マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.1473] 明け渡る空 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/26(Sat) 19:20:00   35clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



明け渡る空 上



 10番道路、別名をメンヒル通り。セキタイタウンの南東に伸びる道路だ。
 巨大な石が規則正しく立ち並んだ、奇怪な道路である。古代の列石は山脈の向こうから差す朝の光に照らされて白く輝き、青々とした草むらに薄明るい影を落としている。
 ヒトカゲの尾の先から火の粉が舞い、青草を時折焦がす。ヒトカゲはレイアの脇に抱えられて揺られるままになり、ときどきゆらゆらと尻尾を振った。
 赤いピアスを両耳に揺らしながら、レイアはずんずんとメンヒル通りの列石の合間を南東へ歩いていった。ブーツで草根を踏み分け黙々と歩く。視界に入るものは立ち並ぶ巨石、巨石、また巨石。
 列石はどこまでも整然と並んでいた。
 大昔の人が並べたのだという。数kmにわたって何千もの石が並べられており、その大きさは膝上くらいのものから、セキタイタウンのポケモンセンターほどの高さを持つものまで。先の尖ったもの、風雨に削られ丸みを帯びたもの、大小さまざまの石が不気味にそびえ立っている。記念碑だとか暦だとか巨人が造ったとか戦士の墓だとか、色々言われてはいるけれども――そのような歴史的事情などレイアにはまったく関係ない。寝るときに巨石の根元で寝れば風がしのげそうだな程度にしか思わない。


 しかしとある巨石の陰にオーベムを見かけて、レイアはそれに目を留めた。珍しい。野生ではないだろう、イッシュ地方からの観光客が連れ込んだのだろうか。オーベムは手の先で三色の光を点滅させている。
 オーベムを伴っていたのは、白衣を身に纏った科学者然とした男だった。手に大きな画面のついた端末を持ち、熱心にそれを覗き込んでいる。
 男は眼鏡をかけ、金髪かと思いきや、二房ほどの凄まじい癖毛は青い。
 レイアは変な頭だと思いつつ、通り過ぎようとした。
 すると科学者はレイアに話しかけてきた。
「そこの貴方。申し訳ありませんが、食料をお持ちではありませんでしょうか」
「……あ、俺? ……あ、もしかしてお困り?」
「この列石に少々興味を覚えて調査をしていたところ、いつの間にか三度目の夜明けを迎えていまして……」
「飲まず食わずが三日目に突入っすか。瀕死じゃないっすか」
 そう言う科学者の頬は確かにひどくこけている。にもかかわらず当の食料を所望した科学者は、レイアの方をちらりとも見ず、画面に見入っているのだった。とても人にものを頼む態度ではない。
 とはいえレイアは良識あるトレーナーである。荷物の中からオボンの実を取り出し、科学者の方に突き出した。
「おら、やるよ」
 科学者はようやく、端末の画面から視線を上げた。そしてレイアを見つめ、ようやくレイアの存在というか顔かたちを認識したというようにまじまじと観察し、それから眼鏡の奥で目を細めた。
「ありがとうございます。私はアクロマと申します」
「ああ、俺はレイアっす。……あの、オボン一個で足りますかね」
 そのようにしてレイアとアクロマは出会った。


 それからレイアとアクロマはそれぞれ10番道路の手ごろな大きさの石に腰かけ、オボンを貪り食った。
 ヒトカゲはレイアの膝の上に陣取り、頑なに列石に触れようとしない。アクロマのオーベムも宙に浮いたまま、三者を見るでもなく石の間を漂っている。
 アクロマはオボンの汁が画面に滴り落ちないように器用に、そして割と雑に果汁を啜り上げながら、懲りずに画面をいじっていた。
 レイアがべたべたになった指を舐めながら首を傾げる。
「あんた、さっきから――じゃねぇよな、三日も前から瀕死になってまで、何やってんの?」
「列石を調べています。この列石からは微かにエネルギーが放出されている……」
「へえ。あー……進化の石みてぇな?」
「いえ、ポケモンの進化を促すほどのエネルギー量ではありません。……そうこれは、エネルギーが漏れている、と表現すべきでしょう。――この列石は生きている」
 アクロマの眼鏡が光を反射して輝いている。
 レイアはのんびりと首を傾げた。
「じゃあこの石、全部ポケモン? イワークとかギガイアスとか、そういうオチなわけ?」
「いえ、生体反応は見られません。『生きている』というのは比喩です。正確には、まだ機能する機械というべきか」
 レイアが無言で肩を竦めると、アクロマはハンカチで指の果汁を拭いとった。
「生きている人の体やコンピュータは、常に外気に対し熱を放出しています。しかし人もコンピュータも、なにも世界中の空気を温めたくて発熱しているわけではないでしょう? それと同じ事ですよ」
「なんか余計わけわかんなくなったんだが」
「つまり、この列石は何らかのカラクリのパーツなのですよ。まだ動きます。ただ、具体的にどのような機能を果たすかは私には想像もつきませんがね」
 アクロマはそう言うと、端末の電源を落とした。今度は、どこまでも立ち並ぶ列石にばかり視線を注いでいる。レイアはそのような様子の科学者を興味深く観察していた。
 アクロマはぼそりと呟いた。
「本当はこのメンヒル通りを丸ごと掘り返したいぐらいですが」
「は?」
「だってそうでしょう? この列石はおそらく、地中で何らかの機構に接続されているのです。まったく古代の遺跡と持ち上げて観光名所などにしてしまって、この地下にどれほど素晴らしい技術が詰まっているか。実に口惜しい。いっそやってしまおうか……」
「怒られるだろ。つーか違法だろ」
「……いえ、まさか、やりません、やりませんよ。私はイッシュへ行かねばならないのです。まったく実に名残惜しい。しかしあの男がカロスに資金投下しよう筈がない」
「あの男?」
「こちらの話です。それにしても、カロスの政府は何をしているのでしょう。私のような放浪の科学者にもこの地に素晴らしい技術が眠っていることが分かるというのに、ここは考古学者にしか見向きされないのでしょうか? なぜ、国はここを放置している?」
 アクロマは青空の下で一人でぶつぶつと呟き出してしまった。
 レイアはヒトカゲを膝の上に乗せてその背中を撫でてやりながら、目の前の科学者の己の中に没入しがちな性癖を、幼馴染のユディや家庭教師のエイジにも共通していると結論付けた。
 世の中には、小難しいことを考える奇癖を持った人間が腐るほどいるのだ。
 レイアにはおよそどうでもいいことを彼らは延々と論じ続ける。誰の腹も満たさないその作業によって、よく暮らしていけるものだと思う。レイアには、ただの言葉にそれほど価値があるものとはとても思えない。口を動かすだけならおよそ誰にでもできるだろうに。

 レイアの片割れのキョウキやサクヤ辺りなら、こうした無意味なような話も面白おかしく聴けるのかもしれない。しかし生憎、レイアにはその二人のような智を愛する、哲学的素養などこれっぽちも無かった。
 とはいえ、記憶力と勘だけはよかった。
「この国の政府、おかしいんだよ。ポケモン協会の言いなりだし、その協会はフレア団の言いなりだし」
「ほう。ポケモン協会。フレア団」
 レイアの何気ない一言が、さらにアクロマの興味を募らせたようだった。
「それはそれは。では確かに、プラズマ団もこの件からは手を引かざるを得ませんね」
「……ぷ……ぷらー……ずまー?」
「こちらの話です。……そう、なるほど。ではおそらくこの列石のことは、そのフレア団とやらが故意に隠蔽しているのですね」
 ふーん、とレイアは何気なく鼻を鳴らした。しかし内心では眉を顰めている。
 またもやフレア団が暗躍しているらしい。フレア団はこの列石の秘密に気づいておきながら、その技術を独占しようとしているのだ。そういうことなのだろう。
 アクロマは白衣の肩を竦めた。
「カロスの方は大変ですね」
「ほんとそれな。……よく分かんねぇけど、この列石ぶっ壊してやろうか」
「駄目ですよ。ここは国が10番道路として管理しているんですから、ポケモン協会にしょっ引かれてしまいます」
 アクロマは興味深そうに、微笑しつつレイアを眺めていた。
 レイアはアクロマを見つめて肩を竦め、にやりと笑った。
「じゃ、あんたと俺が今ここでポケモンバトルして、そのせいで壊れたって言えばいい。そしたらトレーナーは罰せられないだろ?」
「貴方は存外、小賢しいですね。フレア団に恨みでもあるのですか?」
「はは、どうだろな」
「フレア団がこの国を操っているのでしょう? 貴方は国に逆らえますか? 無理でしょう。ならば、国やフレア団が成すがままに任せるしかないのでは?」
 アクロマは密やかに笑い、底知れない瞳でレイアを見つめていた。
 レイアはへらへら笑いながら、質問してみた。
「あんたなら、どうするよ? フレア団に殺されるようなことをしちまった場合、あんたならどうする?」
「そうですね。一番手っ取り早いのはやはり、国外逃亡でしょうか」
「あー、なるほどな。それもあるな……」
「国に指名手配される前にお逃げなさい。他地方ではフレア団の話など微かに漏れ聞こえる程度です。フレア団もそこまでは追ってこないでしょう」
「なるほどねー。どーも、参考にするわ」
「フレア団に狙われるようなことをしたのですか?」
「今さらそれを訊くのか?」
 レイアは気だるげに応じた。
 それきりアクロマはレイアから興味を散じて、再び列石を眺めまわした。
「巡り会わせさえ良ければ、私もぜひご一緒したかった。……ポケモンの力を利用した兵器、か。それもある意味、ポケモンの力を引きだすということになるか……」
 レイアはちらりと視線を上げた。
 アクロマはいつの間にか腰かけていた石から立ち上がり、白衣を風に翻していた。
 その隣に浮遊していたオーベムが、両手の光を目まぐるしく点滅させた。その激しい瞬きにレイアは微かに眩暈を覚える。
 アクロマがレイアを見下ろし、微笑んでいる。
「では私はこれで。どうもご馳走様でした。……ご達者で、旅のトレーナーさん」
 レイアは石から滑り落ち、草むらに崩れ落ちた。そのままヒトカゲと共に眠りこけた。




「……さん。レイアさん……レイアさん」
 自分の名を呼ぶ若い男性の声に、レイアは薄く瞼を開いた。眩しい昼の光に目が眩み、瞬きを繰り返す。むくりと起き上がり、被布の袖で瞼をこすりながらようやく目を開くと――視界いっぱいにに色黒のイケメンが飛び込んできた。
 レイアは思わず奇声を発しながら草の中を飛び退った。
「うおおおおおっザクロさんっ」
「はい。お久しぶりですね。ヒトカゲもお元気そうで何よりです」
 優雅に片膝をつき、ショウヨウシティのジムリーダーはレイアとヒトカゲを見つめて眩しく微笑んでいる。レイアの腕に両前足を置いていたヒトカゲも小首を傾げ、尻尾を振ってザクロに挨拶をする。
 そしてヒトカゲは甘えるようにレイアの腕に顔をこすりつけてきた。レイアはそのヒトカゲを撫でてやりながら、取り繕うようにきょろきょろと辺りを見回す――どうしても褐色の肌のイケメンに気を取られてしまったが。
 四つ子はイケメンが大好きだ。渋いおじさまも麗しいお姉さま方も柔和なおじいさまも大好きだが、特にこの若き紳士はまさに四つ子の好みどストライクである。
 レイアはどきどきしつつ、恐る恐るザクロに話しかけてみた。
「え、えーと、あのー……」
「ここは10番道路、メンヒル通りですよ。時刻はお昼前です。レイアさんがここで倒れているのを見つけて、慌てて声をおかけしたのですが、すぐに目を覚まして頂けたので、本当に安心しましたよ。本当に驚きました」
「あ、ど、どーもすんません、ザクロさん、ご迷惑をおかけしました……」
「どういたしまして。――立てますか。ショウヨウシティまでお送りしましょうか」
 レイアはのろのろと立ち上がり、ヒトカゲを拾い上げると、優雅に歩くザクロに付き随った。
 倒れる前に出会った人物のことは、もはや夢のようにしか思い出せない。ただ海の向こう、空の果てのイメージだけが残っている――別の地方。


 ザクロにエスコートされ、レイアはショウヨウシティのポケモンセンターに来た。
 手持ちのポケモンを回復のために受付に預ける。しかしヒトカゲだけは例の如くレイアの被布の袖に爪を立てて抵抗を示したため、仕方なくレイアはヒトカゲだけは預けずに脇に抱え直した。
 レイアが振り返ると、ザクロが安堵したように微笑んで立っていた。立ち姿もいちいち絵になる美男ぶりである。
「これで一安心ですね。実は私、ポケモン協会の職員の方の頼みで、レイアさんを探していたんです」
 そのザクロの言葉に、レイアは表情をひきつらせた。しかし始終ザクロの傍で挙動不審気味であったレイアのそのような僅かな動揺などザクロの心には留まらなかったようで、ザクロはきょろきょろとポケモンセンターのロビー内を見回している。
「あ……ほらレイアさん、見えますか。あちらのポケモン協会の方が、あなた方四つ子さんをお捜ししていたのですよ」
 ザクロの長い手の先に示された人物を遠目に見据えて、レイアは目を細めた。
 金茶色の髪。
 大柄な体躯。
 間違いない――ロフェッカだ。
 レイアがその姿を見るのは、キナンシティの別荘以来だった。ロフェッカの保護監督のもと四つ子はキナンに滞在していたのに、彼に無断で四つ子はキナンを飛び出した。ロフェッカに四つ子が捜されるのは当然だ。そしてロフェッカに見つけられて、怒られる、だけで済むのだろうか。
 ロビーのソファに腰かけたロフェッカはザクロやレイアにも気づかない様子で、何やら集中してホロキャスターを睨んでいる。
 レイアが内心気まずく思っているのはザクロにも伝わったようだが、その理由まではこの紳士にも読めないらしかった。
「大丈夫ですよ、レイアさん。ポケモン協会はポケモントレーナーを守る組織です。10番道路で何か困ったことがあったのなら、それもあの協会の方にご相談してみればいいのですよ」
 そう声をかけてくれるザクロにも返事のしようがなく、レイアはただただ腕の中のヒトカゲを見つめた。
 ――どうする。ポケモンたちはもう預けてしまった、しばらくショウヨウからは離れられない。

 レイアが逡巡していると、まるでレイアに決心をさせるかのように、ザクロが颯爽とロフェッカの元へ歩いていってしまった。レイアが彼を止める間もなかった。
「ロフェッカさん」
「お、ザクロさん。どうも」
 ジムリーダーに声をかけられたロフェッカはホロキャスターから顔を上げ、立っているザクロに合わせてソファから腰を上げた。二人は自然な様子で握手を交わす。
「10番道路でレイアさんを見つけ、保護しました」
「本当ですか! ありがとうございます……今ポケモンセンターに?」
「ええ、ほら、あちらに。ポケモンバトルによるものか草むらの中で倒れてらしたので、お話を聞いてあげてくださると有り難いのですが……」
 そしてザクロとロフェッカの視線が、ポケモンセンターの中央のホールで立ち尽くしているレイアに注がれた。
 レイアは狼狽した挙句、ヒトカゲだけを抱えて、猛ダッシュでポケモンセンターから遁走した。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー