マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1474] 明け渡る空 中 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/26(Sat) 19:22:02   26clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



明け渡る空 中



 ロフェッカの怒鳴り声が背後から追ってくる。
「おら待てや、クソガキがぁぁぁぁぁ――!!」
 ヒトカゲを抱えたレイアは無言で全力疾走した。赤いピアスが耳元で忙しなく鳴る。ショウヨウの街を南へ駆け抜けた。
「待てこらぁぁぁぁぁぁレイアァァァァァァ!!」
 ロフェッカの叫び声は遠くなってはいない。意外とあの壮年は体力も走力もあるらしい。
 レイアはヒトカゲを振り落さないようしっかと抱えて走った。冷や汗を振り落して走った。
 そしていつの間にかザクロが涼しい顔で並走していることに気付いて思い切り吹き出した。
「ぶっはザクロさん」
「レイアさん、なにも逃げることはありませんよ。大丈夫です」
 ザクロはショウヨウの太陽の如き眩しい笑顔でレイアを激励する。ロフェッカと話をするよう勧めてくる。
 イケメンに優しく諭されたせいでレイアの心は折れそうになったが、気丈にも走りながら首を振った。
「駄目っす!」
「なぜですか。協会の方に言えないことがあるなら、このショウヨウシティジムリーダー、ザクロに話してごらんなさい」
「あんたらジムリーダーだって、ポケモン協会の人間じゃねぇか!」
「ジムリーダーの立場は協会の中でも特殊で、より一般トレーナーに近いのですよ。何か問題を起こしたという話ならば、私がとりなして差し上げますから。レイアさん、勇気をもって立ち向かってください」
「無理っす!」
 しかしレイアが逃げても逃げてもロフェッカは一定の間隔を保って追いかけてくるし、ザクロなどは余裕綽々といった様子で長い足を動かしレイアにぴったりついてくる。振り切れない。
 レイアは歯噛みした。ポケモンセンターに手持ちを預けるのではなかった。ヘルガーの、あるいはメガシンカしたメガヘルガーの背に乗ればさすがにこのような煩い人間どもも容易くまけたであろうに。
「はあ……仕方ありませんね。……レイアさん、ちょっと失礼」
 並走するザクロによって、レイアはひょいとその肩に抱え上げられた。レイアはザクロの肩の上で喚いた。
「離せザクロさん! いくらイケメンだからって許さねぇぞ!」
「顔面のおかげで許しを得ようなどとは考えていませんよ。レイアさん、正々堂々と立ち向かうのです。大丈夫、私がついています!」
 ザクロの肩の上で暴れるレイアを、追いついてきたロフェッカはにやにやと笑いながら見ていた。
 そしてロフェッカが懐から何やらホロキャスターを取り出そうとしたので、レイアは帯に挿していた簪――メガカンザシを引き抜き、ロフェッカ目がけて投げつけた。
 メガカンザシはロフェッカの手から、私用のホロキャスターを弾き落とした。


 ロフェッカが道端に崩れ落ちる。慌ててホロキャスターを拾い上げる。
「くっそぉぉぉぉぉぉ! いつの間に飛び道具をっ!!」
「動画撮る気だっただろうがこの野郎もう騙されねぇぞ! 二度と俺の前でホロキャスター出すんじゃねぇよ!!」
 レイアはザクロの腕から逃れて道に飛び降りると、素早く走ってキーストーンを飾った簪を拾い上げ、再び帯に挿し込んだ。
 ロフェッカは未だに座り込み、頭を抱えてしきりに嘆いている。
「ああああああザクロさんに抱え上げられてるレイアとか、激レアどころじゃねぇってのに!」
「だから! 動画撮んじゃねぇよこの屑が! マジで潰すぞ!!」
「なんだ、レイアさんはロフェッカさんとお知り合いだったのですか。ああ、それでさっきはレイアさんも照れてらしたんですね?」
 ザクロがのほほんと笑ってレイアとロフェッカを見つめている。
 レイアはザクロの穏やかな声に虚脱してしまった。大きく嘆息し、肩を落とし、未だに嘆いているロフェッカを睨み下ろす。
「……何の用、おっさん」
 ロフェッカはにやりと笑み、その髭面を上げた。
「ようやく見つけたぜ、レイア」
「……だから何だと訊いている。何しに来やがったんだてめぇ」
 ロフェッカは軽い動作で立ち上がり、その巨体をぶつけるようにしてレイアの肩に腕を回した。大男の粗野で乱雑なボディタッチにレイアは顔を顰めた。その耳元でロフェッカはにやにやと囁く。
「おいおい、レイアちゃあーん。よくも勝手にキナン抜け出してくれたなぁ? おかげで俺は始末書を何枚書かされたか……まったく損害賠償請求してぇぜコンチクショウ」
 レイアはしかめっ面で、大男を横目で睨んだ。
「……知らねぇよ。てめぇの監督不行き届きだろうが」
「そうそう、お前らの逃亡は俺の責任なわけよ。だからよ、もうちっと詳しい話、聞かしてくんね? ホテル・ショウヨウでよ」
「……おっさんと二人きりでホテルなんて冗談じゃねぇよ」
「んじゃ、ホテルのレストランだ。昼飯奢るわ。そん代わり、全部吐けよ?」
「……食わしといて全部吐けとか、拷問でしかねぇな」
「言うようになったじゃねぇか、クソガキが」
 ロフェッカは言いつつ、髭の生えた顎をレイアの頬にじょりじょりとこすりつけてきた。
 凄まじい侮辱だった。ロフェッカは愛情表現のつもりかもしれないが、レイアにとっては今やロフェッカは親しい友人などではなく、ただの敵、年上の男。気色悪いことこの上ない。
「…………気持ち悪い」
「ん?」
「…………触るな…………反吐が出る」
 ロフェッカは慌ててレイアから身を離した。レイアが脇に抱えたヒトカゲは殺気を放っているし、もう一方のレイアの手は帯に挟んだ簪に再び伸びていた。これ以上ふざけてレイアにちょっかいをかければ焼かれるか刺されるかしかねない。
 レイアは敵意も露わにロフェッカを睨んでいる。ヘルガーの如き唸り声すら漏れそうだった。
 ロフェッカの背筋をようやく、冷や汗が伝った。



 ホテル・ショウヨウのレストランでレイアとロフェッカは向かい合って座った。
 二人の間の緩衝材あるいは潤滑剤となりそうだったザクロは、ジム戦の約束があるなどと言ってショウヨウジムに戻ってしまっていた。そのため、二人きりである。
 ところが席に着くなり、レイアはテーブルの上にブーツごと足を叩き付けた。食事などしないという意思表示である。ロフェッカは慌ててレストラン側と協議し、どうにかこうにかレストランの外のホテルの談話室の一角に、レイアとヒトカゲを連れて移動した。
 レイアは顎を上げ、ゴミでも見るような目でロフェッカを睨んでいる。ヒトカゲも同じだ。
 ロフェッカは狼狽した。
 今まで、食事を奢ってやることによってレイアの機嫌の直らなかったことなどない。なのに今回は、かなりレイアは気が立っているらしい。ロフェッカにはその理由がいまいち思い当たらなかった。先ほどの肩を組むくらいのスキンシップにしても、今までも何かの弾みで何度かあったこと。その時はレイアも軽く笑って受け流していた。今になってこれほどの拒絶反応を示されてもロフェッカも戸惑うしかない。
 ロフェッカは談話室のソファに座ると、まずレイアに頭を下げた。
「あー……とりあえず、さっきは怒って追いかけたりいきなり触ったりして、すまんかった。俺の配慮が足らんかった。この通りだ、許してくれ」
「……すり潰すぞ」
 レイアの眉間にはいくつも深い皺が刻み込まれている。ヒトカゲも藍色の瞳を見開き、その尾をゆらりと振ってはパチパチと音を立てる火の粉を振りまく。
 そのように全力で威嚇してくる若いトレーナーを、ロフェッカは余裕ある表情で見つめた。
「で、まだ怒ってっかもしんねぇけど、ずっと謝ってるわけにもいかねぇから、本題入らせてもらうな。――お前ら、なんで勝手にキナンを抜けた?」
「……誰にも言わない」
「つまり、何かしらの理由はあるわけだな? なんとなくの気分で抜け出したんじゃねぇんだな?」
 ロフェッカがそう確認をとると、レイアの瞳はますます猜疑の色に沈んだ。上げていた顎を逆に胸元に埋めるようにして、警戒心も露わにロフェッカを睨み上げる。

 ロフェッカはそのようなレイアの態度も気にしないようにして、緩い口調で続けた。
「ま、どんな理由があろうがそれはそこまで重要じゃねぇわな。俺が言いてぇのは、あんま勝手されると、ポケモン協会もお前らを守れねぇってこと。……忘れたのかレイア? お前ら四つ子は、榴火っつー危険なトレーナーに狙われてるっぽいんだぞ?」
「………………」
「鬱陶しいかもしんねぇが、お前らのためなの。これからはあんま逃げないでくださいな。お前ら四つ子が好き勝手歩き回ってると、榴火を刺激しかねん。そしたらポケモン協会が困るのはもちろんだが、お前ら四つ子も困るだろ?」
「………………」
「場合によっちゃ、お前さんらのポケモンを取り上げてまで、ひとつところに押し込めることも有り得る。……おとなしくしててくれ、レイア」
「……その場合、どうやって生きてけっつーんだよ……」
 レイアが低く唸った。
「……いつまで俺らに、閉じこもってろと? 目障りにならないよう閉じ込めて、自由を奪って、それでもやっぱり邪魔になったら消すのか……なんで思い通りに生きちゃいけないんだ」
「あー、レイアお前、公共の福祉って知ってるか?」
 ロフェッカは苦笑した。レイアは黙り込んだ。
「公共の福祉ってのはな、個人の利益の衝突を公平に調整する最小限の秩序のことだよ。……レイア……榴火は危険なんだ。お前らも、ちっとだけ、協力してくれ」
「……榴火のために、俺らは自由を制限される? ……なんで? 俺らはポケモンを育てて戦うしかないのに? そうでないと生きられないのに?」
「それがお前らの幸せにもつながる」
「…………聞き飽きた」
 背中を丸めていたレイアは、反動のようにソファの背にぐったりともたれかかった。膝の上に乗せたヒトカゲにのろのろと指先で構う。
「……“お前らのため”とか。“幸せ”とか。もううんざりだ。たくさんだ。なぜ俺らの好きにできない」
「誰もが自分の好きにしたら、この世界はめちゃくちゃになるだろ?」
「……でも俺らが我慢してるのに、好き勝手できる奴がいるだろうが。……金持ちの奴ら。権力を持ってる奴ら。ポケモントレーナーにならなくても済む奴ら」
「……そりゃ、お前さんがそう思い込んでるだけだ。金持ちには金持ちなりの不自由がある」
「ふざけんなよ!」
 レイアは怒鳴った。談話室にいた他の客がびくりとする。けれどレイアはもう我慢ならなかった。
 ソファから立ち上がり、炎が燃え広がるように怒り狂った。
「なんで、なんでローザに目をつけられた、それだけの理由で俺らよりも榴火が優先されなきゃなんねぇんだよ! なんでルシェドウはあいつのことばっか見てて、おっさんも、皆、俺らよりあいつを優先してる!? ――あいつがフレア団だからか?」
「……いや、俺もポケモン協会も、お前ら四つ子の安全を第一にだな――」
「そんなの善意の押し付けだ。この偽善者どもが! 何がそいつのためになるかなんて、分からないくせに! なぜ勝手に決めつける! なぜ強制する! 従わないなら消すのか? 思い通りにならないなら殺すのか? それがてめぇらのやり方か!」
「……んなことはしねぇよ」
「騙されるか! なら、なぜ、放っておいてくれない! なぜ好きに旅ができない! 俺らには旅しかないのに、俺らから旅すらも奪って、何をしろと? どう生きていけと! こんなところでやってられるか!」
 立ち上がったレイアはぎらぎらと燃え滾るような眼でロフェッカを見下ろしていた。
 ロフェッカも、これほどまでに憎悪に燃えた、追い詰められたレイアの表情を見たことがなかった。顔を顰める。
「……そんなにキナン籠りが、厭だったか。何が嫌だったのか教えてくれねぇか。できるだけお前らの希望に沿えるようにするからよ……」
「いらねぇよ。放っておいてくれ!」
「……なあレイア、そうやって癇癪起こしてたって、無駄だぜ。そうやって怒鳴ってれば確かにそのうち俺がノイローゼか何かになって休職するかもしれねぇがな、それでも俺の後継人がポケモンセンターの利用記録を追ってどこまでもてめぇを追いかける」
「俺らにそこまでコストかけるぐれぇなら、さっさと榴火をどうにかしろよ!」
「もちろんそれもやる。だがな、レイア、お前ら四つ子は――目障りなんだよ」
 そのロフェッカの一言に、レイアはびくりと反応した。
 ロフェッカはやや表現が過激すぎたかと焦った。なまじレイアが猛々しいだけに、言葉選びが難しいのだった。
 立ったままのレイアが、俯き、渇いた唇を舐める。
「……目障り……って……」
「もちろん、榴火を追いかけるのに障害になるってだけの意味だ。お前らの存在そのものが邪魔とか、そういう意味じゃねぇから、すまん、誤解させたな」
「……てめぇらは榴火をどうしてぇんだよ……」
「ルシェドウが今、榴火の後見人や親と接触してる。榴火の周囲の大人と連携して、榴火が問題を起こさないでトレーナー業に専念できるようにする」
「……どれだけ時間がかかるんだよ。いつまで俺らに付きまとう気だ……」
「榴火の旅先で、お前ら四つ子があいつと接触しないようにしてぇんだ」
 ロフェッカがそう伝えると、レイアは顔を上げた。そこにはもう表情は無かった。
 レイアは無表情でロフェッカを見つめていた。
「……榴火を監視すればいい。常に榴火の位置を把握しといて、俺らはいつでもそれが分かるようにしといて、榴火を避けるようにすればいい」
「そりゃ人権侵害だ。んなことは許されねぇ」
「……だから俺たちを閉じ込めるのか?」
「そうだ」
「……なぜ逆に、榴火を閉じ込めない?」
「あいつには自由に旅をしてもらう中で、更生を促す」
「……だがあいつは犯罪組織のフレア団の一員だ」
「そのような事実の証拠は確認できていない」
「……ポケモン協会は、フレア団員を保護して、一般トレーナーである俺らの自由を奪う」
「榴火はフレア団じゃねぇし、お前らにもできる限りの自由は保障する」
「…………ひどい…………」
 レイアは目を見開いたまま、表情を強張らせた。その指先が震えた。ソファの上のヒトカゲが案じるように主人を見上げている。
 ロフェッカは深く溜息をついた。言わなければならないことだった。
「……だからよレイア、もうおとなしく、諦めな。お前さんがさっきポケセンに預けた五体のポケモンは、もうポケモン協会が管理してる」
 レイアは耳を疑った。目を見開いて、ロフェッカを凝視した。
 レイアのかつての友人は下卑た笑みを浮かべていた。
「もう、お前さんは、五体を引き取れない」



 レイアはそのままロフェッカの手で、ホテル・ショウヨウの一部屋に押し込められた。
 レイアは狭いシングルルームに、ヒトカゲと共に放り込まれた。
 部屋の鍵を持ったロフェッカが部屋から出ていく。扉が閉まると、自動で鍵がかかる。
 ヒトカゲを抱えたレイアは呆然と、閉ざされた扉を見つめていた。
 もちろんロフェッカに部屋へ連れて行かれるとき、レイアはヒトカゲで抵抗しようとした。しかしロフェッカに怒鳴られた――ポケモンで一般人に重傷を負わせれば一か月の謹慎、死亡させたらトレーナー資格の剥奪と刑事罰だ!
 ありえない。
 ありえないありえないありえない。
 ありえないありえないありえないありえないありえない。
 なんで。
 なんでロフェッカが。
 こんなことを。
 ポケモンを奪い、閉じ込めた。レイアのポケモンは引き取れない。ポケモン協会にとられた。
 なんで。なんで。なんでこうなった。
 何を間違えた。
 何がミスだった。
 レイアはよろりとシングルルームのベッドの上に腰かけ、ただただ自分に残された唯一のポケモンであるヒトカゲを呆然と抱きしめていた。ヘルガーも、ガメノデスも、マグマッグも、エーフィも、ニンフィアも奪われた。ポケモンセンターに預けていた五体は、ポケモン協会に奪われた。引き取れない。ポケモン協会がポケモンセンターにそう命じた。レイアのポケモンはポケモン協会が管理する。五体はもう引き取れない。
 うそだ。
 なんで。
 なんでこんなことに。
 なにがだめだったんだ。
 頭が真っ白だった。ヒトカゲは腕の中でおとなしくしている。レイアは呆然と座り込んでいた。何も考えられない。なぜ。何が起きた。何をされた。これからどうなる。
 どうしよう。
 どうしよう。
 わからない。
 わからない。
 わからない。
 わからない。

 どさりとベッドに倒れ込み、頭を抱える。葡萄茶の旅衣の中で蹲る。ヒトカゲがもぞもぞとレイアの膝の上から降りたが、これは一声も発さない。
 呻く。唸る。しかし声にはならない。まだ動悸が激しい。全身を血液が駆け巡り、けれどどこにも飛び出せず、煮え滾っている。感情を爆発させたいのに、怒鳴りたい、食い殺したい、けれど詮無い。泣きたい、失望した、餓えた、ただ寂しい、ただただ淋しい。
 息が詰まって、むせび泣きたい、引き裂きたい、食いちぎりたい、殴り殺したい。絶叫は声にならない。こだまのように骨の中に虚しい嘆きが返ってくるばかりだった。惨憺たる肉塊だ。肉の詰まった皮袋。
 こんな時ホロキャスターがあったなら、とレイアはぼんやりと思う。ホテルのベッドの白いカバーを見つめながら。
 ホロキャスターがあれば、すぐさまキョウキやセッカやサクヤに連絡できただろう。――助けてくれ。ポケモン協会にポケモンを奪われた。
 いや、片割れたちに助けを求めて何になるだろう。ポケモン協会の管理するポケモンを奪い返すなど、それこそ犯罪だろう。片割れたちが罪に問われることになる。
 現在、レイアは罪を犯したわけではない。ポケモンを取り上げてホテルに押し込めるという、ポケモン協会の独自の措置に巻き込まれただけだ。
 なぜ。
 なぜだ。
 なぜなんだ。
 なぜなのだろうか。
 ぐるぐると疑問が戻ってきて、めまいがする。
 頭が痛い。
 奪われた五体を、どうにかして取り返すべきだろうか。
 ホテルの部屋には鍵がかけられているわけではない。けれどホテルの出入り口はポケモン協会の者に見張られているはずだ。レイアのいる部屋は四階。ヒトカゲだけを連れて、とてもこっそりと抜け出せるとは思えない。
 怖い。
 とても怖い。
 奪われることが怖い。
 榴火に目をつけられた時の比ではない。冷徹な悪意、抜け目のない理性的な敵意に包囲されている。社会にとって悪はレイアの方だった。誰も守ってはくれなかった。


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