マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1481] 暮れ泥む空 下 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/26(Sat) 19:36:03   26clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



暮れ泥む空 下



 駅を出て、丘を登っていく。
 丘の中腹に巨大な洞窟があり、それがヒヨクジムとなっているのだ。
 セッカはジムリーダー直々の案内で、草木のアスレチックに囲まれた書斎へと入っていった。
 フクジは自ら、大きな木のテーブルの上にお茶の用意をする。セッカもやかんに水を入れて湯を沸かすのだけ手伝い、あとは切り株の椅子に座って、フクジが慣れた手つきで緑茶を淹れるのをピカチュウと共にまじまじと見つめていた。
 フクジは背こそやや曲がっているが、鋏も服装も髭も洒落ており、何より絶やさぬ柔和な笑顔に癒される。セッカもつられていつの間にかほわんとした笑顔になる。素敵なご老人だ。
 香り高い緑茶が、これまた風流な湯呑に注がれ、きちんと茶托に乗せられて供される。セッカは緑茶の馥郁たる香りにすっかりほだされてしまった。
「わあい、みど茶だ、緑茶だ……しゅごい、いいかほり……フクジさん大好き……」
「はは、ありがとう。気に入ってもらえて嬉しいね」
「はあ……ウズのお茶の香り……ううんそれ以上っす……うひゃあ何これ……最高の緑茶……もう大好き……!」
 カロス地方で、ウズの家以外で、これほど良い香りの緑茶に出会えるとは思えなかった。これからはフクジのいるこのジムに入り浸ろうとセッカは思った。


 周囲は本棚、そして森のにおい。洞窟は吹き抜けになっているらしく朝の光が上方から零れて、爽やかな風が吹き抜け、緑が香り立つ。
 熱い緑茶を一口啜ると、フクジがゆったりとした口調で話を切り出した。
「どうだいセッカ君、なにか悩みはないかね?」
「えっ」
 ピカチュウを膝の上に乗せたセッカはこてんと首を傾げる。直近の最大の出来事といえば昨晩のことがあるのだが、それはこのような素敵な老人に強いて話して聞かせるようなものでもない。
 セッカは軽く俯いて悩み、そろそろと口を開いた。
「……あの、フクジさんは、榴火ってトレーナー、ご存知っすか?」
「榴火?」
 フクジは目を細めたまま僅かに顎を上げる。セッカも思わず少し身を乗り出し、膝の上のピカチュウの頭を木のテーブルにぶつけてしまった。
「知ってるんすか! ……あ、ごめんピカさん」
「びがぢゅ!」
「ああ。赤髪のホープトレーナーだろう? 榴火は新人トレーナーの頃、このヒヨクジムで修業していたからね。彼のことは知っているよ」
 フクジは笑顔で懐かしそうに頷いている。セッカはいい感触に思わずガッツポーズをした。
「榴火のこと、教えてほしいんすけど!」
「いいけど、これまたなんでだね?」
「えっとですね、榴火とは旅先で出会って、その時から因縁の関係なんすよ! そう、ライバル! なのであいつのこともっと知りたいんすよ!」
 セッカの言ったこともあながち間違ってはいない。フクジも若いトレーナー同士が競い合うという姿勢を好ましく思ったのか、快く榴火の話をしてくれた。


「榴火は、ここに来たときは色違いのアブソルだけを連れたホープトレーナーでね、まあジムトレーナーの中でも珍しい子だよ。なかなか心を開いたバトルが出来なかったが、このジムのアスレチックは楽しんでくれてね。私とのジム戦で勝つころには、随分と自分の心の表現が上手くなっていた……」
「フクジさんのところに来た時には、榴火は既にホープトレーナーだったんすか?」
「そうそう。細かいところによく気の付く子だった……。庭いじりをさせてみたらなかなか筋もいいし、アスレチックもいつも瞬く間に攻略されてね。つまり繊細だけど好奇心旺盛な子なんだよ、彼は」
 フクジはにこにこと思いつくままに語っている。
 セッカは緑茶の香りを楽しみつつ、フクジの柔らかい声に耳を傾けた。
「アブソルは今でも難しい立場のポケモンだねぇ。よく捕まえられたもんだよ、それも色違いを。そうそう、榴火の最初のポケモンはプラターヌ博士から頂いたフォッコだったそうだ。でも、アブソルを捕まえたからフォッコは妹に譲ったのだと言っていたよ」
「え、じゃあ、アブソルだけ捕まえたらフォッコはお役御免ってことっすか!? なにそれひでぇ! 最初のパートナーなのに!」
 セッカにはそのような榴火の行動が理解できなかった。セッカの最初のポケモンであるピカチュウはセッカの一番の仲間であり、レイアにもキョウキにもサクヤにも譲ろうとは絶対に思わない。
 最初のポケモンとは、トレーナーのアイデンティティをも構成するほど大切な存在だ。それを人に譲ってしまうなど、榴火の感覚は普通のトレーナーのそれと相当ずれている。そもそも旅をする上で仲間はとても貴重であり、手放せば大きな不利益を被るはずだった。
「さあ、どうだったのだろう。妹にどうしてもポケモンをあげたくて、でも捕まえられたのがアブソルだけだったのかもしれない。アブソルよりフォッコの方がふさわしいと思って、妹に贈ったのかもしれないだろう?」
 フクジはそう解釈して、かつての弟子を庇った。
「榴火は毎日アスレチックで遊んで、花を育てて……道路に出てポケモンを育てていたかな。ときどき遠出をして、ポケモンを捕まえて、他のジムトレーナー達やこのヒヨクジムに挑戦してくるトレーナーなんかに修業をつけてもらって。普通のトレーナーだったよ」
「――フレア団は?」
 セッカは口を挟んだ。
 フクジは目を細めたまま、僅かに首を傾げただけだった。
「フレア団? あの赤いスーツの人たちのことかな? それと榴火に何か関係があるのかね?」




 日が傾く。
 セッカはヒヨクシティジムの東側の見晴らし台のベンチに座っていた。ピカチュウを膝の上に乗せ、遠くを眺める。
 遥か下方に、ヒヨクシティシーサイドの港や船溜まりが見えた。そのような眺望を求めて、見晴らし台にはいかにも裕福そうな人間が散歩のついでに立ち寄ってくる。
 ヒヨクシティジムリーダーのフクジから話を聞いたあと、セッカはヒヨクジムにいた複数のトレーナーとバトルをして当然のごとく勝利し賞金をむしり取り、昼食はフクジの用意した賄いにありついた。
 バトルを何戦もして、その回復もジム側の用意した傷薬を遠慮なく頂いて、セッカはポケモンセンターには立ち寄らない。どうにもポケモンセンターに行く気になれなかったのだった。ユディからはポケモンセンターによらないトレーナーは悪目立ちすると聞いたけれど、どうにもその方角から腐臭が漂うような錯覚がした。
 レイアかキョウキかサクヤが、ポケモンセンターを嫌悪するような状態に陥ったのかもしれない、とセッカは思った。だからセッカも直感に従ってポケモンセンターには近づかない。片割れの三人に会いたい。けれど、セッカにはやるべきことがある。

 セッカはぼんやりと考える。榴火のことだ。
 結局、榴火がなぜフレア団に入ったのかはフクジの話からは分からなかった。けれどフクジの人柄や話を総合して考えてみれば、想像はついた。
 フクジが榴火に出会った時には、榴火は既にフレア団員だったのだ。
 フクジはのんびりとした老人だが、観察眼は並外れて鋭い――とセッカは今日の面談によって判断した。犯罪組織などに弟子が足を踏み入れれば、フクジはその弟子の生活の変化に必ず気が付くはずなのだ。
 セッカは懐から、赤いホロキャスターを取り出した。12番道路のフラージュ通りでセーラからむしり取った、フレア団専用のホロキャスターだ。これも手早く処分しなくてはならないが、セッカが今考えたいのはその処分方法ではない。

 セッカは覚えている。
 榴火に何度ホロキャスターを与えてもその都度榴火が壊してしまうから困っているのだ、と発言した人物がいた。
 その人物は実際にフレア団員の姉であったし、また榴火をホープトレーナーに推薦するなどして榴火を貧しいトレーナーの中から掬い上げた人物でもあった。
 そう思考を繋げていくと、思い当たる節はいくつもある。
 おそらくローザは、榴火をホープトレーナーに推薦するかわりに、榴火をフレア団に引き込んだのだ。

 榴火はレンリタウンの実家では継母と異母妹に囲まれて肩身が狭いから、旅に出たのだろう。けれどトレーナーの一人旅の辛さは、セッカも身をもって知っている。豊かな援助を受けられるホープトレーナーをセッカは羨んだし、それは榴火も同じだったはず。ホープトレーナーとなる代わり、榴火はフレア団の手先として働く。
 榴火はフレア団として、何をするのだろう。
 セッカにはフレア団の活動内容など分からない。反ポケモン派やポケモン愛護派といった、与党政府やポケモン協会やフレア団にとって鬱陶しい存在を、闇に葬ることか。
 暗殺。
 その行為は、アブソルを連れた榴火にはうってつけの仕事のように思われた。アブソルは自然災害を感知する。その災害に巻き込んで殺せば、“アブソルが殺した”ことにならないし、そのトレーナーである榴火も殺人罪には問われない。実際に数年前の裁判でモチヅキがそう判断したように。
 では、榴火は、妹の梨雪を、フレア団の仕事の一環で殺したのだろうか?
 榴火は、セッカたち四つ子を、フレア団の仕事の一環で殺そうとするのだろうか?
 違うのではないか。それはやはり榴火の私怨によるものにセッカには思われる。

 セッカが思うに、榴火の心の中には、フクジの淹れた茶やジムのアスレチックや庭いじりによっても癒しきれなかった、深い傷があるのだ。それが膿んで毒を吹き出し、榴火の心を蝕み、周囲を汚染していく。周りの人間を不幸にしないではいられないのだ。
 おそらくルシェドウもその榴火の心の傷を悟って、それを癒そうと奮闘しているのだ。けれど、四つ子がいると、榴火を刺激する。だから四つ子はルシェドウにとって邪魔な存在だ。榴火の目に触れないところでおとなしくしていろと、そう四つ子に求めた。
 そうはいっても、はいそうですかとおとなしく引きこもるわけにはいかない。
 確かにルシェドウは榴火のことを第一に考えているかもしれない。百歩譲って、ロフェッカもそうだと見做してもいい。
 けれど――四つ子から自由を奪うことによって、最も利益を得るのは榴火ではなく、腐敗した与党政府とポケモン協会とフレア団なのだ。
 それは不当だとセッカも、レイアもキョウキもサクヤも思っている。だから抗う。
 与党政府とポケモン協会とフレア団は、榴火を利用して、四つ子を弾圧している。

 けれどやっぱり、四人は腐敗を弾圧するよりも、これ以上自由を奪われることの方に反発を覚える。
 この腐敗した国を、協会を、犯罪組織を破壊しようとは思わない。腐敗をぶち壊す、という主張は聞こえがよくて、うまく声を上げればカロスの人々は賛同してくれるだろう。大衆を扇動し、過激な意見を主張し、制度を破壊する。そうできたらどんなにか楽だろう。楽しいだろう。
 けれどセッカには、四つ子には、そこまでの危険な意欲は無かった。
 放っておいても、そのようなポピュリズム的な政治活動は、誰か他の若い世代の人間がやる。
 四つ子はポケモンバトルしかできない。ポケモンを使って暴れたところで、テロリスト扱いされるだけだ。この表向き言論の支配する世界では、武力だけでは人々の心は付いて来ない。
 四つ子にできるのは、せいぜい自衛だけなのだ。
 だから榴火を知り、榴火に備える。
 フレア団やポケモン協会や与党政府を知り、不当に利用されないように備える。
 それくらいしかできない。


 セッカは膝の上のピカチュウの耳の後ろを掻いた。ピカチュウが気持ちよさそうに喉を鳴らし、セッカの頬を摺り寄せる。セッカの表情がだらしなく緩む。
「ピカさん、俺ら、榴火に何もしてやれないな」
「ぴかぁ?」
「だって、アワユキは自殺だったんだろ。なら、れーややしゃくやが悪いわけじゃないもんな。榴火が勝手に……れーややモチヅキさんやしゃくややルシェドウが、アワユキを追い詰めたと……思ってるだけなんだろ……」
 ピカチュウは途中までは神妙にセッカの話を聞いていたが、どうでもよくなったらしく、セッカの手に頬をこすりつけていた。
「でも……ほんとに榴火は、アワユキさんの敵討ちをするために、俺ら四人を狙ってんのかな。……あいつって、敵討ちとかするような情に篤い人間だろうか」
 セッカは一人で首を傾げている。
 燃え盛るクノエの図書館の中で榴火に会ったとき、セッカが四つ子の片割れであることに気付いた榴火は、どことなくアワユキの死を揶揄していたような印象がある。その時は非常事態だったからセッカの記憶もかなりあやふやになっているが、ほんの短時間の接触からも榴火の性格の悪さはセッカにも分かった。
 どうも榴火がアワユキの敵討ちをしそうには思えない。
 そのような情熱もなさそうだ。もし何としても四つ子に復讐しようとするなら、ハクダンシティでレイアとセッカに出会った時、アブソルをけしかけさえすればよかったのだ。なのに榴火はそうしなかった。
「敵討ちじゃなくて、ただの遊びで俺ら四つ子を追い回してるのかもしれない。……もし、そうなら……かなり厄介だよな。もう牢屋にぶち込むしかないんじゃねぇの」
 セッカはそう結論付けた。


 思考をまとめると、セッカはベンチから立ち上がった。ピカチュウが膝からぴょんとベンチに飛び降りる。
 太陽は西の丘の向こうに消え、空を彩る。
 全速力で駆ければ、日没までには次の街に辿り着く。
 セッカは周囲に人のないことを確認すると、モンスターボールからガブリアスを繰り出した。
「アギト、東南東へ。13番道路のミアレの荒野――って俺とお前が出会った場所だな。懐かしい」
 言いつつセッカはピカチュウを肩に乗せ、ガブリアスの肩によじ登る。襟巻のような形状の鞍に腰を下ろしてガブリアスに肩車をさせ、その頭にしがみついた。
「ミアレシティへ頼む。人をはねないようにな」
 ガブリアスは一声唸ると、ゆっくりと駆け出した。高級住宅地を数歩で駆け抜け、半ば飛ぶように、ヒヨクシティのゲートすら飛び越えた。
 その先に見えるのは、赤茶色の荒野だ。
 ミアレの荒野には発電施設が立ち並ぶ。宇宙太陽光発電など言われてもセッカには何のことだかわからないが、確かに13番道路はカロス地方を支える大事な施設を擁する道路だった。
 ガブリアスはダグトリオやナックラーの作る蟻地獄を飛び越えて器用に避けながら、東南東を目指した。暗い東の地平線の向こうに、既に眩く輝くメトロポリスが見える。


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