マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1461] 残照遊ぶ 下 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/16(Wed) 20:49:19   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



残照遊ぶ 下



 その老人は異様に目立つ。
 ガブリアスの1.5倍もの身長、長い白髪。首にかけた古い鍵。特徴的すぎる。
 セーラはすぐにその大男の姿を認めた。そして木陰に隠れつつそちらを窺う。
 老人の傍に立っている、その老人との比較のせいでやたら小柄に見えるトレーナー。ピカチュウを肩に乗せ、ガブリアスを侍らせて。
 間違いない。セッカだった。
 セーラは頭を抱える。


 セッカとはショウヨウシティで別れたきりだ。自転車で轢いただの、痴漢呼ばわりだの、泥棒騒ぎだの。その果てにそれらの翌朝セッカはなんでもないような顔をしてセーラにジャージの上着を返却し、まったく普通の顔をしてショウヨウを後にした。
 何のときめきも、何の発展の兆しも無かった。その時その傍にいたポケモン協会の職員の髭面の男が言っていた。
「ま、気にすんな。そもそもあいつ男か女か、俺も知らねぇもん」
 その言葉の含んだ意味、想定された前提、すべてをセーラが把握するには時間がかかった。
 そしてセーラはその職員の男に掴みかかった。
「ちょっとそれどういう意味よ! まさか、あ、あたしがあああの変態野郎に何か!?」
「え、違うんか。ま、いいじゃねぇか女同士でも、普通にアリだわアリ」
 だからどういう意味なんだ。セーラは職員の向う脛を思い切り蹴飛ばした。

 またセーラは、姉のローザから、ハクダンシティでセッカに会ったとの連絡を貰っている。ホログラムメールが届いたのだ。
『ねえセーラ、ハクダンでセッカさんとその片割れさんに会ったわよ』
「え、セッカと……片割れって何?」
『知らないの? セッカさんは四つ子よ?』
「ええええええ何それ知らないなんで言わなかったんだあんちくしょ――!」
『ふふ、セーラはセッカさんに興味があるの?』
「ちょ、ちょっとお姉ちゃんまで変なこと言わない! 四つ子なんてび、びびびっくりしただけ!」
 そのような会話のさらにその後、姉から再び連絡があった。
 しかしそれはセーラの私用のホロキャスターへの通信ではなかった。
『ショウヨウシティで目撃情報あり。セーラ、彼を確保するまで追って』
「了解」
 セーラはきちんと制服に着替え、四つのハイパーボールをボールケースに収納し、拠点とする建物を出た。


 そして追って、追い続けて。
 何度かバトルを挑んだが、セーラはAZに逃げられ続けていた。
 バトルでは有利なのだ。しかしAZはいつもバトルの最中に隙をついて逃げてしまう。普段は隠れもせずその長身を日にさらしているというのに、なぜかAZは逃げ隠れが病的に上手かった。
『おそらく長い時の間にやはり気味悪がられて、身を隠す術でも覚えたのでしょうね』
「でもお姉ちゃん、あたし、一人でできるか不安になってきたよー」
『出来るわ。貴方のポケモンなら』
「“あたしなら”出来る、とは言わないのね。もう」
『ああ、そうだセーラ。四つ子がキナンから脱走したらしいわ。もう何日も前に』
「……何それ、今のあたしに何か関係あるわけ?」
『ないわね。お仕事集中して頑張ってちょうだい』
「余計なこと言わないでよね、お姉ちゃん」
 ショウヨウから列石の間を通ってセキタイ、映し身の洞窟を抜けてシャラ、そしてこののどかなメェークルの鳴き声響く12番道路。
 セーラはここ数日間AZを見失っていた。一度来た道を引き返す理由はないだろうと、それだけ見当をつけてメェール牧場で待ち伏せしていた。するとやはり、AZは現れた。セーラが追跡を中断した結果AZも身を隠すのをやめたのだろう、のんびりとメェール牧場を歩いていたのだ。
 しかし、AZは牧場の只中で立ち止まった。セーラも目を凝らした。
 それは、四つ子の片割れの一人だった。


 セーラは歯噛みする。
 折角AZを見つけたのだ。姉にも先ほど連絡を入れたから、応援を送ってくれるはずだ。どうにかここで足止めしておきたい。
 しかしまたバトルを挑めば、逃げられてしまうかもしれない。セーラは既に二度ほど、バトルの最中にAZに逃げられているのだ。何度も同じことを繰り返すことほど馬鹿馬鹿しいことはない。
 ここはおとなしく潜伏を続け、AZの行方を確実に追い続けるべきなのではないか。
 AZはセッカと何やら談笑している。
 セーラはおよそセッカそのものには、今のところ興味はさめきっていた。確かにショウヨウで助けられた時には一瞬心がときめいたが、改めて冷静に考えればあれは吊り橋効果というやつであったし、またセッカの事件翌朝のおよそ冷淡な態度にセーラは幻滅もした。やはりセッカはセーラが夢見たような彼氏にはなりえない。そもそも男か女かもはっきりしないのだ。
 ただ、セーラは四つ子のトレーナーを厄介だとは思っていた。
 セッカの傍にのんびりと寛いでいるガブリアス。ショウヨウで見た時はセッカを乗せてすさまじい跳躍を見せ、あっという間に街を飛び越えていった。おそらく並みのポケモンではないだろう。
 けれど、今のセーラには、強い手持ちのポケモンがあった。
 セッカとバトルをしてみたい、という気持ちはある。一方的に傷つけられたり守られたりという関係ではなく、対等な場所に立って戦ってみたい。

 セーラはAZの様子を窺っていたはずが、いつの間にかそのような事を考え出していた。はっとして思考を切り替える。
 AZとセッカはメェール牧場から動きそうにない。その話し声はセーラの元までは届かない。
 AZを追うか。しかしそれではおそらく、セッカとは行き違いになる。
 かといってAZの追跡以上に優先すべきことはない。
 しかし、ここで別れればセッカとバトルする機会などもう無いかもしれない。
 順当に行けばAZはこのまま東のヒヨク、南東へ13番道路を通ってミアレへ向かうはずだった。AZがミアレに辿り着くまでにセーラは仲間と一緒にAZを確保すればいい――。
 セーラはそう算段を立てた。であればここで、セッカにちょっかいを出してもいいのではないかと考えた。
 算段を立てはしても、セーラの心は平静ではなかった。
 セッカとバトルをする。それはセーラにとって非日常で、まるで新人トレーナーがとうとう初めてのジムに挑戦するような、そのような高揚感と緊張、麻痺した神経にセーラは侵されていた。まともな判断などできなかっただろう。けれどいちいち標的を襲撃する際に姉に連絡を入れるなど、普段の彼女にあっても考えられなかった。常に自身で考えて行動することが求められていたからだ。
 セッカは。海辺のショウヨウシティで。セーラにマッギョの10万ボルトを浴びせ、さらにはブスだのなんだのと罵詈雑言を浴びせかけた。そのような仕打ちをセーラにしたのは後にも先のもセッカだけであろう。そのことを静かに想起すると、何となくセッカを許してはならないような、当時うやむやにしてしまったことへの漠然とした違和感が首をもたげる。
 そう、けじめをつけると思って、今ここで正々堂々と勝負をすればいい。
 それきりセッカのことなど、きれいさっぱり忘れてしまえばいい。
 セーラは草原に足を踏み出した。カツラとサングラスを取り去る。これを身につけていれば素性を隠すことはできるけれど、セッカにはセーラだと認識してもらえないから。
 空は青い。
 大地は緑。
 その中でセーラはただ一人、赤い。



「ちょっと、セッカ」
 少女に声を掛けられ、ぼんやりと草の中に座り込んでいたセッカはぼんやりと体をねじった。今まで同い年ほどの少女に名を呼ばれたためしなどない。セッカにとっては非日常も甚だしい出来事であった。
 そして緑の大地と空の青の中で鮮烈に自己主張する少女を視界に入れ、セッカは思わずその色彩の激しさに瞬きした。目に痛かった。毒々しい色だった。
 赤いスーツを纏った、茶髪のポニーテールの少女。
「うげぇ……ペンドラーかっての……」
「誰がペンドラーよ!」
「あんたが」
「ひどいっ」
 そう戸惑いなく毒づいてくるその声の調子に、セッカはふと首を傾げた。
「あ、まさかセーラ?」
「そーよそうですよ、あたしがセーラよ!」
「……ショウヨウから私を追ってきていたな」
 AZが座り込んだままぼそりと呟く。
 するとセーラは立ったまま笑顔で、座り込んでいる老人を見下ろした。
「今日は貴方はいいわ。あたしが用事があるのは、こっちのセッカだもの」
「え、俺?」
 ピカチュウを肩に乗せたセッカがぽかんと口を開く。セーラはそちらに目を向けて笑った。
「そうよセッカ。あたし、ショウヨウでの恨み、忘れたわけじゃないの。せっかくここで会えたんだから、バトルできっちり決着つけようと思って」
「お前、ポケモントレーナーだったんか……」
「うるっさいわね! 馬鹿にしないでよ! 前のあたしとは違うんだから! 見てなさいよ!」
 セーラは怒鳴ってケースを開き、ハイパーボールを一つ取り出した。高く放り投げる。
「行って、デデンネ!」
 ボールの中から、長い尾をしならせてデデンネが躍り出る。それは草陰に潜み、ぎりりとセッカとピカチュウ、そしてガブリアスを睨む。


 そのデデンネを見て、セッカは顔を顰めた。
「…………どういうことだ」
「どういうことも、こういうことよ! ねえセッカ、あたしはこの子たちでバトルしてみたいの。ちょっと相手になってちょうだい」
 セーラは鼻高々であった。
 セーラはバトルが好きだった。バトルをするのも見るのもどちらも好きだ。バトルをすることがセーラにとって最高の祭の演出であった。
 セッカもポケモントレーナーなら、バトルには喜んで応じるはずだ。トレーナーはバトルばかりする存在だからだ。セーラをただの自転車好きのミニスカートとしてではなく、好敵手として認めてくれる。セッカはセーラをより鮮烈な存在として認めるだろう。
 それだけを望んだ。
 けれどセッカはいつかの朝のように、どこかセーラの望んだものと違う動きをした。
 ただ、冷淡に問いかけた。
「……いやさ、あのさ、バトルすんのはいいけどさ。セーラ、いくつか質問していい?」
「何よ」
「セーラ、エビフライ団だったんだ?」
 セッカはセーラの制服を見つめていた。
 真っ赤なスーツ。セッカに認識されるためにカツラとサングラスは外しているが、それもただ足元に置いているだけだ。
 セーラは怒鳴った。
「エビフライ団って何よ、そのお子様ランチみたいな名前は! フレア団よ!」
「ああそうそう、それ。で、セーラってエビフライ団だったんだ?」
「フレア団だって言ってるのに……。あたしはフレア団員よ、悪い?」
 いや、悪くはねぇけど、とセッカの返事は歯切れが悪い。
 そのままセッカは狼狽したように首を振った。セッカらしくない動作にセーラは眉を顰める。セッカらしくないといっても、セーラはセッカとは半日ほどの付き合いしかなかった。それでもこれほど意気地のない人間だったなら、ますます興ざめだ。
 セッカが額を押さえていた手を下ろし、顔を上げた時、セッカは無表情になっていた。
 灰色の眼差しがセーラを射抜く。
 反射的に肘が跳ねた。
「じゃあさセーラ、もう一つ訊くけどさ、もう一つ訊いてバトルに入るけどさ」
 セーラは無意識のうちに固唾を呑んだ。
「……な、何よ」
「そのデデンネどこで手に入れた」


 セッカは目を見開き、無言のままガブリアスを駆けさせる。
 ガブリアスは草をかき分け、デデンネに踊りかかったかと思うと、その爪をデデンネではなく大地に叩き付けた。
 地面が揺れる。セーラは悲鳴を上げた。牧場のメェークルたちがパニックになって走り回ったり地に伏したり。
 AZは座り込んだまま、唐突に不意打ちのように始まったバトルを眺めている。
 ピカチュウを肩に乗せたセッカは無表情に立ち尽くしている。
 小さなデデンネが揺れる地面に翻弄され、目を回す。
 セッカは舌打ちした。
「何これ」
「デ……デデンネ、戻って! お願いホルード!」
「ああくそマジで腹立つ。アギト適当に潰して」
 セーラが続いて繰り出したホルードに、ガブリアスは容赦なくドラゴンクローを振り下ろす。ホルードはそれを巨大な耳で受け止めた。睨み合う。
「ホルード、穴を掘る!」
 セーラが叫ぶと、ホルードは軽くガブリアスを受け流し、その脇で地中に飛び込んだ。
 すると再びセッカが不機嫌も露わに舌打ちした。
「……あのさ、ホルードもホルードっつーか、そのパターンでサクヤのボスゴドラに潰されたの忘れてるわけ?」
 ガブリアスが再び地震を撃ち、ホルードを地中からあぶり出す。そこにドラゴンクローを見舞う。不意を突かれたホルードがバランスを崩し、草の上をざざと滑っていく。
 セーラはホルードを戻しもせず、残り二つのハイパーボールを掴んだ。
「い、行って、ブロスター、ファイアロー」
「ああ……ほんと、ほんとに…………」
 セッカが片腕を持ち上げた。肩にいたピカチュウがバチバチと紫電を閃かせつつ、その腕の先に駆け寄る。
 ピカチュウを投げ上げる。
 青天の霹靂。
 微かに湿った空気に、ばちりと弾ける音が満ちた。



 セッカは無表情ながら、半ば混乱していた。
 目を回すホルード、ブロスター、ファイアローをそのままにして草地に座り込んでいる、赤いスーツ姿のセーラの元に歩み寄る。ややぽっちゃりした体形にスーツがきつそうだ。しかしそれは間違いなく、フレア団の制服だった。
 乱れたポニーテールの茶髪が揺れる。
 セーラはセッカを見上げ、その顔の無表情なのに僅かに怯えたらしかった。
「……いや、ほんと、なんでお前さ」
 セッカはピカチュウを肩に乗せたまま、セーラの正面に屈み込んだ。真面目な顔を作って覗き込む。
「ファイアローとブロスターとホルードとデデンネ、どこで手に入れた?」
「……あ、あたしは、た、ただ受け取っただけで」
 セーラは胸の前で手を握りしめている。まるでセッカとの間に壁を作るかのように。
「受け取った?」
「ふ、フレア団の幹部に」
「あー、お前なんで、フレア団なんかに入っちまったの?」
 そこにピカチュウの鳴き声が割り込んだ。
「ぴぃか、ぴかぴか」
「……何、ピカさん」
「ぴかちゅ、ぴぃか!」
 ピカチュウはセッカと何かを相談すると、途端に愛くるしい妖精の顔つきになってセーラの膝にてちてちと歩み寄った。セッカの無表情に怯え切っていたセーラの心をほぐす作戦である。
「ぴかぁーっ」
「ほら、ピカさんも応援してるぞ。セーラ、なんでフレア団に入ったの。俺に何の用?」
「……ち、ちが、これはあたしが勝手に」
「そういう言い訳信じると思ってる?」
 より一層セッカの声が冷やかになるのに反比例して、ピカチュウはセーラを元気づけるかのように甘えた声を出している。飴と鞭を用意したものの、使い分けずに同時に使っていた。
 セーラはとうとう涙ぐみながら叫んだ。
「違うって言ってるでしょ! あたしが追ってきたのはそこのおじいさん! あんたなんか関係ない!」
「関係なくはないだろ」
「なんで」
 セーラが反射的に問うと、セッカは双眸を見開いた。
「てめぇが持ってたのが、トキサのポケモンだからだろうが」


 セーラはぽかんとした。
「トキサって……誰?」
「あ、そう、知らないのね。まあそれならそれでもいいわ。あーくそ、マジでどうしよっかなー」
「ねえ、このポケモン、フレア団から支給されたのよ。だから」
「あのさセーラ、お前なんでフレア団なんかにいるわけ」
 そのセッカからの再三の質問に、セーラはふと口を噤んだ。
 しまった。今は仕事中だった。なのにセッカのガブリアスに完封されセッカに威圧されて、セーラは混乱していた。
 しかし自身が混乱していることを認識してもなお、頭は沸騰したままだった。何も考えられない。自分は何を喋った。なぜセッカとバトルをする羽目になった。なぜセッカがここにいる。自分はAZを確保しなければならないのに。
 セーラはつと立ち上がった。セッカの視線がそれを追う。
「どしたん、セーラ」
「……あんたには関係ない」
「関係なくはないってさっき言ったばっかだろ」
「この子たちのおやの事なんて知らないわよ! あたしがなんでフレア団に入ったかなんてあんたにはどうでもいいことじゃない! あんたとあたしは敵なの! だからもう、構わないでよ!」
「俺とお前が敵?」
「そうよ! そうじゃない!」
「あっそう。……セーラ、お前やっぱ喋りすぎだわ」
 茶髪のセーラはぎょっとして、袴ブーツのトレーナーを見下ろした。すると屈んだままのセッカの顔が上がって、また灰色の双眸と目が合ってしまった。
 セーラは少なからず怯んだ。
 セッカの目が、上目遣いにセーラを睨んでいた。
「よく分かったわ。俺らとフレア団が敵だってこと」
「……ちょっと、あんた」
「あーあ、セーラのこと好きだったのになー。お前まで敵じゃ、仕方ないよなー!」
 セッカはにやりと悪い笑みを浮かべた。そしてピカチュウに合図を送った。
「ほらピカさん」
「……ぴぃーか……」
「おらなに渋ってんだピカさん。俺とフレア団のどっち取るんだよお前よ」
 そのようなやり取りの後、意を決したようなピカチュウがセーラに飛びついた。
「きゃっ!」
「ぴぃーか……ぴかー」
 ピカチュウは渋々ながらセーラのスーツの内外を調べまくった。セーラはくすぐったさに思わず笑ってしまう。ピカチュウはセーラの財布とホロキャスターを見つけ出し、従順にセッカに手渡す。
「……ああうん、まあ財布は返すわ」
 セッカはセーラに財布を投げ返す。そして追い払うように、セッカはセーラに向かって手を振った。その手にはまだセーラの赤いホロキャスターが握られている。
 セーラはいきり立った。
「ちょっとどういう意味!? あたしのホロキャスター返しなさいよ!」
「どーせタダで支給されるんだからいいだろ……。バトルで壊れたっつっとけよ。賞金代わりだって、こんなの」
「ひっ……ひどい……それが無いと何も報告できないのに」
「取り返したけりゃ実力でどうぞ。ま、俺の手持ちはまだ六体ともぴんぴんしてるけどな?」
 セッカは涼しげな表情で、セーラのフレア団から支給されたホロキャスターを片手で弄んでいる。
 しかしそのように言われてしまえば、セーラにももうどうしようもない。泣き寝入りをするしかないのだ。トレーナーの中にも、手持ちすべてを瀕死にさせられたことに付け込まれ、不法に有り金全部や高価な機械を奪い取られるという事件は後を絶たないという。
 セーラもそれに巻き込まれたのだ。
 セッカは違法者だったのだ。そのことに気付きセーラは歯噛みする。失望どころではない。セクハラされたのも、暴言を吐かれたのも可愛いものだった。セッカがセーラに向けているのは、純粋な敵意だった。
 なんで、なんでなんでなんで。セーラには理解できなかった。なぜ悪意を向けられなければならない。
 セーラはフレア団としてではなく、ただのトレーナーとしてのバトルを仕掛けたつもりだったのに。意味がわからない。セッカは頭が固いのだ。
 こんな非道な人間など、どうなっても構うものか。
 茶髪の少女は泣き喚いた。
「許さない! 許さない許さない! 今度会ったら、ぎたんぎたんのけちょんけちょんにしてやるから! 覚えてなさいよ!」
 セーラは捨て台詞を残し、返却された財布とボールケースと、赤いカツラとサングラスを抱きしめながら、シャラシティへと走り去っていった。



 セッカはセーラから奪い取ったホロキャスターを握りしめたまま、溜息をついた。
 その足元のピカチュウも、傍らのガブリアスも、沈黙してセーラの真っ赤な後姿を眺めていた。
「……なんだかな」
「随分な悪党ぶりだったな」
 セッカの背後からかけられたAZの言葉には、どこか冷笑が含められていた。セッカは軽く舌打ちする。
「あんただって、フレア団に追われてたくせに」
「……お前はいったい、何をした?」
「わかんない。わかんないんだよ。あんたはこれからどうするんだ?」
 セッカはそろりと老人を振り返った。
 大柄な老人は先ほどから少しも動かず、草の中に泰然と胡坐をかいていた。眉一つ動かさずに、セッカを見つめている。こうして見ていると、セッカの遠近感は狂っていくようだった。AZの周囲だけ縮尺がおかしいのである。
「私は、カグヤヒメを捜し続ける」
「まだ言ってるのね。フレア団のことはどうするつもりかって訊いてんだけど?」
「なるようにしかならない。……そのような事で見失ってはいられない。私には時間がない」
 AZは瞑目し、のそりとたちあがった。そして目を開き、染まる空を眺める。その視線が何かを探し求めるかのように流れる。
 いつの間にか傾いていた陽が、その顔の皺に、長い白髪に苦悩の陰影を刻む。
 セッカはひっくり返りそうになりながら、ピカチュウとガブリアスと共にそれを見上げている。
「……あんた、時間がないのか」
「お前が思っているよりは、たっぷりとあるがな」
「どれぐらい?」
「あと百年ほど」
「長っ」
「そのぐらいも経てば、さすがにこの体にもガタがくる」
「魔王みたいなこと言っちゃって……」
 セッカは吹き出した。風が吹き抜け、牧場には呑気なメェークルたちの姿がまたしても戻り始めている。黄金色の光の中で草を食み、昼寝をし、遊びまわる。
 セッカは嬉しかった。この世の中には自分たち四つ子以外にもフレア団に狙われている者がいると思えば、仲間が増えたような、心強い気がした。竹取物語も知らなくて、そのくせメルヘンな思考回路の異常に長身な老人だけれど。
「……百年後なら俺もあんたみたいな爺さんになってんなー。俺が死ぬまでに、あんたの姫に会えるといいね」
「私もそれを望んでいる」
 セッカは肩を竦めた。赤いホロキャスターをきつく握りしめながら。
「じゃあね。陛下」
 AZは返事をせず、大股で牧場の草を踏み越えていく。
 追いすがるフレア団など羽虫ほども気にしないという風に。
 夕暮れの映る広大な背中が、セッカには少し羨ましかった。蜃気楼のように遠ざかって。
 倒れたセッカを見つけた時も、彼はこのようなゆったりとした足取りで現れたのだろうか。最初から最後まで同じ歩調で。瞬きごとに視界の中に、愛する姫を求めて。


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