マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1446] 鉄と味 夜 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/09(Wed) 20:28:45   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



鉄と味 夜



 いきなりおっちゃんとバトルをさせられて、俺はぼへえぼへえと肩で息をした。
 それから思い切りぴゃいぴゃいと怒ってやった。
「――もう! なんなの、おっちゃん! 俺はれーやじゃないもんっ!」
「なんたること! これはいかなることだ!?」
「俺たち四つ子! 俺はセッカ! こっちはしゃくや! れーやは、いません!」
 アギトをモンスターボールにしまうのも忘れて、俺はぷぎゃぷぎゃと怒った。いきなり現れたガンピのおっちゃんは、目を回しているダイノーズをモンスターボールに戻しつつ、堂々とした足取りで俺とサクヤの前に戻ってきた。
「これは失礼した。レイア殿の片割れ殿であったか。ふむ、そうだ確か、カルネ殿から貴殿ら四つ子の話は伺っておったぞ」
「えっ」
「いやはや、申し訳ないことをした。詫びに夕食にご招待いたそう。なに、我が戦友のズミ殿の料理だ、味の保証は致すぞ」
「うひゃあ! ズミさん!?」
 大女優のカルネさんが俺らのことを覚えていたこともびっくりだけど、有名シェフのズミさんの料理が食べられることにはもっとびっくりだ。思わずピカさんやアギトと一緒に踊り出してしまった。
「しゅごい! ごはん! おいしい! ごはん! れーやときょっきょ呼んでもいいすか!?」
「ほう、我が好敵手と相見えることができるとは。うむ、遠慮せず呼ぶがよいぞ」
「だってさ、しゃくや! れーやときょっきょ呼ぼう!」
 サクヤを振り返ると、サクヤはガンピのおっちゃんに向かって丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。では片割れたちを呼ばさせていただきます」
「うむ」
 サクヤはボールから、ニャオニクスのにゃんころたを出した。にゃんころたの念力で、遠く離れたレイアやキョウキにも意思を伝えることができるのだ。俺たち四つ子の中でこうした連絡手段を持っているのはサクヤくらいだ。エーフィに進化したレイアの真珠も、育てればこういうことができるようになるのかもしれないけど。
 一方でガンピのおっちゃんは鎧のどこかからホロキャスターを取り出して、誰かと連絡を取っていた。ズミさんに俺らのことを連絡しているのかもしれない。急に客が四人増えたら大変だと思うんだけど、大丈夫だろうか。
 サクヤはにゃんころたから顔を上げた。その頃にはガンピのおっちゃんもホロキャスターを再び鎧のどこかにしまっていた。
「こちらの位置は随時、二人に連絡できます。ご案内をお願いしてもよろしいでしょうか」
「承った!」
 ガンピのおっちゃんは全身の鎧をガシャガシャと鳴らしながら歩いていった。俺はアギトをボールに戻し、ピカさんを肩に飛び乗らせると、アクエリアスを抱えてにゃんころたを引き連れたサクヤの手を取った。手を繋いでガンピのおっちゃんのあとを追う。
「ところで、おっちゃんはなんで、鎧着てるんすか?」
「うむ、我は騎士にして公爵であるからな。常に鎧姿にて戦に備えねばならぬのだ」
「いくさって、バトルっすか?」
「うむ。ポケモンバトルは現代の戦なり。万全の備えにて望むが、騎士の心がけであるぞ」
「確かに、バトルしてて急に爆発とか起きたら危ないっすもんね!」
「左様。用心は怠らぬようにな」
 つまりガンピのおっちゃんは、いつバトルで爆発しても安全なようにしているのだ。さすがだ。トキサもおっちゃんみたいに鎧を着てればよかったのに。



 俺がおっちゃんとバトルをしているうちに、日は暮れてしまっていた。辺りはすっかり暗いけれど、キナンの市街地は街灯に照らされて明るい。
 俺とサクヤはおっちゃんに連れられて、別荘地まで戻ってきた。その頃、ヒトカゲのサラマンドラを抱えたレイアと、フシギダネのふしやまを頭に乗せたキョウキと合流を果たした。
「やあセッカ、サクヤ。いやぁ、おいしい晩御飯をゲットするなんてやるじゃない」
「お。ガンピさん、どうもご無沙汰っす。リーグ以来っすね」
「ぬおおレイア殿! 先ほどは貴殿の片割れ殿を貴殿と見誤ってしまったぞ!」
「あー、そりゃ申し訳ないっす」
 それからレイアはガンピのおっちゃんと何やら楽しくおしゃべりしていた。どうやら再戦は、次のポケモンリーグでの公式戦に持ち越すことにしたようだ。やはり私闘ではなく正々堂々と、などとおっちゃんが述べている。
 この昼間、レイアとキョウキも、それぞれイーブイの進化形たちを育てていたはずだ。レイアやキョウキやサクヤの三人は何もしなくてもズミさんの美味しい料理が食べられるから、ずるいと言えばずるいんだけど、三人が幸せになれば俺はそれで幸せです。サラマンドラもふしやまもアクエリアスも、美味しい料理が食べられると聞いて機嫌がとてもよさそうだ。もちろん俺のピカさんも。


 おっちゃんに連れられてきた別荘は、俺たちが借りている別荘よりもさらに大きい別荘だった。庭に大きなプールまでついていて、強そうな水ポケモンが寛いでいるのが高い塀の隙間からちらりと見えた。ズミさんのポケモンだろう。
 俺はおっちゃんに声をかけた。
「まさか四天王って、みんなで別荘をシェアハウスしてんすか?」
「はははは、まさか。我の別荘は別にあるぞ。ここはズミ殿の別荘で、チャンピオン殿や我が同胞たる四天王、そしてジムリーダー殿たちは時折食事に招じられるのだ」
 そう言いつつおっちゃんが別荘の門扉の前まで行くと、驚いたことに門扉が勝手に開いた。俺たちはびっくりして声を上げてしまった。自動ドアだ。
 お出迎えの凄そうなおじさんが、俺たちを別荘へ案内してくれた。
 そこはもう訳の分からないくらい、立派な別荘だった。別荘ってピンキリなんだな。というか四天王ってお金持ちなんだな。――そう呟いたら、キョウキがこそこそと笑った。
「違うよ、お金持ちが四天王になる蓋然性が高いってだけさ」
「ほえ? が……がいぜんせー?」
「お金持ちは小さいころからポケモンの教育を受けてる。衣食住の心配をせず、ポケモンの育成に打ち込める。高価な道具だっていくらでも使えるし、いいボールで強いポケモンを捕まえられるし、傷薬を贅沢に使ってポケセンに行かずいくらでも連戦できる。貧乏よりお金持ちの方が強くなれるのはある意味当然さ……」
 俺は唸ってしまった。世の中不公平だ。強いトレーナーはたくさん大会に出て賞金を稼ぐ。四天王もたくさんの賞金を稼いでるはずだ。元々お金持ちなのにさらに稼ぐなんてずるい。
 トレーナーは貧しい人でもなれるけど、トレーナーでたっぷり稼げるのはお金持ちだけだ。貧しいトレーナーは貧しさから抜け出せないのだ。ずるい。ずるすぎる。


 何だかんだで俺たち四つ子とガンピのおっちゃんは、ズミさんの別荘の大きな食事室に招かれていた。そこにシェフ姿のズミさんが現れた。
 俺は初めてまともにこの四天王の一人を見たけど、どうも目つきが悪くて怖そうな人だ。俺がこっそりサクヤの陰に隠れてこそこそしていたら、ズミさんは俺たちに向かって頷くように微かに会釈した。
「お待ちしておりました。急なお招きにもかかわらず足を運んでいただき、ありがとうございます」
 笑ってズミさんに応じたのはやっぱり、サラマンドラを抱えたレイアだ。レイアだけはズミさんともポケモンリーグでバトルをした仲だから、話しやすいのだと思う。
「どうも、ズミさん。リーグ以来っすね。こっちこそ急に来てすんません」
「いえ。お久しぶりです、レイアさん。本日は料理に全身全霊を打ち込ませていただきます。片割れさんがたも、今日はごゆっくりお楽しみいただければと存じます」
「ご丁寧にどうも。はじめまして、キョウキです。この子はふしやまさんです。それから、セッカとピカさん、サクヤとアクエリアスです」
 そんな形で俺たちはズミさんと挨拶をして、なんだか豪勢なテーブルに着いた。純白のテーブルクロスが掛けられ、卓上には花々が飾られている。いきなり俺たち四つ子が押し掛けてきたのに、全く問題ないという風にご案内されてしまった。

 レストランにいるかのように、給仕された。
 ガンピのおっちゃんは席についても、鎧を着たままだった。そのくせナイフやフォークを操る手つきは滑らかだったし、一つ一つの動作が優雅だった。
 ズミさんの料理が次々と運ばれてくる。前菜。サラダ。スープ。パン。魚料理。ソルベ。肉料理。チーズ。フルーツ。デザート。コーヒー。プチフール。おしまい。言ってしまえば簡単だけど、言っておくととても大変だった。なにしろ俺たち四つ子は普段はお箸で食事をするから、ナイフとかフォークとかはうまく使えないのだ。マナーなんかもまったく知らない。ウズに聞いてもウズも知らないと思う。モチヅキさんなら知ってるだろうか。
 ただ、そもそも俺たちの服装が薄汚れた着物に袴ブーツだから、ズミさんもガンピのおっちゃんも、俺たちに上品なお食事というものは期待はしてなかったと思う。
 それでも何というか、薄汚い格好で来てごめんなさいと思った。場違いなところに来てしまったと思った。そう思い始めるとなかなか料理を楽しめなかった。とても美味しくて量もたっぷりあったのだけれど、ズミさんやガンピのおっちゃんに嫌な思いをさせてやしないかと気が気でなかった。ガンピさんの挙動をまねつつも、一口ごとにびくびくしていた。
 俺が思ったことは大体、レイアやキョウキやサクヤも思っている。三人ともどこか縮こまっていた。ただ、俺たちの愛する相棒であるサラマンドラやふしやまやピカさんやアクエリアスは、マナーなんてお構いなしに、運ばれてくる料理にがっついていた。ああ、俺もポケモンになりたい。マナーとかに煩わされない自由な生き物になりたい。レイアやキョウキやサクヤも同じことを考えているはず。
 お食事会は緊張した。
 ズミさんが料理の説明を丁寧にしてくれるのだけれど、まったく頭に入らなかった。本当に申し訳なかったと思う。
 でも料理は確かにおいしかったです。
 食事が終わって俺たち四人が手を合わせて「ごちそうさまでした」をすると、ズミさんやガンピのおっちゃんは変な顔をした。俺たちが重いスープ皿を持ち上げて口をつけてスープを啜った時や、フォークを右手にナイフを左手に持った時や、耐え切れずマイお箸を取り出した時と同じだ。
 本当に、ウズの教えてくれたことはどうしてこう、世間で通用しないんだろうな。
 ウズが炊いた白いご飯を食べたい。納豆ねりねりしたい。納豆ご飯にするの。
 たいへんいたたまれないです。



 ごうせーなでぃなーが終わった。
「お楽しみいただけたでしょうか」
 ズミさんはやっぱり目つきが悪くて怖かった。俺たちはにっこりと愛想笑いをした。
「うす」
「ええとても」
「超おいしかったです」
「見た目もとても美しかったです」
 そう俺たち四人が賛辞を投げかけると、ズミさんはやはり微かに会釈をした。
「ありがとうございます。どうも四名様は緊張なさっていたようなので、料理人たるもの、寛いで料理をお楽しみいただくべく更なる精進を重ねなければと思いを新たにいたしました」
「いや、俺らが悪いんで……」
「ズミさんやガンピさんには、ご不快な思いをさせてしまったかもしれません」
「すんません、ちょっと俺ら、マナーとか分かんなくて……」
「ご無礼をいたしました」
 口々にそう言って俺たちは悄然と頭を垂れた。
 するとズミさんは考え込んだ。
「困りましたね……我が料理人としての使命は料理を楽しんでいただくこと……しかし料理が芸術たるにはやはり、それを食すものにも一定の――何か――が要求されるのだろうか」
「一定の何かに達してなくてすんませんっした」
「申し訳ありませんでした」
「ほんとすみませんでした」
「僕らはズミさんの料理に見合う器ではありませんでした」
 俺たちは口々に謝罪して、もそもそと立ち上がった。しょんぼりして退室しようとした。
「お待ちください」
 しかしズミさんの涼やかな声が俺たちの足を止めさせる。
 ズミさんは俺たちの前までつかつかと歩み寄ってきた。そして真顔で俺たちに言い放った。
「――勉強なさい」
「はい……」
「そうします」
「出直してくるっす」
「失礼します」
 四人で項垂れると、ズミさんは頷いたみたいだった。
「――ええ。お待ちしております」
 俺たちはそそくさと退室した。


 俺たちが学んだのは、教養というものがないと、いつなんどき恥をかくか分からないということだった。俺たちはポケモントレーナーで、ポケモンという接点がある限り、うっかり大女優のカルネさんとカフェでお茶をすることもあるし、すんばらしい別荘でフルコースを頂くこともあるのだ。
 恥をかくと、もうどうしようもなく自分が情けなくなる。今まで大きな顔で出歩いていた自分が恥ずかしい。
 でも、勉強するのって面倒くさい。
 マナーなんて教科書を読んで身につくものでもないと思うし、俺たちの養親のウズはきちんと「いただきます」「ごちそうさま」の挨拶と箸の正しい使い方を教えてくれた。それだけでは足りないのだろうか。何が足りないのだろう。
 俺たちが恥をかくのは、俺たちが悪いのだろうか。社会の方が変なのかもしれない。
 でも、かといって俺たちには社会を変える力なんてない。
 だったら、社会に順応するべく努力するしかないのではないか。
 なんでそんなことをしなければならないのだろう。
 俺たちはカロス人にならなければならないのだろうか。
 カロス人にならないと、消されでもするのだろうか。


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