マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1468] 四つ子とメガシンカ 夕 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/20(Sun) 19:00:12   39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



四つ子とメガシンカ 夕



 ヒヨクシティの西の12番道路、フラージュ通りをルカリオが疾走する。四つ子の波動を追って。
 朝の光を背に受け、西へと。シャラシティを目指して駆ける。
 メェール牧場の草原で微睡んでいたメェークルたちが首をもたげ、干し草のひときわ香り立つのに柔らかく瞬きをし、そして小さく欠伸をした。一陣の風が通り過ぎていった。
 陽射しは燦燦と降り注ぎ、空気は暖かい。光る草原を風が撫でる。
 北東に青きアズール湾は銀の波を幾億も煌めかせる。長閑なキャモメの声。
 ルカリオはそのようなのどけきフラージュ通りを疾風の如く駆け抜ける。
 小柄な若いルカリオだ。軽々と段差を飛び越え、つややかな草花を踏み越え、そうして河口の岸辺に辿り着くと速度を落として、ようやく立ち止まった。
 はるか南東のキナンシティを源流とし、カロスの大都市ミアレシティを貫いて流れてきた大河、その河水の海に注ぎ込む場所。カロスの南東の果てからもたらされた砂泥が川岸に堆積し、なめらかな砂浜を作っていた。淡水と海水の混じった濃いにおいがする。
 ルカリオは滔滔と流れる大河を前にして途方に暮れ、立ち尽くし、指示を求めるべく主人を振り返る。そしてぎょっと目をむいた。
 彼の主が、小柄なライドポケモンの背に乗って疾走してきたのだ。
「がるっ?」
「……何を驚いてんだ、ルカリオ。俺が自分で走ってお前について来れるはずないだろ?」
 メェークルの角を握った彼は巧みにメェークルを巧みに操り、浜辺に立ち止まらせ、そして砂の上に軽やかに降り立った。
 ルカリオの主人は金髪に緑の瞳、モノクロの服装に身を包んだ青年。ユディという名だ。


 砂浜に立ったユディが角から手を放すと、メェークルはおとなしく緑のメェール牧場へと戻っていった。それを見送り、ユディは小柄なルカリオに視線を戻す。
 ルカリオは困ったように、ユディに河口を指し示し、唸った。
「……がるる」
「……こりゃ、渡れないな。アホ四つ子はこの先なのか?」
「がる」
「参ったな、コボク経由で来るべきだったか……いや、それもそれで遠回りすぎるが」
 ユディは困り果てて、砂浜に座り込んだ。小柄なルカリオもその隣でちんまりと正座する。
「まったく、交通が不便なんだよな」
 ユディは片膝を抱えてぼやいた。
「まあポケモンの生息地を守らないといけないし、あと野生のポケモンのせいで道路も鉄道も管理がかなり困難だっていうのもあるか。……にしたって不便だ」
 これほど各地の交通の便が悪いくせに、よくもまあここまで各都市が発展してきたものだと思う。都市ごとにそれぞれの産業を育成し運輸で産物を分配することが経済的に最も効率のいい方法だが、果たしてフウジョタウン産の小麦やこのメェール牧場産の乳製品、そしてカロス南部産の野菜や果物や葡萄酒はいかようにしてカロス全国に流通しているものか。
「……まさかまだ、ポケモンの背に乗せて? ……前近代の貿易商か」
 ユディは唸った。アホなことを考えるのはやめよう。もちろん陸上貨物はトラックが運送しているのだ。したがって、トラックが走るための大都市間をつなぐ高速道路がいずこかに存在するに決まっている。しかし徒歩の人間が果たして高速道路の恩恵にあずかり、ヒヨクからシャラに辿り着けるというのか。
 ユディは頭を振った。



 結局、ユディは暫くルカリオと共にぼんやりと砂浜に座り込んでいた。
 もちろん、日が暮れるまで立ち往生していたわけではない。自身と同様にヒヨクシティ方面からやってきたトレーナーの所持するラプラスの背に同乗させてもらうことにより、ユディとルカリオはシャラシティ側の岸へと渡った。街の外で困ったときはポケモントレーナーに頼るに限る。謝礼として千円ほどをそのトレーナーに手渡し、無事にシャラシティ側に渡り終えたユディは息をつく。
 大河という最大の難関を超えて、小柄なルカリオが再び意気揚々と西へと駆け出した。四つ子の波動を追って。
 しかし、そのままシャラシティに入ることはなかった。急に左折して、平らな道を外れたルカリオはフラージュ通りを南下し、遠目にも見えるナナシの大木の根元を目指して走っていく。
 ルカリオは走りながらにっと笑ったかと思うと、唐突に両腕を曲げて掌に波動を溜め始めた。その後ろをユディもついて走りながらにやりとした。――見つけた。
 ルカリオは、ナナシの大木の傍らにあった茂みめがけて、波動弾を撃ち出した。

 茂みが爆発する。
 悲鳴が上がった。
「ぎゃあ――!!!」
「ぴかちゃあ――!」
「うわっ……」
「かげぇぇっ、かげええええ」
「きゃあー」
「だーねー」
「……あの野郎……」
「ぜーに! ぜにぐぁあー!!」
 もうもうと立ち上る土煙の向こう、茂みの中から四人と四匹分のうめき声が漏れてくる。
 茂みの中から人の声が「危ないところだった」と繰り返し呟くのが聞こえた。その声にユディは聞き覚えがあった。彼は咄嗟に思い当たって叫んだ。
「その声は、我が友、アホ四つ子ではないか?」
 茂みの中からは、しばらく返事がなかった。忍び泣きかと思われる微かな声がときどき漏れるばかりである。
 ややあって、低い声が答えた。
「いかにも俺らは」
「クノエの四つ子である」
「ちょっマジで死ぬかと思った」
「貴様、僕らを殺す気だったのか……」
 ユディとルカリオがその茂みの中を覗き込むと、なるほどそっくりな顔をした四つ子が小さく蹲ってこちらを恨めし気に睨み上げている。
 ユディは失笑した。
「おい……何やってんだ、アホ四つ子?」
「――こっちのセリフだもん! ひどいもん! 痛いもん!」
 ピカチュウを肩に乗せたセッカが、涙目でぴゃいぴゃいと叫んだ。
「ユディごらてめぇ何してくれてんだ潰すぞ!!」
 ヒトカゲを脇に抱えた赤いピアスのレイアが、涙目で怒鳴った。
「もう、ルカリオったら酷いよう」
 フシギダネを頭に乗せた緑の被衣のキョウキが、ほやほやと笑いながらもルカリオに文句を言った。
「……ルカリオに僕らの波動を読み取らせたな?」
 ゼニガメを両手で抱えた青い領巾のサクヤが、恨みがましげにユディを睨んでいた。


 揃いの黒髪に灰色の瞳、袴ブーツ、葡萄茶の旅衣。それが四人、茂みの中。
 四つ子はユディの幼馴染だ。
 ユディの手持ちのルカリオもまた、四つ子とは昔からの顔なじみだった。そのため、ユディルカリオは四つ子の波動を遠くからでも容易に感じ取ることができる。
 一斉にすさまじい顔つきで睨んでくる四つ子に、ユディは苦笑した。
「……なんだよ。睨むなよ。俺はただ、ロフェッカさんからお前らがキナンから消えたって連絡を頂いて、お前らに何かあったんじゃないかと心配してだな……」
「ロフェッカの差し金?」
 緑の被衣のキョウキが毒々しげに笑う。その眼は笑っていない。
 ユディはふと真顔になった。
「……お前ら、キナンでロフェッカさんと喧嘩でもしたのか?」
 四つ子は一斉に鼻を鳴らしてそっぽを向いた。ユディは再び苦笑する。ユディの前で子供らしく振る舞うところは、昔から全く変わっていないようだった。

 四つ子は先日まで、カロス最南端のリゾート都市キナンに籠っていたはずだった。
 ポケモン協会の指示でそうしていたのだ。四つ子の養親のウズと、また協会職員のロフェッカと共に、優雅で快適な別荘暮らし。さらには家庭教師も雇ったということも、ユディはウズからの手紙やロフェッカからのメールによって知っていた。
 キナンでは四つ子は衣食住が保障され、勉強もでき、そして毎日思う存分ポケモンバトルに打ち込める。金銭的にも文化的にも、これ以上ないほど恵まれた機会だったはずだ。
 なのに、四つ子はキナンシティから脱走した。ポケモン協会の保護から自主的に脱したのだ。
 ユディには単純に、疑問だった。キナン以上に四つ子にとって望ましい環境などないはずだった。旅が辛いと嘆いていた四つ子は、それでも旅枕になければ生きていけないのか。まさか旅中毒なのか。

「ロフェッカさん、心配なさってるんだぞ? お前らが勝手に夜中に家出したから……」
 ユディは苦笑しつつそう言ってみたものの、四つ子はユディの言葉など聞いてもいなかった。茂みの中に潜んだまま、何やら四人でこそこそと相談し合っている。
「……だから……ルカリオが……」
「……波動……俺ら……追ってくるぞ……」
「……厄介だ……いっそのこと……」
「……ここで潰すか……」
「誰が、何を、潰すって?」
 茂みの外に屈み込んだままユディは緩く笑ってやった。
 茂みの中に蹲っている四つ子は、そろりとユディを見やり、そして一斉にモンスターボールを掲げた。
「悪ぃな」
「ユディ」
「許せ」
「――おいちょっ……待っ……、アホ四つ子…………何する気だよお前ら!?」
「ごめんね、ユディ。ロフェッカにはうまく言っておいてね。……僕らは今ね、ロフェッカの指示で動いている君を信じるわけにはいかないんだよね……」
 キョウキがうへへへへへへと笑っている。
 茂みの中で四つ子は殺気立っている。その並々ならぬ雰囲気にユディはわたわたと手を振った。
「分かった! よく分からんが分かった、ロフェッカさんにはお前らのことは言わない! それでいいんだろが、俺はロフェッカさんと連絡とらない、それでいいか!?」
「本当か。約束すんのか?」
「ああ、約束する。ロフェッカさんよりお前ら四つ子の方が、まだ俺にとっちゃよく知ってるやつだからな……つまり俺はロフェッカさんよりお前らの味方だ! 神に誓って!」
 ユディが必死に言い募ると、茂みの中の四つ子はそろそろとボールを掲げていた手を下ろした。にもかかわらず、ヒトカゲもフシギダネもピカチュウもゼニガメも未だに全身を緊張させ、凄まじい形相でユディとルカリオを警戒している。
 そのただ事でなさそうな様子に、ユディはようやく表情をまじめに改めた。


 ユディは屈み込んだまま背筋を伸ばし、茂みの中の幼馴染四人に問いかける。
「……なあ、アホ四つ子。俺はさ、ポケモン協会ともウズとも関係ないただの一般人だからさ、そこは信じてくれていい。……何があった?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 四つ子はそっくりな顔で、茂みの中からユディを睨み上げている。
 不信に満ちた、冷たい、荒んだ眼差しだった。四人が十歳になる前、トレーナーとして旅立つことをひたすら拒絶していた頃と同じ目をしている。
 ユディのルカリオがその四人の視線に怯え、後ずさる。このような四つ子の眼はルカリオにとってはトラウマだった。神経質に全身を強張らせるルカリオの肩に手を置いてやりながら、ユディは毅然と言い放つ。
「シャラのポケモンセンターに行かずにこんなところでこそこそしてんのも、何か理由があるんだろ。ポケモン協会と何かあったんだな?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あのな、お前ら、トレーナーのくせにポケモン協会を敵に回しちゃお終いだろ。っつーか逆にさ、何をやれば協会と敵対できるんだよ」
「ユディてめぇ、どこまで知ってる?」
 茂みの中でレイアが低く唸った。赤いピアスが揺れる。
 ユディは肩を竦めた。
「何も知らん。俺はただ毎日ロフェッカさんからのホログラムメールで、お前らがキナンで呑気に暮らしている映像を、面白おかしく観てただけだ。お前らが何かに困ってる様子なんて分かんなかったし、多分それは、俺と同じメールを受け取ってたモチヅキさんもルシェドウさんも同じじゃないか?」
 ユディがそう言うと茂みの中の四つ子は一斉にぷくぅと膨れっ面になったので、ユディは思わず吹き出した。
「え、知らなかったか? んなことないよな、毎日撮られてりゃそりゃ知ってるよな?」
「……毎日か……」
「気付かなかったよ……」
「まあいいわ、話を戻すぞ……」
「おいユディ。ポケモン協会の連中に僕らのことを話したら、シメるぞ……」
 四つ子は茂みの中に屈んだまま、怒り狂った四匹のチョロネコのようにユディを威嚇していた。茂みの中で怯える四匹のチョロネコを想像して図らずも和んだユディは、緩い口調になった。
「ウズは、お前らがここにいるって知ってるのか? モチヅキさんは? その二人にも教えちゃ駄目なのか?」
 ユディが言葉を発するごとに、四つ子はどこか戸惑うように黙り込み、互いに顔を見合わせる。
 風に林の木々がさわさわと鳴る音を聞いていた。
 青空をゆったりと、白い雲が海から大陸へと流れていく。ユディは顎を上げてぼんやりとそれを眺めた。


 茂みの中で小さくなっている四つ子は、ひたすら、ただひたすらに沈黙を守っていた。どうやらユディを関わらせる気はないらしい。
 ユディはまあそれでもいいかと思った。四つ子ももう子供ではない。ユディが兄のように、ウズやモチヅキが親のようにいちいち保護してやらなくても、四人で切り抜けることで四つ子は成長するだろうと判断した。
 なのでユディは特にこだわりなく、茂みの中に向かって頷いた。
「……分かったよ。何も聞かねぇよ、このアホ四つ子。だが、アドバイスしておく。――お前ら、四人で行動してるとかなり目立つぞ」
 すると茂みの中で、そっくりな顔をした四つ子がぱちくりと瞬きした。
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「気づいてなかったのか?」
 ユディは真顔で忠告してやった。
「まず、その葡萄茶の旅衣は普通に目立つ。あと、着物も袴も目立つ。四人お揃いでぞろぞろ歩かれちゃ、さらに目立つ。それによく見たら四人とも同じ顔で、なおさら目立つ」
「なにそれ! れーやときょっきょとしゃくやと一緒にいちゃ駄目ってことぉ!?」
「目立つっつっただけだよ。いちゃ駄目ってことはない。……あとお前ら、ポケセンは普通に使えよ。ポケセンに寄らないトレーナーも悪目立ちする」
 ユディの指摘に、四つ子は茂みの中に縮こまったままこくこくと素直に頷いた。
 ユディは最後に質問した。
「んじゃ、俺はお望み通り、このまま適当にどっか行くわ。何か手伝えることある?」
 茂みの中の四つ子はぷるぷると首を振った。そして頭を下げた。
「悪いなユディ。おっさんやルシェドウのことはうまくやれよ」
「ごめんねユディ。ウズやモチヅキさんについてはお前に任せるよ」
「ごめんユディ。俺らはこれからシャラのマスタータワーに行くから」
「すまないユディ。メガシンカを身につけたらもっと用心して行動する」
 口々に謝罪の言葉を口にする四つ子に成長を感じ、ユディは爽やかに笑った。ルカリオと共に四つ子に向かって手を振る。
「分かった。とりあえずお前らが元気そうで安心したよ。気を付けてな」
 四つ子は茂みの中に潜んだまま、揃ってこくりと頷いた。そしてユディとルカリオの背中を、茂みの中から凝視していた。ルカリオが落ち着かなげにちらちらと背後を振り返っていた。


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