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  [No.1445] 鉄と味 夕 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/09(Wed) 20:27:03   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



鉄と味 夕



 僕はセッカを抱きかかえるようにして、山の中を後ずさった。
 セッカのピカさん、そして僕のアクエリアスもじりじりとそいつから距離を取り、唸る。
 エイジとかいう、胡散臭い家庭教師が口を噤む。
 そいつが山中でこっそりと僕らに見せたのは、まるで映画のワンシーンのような処刑だった。
 フレア団の連中が、拘束した無抵抗の一般人をポケモンで始末しているところだった。あれはおそらく本物だった、と思う。たとえ本物でなくても、『それを見せた』という事実がそのまま、この男の何かしらの後ろ暗さを露呈させているのだ。
 セッカは震えている。叫びやしないかと押さえていたセッカの口から僕がそっと手を放しても、セッカが腰が抜けたように座り込んで何も言わない。――いや、違う。何にせよこれ以上セッカを刺激すれば面倒だ。
 セッカの動揺した様子が、逆に僕を落ち着かせてくれる。


 僕は男を睨んだ。男はへらへらと笑っていた。 
「……貴様は何がしたい」
「え、そりゃあ授業ですよ……。だって自分、四つ子さんの家庭教師しないと、追い出されちゃうじゃないですか……」
「ふざけるな。何を教えたつもりだ。反ポケモン派のことをくだくだと説いて、それで何だ? フレア団による反ポケモン派の始末の様子を見せて、僕らに何を教えようというんだ」
「ですから、四つ子さん。……自分は四つ子さんには、世の中の歪みを正しく知っていただきたいんです」
 男は己の胸を手で押さえ、どこか芝居がかった動作でがくりと項垂れた。
「自分はかつて反ポケモン派の一員として活動し、その結果父は職を失って、経済的にも困窮し、一家離散の危機に直面しました……。自分は恐れています。この国の今後を憂えているんですよ……」
「……だから?」
「四つ子さんは、世の中がこのままでいいんですか……? 強い者が弱い者から奪い続ける、そんな世界を放っておくんですか…………?」
 男は下卑た笑みを浮かべて、僕らを見ていた。虫唾が走るような汚らしい笑顔だった。キョウキの作り笑いの方がまだ愛嬌がある。
 そいつは粘っこい声ですり寄ってきた。反射的に半歩下がる。
「政府がやっているのは、思想弾圧ですよ。……トレーナー政策に反対する者は、非国民なんです。犯罪結社を秘密警察みたく使って、政府に反対する者を消すんです。それを何というかご存知ですか? ……全体主義、ファシズムと言うのですよ」
 僕はセッカを支えたまま、男を睨んだ。
「……それも貴様の思想に過ぎない。今の話が真実ならば、貴様自身もすぐにフレア団に消されるだろう。……貴様がフレア団に消されたときは、今の話を信じることにする」

 そういうことだろう。
 この男がやっているのは、国家に対する批判だ。犯罪結社であるフレア団を容認する国家を、この男は非難している。それは即ち、この男は反ポケモン派であるも同義だ。
 そしてこの男の言う通り、国家が反ポケモン派を弾圧するというならば、この男自身も国家によって消されなければ、筋が通らない。
「……僕の言ったことは間違っているか?」
 そう確認すると、男はへらへらと笑って溜息をついた。
「いえ、確かにそうです。……自分は死に物狂いで逃げたんです、フレア団から。そしてフレア団の監視の目を潜り抜けて、どうにか世間に、この国の歪みを伝えようとしているんです。……そのためには死んだらお終いです……」
 そして男は顔を上げ、言い放った。
「だから自分はフレア団には消されません」
 埒が明かない。
「……元トレーナーだか何だか知らないが、よくここまで一人で無事に来れたものだな。そして何だ、僕らに同様の思想を刷り込み、僕らを反ポケモン派に引き入れて道連れにしよう、と? ――それが反ポケモン派の考えか?」
「こうするしかないんです……。地道に、理解を求めるしか。……こうするしかないんですよ」
 男は寂しげに笑った。
「ねえ、四つ子さん。……この崖の下で、反ポケモン派の人間が、たった今、殺されました」
 せせらぎの音が聞こえる。崖の下を流れる小川のせせらぎの音だ。
「自分も、お二人も、何もできませんでしたね。ポケモンがいるのに。何もしなかった。……何もしないでいいんですか? 四つ子さんはもう自分の話を聞いてしまいました。この国がおかしいということを理解してくださったと思います。……だから、もうね、四つ子さんも反ポケモン派なんですよ……」
「違う。貴様の話など誰が信じるか。この嘘つきめ、すべて貴様のでたらめだろう」
 僕はこの男の話を信じるわけにはいかなかった。
 崖の下で起きたことはきっと幻だろう。人に幻を見せる力を持ったポケモンなど山ほどいるのだから。
 セッカの震えは止まっていたが、セッカは僕の腕の中で沈黙していた。
 僕はセッカを掴んで、立った。足元のアクエリアスとピカさんを見やる。
「――戻るぞ、二匹とも」
「待ってください、お二人とも……」
「貴様の話は懲り懲りだ!」
 強い口調で言い放つと、男の足音は止まった。
 僕はセッカを抱えたまま、ピカさんやアクエリアスに元来た道を辿らせ、その後に続いて戻った。



 セッカは自分の足で歩いた。滑りやすい山道を慎重に歩いている。その顔を覗き込むと、セッカは無表情だった。
「……セッカ、大丈夫か」
「…………ん」
 微かに頷きが返される。
 背後を振り返っても、男の姿はない。暫くその方向の山林を睨み、そして僕は再びセッカを支えてキナンシティの市街地に向かってのろのろと山の中を戻った。
 セッカは黙っている。こいつは普段が喧しいだけに、こう静かだとこちらまで不安になってくる。
「セッカ、あの男、叩き出すか?」
「…………わかんない」
 セッカはぼそりと呟いた。
 空は朱色に紫に藍色に染まっていた。もう日が暮れる。市街地は人が行き交う。
 僕とセッカは通りの真ん中で立ち止まった。項垂れたままのセッカを見やる。
「僕はあの男を追い出したい。これ以上訳の分からないことを吹き込まれたくない。こちらまで頭がおかしくなる」
「…………サクヤ、エイジの言ってたこと、嘘なのかなぁ」
「すべて嘘に決まっている」
「なんで?」
 セッカが顔を上げた。その顔には表情がなかった。まっすぐ僕を見つめてきた。
「…………サクヤはさ、モチヅキさんのこと信じすぎてさ、他のことを見れてない気がする。一つの事だけが正しいんじゃないよ。そして何かが全て間違ってるなんてこともねぇの。……真実のどこかに、嘘が紛れ込んでんですよ」
 セッカは無表情でそう言った。
 セッカは稀にこうなる。道化の皮がはがれたように悟ったような目をして、普段のこいつからは想像もつかないことをつらつらと並べ立てる。
 僕は嘆息した。
「……じゃあ、何が嘘で、何が本当なんだ?」
「たぶんさ、エイジが言ってたことはだいたい本当だと思うよ。エイジは俺らに、反ポケモン派に加担してほしがってる。でも、エイジは、俺らに『世界の歪みを正す』ことなんて求めてない……気がする」
「どういう意味だ?」
「エイジは諦めてる。この世界の歪みはどうしようもないと思ってる。なのにエイジは、俺らにあんなものを見せ、あんな話をした……」
「そうだな」
「――だからサクヤ、これは罠だわ」
 セッカは無表情にそう言い放った。
 僕は腕の中のアクエリアスと一緒に首を傾げるしかなかった。
「罠、だと?」
「そう、罠。エイジは俺ら四つ子を反ポケモン派に取り込んで、そのまま俺らを破滅させようとしてる」
 セッカは僕を見つめたままそう言うと、すぐに通りの先に視線を転じて歩き出した。僕もその隣に並んで歩く。
 ピカさんを肩に乗せたセッカは低い声で続けた。
「エイジがどんな奴か、俺にもまだ分かんない。エイジが個人的に俺ら四つ子のことを恨む理由はないと思う。だから、エイジが俺たちの傍に来た理由は、まだよく分かんない。……でも俺はエイジを信用はしていない。キョウキもしてないと思う」
「……僕もしてないぞ。レイアはどうかは知らんが」
「レイアのことはキョウキが守るよ。だからサクヤは俺と一緒にいよう。……エイジは胡散臭いけど、間違ったことは言わないと思う。もうちょっとだけ泳がしとこ」
 セッカは無表情にそう言った。
 僕は深く溜息をついた。ときどきこの片割れが分からない。
「……お前は何なんだ? 洒落にならないものを見て頭がおかしくなったのか?」
「ある意味、そう。この非常事態で馬鹿はやれない」
「普段のお前は演技か?」
「……あのさサクヤ、俺がお前に言うのもあれなんだけどさ、茶化してる余裕なんてないからね。俺らの今の状況、くそやばいからね。――つまりお前、ふざけんな」
「……確かに、セッカに言われるのは屈辱だな」
「だろ。俺、エイジのことは最高に警戒するわ。しゃくやもそのつもりで、お願いね」
 そう言ってセッカはピカさんに頬ずりしている。


 そして前を見ないままキナンの通りを歩いていたセッカは、鋼鉄の鎧にぶち当たった。
「もぎゃん!!」
「ぴぎゃぶっ」
 セッカとピカチュウが同時に間抜けな悲鳴を上げる。
 すると、鎧を着込んだ男性がガシャガシャと音を立てつつ、慌てて身をかがめてきた。
「おっと、これは申し訳ない、若者よ! ――……ぬ?」
 その鎧の男性は、潰された鼻を押されるセッカと、そして僕とをまじまじと見比べていた。どうせ『お前たちは双子か』などというリアクションを貰うのだと見当をつける。
 しかし鎧の男性は軽い動作で飛び退った。
「ぬぬぬ、貴殿は、我が好敵手ではないか! ここで会ったが百年目……カロスリーグでの雪辱、今ここで果たさせてもらおう!」
「えっ」
「えっ」
 僕もセッカも思わず首を傾げた。
 その男性はカロスの四天王の一人――ガンピだった。前回のポケモンリーグでレイアに敗れたのだ。
 そしてどうやら、ガンピは僕かセッカのどちらかを、因縁の相手であるレイアだと勘違いしているらしかった。戦闘前の儀式の如く、大声で名乗りを上げる。
「我こそは四天王の一人にして鋼の男、ガンピ! 我と我の自慢のポケモンたち、持てる力を惜しみなく発揮し、正々堂々相見えること、ここに誓おう!」
 そしてガンピが見据えているのは、ピカチュウを抱えたセッカだった。
 セッカがぴいと悲鳴を上げる。ぴょんと挙動不審に跳び上がった。さっきまで自分で『馬鹿やってる暇はない』とか言っていたのはどこへ行ったんだ。
「ええええええ! 俺っすか――!!?」
「『ばんがれ』、セッカ」
 僕は適当に声援を送ってやった。
「ではでは、いざ! いざ!! いざっ!!!」
 そしてセッカは四天王の一人との勝負に突入していった。


「正々堂々と一本勝負でゆくぞ! 参れ、ダイノーズ!」
「ぴゃああああお願いアギト! 助けてー!」
 急に強敵とのバトルに突入したとき、セッカが頼るのはガブリアスだ。もちろん相性を考えて繰り出しているのだろう。
「ぬう、我との再戦を睨んでガブリアスを育てておったか……。しかし臆するなダイノーズ、ラスターカノン!」
「アギト、地震! 頑丈かもしんないからドラゴンクローで追撃!」
 ガブリアスは速かった。
 ダイノーズの打ち出した光線を躱しつつ地面に力を叩き付け、市街地を揺るがす。
「ダイノーズ、大地の力で対抗せよ!」
 ガンピのダイノーズは大地の力で足下を味方につけ、ガブリアスの地震を相殺する。そして襲い掛かるガブリアスのドラゴンクローをその鋼の体でしっかと受け止めた。
「今ぞダイノーズ、ラスターカノン!」
「アギト、ストーンエッジで防いで! 炎の牙!」
 ダイノーズが光線を打ち出す。
 ガブリアスの生み出した岩石が、それを防御する。
 ガンピが叫んだ。
「すぁ――すぇ――るぅ――ぬぁぁ――っ!!」
 その激励に力を得たか、ダイノーズの光線が岩石を打ち破った。ガブリアスは跳躍し、ラスターカノンの直撃は免れる。そして音速で敵の背後をとったガブリアスが、炎を纏った牙でダイノーズにかぶりつく。
「ぐぬう、ダイノーズ、背後に大地の力!」
「アギト跳べ! 戻れ! 地震!」
 セッカが絶叫するように指示を飛ばす。ガブリアスがダイノーズから離れ、高く跳躍し、その勢いでセッカの前に戻り、地震を撃つ。
「ダイノーズ、耐えよ――っ!!」
「潰せ!!」
 ガブリアスの起こした地震に、ダイノーズが巻き込まれる。
 先ほどのドラゴンクローで、ダイノーズのその頑丈さはわずかに損なわれていたようだった。
 大地の揺れが収まったとき、ガンピのダイノーズはバランスを崩し、ぐらりと倒れた。


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