マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1482] 玉兎の空 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/26(Sat) 19:38:09   34clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



玉兎の空 上



「ひどい顔」
 固いベッドの上で目を覚ましたキョウキは、開口一番そう呟いた。
「……鏡見ろよ」
 同じベッドの縁に腰かけたサクヤは、ゼニガメを強く強く抱きしめて、強がった。
 サクヤの腕に締め付けられているのは甲羅なので、ゼニガメにダメージはない。ゼニガメは落ち着かなげに主を見上げてもぞもぞと手足をばたつかせている。
 フシギダネは一言も発さず、愛しむように、横たわるキョウキのこめかみに鼻先を寄せている。

 彼らを照らすのはシンプルなシャンデリアに灯された、蝋燭の橙色の灯。
 それが石のむき出しの客間を照らしているのだった。部屋の隅はさざめく闇になっている。
 時は夜。
 ここはコボクタウン、ショボンヌ城の客間だった。カビゴンの群れの侵攻によって家を壊された者たちのために、気の優しい城主が館を開放しているのだ。先ほどまで気を失っていたキョウキもまたショボンヌ城に運び込まれ、寝かされていた。
 キョウキは横になったまま、そっと腕を持ち上げる。
 サクヤがその手を取り、どこか顔色の悪い片割れに囁きかけた。
「……具合は」
「悪くはないよ。安心してくれていい」
「……話はモチヅキ様や、あのポケモン協会職員から聞いた。二人は警察と話をしている」
「ミホさんとリセちゃんは?」
「……マフォクシーと共にポケモンセンターだ」
「じゃあ、まだ今日のことなんだ」
「……そうだ。……カビゴンが来たのは今日の昼のことだ」
 キョウキはゆっくりと瞬きした。のろのろと上体を起こし、枕で腰を支える。頬を寄せてきたフシギダネを優しく撫でた。
「ふしやまさん、心配かけたね」
「だぁーね……」
「……お前が奴に首を絞められた時、ふしやまは咄嗟に眠り粉で奴を止めようとしたらしい。が、飛び出してきた奴のアブソルの起こした風で眠り粉も吹き飛ばされて……」
 サクヤがそう説明する。奴、というのは榴火のことだろう。
 フシギダネが申し訳なさそうにキョウキの掌に額を押し付ける。キョウキはつい愛おしくなってフシギダネを両手で抱き上げた。
「ありがとう。守ろうとしてくれたんだ。……でも、それじゃあ僕はどうして殺されずに済んだのかな」
「……ミホさんのマフォクシーが飛び出して、榴火をお前から引き離したんだ。そのまま奴はアブソルの背に乗って西へ逃げた」
 キョウキはフシギダネを抱きしめたまま俯いていた。緑の被衣は枕元に畳んで置いてある。襟足から、その首についた生々しい鬱血跡がサクヤの目にもとまった。
 サクヤの視線に気づくと、キョウキは軽く肩を竦めてみせる。
「警察は、榴火を捕まえるかな?」
「……コボクの警察が、奴を西へ追ったようだ。ポケモン協会の連中もここに集まってきている……僕らはここでおとなしくしているべきだ。モチヅキ様がなんとかしてくださる」
「ふふ、狙い通りだな。褒めてよ」
 キョウキは不敵に微笑んでいた。
 その手を握っていたサクヤは顔を顰めた。
「……まさかお前、榴火に罪を着せるため……危険と知っていて、わざと…………!」
「いやあ、成り行きだよ。僕もまさか榴火がここに来るなんて思わなかったし、ミホさんのマフォクシーが榴火に突っかかっていくなんて思わなかったし、都合よくコボク警察が周囲にいてくれてるなんて思わなかったさ」
「……さっき“狙い通りだ”とか言わなかったか」
「なんにせよ、これで警察が榴火を狙ってくれれば、フレア団もポケモン協会もさらに動きづらくなる。モチヅキさんのことだ、僕が首絞められてるとこ、動画に撮ってくれてただろう。警察も目撃者だ。――今度こそ、榴火は無罪、とはいかないさ」
 そう囁くと、キョウキはサクヤの手を自分の頬に押し付けた。
「榴火を捕まえて、証拠隠滅されずに、裁判さえ始まれば、だけどね……」
 キョウキは目を閉じる。その肩が僅かに、本当に僅かに震えている。サクヤはその肩に腕を回してやった。
「……お前はよくやった、とでも労ってもらいたかったか? 違うだろう、結果的に事が多少有利に運んだだけだ。お前は榴火に殺されるところだった」
「それならそれでいいじゃない。榴火は紛れもない殺人犯だ、トレーナー資格剥奪に刑事罰」
「そんなことになったらお終いだ!」
「ごめんね、サクヤ。とても怖かったよ」
 素直に謝罪する。
 ゼニガメはぴょんとベッドの上に飛び降りて、フシギダネとおとなしくじゃれ合い始めた。主人たちに遠慮はしつつも、無事に再会できたことをようやく喜び合う。
 二人もそれを見つめていた。


 しばらくして、キョウキが再び口を開く。その声はもう震えてはおらず、すっかりいつもの調子である。
「これで榴火を追い落とせる。あとは詰将棋だ」
「……榴火ばかりに気を取られていては、足元をすくわれる。フレア団やポケモン協会への警戒は怠れない」
「ああ、分かってるよ。……ねえサクヤ、レイアとセッカの居場所は分かる?」
 キョウキはサクヤに腕を回されたまま、その耳元で囁く。
 サクヤも囁き返す。
「ニャオニクスの力で、お前らの居場所は常に把握し続けていた。今はレイアはコウジン、セッカはミアレだ」
「なら、二人がすぐに榴火と接触する危険は少ないかな。ところでサクヤは、レイアに起きたことを知ってる?」
「……モチヅキ様から、簡潔には」
「そう。レイアは今かなり精神的に参ってるはずだよ。迎えに行ってやらないと。セッカの方も心配――というか、あいつがいた方が心強いよね」
 二人はひとしきり密やかに笑った。
 それからキョウキはここがショボンヌ城であることを改めて確認し、モチヅキやロフェッカ、ミホとリセ、榴火の様子を気にかけた。
 サクヤは手持ちのニャオニクスをモンスターボールから出して、それぞれの気配を辿らせる。
「モチヅキ様は警察と一緒に……コボク北西の6番道路へ向かっておられる。榴火がそちらに逃げたようだ……」
 そこでサクヤは顔を上げた。
 キョウキは微笑んだ。
「お前はモチヅキさんの傍に行く? なら僕も一緒に行こうかな」
「……だけど、お前」
「そっちに榴火がいるんだよね。でも大丈夫、臆したりなんかしない。サクヤと一緒にモチヅキさんを守って、捕り物でも見物してるよ。だから大丈夫。一緒に行こう」
 二人は軽く肩を抱き合い、手を繋いだままそっと立ち上がった。



 フシギダネを頭に乗せた緑の被衣のキョウキと、ゼニガメを抱えた青い領巾のサクヤは、ショボンヌ城を出てコボクタウンの西へ向かった。
 東の空に架かり始めたおぼろな満月が、荒れ果てた通りを照らす。
 昼間にカビゴンの群れに破壊されたコボク西部は、惨憺たる有り様となっていた。夜を徹してポケモン協会の人々が瓦礫の撤去に当たっていたため、二人はキョウキのプテラの背に乗ってコボクを北に迂回し、密かに街を抜け出す。
 6番道路のパレの並木道を眼前に臨む。昼間にそのマロニエの並木道の下を歩けば、さぞや木漏れ日の美しい宮殿への散歩道ともなろうが、現在は夜、それも並木の樹冠の上をプテラによって滑空している。目印にするにしても、並木道の先の眩い宮殿の方がよほど役に立つ。
 6番道路の北西、東を正面として築かれたパルファム宮殿の壮麗かつ重厚な姿が、無数の照明の中に浮かび上がっている。

 ジャローダの刻まれたパルファム宮殿の正門の前に、警察が集まってきていた。キョウキとサクヤは上空のプテラの背からそれを観察し、モチヅキの姿を探す。すぐにサクヤがその姿を見出した。
 モチヅキ自身はパルファム宮殿の中に入るようなそぶりを見せず、パレの並木道を抜けて視界が開ける宮殿前の広場で、何やら警察と話をしている。宮殿は眩く輝いているが、その宮殿前の広場も無数の街灯が灯されて明るい。その中に黒々と警察の影がうごめいて見えるのだった。
 キョウキはプテラに命じて、高度を下げさせた。二人は手を繋いで息を合わせ、宮殿前の広場の芝生に降り立つ。
 プテラの起こした風に警察が上空を振り仰ぎ、二人に近づいてきた。
「何者だ」
「お騒がせしてすみません、モチヅキさんに会いに来ました」
 緑の被衣のキョウキは微笑んでプテラをボールに戻しつつ、黒衣のモチヅキに向かって手を振る。
 モチヅキはキョウキとサクヤの様子を認めると、軽く呆れた様子ながら、どこか安堵したように二人に歩み寄ってきた。


 モチヅキが警察に取りなし、若い二人のトレーナーの身柄を保証した。それからようやく、三人は向かい合う。
 モチヅキが最初に目をやったのはキョウキである。
「大事ないか。動いてよいのか。医師は」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます。それより、僕らはモチヅキさんが心配でここに来たんですよ。ここに榴火がいるんですか?」
 言いつつキョウキは、威容を誇るパルファム宮殿に視線を向ける。300年ほど前に建てられた、時のカロスの絶対君主が力を誇示するための豪華絢爛な宮殿だ。
 パルファム宮殿は今は夜でありかつ警察に包囲されているものの、周囲には観光客の姿が見られる。今日もたった今まで、普通に観光名所として多くの旅行客を受け入れていたのだ。
 正門を守る守衛と警察が何やら話をしていたが、警察の方は令状を用意していたらしい。
 守衛が黄金の正門を開放する。目鼻の利くポケモンを連れた警察がぞろぞろと宮殿の中へと入っていった。周囲の観光客たちは何が始まるのやらと目を白黒させている。
 モチヅキは後方に留まる警察と共に、宮殿前の広場に立ったままだった。
「……6番道路を、色違いのアブソルが駆け抜けるのを見た者がいた。このあたりの観光客も、アブソルが宮殿の塀を跳び越すのを見たとか。間違いなく、榴火は宮殿に逃げ込んである」
「では、警察は榴火を逮捕するのですか」
「難しかろうな。榴火は人殺しさえ辞さぬ、宮殿に何をするやも知れぬ。さすがの警察も、パルファム宮殿の中では全力で榴火を取り押さえるというのも難しいだろう」
 モチヅキもまたパルファム宮殿に視線を注ぎつつ、そう評した。
 パルファム宮殿は世界文化遺産にも指定されている、重要な文化財だ。もし警察が榴火とのポケモンバトルに突入して宮殿に重大な損傷が生じなどすれば、最悪の場合には世界遺産指定の取消しという事態にもなりかねない。そうなればカロスの観光に甚大な悪影響が予想されるのはもちろんのこと、政治問題にすら発展する。
 そのような状況の中で、キョウキは機嫌がよかった。
「いいねいいね、榴火はいいところに逃げ込んでくれたよ。ま、最悪なのは警察が及び腰になってみすみす榴火を取り逃がすってことだね」
 そしてキョウキはきょろきょろと周囲を見回し、広場に集まりつつあるマスコミを物色した。
「おお、来てるね来てるね。情報が早いねー。でも政府系のメディアは駄目だ、フラダリラボ系は駄目。――あ、ミアレ出版のパンジーさんもいる。おーい、パンジーさん!」
 モチヅキとサクヤが止める間もなく、キョウキは顔見知りのパンジーを呼び寄せてしまった。


 騒ぎを聞きつけて取材に来たらしいジャーナリストのパンジーは、クノエで出会った四つ子の内の二人の前まで来ると、輝く笑顔になった。
「あ、久しぶり! えっと、フシギダネを連れたのはキョウキ君、ゼニガメを連れたのはサクヤ君、で合ってるかな?」
「はい、合ってます」
「よかった、今は二人? 双子のイーブイちゃんたちは元気?」
「ええ、二人です。イーブイたちはもうみんな進化させちゃいました……って、今はそれどころじゃないですね。パンジーさん、面白い話があるので、ぜひ聞いてください」
 パルファム宮殿前はマスコミによって賑やかになりつつあった。警察が正門を封鎖し、立ち入り禁止にする。テレビ、新聞、あらゆるメディアから取材陣が詰めかけている。輝く宮殿の上空にはヘリコプターが数機ホバリングする。しかし当の宮殿そのものは静かで、特に異変は見られない。
 キョウキがパンジーと何やら話を始めてしまった傍で、ゼニガメを抱えたサクヤはモチヅキを窺う。
「……いいのでしょうか」
「何がだ、サクヤ」
「……キョウキはミアレ出版に……いったい何を」
「榴火のことを広めるつもりなのだろう。榴火がアブソルで山のゴンベを全滅させてカビゴンを怒り狂わせ、カビゴンの群れにコボクを襲わせ、そのカビゴンを捕獲し、その上キョウキを扼殺しようとしたこと。……すべて話すつもりだ」
 モチヅキの声音は苦虫を噛み潰したようであった。サクヤはキョウキに視線を戻す。
 キョウキはパンジーの前で、モチヅキのサクヤに言った通りのことを幾分か脚色も交え、滑らかに弁舌巧みに語っていた。それをパンジーはヘッドセットの録画を回して、熱心な表情で頷きながら聞いている。
 しかし次第に、キョウキの周囲にマスコミが群がりつつあることに、サクヤは密かに恐怖を覚えた。
 ここでキョウキが語ったことは、カロス中に広められる。敵にも、味方にも。――けれど、ありのままに伝えられるだろうか? マスコミはキョウキの話を捻じ曲げ、あらぬ筋を創り出して真実と異なることをカロスに伝えはしないだろうか? あるいは権力の力で、言論そのものを封じられはしないだろうか? サクヤの懸念はそういったものだった。
 けれどモチヅキがキョウキを止めないので、サクヤも仕方なくそわそわしながらそのままにしておいた。


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