゃんとマルチバトルしちゃうばいー!」
 ラニュイが元気いっぱいに自己紹介する。
 しかしその隣のルスワールは、いつまでももじもじしていた。ラニュイが首を傾げる。
「あれー? ルスワールおねーちゃんは、自己紹介せんのー?」
「ご、ごっ、ごめんね……ラニュイちゃん……あっあの、うちはルスワールです……。よっ、四人姉妹の三番目で……ふっ、普段はダブルバトルの担当しとります……」
「――ってスキありー!! てやーっ!!」
 ラニュイがルスワールの自己紹介に割り込み、モンスターボールを放った。レイアとキョウキが自己紹介をする暇もなかった。
 ラニュイの投げたボールから、プクリンが現れる。
 妹に置いていかれたルスワールはかわいそうなほど戸惑っていた。しかし思い切ったようにボールを投げる。パチリスが現れる。
 男たちの歓声はひときわ高い。
 レイアとキョウキは、げんなりした顔を見合わせた。同時に肩を竦め合う。
「……デジャヴっつーの? この、下二人っつー不安感がさ……」
「確かに、この黄色と青っていう配色を見てると、誰かさん二人を思い出すというか」
 そのとき、二階の観客席から黄色い声援が飛んできた。
「れーや――! きょっきょ――! ばーんーがーれ――っ!!」
 その素晴らしいタイミングに、レイアとキョウキは同時に吹き出した。空気を読まずにぴゃいぴゃいと騒ぐセッカが、周囲の観客からリンチされなければいいが。いや、どうせその隣にいる青い領巾のサクヤがどうにかするだろう。
 レイアとキョウキは、ルスワールとラニュイを見据えた。
「頼むぞ、サラマンドラ」
「ふしやまさん、お願いね」
 ヒトカゲとフシギダネが、踊り場に降り立った。


 先に動いたのは、シャトレーヌ側だった。
 ルスワールのパチリスが光の壁を張り、ラニュイのプクリンがチャームボイスを放つ。
 フシギダネとヒトカゲは、その急襲を耐えた。
 そして怯まずフシギダネが素早くパチリスとプクリンに宿り木の種を植え付け、牙を剥き出したヒトカゲがシャドークローでパチリスに襲い掛かる。
 大広間は、バトルシャトレーヌへの声援だか悲鳴だかわからない絶叫に包まれていた。
「ああああああうっぜぇ!」
「集中集中」
 レイアとキョウキは慎重に戦闘を眺めた。プクリンの気合玉が飛んでくる。フシギダネはそれを軽く躱し、プクリンに眠り粉を仕掛けた。プクリンがそれを吸い込み、ふらりと眠気によろける。観客席から絶叫が上がる。
 プクリンが眠って動かない間、ヒトカゲとフシギダネ、パチリスはじりじりと睨み合った。宿り木の種がじわじわと相手の体力を奪う。その睨み合いはレイアとキョウキにとっては時間稼ぎだった。
 光の壁が切れるのを見計らって、レイアが叫ぶ。ヒトカゲが大文字を繰り出す。フシギダネも続けてソーラービームを見舞う。宿り木の種のダメージも相まって、プクリンは眠ったまま倒れた。
 これで、残るポケモンは四対三。バトルシャトレーヌ側に対し、一歩リードしている。
 パチリスがボルトチェンジをフシギダネにぶつけ、ルスワールの元に戻っていく。次いでペルシアンが現れた。
 ラニュイの二体目はブーピッグ。
 現れざまに放たれたブーピッグのサイコキネシスを、フシギダネは身代わりの陰で耐える。
 ペルシアンの滑らかな猫騙しで、ヒトカゲが怯んでしまう。その隙にペルシアンはパワージェムを繰り出した。
 耐え切れず目を回したヒトカゲをすぐボールに戻し、レイアはそれを労う暇も惜しんでヘルガーを場に出した。観客の歓声などもう気にならない。空気を読んでやる気などない。
 残りポケモンは三対三だ。
 フシギダネが、ラニュイのブーピッグに眠り粉を振りかける。しかしブーピッグが眠りがけに放ったサイコキネシスを躱すことができなかった。フシギダネもまた崩れ落ちる。
「お疲れ、ふしやまさん。はあ……強いなぁ」
「知ってるっての。面白いじゃねぇか……」
 キョウキはふうと息を吐いた。すぐに次のポケモンを繰り出そうとしないため、バトルに小休止が入る。

 ラニュイがぴょんぴょんと跳ねて早く早くとキョウキを促しているし、ルスワールは落ち着かなげにそわそわしている。
 これで二対三、挑戦者側が一歩不利だ。バトルシャトレーヌの二人はそれぞれ相手を見定めて、あたかもシングルバトルが二つ行われているようだった。
「シャトレーヌはマルチをやる気がねぇのか?」
「ラニュイさんは普段はシングル担当だそうだね。ルスワールさんはあんな感じだし、コンビネーションはほぼ無いものと思っていい」
「お前も大概えげつねぇな」
「勝つためだもの。――さあ頑張れ、こけもす。インフェルノも頑張って」
 キョウキがプテラを繰り出し、ヘルガーと共に鼓舞する。
 そしてプテラに先手を取らせ、大規模な岩雪崩を起こさせた。ラニュイのブーピッグと、ルスワールのペルシアンの二体を巻き込み、同時に怯ませる。その隙に悪巧みを積んだヘルガーが、悪の波動でブーピッグを吹き飛ばした。
「こけもす、ペルシアンにフリーフォール」
 キョウキのプテラはルスワールのペルシアンを上空へと連れ去った。
 ラニュイのブーピッグは、ヘルガーに向かってパワージェムを撃ってきている。
「もう一方にオーバーヒート!」
 レイアが早口に叫ぶ。
 その抽象的な指示を瞬時に理解する、レイアのヘルガーは知能が高い。
 ヘルガーはパワージェムを躱した。更にブーピッグを飛び越え、プテラが地面に勢いよく叩き付けたばかりのペルシアンに容赦なくオーバーヒートを浴びせる。
 ルスワールのペルシアンはそのまま目を回した。客席から悲鳴が上がる。
 ルスワールは再び、パチリスを繰り出す。これで二対二だ。
 パチリスが光の壁を張る。
 プテラが岩雪崩を起こす。
 一発目に岩雪崩を繰り出す、これもまたキョウキのプテラの中に定まった流れ。ラニュイのブーピッグがサイコキネシスで岩雪崩を押し戻す。
「そこだ」
 そのブーピッグ自身が作り出した岩の隙間を狙って、レイアのヘルガーがブーピッグに悪の波動を撃ち込む。ブーピッグを仕留め、首を回してパチリスを睨む。悪巧みをさらに自身の判断で積んでいる。
 シャトレーヌ側のポケモンの最後の一体となったルスワールのパチリスは、ヘルガーに怒りの前歯を突き立てるべく駆けた。
 レイアは息をついた。
 キョウキは微笑んだ。
「はい、こけもす、とどめだよー」
 その背後から迫っていたプテラが、パチリスの死角からドラゴンクローを決めた。


 うおおおおん、と観客席から男たちの嘆きが聞こえてきた。ブーイングも飛んでくるが、レイアとキョウキはそれらを華麗に無視し、それぞれヘルガーとプテラを労ってボールに戻す。
 青いドレスのルスワールもどこか頬を上気させて、瀕死のパチリスをボールに戻した。そしてぺろぺろりーんとしている黄色のドレスのラニュイと共に、レイアとキョウキの傍に小走りに駆け寄ってきた。
「あっ、あの、お疲れさまでしたっ!」
「ラニュイ、ほんとーはシングルバトル専門やもーん! やけん、トレーナーしゃん、シングルバトルで待っとるけんねー! ぺろぺろりーん!」
 そう舌を出して、ラニュイは階上へと駆けあがっていった。レイアとキョウキは呆気にとられてそれを見送っていた。男たちの歓声がラニュイを追いかける。
 そして踊り場に取り残されたルスワールは、ひどくそわそわしていた。それでもバトルの余韻があるのか、興奮した様子で二人を称えてくれた。
「そっ、その、お客さま方は、ばり強かったとですっ!」
「どーも」
「ありがとうございます」
 レイアとキョウキが礼を言うと、ルスワールは自分が大きな声を出したことに気付いたか、途端にもじもじと小さな声になった。その声が聞き取りづらく、レイアがいつもの癖で顔を顰めると、ルスワールはさらに身を縮こめる。キョウキがレイアの頬をむにと引っ張った。
「こらこら、威圧しないの」
「ひてねぇよ」
「……あ、あ、あっ、あの、ウチは普段はダブルバトルば担当しとります、ので……こっ、今度はウチ、もっと頑張るけん……でっ、ですからお願いです……また絶対挑戦しに来てください……」
 それだけどうにか言い切ると、ルスワールは小走りで二階へと駆けあがっていった。やはり男たちの歓声やら嘆き声やらに迎えられている。
 レイアとキョウキは踊り場で顔を見合わせた。
「なんつーか」
「彼女たちはまったく本気ではなかったね。ま、こんなもんじゃないの」
「……あー、疲れた」
「緊張したかい?」
「いや、そうでもねぇな」
「一人になれば、緊張するさ」
「そんなもんかね」
「そうだろ」
 緑の被衣の下でキョウキが微笑む。回復を終えたフシギダネをボールから出し、そっと抱きしめた。フシギダネは微笑んでキョウキにそっと頬ずりした。
 レイアも回復したヒトカゲをボールから出すと、先ほどのバトルを労って頭を撫でてやった。ヒトカゲはきゅうきゅうと甘えた声を出す。
 二人はとりあえず挑戦を中断し、大階段を上がっていった。



 そこで、ピカチュウを肩に乗せたセッカと、ゼニガメを抱えた青い領巾のサクヤと大階段の途中ですれ違った。
「……おー、おつかれ」
「じゃ、頑張ってね」
「うん! れーやもきょっきょもお疲れ! しゃくやと一緒にばんがる!」
「やるだけやるさ」
 セッカとサクヤは踊り場へ降りていった。


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