マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1459] 早鐘(一) 投稿者:   投稿日:2015/12/14(Mon) 22:14:24   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:タワーオブヘブン】 【ベル



 進路を阻むようにぼうぼうと、胸の辺りにまで伸びた草藪。
 しばしばそこから飛び出して来る、野生ポケモンとの戦闘。
 それらをどうにかこうにかいなしながら、ベルとジャノビーは爪先上がりが続く七番道路を歩いていた。

「ジャビー!」
「……」

 トレーナーである自分を差し置いて、叢(くさむら)の中をさっさと進んで行く草蛇の呼び声を、ベルは敢えて無視した。どうせ咎めたところで彼は待ってなどくれない。これまでの経験で、彼女はそのことをよく知っていた。

 季節は秋も終盤。時折落ち葉を巻き込んで吹く風が、外気に晒されている顔や指先を打ち、身が縮こまった。

 草に足を取られぬようにと下にばかり向けていた視線を、おもむろに持ち上げる。するとベルの緑色の双眼は、広葉樹の紅葉と針葉樹の常緑、そして快晴の蒼穹を貫く人工的な白を捉えた。

「あっ! あれがタワーオブヘブンね!」

 瞬間、限良く途切れた藪から抜け出て、前方を行く相棒を追撃する勢いで駆け出す。綽々と歩いていたジャノビーは土を蹴る音に主人の到来を察し、弾かれたように走り出した。


 タワーオブヘブン。正しき魂、ここに眠る。


 気魂浄化の白亜の塔は神々しい佇まいで、たもとに辿り着いた少女とポケモンとを出迎えた。

「真っ白で綺麗な塔だね……」
「ジャビィ」

 高楼に満ちる柔らかな気配にベルはほうと溜息しながら、ジャノビーはゆるゆると伸びをしながら見上げ、開け放たれたその扉をくぐった。






 薄暗がりの中、蝋燭に灯る炎がひらひらと揺らめく。
 明かり取りから注ぐ光の束が、整然と並ぶゼニスブルーの墓標を照らし出す。
 そんな、慎ましい美しさに陶然とするベルを後目に、出入口の傍に螺旋階段を見つけたジャノビーは素早く欄に飛び乗り、するすると上り始めた。

「ちょっとジャノビー」
「ジャビビビー!」

 気づいたベルがすかさず声をかけるが、止まるはずもない。それどころか彼は「捕まえられるものなら捕まえてみせろ」とでも言いたげに蔦葉の尾を振り振り、速度を上げる始末だ。

「もおお……」

 生意気で高飛車な相棒。勝負以外の場面ではとことん言うことを聞いてくれない相棒。
 今に始まったことではないので早々に諦めるとして、ベルは自身も階段を上ることにした。




 そもそもこの塔に立ち寄ろうと思ったのは数日前、電気石の洞穴でのアララギの護衛を終えた際に、彼女から聞いた話が切っ掛けだった。
 先行く幼馴染みたちと合流したいと伝えたベルに、アララギは旅の参考までにと、洞穴とフキヨセシティを越えた先に聳えるタワーオブヘブンの存在、更にその塔にまつわる昔話を聞かせてくれた。


 伝承とするには新し過ぎる、今からざっと五十年前の話だ。


 当時イッシュにはトルネロスとボルトロスと言う、姿のよく似た二匹のポケモンがいた。彼らは相当な乱暴者で、旋風と雷撃で民家や田畑を荒らしながら、昼夜イッシュ中を飛び回っていたそうだ。
 そんな二匹の横行を見兼ねた“陽魔使い(ようまつかい)”と呼ばれる人々がある時、大地の力を操るポケモン・ランドロスの協力を得て二匹を退治し、タワーオブヘブンへと封じ込める。封印はその時代、塔を守護していた祈祷師が手懸けた特別なモンスターボールに因るもので、効果は短くとも半世紀は持続するとされた。
 封印のモンスターボールは現在もタワーオブヘブンにて厳重に、そして密やかに安置されていると言う。

 二匹が封じられてから五十年の月日が経った今。不謹慎かも知れないし、少し怖い気もするけれど、彼らと出会えることを楽しみにしているのだと、アララギは語ったのだった。




 階段を上る途中、ベルは眼下にある空間の突き当たりに小さな祠が祀られているのを見つけ、足を止めた。
 そこに封印のモンスターボールがある。二匹が封じられている。そう直感し、確信した。
 アララギと同じくベルも、封印されたポケモンたちを見てみたい、彼らに会ってみたいと思い、ここへ来た。しかしこうして現場に来てみれば、今この瞬間にも二匹が永き眠りから目を醒まし、襲い掛かって来るのではないかと、想像せずにはいられない。

(あたしがここにいる間に封印が解けませんように……)

 そう切に願いつつ、ベルは足取りを早め階上へ急いだ。






 二階に着くとジャノビーが床に転がっていた。
主人が来たことを知ると、いかにも退屈だったと言う視線を、そちらへ向ける。

「ごめんごめん……って言うか、あたしを置いて勝手に登ってっちゃうジャノビーがいけないんでしょ!」
「ジャビ?」

 のろいお前が悪いんだろ、と、草蛇は目つきに意見を込めて応じた。




 緻密に整列していた一階とは違い、所々に密集していたり疎らになっていたりと乱立する墓標の合間を、縫うようにしてふたりは進み行く。
 前の階と異なるのは墓石の配置だけに留まらなかった。一階の気配はそれこそ、魂の清められた落ち着いたものだったのに対し、ここには未だ無数の魂が辺りを遊び回っているような、強い生命力を感じるのである。
 次第に自分を取り囲む空気が不気味なものに思えてきて、ベルは温度とは関わらない寒さに、たびたび体を震わせた。

 墓参(ぼさん)に訪れていた何人かのトレーナーと親睦の勝負を交えたり、初見の野生ポケモンを捕獲したりしながら、少女と草蛇は足早に上方を目指す。そうして塔を上り進める内に、ベルはある物音に気づいて耳を澄ませた。

「……何か音が聞こえるよね?」

 微弱にだが、間を置いてゴーン、ゴーンという音が塔の中を反響していた。訊ねられたジャノビーが上を示し、主人は頭上を仰ぐ。

「上? ……あ! そう言えば頂上に鐘があるんだったね!」

 アララギとの会話では、封印されたポケモンの話が前面に出されたため失念していたが、もともとこの塔は頂きの鐘によって名が知られているらしい。

「ジャビィ〜……」

 納得したトレーナーにジャノビーが半眼を寄越す。のんきな奴め、とでも言いたげだ。
 そんな顔つきをした相棒を見てベルは、これほどまでに何を言いたいのかが手に取るように解るポケモンはいないだろうな、と考え、がっくりと肩を落とした。意思の疎通が出来ているのだとしても、とても喜べない。

(まあ、それは置いといて……)

 気を取り直し、最上階に向けて歩行を再開する。
 絶え間なく響く壮麗な鐘声に、一歩ずつ一歩ずつ、近づいて行く。








「わぁ……いい景色〜」

 最後の段を上り終えたふたりは露天へと躍り出るやいなや、視界に広がった風景に顔を綻ばせた。
 今いる高殿以外に近くに建造物は無く、燃える彩りの森林やフキヨセの街並み、のちのち越えることになる鉱山などがすっかり一望出来る。
 胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだジャノビーが嬉しそうに笑う。ベルもそれに倣って、両腕を振り上げ大きく深呼吸をした。

 その時、残響として聞こえていた鐘の音が再び音量を強めた。振り返って見れば、成人と変わらぬ背丈を持った黄金の梵鐘が、高台に据え置かれているのが目に入った。
 屋上の中心へと向かう。歩数を重ねて行くと、ベルは鐘の傍らに人影があるのを見て取った。

「ジャビィ」
「!」

 ジャノビーの声に反応し、鐘を鳴らしていた人物がふたりの方を振り向いた。黒い鍔のキャップを被った優しげな、セピアの瞳の、ベルと同年代の少年だ。

「あ……こんにちわあ!」

 少年の人の好さそうな雰囲気に胸を安らげ、ベルの方から、歩み寄りつつ声をかける。

「やあ、こんにちは! きみもお墓参り?」

 対する少年もにこりと頬笑んで、自身へと近づいて来る少女に答えた。

「うん! ……あ、違うかな? えっと、ここにいるポケモンはどんなのかなーって見に来たって言うかあ……」
「そっか、仲間を探しに来たんだ? ヒトモシもリグレーも可愛いよね」

 自分が示唆したもの――封印された二匹のポケモン――とは違う名を出されたが、そのように返して来た少年に、ベルの表情は花が開いたように明るむ。

「そうなの! お墓が沢山あるからちょっと怖かったんだけど、可愛いポケモンがいてときめいちゃったんだあ」
「うんうん。初めて見るポケモンと会えるとドキドキするよね。俺、毎日ドキドキしっぱなしなんだ!」
「そうそうっ、ときめきでドキドキだよねえー!」

 たった数十秒の対話で、ベルと少年は意気投合したようだ。初対面とは思えぬ打ち解けっぷりである。

「えへへへー」
「あはははは」

 花が舞っていそうな和やかな空気を醸し出す二人を、ジャノビーが不思議そうな顔をして見やった。

「あ、俺カナワタウンから来たんだ。名前はシュヒ。よろしくな!」

 そう言って少年、シュヒが、右手を差し出した。

「あたしはベル。カノコタウンから来たの。よろしくねぇ、シュヒくん!」

 彼の意図を覚り、ベルも右手を差し出す。

「シュヒでいいよ。俺もベルって呼ぶから」
「じゃあシュヒ、ね」

 互いに伸べた手を結び、軽く二三度振ってから、どちらからともなくほどいた。
 直後、少年が何事か思い当たった様子で口を開く。

「ん? カノコタウンって……リヨンとチェレンと同じ?」
「え、二人を知ってるの?」

 思い掛けない名前を出されベルは目を丸くするが、すぐに立ち直り答えた。

「リヨンとチェレンとあたしは幼馴染みでね。三人で一緒に旅に出たの!」
「へえ!」

 得心したシュヒが更に続ける。

「二人とはライモンシティの辺りで会ってさ。色々お世話になったんだ」

 そう言う、少年の台詞を受けた瞬間。先程までの笑顔と打って変わって、ベルの面差しににわかに陰りが出来た。

「……そうなんだ。全然知らなかったなぁ……」




 ライモンシティ。様々な娯楽施設が建ち並ぶ、華やかな一大レジャー都市。
 だがベルにとっては父親との確執、カミツレとの出会いと助言、幼馴染みたちとの縮まらぬ差異、そして何より自分の生き方――改めて自分という存在に対して、様々な考えや想いを交錯させた場所だった。
 ホドモエシティを発とうとしていたリヨンに再会するまで、ベルは自らに問うために幼馴染みたちから距離を置いていた。その間に彼女たちはこの少年と出会い、言葉を交わしたと言う。

 そういった何でもないような事柄でも、自分はあの二人に追いつくことは出来ない……。ベルは己が少しばかり落胆するのを感じた。




「リヨンもチェレンも、ポケモンと一緒にどんどん強くなってくの。あたしは……二人に置いて行かれちゃってるみたいで……ちょっとつらい、かなあ」

 知らず知らずの内に落ちていた視線。それを上げると、きょとんとした表情で自分を見据えるシュヒと目が合った。瞬間、胸に秘めていた苦悩を今し方、吐露してしまったことに思い至る。

「あっ、なんでもない。独り言だよ!」

 ベルは慌ててかぶりを振った。己の不注意とは言え、出来れば隠しておきたかった心情を聞かれてしまったことに気恥ずかしさを覚えて、シュヒから目を逸らす。

「ジャビビィ〜」

 結果、小馬鹿にしくさった笑みを浮かべる相棒を見る羽目になった。


「……もう、ジャノビー! そういう顔するのやめてってばあ!」

 彼の生意気な表情に、一度沈んだ心が元気づけられたような気がした。あまり好ましくない方法ではあったが。

「ベルのジャノビーっていい顔するね。人間みたいだ」
「そうかなあ……」

 草蛇を覗き込んだシュヒがそんなことを口走り、ベルは心底困った顔になった。当のジャノビーは何故だか満足気に笑っている。

「勿論ベルもさ。ポケモンといるのがとっても楽しい! って、そういう顔。すごく可愛いよ」

 彼があまりにもさらりと言い退けたものだから、少女もつられて、さらりと聞き流しかけた。

「かっ、かわッ?!」

 言われた言葉の意味を理解した瞬間、ベルの顔は真っ赤に染まった。クリムガンみたいな顔色だなぁ、と少年は密かに思う。

「な、何、それ。シュヒって、そういう人なの……?」

 冗談でなく湯気が出ていそうな頬に手を添えて、計らずも上目遣いで訊ねる。

「ん? そういう人って、どういう人?」

 しかし少年は事も無げにけろりとした表情で、ベルの問いに問いで返した。
 本当に解っていないのか、演技なのか。判断が難しい。

 ベルは幼い頃、リヨンに真っ向から「可愛い」と言われて顔を真っ赤にさせていたチェレンのことを思い起こした。あの頃の彼の気持ちが、今は解る気がする。
 もっとも女子に可愛いと言われてしまっていたチェレンと、男子に可愛いと言われた自分とでは、同じ恥ずかしさでも若干の違いが生じるであろうが。

 そこまで考えて、ベルははたと気がついた。
シュヒの率直な物言いや、羞恥を微塵にすらも感じていないような大胆な素振り。それがとても、リヨンに似ていることに。


「ジャビビビィ〜」

顔に集まった熱がなかなか冷めず、どうしようかと迷いあぐねる主人を、草蛇は嘲笑いつつ見上げていた。


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