マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.1448] 虹と熱 朝 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/09(Wed) 20:32:29   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



虹と熱 朝



 朝から雨が降っていた。
 別荘の居間のテレビがついている。俺とキョウキとセッカとサクヤは、それぞれサラマンドラとふしやまとピカさんとアクエリアスを抱え込むようにして居間の絨毯の上に胡坐をかき、四人でぼんやりと『なるほどニュース』を眺めている。
 ワザガミが画面の中で、ゲストや画面のこちら側にパネルを見せつつ喋っていた。
『本日は、水の波動について学んでいきましょう。そもそも水の波動はどんな技なのかといいますと、水の振動を相手に与えて攻撃する、思いのほか健康的な技なんですよね』
 ゲストが質問を投げかける。
『どのくらい振動するものなのでしょうか?』
『いいねぇ、いい質問ですよぉ……。実はね、相手を混乱させることもあるほど激しいんですね』
『なんだか日常でも使えそうな技ですよね?』
『そうですね、例えば……お父さんが大変くたびれて帰ってくる時がありますでしょ、そんなときこの技を使うと、ある意味でぐっすり寝かせることができるわけですね』
 ふしやまを抱えたキョウキが俺の隣でくすくすと笑っている。
「僕、もう、ワザガミさん大好き」
「お前好きだよな、こういうブラックユーモアっつーの?」
 ワザガミはキョウキの大のお気に入りだ。


 続いて『特性戦士 ポケンジャー』が始まる。こちらはセッカの大のお気に入りで、ピカチュウを抱えたセッカはポケンジャーのテーマソングを声を大にして歌い出し、みょこみょこと踊り出す。
『連続バンドデシネシリーズ、特性戦士ポケンジャー! 第14話――怪奇! 鱗粉男!』
「かいりき! りんぷんおとこ!!」
 ご機嫌なセッカが叫ぶ。鱗粉男が怪力使ってんだがそれはまあ。
 ポケンジャーも画面の中で叫ぶ。最初からクライマックスだ。
『出たなーっ、悪の特性怪人!』
「でた、とくせーかいじん!!」
 のしのしとポケンジャーの前に現れたのは、モルフォンのようなドクケイルのような模様の、翅のついた怪人だった。
『チキチキキ! アチキは鱗粉男でゲス! 鱗粉は相手の攻撃技の追加効果を一切受け付けないでゲス! 火の粉で火傷になったり、電気ショックで麻痺にならない、スバラシイ特性でゲス!』
『じゃあ、電磁波で』
「行っけぇーポケンジャー、でんじはぁぁー!!」
 セッカが叫んだ。それに応えるように、画面の中のポケンジャーが電磁波を放つ。鱗粉男は絶叫した。
『キイイイー! 鱗粉でも変化技の効果は受けてしまうでゲス! シビれるうううう――っ!』
「シビれるうううう――っ!!」
 セッカがぴゃいぴゃいと大喜びしている。
 ナレーションが入り、番組をまとめる。
『ポケンジャーは見事なアイデアで鱗粉男をやっつけた! 負けるな戦えポケンジャー! 変化技だよポケンジャー!』
「超かっこいい!!」
 そしてセッカはエンディングも元気良く歌い、ピカさんと一緒にぴょんこぴょんこと居間を踊りまわった。
 ロフェッカのおっさんがにやにや笑いながらホロキャスターを構えてこっち見てんだが、まさかまた俺らの動画撮ってんじゃねぇだろうな。


 お子様向けのテレビ番組が終わると、カロスの伝説特集などという番組が始まった。10番道路の列石やセキタイの謎の岩、ヒャッコクの日時計、メレシーの突然変異、異次元と繋がっているらしき宙に浮いた謎の金環。そして。
「あ、ゼルネアスとイベルタルですね……」
 そして背後から聞こえてきた男の声を、俺たちは無視した。
 エイジだ。先ほど朝食の席で四人分の納豆の洗礼を浴びて、ひいひい言いながらシャワールームに駆け込んでいった。そこから平気そうな声音で出てきたところを見るに、どうやらネバネバとニオイは消えてしまったらしい。俺ら四つ子はエイジを見ないまま同時に舌打ちした。
 長身の居候は、俺らに納豆をぶっかけられたことも忘れたように気安く俺らの傍まで寄ってきて、俺らのすぐ後ろに胡坐をかいた。微かに石鹸の匂いが漂ってくる。
「ああそうそう、生命を与えるゼルネアスは樹となり、生命を奪うイベルタルは繭となって、このカロスのどこかで眠りについているそうですね……」
 俺らは無視した。
 エイジは楽しそうに俺らに話しかけてきた。
「ねえ四つ子さん、知ってますか? なぜゼルネアスとイベルタルが眠っているか」
「……回復するためじゃねぇの」
 ぼそりとセッカが答えた。先ほどまでポケンジャーを見ていた時とはすさまじいテンションの落差だった。エイジも、発言したのがセッカではなく俺だと思ったんじゃねぇだろうか。
 そのセッカの声にエイジは機嫌よく頷いたようだった。
「ええ、確かにゼルネアスはその通りです。……ゼルネアスは活動中、自らのエネルギーを他者に分け与えてしまいますからね、眠っている間は活動のためのエネルギーを蓄えているんですよ。満たされると目覚める」
「……イベルタルは? 違えの?」
「イベルタルは逆です。眠るために、活動してるんです。……イベルタルは活動中、他者からエネルギーを奪っていますからね、眠っている間は活動中に得たエネルギーで生きていけるんですよ。餓えると目覚める」
 そうエイジはすらすらと答えた。
 キョウキがのんびりと笑った。
「ゼルネアスとイベルタルは対の存在なんですね?」
「ええ。けれど、他者と生命をやり取りして生きるという点ではとてもよく似ている。……いつか四つ子さんも二体に出会えるといいですね」
 俺たちは返事をしなかった。



 俺たちはエイジを信じないことにしている。
 セッカの考えによると、エイジは反ポケモン派のふりをしたフレア団の人間だ。
 エイジは俺たち四つ子を扇動して政府に反抗させ、俺たちを『国家の敵』に仕立て上げてポケモン協会からも孤立させて、そしてこっそり始末するつもりだとセッカは言う。
 俺たちはフレア団にとって厄介な存在らしい。
 なぜなら、俺らが色々と騒ぎ立てたせいで、フレア団の榴火がポケモン協会の監視下に入ることになったからだ。現在はフレア団とポケモン協会が牽制し合っており、どちらも思うように動けないのだ。だから、その原因となった俺たちが、邪魔なのだ。

 そこまで考えると、そこまでフレア団にとっては榴火の存在が大きいものかと疑問に思う。
 考えてみれば奇妙なことだ。榴火は俺らと同い年くらいのトレーナーで、確かにあの色違いのアブソルは強いが、情緒不安定で、組織に従うなんて難しいのではないか。
 だから疑問なのだ。なぜフレア団は、榴火一人のために、エイジを俺らの元に送り込んで俺らを反ポケモン派に扇動するなどという、回りくどい手段をとるのだろう?
 その疑問を昨晩、布団に潜った中でこそこそと呟いた。するとセッカから淡々と言葉が返ってきた。
「じゃあフレア団はどうすべきだってのさ。俺らを始末すればフレア団にとっても簡単に済むのにってか? そうはならないよ。だって俺らは今、ポケモン協会の保護対象だもん」
 同じく布団の中に潜り込んだキョウキからも、意見が漏れた。
「……フレア団は、あくまでポケモン協会とは対立したくないんだねぇ。……フレア団は、国家や協会と利害が一致したときしか、活動できないんだ。今のとこ」
 サクヤがぼそぼそと唸っていた。
「……だから、あの男は僕らを反体制派に誘導しようとしてくるはず。僕ら四つ子が『国家の敵』となった暁には、フレア団が僕らを始末しても、国家は何も文句を付けないからな」
 俺は布団の中で頭を抱えていた。
「……俺らはフレア団の敵なのか? なんでだ? 榴火に狙われたから? なんで俺ら、榴火に狙われてんの?」
「榴火の事は分かんない。……大事なのは、俺らの存在が、『国家とポケモン協会とフレア団の間の連携』を崩してるってこと。そして、それは国家やポケモン協会やフレア団にとっては困ったことなの。――俺らは、『国と犯罪組織の癒着』を露呈させるきっかけになってる」
 セッカはそう、夜道での話を繰り返した。
 暗い布団の中では、セッカの顔は分からなかった。
 国家と、ポケモン協会と、フレア団。
 フレア団の事は分からない。けれど、これら三つの組織はいずれも巨大な力を持っているのだろう。
 これら三つをすべて敵に回したら、俺ら四つ子に勝ち目はない。消される。誰にも頼れない、ポケモン協会が敵になれば、ロフェッカもルシェドウも、エイジも、ジムリーダーたちも、四天王たちも、チャンピオンも、博士だって敵になる。ポケモンセンターすら使えない。あらゆる街に、道路に、監視の目が張り巡らされている。
 そうなったらおしまいだ。どこにも逃げられない。
 セッカがぼやいていた。
「だから、キナンにいる間、ロフェッカのおっさんには絶対服従ね。国とポケモン協会を敵に回しちゃお終いだから。あと四天王の皆さんにも媚売っとこ」
 普段のあいつらしからぬ打算だった。
 キナンにいる間、俺らは下手なことはできないのだ。



 そんなわけで、いやあまり関係は無いのだが、外では朝から雨が降っていた。
 雨の中ではポケモンの特訓はできない。イーブイから進化したばかりの手持ちたちはまだ幼い。シャワーズに進化したキョウキの瑠璃には問題ないが、他の奴らが万一雨に濡れて風邪でも引いたら困る。何より、俺の相棒のサラマンドラは雨が苦手だ。今日は特訓は休みにするしかない。
 エイジを背後に、俺ら四つ子は一階の居間でテレビを見ている。居間には絨毯が敷かれ、ソファや低いテーブルが並べられ、観葉植物の植木鉢がある。ポケモンたちが走り回れる広さもある。
 居間は食事室と繋がっており、食事室では食器を洗い終えたウズが熱い紅茶を淹れている。また食卓でロフェッカのおっさんは新聞を眺めていた。
 緑の被衣のキョウキがふと食事室を振り返り、ロフェッカに声をかけた。
「ロフェッカは今日はお休み?」
「……ん? んああ? お前らは休みなわけ?」
「外が雨だから、今日は久々に特訓はお休み。でさ、ロフェッカって、ここんとこ何してんのさ?」
 キョウキはテレビの前から立ち上がり、ふしやまを抱えたままのんびりとソファに横向きに座り込んだ。片側の肘掛に両の肘をつき、リラックスした姿勢で食事室のロフェッカのおっさんを眺める。
 おっさんは新聞を睨んだまま生返事をした。
「エイジがお前さんらのお守りしてっから、楽さしてもろてますよ?」
「え、じゃあ、食っちゃ寝食っちゃ寝ってわけ? いいご身分だね。太るよ?」
「うっせぇ」
「――ロフェッカ殿は、日頃はポケモン協会のご用事で出かけておられるぞ」
 キョウキとロフェッカの会話に、俺らの養親のウズが口を挟む。ふわりと紅茶の香りが辺りに漂った。俺はぐるりと身をねじった。
「ウズ、俺も紅茶」
「取りに来やれ」
「ねえねえロフェッカ、ポケモン協会の用事って何? 楽しい? ねえ楽しいの?」
「別に楽しくはねえ」
 ウズも、またおっさんも淡白だった。俺は仕方なくサラマンドラを抱えたまま立ち上がり、キョウキとふしやまの傍を通り過ぎて台所まで行く。カップを手に取り、食事室でポットから紅茶を注いだ。
「……おっさんさ、マジであんた最近、何やってんの?」
 俺はカップに熱い紅茶を満たしながらそう何気なく尋ねた。紅茶のポットを食卓に置き、カップの紅茶をストレートで啜る。俺ら四つ子は全員、紅茶はストレート派だ。ちなみにコーヒーは苦手だ。
 おっさんはなぜか溜息をついた。新聞をめくり、のんびりと適当に答えてくる。
「ほんと下らねぇことばっかやってますよ。キナンのポケセンの視察とかね」
「バトルハウスとかは?」
「あー、バトルハウスも仕事で行ったな。そんときゃお前さんらはおらんかったが」
「バトルハウスでこの頃ごたごたがあるって、マジかよ?」
 俺が鎌をかけると、おっさんはばさりと新聞を食卓の上に置いた。何気なくおっさんの顔を見やると、相変わらずの髭面だった。おっさんは苦笑している。
「……どこで聞いた?」
「マルチでバトルシャトレーヌ四姉妹と戦ったんだが、あいつら全然本気じゃなかったっつーか、弱かった。それにTMVも止まってたしよ。ここ、何か起きてんじゃねぇの? つーか何が起きてんの?」
「お前さんらはなんも心配しなくてもいい」
 そこにキョウキが笑顔で甘えたような声を出した。
「ね、ロフェッカ。お仕事、連れてって」
 俺もにやりと笑った。
「連れてけや。社会見学社会見学」
 セッカがぴょこんと飛び跳ねた。
「俺も! 俺も行く!」
 サクヤが鼻を鳴らした。
「連れて行かないとシメるぞ」



 というわけで俺らの威嚇に屈したロフェッカのおっさんは、俺ら四つ子とエイジを連れて、雨の中バトルハウスに向かっていた。
 別荘には傘が用意してあった。エイジはウズの傘を借りて、総勢六名の傘を差した集団がぞろぞろとバトルハウスへ向かう。
 雨の別荘地は静かだ。
 商業区に近づくと、雨の中でもキナンは賑わっていた。広場では水タイプのポケモンを繰り出してバトルが行われている。
 しかし道すがら、エイジの奴がひたすら、ポケモン協会について立て板に水のごとく喋りまくっていた。
「ポケモン協会はね、総務省所管の特定独立行政法人です。……その目的は『トレーナーの育成』です。その業務はポケモンリーグの運営、ポケモンバトルの普及・振興、またそのための助成や投票、検定、研究、金融、保険、年金、学校――」
「分かんねぇよ!」
 俺は思わず怒鳴った。
 するとエイジは傘を傾け、にこりと笑った。
「そうですね。……トレーナーカードを発行しているのも、ジムリーダーを認定しているのも、ポケモンリーグを開催しているのも、ポケモンセンターを開いているのも、ショップの道具を開発して売っているのも、著名なポケモン博士にトレーナーの旅立ちの世話をさせているのも、民間のトレーナープロダクションを援助しているのも、企業にポケモンを使った技術開発を促しているのも、災害復興を手伝うのも、トレーナーによる事件の被害者に見舞金を交付するのも、与党政権を支えているのも……すべてポケモン協会です」
 サクヤが不機嫌そうに疑問を発した。
「行政法人のくせに、政権を支えているのか?」
「ええ、それがポケモン協会の面白いとこなんですよ……。ポケモン協会は微妙に行政から独立してるんですよね……」
 当のポケモン協会の職員であるロフェッカのおっさんでなく、この若い家庭教師がそういった話をしているのは滑稽だった。おっさんは黙々とバトルハウスに向かっている。
「というのも、ポケモン協会は、独自に財界と強いパイプを持ってるんです。……ポケモン協会が研究したポケモンの技術を財界に提供することで、独自の莫大な資金を得る。または、ポケモンを利用する企業に金融を行い、さらに投資を行って利益を得る。……そして多額の政治献金供与を行う――という、なんとも独立色の強い組織でして」
 そのような話をされても、俺にはあまりよくわからなかった。ちっとも具体的でない気がする。想像できず、ピンともこない。キョウキやサクヤには分かるのだろうか。もしかしたらセッカも分かっているのだろうか。
 けれど俺がそう思ったところで、セッカが水溜りを跳ね散らかしつつ、間抜けにぴゃあぴゃあ叫んだ。
「わかんないもん!」
「昨今のトレーナー政策はすべて、ポケモン協会が与党政府に働きかけているものだということです」
 エイジはそう簡単にまとめた。そしてすぐに他のことを思い出したらしく、ぽんと手を打つ。
「ああそうだ、あと、現在は一応ジムリーダーは公務員ということになっているのですが、もうほとんど公務員ではないですねぇ。……だって考えてみてくださいよ。公務員って原則、副業禁止ですよ?」
 それは守秘義務や信用の維持、民間との癒着防止――といった観点から、通常なら公務員には要求されることらしい。
 キョウキが失笑する。
「確かに。でも僕、ジムリーダーや四天王、チャンピオンって、公務員というよりかはプロのスポーツ選手みたいなイメージなんですけど」
「微妙な線引きですよね。大会に出て賞金を狙うプロのトレーナーも、またジムリーダーなんかと別にいるでしょう。民間のプロダクションに所属するトレーナーと、ジムリーダーとの区別が曖昧になってきてます。……ポケモン協会は、ほとんど自分が行政法人だと意識してないんですよ……」
 サクヤが口を挟んだ。
「法には問われないのか?」
「ああ……それは問題ないでしょう。ポケモン協会法というのがあって、まあこの法律はポケモン協会の意のままに変動します。すなわちポケモン協会は何だってやりたい放題です」
 エイジの話を聞けば聞くほど、わけがわからなくなってきた。


 ポケモン協会はよく分からない。ポケモンに関わることなら、何でもかんでもやっているようだ。
 トレーナーカードの交付、ジムリーダーの認定、リーグの開催。このくらいはまだイメージしやすい。
 ポケモン博士に研究費を交付する。その代り、新人トレーナーの世話をさせる。
 ポケモンを利用する企業を支援する。シルフやデボンといった会社に融資したり、投資したり。
 または独自に、ポケモンを利用した技術を開発する。その技術を企業に売ったりする。
 農林水産、厚生労働、金融、保険、研究、教育、芸能、各種メディア、医療、観光、気象、運輸、災害対策、治安維持、軍事、政治、外交。
 聞けば聞くほど、ポケモン協会はなんでもやっている。ポケモンに関わることはすべて。
 むしろ、二つめの政府ではないかというぐらい、何でもかんでもやっている。
 政府は、自身から生まれたこの二つめの政府に、半ば呑み込まれかけているのではないかとさえ思う。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー