マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1476] 金烏の空 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/26(Sat) 19:26:22   33clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



金烏の空 上



 朝の空は薄曇り。
 フシギダネを頭に乗せ、緑の被衣をはためかせ、葡萄茶の旅衣を翻し。キョウキはとことことコボクタウンの市壁内に足を踏み入れた。
 コボクタウンは街全体が高い城壁に囲まれ、野生ポケモンの襲撃にも耐えられるようになっている。たびたび街の傍に現れるカビゴンへの備えなのかもしれない。
 コボクタウンの名物といえば、街の北に構えられた、巨大な堀と跳ね橋を持つ貴族のマナーハウスだろう。ミアレシティからパルファム宮殿を見に行く観光客が、物のついでとばかりのそのショボンヌ城を遠目に写真を撮影していく。不思議なことに中に入ろうとする観光客は少ない。その理由はキョウキにも分からなかった。キョウキもショボンヌ城には行ったことがないためだ。主人が気難しくて観光客の立ち入りをを拒んでいるのか、あるいはよほどしょぼいのか。

 キョウキと同じく東の5番道路のベルサン通りの坂道を辿ってきた観光客は、ホテル・コボクへ入っていったり、西の7番道路のリビエールラインへ直行したりする。
 そのような人の流れを見つつ、キョウキはコボクの中央広場で立ち止まった。頭上に向かって話しかける。
「ねえふしやまさん、コボクって意外とにぎやかだよね。もっと寂れてるイメージあった」
「だぁーね?」
 フシギダネはキョウキの頭の上で穏やかに返事をした。
「やっぱりほとんどパルファム宮殿への玄関扱いされてるのが、物悲しいところだけれど」
「だねぇー?」
「きっとパルファム宮殿を作った300年前のカロスの君主が絶対王制を確立させる前、平民の商人が発達してなくて、貴族が貿易を独占していた中世の封建時代には、ショボンヌ城の貴族も栄華を誇ったんだろうねぇ」
「だぁーねぇー?」
「中世の封建時代は、そこまで王様が強くなかったんだよ。地方では貴族が強かったんだ。でも、カロスの王様が市民の中から出てきた商人に特権を与えて保護育成し、発達する市民と没落する貴族の間の対立をうまく利用する形で、絶対王制を実現した」
「だーね?」
「そしてパルファム宮殿を作った王様は、自国の貿易を保護して、カロスを豊かにしていった……でも、一方ではどんどん市民層が発達して、けっきょくは市民革命によって無能な王様と驕慢な王妃様は首を刎ねられる。パルファムのばらだね、パルばらの世界だ」
「だねだーね?」
「市民による共和制統治が始まったけれど、それもうまくいかなくって、政体は転々とした。色々な戦争があって……王制に戻ったり、貴族政治になったり、共和制になったり……そして、何だかんだでカロスは今は共和制ってわけだ」
「だぁーねだね?」
「……って感じで合ってますか、モチヅキさん?」
 キョウキは笑顔でくるりと振り向いた。
 広場の噴水の一角に、仏頂面のモチヅキが腰かけていた。
 黒衣に、三つ編みにした長い黒髪が流れている。その黒い眼がじろりとキョウキを見やった。
 やや猫背に前傾姿勢で座るモチヅキに、キョウキはひらひらと手を振った。


 モチヅキは無言である。
 キョウキはぴょこぴょことその目の前まで歩いていき、機嫌よく話しかける。
「ねえねえモチヅキさん、聞いてますか? 僕の話、聞いてました? ちょっとは歴史も勉強したんですよ。ねえ僕の認識、合ってました? ねえねえねえねえ」
 モチヅキは無言だった。
 キョウキもモチヅキの隣、噴水の縁に腰かけ、モチヅキの腕にそっと寄り添った。
「……モチヅキ様。サクヤです……」
「やめよ、キョウキ」
 モチヅキの不機嫌な低い声がキョウキの鼻先を引っ叩く。キョウキは可愛らしく息を呑み、よよと泣いてみせた。そしてサクヤと同じ声で、モチヅキに訴えかける。
「……モチヅキ様、僕は……僕はキョウキなんかじゃありません……信じてください……」
「虫唾が走る。今すぐやめよ」
「やめるものなどありません。本当です、本当なんです……僕は……きょっきょちゃんです!」
 モチヅキの右手が左隣のキョウキに伸び、キョウキの両頬を片手でぶにゅと掴み上げた。キョウキはコアルヒーぐちになりながら、うへうへうへへと笑う。
「うひゅ……うひゅひゅひゅひゅひゅ……どーでしゅか、モチヅキしゃん……僕がしゃくやっぽくって、萌えましたか……?」
「私はほんに貴様が気に食わぬ」
「知ってまふようだ。モチヅキしゃんのお気に入りはしゃくや、そのちゅぎがれーや、それからしぇっか、んで、僕でしょ。どでしゅ? 合てましゅ? 合てましゅ?」
「今すぐ黙れ黙らないと歯をすべて折る」
「出来ゆもんならやってごらんなしゃいな」
 キョウキの瞳は不遜に爛々と輝いていた。
 モチヅキは無表情の中で、瞳を憎悪に燃え上がらせていた。


 モチヅキはキョウキを、四つ子の中では最も嫌っている。
 このキョウキの心は敵意に満ちている。視界に入るものすべてを嫌悪し、猛毒を吐きかけ、周囲の人間を汚染していく。モチヅキもまた、キョウキの揶揄の対象の例外ではなかった。
 モチヅキは四つ子を等しく育て上げたつもりである。モチヅキが四人に出会った当時は幼い四つ子に性格の違いなどなかったのだから、当初はモチヅキは四人ともに等しく愛情を注いだはずである。モチヅキだけではない、四つ子の養親も幼馴染も、四人に平等に接したはず。
 しかしなぜ、キョウキだけはこんなにも性格がねじ曲がってしまったのか。モチヅキには甚だ疑問である。
 そしてそのキョウキを、片割れであるレイアもセッカもサクヤも好いているのか、モチヅキには理解できなかった。
 モチヅキが手を放すと、キョウキはふうと息をついた。痛む両頬をさすっている。
「モチヅキさんは相変わらずお元気そうで」
「………………」
「あの、きょっきょちゃんも寂しくはなるので、お返事はくださいね」
 するとモチヅキは溜息をついた。先ほどまでキョウキの頬を掴んでいた手をだらりと膝の上に投げ出し、軽く背を丸めたまま広場の先を見つめている。
「……ここで何をしている、キョウキ」
「何って、ぶらぶらしてますよ? ときどきトレーナーさん捕まえてバトルしながらね」
「そなたは、レイアに起きたことは知らぬのか」
「あいつ、何かやらかしたんですか?」
「ショウヨウシティでポケモン協会――ロフェッカとかいう男によって捕らえられたとか。どうにか脱したが……状況は厳しい」
 キョウキは頭上からフシギダネを下ろして膝の上に乗せ、しばらくコボクの街並みを見つめて目をぱちくりさせていた。それからようやく右隣のモチヅキを見やった。
「あちゃあー。レイアがロフェッカに捕まった、か。モチヅキさんはよくそれをご存知ですね?」
「ザクロ殿が親切にも連絡をくださったのだ」
「え、ってことは……ザクロさんと貴方が、ポケモン協会に逆らって、レイアを逃がしちゃったってことですか?」
 モチヅキは面倒そうに緩く嘆息したが、のろりとキョウキに顔を向けた。
「このような広場で話すことでもないな。ホテル・コボクへ」
「――わあ、年上の方と二人っきりでホテルなんて、きょっきょ初めて!」
「うるさい……黙れ」
「どうせモチヅキさんは、サクヤとは、二人きりでホテルなんてしょっちゅうですよね?」
「水堀に沈めるぞ」
「出来るもんならやってごらんなさいな」



 モチヅキのあとについて、緑の被衣で顔を隠したキョウキはホテルの部屋に上がり込む。フシギダネを胸に抱えて。
 そこはゆったりとした、豪華な一人部屋だった。
 モチヅキはキョウキを、窓際にテーブルを挟んで設置してある二脚の椅子のうちの一つに座らせ、カップにティーバッグの紅茶を淹れて、菓子鉢に入れたクッキーと共に差し出した。フシギダネを膝の上に乗せたキョウキは笑顔でそれを受け取る。
 モチヅキが向かい側の椅子にのっそりと腰を下ろす。
 キョウキは頭から緑の被衣を落とし、露わになった黒髪を手早く指で整えると、ストレートの熱い紅茶を一口啜った。それからカップの中の水色とそこに映る自分の影を見つめ、漂う湯気を鼻先に暖かく感じながら、キョウキはモチヅキに尋ねた。
「……それで、レイアには何があったんです。貴方はショウヨウにいたんですか?」
「いや。ミアレにいた。ザクロ殿から、マーシュ殿とウズ殿を経由して連絡があった」
「思うんですけど、モチヅキさんって割とどこにでも出没しますよね。そんなに出張多いんですか?」
「その話は本筋とは関係ない。ことはそなたにも関わる。おとなしゅう聞け」
「はいな」
 背筋を伸ばしたまま、キョウキは微笑して口を閉じた。
 モチヅキは椅子の肘掛に肘をついて頬杖をつき、黒い眼で胡散臭げにキョウキを眺め、ゆるゆると話し始める。

 レイアがショウヨウのポケモンセンターに預けた五体のポケモンを、ポケモン協会によって差し止められた。レイアはホテル・ショウヨウの一室に押し込められ、自由に出歩けないよう協会の職員が見張っていた。見かねたザクロがレイアの求めに応じて、モチヅキに連絡をつけた。
 キョウキがくすりと笑う。
「あいつでもモチヅキさんに頼るんだなぁ……色んな意味で驚きだ。で、それで貴方はどうなさったんです?」
「……まず前提として、ポケモン協会による四つ子の拘禁の建前は、『四つ子が榴火と接触することを防ぐ』ことだ。であれば、なにも四つ子を拘禁せずとも、カロスから追放すれば事足りる――そのように協会側と交渉するよう、ザクロ殿に要請した」
「ザクロさん相変わらずイケメンですね。でも、そんなにすんなりといきましたか?」
「まさか。協会側の反発は予測された。なので、半ば強引な手だが――ザクロ殿にジムリーダーの権限で、レイアの手持ちをポケモンセンターから引き取っていただいた」
 キョウキはきょとんとし、そして吹き出した。
「あちゃあ。交渉決裂して、実力行使に出ちゃったんですか。大丈夫ですか、ザクロさんは?」
「さてな。協会からザクロ殿に罰が下されるとしても、せいぜい減給程度だろう。損害はそなたらの実家の四條が填補すると申しておいた。その条件でザクロ殿には行動して頂いた」
「そうですね、ジムリーダーはアイドルですもんね。そんな人をポケモン協会も懲戒処分なんて、そうそう出来ない。……レイアは強い人間を味方につけましたね」
 ということは、レイアは窮地を脱したのだ。ザクロとモチヅキと実家の力で。
 なかなか興味深い先例だ、とキョウキは思った。ザクロはジムリーダーであり、ポケモン協会に属する。しかし同情を得て金銭をあてがえば、彼も容易くポケモン協会を裏切る。
「なるほどね。じゃあ、ジムリーダーさんとは懇意にしておくべきですね」
 キョウキが言いつつくすくすと笑っていると、モチヅキは露骨に嫌そうな顔をした。

「……そう楽観すれば痛い目を見るぞ。問題なのは、ここからだ」
「ありゃ、一件落着じゃないんですか?」
「……ザクロ殿の実力行使による協力を得て、レイアはショウヨウを脱した。その行方は知れぬが、まあそれはいい、そなたらが勘とやらで捜せ。しかしポケモン協会は、さらに総力を挙げてそなたら四つ子を確保しようとするだろう」
「ほんと、無駄な人手とお金使いますよねぇ」
「……それほどに、ポケモン協会はそなたら四つ子を危険視しておるのだ。榴火のことを抜きにしても、だ。…………そなたら、いったいキナンで何をやった…………」
「何もしてませんよ?」
 キョウキがクッキーをもそもそとフシギダネと共に食べながらそう答えると、モチヅキの眉間にみるみるうちに皺が寄った。
 キョウキは笑いながら手を振る。
「分かりましたってば、ちゃんと話しますよう。モチヅキさんにはレイアのことでご迷惑かけたみたいだから、貴方には話します」
 クッキーを飲み込んで紅茶を喉に流し込むと、キョウキは淀みなくキナンでの出来事を語った。
「ほら、キナンの別荘に、エイジっていう胡散臭い家庭教師が来てたじゃないですか。どうせロフェッカからのホログラムメールで面白おかしく見てたんでしょうが」
「……そうだな」
「認めちゃったよ――まあいいや。そのエイジって人がねぇ、僕らに延々と“国とポケモン協会とフレア団の癒着”のお話をしてくれるんですよ。そんなの、国家やポケモン協会にとっちゃ知られたくない話。自然、僕ら四人はポケモン協会にとって邪魔な存在になる」
「……そのエイジとやらの狙いは?」
「僕らをポケモン協会の敵にすること。僕らを、“フレア団とポケモン協会の共通の敵”にすることでしょう。そうなれば、フレア団は容易に僕らを消せますから」
「……なぜフレア団はそなたらを消そうとする?」
「榴火のせいですよ。榴火はフレア団です。ここまで言えば分かるでしょう? ポケモン協会が、榴火よりも僕ら四つ子を捕まえることに躍起になる理由が」
 キョウキはすらすらと説明すると、頬杖をついたまま渋い顔をしているモチヅキを見やって目を細めた。
「その全てに最初に気付いたのはセッカです」
「……あれがか」
「だからセッカは侮れない子なんですよ。あいつはエイジさんだけじゃなく、ロフェッカのことも信じなかった、僕もそうでした。レイアとサクヤの二人はいじらしくもロフェッカを信じようとしてましたけど、でももうこれで、あちらさんの裏切りは確実ですね」
 キョウキはわざとらしく溜息をついてみせた。
「キナンを出た後、最初に僕ら四つ子を嗅ぎつけてきたのはユディです。ロフェッカに言われて、ルカリオに僕らの波動を追わせたんです。でもユディはいい奴なので、何も聞かずに僕らの味方をしてくれることになりました」
「……ウズ殿は」
「さあ、何も知らないんじゃないでしょうか。モチヅキさんから知らせてくださっても構いませんよ」
「……なぜ私にも何も言わなかった? サクヤのニャオニクスにでも伝えさせれば」
「はいサクヤね。そうですねサクヤちゃんねー。……あのねモチヅキさん、僕らは迷ったんですよ、貴方に伝えようかどうしようかと。貴方なら僕らを助けてくれる――そんなことは分かってました。でもそれは、ポケモン協会――ロフェッカだって分かってたはずです」
 キョウキが肩を竦めてそう言うと、モチヅキは睨むように目を細めた。
「……つまり……あてにされていなかった、と」
「ロフェッカから貴方に連絡は来ませんでしたか? 少なくとも貴方は、僕らがキナンから消えたことは、すぐにご存知になったはずです。その後ロフェッカは、僕ら四人を捜すために、貴方に連絡を入れましたか? 無かったのなら、貴方も完全に協会から敵視されてますよ。夜道にご注意」
「……ふん……協会による敵視など、もはや私の日常の一部だ。それに、あのロフェッカとかいう男と連絡を取り合っていたのは私的なこと。あの男がそなたらを捜すにしても、私的なチャンネルは利用すまい――ポケモンセンターの利用記録を調べればすぐに済むことだ」
「ありゃ、ユディからはポケセン使わないと悪目立ちするって聞いたんですけど。やっぱポケセンの記録って、泊まらなくても残りますか?」
「当然だ。ポケモン協会をなめるな。……監視カメラによる映像解析、ジョーイの証言、もしかすると極秘裏にセンターを利用するトレーナーの情報を収集しておるやも。……奴らは何でもする」
 モチヅキはゆったりと紅茶のカップを傾けている。
 キョウキはがしがしと頭を掻いた。フシギダネを抱きしめて苦笑する。
「……コボクのポケセン寄ってなくてよかった。セッカとサクヤは大丈夫だろうか……」
「なぜバラバラに行動している……せめてホロキャスターを持て」
「モチヅキさん、ご存知ですか? ホロキャスターってフラダリラボの製品なんですよ」
 キョウキはフシギダネの背中の種に顔を押し付け、にんまりと笑った。
 するとモチヅキは不機嫌に鼻を鳴らした。
「私を馬鹿にしているのか?」
「じゃあモチヅキさん、これはご存知ですか? フレア団って、フラダリラボと、ずぶずぶなんですよ」
「……何が言いたい」
「僕は機械の事なんて分かりませんけど、フレア団は、ホロキャスターからその持ち主の位置情報とかメールとかすべて把握できたりしません? ポケモン協会がそんだけあくどいなら、フレア団だって絶対そのくらいやってますって」
「………………」
「だから僕ら四つ子がホロキャスターを持っていなかったのは不幸中の幸いですし、これからも持つ気はありません。もちろんモチヅキさん、貴方はホロキャスターを持っておられるのだから、僕らが貴方の傍にいるというのも危険というわけだ」
 モチヅキは沈黙した。
「ロフェッカが貴方を見逃すはずがないでしょう。僕ら四つ子が貴方を頼ることなど分かりきっている。まあ問題は、その僕ら四人に貴方と連絡を取り合う手段が乏しいってことなんですけどね」
「………………」
「だからさっき貴方を見つけた時、実はちょっとだけびっくりしたんです。サクヤなら迷わず貴方を捜してひっつくだろうに、貴方がお一人なんですもの」
「………………」
「心配なさらずとも、サクヤはすぐに貴方の元に来ますよ。あの子、一生懸命に貴方を捜してるんだ……健気ですよね。かわいいですよね。大事にしてあげてくださいね」
 キョウキは紅茶を飲み干すと、カップを低いテーブルに置いてにこりと笑った。
「……ふう。モチヅキさん、お腹すきました。お昼ごはん奢ってください」


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