マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1465] 東雲映す 下 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/18(Fri) 20:51:52   34clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



東雲映す 下



 日が暮れる。
 レイアはヒトカゲに尾の炎の勢いを強めさせ、足元を赤々と照らしながら慎重に山道を下った。ミホ、そしてリセとピッピを抱えたマフォクシーがそれに続く。
 ミホが、沈黙に陥りがちな空気を何とか和ませようと、せっせとレイアに話しかけてくる。レイアから話を引きだし、気持ちよく話をさせようとする。レイアの旅のこと、レイアの友人のこと。
 なるほどミホは他者に話をさせるのが上手かった。サクヤが気に入った人物なのだから相当器の大きい人物だろうとはレイアも見当をつけていたが、旅の道中でどうしても胸の内に一人でしまい込まなければならない思いを遠慮なく誰かに伝えられるというのは、確かに心地よかった。
 そして、案の定、レイアが友人としてルシェドウの名を出した途端、ミホの口調が僅かに強張った。
「…………そう。ルシェドウ、さん、ね…………」
 そうミホが固く呟いても、レイアは足元を見ながら、ただ、やはりこうなったか、とだけ思った。


 サクヤから話は聞いている。
 ミホは、孫娘を既に一人亡くしていた。何年も前のことだ。その殺人の容疑者に挙げられたのが、これまたミホの孫にあたる、榴火というトレーナーだった。
 ミホや、その義理の娘にあたるアワユキは、榴火の処罰を願っていたという。それもそれで切ないことだ。孫娘のためにもう一人の孫の処罰を求め、娘のために息子の処罰を祈ったなどとは。
 その裁判で榴火を擁護したのが、ポケモン協会職員のルシェドウだった。
 そのルシェドウの主張を受け入れて、榴火に無罪判決を下したのが、裁判官のモチヅキだった。
 ミホやアワユキはおそらく、ルシェドウとモチヅキのことを、榴火と同様に憎んでいるだろう。
 だからレイアは、ミホの前で友人の名はあまり出したくなかったのだ。


 とはいえ、ミホの方は、レイアが榴火に関わる裁判の人物関係を知っているなどとは想像もしていない。そのため何事もないかのように振る舞っているが、けれどルシェドウの名に引きずられている。
 ミホは、未だに榴火を許せていないのだ。
 そう思うと、レイアにはどこかミホが仲間のように思えた。榴火やポケモン協会を敵とみなしている。それは現在のレイアたち四つ子の立場にも相通ずるものがある。
 榴火のせいで、ミホの家族はバラバラに引き裂かれた。
 榴火のせいで、レイアたち四つ子は周囲を信じられなくなった。
 その符合の一致。それを認識してレイアの心が震える。――仲間だ。仲間がいた。
「……ミホさん」
「何かしら、レイアさん?」
「……多分サクヤは話してないと思うんで、付け加えさせてください。アワユキさんのことで」
 麓のセキタイタウンは間近だった。坂道はなだらかになっており、セキタイタウンの入り口を示す巨大なメンヒルが見えている。
 太陽は沈み、西の空は朱紅が残っているけれど、東の山脈の上は藍色に包まれている。星が輝き出す。
 レイアはセキタイタウンを背に道の真ん中に立ち止まり、ミホと、リセを抱えたマフォクシーとを見つめた。
「フロストケイブでリセを人質に取ってるアワユキを、止めに行ったの、ルシェドウです」
 そう静かに告げた。
 ミホは真顔で、それを静かに聞いていた。
「ポケモン協会の仕事で、行ったんすよ。サクヤがそれに巻き込まれました。……俺とモチヅキがサクヤを助けに行って、結果としてはアワユキが逮捕されて、リセとサクヤとルシェドウを救出したんす。……それがフロストケイブでのすべてです」
 そこまで言い切って、レイアはちらりとマフォクシーの腕の中ですやすやと眠っている少女を見やった。キリキザンの腕の刃を首に突きつけられ、泣いていた少女。母親の宗教に付き合わされ、何もわからないままに命を奪われかけ、その結果母に先立たれ、今や祖母だけが頼りだ。今は幸せそうに見えるけれど、その心には消えようのない傷が残っているに違いない。
 レイアがミホに、フロストケイブでの事件にかかわった人物の関係を詳しく語ったのは、ただただ、一方的に身近に感じたこの老婦人に、当時の詳しい状況を正しく知ってもらいたかったためだ。その事実を告げたところで、ミホの中にどのような情動が起こるかは何も予想していない。レイアの中に打算はなかった。ただ己の良識に従って、思うままに事実を告げただけだった。
 ミホの顔は、セキタイタウンからの光に僅かに輝いていた。そして寂しげに微笑み、首を傾げた。
「……そう。だから、どうなの?」
 レイアは面食らった。
「いや、どうってこともないっすけど……」
「リセの前で、アワユキさんの話はしないことにしました」
 そう柔らかくもきっぱりと告げられる。
 やはりレイアの発言は失言だったらしい。リセがマフォクシーの腕の中で寝入っていたのが不幸中の幸いであった。
 ミホはゆっくりと歩き出し、レイアの隣を通り過ぎ、セキタイタウンの入り口のメンヒルをくぐる。その影を潜る。
「……過去は忘れることにしますわ。モチヅキさんも、ルシェドウさんも、榴火も。梨雪も。アワユキさんも。息子のことも。……私はリセのことだけを思って、生きてゆくことにします」
「それでいいのかよ」
 レイアは思わず追いすがっていた。
 ミホはわずかに背後を振り返り、レイアを見つめ、さらに寂しげに笑みを深くした。
「リセのためには、それが一番よ……」
「だからって、あんたまで何もかも忘れていいのか」
「……時間が必要なのよ。しばらく忘れさせておいて頂戴」
 それきりミホはもう振り返らなかった。リセとピッピを抱いたマフォクシーが、流し目でレイアとヒトカゲを睨みながらミホに続く。
 ヒトカゲを脇に抱えたレイアは、セキタイタウンの入り口に立ち尽くし、ぼんやりとそれを見送っていた。



 レイアはポケモンセンターの一室のベッドに転がっている。
 ポケモンセンターはポケモン協会の管轄だ。けれど街中で野宿するわけにもいかず、今からわざわざ道路に出ていくのも馬鹿馬鹿しい。四つ子は四人だと目立つが、一人だとそうでもない。ポケモンセンターを利用しないトレーナーは逆に悪目立ちする――それはシャラシティに入る直前に再会した、幼馴染のユディから指摘されたことだった。
 ポケモン協会の目のあることなどはしばし忘れて、レイアは暖かいベッドに転がっている。
 枕はヒトカゲに占領されていた。
 そのヒトカゲの尾の光を見つめて、レイアはぼんやりと考える。暗くて寒いフロストケイブでのことを。

 今日出会ったミホは、ルシェドウとモチヅキのことを知っていた。ならば、フロストケイブの奥で出会ったアワユキも、ルシェドウとモチヅキのことを見知っていただろう。
 逆もまた然りだ。
 ルシェドウはどのような気持ちで、フロストケイブの中へアワユキを捜しに行ったのだろう。フロストケイブの深奥で娘を人質に取っているアワユキを見た時、モチヅキは何を思っただろうか。
 あの時は、レイアもサクヤも何も知らなかった。
 けれど今なら分かる。
 ルシェドウがアワユキの捜索の任務を受けたのは、十中八九、ルシェドウがポケモン協会の職員として榴火と関わりがあったためだ。そして四つ子もそれに巻き込まれた。
 アワユキがフロストケイブの奥であのような凶行に及んだのは、元はといえば榴火のせいだ。タテシバ家の不幸の元凶は、すべて榴火のせいだ。
 四つ子がフレア団やポケモン協会に目を着けられるようになったのも、榴火のせいだ。
 そこでレイアはふと気づいた。
 自分たちはいつから、榴火と関わり始めていたのだろう。
 思い出す。
 フロストケイブでの事件の後、エイセツシティでアワユキの自殺のニュースを見て、それからその東の19番道路――ラルジュ・バレ通りで。レイアは、榴火の色違いのアブソルによる襲撃を受けた。
 四つ子が、アワユキに関わったことが、榴火に四つ子への接触の機会を与えたのか?
 分からない。少なくともレイアの前では、榴火は手掛かりらしきことは言っていないはずだ。なぜ榴火が四つ子に付きまとうようになったのか。
 未だに、榴火は四つ子に固執しているのだろうか。
 なぜ、榴火は四つ子の敵に回ったのか。
 榴火を守ると言ったルシェドウは今、何をしているのだろうか。
 そう、ルシェドウだ。
 ルシェドウは榴火の味方をすると言った。
 ならやはり、レイアの友人は、もうレイアの敵ではないか。



 そのまま寝入って、そして眠っていた間は一瞬のように感ぜられた。
 レイアは半ば釈然としないながらもまだ暗い室内で伸びをし、相棒のヒトカゲを起こして着替え、そそくさと朝食を済ませてポケモンセンターを出た。早朝である。ロビーに起き出したトレーナーはまだ少なかった。
 セキタイタウンは、石しかない。正確には、石しか見るべきものがない。
 街の中央にそびえ立つ、三本の爪のような、正確に均等に並べられた三つの巨石。
 なるほど自然物ではないだろう。しかしそこまで崇め奉るべき要素があるとも思えない。
 とはいえ凝視していると、いかにも調和のとれた、安定感のあるモニュメントとも捉えられなくもない。このような無意味なものをあえて作った人間の無意味そうな心意気を慮るに、つまりこの三つの巨石は、虚無の象徴なのであろうとレイアは結論付けた。この石には意味がない。意味がないことに意味があるとしても、そのような意味もない。意味などないのだ、この石には。レイアは一人合点した。ヒトカゲが首を傾げていた。

 東の山脈の向こうから、日が昇る。
 ホテル・マリンスノーからミホとマフォクシー、そしてピッピを抱えたリセが、レイアと同様にセキタイの象徴たる石柱を身にやってきた。レイアは肩を竦めるように挨拶した。
「ども」
「おはようございます、レイアさん、ヒトカゲちゃんも。ほらリセ、朝のご挨拶は?」
「……おはよう、ございます」
「うす」
 リセはレイアに怯えているらしく、抱えたピッピの陰に顔を隠すようにしている。
 腕の中のヒトカゲに窘められ、レイアは渋々と腰を落とす。屈み込み、リセより視線を低くした。そして穏やかな表情を意識して、リセの水色の瞳を見つめた。
「リセ。俺のこと、怖い?」
「……ううう」
「お前さ、俺のこと、覚えてんの?」
 そう何気なく問いかけてしまってから、レイアは今の質問が失言であったことに気が付いた。ミホに昨日の別れ際に、リセの前でアワユキに関わる話はするなとやんわりと釘を刺されたばかりだった。しかし一度口に出てしまったものは撤回しようがない。
 レイアは密かに冷や汗を垂らしつつ、ミホやマフォクシーの方を見ない方にしつつ、少女だけを見つめていた。
 少女はしばらくレイアの顔を凝視していたかと思うと、こくんと頷いた。
「……どうくつで、おかあさんと、バトル」
「あああああああごめん思い出さなくていいから。ごめんマジですいませんでした」
「いいよ、べつに」
 少女は澄ましてそう応え、レイアの黒髪をむしむしと握った。普通に痛かった。実はそこはかとなく怒りがこめられているのだろうか。
 リセはその手を放し、くるりと踵を返して祖母の足元にくっついた。ミホは苦笑している。
「……まだリセには、何があったか理解できないでしょう。この子が大きくなったらお話しますから。ごめんなさいね。それまでは私に任せてちょうだい、レイアさん」
「いえ、つい余計なことを言いました……すいませんっした」
 レイアが恐縮して頭を下げると、ミホはくすりと笑った。
「ほんと、サクヤさんやキョウキさんにそっくりね」
「……うす」
「……昨日はごめんなさいね。フロストケイブでのこと、教えてくれたことに感謝します」
「……いえ」
 リセを足に纏わりつかせたミホは、じっと三つの静かな石を見つめている。その背筋はまっすぐで、とても老いを感じさせない。なるほどサクヤの好みそうな、美しい人だ。キョウキなら、この美しい人の心の内部に汚い部分を見つけるのに躍起になることだろう。レイアはそうぼんやりと想像した。
 ミホが静かに囁いた。
「……榴火のこと、ですけれどね」
「……は」
「あの子だけは、アワユキさんの子供じゃないのよ。私の息子の、最初の奥さんとの間に生まれた子なの。だからアワユキさんも、実の子でない榴火を心から愛せたというわけではないと思うの」
 レイアは慌てて、ミホの足元に纏いついている少女を見やった。しかし幼いリセは、祖母の話を理解できているようにはとても見えなかった。両手で抱えたピッピと遊んでいる。
 そこから視線を上げると、ミホの寂しげな水色の瞳と目が合った。リセや、榴火と同じ色の瞳だった。
「今になって思えば、私もアワユキさんも、榴火には悪いことをしたと思うわ。……でも、やっぱりリセには、しばらく榴火のことは話しません。……彼は今、どこで何をしているんでしょうねぇ。……呪われたアブソルと、まだ一緒なのかしらね」
 ミホは溜息をついた。
 その隣に佇むマフォクシーの深紅の瞳に憎悪が渦巻いているのにレイアは気づき、思わずぞくりとした。


 このような眼をするポケモンがいるのか。愛する者を奪われ、そしてまた、その憎き仇を擁護する者への怒りに燃えている。このマフォクシーは、榴火のアブソルが殺した少女のポケモン。榴火を未だに赦してはいない。むしろ、榴火を見かけたら殺しかねない勢いだった。
「マフォクシー……」
 ミホの手がそっとマフォクシーのものに重なる。マフォクシーが視線を落とし、ミホの手を見つめた。
 ヒトカゲがレイアの腕の中でもぞもぞ動き、レイアの顔を見上げた。
 レイアは榴火を知っている。彼がホープトレーナーとして、とある政治家の庇護を受けていることも。どうやらフレア団としても活動しているらしいことも。ルシェドウがポケモン協会職員としてどうにか榴火の心を開くべく奮闘していることも知っている。
 しかし、どこまでそれをミホに話すべきか。むしろ話さない方がいいのか。
 そう、ミホとリセは、平和を享受する一般人だ。ポケモントレーナーですらない。
 フレア団の関わることに、巻き込んではならない。
 レイアは顔を上げた。
 ミホとマフォクシー、そしてリセは、レイアたち四つ子と同様に榴火の敵であるだろう。
 けれど彼女たちは、トレーナーではないのだ。か弱き保護されるべき対象であり、戦うということはしない。アワユキや榴火やルシェドウやモチヅキのことなど忘れて、ミホとリセは平和に幸せに暮らすべきなのだ。
 レイアは頭をがしがしと掻いた。そしてマフォクシーを睨む。
「……お前さ、今はミホさんとかリセのことだけ考えてろよ。変なこと考えんじゃねぇぞ」
 すると、マフォクシーは瞳に再び憎悪の炎を燃やしてレイアを睨んだ。
 その念力でか、レイアの脳裏にその思いが叩き付けられる。

――忘れろと? 何もするなと? 何もしないでいいのか? 許せと言うのか?
 突然のことにびくりとしたが、レイアはマフォクシーを見据え、毅然と言い張った。
「あいつのこと、どうにかしようと頑張ってる奴らがいる。お前の今の主人はミホさんとリセだろうが。いつまでも過去に囚われるんじゃなくて、未来を見てみようや」
――それができたら苦労はしない。お前も同じくせに。あいつが憎くてたまらないくせに。
 そのマフォクシーの指摘に、レイアは思わず首を傾げた。
 自分は榴火を憎んでいるだろうか。
――私は知っているぞ。友に裏切られ、世界に裏切られ。すべてあいつのせいだろう。
「でもあいつ一人がいなくなったところで、それで全部解決ってわけにはいかないだろ」
――その後のことなど知るか。私はあいつを消す。そうしなければ、私は死んでしまう。
 マフォクシーは怒り狂っていた。胸が焼き切れそうなほどに、絶望していた。別れがあったのはもう、何年も前のはずなのに。
 レイアにはそれ以上何とも言いようがなかった。四つ子は、おやを奪われたマフォクシーほどには、榴火を憎んではいない。榴火以外にも巨大な敵の存在を感じているためだ。


 レイアをじっと見上げていたリセが声を上げる。
「ねえねえ、マフォクシーとおしゃべりしてるの? リセとはおしゃべりしてくれないんだよ。いいなぁ」
「……ほらマフォクシー、あんたが守るもんって今はこいつだろうが。変なこと考えるより、リセと話をしてやれよ」
 そのレイアの言葉に背を押されたように、白いコートのリセはマフォクシーの足に組み付く。マフォクシーは戸惑って少女を見下ろしている。
 レイアは欠伸をした。それにつられてヒトカゲもくああと欠伸をする。
「んじゃ、ミホさん。俺そろそろ行きますわ」
「……あらレイアさん、マフォクシーとの話は済みましたの? この子、私とも一度もお話してくれないんですよ。レイアさんを気に入ったのなら、ぜひこの子の話し相手になってほしいんですけれど……」
 ミホもミホで、無口なマフォクシーのことを案じていたらしい。マフォクシーはどうやら、おやの祖母であるミホや、おやの妹にあたるリセに対しても心を開いていないらしかった。
 レイアは肩を竦めただけだった。
「マフォクシーはまだ榴火のこと、忘れられないみてぇっす。……よくよく気を付けて見てやってください。……リセのことだけじゃなくて、マフォクシーのことも大事にしてやってくださいな。ポケモンって、意外と繊細なんで」
 レイアはそれだけ言うと、彼女たちに会釈してセキタイタウンの南へと広場を抜けた。



 ポケモンは繊細な心を持っている。人と同程度には。
 トレーナーを失ったポケモンは傷つく。親を失った子供のように。あのマフォクシーも同じだ。
 レイアは脇に抱えたヒトカゲを持ち上げた。ヒトカゲが首を傾げる。
「……俺の手持ちもさ、なんか俺に不満持ってたりすんのかな」
 ヒトカゲは首を傾げていた。レイアの手持ちのポケモンたちをまとめる存在ではあるが、かといって他の五体について全責任をレイアに対して負うべき立場にはない。
 手持ちのポケモンの心身状態を管理するのは、あくまでトレーナーの責任だった。
 それにしても、トレーナーによってはポケモンも、あのマフォクシーほどにまで追い詰められることがあるらしい。トレーナーであるレイアには身につまされるような思いがした。あのマフォクシーから伝わってきた思いに、胸が痛んだ。

 トレーナーには、捕まえたポケモンを幸せにする義務があるのではないだろうか。
 そのような法律など世界じゅうどこにもないだろう。
 けれどポケモンセンターのボックスの中に半永久的に放置されたポケモンがいるなどという話を聞くにつけ、それはトレーナーとしてやっていいことなのかとレイアも疑問に思うことはある。ポケモンを、他者を不幸にするトレーナーは、害悪ではないか。どれほどポケモンを強く育てることに長けていたとしても、それでいいのだろうか。
 人には幸せになる権利があるという。
 ポケモンにはそれはないのか。
 ないがしろにされているのは、トレーナーでない一般人だけではない。この国は、ポケモンをも軽視しているのではないだろうか。
 リセがミホに心を開いているように、あのマフォクシーも、ミホやリセにいつか心を開けるようになればいい。
 レイアはヒトカゲを抱え直し、そしてもう片方の手で腰につけた五つのモンスターボールを順に撫でるように触れてみた。五つのボールはいずれも微かにあたたかい。僅かに一つずつ、頷くように揺れた。
 朝日の中、ヒトカゲが甘えるようにきゅうと一声鳴いた。


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