マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1477] 金烏の空 中 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/26(Sat) 19:27:55   31clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



金烏の空 中



 モチヅキはルームサービスで昼食を取り寄せた。
 パンとスープ、卵料理、サラダ、果物、ジュース。それらが二人分運ばれてきた。
 キョウキは苦笑する。
「いいんですかね、一人部屋に二人分頼んで」
「さあ。頼めた以上は構わないだろう」
 窓際のテーブルで、二人はもそもそと昼食を口に運ぶ。
 キョウキはちぎったパンをスープに浸しつつ、呟いた。
「それで、僕らはこれからどうしたらいいでしょう。モチヅキさんのお考えをお聞かせ願えますか」
 モチヅキは沈黙したまま、滑らかな手さばきでオムレツを切り分ける。卵料理にナイフを入れるのを初めて目にしたキョウキもぎこちない手つきでそれに倣うが、うっかりとナイフで皿の底を引っ掻いて、モチヅキにぎろりと睨まれた。
「すみませんモチヅキさん。愛してます」
「……まず、そなたらは今、何を考えて行動している」
「協会職員に見つからないよう、全員バラバラに、ごく短期間の滞在だけで街を転々としています。野生ポケモンの昼夜構わず襲ってくる野山に籠るってのもハードなもので」
「……避けているのはポケモン協会だけか」
「フレア団も避けろ、ってことですか?」
「……榴火がいる」
「ああ、彼ね。アブソルで災害を感知するんでしたよね。そりゃあ整備されてない山奥だと、なおさら暴れ放題でしょうねぇ。うんうんなるほど、人里離れると逆に榴火の危険がある、と」
 キョウキはスープに浸してふにゃふにゃになったパンを咀嚼した。
 モチヅキは既に食後のフルーツに取り掛かっている。
「……そもそも何故、そなたらは榴火に追われている」
「それが分かりゃあ苦労しないです。最初はレイアでした。次はセッカでした。レイアとセッカは二人でもう一度彼に会ったそうです。つまり僕とサクヤは、榴火の姿を見たことすらない」
「……追われている……か」
「榴火は初対面のレイアに向かって、死ねとか言ったそうですよ。セッカにもです。たぶん彼は僕ら四つ子をろくに認識していない。勝手に敵だと思い込んで狙っている。なんででしょうね?」
 モチヅキは手にしていたフォークを皿の上に置いた。凄まじい早食いだ。キョウキがにやにやしていると、モチヅキに睨まれた。
「……アワユキかもしれぬ」
「アワユキさん? 彼女がどうかしました?」
「さて。そなたらの存在を榴火が知る契機といえば、フロストケイブでの一件しか思い当たらぬ」
「そうなんですかねぇ」
「アワユキは榴火の継母。不仲だったと聞くが」
「……モチヅキさんそれ、裁判の機密情報とかじゃないんですか。守秘義務とか大丈夫ですか」
「別に、当時判旨にても述べたことなのだから構わぬだろう。アワユキと榴火は不仲」
「ならなおさら、なぜアワユキさんの件で榴火が僕ら四つ子を狙うようになったか、分かんないじゃないですか。榴火は実はマザコンだったんですか?」
「分からぬ。榴火のことは私ではなく、あの騒がしいポケモン協会職員に訊け」
「ルシェドウさん、ですか」
 キョウキは考え込んだ。


 ルシェドウなら、榴火が四つ子を嫌う理由を知っているかもしれない。それさえ知れば、榴火にも対処できるかもしれない――ハクダンの森で会ったときにルシェドウに訊いておけばよかったとキョウキは後悔した。
 四つ子の敵は与党政府やポケモン協会だけではない。フレア団、そして榴火もなのだ。
「ルシェドウさんか。でも、あの人も僕らのことを捕まえようとするかな?」
 キョウキはそう呟いてみて、違和感を覚えた。
「……あれ? 僕がこないだハクダンの森でルシェドウさんに会った時は、あの人は僕を捕まえようとはしませんでしたよ。ローザさんとお話して、たまに僕に話を振って……それだけです。逆に拍子抜けしましたもん」
「ローザというのは?」
「榴火の後見人だそうです」
「なら、そのルシェドウとやらは今は榴火にかかりっきりなのだ。そなたら四つ子に構う暇がない。それだけだ」
 ふんふんとキョウキは頷いた。
「で、ロフェッカが、僕ら四つ子の確保の指揮を執っている……って感じですかね?」
「左様」
「あっそう。ま、ロフェッカもルシェドウさんもどっちも敵だ。ルシェドウさんには榴火は救えませんよ。僕らの自由を奪うんならポケモン協会も全力で榴火を更生させるのが筋だってのに、あんな無能を榴火にあてがってる時点でポケモン協会は敵ですよ」
 キョウキはルシェドウを滅茶苦茶に貶した。モチヅキもそれを否定はしなかったが、微かに興味を覚えたように片眉を上げる。
「……そなたの目には、あれが無能に映るか」
「だってあの人、『榴火と友達になってやってくれ』とか、面と向かってぬかしやがるんですよ。ルシェドウさんは無能」
「……純粋だと言ってやれ」
「え、モチヅキさんがルシェドウさんを擁護するんですか? それは意外だし、心外だなぁ。モチヅキさんも裁判のとき、ルシェドウさんをクズだと思いませんでしたか?」
「……あの者は屑ではない。情熱ある、信頼に足る器だ。弁護人としては申し分なかった」
「えっ。あの……モチヅキさんって……ルシェドウさんと仲悪かったですよね?」
「……そなたは私を何だと思っている。裁判官は中立公平の立場にある。敵も味方も無い」
「うわぁ。説得力ありませんね。左翼の裁判官のくせに」
「……当時は反ポケモン派の連中から散々に右翼と罵られたものだが」
 モチヅキは自嘲的にくすりと笑った。キョウキもけらけらと笑う。
「つまり、左翼のモチヅキさんは当時、右翼のルシェドウさんの弁護を受け入れて、榴火を無罪にするほかなかったわけだ!」
 そのとき、モチヅキのホロキャスターが着信を知らせた。


 電話のようである。モチヅキは何食わぬ顔で懐からホロキャスターを取り出すと、応答した。その正面でキョウキは静かに昼食を口に運んでいる。
 ホロキャスターから吐き出された立体映像は、ロフェッカの姿だった。モチヅキの正面に座るキョウキからもロフェッカの後頭部の映像が見えて、キョウキは感心する。あの小型の機械のどこに人の背面の造形を再現する仕組みがあるのか興味を覚えた。
 ロフェッカは朗らかにモチヅキに挨拶する。
『どうもモチヅキ殿、お昼にすんません。今よろしいですか?』
「構わぬ」
『ではさっそく本題に入らせていただきますと、モチヅキさんは今どちらっすか?』
「コボクだ」
『おお、そりゃよかった。私も今コボクにおりましてね。もしかしてホテル・コボクにいらっしゃるんすか?』
「その通りだが」
『奇遇っすね、私もですよ。今日ちょっとお会いできますか?』
 そのような申し出をするロフェッカの映像の背後で、キョウキはちらりとモチヅキを見やった。まさかロフェッカは、モチヅキのホロキャスターの位置を特定した上でこのコボクにやってきたのかと疑った。けれどモチヅキはキョウキの方にちらりとも視線をやらずに、相変わらずの憮然とした表情のまま、落ち着いた声でロフェッカに返答している。

「いったい、何用だ」
 電波を介したロフェッカの声がにやついているのが、キョウキの耳にもありありと捉えられる。
『いやぁ、四つ子の事っすよ。モチヅキさんとこに四つ子いません?』
「……いま私の目の前に、キョウキがいるな」
「やだぁちょっと、なんで言うんですかぁ、モチヅキさんったら」
 キョウキは身をくねらせて文句を言う。
 すると映像の中のロフェッカが、キョウキの姿は見えないままでもその声に反応した。キョウキに呼びかける。
『お、キョウキか。おいキョウキ、レイア知らね? セッカでもサクヤでもいいけど。お前ら直感でお互いの居場所分かんだろ、ちょっくら残りの三人の居場所占ってくれや』
「やだよう。だってその僕の直感によると、ロフェッカ、君は敵だもん」
『はははは。モチヅキ殿から話でも聞いたか? んじゃあ、レイアの脱走もさしずめ、モチヅキ殿の入れ知恵っつーとこか』
 ロフェッカの声音には余裕が感ぜられた。居直り強盗の如き図太さがある。
 キョウキが軽い笑い声でごまかしていると、ロフェッカの後頭部が溜息をついた。
『……はああ、駄目だ、無駄だぜお前さんら。ポケモン協会の命令なの。逆らうならお前さんらのトレーナー資格だって剥奪できる。ジョウト行こうがどこ行こうが、無駄なんだよ』
「――そう。本気でポケモン協会は、フレア団のために僕ら四つ子を切るつもりなんだね?」
 キョウキは微笑んだ。
 モチヅキがテーブルの上で、ホロキャスターの向きを逆にする。ロフェッカの映像がキョウキと向かい合った。
 映像の中のロフェッカはまっすぐキョウキを見つめていた。真面目な表情だった。それが普段の彼とのギャップを感じさせ、キョウキは失笑する。
「でもさロフェッカ、そんなことしていいのかな。君がどこまで榴火のことを知らされているか知らないけれど、僕ら四人は本当にフレア団より軽いと思うの?」
『……悪いなキョウキ、レイアにも言ったんだけどよ。榴火はフレア団じゃありません、としか答えられません』
「まあそれでいいや。でも僕ら四つ子は、ポケモン協会さんにとって役に立つよ?」
 キョウキは両手を広げた。
「僕らはメガシンカだって使える。四天王をも凌ぐ実力だって持ってる。ポケモン協会が育てたかったのは、まさしく僕らのようなトレーナーではないの?」
『……あのなぁキョウキ。その四天王のイメージだって、協会が守りてぇものなんだよ。協会が支援してる四天王をぽこぽこ倒されちゃ、それこそこっちも困るってんだ』
「ああそうか、そういう考え方は無かったな……」
『だからよ、なまじ強いだけの扱いづらいトレーナーほど、ポケモン協会にとって邪魔なものはねぇんだよ』
 ロフェッカは真顔でそう言い放った。
 キョウキはとうとう苦笑した。
「身も蓋もなくなったね、お前。殺したいよ」
『へいへい、殺しておくんな。殺人なら問答無用で、お前さんのトレーナー資格剥奪できっからよ』
「……まさか、本気じゃないよね?」
『さあな。フレア団ならやりかねんさ……。ま、せいぜい気ぃつけな』
 ロフェッカは軽い口調でなぜかそう忠告すると、再びモチヅキに話しかけた。
『モチヅキ殿、あんたも身の程を弁えてくだせぇよ。言いたかねぇんですけど、四つ子の事でも邪魔しやがったら、もうあんた……弾劾裁判も覚悟なさってもらわないと割に合わねぇんですよ』
 モチヅキは鼻で笑っただけだった。
 通話が終わる。
 キョウキは笑みを潜め、沈黙したままモチヅキを見やる。
 モチヅキは低い椅子の背もたれにもたれて、目を閉じていた。
 昼食の食器もホロキャスターもテーブルの上に投げ出されたままだ。
 もはやポケモン協会は、むき出しにした牙を隠しもしない。モチヅキごと四つ子を潰す気だ。フレア団のために。


 遠くで鐘が打ち鳴らされ始めた。
 カンカンカンカンと、甲高い音は何かの警告だろうか。薄曇りの空はのどかに白い。
 ふと窓の外を見やったモチヅキが、僅かに身じろぎした。
「…………市壁の門が」
「ほえ?」
 キョウキも身をねじり、西を見やった。
 コボクタウンの周囲を巡る市壁、その7番道路のリビエールラインへと通ずる西門が、僅かな軋みを上げて閉ざされつつあった。数年間旅をしているキョウキでさえ、コボクの門が閉まるところなど見たことがない。本当に閉まる門だったのだなと、むしろ呑気に感心してしまった。
 しかしキョウキとモチヅキがホテルの窓から覗いている中で、西門が吹っ飛んだ。
「わあ」
「……何事だ」
 分厚い鉄の門扉が大きく吹っ飛ばされ、周囲にいた警官たちの列が崩れる。コボクの石畳を傷つけつつ、門のひしゃげて倒れる音はコボク中に響き渡った。爆弾の落とされたような、雷の落ちたような轟音だった。
 門を破ってコボクに押し入ってきたのは、巨大な居眠りポケモンだった。

「カビゴンだぁ……」
 キョウキの小さな呟きにはすぐ、さらに大きな警報がかぶせられた。
 ベルの音、サイレンの音。コボクの街中に危険を知らせるものだ。
『緊急警報、緊急警報。西門より、カビゴンが侵入。コボク西部の住民の方々は、直ちに避難してください。繰り返します――』
 モチヅキのホロキャスターにも、ホログラムニュースの着信がある。ピンク色の髪の特徴的な女性キャスターが臨時ニュースを伝えていた。
『臨時ニュースをお伝えします。本日正午、コボクタウンに、カビゴンが7番道路より侵入しました。カビゴンは正気を失っている模様で、大変危険です。近隣の住民の皆さんは、直ちに避難してください』
 ホテルの窓ガラスがびりびりと震えた。キョウキは驚いて、膝の上に飛び乗ってきたフシギダネを抱きしめる。
 ホテルのすぐ傍の道路が、カビゴンの破壊光線によって抉られていた。
 キョウキはぽかんとしてそれを見下ろす。
「……何これ、すごい」
 西門からのしのしと警官を踏み潰す勢いで入場してきたカビゴンは、一体ではなかった。
 十体ほどものカビゴンが市壁を食い破りながらコボクの街に流れ込んでくるのを、フシギダネを胸に抱えたキョウキはどきどきしながら見下ろしていた。


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