マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1466] 照日萌ゆ 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/19(Sat) 19:50:39   38clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



照日萌ゆ 上



 緑の被衣を頭から被り、キョウキはハクダンの森でまどろんでいた。
 キョウキの眠る木陰には、さみどりいろの木漏れ日がやわらかく揺れる。
 涼しくて、風はあまくて、とても気持ちがいい。
 すぐそばには、フシギダネ。こちらは寄ってくる虫ポケモンなどをそれとなく追い払って、キョウキの心やすい眠りを約束してくれていた。
 柔らかな草の中にうずもれて。葉っぱは肌につめたい。土はしっとりしている。
 ごろりところがれば、木々の枝が差し伸べられ、裏葉が天を覆う。
 体ぜんたいが重力に甘えかかって、指先を動かすのすらおっくうになった。
 森の木々のざわめき、緑陰のにおい。響きわたるヤヤコマのさえずり。ここは平和そのもの。


 キョウキはフシギダネの鼻先につつかれて、そろりと緑色の夢からさめた。
 そのままフシギダネに唇に口づけされて、キョウキは目をぱちくりさせる。なかなか情熱的な目覚めだった。
 キョウキはきょろりと目玉を動かす。フシギダネに口を塞がれたまま、周囲の音を探った。
 草むらを踏み分ける足音。
 しかしそれ以上に鮮烈な印象を与えたのは、甘ったるい香水の香りだった。
 少しずつ近づきつつある。匂いが濃くなる。
 キョウキはフシギダネの耳元を撫で、了解の意を示した。フシギダネが口元から離れると、キョウキもふわりと微笑む。フシギダネも柔らかく笑む。
 キョウキはゆっくりと、葉擦れの音も立てないほどにこっそりと身を起こした。さらりと緑の被衣が草の上に落ち、黒髪が露わになる。
 人嫌いの身としては、こんなに美しい森の中ではあまり人に会いたくない。何をしに来た人だろうか。ポケモンを探している風には聞こえない。それにしては、歩調がゆっくりで単調だ。まるで散歩しているかのようだ。
 それにこんなに香水をつけて、緑のにおいが台無しだ。キョウキは鼻に皺を寄せた。人嫌いの四つ子が憎むもの――喧騒。くさい香水。ぶつかってくる肩。えとせとら、えとせとら。
 その足音と甘ったるいにおいは、まっすぐキョウキの方へ向かってきていた。キョウキが立ち上がる間もなく、薄紅色のスーツを身にまとい、鞄を手にした茶色の短髪の女性が、木陰から現れた。
 真っ赤な口紅、大ぶりの金のイヤリング。
 香水だと思っていたのは、その女性が従えていたシュシュプの発する匂いだった。
「あら」
「……どうもー」
 相手に認識されてしまったので、キョウキも笑顔を作って無難に返事をする。
 スーツ姿の女性はのんびりとキョウキの傍まで寄ってきて、そっと屈み込んだ。シュシュプは甘ったるい香りを振りまきながら、ふわふわとそのあたりに漂う。フシギダネの視線がシュシュプを追う。
 女性はくすりと笑った。
「森の奥の、眠り姫かしら?」
「王子様はフシギダネですねー」
「口づけによって人間になったケロマツの童話も伺いますけれど?」
「でも僕は目覚めましたよ」
 キョウキは大きく伸びをすると、緑の被衣を拾い上げて頭から被る。甘ったるいにおいと女性の視線を拒絶するように。
 スーツ姿の女性は体ごと向きを変え、正面からキョウキを見つめた。
「四つ子さんのお一人ですね。こんなところでお会いできるとは、光栄ですわ」
「貴方は一つ子さんですか? こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね」
「わたくし、政治家のローザと申します。あなたの片割れのレイアさんやセッカさんとは既に顔見知りでしてよ」
「ああ、貴方が。お噂はかねがね。僕はキョウキといいます」
 キョウキが丁寧に頭を下げると、ローザは声を上げて笑った。
「ジョウトの方って、本当によく頭を下げられるわね」
「よく僕がジョウトの人間だと分かりましたね? カントーでもホウエンでもシンオウでもなく」
 キョウキが微笑みながらそう答えると、ローザはほほほと笑った。
「レイアさんやセッカさんからお聞きしましてよ」
「ジョウト出身なのは、父親と養親だけですけどね。ローザさん、僕らは生まれも育ちもずっとカロスですけどね」
 ローザはおほほほほと笑った。
 キョウキもあははははと笑った。

「……で、ローザさんは僕に何かご用ですか?」
「用というほどのこともありませんけれど。わたくし、次の選挙の関係でアサメタウンやメイスイタウンに出ておりまして。ハクダンシティに戻るところで、たまたまキョウキさんをお見かけした次第でございますわ」
「なるほど」
 キョウキは柔らかく受け答えしつつも、内心では舌打ちしていた。
 どうやらローザはキョウキの傍を離れるつもりはないらしい。スーツが汚れるのにも構わず、森の地面にすっかり落ち着いてしまっている。
 キョウキの膝の上で、フシギダネが大きく欠伸を一つした。シュシュプは何の気兼ねもなく香りを振りまきつつ漂う。頭上の木々の間を、バタフリーがひらひらと飛んで行った。


 キョウキが笑顔を硬直させたまま黙っていると、ローザはキョウキの方に小さく身を乗り出した。そのスーツに染み込んでいるらしい甘ったるい匂いが濃くなる。
「キョウキさんは、片割れさんたちとはご一緒に旅をなさらないの?」
「してるときもありますけど」
「ご連絡を取り合ったりとかは?」
「しませんね。一切。ホロキャスターも持ってませんし」
 キョウキがそう答えると、ローザはどこか大仰に驚いてみせた。
「まあ。まあまあまあ。それは大変。ハクダンまでご一緒なさらない? わたくし、地方遊説の道すがら、出会ったトレーナーさんに何かしらの支援をさせていただいておりますのよ。四つ子さんたち全員分のホロキャスターを、ハクダンで用意して差し上げてよ」
「いえ。どうせ僕ら四人とも、機械音痴ですので」
「それくらいわたくしが使い方をお教えしますわ。すぐに覚えられます。ね、そういたしましょ。そうと決まれば早速、ハクダンに向かいましょう」
 ローザはパワフルな女性だった。
 のんべんだらりとしているキョウキの腕を引っ張り、どうにか立ち上がらせる。キョウキはやる気なさげに、ぐねぐねだるんだるんとしていた。
「……ええー……いいですってぇ……要りませんってぇ……」
「そう仰いなさんな、ホロキャスターは現代トレーナーの必需品。ホロキャスターを持たぬトレーナーはトレーナーにあらずと申しても過言ではありません。わたくしがホロキャスターを差し上げます。ご心配なさらないで、ほらキョウキさん、歩いて」
「……貴方は僕の母親ですか……」
 キョウキがぼやくと、先に立って立ち上がっていたローザは甲斐甲斐しく腰に両手を当てた。
「わたくしはもちろん、あなたの母親ではありませんわ。ですからしゃんとお立ちなさいな。お若いくせに、しゃんとなさい。ホロキャスターも持たないで、トレーナーとして恥ずかしくありませんの?」
「……余計なお世話ですよ……」
「キョウキさん、わたくしはあなたを心配申し上げているのですよ」
「……それがお節介だと言っている……」
 キョウキは緑の被衣の下でとうとう笑みを消した。上目遣いにじとりとローザを見やった。
「お忙しい政治家さんに、僕一人にかまけている暇があるんですか。放っておいてください。関わらないでください。そんなに四つ子が珍しいですか。面白いですか。本当にいい迷惑だ」
「……いいでしょう、こちらも言わせていただきますわ。わたくしローザは、政治家としてポケモントレーナーの育成に力を入れていきたいと、世間に公約しておりますの。すべてのトレーナーが安心してポケモンを育てられる、そんな社会をわたくしは作りたい」
「そんでトレーナーに強いポケモンを育てさせて、徴兵して軍隊にしようってんですよね?」
「まさか。ポケモン育成、トレーナー育成は産業を活性化させるのでございます。この国がさらに豊かになるためには、まずトレーナーを育てることが第一なのです。そのためにはトレーナーに文化的生活を保障して――」
「非文化的で悪うございましたね。でも僕はホロキャスターなんて要らない。要らないんだ。善意の押し付けなんて、ほんと鬱陶しいだけなんですけど」
「確かに鬱陶しく思われるかもしれませんわ。ですけれど、これは大事なことなのです。キョウキさんのためなのです。キョウキさんも大人になったとき、ああホロキャスターがあってよかったなぁと思うことになること請け合いです」
「ああああああ鬱陶しいなぁ、そういうパターナリズムっていうの? 子ども扱いしないでくださいよ。僕は、成人、なんですよ。ああほんと腹が立つ。――この偽善者が」
 ハクダンの森の柔らかい木漏れ日の中、両者はやや声を荒らげて言い合いをしていた。
 ローザが目を剝く。
「偽善者、ですって? それは聞き捨てならないわ。わたくしはわたくしなりに最善を考えて、政策をご提案しているのです」
「貴方の最善って何? それはトレーナーを“支える”政策じゃないでしょう、どうせトレーナーに“うける”政策でしょうが。だからアサメとかメイスイとか、若者がトレーナーになるしかないようなあんな田舎町までわざわざ遊説に出るんだろう。選挙のために。権力を得るために」
「権力を得ることは、悪ではありませんわ。権力がなければ、何も変えられないのです。権力は必要なのです」
「だが、権力は暴走する。腐敗する。僕は、権力を得たがる人間を、信用しない」
「わたくしは違いますわ」
「違うといえる根拠がどこにある?」
「わたくしは、トレーナーのためになる政策を積極的に打ち出していきます」
「トレーナー政策を拡充してくださるわけだ? そりゃあ有り難いね。で、その財源はどこから捻り出すんです? 一般人からの税金徴収を増やすんですか? それとも、ポケモン協会からの献金に頼るんですか? それとも、フレア団からの裏金を使うんですか?」

 そこまで言ってしまってから、キョウキはしまったと思って口を噤んだ。いま喋ったのは、すべてキナンで、胡散臭い家庭教師のエイジに吹き込まれた知識だった。
 セッカは、エイジのことを信じるなと言った。けして同情するな、とも。それはつまり、エイジの考えていることにまったく同調してはならないということなのだろうか。そういうことだったに違いない。
 キョウキがフレア団に対抗するには、未来の政府を担うであろう政治家には、おもねるべきなのではなかったか。フレア団に対抗するには、ポケモン協会あるいは国を味方につける以外に方法はないのだから。
 なのにみすみす、与党候補者に食ってかかってしまった。
 まんまとエイジの罠にかかった。ついエイジの意見を、キョウキ自身のものとしてしまったのだ。
 キョウキは政府与党の批判者――敵になっている。
 今さら、子供の言うことだからだからという言い訳は通用しない。つい先ほどキョウキ自身の口で、自分は成人だと宣言してしまったのだから。
 もし、今のキョウキの発言が全て、録音されていたら。
 どうする。


 ローザは微笑んでいた。噎せ返るような甘いにおいを漂わせながら。
「……まあ、そのように疑ってかかる方もおられますわね。反ポケモン派やポケモン愛護団体の方々などは、特に」
 キョウキは無表情ながら、背筋に冷や汗が伝う。強い匂いのせいで、気分が悪い。
 しかし同時に、ローザの口調に違和感を覚えていた。まるでキョウキが罠にかかったことを喜んでいるような。
「でもキョウキさんは、ポケモントレーナーでいらっしゃいますわ。そのような反ポケモン派やポケモン愛護派の考えとは相いれません。あなたのようなお若い有望なトレーナーさんには、ポケモンセンターやジムやリーグなど大いに活用して、ポケモンを強く育てていただかなければなりませんもの」
 そうして強く育てられたポケモンを、国は何に利用するのだろう。
 キョウキにはそれでもやはり、キナンでエイジによって教えられたことが真実だとしか思われない。国はポケモンを利用する。トレーナーを利用する。そして、役に立たない一般人や弱いトレーナーや、ポケモンを搾取するのだ――。
 そういう反ポケモン派やポケモン愛護派の理論は、正しいはずだ。
 けれど、そのような正論をもって政府に反抗することは、悪なのだ。
 政府は、裏でつながりのある犯罪組織に、国家の敵を始末させる。
 四つ子も“国の敵”になればフレア団に殺される。はず。だ。
 キョウキはローザを睨んだ。
「…………僕に、何をしろと?」
「キョウキさんのお気に障ることを申し上げて、申し訳ありませんでした。選挙でわたくしに票を投じてくださらずとも構いません。けれど、わたくしが当選した暁には、わたくしが公約した政策をキョウキさんもご享受なさって構いませんわ。これからもトレーナーとして精進なさってください……それが四つ子さんのお仕事ですもの」
 つまり、これまで通り旅をすることを、ローザは四つ子に求めている。
「キョウキさん。お金のことは心配なさらないでいいのですよ。キョウキさんたち四つ子の皆さんは、トレーナー政策の恩恵を受ける方。だからどうか、あまり難しいことを考えないで、ポケモンのことだけ考えていらっしゃればいいの。ジムリーダーや四天王、チャンピオンの方々と同じようにね」
 シュシュプの甘ったるいにおいがする。
 ローザのその言葉に甘い毒が隠されている。
 ジムリーダーも、四天王も、チャンピオンも。ポケモンを育てて戦うことしか考えていない。
 強いポケモンを操る彼ら優れたトレーナーも、所詮は政治やカネの動きから隔絶された仮想のユートピアで踊らされる人形に過ぎないのか。
 そしてほとんどのトレーナーが、そうだ。
 何も考えないお人形だけが、保護されるのだ。ここは箱庭の世界。
 森閑とした空気の中、キョウキは失望した。


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