マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1441] 陰 下 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/04(Fri) 20:43:47   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



陰 下



 四つ子がエイジに連れられてやってきたのは、さらに坂を上った先、高台にある池のほとりだった。
 山の中、空気はひやりとして、街灯が周囲の地面に光を投げかける。
 夜空は晴れ渡っていた。月はまだ登らない。星ばかりが瞬いている。
 夜風が池のおもてを撫ぜる。
 エイジは、池のほとりにあったベンチに四つ子を座らせた。そして自分はそのベンチの前に立ったまま、にこにこと喋り出す。
「いやぁ、マルチバトルお疲れさまでした……。素晴らしいバトルだったと自分は思いますよ」
 四つ子は無言で青年を見返す。落ちこぼれのトレーナーにそのように称賛されても、誇らしくもなんともない。
 青年は困ったように笑う。
「……四つ子さん、まだ自分のこと疑ってるんですか? なんでですか? 道案内も荷物持ちもしたのに」
「うさんくせ……」
「貴方、家庭教師っていう名目だったでしょうに。いつの間に僕らの従僕になったんです」
「役に立つからほっといたけどさ。あんた、けっきょく何者なのさ?」
「もうずっと貴様と行動を共にしているが、貴様が何をしたいのかさっぱり分からない」
 四つ子はそれぞれの膝の上に乗せたヒトカゲ、フシギダネ、ピカチュウ、ゼニガメを撫でつつ口々にそう言った。するとエイジは、困ったように首を傾ける。
「だって、四つ子さん、自分のこと無視して、なんにも訊かないじゃないですか……」
「俺らのせいかよ。甘えてんじゃねぇよ、言いてぇことあんなら主張しろよ」
 レイアが不機嫌そうに言いやる。ヒトカゲの尻尾の炎にその顔が赤々と照らされている。
 エイジはくすりと笑った。
「……ねえ、四つ子さん。今日のシャトレーヌは、本調子じゃなかったんですよ。このところご多忙でしたからね……」
「へえ?」
「原因は三つほどあります。一つ目は、四天王の来訪。二つめは、反ポケモン派やポケモン愛護派の攻撃。三つめは、フレア団です……」
 四つ子が黙っていると、エイジは勝手に話し出した。
「四つ子さんが遊び呆けてらしてる間にね、カロスリーグの四天王がバトルハウスに来られたそうです……。まあポケモンリーグも休閑期というか、まあとにかく今はリーグ関係者様にとってもバカンス日和なんですね。というわけで、四天王の皆さまもキナンに遊びに来られているようです」
 サクヤが片眉を上げる。
「――で? 四天王の相手で疲れたから、シャトレーヌ四姉妹は本気が出せなかった、と?」
「まあ、四天王の皆皆様のおもてなしに追われたのは事実でしょうねぇ……」
 しかしそれだけではありません、とエイジは楽しそうに続けた。
「反ポケモン派とポケモン愛護派の攻撃ですよ。まず、ポケモンバトルを対象に賭博をするなどけしからん、若いトレーナーの教育上、非常によろしくない。そのような賭博行為に国民の税金を投入されるのはまっぴらだ。ギャンブル依存症等の社会問題への対策をしろ、それができないならバトルハウスを取り壊せ――。……とまあ、バトルハウスで行われている賭博に対し、訴訟まで提起されかねない勢いでして」
「格好の攻撃材料だな」
 サクヤは鼻を鳴らす。
「というわけで、若くしてバトルハウスのオーナーを務めていらっしゃるバトルシャトレーヌ様方は、大変苦労なさっているわけです。……そう考えると、今日きっかり皆さんの20戦目のタイミングでバトルの場に現れたことすら、驚くべきことですよ」
 エイジはそう語った。
 四つ子には、オーナーという立場の人間が何をするものなのかは全くわからない。しかし、バトルハウスは何やら面倒事に巻き込まれており、そのためにバトルシャトレーヌはバトルに集中できていないということらしかった。
 それからエイジは嬉々として、バトルハウスの危機を語った。


 バトルハウスはキナンシティの目玉だ。
 上質のバトル、そして何より、それを対象とした大規模なギャンブル。実は賭博に興じていたのはあの大広間の二階にいた客たちだけではない、バトルハウスの別室ではその数十倍、数百倍もの客が大画面でのバトルの中継を楽しみつつ金銭を賭け合っていたのだ。一回で数十億単位の金銭がやり取りされるVIPルームなども用意されているという。
 バトルハウスでの賭け事を楽しみにキナンを訪れる観光客は、かなりの数に上る。富裕層も多く引きつけられる。そうなると多額の入場料がバトルハウスに入り、バトルハウスを後援しているポケモン協会にも多くの利益が流れ、また国にも多額の税収がある。
 バトルハウスはキナンの各施設の、稼ぎ頭なのだ。そしてバトルハウスを訪れた観光客がホテルやその他の施設に足を運び、キナン全体を潤す。そういう構造になっている。
 だから国家も、ポケモン協会も、バトルハウスを潰すわけにはいかない。
 一方で反ポケモン派やポケモン愛護派の人々は、バトルハウスを潰すことを目的としている。その手段として、そのような賭博に目をつけただけだ。
 そのようなバトルハウス閉鎖に向けた運動に対抗するため、国家やポケモン協会は総力を挙げている。メディアに圧力をかけ、バトルハウスに関するきな臭い動向を秘し、また弁護士会に圧力をかけてそのような訴訟に協力しないよう迫る。
 国家やポケモン協会による威嚇は、ときにカネだけでなく、実力行使も伴う。
 ときにその地方で暗躍する犯罪組織と結託して、意に沿わぬ集団を潰すのだ。

 例えば、カントー地方のロケット団などもそうだ。
 ロケット団はゲームコーナーによって資金を集め、人のポケモンを奪ったり非人道的な研究を繰り返したりしているという噂がある。国家も、表面上はそれら犯罪組織による違法行為を取り締まっている。しかしそれは表面上に過ぎない。
 国家も裏では、犯罪組織を利用する。
 なぜなら、国家もロケット団のような犯罪組織も、所詮は同じ“ポケモン利用派”だからだ。
 その目的である『強いトレーナーを育て、強いポケモンを保持すること』は共通している。そのやり方が合法か違法かの違いだ。
 現代は自由民主主義社会だから、国家は表向き国民の望むような施策をしなければならない。ギャンブルを規制し、非人道的な研究を禁じなければならない。けれど、国家はわざと法に抜け穴を作り、犯罪組織を泳がせ、そして『国家の本当にやりたいこと』を犯罪組織にやらせるのだ。
 確かに、国家が国民を傷つけるなどということは許されない。
 しかし、犯罪組織が国民を傷つけたところで、国家の威信は傷つかない。
 どの国も同じだから、国際的な地位にも変化はない。
 どの国も、国の暗部たる犯罪組織を飼っている。
 公然の秘密だ。
 ただ国民はそれを知らない。

「――だから、ここにはじきにフレア団が来るんです。邪魔な反ポケモン派やポケモン愛護派を、潰すために。国の意向でね」
 エイジは笑顔でそう言った。


 いきなりそのような話を延々と聞かされても、四つ子も困る。
 国だの、犯罪組織だの。
 眉を顰めたのは、ゼニガメを抱えたサクヤだ。
「なぜ貴様はそれを知っている」
 サクヤは顔を強張らせて、エイジを睨んでいた。レイアやキョウキやセッカにはまだエイジの話がつかみ切れておらず、そのような話を聞かされてもそうかとしか思えないのだが、サクヤだけはエイジを警戒し出していた。
 エイジは両手を振る。
「いや……自分は以前反ポケモン派やポケモン利用派に属していたから、そういった後ろ暗いことも知れたんですよ……。あ、これ、内緒にしてくださいね、でないと自分もフレア団に消されますから」
 そして本当にエイジは声を低めた。
 夜の池のほとりは、無人だった。風の鳴る音ばかりが聞こえてくる。
 サクヤの声はまだ固かった。
「なぜ、そのような話を僕らにした?」
「よくぞ訊いてくださいました」
 エイジは微笑み、そして屈み込んだ。蹲り、ベンチに座っている四つ子をエイジが見上げる形になる。
「……こういう後ろ暗いことはね、まず、国民に広く知らせることが大事なんです。本当に、それが大事なんです」
 エイジは寂しげに笑った。
「でも、メディアは国やフレア団に牛耳られています。告発しても、テレビも新聞も報道しない。むしろ告発した人間をマスコミが探し出して、こっそり当局に引き渡すんです。そして、司法という正当な手続きを踏んで刑罰が科される――と思いますか? とんでもない……闇の中に葬られるんですよ」
 四つ子はまじまじとエイジを見つめて、その話を聞いていた。何か恐ろしい話を聞いているような気がした。
「フレア団にね、消されるんです。行方不明になるんです。そのまま見つからないから、死んだことにされるんですよ……」
 蹲ったエイジは、四つ子の足元を見つめている。
「うっかりそういった後ろ暗い処分が表沙汰になって裁判になってもね、ポケモン協会が口裏を合わせるんですよ。そして、裁判になってもフレア団の人間を無罪にするんです。検察も、弁護士も、裁判官も、みんなして口裏合わせて、弱者を虐げ――」
「あの方はそのようなことはしない!」
 鋭い声に、エイジは顔を上げる。
 ゼニガメを抱えたサクヤが、鬼気迫る表情で立ち上がっていた。
「……そのような事が、あるはずがない!」
「サクヤ、落ち着いて」
 穏やかな声をかけるのはキョウキだ。フシギダネも柔らかい声で鳴き、サクヤの緊張感を解す。
 サクヤは顔を歪めてキョウキを睨んだ。エイジを顎で示す。
「こいつは嘘つきだ。でたらめを言っている。無視するぞ」
「ちょっと、サクヤ、落ち着いて。確かにモチヅキさんは、エイジさんが言うような人でない――と僕も思うよ。でも、モチヅキさん一人じゃ、やっぱり国やポケモン協会やフレア団といった巨大な組織には対抗できない。そういうことでしょ?」
 キョウキは普段よりも早口にそう言った。サクヤが口を挟む暇もなかった。
「そうだろ、サクヤ? モチヅキさんは正しかった。でも、一人ではどうにもできなかったんだ。ねえ、サクヤ、そういうことなんだよ……」
 さらにキョウキはそう言い募った。
 サクヤが息を吐く。
 セッカもサクヤに声をかけた。
「俺もモチヅキさんはいい人だと思うよ! モチヅキさんは、悪いことには加担しないよ! モチヅキさんの周りにいる奴がみんな悪かったんだよ!」
「……セッカ」
「だからさ、サクヤはモチヅキさんのこと信じてればいいと思うよ。俺もサクヤを信じるし、サクヤと一緒にモチヅキさんを信じてるからさ!」
 ピカチュウを膝に乗せたセッカがにこりと微笑んでいる。膝の上のピカチュウも力強く笑って頷く。
 やや肩の力が抜けたサクヤは、溜息をついた。
「……言う事だけは、立派だな」
「なにおう!」
「あー、セッカ落ち着け。サクヤも落ち着いたかよ?」
 ヒトカゲを膝に乗せたレイアが口を開いた。
 ゼニガメを抱えて立ったままのサクヤは目を閉じる。
「……わからない。急にそのような妙な話を聞かされても困る。…………今日はこのくらいにしてくれ」
 その言葉は、長身の青年に向けられたものだった。
 エイジは微笑んだ。
「わかりました。……今日の授業はこのくらいにしますか」
 四つ子の前にしゃがみ込んでいたエイジは、にこりと笑って立ち上がった。
 四つ子は街灯によって逆光になったその長身の家庭教師の顔を、見上げた。


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