虹と熱 昼
エイジさんのポケモン協会講座が終わったころ、僕ら四つ子とロフェッカとエイジさんの計六名は、バトルハウスに着いた。
ロフェッカがバトルハウスにお仕事なのだ。僕ら四つ子はそれを見学する。
エイジさんはなぜかついてきた。昨日セッカとサクヤに人殺しの現場を見せたエイジさんが、平然とついてきた。ほんとこの人は僕らのストーカーなんじゃないかってぐらいどこにでもついてくる。それを僕らの養親のウズは大層都合のいい子守みたいに思っていて、エイジさんに信頼を寄せている。腹が立つ。
広々とした玄関ホールに入り、傘を預けたかと思うと、ロフェッカは大広間には入らず、バトルハウスの人の案内を待った。僕はロフェッカに話しかけた。
「ねえねえ、何をするんだい?」
「……ん? ああ、いや、ちょっとな」
「何さ、『ちょっと』じゃわからないよ?」
「あ――もう、うぜってえガキだな! 何もない。もう終わる。ただの後始末だ」
「何の後始末なのさ」
「騒動のだよ」
玄関ホールで待たされているのをいいことに、僕は駄々をこねた。
「ねえ何の騒動? ねえねえねえねえ」
「あーホラ、反ポケモン派だよ。ここんとこ、何かとバトルハウス閉鎖しろ閉鎖しろうるさかったんだよ。ま、それも収まったから、もう大丈夫だと思うんだが」
「どれくらいうるさかったの? なんで収まったの?」
「いや、抗議の手紙とか電話とか色々。警察沙汰になったが、TMV止めたりして、まあ何とかなったんだろ。以上。終わり」
ロフェッカは面倒くさそうに僕を適当にあしらった。まったく、ロフェッカのくせに腹が立つ。
それにしても、ということはやはり、ロフェッカはこのところバトルハウスのごたごたを処理していたのだ。TMVを止めたのも、ロフェッカが関わったのかもしれない。
そしてそのごたごたは、既に収束した。
でも、僕らは言われなくてもなんとなく分かっていた。――十中八九、セッカとサクヤが見せられたという、処刑のせいだ。おそらく反ポケモン派の偉い人を、フレア団が処分してしまったのだろう。だから、反ポケモン派による反バトルハウス活動は尻すぼみになってしまった。
セッカとサクヤは、僕の視線に気づいても肩を竦めるばかりだ。
セッカとサクヤはずっと落ち着いていた。凄まじいものを見てしまったのは昨日で、二人はズミさんの美味しい肉料理をどうしても食べることができなかった。だからこっそりレイアと僕が二人の代わりにお肉を食べてあげたのだ。また、夜の間じゅう、セッカとサクヤは悪夢にうなされていた。だからレイアと僕が、二人を真ん中に挟んでぬくぬく眠ったのだ。少しでも二人が安心できるように。
本当に、腹が立つ。
ロフェッカは、セッカとサクヤが昨日何を見せられたかを知らない。僕らは結局、誰にも話さなかった。たぶんエイジさんも、僕ら四つ子の間でしか昨日の出来事は共有されていないと思うだろう。事実、その通りだ。
――昨日の夜のぬくぬく布団の中でのことだ。僕らは四人で仲良く頭から掛け布団を引っ被って、布団ドームの中で大会議を開催した。
レイアは唸った。
「やっぱエイジの奴、こっから追い出そうぜ」
僕は別の意見を述べた。
「ていうか、僕らがもうキナンから抜け出さない?」
するとセッカがさらに別の意見を出した。
「いや、俺はこのまま様子見続けたいな」
さらにサクヤが別の意見を言った。
「馬鹿か。大人に助けを求めるべきだろう」
そう、僕らは意見が真四つに分かれてしまったのだ。
レイアが布団の中で怒鳴る。
「なんでだよ! なんで追い出さねんだお前らバッカじゃねぇの!? 人殺し見せてくるような変態だぞ!? もう嫌ださっさと追い出してぇあいつがここにいるの怖すぎる!!」
僕はレイアに反論した。
「確かに、ロフェッカにありのままを話してエイジさんを追い出すことは可能だよ。でも、そんなことをしたって、榴火と同じ事じゃない。僕らはフレア団にさらに疎ましがられることになるんだよ。エイジさん追放は一時しのぎにしかならない、このままじゃジリ貧だ」
セッカが口を挟んできた。
「でもさ、俺らがキナン出てったって何も変わんないよな? 確かにこのままじゃジリ貧だよ、だからこのままエイジの奴の様子見ようって。フレア団の弱点とか見つかるかもしんねぇだろ?」
サクヤが不機嫌に鼻を鳴らす。
「お前らは馬鹿か。僕ら四人で何ができる? 必要なのは、大人の助けだろうが」
それから、僕らは布団の中で大激論を戦わせた。
「助けを求めるって誰にさ? ロフェッカ? ロフェッカはポケモン協会の人間だよ、フレア団と繋がってるかもしれない。むしろロフェッカがエイジさんを呼び入れたのかもしれない」
「んなこた分かんねぇだろ! キョウキが言うみてぇにキナン出てくのも危険すぎる、俺らフレア団に狙われてんだぞ!? ここならポケモン協会が守ってくれんだろが!」
「れーや、そのポケモン協会が敵だっていう可能性があるんだぞ? ロフェッカのおっさんには頼れない。だからここは、ちょろくて馬鹿な四つ子を装って、エイジから話聞き出しまくって、何か解決策を考えようぜー」
「そんな悠長なことができるか。相手は大人の集団だぞ。ポケモン協会ができになる可能性があるのなら尚更、その可能性を潰すべきだ。殺人など完全な犯罪行為だろうが。その証言を持っていけば、ポケモン協会はフレア団を切らざるを得ない」
「でもさサクヤ、そんなの、僕ら四人を始末すればお終いじゃない。ポケモン協会は、フレア団と僕ら四つ子の、どっちを選ぶと思う? そんなの火を見るより明らかじゃない?」
とにかく、僕とセッカが、ロフェッカには頼れないという点を譲らなかった。
すると、レイアとサクヤが布団の中で顔を怒らせるのが雰囲気で分かった。
「てめぇらがどうだろうと知ったことか。俺は人殺しの連中と一緒にいるなんて耐えられねぇぞ。おっさんには言う。てめぇらが言わなくても俺が言う」
「勝手はやめて。レイア一人の問題じゃないんだよ。僕ら四人の命がかかってる、だから慎重に考えなきゃだめだって」
「慎重に考える余裕がどこにある? あのポケモン協会職員に話をするのは最善手ではないかもしれない、しかし最悪の手ではない」
「最悪かもしんないじゃん。エイジをどっかに追いやったところで、もっと頭のいいフレア団が俺らを嵌めに来る。そうなったら俺にもどうしようもないからね? そん時サクヤが守ってくれるわけ?」
「僕らにはどうしようもないと言っている。だから大人に助けを求めるべきだ!」
「だから、助けを求めるって、誰にさ。ウズなんて論外でしょ、戦えないし、四條家からもほとんど放置されてるし、ただのご隠居じゃん。他には誰? 四天王? ジムリーダー? 博士? みんなポケモン協会の人ですけど?」
「だから何で、そこまでてめぇはポケモン協会を既に敵視してんだよ! ポケモン協会は、今んとこは、表面上にしろ、俺らの味方なんだろ? その今んとこの味方をなんでわざわざ切る真似するんですかね?」
こんな感じで、ちっとも埒が明かなかったのだ。
ほとんど喧嘩腰になって、それからみんな揃って眠くなったから、仲良くぴったりくっついて寝た。
レイアとサクヤは今日の朝食の席からロフェッカに話をしたがっていたけれど、食卓には何でもないような顔をしたエイジさんがいたから話を切り出しにくかったんだろう。空気を読めるようになったのは偉いけど、二人は腰抜けだ。
ただ、エイジさんへの怒りは共通していたから、僕らは四人でねりねりした納豆をエイジさんに浴びせたわけだ。
エイジさんは、僕ら四つ子にぴったりついてくる。ここまでくると、やっぱり見張られているような気分にしかならない。あるいはエイジさんは、僕らがロフェッカに余計なことを言わないように無言で威圧しているつもりなんだろうか。
レイアとサクヤの気持ちも分かる。周囲の大人を信じて、助けを借りて逃げ切ろうとしている。
でも僕やセッカは、周囲をすべて切り捨てて、自分たちだけを信じて戦い抜こうと考えている。
どちらが正解なのだろうか。
違いは、『ポケモン協会を信じられるか否か』、この点に尽きる。
だからそれを見極めるという目的もあって、とはいえ半ば漫然と、僕ら四つ子はロフェッカに付きまとっているのだ。
そしてこの状況である。
ロフェッカはバトルハウスの人に案内されていった。
オーナー、すなわちバトルシャトレーヌとお話をするそうだ。僕らも行きたいと駄々をこねてみたけれど、部外者との一言で一蹴されてしまった。ほんと、ロフェッカのくせに腹が立つ。
仕方がないので、僕ら四つ子とエイジさんはバトルハウスの観戦に行った。もちろんエイジさんに全員分の入場料を支払わせた。
バトルハウスは、このキナンで密かに繰り広げられていたごたごたも知らないで、相変わらず酒臭くて煙草臭くて、賭博が溢れていた。放蕩と放埓のにおい。
そして今まさにバトルの行われている大階段の踊り場に視線を転じて、あれ、と思った。
「……四天王のドラセナさんじゃねぇか」
レイアが呟く。
ドラセナさんのクリムガンが、相手のポケモンをちぎっては投げちぎっては投げ、見事な完全勝利を披露していた。ドラセナさんは、戦うクリムガンを見つめて楽しそうだ。僕らのみている前で、さらに三人のトレーナーを打ち負かしたけれど、全然疲れた様子も見せずに微笑んでいる。とてもパワフルな人のようだ。
ドラセナさんはクリムガンをモンスターボールに戻すと、とりあえず満足したのか挑戦を切り上げ、大階段を下りてきた。
そして僕らに目を留めた。
「あらまあ」
ドラセナさんは疲れた様子もなく、にこにこと僕らの方に歩み寄ってきた。
「こんにちは。いらっしゃいなのよ。四つ子さんでしょ? カルネさんから聞いたもの」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
ドラセナさんは思いがけず僕らのことを知っていた。レイアもドラセナさんとは対戦していないはずなのに、というかカルネさんたら、なんで僕らのことを四天王にお話ししてるんだろう。仲良しなのかな。
ドラセナさんはにこにこと僕らを見回した。
「ね、あなたたちお強いでしょ? お話は聞いているのよ。だから、ね、遊んじゃいましょ?」
僕らは顔を見合わせた。
しかしなぜかレイアとセッカとサクヤが三人揃って僕を見てきた。
え。なんですか。僕ですか。
「もう嬉しい。シャトレーヌちゃんたちも忙しいみたいだし。強い相手と遊ばないと、ポケモンたち育たないもの」
ドラセナさんはマイペースに、降りたばかりの大階段を上り出している。あの、ええと、先ほど挑戦を終えたばかりじゃないんでしょうか。
「ほら、早く!」
ドラセナさんは階段の踊り場でこちらを見下ろし、チャーミングに微笑んでいる。まるで少女だ。そしてすさまじいマイペースだ。
バトルハウスの人が困っている。
とはいえ四天王には逆らえないらしく、既に次のバトルに備えかけていたトレーナー達がそそくさと二階に戻っていく。
そして、片割れ三人の無言の視線を受けて、なぜか僕が踊り場に上がることになってしまった。ほんとに、もう。わけがわかんない。
仕方がないので、ドラセナさんに微笑みかけた。
「こんにちは。はじめまして、キョウキと申します」
「あたしはドラセナなのよ。さ、始めましょ」
そして休憩時間の終わりを告げるベルが鳴るのも待たずに、ドラセナさんはクリムガンを繰り出している。バトルハウスの人があわあわしている。しかし僕はバトルハウスの人よりドラセナさんの方が大事なので、おとなしく屈み込んで頭上のふしやまさんを床に下ろした。そしてモンスターボールを手に取る。
本当はぬめこやごきゅりんも育てたいのだけれど、ドラセナさん相手に本気を出さないのは失礼だ。
「頼むよ、こけもす」
モスグリーンの瞳が美しい、化石ポケモンが現れる。
「行って!」
指示を飛ばす。僕のこけもすは翻り、クリムガンに向かう。そして猛毒を吐いた。
「あらら」
ドラセナさんは笑っただけだった。クリムガンは猛毒を甘んじて受ける。
「クリムガン、ドラゴンテールなのよ」
「寄せ付けるな――岩雪崩!」
クリムガンはその巨躯で跳躍した。凄まじい跳躍力だった。その頭上目がけて、僕のこけもすが岩石を降らせる。位置関係的にはこちらが有利だ。
「クリムガン、リベンジよ」
「こけもす、フリーフォール!」
岩石のダメージを受けたクリムガンは奮起し、先ほどにましてすさまじい勢いをつけて飛びかかってきた。
こけもすは高度を下げる。そして跳び上がったクリムガンとすれ違うように、その下まで下降した。
そして跳躍のエネルギーの残るクリムガンを下から掬い上げるようにして、その足の鉤爪で捕らえ、空に攫った。
「クリムガン、ドラゴンテールよー」
けれどクリムガンは捕らえられながら、その尾を振るう。こけもすの腹にそれがめり込む。
こけもすは息を詰まらせ、クリムガンを放してしまう。そして滑空した。位置エネルギーを運動エネルギーへ。その勢いを利用する。
「ドラゴンクロー!」
「ドラゴンテール」
クリムガンは落下の途中だ。空中で尾を振るってもしっかり反動は付けられない。
こけもすが上からクリムガンを抉る。地に叩き付ける。フリーフォールはとりあえずは完遂したと言えるかもしれない。
「こけもす、岩雪崩!」
「耐えて、クリムガン」
まさか、と思った。ドラゴンクローを食らい、猛毒もあり、岩雪崩をさらに耐えるのか。
まさか。
僕は鼻で笑った。
「こけもす。続けて。階段を潰す勢いで。埋めろ」
岩をいくつも落とす。クリムガンが岩石に呑まれ、見えなくなる。そして猛毒にその体は蝕まれている。いつまで耐えられるか。
ドラセナさんが声援を飛ばす。
「頑張って、クリムガン。リベンジよ」
「こけもす、ドラゴンクローだよ。沈めて」
こけもすが宙を回り、勢いをつけて急降下する。岩を押しのけたばかりのクリムガンを再び抉り、弾き飛ばした。
クリムガンはしぶとかったけれど、空中を自在に動くこけもすには敵わなかった。
ゆっくりとシャンデリアを迂回し、こけもすが僕の傍まで戻ってくる。着地して喉を鳴らすこけもすの顎を撫で、労ってボールに戻した。係員にそのボールを預ければ、数瞬でこけもすの体力を回復してもらえた。
ドラセナさんもクリムガンをボールに戻しつつ、にこにこと笑って僕の傍まで歩み寄ってくる。
「もう終わっちゃって……。ごめんね、よければまた遊びましょ。あなたとポケモン、チャーミングすぎるもの」
「ありがとうございました。こけもすにも僕にもいい経験になりました」
バトルハウスに拍手が満ちる。一対一の、しかも記録にも残らない勝負だったけれど、四天王のポケモンを破ったのだ。とりあえず称えられてしかるべきだろう。
僕がふしやまさんを再び頭の上に乗せてドラセナさんと一緒に大階段を下りると、ピカチュウを肩に乗せたセッカがぴょこぴょこと飛び跳ねた。
「きょっきょ! しゅごい! 強い!」
「ありがと、セッカ」
とりあえずお礼は言ったものの、僕はまだよくわかっていなかった。なんで僕、ドラセナさんといきなりバトルする羽目になったんだっけか。