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  [No.1467] 照日萌ゆ 下 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/19(Sat) 19:52:11   34clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



照日萌ゆ 下



 ざくざくと、草を踏み分ける音がした。
 薄紅色のスーツ姿のローザと、緑の被衣を被りフシギダネを胸に抱えたキョウキはそちらを振り返る。シュシュプも、フシギダネも。
 先ほどのローザと同じくのんびりと散歩するような足取りで現れたのは、ルシェドウだった。癖のある鉄紺色の髪を首の後ろで結って、黒いコート姿で、のっそりと現れた。

 ルシェドウは森の真ん中でローザとキョウキの姿を認めると、一瞬瞳孔を開き、それから破顔した。
「あ、ローザさん、いたー! なぜかキョウキもいたぁーっ!!」
 それからぴょんぴょんと跳ねるように二人の傍までやってくると、ルシェドウはまずローザの方に一礼した。一瞬だけ鼻をひくつかせつつも笑顔になる。
「あーよかった、見つかってようござんした! もうローザさんったら全然ハクダンにいらっしゃらないから、事務所の方々が心配なさってましたよ! もう俺、森の中に人を捜索しに行くのトラウマなんすから、やめてくださいよ! ローザさんが自殺してたらどうしようかと思っちゃったじゃないっすか!」
「もう、ルシェドウさんったら。大丈夫、こちらのキョウキさんが守ってくださいますわ」
「……僕がいつ貴方を守ると言った……」
 テンションの高いルシェドウ、微笑んで応じるローザ、警戒するキョウキ。
 それからルシェドウは機嫌よくキョウキを覗き込んだ。
「うっはぁ久しぶりじゃん、レンリ以来じゃん!? ルシェドウさんはもうすっかり元気になりましたよ! っつーか、うっわぁホゲェェェェ旅先でレイアとサクヤ以外の四つ子ちゃんに会うの、これが初めてだわ! キョウキだキョウキだフシギダネちゃんだぁ! 可愛いなぁーよしよーし」
「……相変わらずうるさい人だな……」
 キョウキがフシギダネを抱えたまま舌打ちすると、そちらに手を伸ばしかけていたルシェドウはその手を止めた。その手を顎に当て、にやにやしながら首を傾げる。
「ん? んんんー? どしたんキョウキ、機嫌悪くね? いつもなら愛想笑いから入ってくれるよね? ――あー、分かっちゃったぁ、ローザさんに愛想尽かしたばっかってトコだな? このこのぉー、美人さんの前でブッサイクな面さらしやがって、贅沢者め!!」
 ルシェドウはすさまじいテンションの高さで、キョウキの首に遠慮なく腕を回した。それから忙しなくローザにも顔を向ける。
「いっやぁすみませんねぇローザさん! このきょっきょちゃんはですね、四つ子の中でもサイッコ――のひねくれ者なんっすよ! もう大好き! この嫌がってる顔! レイアやサクヤにそっっっくり!!!」
「もうやだ本当にルシェドウさんうざい」
 キョウキは嘆いた。フシギダネは笑顔で主人を見上げている。
 ルシェドウはキョウキの耳元で爆笑していた。
 ローザはくすくすと笑って、キョウキとルシェドウを見ていた。



 それからキョウキは、ローザとルシェドウと共に、ハクダンシティへ行く羽目になった。半ば強制連行である。
 道中もルシェドウは騒がしかった。ローザは香水くさかったが、ルシェドウのせいで加えて一行は騒がしくなった。キョウキはレイアのように眉間に皺を寄せっ放しだった。
「いっやぁ大変だったんすよ、聞いてくださいよローザさん! 俺ったら今回は崖から落っこちて、両足右手骨折! いっやぁ榴火ってマジで怖いっすね!」
「まあルシェドウさん、リュカは悪くありませんわ。手持ちのアブソルの習性として、災害を感知してしまうだけですもの。ご存知のくせに」
「いっやぁ、にしても骨を三本折るとこまで行ったのは初めてっすわ、もう何年かの付き合いっすけどねー」
「そうまでしてリュカに付き合ってくださるのは、ルシェドウさんくらいですわ。本当に有り難いことでございます。あの子も内心ではルシェドウさんの事を慕っているはずです」
「いやぁ、榴火は愛情表現がハードボイルドっすね! まあでも当たって砕けろがモットーなんで、この位でしょげてちゃポケモン協会の名が廃るってもんっすよ。ローザさんも榴火のこと支援してくださって、ほんとこれ以上ないくらい感謝してます、協会一同」
「いえいえ、わたくしが個人的に行っていることですもの。それに協会様には多額のご支援も頂いておりますし、わたくしが出来ることなんてリュカをホープトレーナーに推薦する程度しかありませんでしたわ」
 キョウキはフシギダネをしっかと胸に抱えて、その二人の話を聞きながら、黙々と二人に従って歩いていた。

 これが、与党候補者とポケモン協会の親密さである。しかもその話題の中心が、フレア団員の榴火ときた。
 なぜこのような話を聞く羽目に陥っているのか、キョウキにもよく分からなかった。
 二人はわざとこの話をキョウキに聞かせているのだろうか? 二人は、キョウキが榴火がフレア団員であることを知っている、ということを把握しているのか? そもそも二人は、榴火がフレア団員であることを知っているのか?
 何の意図があって? あるいは本気でただの世間話のつもりなのか?
 そのあたりがはっきりしない今、キョウキにできることといえば、敵と敵による敵についての話に注意深く耳を傾けることだけだった。


 ルシェドウとローザは、キョウキが後ろからついてきていることを忘れたかのように談笑し続けている。
「ほんと最近の榴火は、ちょっとやんちゃが過ぎるっていうか。まさかミアレのギャング共とでも仲良くなっちまったのかしらー……俺の監督不行き届きで……すみません」
「確かにホロキャスターを与えても与えてもすぐに壊してしまうのは、困ったことですわねぇ。エリート候補のホープトレーナーとしても望ましくはありませんね」
「ああそうそう、そこのきょっきょちゃんたち四つ子の中にも、榴火とバトルしてる中でちょっと怪我した子がいましてね。そんで四つ子ちゃんには保護のために、こないだまでポケモン協会の指示でキナンシティに籠っててもらってたんすよー」
「あら、そうでしたの。キョウキさん、リュカのせいで窮屈な思いをさせてしまって、すみませんでした」
 ローザがキョウキを振り返って小さく頭を下げたが、キョウキは無視した。
 ルシェドウが気にせず続ける。
「いっやーその四つ子ちゃんがさぁー、あまりの窮屈さに耐えかねたか勝手にキナン飛び出しやがったんですよね、そんでポケモン協会は四つ子捜し中なんすよー。あーでもこれでやっと一匹目をゲットっすね! ほんと四つ子、ホロキャスター持ってくれよー……」
「わたくしも先ほどキョウキさんにホロキャスターをお渡しすることを申し出たのですが、すげなく断られてしまいましたわ。善意の押し付けがましいのも逆にご無礼ですわね」
 そのローザの言いようにキョウキは無性に腹が立ったが、何も言わなかった。
 ルシェドウが大げさに溜息をつく。
「にしても榴火もかわいそう。四つ子ちゃんにも嫌われちゃって、家族にも嫌われちゃって。ホープトレーナー仲間の中でもなんだか浮いちゃってるっぽいし……。敵が多いのって辛いよなー」
 それはこっちの台詞だ、とキョウキは思ったがやはり何も言わなかった。
 それにしても、ルシェドウは以前は四つ子に『危険だから榴火には近づくな』などと言っていたくせに、なぜ今は榴火のことをこうも擁護しているのか。ローザの前だからだろうか、とキョウキは内心首をひねる。


 突然、ルシェドウがキョウキを振り返った。
「四つ子ちゃんが榴火の友達になってあげればいいのに!」
「はああ?」
 キョウキは目を剝いた。何かとんでもなく笑えない、最低の冗談を聞いた気がした。
 しかしルシェドウはキョウキを振り返ったまま、悪戯っぽく笑んでいる。
「同い年ぐらいだし、どっちも家族運ないしー?」
「ちょっと、僕らに失礼ですよルシェドウさん。……あんな危険な奴と友達になれ、と? 正気の沙汰とは思えない」
 キョウキは真面目に反論した。
 するとルシェドウも真面目な顔になった。
「キョウキ。レイアやセッカやサクヤにも話してみてよ。……榴火はさ、ほんとは寂しい奴なんだ。構ってくれる友達がいたら、あいつもきっとおとなしくなる。……なあ、これ割と本気なんだけど」
 キョウキは開いた口がふさがらなかった。顔を引き攣らせたまま、ルシェドウとローザの二人を見やる。甘ったるい匂いのせいで胸が悪い。
 ローザも深刻そうな表情で、軽く頭を下げた。
「キョウキさん、わたくしからもお願いいたしますわ。あの子、ちょっと乱暴で、同じホープトレーナーの子たちにも少々怖がられているようなのです。他のホープトレーナーたちはやはり裕福な家庭の子が多いので、なかなかリュカの境遇も理解してもらえなくて……」
「四つ子ちゃんもお母さんがいないし、お父さんとは会わせてもらえないんだよな? だからさ、榴火の寂しさ、四つ子ちゃんにはよく分かると思うんだよ。だからきっと、ちゃんと付き合ってみたら気ぃ合うって。な?」
「…………境遇が似ているから、何ですか? 傷の舐め合いにしかならない」
 キョウキが吐き捨てると、ルシェドウはキョウキの正面まで戻ってきて、そっと地面に片膝をついた。キョウキの凄まじく嫌そうな顔を、目を細め、甘い笑顔で覗き込む。
「ローザさんも俺も、榴火のこと支えるから。四つ子と榴火には仲良くなってほしい。お互いいろんな話もできるだろ、ポケモンバトルだってできる。お互いにとって良いことだと思うんだ。だから、四つ子ちゃんの方から、ちょっとずつ榴火にアプローチかけてみてほしいかなー、なんて……」
 さらにキョウキの顔が引きつった。
 ――反吐が出る。
 キナンシティでエイジを勝手に家庭教師にされたときや、実の父親の賭けの対象にされたときと同じ、気持ち悪さに胸がむかむかする。
 “お前のためだ”。そのような建前でどれほど年長者の都合を押し付けられ、その結果四つ子は傷ついてきたか。
 ルシェドウもローザも、四つ子のことはおろか、榴火のことすらろくに考えていない。
 実現性の欠片も無い、ふわふわした理想を歳若い者に押し付ける。そんなことで、すべての人間が幸福になると、本気で信じているのか。ただ楽な案に縋っているだけだろうに。


 しかしキョウキはそこであえて、榴火と親しくなった際のメリットを考慮してみた。目の前にいるローザとルシェドウの二人は、榴火の唯一ならぬ唯四の友達である四つ子を守らなければならなくなるだろう。四つ子のおかげで榴火の情緒が安定すれば、それはフレア団にとってもメリットなのではないか。――いや、そもそもそういう問題なのか?
 キョウキは首を振った。
 榴火は四つ子を認めないだろう。直感でそう悟った。
 少なくとも、打算で近づいているうちは。
 キョウキがこのルシェドウとローザの申し出に嫌悪感を覚えたように、榴火の方とて四つ子と仲良くなるなどまっぴらごめんだろう。それこそミアレのギャングなどとつるんだ方がまだ榴火にとって有益なのではないだろうか。四つ子は人嫌いなのだ。友人になったところで何も楽しいことがあろうはずもない。
「無理ですね」
 キョウキはそう答えた。
 ルシェドウとローザは失望したような目になった。
 キョウキこそ、その二人に心から失望した。



 失望したキョウキは、モンスターボールからプテラを出した。これ以上くだらない話に付き合ってはいられなかった。プテラの力強い羽ばたきが、ローザの甘ったるい匂いを、ルシェドウの騒がしい声を清々しく吹き払う。
 大人の言うことに唯々諾々として従うことは簡単だ。けれども、大人の言うことを丸ごと素直に受け入れられるほど、もう四つ子は無垢でも愚かでもないのだ。利用されることには反発を覚える。搾取されることを警戒もする。
 ローザとルシェドウの二人が、間抜け面をして、プテラの背に乗り上昇したキョウキを見上げていた。その顔に唾を吐きかけてやりたい。
 そう剛毅でありつつも、キョウキはプテラの背でフシギダネを抱きしめながら、やってしまったなと思った。
 まんまとエイジの仕掛けた罠にかかった。
 セッカは怒るだろうか。――きょっきょのお馬鹿、あれほどエイジのこと信じるなって言ったのに。この国が歪んでることについては諦めろって言ったのにぃ! きょっきょったら、れーやより馬鹿なの!? ばーかばーか! ふーんだ!
 そのようにセッカに罵られることを想像してみると、自分自身でも気色悪いことに頬が緩んだ。フシギダネが不思議そうな顔をしているが、嬉しいものは嬉しいのだから仕方がない。キョウキは片割れたちが好きだ。片割れたちに罵られるのも大好きだ。
 プテラが樹冠の上に出る。ハクダンの森が眼下に緑の塊に見えた。
 今になって思えば、エイジは四つ子――主にキョウキの知識欲、ひねくれた性格を狙い撃ちにしていたような気がしないでもない。綺麗事ばかり言う政府の裏の汚い事情、それこそキョウキが舌なめずりしそうな後ろ暗い情報だった。
 そして、四つ子がフレア団側につくことも、不可能だった。こちらはまさかローザとルシェドウの罠だったのだろうか。それはさすがに深読みのし過ぎか。何にせよ、今さら四つ子はフレア団には入れないし、国の体勢にも疑問を持つ危険分子ということになったのだ。
 それも、ただの反ポケモン派やポケモン愛護派とは違う――四つ子にはポケモンがいる、武力を持っている。であれば、ともすればテロリスト扱いされかねない。

「……とりあえず、ローザさんは敵と見ていいよね」
 プテラは輝く太陽の下、空をぐるぐると旋回している。キョウキが行き先を指示していないためだ。
 キョウキもどこへ行くつもりもなかった。
 どこへ行けばいいかもわからなかった。


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