マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1447] 鉄と味 朝 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/09(Wed) 20:30:27   43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



鉄と味 朝



 サラマンドラを脇に抱えたレイアと、ふしやまを頭に乗せたキョウキと、ピカさんを肩に乗せたセッカと、アクエリアスを両腕で抱えた僕。
 四人で夜の別荘地をふらふらと歩いていた。案内係がいないから、レイアのインフェルノ――このヘルガーはとても嗅覚が鋭い――に僕ら自身のにおいを辿らせ、僕らの別荘へと戻っていった。
 案内係。
 その顔を思い出すだけで胸がむかむかする。エイジ、という名前だった。
 セッカはもう少しあの男を観察するつもりだと言った。普段がぴゃいぴゃいと喧しいばかりのセッカのどこに人間を観察する暇があるのか分からなかったが、セッカは僕ら四つ子の中で最も得体の知れない、いわば最終兵器だった。セッカに任せておけばどうにかなる。
 だから僕はあの男を無視することにした。


 しかし、案内係がいないことに気付いた赤いピアスのレイアと緑の被衣のキョウキが、こちらを振り返ってきた。
「でさ、エイジはどうしたよ? 今日はお前らの方についていってただろ?」
「いないといないで不便だよね、あの人。喧嘩でもしたの?」
 レイアとキョウキの方からあの男の話が出されたことに、僕はほとんどどうでもいいような、しかし確かな焦燥感を覚えた。――あの男はいつの間にか、レイアやキョウキの心の中に入り込んでいる。
 僕はあの男を無視することに決めたから、黙っていた。
 するとセッカが口を開いた。
「れーや。きょっきょ。俺は今から、真面目な話するね」
「どしたよ、マジでケンカしたんか?」
「ケンカっつーか。あのね、俺は隙あらばエイジを潰そうと思ってる」
 その能天気な声音に運ばれた物騒な内容に、レイアとキョウキは顔を見合わせた。どうやらセッカの様子がいつもと違うことにようやく気付いたらしい。
 僕ら四人は夜道の真ん中で立ち止まった。

 キョウキがのんびりと笑う。
「潰す、かぁ。追い出す、じゃなくて?」
「潰すよ。潰す。俺はあいつだけは信じない。あいつは悪い奴だよ。俺たちを殺すつもりだよ。ね、俺が真面目に考えた結果やっぱりそう思ったから、れーやときょっきょにも言っとく。絶対だよ、絶対あいつのこと信じちゃだめだからな?」
 そうセッカはレイアとキョウキの二人の顔を覗き込んで無表情に言い募った。
 普段が間抜け面のセッカが無表情だと、確かに怖い。二人はややたじろいだように僕の方に視線をやった。
「……どういうことだ。何でセッカはここまでキレてんだよ?」
「……もうちょっと詳しく説明してくれるかな、サクヤ?」
「僕は知らん、そいつが考えたことだ。……あの男は、嘘はつかないらしい。しかしあの男は隠し事をしている。だから、あの男の言うことを鵜呑みにして一人合点し突っ走ってはいけない」
「そういうこと。エイジは、反ポケモン派とかポケモン愛護派とかフレア団とか国家とか、いろんな話をしてくると思う。……でも、絶対にあいつの話に共感するな。共感したらあいつの思うつぼ。フレア団に始末されるから」
 セッカはそう断言した。
 レイアとキョウキは素直にこくりと頷いたが、僕は思わず首を傾げた。
「……フレア団に始末される……か」
「うん。まだ断言はできないけど、たぶんエイジはフレア団の回し者じゃねぇかな。ポケモン協会ではない。協会からはロフェッカのおっさんが来てるから」
 セッカはピカさんを両手で抱え、無表情で地面に向かってぶつぶつと呟いた。
 キョウキが口元に手を当てる。
「……いや、そもそもなんで、『エイジさんはただの反ポケモン派の人じゃない』って結論になったの?」
「そこが確信が持てないから、保留中なの」
「……そうなの」
「何にしたって、俺らはポケモントレーナーなの。反ポケモン派とは相いれません。どれだけ社会が歪んでたって、トレーナーばかりが優遇されてたって、それが何さ。俺たちは貧しい、奪われる側の人間だ。俺らが優遇されるのは当然だろ?」
 セッカはそう言い切り、無表情のまま首を傾げた。
「だからさ、レイアも、キョウキも、サクヤも。どんなに社会がおかしくたって、俺らに社会を変えられるなんて思わないで。何も変わらないから。それどころか、俺らが何もしなくても社会はよくなってるじゃん。だって、俺らはトレーナーとして生きていられる、トキサを傷つけても旅を続けていられる。――そうだろうが?」



 夜の別荘地は静かだった。
 レイアとキョウキは何やら考え込んでいた。
「……なんで、エイジは俺らを狙ってんだと、お前は思う?」
 レイアが見やったのはセッカだった。セッカはピカさんを抱えたまま唸った。
「間違ってたらメンゴ。――たぶん、榴火絡み」
「……ここで榴火か」
「エイジは榴火を守ろうとしてるんじゃないかな。わかんないけど」
「……なんでそう思ったんだよ?」
「榴火はフレア団だよ。これは間違いない」
 セッカは夜の風の中、無表情にそう告げた。
 僕ら三人は無言で先を促した。
「俺がクノエの図書館の火事の中で榴火に会った時さ、あいつ、フレア団の男に向かって『弱い奴は要らない』っつってた気がすんの。だから榴火はフレア団」
「……へえ」
「榴火はレイアを襲った。でも、レイアにはフレア団に襲われるようなことなんてないと思うんだ。考えられることといえば俺らがミアレで起こしたあの事件だけど、ほとんどどうでもいいよね。榴火はあんな性格だから、ほとんど何も考えなしにレイアを襲ったってのが俺の仮説ね」
 レイアは茶々を入れたいのを我慢しているようだった。僕だって、セッカに向かって『お前は誰だ』と言いたい。これほど頭のよさそうなことを言っているセッカは未だかつて見たことがない。
 しかし、これがセッカの本気なのかもしれない。本気を出させるほどに追い詰めた。僕やレイアやキョウキが間抜けだったのだ。
「でさ、エイジは榴火の尻拭いのためにキナンまで来て、わざわざバトルハウスで目立ってフラグ建てた上で、俺らの別荘に忍び込んだんじゃねぇかな。そんくらいの因縁がないとさ、俺らの我儘にああまで付き合えなくね? エイジのお人好しさは不自然すぎる」
「……だったらセッカ、フレア団はなんでそこまで、榴火一人の尻拭いをしてぇんだよ?」
「榴火がレイアを襲ったせいで、榴火はルシェドウまで大怪我させることになったし、ポケモン協会が榴火に目を付けるようになったから。榴火は、俺らがいる限り、フレア団としては動けないんだよ。たぶん」
「……なんかさ……そうなの? よくわかんないよ、セッカー」
「つまり、俺らがいる限り、ポケモン協会は榴火を牽制しないといけないってこと。エイジの話だと、国とポケモン協会とフレア団は助け合ってる。フレア団は、国と利害が合致したときしか、今のところは活動しない。でも今、俺らのせいで、ポケモン協会とフレア団が互いに抑制し合うはめになって、お互いに動けなくなってる」
「……それは……フレア団にとっては困ること……なのか?」
「俺ら四つ子の存在が、国とフレア団のつながりを露呈させるきっかけになってる。――それを、国もフレア団も恐れてんじゃねぇの」
 セッカの口調は淀みなかった。
 僕もレイアもキョウキも混乱していた。まさか三人ともセッカに後れを取るとは。果たして僕ら三人がセッカ以上に馬鹿なのか、あるいは単純にセッカの説明が下手くそなのか。折衷案で、両方ということにしておいてやる。
 つまり僕らは全員馬鹿だ。


 そこでレイアがわたわたと口を挟んだ。
「……あ、待て、ストップ。……ポケモン協会とフレア団が助け合ってる……っつったな?」
「そだよ。ルシェドウだって、榴火のこと味方しようとしてたっしょ」
「……いや、そういう事じゃなくって。…………ええと」
 混乱するレイアを落ち着けるように、セッカは暫く黙っていた。
 けれどレイアの混乱は解けず、レイアは何も言わなかった。それを見て取ると、セッカは一段と声を低めた。
「だからさ、レイア、キョウキ、サクヤ。……ロフェッカのおっさんも信用できない」
 レイアとキョウキはただ溜息をついた。
 セッカがぼやく。
「仕方ないよ、仕方ないけどさ。ロフェッカのおっさんもフレア団と繋がってる可能性、ある。ルシェドウもそう。……あのポケモン協会の二人が、あくまで“榴火に味方する”なら、間違いない。二人は俺らの敵」
「……怖いね」
 キョウキが肩を竦める。
 セッカはうんうんと頷いた。そして僕ら三人を見回した。
「フレア団は敵。ポケモン協会も、俺ら四つ子よりもフレア団を選ぶんなら、そのときは敵になる。だから、俺たちは絶対に、常に、善良なトレーナーでいなくちゃダメ。国やポケモン協会に、俺らを裏切る口実を与えちゃダメ。……忘れるな。――俺からは以上です」
 セッカはぺこりと一礼した。



 それから僕は、セッカの発言の補足をさせられた。
 まず、あのエイジという男から聞いた話について。
 国家もフレア団も、同じ“ポケモン利用派”だ。だから、国にとってもフレア団にとっても、“反ポケモン派”や“ポケモン愛護派”は鬱陶しくてたまらない。国家は法律を使い、フレア団はポケモンを使って、鬱陶しい連中を排除する。
 国と、ポケモン協会と、フレア団。
 三つは繋がっている。
 現在僕たち四つ子は、フレア団にとって厄介な存在になっている。それは、僕たちのせいで、ポケモン協会がフレア団の榴火を警戒することになったからだ。
 ポケモン協会とフレア団が牽制し合わなければならなくなり、フレア団は活動がしにくくなったのだ。フレア団が何を目指しているのかはわからない。
 けれど、その『活動がしにくい』という事実がそのまま、『国とフレア団の癒着』を露呈させるきっかけになっている。フレア団は犯罪組織なのだ。もしその癒着が露呈すれば、国はフレア団を取り締まらざるを得ず、フレア団はさらに活動しにくくなる。
 だからフレア団は、そのきっかけとなった僕ら四つ子を消そうとする。
 そして場合によっては、ポケモン協会もが僕ら四つ子の敵になり得る。レイアが慕っている二人の協会職員、ルシェドウとロフェッカというあの二人も、僕らの敵になり得る。
 そして、エイジに見せられた崖の下での出来事。国とポケモン協会とフレア団と、この三つを敵に回せば、僕ら四人もああなる。
 セッカが言いたいのはそういうことだ。


 そんな話を、僕らは夜の市街地でこそこそとしていた。
 辺りに人の気配はなかったが、実はこうして道中で話しているのも危険ではないかと思う。いつどこで誰に話を聞かれているかわからない。もし、本当に、フレア団やポケモン協会が僕らの敵になるならば、このようなことはすべきでないのではないだろうか。
 静かだった。
 周囲は闇だった。
 話を終えて、僕らは四人で顔を見合わせる。
 四人しかこの世にいない錯覚。
 もしかして、自分たち以外、何も信じられないのではないか。
 ポケモン協会の目は至るところに行き届いている。ポケモンセンターも、ジムも、トレーナーの訪れる街、道路、森や洞窟、すべて。すべてポケモン協会の監視下だ。もし、ポケモン協会が敵になったら。逃げ場がない。逃げようがない。
 そして別荘に帰れば、ロフェッカという協会職員がいる。あの職員も、敵なのだろうか。僕らが“ポケモン利用派”に仇なすことがないか、目を光らせているのだろうか。
 キョウキがふと微笑んだ。
「……ゴジカさんの占い通りになったね。周りが信じられない。……ポケモン協会か、とんだ伏兵だったよ」
 レイアが苦々しげな表情になる。
「……で、どうすりゃいいんだよ。エイジは追い出さずに置いとくのか? なんで? 怖くね?」
 それにはセッカが無表情で答える。
「エイジは裏の事情まで知ってて、それらをすべて俺らに教えてくれる。俺らのことをどのみち始末するつもりだから。フレア団の思いがけない弱点とか喋ってくるかも」
「……なんかセッカお前、怖えぞ……」
「我慢して。俺も恐いから。――俺としては、れーやが心配。れーやは優しいから、うっかりエイジの話に流されそう。だからさ、れーや。エイジやロフェッカのおっさんのことは、ひとまず置いておいて。俺たちだけを信じて。れーやと同じところにいるのは、きょっきょと俺としゃくやだけなんだから」
「……分かってる。お前ら以上に信じてる奴はいねぇよ」
 レイアは苦い表情ながら、素直に頷いた。本気のセッカに逆らうつもりもそれだけの知恵もないようだ。
 そこに、苦笑したキョウキが口を挟む。
「ねえねえ、ちょっと怖いんだけどさ。……今の僕らの話がエイジさんとかに聞かれてたらホラーだと思わない?」
 その言葉に、僕らは口を噤んだ。
 そろそろと周囲を見渡した。
 人の気配はない。周囲は闇。街灯に照らされた、別荘の間の道ばかり。
 ここまでの話は、すべて囁き声で交わされていた。サラマンドラやふしやまやピカさんやアクエリアスの感知できない場所から僕らの聞き取るのは難しいだろう。けれど、ポケモンの技を工夫すれば、盗み聞きなど容易そうだ。
 怖い。
 おちおち話もできない。

 僕は溜息をついた。
「……次からは、手持ちのポケモンたちにあの男を監視させて部屋のあちこちをきちんとチェックさせたうえで、布団の中にこもってこそこそと情報交換をするしかないな」
「そうだね。そうしようか。レイア、あんま不必要にびくびくしちゃだめだからね?」
 キョウキがレイアに笑いかける。レイアがサラマンドラを抱きしめる。
「俺はもうキョウキとセッカに任せるわ。……くそ、ルシェドウと榴火のことも気になるが、これじゃロフェッカのおっさんにも話しかけづれぇな」
「今のとこはポケモン協会は俺らを保護しないといけないから、そう怯える必要はねぇよ。エイジについては……納豆の洗礼で」
 そう無表情でぼやき、セッカは歩いていった。レイアとキョウキと僕もそれに随った。僕らの別荘は近い。



 翌朝、のうのうと食卓に現れたエイジに、僕らは練りに練った四人分の納豆の洗礼を浴びせた。


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