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  [No.1489] 幽雅に舞え! 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/05(Tue) 18:18:17   43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ここはホウエンリーグ。整えた金髪に白いタキシードのような礼装に身を包んだ青年と、黒シャツの上方真っ赤なコートを羽織った逆巻く炎のような髪型の男が、一つのステージを挟んで対峙している。スポットライトが二人に当たり、実況者の声が響いた。

「……これから始まりますのはチャンピオンのシリア・キルラVS四天王のイグニス・ヴァンダーのダブルバトル!ホウエン四天王最強の男がチャンピオンとなるか!?幽雅なチャンピオンがその座を守り抜くのか!?今、戦いの火ぶたが切って落とされます!!」

「ではイグニスさん、楽しいバトルを始めましょうか」
「フン……御託は無用だ、行くぞチャンピオン」

 白いタキシードの青年――シリアが繰り出すのはジュペッタとサマヨール。紅いコートの男――イグニスはヘルガー二匹。ホウエンリーグの頂上決戦が今始まった。

「おっとこれはあからさまなチャンピオン対策!ゴーストタイプをメインとするチャンピオンはさすがに苦戦を強いられるか!」

 そんな実況者の声に答えるように、シリアは余裕の笑みを浮かべる。ジュペッタがそれに合わせてけたけたと笑った。

「ジュペッタ、シャドークローだ!」
「ヘルガー、不意打ち!」

 笑いながらヘルガーに迫るジュペッタの動きは幽霊のようにおどろおどろしく、舞のように優雅だ。だが。イグニスも四天王最強の男――二体同時に攻撃を命じる。二体は俊敏、かつ完全に訓練された獣の動きでジュペッタに迫り、二体で綺麗な十文字を描くようにジュペッタの体を引き裂いた。観衆がどよめく。

「おおっと見事に決まったー!!の見事な不意打ち、チャンピオンのジュペッタ早くもダウンかぁー!?」

 しかし。チャンピオンの笑みは崩れない。むしろぱちぱちと拍手をして相手を賞賛した。引き裂かれたはずのジュペッタの体が影に滲む。そして本物のジュペッタが無傷で現れた。

「く……二体とも下がれ!」
「ジュペッタ、シャドークロー!そしてサマヨール、重力!」

 イグニスが指示を出すが、完全に技が決まったと思いこんでいる2匹の動きは一瞬遅れる。それでも動き出そうとしたところを、サマヨールの重力が足を重くした。そしてその心の隙を――ジュペッタがシャドークローで一気に刈り取った。巨大な闇の爪が、悪夢のように一気に二匹を切り裂く。

 ほとんどの観客には、ジュペッタが倒されたと思ったら次の瞬間には挑戦者側の二体が沈んでいたようにしか見えなかっただろう。

「これはどういうことだぁー!?チャンピオンのジュペッタ、一撃のもとに苦手な悪タイプ二体を倒してしまったー!!」

 実況と観客のどよめきを聞き、チャンピオンは語りはじめる。謎を解き明かす名探偵のように。

「いやあ見事ですねえ、素晴らしい攻撃でした。二体同時の完璧に統制のとれた不意打ち……まともに受けていれば僕のジュペッタといえどひとたまりもないでしょう。――ですが、僕は一度目、シャドークローを命じてはいません。

予めバトルの前に言っておいたんですよ。悪タイプが出てきたら僕が何を言おうとまず影分身をするようにね」

 そう、最初の言葉はフェイク。チャンピオンは悪タイプが出てきた時点で――いや、バトルが始まる前からあらゆる状況を予測していた。その演出に、観客はどっと沸き立った。

「後は簡単です。攻撃が決まったと思いこんだ君たちの急所はがら空き……僕のジュペッタにかかればそこを狙い撃つことは容易というわけです。さあ、バトルを続けましょうか」
「ふん、絡繰か……なるほど、貴様に相応しい小技だな。だがまだ勝負は終焉を迎えてはいない」
「ええ、本当の勝負はここから――そうでしょう?」
「当然。……出でよ、ドンカラス、バルジーナ!」

 モンスターボールを宙に放り、そこから漆黒の翼を羽搏かせて二体の飛行・悪ポケモンが現れる。

「おっと、これはまた……悪タイプのポケモンの様です!イグニスさんは炎タイプのジムリーダーでもあり、飛行タイプ使いの四天王ということですが、今回は完全にチャンピオンを倒すための構成にしているということなのでしょうか!」

 極端な構成に観客がイグニスに対してブーイングを起こす。イグニスは何も答えないが、シリアはそれを片手を軽く上げて制した。観客席が静かになる。

「お集りの皆さん、そのような声はこのバトルに相応しくありませんね。どんなポケモンで挑まれようとも、僕にとっては何の問題もありません。むしろ喜ばしいじゃありませんか、それだけ本気で来てくれているということは……ね?」

 シリアがイグニスを見る。イグニスはふんと鼻を鳴らしただけだったが、シリアの余裕且つ優雅な態度を見せられては、それ以上のブーイングを起こすものはいなかった。

 そこからのバトルの続きがどうなったかは、これから出てくる彼に任せるとしよう――



※作品によって表示に時間がかかります


「……この番組は、御覧のスポンサーの提供でお送りしました」

番組が終わり、チャンピオンの姿が画面から消えてからようやくサファイアはテレビを切る。そして、興奮冷めやらぬ、といった調子で叫んだ。

「――――やっぱりチャンピオン…いや、シリアってすっげえ!!あのいきなりの相手の不意を付くシャドークロー!!サマヨールの確実に状態異常にするパンチ!

それに――最後もジュペッタのシャドークローでとどめを刺すなんて!!これで4年目の防衛だ!」

現ホウエン地方のチャンピオン、シリアはポケモンバトルに強さや見た目の美しさだけではなく、動きによる優雅さとスリルを持ちこんだ。不利な相手だからといってチェンジをせず、ゴーストポケモンの持つ惑わしの力と闇の力強さを併せたトリッキーかつ豪快な戦術で観客のカタルシスを掴む。本人の常に余裕の笑顔を絶やさない態度と合わせて、『幽雅』という言葉が生まれたほどである。

「なあ、お前もそう思うだろカゲボウズ!」

もう一度紹介しておくと、この元気でわんぱくともいえる性格の少年がサファイア・クオール。額にバンダナを巻いて地毛の茶髪をオールバックにしている。年は15歳。そしてその横でふわりふわりと漂っているのが、彼の相棒のカゲボウズだ。カゲボウズも主の喜ぶ感情に反応しているのだろう、特徴である角をピンと立てて周りをまわる。

「お前と出会えたのも、シリアのおかげだもんな……懐かしいな、おくりびやまで出会った時のこと」

カゲボウズも鳴き声で反応する。サファイアがカゲボウズと出会った理由は、何を隠そうゴースト使いのチャンピオンであるシリアに憧れたからだ。数年前に自分もゴーストタイプのポケモンを手に入れたいと親にねだり、おくりびやまに連れていってもらった時に出会ったのだ。その時初めてのバトルを乗り越えて以来、固い絆で結ばれている。……時々サファイアがカゲボウズに驚かされるが。

「じゃあ、これからよろしく頼むぜ……っと。んじゃ行くか!」

自分の机の傍にかけていたリュックを背負い自分の部屋から出る。そう、今日がサファイアにとっての旅立ちの日だ。本当なら15歳の誕生日とともに旅に出たかったが、近くに住む博士が珍しいポケモンを用意してくれるというのと、サファイア自身先ほどのチャンピオン戦をゆっくり見たい部分もあってしばらく我慢していたのだが、もう待つ必要はない。

早く旅に出たい。そして、憧れのチャンピオンのような強さと優雅さを持ったトレーナーになりたい。彼の戦いを今日見て、またその思いは強くなった。

母親との会話なら、既に済ませてある。辛いことがあったらいつでも帰ってきなさい、なんていう母親の言葉は笑い飛ばしたけど、本当は少し寂しかった。だから家を出る直前に、サファイアはこう呟く。


「大丈夫だよ母さん。俺は……亡霊ゴーストになんてならないから。必ず帰ってくる」


ここ小さな町、ミシロタウン。サファイアと博士の家は近い。10分とかからないくらいの距離だ。決意とともに踏み出したサファイアの足取りは――意外な形で急かされることになる。カゲボウズの角がまたピンと立ち……博士の家の方から、黒いエネルギーを吸収し始めたからだ。その意味を、サファイアはすぐに察する。

(こいつは負の感情をキャッチしてそれを吸収できる。それもこの色だとかなり強い。今博士の家から負の感情が出てるってことは……)

全力で走り出す。カゲボウズも事態はわかっているので何を言うまでもなくついてくる。負の感情を放っているのが誰なのかはわからない。博士なのか、別の誰かか。博士は温厚な人で怒ったところを見たことがないし、また一人暮らしでもあったからだ。カゲボウズの吸い取るエネルギーの量も相当で、ちょっとやそっとの揉め事とは思えない。博士がのっぴきならない事態になっていることは間違いなかった。

「博士!レイヴン博士……ッ!」

大急ぎで扉を開ける。すると目に入ったのは、服を焼けこげさせて倒れている博士の姿だった。駆け寄ってみると、博士は申し訳なさそうにサファイアに言う。

「済まないサファイア君。君に渡すはずだったポケモンが………………」

「今は喋らなくていいよ!くそっ、なんだってこんなこと……」

リュックの中から傷薬を取り出す。カゲボウズに負の感情を吸収させることで落ち着かせながら、サファイアはできる限りの治療を試みた。傷薬を塗り、母親に持たされた包帯を火傷になっている部分に巻き付ける。拙くとも真剣にやったおかげか。ひとまず博士はしっかり話せる程度にはなった。

「それで……何があったんだ?誰がこんなこと……」

サファイア自身ひとまず手当てを終えたからか、謎の襲撃者への怒りがこみあげてくる。だがその感情はすかさずカゲボウズに食べられた。自分のポケモンに窘められたようで、反省する。

「……ごめん、怒ってる場合じゃないよな。教えてくれ、博士」

「君より年下の、赤い髪に緑の目をした子だ……本当なら君とその子、そしてもう一人に一匹ずつ渡すはずだったのだが、それが気に入らないと……3匹とも寄越せと言ってきた。それは出来ないといったら……この有様だ」

「そっか……博士の気にすることじゃないよ。悪いのはそいつだ。そいつ、どんなポケモンを使ってたんだ?」

珍しいポケモンを分けてもらえるだけでもありがたいのにこんなふうに暴れるなんてとんでもない奴だ。怒りとは別にしても、見つけてやっつける必要があるとサファイアは思った。

「……コイルだ。取り戻すつもりなら気を付けてくれ。レベルはそう高くはなさそうだったが……技マシンで覚えさせたんだろう、10万ボルトを使ってきた……」

「技マシンってあれだろ。ポケモンに技を覚えさせられるけど、なかなか手に入らないってやつ……そんなの持ってるのに、随分欲張りな奴だな」

「ああ……珍しいものは何でも手に入れないと気が済まない、そんな子だったよ」

「わかった。そんな奴は俺がとっちめてやる!!それくらいできなきゃ、チャンピオンになんか届きっこないからな!!」

拳を上げて、博士に宣言する。それを見た博士は、今日会って初めて笑顔を浮かべた。

「……君は本当に元気でいい子だ。だけど、無理はしてはいけないぞ。

何も渡せなくて悪いが、君の旅がよいものになることを願っている」

博士が腕で十字を切り、サファイアに向かって祈る。それはなんだか気恥ずかしかったけど、博士はいつも真剣に祈っているから、サファイアも茶化さなかった。

「……それじゃあ行ってくるよ。博士。

博士も元気で――――」

研究所を後にする。博士の言う珍しいポケモンは手にできなかったけど、サファイアのたびに当面の目標が出来た。嬉しいことではないけれど、確かな目的を胸に――サファイアとカゲボウズの旅は、始まったのだ。


  [No.1490] 旅立ちは彼を目指して 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/05(Tue) 18:28:59   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ミシロタウンを出て、101番道路を歩く。ミシロタウンから出るときはいつも親と一緒に車に乗っていたし、勝手に野生ポケモンが出る草むらに入ってはいけないと親にきつく言われていた。だから初めて歩く野生のポケモンが出てくる草むらの感触をしっかりと踏みしめる。

「カゲボウズ、ナイトヘッドだ!」

時折出てくる野生のジグザグマやポチエナは難なく一撃で倒せる。カゲボウズはおくりびやまで仲間にしたのでもともとのレベルが高いということもあるし、家でチャンピオンのバトルを研究したりトレーニングをしていたのもある。家でチャンピオンのバトルを見ていた時、サファイアがジュペッタの影分身に気付いていたのはそのためだ。ノーマルタイプのジグザグマも、思い切りおどろかすやナイトヘッドを使えばダメージを与えなくても逃げさせられるくらいのことは出来る。

「へへっ、楽勝楽勝!……でも、少し手ごたえがなさすぎるかな……」

予想はしていたことだが、さすがにレベルの差がありすぎる。苦手なタイプのポチエナでさえ悪タイプの技を覚えていないのだから勝負にならない。なにせノーマルタイプの技はカゲボウズには意味をなさないのだから。

それでも、人間であるサファイアにとってはポケモンの身体能力は脅威だ。決して草むらの揺れは見逃さず、歩みを進めていく……と、何やらコトキタウンの方から赤いガスマスクのような覆面をかぶった痩せぎすの男が走ってきた。

その男は、サファイアに向かってこう叫ぶ。

「そこのミシロタウンから出てきた少年ー!少し止まるべきだ!」
「え……どうした、何かあったのか?」

何か向こうで危ないものでもあったのだろうかとサファイアは思ったが、覆面男はこう言いだした。

「ミシロタウンから出てきたということは君が博士から珍しいポケモンを貰った少年であろう?そうであるべきだ!」
「……いや、貰ってないよ。貰うはずだったんだけど誰かに奪われたんだ。そのポケモンについて何か知ってるのか?」
「むむむ……お前も、持ってないというのか。だがしかし、ここではいそうですかと帰ってはティヴィル様に怒られてしまう!アミティヴィル様第3の子分としてそれは避けるべきだ!

少年!私とポケモンバトルするべきだ!私が勝ったら珍しいポケモンを渡すべきそうすべき!」
「ポケモンバトルならいいぜ……って、持ってないって言ってるだろ!」

身構え、カゲボウズにいつでも技を出せるように目で合図する。この覆面男、どうやら人のポケモンを奪うつもりらしい。それも特段の悪意なしにだ。

「少年、嘘をつくのはやめるべきだ。今日博士から何やら珍しいポケモンを3人の少年少女が貰うのは聞いている、ミシロタウンから出てきた以上、君がその一人に間違いない。誰かに奪われたなどと見苦しい言い訳はやめるべき!」
「だから、嘘じゃないんだって!大体その珍しいポケモンってお前はどんなのかわかってるのかよ?具体的に知らなさそうな口ぶりだけど、それで俺が持ってるってわかるのか?」

そうサファイアが尋ねると、覆面の男は覆面越しに表情がわかりそうなほど露骨に固まって困惑した。そういえばどんなやつだっけ?と思っているのが手に取るようにわかる。

暫く固まった後、もう破れかぶれと言わんばかりにサファイアを指さす。

「もう何でもいいからポケモンよこすべきー!でないとティヴィル様に叱られるのだ!いけっ、ユキワラシ!粉雪を放つべきだ!」
「くそっ……無茶苦茶だ!カゲボウズを誰かに渡すわけになんていかない!カゲボウズ、影分身!」

覆面の男がユキワラシを繰り出し、細かい氷の粒を広範囲にばら撒く。影分身によってカゲボウズの分身が増えていく中、氷がカゲボウズとサファイアの体を刺すように冷やすが所詮は冷気。

(この程度ならダメージにはならない、ここから一気に畳みかけてやる!)
「カゲボウズ、一気に行くぞ!必殺・影法師だ!」

サファイアが命じると、カゲボウズが応じるように角に負の感情の力を込める。

そして、影分身によって作り出した無数のカゲボウズの姿が。ブクブクと膨らんで、数秒後には巨大な影となってユキワラシを取り囲んだ。ユキワラシの目には、巨大な影法師が上からいくつも自分を睨んでいるような異様な光景が写り、思わずその体を身震いさせた。ガタガタと震えて、口から放つ粉雪が止まりそうになる。

これが、サファイアとカゲボウズがチャンピオンの真似をしながらトレーニングをしているうちに生み出した『必殺技』。自分を大きく見せて相手を驚かせるナイトヘッドを、影分身にも使うことで威力を高めたのだ。

決まった、とサファイアは確信する。だが、それは実戦においては甘かった。覆面の男がすぐさま命じる。

「ユキワラシ、目を閉じるべきだ!そうすれば何も恐れることはない!粉雪を放ち続けるのだー!」
「なっ……!?カゲボウズ、避けろ!」

瞳を閉じたものに影法師は効果がない。ユキワラシが目を閉じ、恐怖から解放されて再び粉雪を打ち続ける。だがその狙いは滅茶苦茶だ。目を閉じているのだから当たり前だが。その攻撃はカゲボウズもサファイアも捉えず、ただ周りの空間を冷やしていく。

「何のつもりだ……カゲボウズ、だましうちだ!目を閉じているなら、直接攻撃するしかない!」

そう命じ、カゲボウズが目を閉じているユキワラシの後ろから角で突いたり負の感情をぶつけて攻撃するが、目を閉じているがむしゃらに打つだけの相手は騙しようがない。純粋な直接攻撃にまだ乏しいカゲボウズは、ちまちまとダメージを与えるしかなかった。

「ふははっ、さっきまでの威勢はどうしたのだ?さあ、大人しくよこすべき!」
「うるさい!お前こそ俺のカゲボウズに難のダメージも与えられてないじゃないか?これ以上やっても、お前のポケモンが傷つくだけだろ!」
「くくく……それはどうかな?」
「何を言って……」

その時。ぐらり、とサファイアの体が傾いた。慌てて体勢を立て直すがいつの間にか、頭がぼんやりとしている。

(なんだ、これ?)

見れば、カゲボウズの攻める動きもだんだんと鈍くなっていた。粉雪は一度も直撃していないはずだ。それなのになぜ……と困惑する。

それを見て、覆面の男は最初の勢いを取り戻したように勝ち誇る。

「幼い少年に教えてやろう……君と君のポケモンは今、我がユキワラシの『冷気』に苦しめられているのだ!」

サファイアは改めて周りを見渡して、気づく。温暖なはずの101番道路が、まるで雪国のように雪が積もり、冷気は肌を突き刺すような痛みとなっている。今まで気づかなかったのは、目の前の敵に集中していたからにすぎなかった。だが体が限界を迎えて意識の混濁という症状が現れ始めたのだ。

「どうする?大人しく渡さないと、凍え死んでしまうぞ?さあ……珍しいポケモンを渡すべき!」

言い返す余裕がない。これが実戦。自分がチャンピオンに憧れ、努力をして掴んだ必殺技はあまりもあっけなく破られた。そのショックに、目の前が真っ暗になりそうになる。

(……このまま、こんな奴に負けちゃうのか)
(俺には、チャンピオンなんて無理だったのか)

「-−−―!」

だけどその時、カゲボウズが鳴いた。カゲボウズは自分が本気で落ち込んだときは、その感情を食べない。負の感情を食べられれば楽にはなれるけど、それじゃ成長しないから。

だから、そんなとき相棒は鳴き声で自分を鼓舞してくれる。カゲボウズだって寒さで凍えているのに。

(……そうだ、俺は負けない)
(自分が不利な時こそ、幽雅に。美しく。それがチャンピオンの……俺のポケモンバトルだ!!)

「……凍え死ぬ?いやあ、快適な涼しさだったよ。だけど…そろそろおしまいにしようか」

ぐらつきそうな体に鞭を打って堂々と胸を張る。そして余裕の笑み…とまではいかないが平気そうな表情を浮かべて言った。

「カゲボウズ、鬼火!狙いは……俺だ!」

「な、何をする気だ!?馬鹿な真似はやめるべきだ!」

カゲボウズがサファイアを疑うことなく鬼火を自分のトレーナーに向けて放つ。凄い熱さがサファイアを襲ったが、我慢した。もしこの炎が本物の炎ならサファイアは大やけどをしているだろう。だが鬼火は炎は炎でも霊の怨念によるもの。実際の炎とは違って焼け死にはしない。カゲボウズが自分で壇を取るのを、優しく撫でてやった。ゴーストタイプのカゲボウズにとっては怨念の炎も実際の炎と同じ効果がある。十分温めることが出来た。

「へへ……これで、寒さは解消できました。」

無論、実際に熱くなっているわけではない以上一時しのぎだ。だけど、こちらもちまちまとユキワラシにダメージを与え続けている。一時しのぎで十分。人差し指と中指をびしっとユキワラシに向けて、チャンピオンを真似るように命じる。

「さあ、これでフィニッシュ!!カゲボウズ。影打ち!!」

カゲボウズの角の先から伸びた影が、ユキワラシを正確に捕える。体力の削れていたユキワラシは吹っ飛ばされ、覆面の男にぶつかった。

「うぐぐぐ……こ、ここは一度退くべきだ〜!次会ったら覚えておくべきー!!」
「あっ、おい待て!お前にポケモンを奪うように言っているのは誰なんだ!」

あっという間に覆面男は逃げてしまった。追いかけたが、寒さにやられた体では追いつけなかった。ひとまずカゲボウズと一緒に粉雪の影響の範囲外で腰を下ろす。

「なんだったんだろうな……あいつら。ティヴィル様…って言ってたけど、昔のアクア団とかマグマ団みたいなやつらなのか……?」

考えてみるが、当然答えは出ない。わかっているのは、博士の珍しいポケモンを求めて自分や他に貰うはずだった人からそのポケモンを奪おうとしていることだけで……


『むむむ……お前も、持ってないというのか』


「……あっ!!」

覆面の男は、お前も。といっていた。そして珍しいポケモンが3匹いて、それを一人が奪っていってしまったということはもう一人自分と同じくポケモンを貰いそこねた人物がいるということ。

いてもたってもいられない。走ることは出来なくても、早歩きで歩を進め始めた。

「きっと、もう一人あいつの仲間に襲われてる奴がいる……助けないと!!」

  


幸い、そう離れていないところに自分と同じ立場の子供……白いタンクトップと膝が見えるくらいのスカートの軽装に黒髪を結った、真っ赤な日傘をさしている少女はいた。

(相手がわかりやすい覆面で助かったぜ……)

少女の前にはバトルをしているさっきの覆面男とカラーリングが違うだけの黄色い覆面をした男がいた。今、その少女はヨマワルを、黄色い覆面男はラクライを繰り出している。ラクライがいくつもの電撃を放ち、それをヨマワルが必死に耐えている。少女の側が防戦一方……にサファイアには見えた。

「カゲボウズ……いけるか?」

カゲボウズは頷く。あの子も自分と同じく無茶苦茶を言われてバトルする羽目になっているのは予想できた。戦況も不利な以上、放っておけるはずがない。

「そこの子、加勢するぜ!話は後だ!!カゲボウズ、影打ち!」

一気に飛び出して、先制技の影打ちを放つ。その影が届く瞬間……ラクライの方が、ぱたりと倒れた。そのまま影打ちにふっとばされてさっきと同じ光景になる。

「え……?」

「ラッツ3ならずこのラッツ2までも……逃げるべきだ〜!!」
「そうすべきだ〜!」

さっきとは違う意味で混乱するサファイア。男たちはまたよくわからない捨て台詞を吐いて逃げ出してしまった。サファイアはぽかんとしている。

そんな様子を見ていた日傘の少女はモンスターボールにヨマワルをしまうと……何やらおかしなものを見るような眼でサファイアを見て、こう口にした。

「ひとまず加勢ありがとうと言っておこうかな。だけど、今のは間抜けだったね。もう勝負は決まるところだったんだから」
「決まるって……だって、防戦一方だったじゃないか?」

サファイアがそう言うと少女はますます馬鹿にしたような眼をする。

「あのね、君もゴーストタイプのポケモンを使っているんだろう?だったら最初に鬼火を相手に打って、後は相手が倒れるのを待つくらいの基本戦術は頭に入れておいた方がいいんじゃないのかな」
「なっ……そんな言い方はないだろ!シリアはそんな戦い方はしないし……」

チャンピオンのシリアは、補助技や変化技も大いに使うが最終的には強力な攻撃技を決めて終わらせる。だからサファイアの戦い方も自然とそうなっていて、ただ待つだけの戦術は頭から抜け落ちていた。
シリア、と名を聞いた少女はほんの少し眉をひそめたが、サファイアは気づかない。

「……まあいいか。察するに、君も今日レイヴン博士からポケモンを貰う予定だったんだろう?誰かに奪われたみたいで残念だったね。それと……ボクの事、もしかして覚えていないのかい?」
「え……?いや、悪い。どこかで会ったことあったっけ?」

サファイアのもの覚えは悪くはない。だがこの少女に見覚えはなかった。

(でもなんだろう、この雰囲気には覚えがあるような……)

「……そう、わかったよ。ここであったのも何かの縁だ。どうせなら一緒に旅をしないかな?」

か弱い女の子の一人旅は危ないからね。と嘯く。正直言って、か弱い女の子はこんな喋り方しないとサファイアは思った。思ったので口に出すと。

「やれやれ。ボクがどんな喋り方をしていようとボクは女子なんだ。盗人やケダモノには関係のないことだよ。それで――受けてくれるのかい?」

やっぱり随分はっきりものを言うので、守る必要があるとは思えなかったりするが……気にはなる。それに、一緒に旅をするのならお互いをライバルととして実力を高め合うことも出来るだろう。

だけど、この少女が自分を女子と言い張るならサファイアだって一人の少年だ。素直にわかったというのは照れ臭い。なので。

「……名前」
「ん?」

「人にものを頼むときは、まず名前を名乗れよな。俺はサファイア。サファイア・クオール。あんたが名前を名乗るなら……その話、受けてやってもいいぜ」

「なんだそんなことか。ボクの名前はルビー・タマモだよ。ミスマッチな名前だろう?」
「……親に貰った名前を馬鹿にするもんじゃないぜ。ま、わかったよ。じゃあルビーでいいよな?」
「ああ、これからよろしく頼むよ。サファイア君」

こうして。謎の襲撃者の危機を乗り越えて今日旅立ったばかりの少年少女は出会い。また101番道路を歩き出すのだった――。


  [No.1491] 謎の博士、ティヴィル 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/06(Wed) 20:22:07   32clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

101番道路からコトキタウンに着くまで、サファイアは一緒に旅をすることになったルビーに色々なことを聞い
てみた。自分とルビーはどこで出会ったのか。ルビーはどこの出身なのか。どうしてそのポケモンと旅をするこ
とに決めたのか……それらの質問への答えは、どれも同じだった。


「君がボクのことを思い出したら教えてあげるよ。尤も、その時には教える必要はなくなるだろうけどね」


なんだよそれ、とサファイアは思う。自分に思い出してほしいのならヒントくらい出してくれたっていいんじゃ
ないだろうか。そう言ったが。

「別にそこまで思いだしてほしいわけでもないしね。あくまで君とこうしているのはボディーガード役が欲し
いからだということを忘れないように」

あっけらかんと言われてしまっては、これ以上追及のしようもなかった。そんな会話をしている間に、コトキタ
ウンにたどり着く。親と一緒に何度か来たことはあるけれど、今となりにいるのは親ではなくよくわからない女
の子一人だ。ましてボディーガード役、なんて言われれば周りを少し注意深くも見てしまうものだ。

「そんなに気を張ってると疲れるよ?別に四六時中見張りをしていろというつもりはないさ。もし何かあった
ときだけ対処してくれればそれでいいから。さっきみたいにね」
「いちいちうるさいな!……まあいいや、とにかくポケモンセンターに行こうぜ。ルビーのヨマワルだって疲
れてるだろ?防御力があるとはいえ、ずっと攻撃をしのいでたんだし」
「うん、それもそうだ。じゃあ行こうか」

すたすたと勝手にポケモンセンターへと歩いていってしまう。向こうから頼ってきた癖に、こっちに感謝する気
はあまりないらしかった。

「なんなんだよ、もう……」

旅が始まってからハプニングの連続だ。おまけにこの少女とずっと一緒に旅をするとなると、少し安請け合い
だったかな、と後悔する。そしていつものように、その後悔の気持ちはカゲボウズが食べてしまった。

「わかったよ、一度約束したことだもんな。じゃあまずはお前を元気にしてやるか」

相棒のカゲボウズに笑顔を浮かべ、サファイアもポケモンセンターに入る。もうルビーは自分のポケモンを回
復させたらしい。ソファに腰掛けようとしていた。ヨマワルが周りを元気そうに漂っている。それにつられてル
ビーがほんの少しだけ笑うのが見えた。その笑顔は、年相応の少女らしさがある。

……可愛いと思ってしまった気持ちは、頭を振って脳の片隅においやることにした。

(変わったやつだけど……自分のポケモンとは、俺とカゲボウズみたいに信頼し合ってるんだな)

そう思うことにして、受付に行ってカゲボウズを回復してもらう。すっかり元気になったカゲボウズの姿を見る
と、こころなしか安心して……お腹がすいてくる。そういえばミシロタウンを出てから何も食べていなかった。

「なあ、そろそろ飯にしないか?」
「そうだね。いい時間だし食事にしようか」

 そう言って二人はソファに座る。マナーにうるさい人間が見れば、もっとちゃんとしたところで食事をとり
なさいなどといいそうだが、サファイアは普通の少年だ。隣に座って、弁当を開ける。その中身は、サファイア
の好物だらけだった。小さなタッパーに入った麻婆豆腐に、ハンバーグ。

 これでしばらく母さんのご飯は食べられないんだな――そんな気持ちとともにご飯を食べる。ルビーの方を
ちらりと見ると、ルビーはみたらし団子やチョコレートを取り出し、その小さな口でちまちまと食べ始めた。

「甘いものが好きなのか?」
「うん、そうだよ。……それがどうかしたのかい?」
「いや、ちょっと俺も欲しいなと思ってさ。ハンバーグ一個やるから団子一個くれないか?」

 何気ない、これから一緒に旅をするのだから仲良くしようと思っての提案だった。だがルビーは、少し申し
訳なさそうに目を反らす。

「んー……せっかくだけど、遠慮するよ。ボクは甘いもの以外は苦手なんだ」
「苦手って……じゃあつまり、これからもずっと甘いものばっか食べて旅するつもりなのか?」
「そうだね。それが何か問題あるかい?」
「おおありだよ!いくらなんでも栄養が偏るっていうか、明らかに健康に悪いだろ!」

 平然と言うルビーにサファイアが大声で怒鳴る。旅に出る前は家族に随分食事については気を配るように言
われたのもあって、一緒に旅する仲間がそんな風なのを見逃してはいけないと思ったからだ。

「そう言われてもボクは今までずっとこういう食生活を送ってたんだけどね……」
「だったらなおさらだろ。ほら、俺の弁当半分やる。母さんの麻婆豆腐美味いんだぞ」

 ルビーを見据え、弁当箱を差し出すサファイア。ルビーはそれを嫌そうに見たが、サファイアの瞳が絶対に
譲らないと思っているのがはっきりわかったので、折れて肩をすくめた。弁当箱を受け取り、恐る恐ると言った
体で食べるルビー。麻婆豆腐を一口食べた彼女は――思いっきりむせ込んだ。

「うわっ、大丈夫か!?」
「……辛い。よくこんなの食べられるね……」
「母さんの料理をこんなのって言うな。まあずっとそうだったなら仕方ないと思うけど、少しずつ慣れてこう
ぜ。……でないと、ほんとに体に悪いぞ」

 少しだけ言いすぎたかなとばつが悪そうに、それでもしっかりというサファイア。

「……ありがとう。心配してくれてるのはよくわかったよ」
「とにかく、これから一日一回でもいいからちゃんとした食事をとろう、な?」
「わかったよ。さすがにここまで言われたら仕方ない……ね。……じゃあ、これはあげるよ。食べきれないか
らね」
「わかった、ありがとう」

 みたらし団子のパックを受け取るサファイア。こうして二人の初めての食事は、二人が旅するうえでのルー
ルを決める第一歩になったのだった。

 


そんなこんなでポケモンセンターから出る。すると耳をつんざくような笑い声が聞こえた。それと覆面男達が目
に入ったので、咄嗟にルビーを手で制する。傘を差そうとしていたルビーはすぐに意図を理解して止まった。


「ハァーハッハッハッハ!!よぉーくぞ見つけましたミッツ1号!キモリ、ミズゴロウ、アチャモ……まさか本
当に一人が所有していたとは意外でしたねえ。2号と3号は迷惑をかけた二人を見たら謝るんですよぉー?」

「当然でございます。一番の弟子ですから」
「「了解でございます……」」

ポケモンセンターの影から見てみると、覆面男達に指示を出しているのはがりがりにやせたいかにも研究者然と
して、だぼだぼの白衣を着た眼鏡の男。どういう理屈か浮遊している豪奢な椅子に座って空に浮いている。それ
を覆面男たちが見上げている格好だ。

「そぉーれでは、1号2号3号。持ち主がはっきりしたところで、今度は3人がかりで奪いにいきなさい。それで
失敗したら……おぉーしおきだべ〜ですよぉー?」

「「「りょ、了解でございます、ティヴィル様!!」」」

どうやら覆面男たちにとって白衣の男のお仕置きは脅威であるらしい……だがそれよりも、サファイアには聞き
逃せない言葉があった。

(一人相手に3人がかりで、ポケモンを奪う……本気で言ってるのか?)
(……ちょっと。あの4人に突っかかる気じゃないだろうね。まあ勝手だけど、それにボクを巻き込まないで送
れよ。ボディーガードのせいで火傷を負うなんてシャレにもならない)
「お前は何も思わないのかよ……なら、俺一人で行く」
「……終わったらちゃんと戻ってきておくれよ」

わかってる、と言ってサファイアは4人の前に躍り出る。そして空に浮いている博士に言った。

「おいあんたら……さっきから聞いてれば、また人のポケモンを奪おうとする気か?人のポケモンを取ったら
泥棒って知らないのかよ!!」

突然の乱入者に、眼鏡の男はぎょろりとサファイアに目を向けて。首を傾げる。青い覆面――ミッツ3号の男は
あっと反応する。

「んんー、誰ですか?ミッツ3号?」
「はっ、この少年は私が誤ってバトルを仕掛けてしまった相手であります。ティヴィル様。

少年!あの件については私が悪かったからもう我々にかかわるのはやめるべきだ!」

3号はそういうが、勿論それでサファイアの気持ちは収まらない。許せないのはポケモンを奪おうとする行動そ
のものなのだから。

「……なああんた。ティヴィルって言ったよな。あんたはなんでその3匹を手に入れたいんだ?」
「よぉーろしい。君の正義感に免じて答えてあげましょう。それは――私の、研究のためです。科学の発展に
犠牲はツキモノでーす。そぉーれに、その少年はあのにっくきレイヴン博士からポケモンを奪ったのでしょう?
だったら奪われたってもぉーんくは言えませんよねえ?」
「……確かにポケモンを奪ったそいつは悪い奴だ。でもお前たちは俺たちからもポケモンを奪おうとしたじゃ
ないか!普通に俺たちがポケモンを貰っていたとしたら、そのまま奪おうとしたんじゃないのか!!」
「ンーフフフフ。君のような勘のいいガキは嫌いですよぉー?

そのとぉーりですが……だからなんだというんです?その程度の言葉で私たちが止まるとでもぉー?」

確かに、ここでサファイアが言葉をぶつけてもこいつらの行動は何一つ変わらないだろう。だったら……

「だったら、俺とポケモンバトルだ!俺が勝ったら……人からポケモンを奪うのはやめてもらう!」
「ハーッハッハッハ!面白い!別に負けたからと言って私たちが約束を守る保証などないと思いますが……い
いでしょう!私の研究成果の実験台となってもらいしょうか!」

ティヴィル博士は哄笑し。自分のモンスターボールを掴む。サファイアも相棒のカゲボウズに目くばせした。

「おぉーいきなさい、レアコイル!」
「行けっ、カゲボウズ!!」

二人は違う思惑でバトルを始める。そんな光景をポケモンセンターで見ていたルビーもまた、違う思考で動い
た。

「……どうして、普通に警察を呼ぶって発想が出てこないのかな。まあ、ボクと違って根っからのポケモンバ
トル脳ってことなんだろうけど」



「まずは小手調べといきましょう、電撃波!!」
「カゲボウズ、影分身!」

レアコイルが電気をためて放つ間に、カゲボウズはありったけの分身を作る。何せレアコイルはコイルの進化形
態。その特攻は脅威だからだ。

だがまたしてもポケモンバトルの実践という意味では相手の方が上を行っていた。レアコイルの電撃波は確実に
カゲボウズを追尾し、命中する。カゲボウズはなんとか影分身を維持したが、ふらふらになってしまっていた。

「まさか……必中技!?」
「そぉーのとおり!どうやら小手調べで終わってしまいそぉーですねえ!」
「くっ……」

確かにティヴィルの言う通りだ。今の一撃でカゲボウズの体力は半分以上は持っていかれてしまっただろう。
それは認めざるを得ない。

(もう一発同じ技が飛んできたら……!)

いきなりの万事休す。対策も思いつかない。相手も考えることは同じだったようで、レアコイルに二度目の電撃
波を命じた。

「どぉーやら私に挑むにはあまりにも早すぎたよぉーですねえ!これで終わりで……」

だが、この時運はサファイアたちに味方した。レアコイルの動きが金縛りにあったように固まり、電撃波を出せ
ないでいる。

「おやぁー?おやおや、いつの間に金縛りを……?」
「え……?い、いや!そう、僕はあなたが攻撃した瞬間に金縛りを発動していた!これであなたのレアコイル
はもう電撃波を打てない。
勝負はまだ、これからだ!」

……本当はサファイアはそんな命令は出していないし、カゲボウズも金縛りを使ってはいない。

サファイアですら気づいていないが、これはカゲボウズの隠れ特性「呪われボディ」によるものだ。実戦経験が
少なく、また野生のポケモンもまだノーマルタイプの技しか使ってこないが故に気付く機会がなかったのだ。

(何だか知らないけど助かった……こんな時こそ、チャンピオンみたいな幽雅な勝負をするんだ)

「それに、影分身をしたのだって意味がある。カゲボウズ、必殺・影法師だ!」

ユキワラシとの戦いで見せた無数の巨大な影を作る技をもう一度放つ。巨大な影法師が空からレアコイルを睨み
、レアコイルを確かにおびえさせた。

「ほぉーお?面白い技を使いますねえ。

ならば私のレアコイルの研究成果を出しましょぉーう!レアコイル、トライアタック!」

「何っ!?」

トライアタックは炎、氷、電気の三つの属性を同時に放つノーマルタイプの技。ゴーストタイプのカゲボウズに
は何ら効果はないはずだが……そう思って、不審げな顔をする。
3匹でくっついているレアコイルの体が、正三角形を維持したまま離れる。そしてそれぞれのコイルが電磁波を
放ち――その正三角形に、エネルギーをためる。

すると……本来ならば3種の属性を併せ持つはずの攻撃が、純粋な炎の塊となって放たれた。その威力は炎タイ
プの技のそれと変わらない。

「か……躱せカゲボウズ!!」

なんとかカゲボウズは攻撃をかわす。だが作った分身のほとんどが炎で消滅し、またそれによって巨大な影法師
も消えてしまった。それを――否、自分の実験成果を見たティヴィルが哄笑する。

「ハッーハッハッハ!素晴らしい!これぞトライアタックの三種の攻撃から任意の属性を取り出すことに成功
した新トライアタック!これで私のレアコイルは炎タイプと氷タイプの技が使えるよぉーになったということで
す!

では……今度は氷のトライアタック!」
「させるか、カゲボウズ影打ち!」

トライアタックを打たれる前に勝負を決めてしまおうと影打ちを放たせる。……がサファイアは忘れていた。影
うちの威力はそう高くない。

カゲボウズの影打ちは命中したものの、レアコイルを倒すには到底及ばず……むしろ焦って技を放ったことで大
きな隙を作ってしまった。三角形の冷凍光線がカゲボウズに命中し――さっきのユキワラシの粉雪とは比べ物に
ならない勢いで、その体を凍り付かせる。勝負は決した。

「カゲボウズ!!ごめん、俺……」

相手が特殊な攻撃技を放ったからといって焦ってしまった。そんなことではチャンピオンのバトルとは程遠い
。何より自分の相棒を瀕死にしてしまったことが悔しくて、目の前が真っ暗になる。

「ハッーハッハッハ!思ったよりは頑張りましたが、まだまだ私には及ばないようですね。そのカゲボウズに
も興味はありますが、部下の非礼に免じて見逃してあげます。私は優しいですから……おやぁー?」

ファンファンファンと、警察のやってくる音がする。そのあとどうなったかは、サファイアにはわからない。凍
り付いたカゲボウズをすがるように抱きしめて、そのまま気を失ってしまったからだ。




――サファイアは夢を見た。

霧が鬱蒼と立ち込める墓地だらけの場所。そのどこかで幼い自分が迷って泣いている夢。泣いている自分に、
誰かが寄り添ってくれている夢を。幼い自分と同じくらいのその子は紅白の巫女服に、綺麗な黒髪を腰まで伸ば
していて――

「カゲ、ボウズ……?」

サファイアが目を覚ますと、そこはポケモンセンターだった。先に治療をしてもらったのであろうカゲボウズが
、サファイアの周りを心配そうにうろうろしている。そのことが何よりも安心できた。もしカゲボウズを奪われ
てしまったら、もう旅なんて出来やしない。

「やあ、おはようサファイア君。敗戦の味はどうだい?」
「ルビー……」

ルビーは何事もなかったかのように、椅子に座ってキャンディーを舐めている。

「そっか、負けたんだな……俺」
「まあね、ひどいもんだったよ。あれはチャンピオンの真似かい?はっきり言って、似合っていないよ」
「なっ……いきなり何を言うんだよ!俺はシリアに憧れて……」
「あのチャンピオンに、ねえ……まあ好きにすればいいさ。ボクは勧めないけどね」

やはり何か、ルビーはチャンピオンに関してよく思っていない節がある。もっと言うなら、サファイアがチャン
ピオンのバトルスタイルを模倣していることもだ。

「そんなことより、あの後……どうなったんだ?あいつらは……」
「ああ、彼らなら逃げたよ。警察も追跡してたんだけどね。見失ったそうだ」
「そっか……止めれなかったんだな。ルビーが警察を呼んでくれたのか?」

そうだよ、とルビーは言った。どうやら彼女は極力厄介ごとに関わりたくないらしい。だけど、今は素直に感謝
するべきだ。あの時警察が来ていなかったら、本当にカゲボウズは奪われていたかもしれないから。

「……俺、強くなるよ」
「何だい、急に?トレーナーとして旅をする以上は当たり前のことじゃないか」
「ああ。だけどもっともっと強くならないと……あんな奴らにやられっぱなしは嫌だし、ルビーのボディーガ
ードだって務まらない。
だから約束するよ、今よりもずっと強くなって……ルビーのことも、自分のポケモンも守れるトレーナーになる
って」
「やれやれ、ボクはついでかい?……まあ、別にいいよ」

今はゆっくり休みたまえ。それから出発しよう。そう言われて、サファイアは頷いた。

次はトウカシティに向かおう。そこに着くまでに、いっぱいポケモンバトルをして強くなろう――サファイア
は心にそう誓ったのだった。


  [No.1496] 付和雷同 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/07(Thu) 18:13:22   34clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

謎の博士とのバトルでの敗北からもっと強くなる決意したサファイアはコトキタウンからトウカシティ、続いて
海岸線までの道のりを、出来るだけトレーナーとバトルしながら進む。トウカシティにはジムリーダーがいるの
だが、今は休業中らしかった。サファイアとしては初のジム戦に望めないのは残念だったが、仕方ないだろうと
ルビーに諭されて納得した。

「――これでフィニッシュです、だまし討ち!」

 今もサファイアのカゲボウズが、影分身で姿を見失わせたところを背後からのだまし討ちで決めたところだ
った。それをルビーは退屈そうに眺めている。サファイアがバトルをしている間、ルビーはいつも日傘をくるく
る回したりして暇を持て余していた。初めてであった時の一戦以来、サファイアはルビーのポケモンバトルを見
ていない。
 対戦相手との握手を交わした後、サファイアはルビーにこう切り出した。
「なあ、ルビーはポケモンバトルしないのか?お前だって、ポケモントレーナーとして旅に出たんだろ」
「……」
「おい!」
 完全スルーされたのでちょっとむっとして呼びかけると、ルビーは上の空だったらしくはっとしてサファイ
アの方を向いた。
「ああ、悪かったね。ボクがバトルしない理由かい?まあ大したことじゃないさ。単に面倒なんだよ。手間だ
と言ったほうが正確かな。だからやらない」
ボクのポケモンは攻撃技をほとんど覚えていないからね、雑魚相手にいちいちそんな戦い方をしていたら疲れる
だろ?と付け足したが、サファイアは頷けない。
「なっ……じゃあお前は何のために旅に出たんだよ!それくらい教えてくれたっていいだろ!」
「別にいいじゃないか。ボクが戦わない分、君が他のトレーナーと戦うことが出来て強くなれる。ボクは楽が
出来る。ギブ&テイクというやつだよ。それとも――君はボクが旅をする理由がわからないと困ることでもある
のかい?」
「ニートかよ!いや……ないけどさ、気になるだろ?」
「やれやれ、君には自分というものがないのかい?君のポケモンバトルもそうだけど……まるで、アレみたい
だね」
そう言ってサファイアがそれにつられて上を見上げると、何やら紫色の風船のようなものの大群が飛んでいた。
大きいのもあれば、小さいのもある。サファイアにはわけがわからない。
「あれがどうしたんだよ?……っていうか、なんだあれ。誰かがまとめて飛ばしたのか?」
「知らないのかい。まあ、この地方じゃ珍しいか……あれはフワライドっていうポケモンの群れさ。フワンテ
も混じってるね」
「それがどうして、俺に関係あるんだよ」
 そう聞くとルビーは人差し指を立てて講釈を始める、何故か得意げに胸を張って。
「フワライドというポケモンの名前は、付和雷同という言葉がモチーフになっているんだ。君はどうせ知らな
いだろうから教えてあげると、付和雷同っていうのは主体性がなく、他人の言動に左右されること。

君のポケモンバトルはチャンピオンの真似ばかりで君らしさ、君のポケモンらしさがないんだよ。まあ君はチ
ャンピオンに憧れているからだ、そう言うんだろうけどね」
「……別に、俺が自分で憧れてやってるんだ。だったら俺らしいって言ってもいいんじゃないのか?」
「ま、サファイア君がそう思うのを止めはしないさ」
 ルビーはそこで話を打ち切って、すたすたと歩き始めてしまう。相変わらずルビーの行動はよくわからない
ままだ。聞く前よりもむしろ疑問が増えて、もやもやした気分でついていく。
(俺のポケモンバトル、か……考えたこともなかったけど、でも俺のあこがれはシリアだ。俺もああなりたい
。それでいいじゃないか)
 今は気にせず、彼を目指して歩き続けよう。そう考えた。その一方で、サファイアの前を歩くルビーはこん
なことを考えていた。
(……それにしても、なぜフワライドの群れがここに?普通なら考えにくい……何せシンオウ地方のポケモン
だ。ただ流れてくるには、遠すぎる)
 考えてみるが、答えは出ない。二人はトウカの森へと入っていく。

フワライドの群れは、キンセツシティを目指していた。

 トウカの森は、ケムッソやその繭の多い鬱蒼とした場所だ。度々出くわすそれらをナイトヘッドで追い払い
ながら先へ進む。すると、双子と思わしきそっくりな幼い少女二人に出くわす。
「そこのお兄さんとお姉さーん」
「リリスたちとポケモンバトルするですよー!」
 相手が二人、こっちも二人ということで、少女達は明るくダブルバトルを申し込んでくる。サファイアとし
ては勿論OKといいたいところだが、ルビーは露骨に面倒くさそうな顔をした。いつも退屈そうだしサファイアが
迂闊なことをいうと呆れた顔をすることも多いルビーだが、こうまではっきりと感情を示すのは珍しかった。
「嫌だね。バトルがしたいならそこの彼とやってくれたまえ」
「おい、ルビー……子供相手にその反応はないだろ」
「……ボクはこういう子どもは嫌いなんだよ。元気だけ良くて、人の言うことを聞かないから」
 さすがに初対面の相手に面と向かって嫌いというのは憚られたのだろう、サファイアに耳打ちするルビー。
「お姉さんはポケモントレーナーじゃないんですか?」
「お腰につけたモンスターボールが見えてるですよー。ならバトルですよー!いくです、プラスル!」
「あっ、私も……出てきて、マイナン」
 双子がそれぞれのポケモンを出す。ルビーの言う通り、元気さのあまり人の話はあまり聞けないらしい。そ
れ見たことか、と言いたげにルビーは顔をしかめた。
サファイアはポケモンバトルはしたいし、ここで無碍にするのはさすがに可愛そうではないかということでルビ
ーに頼み込む。
「な、じゃあ戦うのは俺がやるからさ。後ろでサポートしてくれるだけでもいいから。それならいいだろ?」
「やれやれ……じゃあ本当に数合わせだよ。ロコン、出てきて」
「よしっ、そうこなくっちゃ。いけっ、カゲボウズ!」
 仕方ないとばかりにルビーはモンスターボールからロコンを繰り出す。サファイアはいつものカゲボウズだ
。初めてのダブルバトルの二人の初手は――
「カゲボウズ、影分身!」
「ロコン、影分身」
ロコンとカゲボウズの影が増えて、相手をかく乱していく。全く同じ技だが、二人の戦術の意図するところは違
う。サファイアは攻撃への布石のために、ルビーは己のポケモンを守るために。
「ポケモンがいっぱいですよー!プラスル、スパーク!」
「マイナン、でんげきは!」
双子は構わず元気に攻撃を仕掛けてくる。プラスルのスパークは本体とは明後日の方向の分身に突撃して木に
激突したが、マイナンの電撃波は正確にカゲボウズに向かってくる。あの博士の時と同じ、必中の技。
「カゲボウズ、新技行くぞ!祟り目だ!!」
 カゲボウズの眼前から目のような形の影が顕れ、そこから闇のエネルギーが放たれる。電撃と闇がぶつかり
合い、小さな爆発が起こって相殺された。
「どうだ!これが修業の成果だぜ!」
 祟り目はこれまでのバトルで会得した新しい技だ。今までナイトヘッド以外は直接攻撃しか覚えていなかっ
たカゲボウズとサファイアにとっては貴重な特殊技である。これで必中技に対しても相殺という手段が取れるよ
うになった。
「そしてナイトヘッドだ!」
「〜〜!?」
 カゲボウズが巨大な影を出してマイナンを怯えさせる。相手のマイナン自体臆病な性格なのか、効果はてき
めんだった。後ろを向いて逃げ出そうとする。一気に戦闘不能に追い込めるかと思ったが。
「プラスル、てだすけですよー!」
 木にぶつかってふらふらしていたはずのプラスルがすかさずマイナンの横に並び、頬の電気をパチパチと通
わせる。するとマイナンは戦う気力を取り戻したようで、再び前に向き直った。
「これがリリスたちのコンビネーションです!プラスル、もう一度てだすけですよー!」
「マイナン、でんげきは!」
「だったらこっちも祟り目だ!」
 もう一度闇のエネルギーで電撃を打ち消そうとする。が……プラスルとマイナンの特性はお互いを強化し合
うプラスとマイナス、おまけに手助けによって電撃の威力は大きく膨らんでいた。エネルギーを放つ目のような
模様を押し切り、電撃波がカゲボウズに届く。
「くっ……打ち消しきれない!」
「ふふふふー。ダブルバトルは何と言ってもコンビネーションですよー!お兄さんはなかなか強いみたいです
けど、2対1なら負けないですよー!」
「そっちのお姉さん、ほんとに何もしてないもんね……」
確かに双子の言う通り、ルビーはロコンに影分身を命じているのみで、バトルに加わろうとしていない。この
ままでは劣勢だ。
「ルビー!」
「数合わせって言っただろう?……まあでも、少しはボクも「手助け」してあげようかな」
 サファイアが呼びかけると、ようやくその気になったのか、ルビーはロコンに命じる。
「ロコン、鬼火!」
 ロコンの口から炎がゆっくりと、しかし狙いをつけて飛んで行きマイナンに火傷を負わせる。そして……
「それじゃあボクの仕事はしたから、後は頼んだよ」
「これだけかよ!ああもう、お前に頼んだ俺が馬鹿だった!気合入れていくぞ、カゲボウズ!」
「やっぱりこれじゃ2対1ですよー。プラスル、てだすけですよー!」
「マイナン、でんげきは!」
 3度目の電撃波。やはり威力は増しており祟り目でも打ち消しきれない――そう思った。その時、ルビーがサ
ファイアに耳打ちする。
「あ〜わかったよやってやる!カゲボウズ、祟り目だ!」
 内容は、もう一度祟り目を使え。自棄になって命じると、カゲボウズの前にさっきまでの二倍ほどの大きさ
の目の模様が出現し、巨大な闇の力がそこからあふれ出た。さっきは打ち消せなかった電撃をむしろ飲み込み、
プラスルとマイナン、二体まとめて吹き飛ばす。
「え……?」
「ええええ!?どういうことですよー!?」
「そ、そんな……」
 プラスルとマイナンと一気に戦闘不能にしたが、技を売ったサファイアにもどうしてそうなったのかわから
なかった。カゲボウズが思いっきり撃ったからか?とも思うが、そうは見えない。
「やれやれ、知らないのかい?祟り目には状態異常のポケモンを相手に撃ったとき、威力が大きく上がる効果
がある。すなわちボクのロコンが鬼火を撃った時点で君のアシストをしていたというわけさ――どうだ、見直し
たかい?」
 ふふん、とルビーがドヤ顔をする。これもまた珍しい態度だ。
「わかった。見直したよ。なあ、ルビー……やっぱりお前、ポケモンバトルが好きなんじゃないのか?」
「……そんなことはないさ。さあ先に進もう」

そう言うルビーの表情はやはり年相応の少女のような笑顔を湛えていて。ずっとこういう表情だったら可愛い奴
なんだけどな、とサファイアは思いつつ先に進むのだった。
双子とのバトルを終え、再びトウカの森を歩く。バトルに勝利したサファイアの足取りは軽く、ルビーはまたい
つもの退屈そうな表情に戻ってしまったものの、機嫌は悪くないのか愛用の傘をくるくると回している。
「ん……あれ、さっきの?」
すると上から、さっき空を飛んでいたポケモンのうち一匹がふらふらとこちらに降りてくる。
「どうやらフワンテの方みたいだね。彼らが群れから離れるなんて珍しい……」
 ルビーも興味を示したのか、近づいてきたフワンテの方を見る。フワンテはサファイアたちに何をか訴えか
けるように体を膨らませて鳴いた。
「ぷわわ〜!」
「いったいどうしたんだ……カゲボウズ、わかるか?」
 相棒のカゲボウズにフワンテの感情をキャッチさせる。ピンとたった角に集まったのは黒色に青が混ざった
ような感情のエネルギー――すなわち、焦りや不安といったものをこのフワンテは抱いていることがわかった。
カゲボウズの感情の読み取り方はルビーも知っているようで、少し面白そうに
「へえ、フワンテが群れになることに不安や焦りを覚えるなんて……うん、興味深いな。君、良かったらボクと
一緒に来ないかい?」
 ルビーはフワンテに手を差し伸べる。それを見たフワンテはサファイアとルビーを交互に見比べて少し迷っ
た後、サファイアの方に近づいた。自分の体の紐のような部分をサファイアの指に巻き付け、すり寄る。
「えっ、俺の方がいいのか?」
「ぷわ〜」
どうやら気に入られた――もしくは頼られたらしい。それを見てルビーはやれやれと嘆息して。
「どうやらフラれてしまったみたいだね。せっかくだから捕まえてあげたらどうかな?フワンテ自身が君のと
ころに行きたがっているようだしね。本来ならこんなことめったにないんだよ」
「そうなのか……うーん、初めてのポケモンゲットがこんな形になるなんてな」
 少し迷うサファイア。だが答え自体は最初から出ている。ゴーストタイプのポケモンと共にチャンピオンを
目指す。それがサファイアの今の目標なのだから。
「よし、決めた!フワンテ、これからよろしくな!」
 腰のモンスターボールを持ち、こつんとフワンテに当てる。フワンテの体がモンスターボールに収まり、何
の抵抗もなくカチッという音がして捕まえるのに成功したことが伝わってくる。
「フワンテ、ゲットだぜ!」
ポケモンの世界では言わずと知れた名台詞を、モンスターボールを空に掲げて言う。
「へへ……それにしてもルビーはこれでよかったのか?珍しく興味を示してたみたいだけど」
 そう聞くとルビーは肩をすくめて。
「ボクだって礼儀はわきまえているということさ。ポケモン自身が君の元に行きたがったんだ。それを邪魔す
るほど無粋な性格はしていないよ、それに――」
 続きを言いかけたルビーがはっとまた空を見上げる。カゲボウズも角で感情をキャッチして上を見上げた。
サファイアが釣られて上を見ると……そこには、フワンテより何倍も大きい紫色の気球の様なポケモン、フワラ
イドが空から近づいてきていた。それも、カゲボウズの感情がキャッチしているのはほとんど赤に近い色。つま
り強い怒り、敵意をもって近づいてきていることがわかる。
「今度はなんだ……!?」
 警戒するサファイアにルビーはやれやれと頭を振って呆れたように言う。
「なんだも何も、群れに連れ戻しに来たに決まってるじゃないか。大方そのフワンテの親なんだろうね。どう
する?向こうはやる気みたいだけど」
「そんなの決まってる。フワンテは群れに戻りたくないんだろ?」
 ボールの中のフワンテがコクコクと頷く。それでサファイアの心は決まった。
「だったら戻させるわけにはいかないな。フワンテを親と戦わせるわけにはいかないし……頼むぞ、カゲボウ
ズ!」
「まあ君ならそう言うと思ったよ。ボクとしてもそのフワンテには興味があるし、手を貸すさ。行くよ、ヨマ
ワル」
 サファイアとルビーがそれぞれの手持ちのポケモンを出す。それと同時、フワライドはシャドーボールを放
ってくる。カゲボウズの祟り目よりも数段巨大な闇の塊がカゲボウズを狙う。
「ヨマワル、守る」
「えっ!?」
サファイアが驚く目の前でルビーのヨマワルがカゲボウズの前に割り込み、緑色のバリアーを作る。それにシャ
ドーボールがぶつかり、バリアーと共に霧散した。
「あんな大きい攻撃を防いだ……」
「とはいえ、まもるは連続で使える使える技じゃあない。ほらぼさっとしてないで、さっきのいくよ。ヨマワ
ル、鬼火!」
「あ、ああわかった。カゲボウズ、祟り目!」
ヨマワルが鬼火で火傷を負わせ、カゲボウズが状態異常になっている敵に対して大きなダメージを与える祟り目
を打つ。双子との戦いで見出した二人のコンビネーション攻撃だ。先ほどのシャドーボールほどではないものの
大きな闇のエネルギーがフワライドに向かって放たれ――
「よしっ、決まったぜ!」
 命中し、フワライドがわずかにのけぞる。もくもくと湧いた煙の中で、フワライドは……倒れず、相変わら
ず強い怒りを持ってそこにいた。
「効いてない!?」
「フワライドは体力が高いポケモンだから一撃では倒れないだろうとは思っていたけど、ここまでとはね……
多分、体力の半分も削れてないよ」
 フワライドは再び巨大なシャドーボールを放ってくる。今度はヨマワルに向けて。ヨマワルは機敏な法では
ない。まもるは間に合わないとサファイアは判断し、今度はサファイアがフォローに回る。
「カゲボウズ、祟り目だ!」
 シャドーボールと祟り目がぶつかり合う。結果は――状態異常で威力を増しているにもかかわらず、祟り目
の方が押し負けた。ヨマワルが弱点のゴースト技を受けて辛そうに鳴く。
「レベルの差がありすぎるね。体力も威力も格段にあちらの方が上か……仕方ない」
 ルビーが何かを決意したような、諦めたような声で呟く。
「何言ってるんだよ、まだ方法はあるさ。影分身で相手の攻撃をかわして何度も祟り目を叩き込んでやればそ
のうち倒れるだろ?」
「それも悪くないけれど、影分身による回避は確実じゃあない。まして攻撃をしながらじゃね。それよりは…
…ヨマワル」
 三度フワライドがシャドーボールを打とうとしているところに、ルビーはたった一言ヨマワルに命じる。聞
いたサファイアが少し怖くなるくらいのぞっとする声だった。
 
「呪」
 
ヨマワルとフワライドの体の前に、黒い五寸釘のようなものが出現して、お互いの体を打ち付ける。両方の苦し
そうな声が響いた。そんな中で放たれたシャドーボールがヨマワルの体を捉え……ヨマワルが瀕死になる。
「……ごめんよ、ヨマワル」
普段のルビーからは想像もできない、悲しそうな声。それは自分で自分のポケモンを傷つけることをしたこと
が原因なのだろう。サファイアもさすがにそれは察して、どうしてこんなことを、とは聞かなかった。ルビーは
軽い気持ちでやったわけではないのだから。
「出ておいでロコン、影分身」
「カゲボウズ、影分身だ!」
 ゴーストタイプのポケモンによる呪いの効果は、サファイアも知っている。自分の体力と引き換えに、相手
の体力に依存するが大きなダメージを与え続ける技だ。フワライドの体力が高ければ高いほど、フワライドは苦
しむことになる。後は呪いがフワライドを瀕死にするのを待つだけでいい――それがルビーの作戦だ。
「−−ラァーー!!」
 フワライドが苦しそうにもがく。この効果から逃れるには、一旦引っ込むか瀕死になるかしかない。二人で
回避に徹して倒れるのを待っていると……フワライドの体が、膨らみ始めた。ルビーがすぐさま反応する。
「……まずいね。自爆か、大爆発するつもりだ。どうやらボク達ごと巻き込むつもりみたいだよ。よっぽど怒
ってるんだね」
「なっ……それじゃあ、早く逃げるぞ!」
 ルビーが頷いて、二人そろってフワライドから離れるように走り出す。……が、ルビーの動きは遅い。日傘
をさしたままだからだ。
「それ閉じろよ!今は傘なんかさしてる場合じゃないだろ!」
「いや、それはできないんだ。ボクは……日光が苦手でね。この件は君のせいじゃない。別にボクは置いてい
って全力で逃げても恨まないよ?」
声と状況からしてからかわれているわけではないだろう。だがそれはどういう意味だろうか。今は考えている
余裕がない。
「……そんなことできるわけないだろ!ああもう、じゃあちょっとじっとしてろ!」
「いや、ボクだってできれば逃げたいんだけど……えっ、サファイア君?」
 サファイアはルビーをお姫様抱っこの要領で持ち上げ、再び全力で走り出す。さっきよりだいぶ速度は落ち
るが、ルビーを置いていくより何倍もましだった。
「あはは、まったく君は初めて会った時から相変わらず……」
 サファイアの腕の中で傘を差すルビーの声に返事をする余裕もない。走って走って――後方で、凄まじい爆
発音がした。巻き込まれていたらひとたまりもなかっただろう。爆風のあおりがここまで届いてくる。
 フワライドが追ってこないのを見て、サファイアはルビーを降ろした。
「はあはあ……さすがに、疲れたな。ちょっと、休ませてくれ」
「重かった、と言わないあたりは評価してあげるよ。じゃあしばらく休んで……先に進もうか」
 トウカの森の中で二人はしばらく休憩を取り、再び次の町へと歩き出したのだった。


  [No.1497] 猛攻のエメラルド 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/08(Fri) 12:22:25   39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「おまちどうさま!お預かりしたポケモンはみんな元気になりましたよ!」

 カナズミシティのポケモンセンターで瀕死になっていたヨマワルを回復してもらう。元気になったヨマワル
がふわふわとルビーの周りを回った。それをルビーは優しい目で眺める。

「それにしてもいよいよついたんだな……カナズミシティ」

 感慨深く、窓の外から街を眺めるサファイア。今までの旅路とは違った近代的な街並みはいやでもサファイ
アの胸をわくわくさせる。それに何せこの町には実質初のジム戦が待っているのだ。そう思うと今すぐにでも挑
戦しに行きたくなった。

「でもまあ……まずは飯にするか。結構長い時間歩いてたしな」
 お腹を押さえてサファイアが言うと、ルビーはヨマワルをボールに引っ込めた。そして肩をすくめる。
「そうしようか。ボクも少々空腹だしね」
「素直にお腹へったって言わないのな……」
「似合わないだろ?」
 まあそうだけどさ、といいながらポケモンセンターの中にあるテーブル席につく。
「あ……そうだ。今日はちゃんとした飯食えよ」
「はいはい」

 二人で旅を始めた時にした約束は今も継続中だ。二人でメニューを見て、サファイアはハンバーグを、ルビ
ーはあまり気が進まない風ではあるがリゾットを注文した。待つ間に、サファイアはルビーに気になっていたこ
とを聞く。

「あのさ、さっき……フワライドから逃げるときに日光が苦手って言ってただろ?どういうことなんだ?」
「あああれね。……まあ助けてもらったわけだしこればっかりは話す義務があるだろうね」
「別に義務って程じゃないけどさ。ちゃんと理由があるならそれなりに気遣いってものが必要だろ」
「……」

 ルビーが笑顔になって、名前通りの真紅の瞳でサファイアを見つめる。ルビーは時たまサファイアの言動に
こうして笑顔で見つめてくることがあった。理由は不明だし悪い気はしないのだが。少し気恥かしくて目を反ら
す。

「な、なんだよ黙って見つめて」
「……いや、なんでもないよ。サファイア君は本当に優しいなあ」
「別に、当たり前のことじゃないか」
「君がそう思うのならそれは君の美徳ということさ。それよりもボクのことだね。ボクは――ちょっとした病
気にかかってるんだよ。体質といってもいいかな。とにかく日光を浴びるととても気分が悪くなるんだ。長く浴
び続ければ命にもかかわるらしい。
 
 覚えていないかもしれないけど10年ほど前、強い雨と日照りが交互に起こったことがあっただろう?その時
からそうなんだ。医者に診てもらっても原因はわからない。だから日傘は手放すことが出来ないのさ」

 思ったよりも重い話にサファイアが思わず口をつぐむ。ルビーはそれを見て軽く笑った。

「はははっ、何やら空気を重くしたみたいだけどね。ボクにとっては幼いころからこれが当たり前なんだ。不
便だと思ったことも……まあさっきの爆発はさすがに参ったけど、基本ない。だから気にすることじゃないよ」
「……わかった。じゃあそこまで気にしないようにするけど……よくそれで親が旅に出ることを許してくれた
よな。家の中にいたほうが絶対安全なのに」
「……まあね」
「?」

 なぜかルビーの声が低くなる。サファイアが首を傾げて尋ねたが、それきり食事が終わるまでルビーは何も
言ってくれなかった。まずそうにリゾットを食べるルビーは、なんだか普段の飄々しさとは打って変わった、弱
弱しさのようなものすら湛えていて、サファイアには今はどうすることも出来ずにただハンバーグを食べること
しかできなかった。
 

 
 
「さて、飯も食ったし早速ジム戦に……」
 
 だんまりになってしまったルビーとの雰囲気を壊すように、食事を終えてジムの場所まで走りだそうとした
とき――またしても、聞き覚えのある声がした。

「「「待て待て待てっー!少年、その3匹を渡すべきだっー!」」」
「へっ、待てと言われて待つ馬鹿がいるか!俺様を捕まえようなんざ……10年早いんだよ!」

 見れば、町の中に赤いショートカットに白いパオ、黒ズボンを着て自転車に乗った少年がいつかのガスマス
ク集団に追われていた。走っているガスマスク集団よりは、自転車の方が早く距離が離れていく。

「もしかしてあいつ……レイヴン博士からポケモンを奪ったやつじゃないか?」
「あのガスマスクがまた勘違いをしていなければ、そうだろうね」
 だんまりだったルビーが口を開く。さっきのとは無関係な話題だからだろう。
「俺、ちょっと追いかけてくる!博士からポケモンを奪ったやつは見つけたらとっちめるって博士と約束した
んだ!」
「自転車を追いかける気かい?それは賢明な判断とは言えない気がするね」
「けど……!」
「まあ落ち着きなよ。どうせ走っても追いつけない。追いつけるとしたら途中で彼が止まった場合だろう。な
ら歩いていっても同じことだと思わないかい?歩いていくならボクもついていくよ。面白そうだしね」
「なんかそれ屁理屈じゃないか?」
「屁理屈だって理屈のうちさ。どうする?」
「……わかったよ、歩いていこう」
 
 ルビーの提案を呑んで、二人で歩き出す。しばらく歩いて町の外へ出ると、どうやら自転車の少年は止まっ
たらしい。自転車には乗ったままだが。
 
「ぜえぜえはあはあ……や、やっと諦めたか少年。さあ、ポケモンを差し出し……」
 すでにへとへとなガスマスクに対し、赤髪――翡翠色の目をしているのも見て取れた――少年が生意気な調
子で言う。
「はん!既に瀕死寸前でほざくなっつーの。別に俺は逃げてたわけじゃあねえ。町の中で戦いたくなかっただ
けなんだよ!いけっ、ヌマクロー!」
「……ふん、大人しく差し出さなかったことを後悔するがいい!行くぞ、2号3号!そしてマグマッグ!
「ああ、行くべきだラクライ!」
「同じく、ユキワラシ!」
 
 3対1のポケモンバトルが始まる。一見とてつもなく不利な状況だが翡翠色の目の少年に焦りはない。むしろ
絶対的な自信に満ち溢れている。

(あいつら、3対1で平気に……)
 
 加勢するべきか迷う。ガスマスク集団の行いは相変わらず非道だが、向こうも博士から無理やりポケモンを
奪った悪い奴なのだ。そうしている間に、ガスマスク集団が指示を出す。
「マグマッグ、火の粉!」
「ラクライ、スパーク!」
「ユキワラシ、粉雪!」
 
 3体の攻撃が一斉にヌマクローに襲いかかる。だが少年は不敵な笑みを浮かべる。

「やっぱりそんな雑魚技かよ。そんな技でこのエメラルド様に勝とうなんざ――百年早いんだよ!
 
ヌマクロー、波乗り!」
 
 ドドドド……と水が怒涛の勢いで流れる音がする。それはヌマクローの後方から出現した巨大な『波』だっ
た。ヌマクローは意外な跳躍力で波の上にひょいと乗っかり。火の粉を、電撃を、粉雪を。そして相手のポケモ
ンを、波が全て飲み込んだ。
 
 完全に、技の威力の桁が違う。それがサファイアの受けた印象だった。
 
(この辺じゃ見たことない、それこそポケモンリーグの中でしか見ないような高威力の技……こいつ、何者なん
だ!?)
 
 驚いている間にも戦況は進む。勢いを失った波の中からは瀕死になったマグマッグと、大きなダメージを受
けたラクライとユキワラシ……そして。
 
 その上に覆いかぶさるように、ワカシャモとジュプトルが立っていた。

(まさか、波乗りはあいつらの視界を隠して新たなポケモンを繰り出すために?)
 
 サファイアが思考する間に、二体が力をためる。そして。

「火炎放射、アーンド……ソーラービームでフィニッシュ!!」
 
 明らかに不必要な威力で、炎と日光が二体のポケモンを焼き尽くす。圧倒的に、あっという間に3体を戦闘不
能にしたエメラルドはガスマスク集団の方を向いて。

「さあどうした?まだやるってんならいくらでも相手になってやるぜ。珍しいポケモン、強力な技……完璧な
戦略……全てを兼ね備えたこのエメラルド様がな!」
「ぐ、ぐぬぬぬ……我々にはもう手持ちがいない。だがこのまま逃げれば、ティヴィル様のお仕置きが!」「
それはまずい!」
「どうすれば……!」
 
三人が慌てふためく。丁度その時、上から豪奢な椅子に座って白衣の男……ティヴィルが手持ちのレアコイル
とコイルを伴って下りてきた。エメラルドが眉を潜める。
 
「ハッ―ハッハッハ!!よおぉーやく見つけましたよ。3人は時間稼ぎご苦労さまです」
「ああ?あんたがこいつらの親玉か?」
「親玉……というのはいささか陳腐な表現ですがまあいいでしょう。今出している3匹のポケモンを渡していた
だきます」
「ティ、ティヴィル様!それではお仕置きは……」
 懇願するようなポーズでガスマスク達は博士を見る。博士はにっこりと笑って。
 
「フフーフ。そぉーれはそれ、こぉーれはこれ!3人は後でおしおきたーいむ!ですから覚悟するんですよぉー

「は、はいぃ……了解でございます」
 しょぼくれるガスマスクをよそに、エメラルドのポケモンたちは再び攻撃の準備をする。
「どうやらエメラルドという子には遠慮ってものがないらしいね。だけど……」
 サファイアと同じ陰で見ているルビーが呟いた。その言葉通り、エメラルドは命じる。
 
「ワカシャモ、火炎放射!」
 
業火の柱が博士に殺到する。さすがに直撃すればひとたまりもないかと思われたが……
 
「光の壁。スイッチオォーン!」
 ティヴィルが手持ちのスイッチを押す。するとレアコイルが3体ばらばらになり、さらにコイルも移動して博
士の乗る球体を守るよう正四面体の頂点を形作った。そして――博士を光の壁が覆う。
 
「ハッ、そんなもんで俺様の技が……なにぃ!?」
 光の壁は、業火と光線を弾き飛ばす。エメラルドが仰天した。
「ハッーハッハッハ!その程度の威力では私が開発した『ピラミッド・バリヤー』は壊せませんよぉー!?」
「ぬぐぐぐ……たかが光の壁にへんてこな名前つけやがって……だったら3匹同時攻撃だ!波乗り、火炎放射、
ソーラービーム!」
 
 再びポケモンたちが力をためて攻撃を放つが結果は同じ。あれだけ巨大な攻撃を放っているにもかかわらず
、バリヤーには傷一つついていない。ガスマスク達は呷りを食らって盛大に吹っ飛んでいたが。
 
「さあ、ここからはこっちのターンですよぉー?いきなさい、ロトム!」
「ちっ……なめんなよ。電気タイプが相手なら……いけヌマクロー!」
 
 電気を纏った影のようなポケモンが出てくる。サファイアの知らないポケモンだった。エメラルドは見た目
から電気タイプと判断したのだろう。二匹を引っ込め、地面タイプを併せ持つヌマクローを繰り出す。
 
「ヌマクロー、地震だ!」
 
 ヌマクローが力をため、大きく地面を揺らす。揺れは遠く離れているサファイアたちまで届いたが。
「ンーフフフフフ。聞きませんぉー!このポケモンは『浮遊』を備えていますからねえ」
「な、なんだとぉ!?」
「それでは見せてあげましょう、我が研究の成果を!ロトム、カットモード、チェエエエエエエエエンジ!!

 
ティヴィルは何やら芝刈り機のミニチュアのようなものを掲げて、ロトムと呼ばれたポケモンに叫ぶ。すると―
―ロトムの姿が、ミニチュアを真似るように変身した。
 エメラルドは想定外の事態の連続で冷静な判断力を失っているのか、喚くように叫ぶ。

「どうせはったりだろそんなもん!ヌマクロー、波乗り……」
「ロトム、リィィィフ、ストォォォォォム!!」
 
 まるで変身ロボットの必殺技を放つようなテンションでティヴィルが割り込む。ヌマクローの波乗りよりも
早く放たれたのは――若草色の奔流だった。それが一気にヌマクローを襲い、一撃で戦闘不能にする。
「こいつ、草タイプをもってやがったのか!?だったら、出てこいワカシャモ!さっさと焼き尽くせ!」
 もはや技名すら命令しないエメラルド。
 
「……そっか。博士も言ってたけど、もしかして……」
 
 あの時レイヴン博士は言っていた。彼のポケモンの技は技マシンで覚えさせたものだと。あの大威力の技も
そうなのだろう。技の威力にポケモンの、トレーナーのレベルが追い付いていないのだ。

「大方、金で強力な技を買ったお坊ちゃんなんだろうね。それがあのざまだけど……どうするサファイア君。
このまま黙ってみているかい?」
「いいや、そんなわけにはいかない。このままじゃ多分、あのティヴィルってやつにポケモンは取られちまう
。今度こそあいつに勝つ!」
「……やれやれ、まだ彼に勝てるとは思わないな。ボクは警察を呼ばせてもらう――」
 
 その時、ルビーの言葉が、視線が固まった。それにつられてサファイアもそちらを向き、固まる。二人の視
線の先にいる人物は、博士とエメラルドを見てはっきりといった。
 

 
 「二人とも、お楽しみはそこまでです」



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「二人とも、お楽しみはそこまでです」

 ティヴィルとエメラルド、二人の間に割って入ったのは――この地方に住むもの誰もが知るホウエン地方の
チャンピオン。シリア・キルラだった。ワックスで綺麗に整えられた金髪、白いタキシードを着たその姿は、ほ
かの誰かと見間違えるものではない。

「シリアがなんでここに……?」
「……」
 サファイアの疑問に答える者は今はいない。ルビーも何か思うところがあるのか黙っている。

「ああ?何だお前……って、シリアだとぉ!?」
 エメラルドも気づいたらしく、驚きの表情を浮かべる。ティヴィルはティヴィルでやたらやかましく反応し
た。

「なんですとぉー!?チャンピオンがやってくるとは想定外……ですが!私の研究は強靭、無敵、最強――な
のです!!ロトム、やってしまいなさい!10万ボルトォー!!」
「出てくるんだヤミラミ!パワージェム!」

 シリアの命令と共にヤミラミの瞳が光り輝き、宝石のような煌めきが放たれる。それは10万ボルトの電撃を
分散し、霧散させた。シリアはティヴィルをまっすぐ見据え、余裕の笑みで語り掛ける。
「たまたま通りすがってみれば。少年からポケモンを奪おうとするその非道、見過ごしてはおけませんね。こ
れ以上やるというのなら、僕も本気を出させてもらいますよ?」

 それは、今はまだ全く本気ではなく。また本気を出せば自分が勝つことは確定していると分かっているから
こそ出てくる言葉。そのニュアンスをティヴィルも感じ取ったのだろう。
「言うじゃありませんか。……ならば私も本気で行きますよぉー?レアコイル!炎のトライアタック!」
 レアコイルが自分の体で三角形の頂点を形作り、特殊な電磁波を生み出すことで本来レアコイルには扱えな
い火炎放射に匹敵するほどの炎が放たれる。サファイアとの戦いで見せた特殊なトライアタックだ。
「ヤミラミ、みきりだ!」
 ヤミラミの瞳が光り輝き、相手の攻撃を冷静に見切って躱す。

「ふふん、大見えを切った割にはいきなり防御ですか?」
「ええ、そして防御はもう必要ありません。あなたの攻撃は見切りました」


「次のあなたの攻撃で、僕はあなたのレアコイルを倒します」


 シリアが宣言する。まるでテレビの中で見るのと同じように優雅に。そして謎めいて幽玄に。思わずサファ
イアは息の呑む。

「やれるものならやってみなさい!レアコイル、今度は氷のトライアタッーク!」
「ヤミラミ、10万ボルト!」

 レアコイルが自分の作り出した三角形に冷気を纏わせると同時、シリアのヤミラミは10万ボルトを放つ。
(レアコイルには効果が薄い技の電気タイプの技で倒すつもりか!?)
 サファイアが固唾をのむ中、レアコイルに10万ボルトが命中する。ヤミラミの特殊攻撃力はそう高くない
。故に――

「ハッーハッハッハ!そんな攻撃がレアコイルに通用するとお思いですか、チャンピオン?さあやりなさい、レ
アコイル!」

 レアコイルを瀕死にするには至らない。そのままレアコイルが極大の冷気を放とうとしたとき――ピキリ、
と。何かの凍り付く音がした。

「――な!?」

 レアコイルの体が、見る見るうちに凍り付いていく。まるで自身が放とうとした冷気を自分の身に受けたよ
うに。
「ば、馬鹿な!?いったいなぜぇー!!」

混乱するティヴィルに、いや――その場にいるもの全員にシリアは説明を始める。謎解きをする名探偵のよう
に。
「はっはっは……面白いことを言いますね。それはあなたが招いた結果なんですよ。

レアコイルは通常電気タイプの技を得意とし、炎や氷とは無縁です。――ですが、現代の技術なら電気で高温や
冷気を出すことは難しくありません。電気ストーブやクーラーのようにね。

あなたのレアコイルの中にも、そうした技術の機械が埋め込まれているのでしょう。それに適切な電気、電磁波
を与えることで炎タイプや氷タイプのごとき攻撃を演出した。なかなか面白い工夫です。ですが――少し、ポケ
モンに無理をさせ過ぎていますね」

そこまで言ったシリアの瞳が少し怒りを含んだものになる。それはポケモンを蔑ろにするものへの怒りだった。
「ではもし、与える電気の量が非常に多くなってしまったら?電磁波の磁場が狂ってしまったら?――それは
、機械を埋め込んでいるあなたのポケモン自身を襲うんですよ。それがこの結果です。

あなたの敗因はたった一つ――自分の実験のために、ポケモンへの負荷を考えなかったことです」

 びしり、と指を差して優雅に宣言する。

「ムキッー!何を下らないことを……私にはまだ真の切り札たるロトムがいるんですよ!」
 髪をかきむしり、機械の上で地団太を踏むティヴィル。
「おや、何か忘れていませんか?

――ねえ、エメラルド君?」

そこでシリアはエメラルドの方を向く。今までレベルの違う戦いに蚊帳の外だったエメラルドは、怒りをぶつけ
る。

「ああそうだぜ……レアコイルが倒れたってことはてめえを守る壁はもうねえ!食らいやがれ、ソーラービー
ム&火炎放射ァ!!」
「し、しまった!?ぬわっーーーーーーー!!」
 ワカシャモの火炎放射とジュプトルのソーラービームが今度こそティヴィルの機械を正確に捉える。機械ご
と吹っ飛ばされて、空中で大爆発した。残骸すら残さず消し飛んだようにサファイアには見えたのだが。

「……生きてるのか、アレ?」
「生きていてほしいとも思わないが、残念ながらこういうのは大抵ギャグ補正というやつが働くんだよ」
 微妙にメタいことを言うルビー。シリアがヤミラミをモンスターボールに戻す。

「さて……エメラルド君、話を聞かせてもらいましょうか?」
「は?なんのだよ」
「話は最初から聞かせてもらっていました。――なんでも、君のそのポケモンは人から奪ったものだとか」
「ちげえよ!3匹のうち1匹しか寄越さねえとかいうからまとめてもらってやっただけだ!」
 堂々と言うエメラルドはある意味大物だろう。だがサファイアとしてはこれ以上黙っている理由はない。エ
メラルドにどんどん近づいていく。ルビーもやれやれとため息をつきつつついてきた。
「おい、お前!博士にケガさせといてそんな言い方はないだろ!」
「いや、誰だよお前!んなの駄目とかいうあいつがわりーんだよ。俺の知ったことじゃねーっつの」
「なんだと!!今すぐ盗ったポケモン返せよ!」
 サファイアがエメラルドにつかみかかろうとする。それをシリアが割って入って止めた。
「暴力はいけません。それに、盗ったポケモンというのは察するにアチャモ、キモリ、ミズゴロウでしょう?

そのポケモンたちはすでにエメラルド君に懐いている。それを引きはがすべきではありませんね」
「けど……」
「はんっ、お前も珍しいポケモンが欲しいのかよ?だったらくれてやらぁ!」
 エメラルドがサファイアにモンスターボールを投げつける。サファイアの額にボールがぶつかって、その中
から一匹のポケモンが姿を現す。小さいけどごつごつした金属質の姿からして、鋼タイプのポケモンだろう。
「こいつは……?」
「こいつは鉄球ポケモンのダンバル。鋼タイプとエスパータイプを持つ珍しいポケモンだって言うからパパに
頼んで取り寄せてもらったってのに突進するしか能のない、てめえにぴったりの雑魚ポケモンさ!」
「なんだと!?」
「へっ、どうせあの博士にビビッて今まで出てこれなかったんだろ?雑魚じゃなくてなんだっつーの」
「こらこら、言葉の暴力もいけませんよ」
 言いたい放題のエメラルドをシリアは窘める。
「けっ!とにかく、俺はもう行くからな!言っとくけどシリア、俺はあんたを超えて見せる男だ!だから礼な
んて言わねえぞ、じゃあな!」
「あっ、待て!話はまだ……」

 そう言ってエメラルドは自転車に乗って走っていってしまった。サファイアは走って追いかけようとするが
、到底間に合わない。
 しばらくして息を切らして戻ってくると、ルビーとシリアは何かを話していたようだった。
「それにしても――が男の子と旅をしているとは思いませんでしたよ」
「心配せずとも、彼は健全な少年ですからね、――」

「ぜえ、ぜえ……あれ、二人とも何話してたんだ?」
「ん?いや、大したことじゃないよ。それより君は、あんなに憧れていたチャンピオンが目の前にいるわけだ
けど話さなくていいのかい?」
「そっか、チャンピオンが目の前にいるんだよな――ん?」
そうだ、エメラルドのことですっかり頭から抜け落ちていたが今目の前に憧れのチャンピオンがいるのだ。

「あ、あの!シリアさん、俺――テレビでずっと見てて、尊敬してるんです!」
「おや、君も僕のファンなのかな?それじゃあ――少し、お話でもしましょうか。ファンは大事にしないとい
けませんからね」

 緊張するサファイアにもシリアは笑みを向けて。3人はひとまずカナズミシティに戻るのだった――。


  [No.1498] 挑戦!カナズミジム 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/09(Sat) 13:32:38   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「え!?ルビーとシリアって兄妹だったのか!?」
 
 カナズミシティまでの間、緊張するサファイアにシリアは穏やかに話しかけその緊張をほぐしてくれた。自
分はかつて世話になったトレーナーズスクールに顔を出しに来たこと、そしてその帰りにエメラルドたちを見つ
けたことなどの話を聞く。そして現在、カナズミに戻るころには普通に話せるようになっていたのだがそこで驚
きの事実を告げられる。
「そうだよ、わざわざ言うほどのことじゃないから言わなかったけどね」
「やれやれ。相変わらず妹君は人が悪いですね」
「……何、兄上ほどではありませんよ」
 含みのある笑顔を浮かべるルビー。サファイアにはその感情の底までは読み取れない。
「でもさ、二人は普通の兄妹とは色々違うよな?髪の色とか、名字とか……それに、話し方もなんか他人行儀
だし」
「まあ、そこは色々あるんだよ。家庭の事情というやつが。――例によってそれはまだ秘密にさせてもらうけ
どね。兄上も口を滑らせないでくださいね?」
「ええ、わかっていますよ」
「やっぱりそこは教えてくれないんだな」
「君が思い出すまでは……ね」
 ルビーがサファイアに微笑む。どこか既視感を覚えはするのだが、やはり思い出すことが出来ない。果たし
て自分とルビーはどこで出会ったのだろうか?
 考え込んだサファイアに、軽くぱんぱんと手を鳴らしてシリアが現実に引き戻す。そしてサファイアにこう
言った。
「いやあ驚きましたよ。妹君がこんなに誰かに積極的に関わるなんて……しかも君は僕に憧れてポケモントレ
ーナーになったとか。彼女の兄としても、チャンピオンとしても……サファイア君。君のポケモンバトルを一度
見てみたいですね」
「ホントに!?じゃあ、俺、誰かバトルする相手を探してくる!」
「いえ、わざわざ探す必要はありませんよ。せっかくカナズミシティにいるんです」
 近くにポケモントレーナーがいないか探そうとするサファイアをやんわりとシリアは止め、提案する。そし
てカナズミシティの中央付近にある――カナズミジムの方向を指さした。
「君のジム戦。見届けさせてもらいましょう」
「ジム戦を……?」
「ええ、特にここのジムリーダーなら……いえ、その話は後にしましょう。では、早速行きましょうか」
「あ、待って!まだ心の準備が……」
 まさか初めてのジム戦がチャンピオン直々に見てもらえることになるなんて思いもしなかった。躊躇いを見
せるサファイア。
「おや、怖気づいたのかい?この町についた時はあんなにジム戦を楽しみにしていたじゃないか。兄上の前で
情けないバトルをするのが怖いのかな?そんなんじゃ先が思いやられるね」
「そ、そんなことない!今すぐ行ってやってやるよ!頼むぞ、カゲボウズ、フワンテ、ダンバル」
 ルビーにそうからかわれると、すぐに否定する。
 (そうだ、チャンピオンが見ていようと……いやだからこそ、チャンピオンと同じ幽雅なポケモンバトルを
貫くんだ)
 そう心に決める。その様子を見てシリアは歩き出した。
「では、早速行きましょうか。カナズミジムへ」

カナズミジムに向かう途中で、ジムリーダーはトレーナーズスクールで最も成績の優秀なものが務める決まりに
なっていることや、予め決められた岩タイプのポケモンを使って勝負をすることになっていることをシリアから
教わる。勝負そのものよりも、トレーナーの実力を見極めることに主眼が置かれているからなのだそうだ。
 
「うーん……よくわかんないけど、手加減されるってことなのか?」
 説明を聞いた後、少し面白くなさそうにサファイアが言う。手加減されるのがわかっているというのは少し
すっきりしない。どうせなら全力の相手に勝ちたかった。
「手加減、というのとは少し違いますね。ジムリーダーとして……与えられたポケモンで全力を尽くしてきま
すから。それを乗り越えたものにこそ、ジムバッジは与えられるのです」
「いつも使ってるポケモンじゃないけど、本気は本気ってことかな」
「そういうことです。さ、つきましたよ」
 
 カナズミジムにつき、初めてのジムへの一歩を踏み出す。するとジムの奥の方から驚いた声が聞こえてきた
。こちらに近寄ってくる。黒髪のお下げを二つにした、気の弱そうな女性だった。
 
「……シリアさん!?どうしたんですかこんなところに。もしかしてこちらにも来られるご予定でしたか。あ
あすみません、何の用意もしていなくて……」
「いえいえ。特に連絡などは入れていませんでしたから構いませんよ。それより、この少年とジム戦をしてく
れませんか?」
「ああっ、そうでしたかすみません!ごめんなさい、せっかく挑戦しに来てくれたのに無視してしまって……

 その女性はサファイアにもぺこぺこと謝る。すごく低姿勢で気の弱そうな態度は、サファイアの中でのジム
リーダーのイメージとはかけ離れていた。
「えっと……この人がジムリーダーなのか?」
「まあ、一番奥にいたしそういうことだろうね」
「その通り。彼女がカナズミジムのジムリーダー……ヨツタニさんです。ヨツタニさん、落ち着いて落ち着い
て」
 シリアがそう保証する。気の弱そうな女性――ヨツタニは、ようやく落ち着いてサファイアを見た。
「すみません、私どうしても気弱になってしまって……でも、ジム戦に来られたからには全力でお相手します
。どうぞ、奥に来てください!」
 
 ヨツタニについて少し歩くと、階段の上がったところに広い空間があった。ここがジム戦の場所だとサファ
イアにも一目でわかる。ここから無数のトレーナーたちがジム戦に挑戦し、各々の実力をぶつけていったのだと
。ヨツタニの目も既に弱気そうなそれではなく、華奢な体の中に凛とした強さを持つそれに変わっていた。
「ルールはお互い二体でのシングルバトルです。それでは準備はいいですか?」
 ヨツタニがルールの確認をする。サファイアは頷いた。
「ああ、ルールはわかってる……いつでもいけるさ!」
 
「わかりました……出てきて、イシツブテ!」
「いけっ、ダンバル!」
 
 サファイアにとって初めてのジム戦が始まる。選んだのはダンバルとカゲボウズだ。岩タイプ相手なら、フ
ワンテでは分が悪い。
「イシツブテ、岩落とし!」
「ダンバル、気にせず突進だ!」
 イシツブテが岩を放り投げて落としてくるが、ダンバルの体は鋼タイプを有するだけあってとても硬い。ぶ
つかった岩を砕き、そのままイシツブテに突撃する。
「イシツブテ、丸くなる!」
 ヨツタニの指示で体を丸くするが、そのままダンバルはぶつかってイシツブテは何回も地面をバウンドして
転がり、壁にぶつかった。ジム全体に音が響く。
「どうだ!?」
「イシツブテ、転がる!」
 ヨツタニにはイシツブテが瀕死になっていないことがわかっているのか、そのまま命令をする。イシツブテ
は丸くなったまま床を高速で縦横無尽に転がり、逆にダンバルにぶつかっていった。横から後ろから、強くはな
いが少しずつぶつかってダンバルの体力を削る。
「くそっ、倒しきれなかったか……ダンバル、もう一度突進だ!」
「−−!」
 サファイアが指示するが、ダンバルに突進をさせるがまっすぐ突進することしか出来ないダンバルに対して
イシツブテは縦横無尽にフィールドを転がることが出来る。結果ダンバルの突進は当たらず、むしろ壁などにぶ
つかった反動や転がるイシツブテに当たったダメージが少しずつ蓄積していく。
「しかもそれだけではありません。ヨツタニさんは丸くなるからの転がるを使うことによってその威力を増し
ている……いかに鋼対岩では鋼に軍配があがるとはいえ、これでは少々サファイア君が不利ですね」
 シリアはその様子を冷静に分析してコメントする。そしてそれはサファイアにもわかっていた。

(だったらどうする?この不利な状況、シリアならどうやって切り抜ける……!)
 
縦横無尽に転がるイシツブテを見る。何かダンバルの攻撃をぶつける隙はないか……そして、方法を見つける

「ダンバル、ストップだ!その場でじっと!」
 なおも突進を続けるダンバルを止める。フィールドの中央で止まったダンバルは、その鉄球の目をきょろき
ょろさせてイシツブテを目でとらえようとするが。
「目を閉じろ、ダンバル。俺を信じてくれ!」
 それも止める。ダンバルは少し迷うしぐさを見せた後ぴたりと停止した。それをみたヨツタニが言う。
「……二体目のポケモンにチェンジですか?」
「いいや、違うさ」
「わかりました……それでは、そのまま転がるです!」
 ダンバルの右から、左から、後ろからイシツブテの転がるが命中する。ダンバルの浮遊するからだが徐々に
ふらついていく。

(まだだ……まだ耐えられる)

 ――そしてついにチャンスが来た。それは、目を閉じたダンバルの真正面からの攻撃。
 
「今だダンバル!思いっきりぶつかれ!」
「−−!」

 ダンバルが目を見開いて、真正面から猛スピードで転がってくるイシツブテに突進する。お互いの出せる最
高速度同士でぶつかり、金属と岩のぶつかり合うすさまじい激突音がジムに響いた。

「……戻って、イシツブテ」

 イシツブテは転がる勢いを失って倒れる。そしてダンバルも何回にもわたる攻撃を受けて既に限界寸前だっ
た。突進の反動で、地面にごとりと落ちる。
「……ありがとな、ダンバル。信じてくれて」
 サファイアとダンバルはまだ出会ったばかり。フワンテのように自分の意思でサファイアの手持ちになった
わけでもないから自分の言うことを聞いてくれるか不安だったが、しっかりと答えてくれたことを褒めた。
「でも、ここからが本番ですよ……出てきて、ノズパス!」
「頼むぞカゲボウズ!」

(シリアの見てる前で……負けられない!)

これでお互い残り一体。恐らくこのノズパスはさっきのイシツブテよりも強いのだろう。だけどサファイアは負
ける気がしなかった。

「ノズパス、岩落とし!」
「カゲボウズ、影分身!」

二人が同時に指示を出し、カゲボウズがノズパスの岩落としを避ける。さっきも見た技だけに回避は容易だっ
た。
「カゲボウズ、鬼火だ!」
 揺らめく炎がノズパスに飛んで行く。ノズパスの動きは見るからに重たそうで、とても避けられるとは思え
なかった。
(相手を火傷にすれば、祟り目の効果で状態異常の相手に対して威力を一気に上げられる。それで勝負を決め
てやるぜ!)
「させません。ノズパス、岩石封じ!」
「!」
 ノズパスとカゲボウズの間に巨大な岩が鬼火の進路を封じるように降り注ぎ、鬼火はノズパスに当たらない
。だが、その程度なら予想の範囲内だ。
「岩を壁に……ならカゲボウズ、分身に紛れて近づけ!」
「ノズパス、続けて岩石封じ!」
 カゲボウズが位置を気取られないように左右にふらふらと揺れながら近づいていく。岩石封じが飛んでくる
が、分身に当たるだけで本体にはかすりもしない。十分近づいたところで、サファイアは命じる。
「よし、鬼火だ!」
 カゲボウズの本体が現れたのはノズパスの真後ろ。至近距離まで近づいているがゆえに、岩の壁は張れない
。今度は確かに鬼火がノズパスにヒットし、岩の体が赤くなっていく。が。
「ノズパス、放電です!」
「なんだって!?」
  電気が全方位に放たれ、真後ろにいたカゲボウズがまともに浴びて吹っ飛ばされる。カゲボウズはすぐに
起き上がったが、その体の動きが鈍くなっているのが遠くからでも見て取れた。
「麻痺か……いけるか、カゲボウズ」
「〜−〜」
 普通に聞いただけでは意味をなさない鳴き声。だがカゲボウズの鳴き声にやる気が満ちているのが、サファ
イアにだけは伝わってくる。
(麻痺したから、カゲボウズの素早さはノズパスよりも低くなってると思う……今から指示を出してもまず先
手は取られる)
 
(だけど、こんな時だからこそ、シリアのバトルを貫くんだ!)
 サファイアが笑みを浮かべる。勝利への作戦は整った。自分が不利な状況だからこそ、見ている者を惹き込
むための笑み。
 
「さあ――いよいよこの勝負もクライマックス!麻痺した状況からの華麗な勝利をお見せします!カゲボウズ
、一旦下がれ!」
 
 サファイアの指示と今までとは違った言葉の調子にジムリーダーが目を丸くし、ルビーはやれやれと笑う。
そしてシリアは、へえ……と興味深そうな反応を示した。
「なんらかの陽動のつもりでしょうが……全方位に放たれる電撃からは避けられませんよ!ノズパス、放電!

 ノズパスの体が再び赤みが強くなり、電気を放つ準備をする。確かに、ジム全体にまで届きそうな電撃から
逃れる場所はないように思える。が。
「カゲボウズ、岩石封じの岩に隠れろ!」
「!!」
 ジムリーダーの驚いた顔が一瞬見え、直後に電撃が放たれた。電撃はジムの全体に広がっていったが――ノ
ズパス

自身が先ほど鬼火を防ぐために降らせた岩が、今度はカゲボウズを電撃から守る壁として機能したのだ。
 ノズパスの素早さはかなり遅い。麻痺しているとはいえ、一発凌げば反撃の一手を打つには十分。
「これで、終わりです!カゲボウズ、祟り目!」
「−−−!!」
 カゲボウズから放たれる闇のエネルギーが、岩を砕いてノズパスに直撃する。相手を状態異常にしたうえで
の祟り目の威力は絶大で。火傷のダメージと合わせてノズパスを戦闘不能に追い込むには十分だった。岩の体が
、真後ろにバタンと倒れたのを見て、サファイアは歓喜に飛び上がる。

「やった!まずは一個目のジム戦、勝利だぜ!!」
「……お見事。よく放電の隙に気付き、ノズパスを倒しました。しかしまさか一撃で倒すとはさすがチャンピ
オンが見込んだだけのことはありますね。ですが、さっきのは?」
「俺、シリアみたいなポケモンバトルが出来るようになりたいんだ。だからちょっと、俺なりに真似してるん
だよ」
「そうなんですか……あ、すみません!私に勝った人にはジムバッジを渡さないと……ですね」
 ヨツタニが腰のポーチからジムバッジを取り出す。それを、宝物のようにそっとサファイアに手渡した。
「これがストーンバッジです。8つ集めることでポケモンリーグ……チャンピオンのシリアさんに挑戦する資格
を得る証。その一つ、確かにお渡ししました」
「ああ、確かに受け取ったぜ。今度やるときは本当に本気のあんたと戦いたいけどな」
「……シリアさんに聞いてるんですね、ジムリーダーの事。私もその時を楽しみにしています」
 岩のようなバッジをしばらく眺めた後、自分のバッグに大事にしまう。
「やあ、お疲れ様だね。ま、ともかくおめでとう…と言っておくよ」
「ええ、本当におめでとう。僕に憧れてくれている、というのは本当の様ですね。こう言うのもなんですが、
良いバトルでしたよ」
 その間に近づいてきたルビーとシリアが、それぞれの言葉でサファイアにねぎらいの言葉をかける。
「ありがとう!シリアに褒められるなんて、なんだか夢みたいだな……」
 サファイアが何気のなしにそう言うと、シリアはわずかに目を細めて
「ですが今度は、『君だけの』ポケモンバトルが見てみたいですね。そういずれ……君がポケモンリーグに挑戦
するときにでも」
「シリア……?」
 その言葉の意味は、サファイアにはよくわからなかった。考えていると、ルビーがこう切り出す。
「さて、サファイア君の番が終わったところでボクもジムリーダーに挑ませてもらっていいかな?ジムバッジ
は集めないといけないからね」
「はい、構いませんよ」
「ルビーのジム戦か……ゆっくり見たいけど、俺はまず頑張ってくれたポケモンたちを回復させてやらないと
な」
「気にせず言って来ればいいよ。別に見てもらったところで面白くもないだろうしね」
「わかった。じゃあ頑張れよ!」
 サファイアはジムの外へと駆け出す。戻るころにはもう終わっているかもしれないけれど。ルビーならきっ
と大丈夫だろう。そう思った。
「……妹君は素直ではありませんねぇ」
「何の事だかわかりませんね、兄上」
 そんなやり取りが聞こえたが、そんなことは初めてのジム戦に勝利した喜びの大きさがかき消した。思わず
走る足に力がこもって転びそうになるのを必死に抑える。
「これで一歩……シリアに近づけたんだ!」
 
 


 

 「おまちどうさま!お預かりしたポケモンは、みんな元気になりましたよ!」
 息を切らしながらポケモンセンターにたどり着き、カゲボウズとダンバルを回復してもらう。まだまだ興奮
冷めやらない中、ふとテレビを見上げる。
「……デボンコーポレーションは五年前の社長の死によって業績が低迷しており―――」 
 ニュースを放送していたテレビの画面が一旦ブツン、と切れ、徐々に違う映像が映し出される。
「……あいつは!」

『あーあーあー……ハッーハッハッハ!とぉーくと聞きなさい一般市民たちよ!これからホウエンの地に轟く
美しき我が!ティヴィルの言葉を!』
 痩せぎすの体に、研究者じみた白衣の男の狂気じみた甲高い叫びがテレビから響く。突然の出来事に周りの
人はぽかんとしてテレビを見ていた。サファイアにも、ただテレビを見ていることしか出来ない。
『ンーフフフフ、突然の登場に恐らくあなたたちには理解がおぉーいつかないでしょうが……私の目的はずば
り!このホウエン地方に多く存在するとある石の謎を解明し!そのすべてを頂くこと!』
(とある石……?)
 何故かそこでもったいぶるように言葉を止め、謎の一回転を決めた後、博士は演説を続けた。

『その石とぉーは……ずばり、メガストーン!』
「!!」
『このホウエンにのみ数多く現存し、チャンピオンを初めとする強力なトレーナーが持っているアレです。あ
れはそこぉーらのトレーナーが持っていていいものではありません。私こそが!メガストーンという強力な力を
支配するべきなのですよぉー!』

 メガストーン。ポケモンに通常の進化とは異なる『メガシンカ』という力を与える不思議な石。なかなか見
つかるものではないがそれでも他の地方に比べると圧倒的に存在する数は多いという。
『そのために私は悪の秘密組織……【ティヴィル団】を設立します。そぉーしてその目的は!一つ、この地に
眠るメガストーン、及びメガストーンの研究施設の機械、データをいただくこと!二つ、メガストーンを持って
いるトレーナーからメガストーンを奪うこと!』
 無茶苦茶を要求を真面目に、狂気的に言うティヴィルの態度はまるで昔ゲームに出てくるような『悪の博士
』そのもののようにサファイアには思えた。

『そうそぉーう……これも言っておかなければいけませんねぇ。つまりそういうことぉーなので……私、いや
。【ティヴィル団】』は、チャンピオンに宣戦布告をさせていただきます、彼を倒した時、このホウエン地方は
このティヴィルの元に膝まづくでしょう』
 確かにチャンピオンのシリアを倒せたならそれはホウエンの人々にとって大きなショック足り得るかもしれ
ない。だがティヴィルの言葉の響きには他にも何か意味が含まれているような気がした。
(でも……シリアがあんな奴に負けるはずがない。現にあの時もあっさりやっつけてたじゃないか)
 そう思うサファイアだったが、博士は更にこんなことを言い出した。
『すでに第一の刺客はチャンピオンのもとに送っています……ンーフフフフ、もしかしたらあっさり倒してし
まうかもしれませんねぇ。

と、話がそれましたが……ともかくそういうことなので、特にホウエンの研究者、及びトレーナーの方々は速や
かにメガストーンを明け渡してくださるとひじょーに助かりますねえ。それでは……今日はこの辺で。我々の活
躍をお楽しみに……』
 ブツン、という音がしてテレビの画面がさっきのニュースの続きに戻る。
「なんなの、あの人……」
「いい年して痛いおっさんだなぁ」
「つーか今のってテレビジャックじゃね?」
 周りの人たちの反応は、ティヴィルを恐れているというよりも、よくわからないものとして困惑、または流
しているようだったが、サファイアは彼が本気で悪事を働く人間だと知っている。
「……急いでシリアのところに戻らないと!」

 サファイアはポケモンセンターから出てカナズミジムへと焦りを覚えながら
再び走り出す。ティヴィルが言っていた第一の刺客はすでに送ったという言葉が本当ならば、もうその刺客はシ
リアと戦っているのかもしれない。それにそこにはジム戦で戦っているルビーもいるのだ。彼女を巻き込みたく
はなかった。


(ルビー、シリア……無事でいてくれ!)


サファイアがカナズミジムから出ていったあと。手持ちの回復を終えたヨツタニと、次の挑戦者であるルビーは
お互いジム戦のフィールドから少し離れたところに立っていた。
「それでは、これより挑戦者ルビーとジムリーダーヨツタニのジム戦を開始します。――始め!」
「ロコン、出番だよ」
「出てきて、イシツブテ!」
 チャンピオンであるシリアの号令の後、ルビーとヨツタニが同時にポケモンを出す。先手を取って動いたの
はやはりルビーのロコンの方だ。俊敏な足取りでイシツブテの前へと出る。
「鬼火」
「コン!」
 呟くようなルビーの指示を聞きとり、鬼火を至近距離を打ちこむ。確実にイシツブテに火傷を負わせた。
「イシツブテ、岩落とし!」
 だが、当然真正面から近づいて技を打ち込めば隙も出来る。ヨツタニもそれを見逃さず、ロコンの体に落石
を落とした。弱点である岩タイプの攻撃を上から受けて、ロコンの体が倒れるが、ルビーの表情に変化はない。
「いけるね、ロコン?」
「コォン!」
 ロコンが元気に鳴く。火傷の状態異常によって攻撃力を半減させたため、ダメージは大きくない。とはいえ
無傷ではないのだが主人に褒めてもらおうと自分を元気に見せているのだ。ルビーもそれを理解して苦笑する。
「やれやれ、よそ見はしないでおくれよ?じゃあ、影分身」
 ロコンの体が陽炎のように揺らめき、蜃気楼を見せるようにその体が分身していく。
「……イシツブテ、丸くなるからの転がる!」
 ヨツタニが指示を出し、イシツブテがサファイアのダンバルにした戦法を見せる。だがあの時と違うのは、
ロコンの体は影分身しているということ。姿の定まらないロコンに、イシツブテは虚しく明後日の方向に転がる
ことしか出来ない。
「丸くなるからの転がるは確かに強力な技だよ。だけど、その威力が発揮されるのはあくまでも相手に当たり
続けてこそ。

……だよね?」
 ロコンが分身を続け、その間に火傷のダメージは蓄積していく。ルビーの確認がとどめになったかのように
、イシツブテは限界に達して転がったまま戦闘不能になった。ヨツタニは頷いて、イシツブテをボールを戻した


「お見事ですが……私のノズパスにそれは通用しませんよ!出てきて、ノズパス!」
「ロコン、このままいくよ」
 ノズパスが出てくるが、既にロコンの体は無数に分身している。岩落としや岩石封じを当てるのは不可能に
近いことは明白だった。
故に、ヨツタニの思考は一つに絞られる。
「ノズパス、放電!あの分身を全て吹き飛ばして!」
「……かかったね」
「え?」
 ノズパスが体に電気をためると同時、ルビーは少し悪い笑顔を浮かべた。そしてそれは、勝利を確信してい
る者の顔。


「ロコン、炎の渦」


 ノズパスが電気を全方位に放つよりほんの少し早く、その周囲を取り囲むように炎の渦が出現する。炎と電
気はノズパスの周りでぶつかり合い――――ノズパスを中心に大爆発を起こした。その衝撃でロコンの影分身が
消えていくが、中心部にいるノズパスが無事で済むはずがない。

「私のノズパスが……こんな簡単に」

 爆発が消えた後、ノズパスは爆心地の中心で倒れていた。チャンピオンのシリアが手を上げる。
「イシツブテ、ノズパス、ともに戦闘不能。よって、挑戦者ルビーの勝利です」
 サファイアとは違って、勝利を手にしたルビーの表情に特段の喜びはない。ただ、バトルを終えて自分の元
に走ってくるロコンを優しく受け止めた。褒めて褒めてと、全身でアピールするロコンを撫でる。
「よく頑張ったね、ロコン」
「コーン!」
 撫でられて満足したロコンをモンスターボールにしまった後、ルビーはヨツタニに向き直る。その表情から
はさっきの優しさは消えていた。
「さ、ジムバッジを貰おうか」
「……ええ、まさか一体に簡単に倒されるなんて思いませんでした。さすがはシリアさんの妹さんですね」
「……」
 シリアの妹、と言われたルビーの表情がわずかに曇った。それについてシリアは何も言わない。
「ああ、すみませんすみません!私ったら何か失礼なことを行ったみたいで……」
 ジムに来た最初の姿勢に戻ってしまったヨツタニを、シリアが近寄ってフォローする。
「はいはい、ジムバッジを渡すまでがジム戦ですよ」
「あ……そうですね!ではルビーさん、ストーンバッジを受け取ってください!」
「はい、ありがとう。確かに貰ったよ」
 あっさりとジムバッジの授与は終了し、ルビーがバッジをポケットにしまう。その時だった。


「大変だ、ルビー!シリア!今さっき、テレビで……」



 一方、カナズミシティの西側から自転車を走らせながらポケナビでテレビを見ていたエメラルドは(良い子は
真似してはいけません)突然テレビをジャックして出てきた映像に思い切り噴出した。何せさっきぶっ飛ばした
ばかりのわけわからん博士が平然とテレビに出てきているのだから。

「あんにゃろ、平気でいやがったのか……!」

 まずそこを気にするあたり大概悪党じみているエメラルドだが、ティヴィルのメガストーンを頂くという言
葉には、悪だくみを思いついた顔をして

「なるほどな……つまり俺様がメガストーンを手に入れれば、わざわざこっちから探すまでもなく向こうからや
ってくることか、おもしれえ。こうなりゃすぐパパに連絡だ!」

 テレビでの放送が終わると、エメラルドは早速自分の父親に電話をした。エメラルドの父親はデボンコーポ
レーションのかなり上の方の役員をしていて、エメラルドのことをたいそう甘やかしている。エメラルドもそれ
をわかっていて、父親の前では猫をかぶっているのだった。一人称も『僕』である。

「パパ!今の放送見た?なんか悪い奴らがメガストーンを集めようとしているって!」
「……ああ。それがどうかしたのか、エメラルド?」
「僕、あいつらの悪事をするのなら、ほっとけない!だから――僕に一つメガストーンを渡してほしいんだ!
あんな悪い奴ら、僕の力でやっつけてやる!」
「なに?だが……それは危険だ」
「大丈夫だって!僕の強さは父さんも知ってるだろ、だからさ!」
「……わかった。可愛いお前の頼みだからな。すぐに届けさせよう」

故にメガストーンだろうが何だろうが頼んでしまえばすぐに届く確信があった。勿論、エメラルドの目的は勧
善懲悪などではなく自分に恥をかかせたあの博士を今度こそ自分の力だけでぎゃふんと言わせることである。

そしてその場で待つこと数十分。バラバラというヘリの音が聞こえてきて。空からトレーナー側に必要なキース
トーンと、ポケモンに対応するメガストーンが――3つ、送られてきた。エメラルドは父親に連絡する。

「パパ、しっかり届いたよ!3つメガストーンが届いたけどもしかして……」
「ああ、お前の今持つ3匹のポケモンは全員メガシンカに対応しているのだ。尤も、最終進化を終えなければそ
の力を発揮することは出来ないが……ともかくエメラルド、無茶はするなよ」
「わかってるって、パパ!愛してる、ありがとう!」

 エメラルドは電話を切る。対父親用の笑みを悪ガキのそれに変えて、エメラルドはさっき来た道を引き返し
た。

「よぉし……なんか第一の刺客とやらがシリアの元に向かってるっつってたな。ここは飛ばすぜ!」

 愛用のマッハ自転車を全速力で漕ぐ。チャンピオンのいるカナズミシティへ向けて。






「大変だ、ルビー!シリア!今さっき、テレビで……」
 息を切らして、サファイアはカナズミジムへと戻ってきた。その様子からただならぬものを感じたのか、シ
リアの表情が真剣になる。
「どうしたのですかサファイア君?落ち着いて、ゆっくり話してください」
 シリアに諭されて、サファイアが一旦息を整える。頬を伝う汗をぬぐって、話し始めた。
「……さっきの博士、ティヴィルがテレビをジャックしてこう言ったんだ。

このホウエンにあるメガストーンを全ていただく。勿論トレーナーの物も……シリアの物も。それで刺客をすで
に送ったって……それで、慌ててきたんだ。

無事でよかった……」
「……なるほど」
 シリアは頷いたが、ヨツタニとルビーは話についていけていない。
「……待って。一体どういうことなんだい?その説明だけだと良く目的がわからないんだけどね」
「私も初めて聞きました。そんな話……」
 サファイアは二人に詳しくティヴィルの言っていた内容を話す。サファイアの様子もあって、一応二人は納
得した。
「……馬鹿げているね。そんなことを事前にテレビジャックまでして公表する意味が分からない。目立ちたが
り屋というだけでは済まされないものを感じるんだけど」
「でももし本当に何かしらの事件を起こすつもりならジムリーダーとしても対策を練らないと……!」
「そうですね。これは由々しき事態です。チャンピオンとしても、放っては置けません。ホウエンリーグに一
度私は戻ります。二人とはしばらくお別れですね」
 ジムリーダーやチャンピオンにはホウエンを守る義務もあるのだろう。ヨツタニは早速どこかに連絡を取り
始めた。シリアもジムの外に向かう。
「……ちょっと残念だけど、仕方ないよな」
「まあ、子供のわがままが許される場面ではないだろうねえ。」
「そうだよな……」
 そんな会話をしながら3人でジムから出た。するとシリアがマジックのようにどこからか手に三つの物を取り
出した。

「それでは妹君、そしてサファイア君にはこれを渡しておきましょう。まずは妹君、これを」

 シリアはルビーに黒くて、どこか魂を惹き込むような美しさのある布を渡す。ルビーはそれを知っているよ
うで、これは……と呟いた。
「霊界の布、と呼ばれる道具です。いずれ妹君の力になるでしょう。……そして二人に、これを。受け取るか
は任せます」

残りの二つ――それは紛れもなく、今話題になったメガストーンの一種、キーストーンに違いなかった。サフ
ァイアが驚き、ルビーが嫌そうに目を細めた。
「……どういうことです兄上?ボク達を巻き込もうと?」
「だから言っているんですよ、受け取るかは任せると。……あの博士と出会った時の様子、そしてテレビジャ
ックを伝えた時の様子を見るに、サファイア君は自分からこの事件に関わろうとするでしょう」
 図星を突かれて、サファイアはどきりとした。確かにあいつらの悪事は放っては置けない。それを見て、ル
ビーはため息をつく。
「……どうやらそのようですね。毒を食らわば皿まで、か」
「まあそういうことです。どうせ巻き込むなら、せめて巻き込まれても大丈夫なようにするのがいいでしょう
。その為の餞別ですよ、これは。

――さあどうします?」
 キーストーンを受け取り、この事件に積極的に関わるか。受け取らず、知らぬ存ぜぬを通していくのか。無
論後者でもシリアは落胆も怒りもしないだろう。ただの一トレーナーのサファイアとルビーに関わる義理は全く
ないのだから。
 サファイアはちらりとルビーを見る。ルビーは肩をすくめた。どうせ止めても無駄だとわかっているからだ

「もらうよ、シリア。……ありがとう」
「仕方ないですね……解せないところはたくさんありますが、もらってあげますよ。兄上の我儘には困ったも
のです」
 二人はそれぞれキーストーンを受け取る。それをシリアは笑顔で見届けて。移動用のオオスバメをボールか
ら呼び出した。その時だった。

「フッフッフ……見つけましたよ、ホウエンチャンピオン・シリアッ――!!」

 上から、どこかあの博士に似た、だけど若い女性の叫びが聞こえる。サファイアが上を見上げるとそこには
――ミミロップの背に乗って、サファイアやルビーより少し年上の少女が急降下してきていた。
「シリア!空から女の子が!」
 サファイアが警告し、シリアがその身を何とか避ける。向こうも元々狙いはオオスバメの方だったようで、
その身に思い切り空中からのとびひざ蹴りを直撃させた。オオスバメはあまりの一撃に泡を吹いて倒れる。そし
て柔軟なミミロップの体は地面におりた衝撃を殺して、すとんと着地した。
 その少女は、薄紫の長髪をストレートにしているけど少し前髪が動物の耳のようにぴょこんとはみ出ていて
、服装は紺のブラウスに小豆色のロングパンツを履いている。目つきはどこかにやりとしていて、かつ自分に絶
対の自信を持っているもののそれだった。
「やれやれ……刺客と聞いてどんな人が来るのかと思えば、あなたでしたか」
 シリアが珍しくため息をつく。その仕草はやっぱりルビーと兄妹なんだなと感じたが、それどころではない

 空から降ってきた、少女を見やりシリアはこう言った。


「シンオウ地方の第一四天王……ネビリムさん」


  [No.1499] 5VS6!メガシンカVSメガシンカ 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/10(Sun) 19:46:27   33clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ネビリムと呼ばれた少女は不敵に、不遜にシリアを見て笑った。ミミロップの背からぴょんと降りて、シリアを
指さす。前髪の耳のような部分がぴょこんと揺れた。

「そう!このシンオウ一!否、世界一強可愛い(つよかわいい)四天王ことネビリムがあなたを倒しに来てあ
げましたよ!私の可愛いポケモンたちと、パ……博士の科学力が合わさればあなたなどけちょんけちょんです!

「困りましたね、あの時のリベンジのつもりですか?そんなことのためにあの博士に手を貸すのは感心しませ
んよ」
 額を手で抑えるシリア。どうやらネビリムとシリアは過去にもあったことがあるらしい。シリアはその時の
ことを話し始める。
「懐かしいですねえ。シンオウリーグとホウエンリーグでの交流会の時にあなたが私にバトルを挑んできた時
からもう早2年ですか。確か試合の結果は……6-0でしたっけ?」
「なっ!何を失礼な、3-0です。あの時は3対3だったでしょう!」
 どうやらこの少女、昔シリアにボロ負けしたことがあるらしい。そのことを掘り返されてネビリムは耳まで
真っ赤になった。
「ああ、そうでしたね。……で、あの博士の科学力とやらがあればそれを埋められると?」
「と、当然です。そもそもあの時の勝負はきっと何かの間違いだったんです!美しいシンオウ地方の中でも一
番強可愛い私が暑苦しくて野蛮なホウエン地方のトレーナーに負けるなんてありえないんですよ!」
 何を根拠に言っているのか知らないがネビリムはホウエン地方自体を見下しているようだ。サファイアがむ
っとなって言い返そうとするが、ルビーに止められる。
(……ここは兄上に任せておきたまえ、今の君やボクじゃ太刀打ちできる相手ではなさそうだよ)
 確かに彼女はシンオウの四天王らしい。そんな相手に立ち向かうのは今のサファイアには無謀だ。
(でもだからって、黙ってみてるなんて……)
「困りましたねえ、その様子では退いてくれなさそうですし……手っ取り早く、始めましょうか。――ヤミラ
ミ、出番です」
「ふっ、一匹だけですか?悪いですが強可愛い私は最初から全力で行かせてもらいますよ!出てきなさい、エ
ルレイド!!そして行きなさいミミロップ!」
 ヤミラミ一体に対して、容赦なく二体目を出し、カメラを前にしたアイドルか何かのようにポーズをとる。


「さあ、このシンオウ一強くて可愛い私たちの伝説のリベンジバトルのスタートです!」


ネビリムが腕につけているサークレットにはめられた小さな石と、ミミロップの体が桃色に光り輝く。光はミミ
ロップを包む渦となり、その体を隠す。

「まさか……」
「これは!!」

シリアが驚いた表情を見せ、サファイアも固唾を飲む。そしてネビリムは天に手を掲げ、高らかにその名を呼ん
だ。

「更なるシンカを遂げなさい!その強さは巨人を斃し、その可愛さは天使に勝る!いざ、このステージに現れ
出でよ――メガミミロップ!」

中から更なる光が漏れ出し、渦となった光が砕け散った。その中から現れたのは、特徴的な耳が三つ編み状に
なり、足の部分も黒いタイツ状に変化したミミロップの新たな姿だった。
「どうです?博士にもらったメガシンカ……これを手に入れた以上、もはやあなたが私に勝るものはありませ
ん。さあ、覚悟しなさい!

メガミミロップ、とびひざ蹴り!」
 ネビリムが誇らしげに胸を反らして命じる。だがその指示にサファイアは違和感を覚えた。
(ゴーストタイプのポケモン相手にとびひざ蹴りだって?)
 とびひざ蹴りは強力な技だが、格闘タイプの技でありゴーストタイプには効果がない。おまけに外した時反
動を受けるデメリットも抱えている。
「気を付けて、シリア。何かある!」
「でしょうね…ヤミラミ、パワージェム」
 シリアのヤミラミの瞳が輝き、いくつもの鉱石がメガミミロップに向けて打ち出される。が。

「その程度でメガシンカしたミミロップは止められませんよ!」

ミミロップのとびひざ蹴りは飛来する鉱石を砕き、そのままヤミラミに強烈なひざ蹴りを――叩き込む。ヤミラ
ミの体が大きく吹き飛ばされ、地面を転がった。
「ッ!?攻撃が当たった!?」
 困惑するサファイアだが、さすがにシリアは冷静なままだった。彼は肩をすくめる。

「なるほど……あなたのメガミミロップの特性は『きもったま』ですか。その自信も、ただのはったりではな
さそうですね」
「『きもったま』……ゴーストタイプ相手にもノーマル・格闘の技が当たる特性か。さすがに対策はしてあっ
たようだね」
「ふふん、ようやく私の可愛さと強さがわかりましたか?ミミロップ、ピヨピヨパンチでとどめを!」
「どうでしょうね。ヤミラミ、不意打ち!」
 メガミミロップがその長い耳でヤミラミを捉える前に、ヤミラミが死角に入りこんで手刀を叩き込む。不意
を付かれたメガミミロップのパンチは外れた。

「そのままパワージェムだ!」

 続けざまに技を決めようとするヤミラミをよそに、ルビーは考えていた。
(あのエルレイドは何のために出したんだろう?悪・ゴーストタイプのヤミラミ相手じゃ、エスパー・格闘の
エルレイドはでくの坊同然で手が出せていない……何かあるだろうね)

「ミミロップ、炎のパンチ!」

 メガミミロップもすぐに体勢を立て直し、炎の拳があっさり鉱石を相殺する。だがヤミラミは更に動いてい
た。ヤミラミの体の周りに光が集まり、とびひざ蹴りで負った傷が治っていく。

「自己再生とは姑息な技を……」

――そしてルビーの疑問を解決するように、エルレイドが前へ動いた。

「ならばいきなさいエルレイド、インファイトです!」
「レレレレェイ!!」

 エルレイドが目にも留まらぬ速さで拳を連打する。格闘タイプの強烈な技はやはり先ほどと同じように――
ヤミラミを打ち抜き、吹き飛ばした。カナズミジムの壁に叩きつけられ、ヤミラミが動かなくなる。
「まさか、このエルレイドも『きもったま』を!?」
「いえ、そんなことはありえない……まさか」
 さすがのシリアも驚いた顔をする。それを見て満足したのか、ネビリムが笑みを深めた。

「そんなに驚きましたか、チャンピオン?ならば説明してあげますよ。私のエルレイドはミミロップがとびひ
ざ蹴りを決めた後、スキルスワップを発動していたのです!」
「スキルスワップ……そういうことですか」

 シリアは納得したようだが、サファイアには何のことかわからない。ルビーが説明する。
「スキルスワップ……自分と他の一体の特性を交換する技だね。それでエルレイドはミミロップの『きもった
ま』を得た。よって格闘タイプの技がヤミラミに当たった……そういうことだろう」
「その通り!ですがそれだけではありません。エルレイドの特性は『せいぎのこころ』です!これが何を意味
するか分かりますか、チャンピオン?」
 質問されたチャンピオンはサファイアが今まで見た限り初めて……ほんのわずかに苦い顔をする。

「……『せいぎのこころ』は悪タイプの技を受けた時、攻撃力が上昇する特性でしたね。だから炎のパンチで
岩タイプのパワージェムをいともたやすく打ち砕けたわけですか」

それを聞いて、勝ち誇ったように笑うネビリム。

「そうですその通り!これで4VS6……あっさり自分のポケモンを倒された気分はどうですかホウエンチャン
ピオン!」

 確かにこの状況は良くない。2体がかりだったとはいえ、ティヴィルを簡単にいなしたヤミラミが容易く倒さ
れている。おまけに相手のポケモンはゴーストタイプ相手に有利な特性を持ちほぼ無傷の上、能力まで上昇して
いるのだ。
 そしてそれだけではなく。状況は更に悪い方に転がっていく。戦闘の音や、チャンピオンという言葉を連呼
するネビリムに、カナズミシティの人達が集まってきたのだ。

「おい、あれって……チャンピオンのシリアじゃないか?」
「おまけにシンオウのアイドルのネビリムちゃんまで!」
「ちょっとまって、じゃあさっきのテレビってホントだったの!?」
「取材のチャンスだ、見逃すな!」

 ぞろぞろと集まってくる野次馬。しかもその中にはテレビカメラを持っているものまでいるのがルビーとサ
ファイアには見えた。

「シリア…」
(大丈夫ですよ、サファイア君)

 不安そうにシリアを見るサファイア。観衆の目もあり逃げ場もなく、手持ちの数も相性も不利な状態。だが
シリアはそんな状況で、爽やかな笑みを浮かべて観衆を見た。

「お集りの皆さん、まずはお忙しいところに足を止めてくださりありがとうございます」

 にこやかに手を振る。その動きには、ホウエンの危機や自分のふりなど微塵も感じさせない余裕があった。

「これから皆さんに、シンオウからはるばるお越しいただいたアイドル四天王と名高いネビリムさんと。この
私シリアの素晴らしいバトルのショーをお見せしましょう!」

 どうやらシリアはこの状況を、一旦ただのショーということで片づけてしまうつもりの様だった。観衆がど
っと沸き立つ。

「チャンピオンと他の地方の四天王のバトルだって?こいつは見逃せねえな!」
「ネビリムちゃーん、負けないで―!」
「頑張れシリアー!」
「カメラ、もっと持ってこい!」

 だがネビリムが勿論黙っているわけはない。

「ちょっと待ちなさい、私たちはホウエンのメガストーンを奪うためにやってきたんですよ!そんな口八丁で
ごまかそうたって……」

「おっ、そういう設定か。凝ってるねえ」
「悪役のネビリムちゃんも素敵だなあ……」

 完全に観衆の空気はこの状況をショーとして受け止めてしまっている。ネビリムもしばらくどう説得するか
考えた後諦めたのか、シリアを指さした。

「ええい、どのみち私があなたを倒してメガストーンを奪えばいい話です!さあ、次のポケモンを出しなさい
!」
「お待たせしました、では続けましょうか。――サファイア君、妹君、よく見ていてください」

 シリアが二個のモンスターボールを取り出す。片方のモンスターボールはミミロップがメガシンカした時と
同じ光を放っていた。その中から現れたのは――

「現れ出でよ、霊界への案内者、ヨノワール!そしてシンカせよ、全てを引き裂く戦慄のヒトガタ……メガジュ
ペッタ!」

「この姿は……」
「……」

 現れた二体のポケモンの姿は、間違いなくシリアの手持ち――がさらに進化した姿だった。そして同時に、
サファイアのカゲボウズとルビーのヨマワルの最終進化形態でもある。

「ふふふふ……とうとう出てきましたね、メガシンカ!そいつを倒し、私はあなたに完全勝利してみせます!
いきますよ!
「ええ……本当の勝負は、ここからです」

 二人の勝負は、ヒートアップする観客とともにさらに激化していく。

 そのバトルを見ながら、ルビーはやはり思考を巡らせていた。

(用意が良すぎる……やはり、あなたは信用できない)


(あなたはいつも周到すぎて、そして回りくどいんですよ――兄上)

ネビリムとシリア、そして彼らのポケモンたちが睨み合う。先に指示を出したのはネビリムだった。

「エルレイド、インファイト!ミミロップ、手助け!」

 エルレイドが先行し、ミミロップが並走する。今『きもったま』を有しているのはエルレイドなのでそちら
を活かす戦術だ。

「あなたのメガシンカ、沈めてみせますよ!」

 啖呵を切るネビリムに対し、シリアは静かに一言命じる。その様はやはりルビーに少し似ていた。

「ジュペッタ、鬼火」

 メガシンカしたジュペッタの口のチャックが開かれ、口から赤いものが吐き出される――そう見えた次の瞬
間。エルレイドの体は鬼火の炎に包まれていた。

「な!?」
「レェイ!?」

 ネビリムが驚き、エルレイドがもがき苦しむ。そして、苦しみながらも前へ進もうとするエルレイドの前に
サマヨールの進化系たるヨノワールが立ちはだかった。

「いけない、下がりなさいエルレイド!」
「シャドーパンチだ、ヨノワール!」

 ネビリムの指示は間に合わず、ヨノワールの拳がもろにエルレイドに入る。地面を抉りながらエルレイドの
体が後ろに下がった。

「インファイトは強力な技ですが、使用後に自身の防御力を下げてしまうデメリットも持ちます。……もう下
がらせた方がいいのではありませんか?私のヨノワールのパンチは、進化前のそれより遥かに重いですよ。」

 エルレイドは立っているだけでもやっとのようで、それがシリアの言葉の正しさを証明している。だがネビ
リムは従わなかった。

「……エルレイド、スキルスワップ!」

 エルレイドとミミロップの体が淡く光る。これで特性は元に戻った。役目を終えたエルレイドが火傷のダメ
ージで倒れる。

「メガシンカすることで素早さをアップさせてきましたか……ならばこの子でどうです。いきなさい、エテボ
ース!」

 二本の尾を持ったひょうきんそうな顔をしたポケモン、エテボースが出てくる。そして指示を聞く前にジュ
ペッタに向かって走り出した。

「ミミロップ、ヨノワールにピヨピヨパンチ!エテボース、ジュペッタにアクロバット!」
「ヨノワール、雷パンチ!」

ミミロップの拳とヨノワールの拳がぶつかり合う。威力はほぼ互角でダメージは入らないが……ミミロップの体
の動きが鈍く、ヨノワールの体がふらふらとし始める。お互いの拳の効果で麻痺と、混乱状態になったのだ。痛
み分けではあるが、問題ないとネビリムは考えた。

(其方は予想通り……エテボースには飛行タイプの技での攻撃時に威力を高める代わりに消滅する飛行のジュ
エルを持たせてあります。さらに特性はアクロバットのような本来の威力が低い技の威力を高めるテクニシャン
。そしてアクロバットは持ち物がないとき、威力を大きく高める!また鬼火を食らおうが大した問題じゃありま
せん、この一撃を食らいなさい!)
 
舗装された地面を蹴り、ジムの壁を蹴り、縦横無尽に駆けながらもジュペッタに近づいたエテボースの飛行の
ジュエルが効果を発揮するために空色に光る。が――

「はたきおとす」

 またしても一瞬だった。羽虫でも叩くかのように動いたジュペッタの紫色の爪にエテボースは体ごと地面に
叩きつけられ、飛行のジュエルは効果を発動することなく砕け散る。しかも。

「わ、私のエテボースが……一撃で戦闘不能に!?」
「ええそうです。……さて、これでお互い4VS4ですね?」
「う、うるさいですよ!」

 今度こそ動揺を隠せないネビリム。とにかくモンスターボールにエテボースを戻し、次のポケモンを何にす
べきか考える。

(エテボースを一撃で倒したジュペッタ、そしてメガシンカしたミミロップと互角に打ち合うヨノワールあの二
匹とも恐ろしく攻撃力が高い……それなら、この子たちでいくしかありません!)
「ミミロップも一旦下がって!出番です、ムクホーク、そしてサーナイト!」
「ホォォォォォォォク!!」

 猛禽類を思わせるフォルムのムクホークと、花嫁のような可愛らしい姿のサーナイトが現れる。そしてミク
ホークは出てきた瞬間ジュペッタとヨノワールを大きく鳴いて威嚇した。

「ほう……攻撃力を下げるつもりですか」
「ええ、ですがまだ終わりませんよ!サーナイト、スキルスワップです!」

 サーナイトとムクホークの特性が入れ替わる。サーナイトの特性が威嚇になったことで、サーナイトもまた
鳴き声を発した。だがそれはムクホークとは違う。まるで天使の歌声のようで、聞く者の心を穏やかにすること
で攻撃力を下げるものだ。仮にシリアがポケモンをチェンジしたとしても、もう一度スキルスワップを使えばま
た攻撃力を下げられる。

「出た!ネビリムちゃんの天使の歌声コンボだ!」
「これでチャンピオンのポケモンは骨抜きだぜ!」

 素晴らしい歌声に観客のテンションもあがる。シリアはむしろ満足そうに頷いた。

「いいですね、そうこなくては。それでは私も、混乱し攻撃力を下げられてしまったヨノワールの代わりに、
ニューフェイスを登場させましょう!」

おお、と観客がどよめく。ヨノワールをボールに戻し、現れるのは。

「出でよ、勝利を約束する王者の剣!ギルガルド!」

剣と盾を組み合わせたような、どこか気品ある風格を放つポケモン、ギルガルド。ホウエン地方以外のポケモ
ンだ。

「すげー!見たことないポケモンだ!」
「いけいけシリア―!」

「そのポケモンも私の強可愛いポケモンたちの鳴き声の餌食にしてあげますよ!サーナイト、スキルスワップ
!」

 またしても特性が入れ替わり、今度はムクホークが鳴き声で威嚇する。

「さて、準備も出来たところで……喰らいなさい。ブレイブバードにムーンフォース!」

 ムクホークが弾丸のように突撃し、サーナイトが月光を具現化したように天から光線を放つ。それをシリア
は応じて。

「キングシールド、影分身!」

 ギルガルドが盾を前に構えてミクホークの突進を防ぎ、一瞬のうちに分身したジュペッタが光線を躱す。

「ならばジュペッタに燕返しです!避けられませんよ!」
「ジュペッタ、はたきおとすで迎え撃ちなさい」
「今のあなたの攻撃力でそれが出来るとお思いですか!?」

 そう、度重なるネビリムのポケモンによる威嚇により、ジュペッタの攻撃力は相当に下げられている。さす
がのメガシンカといえど分が悪いように思えたが――二匹の激突は互角に打ち合い、ムクホークの体を大きく退
かせた。

「ホォォォ!?」
「なんですって!」

「……先ほどの技はただ相手の攻撃を防ぐ技ではありません。キングシールドに触れた相手はあなたの威嚇と
同じように、その攻撃力をダウンさせる効果を持ちます。これが王の威厳を持つ盾の力です」
 ネビリムが驚き、観客も驚く中で朗々と説明するシリア。手の内を明かすことを何とも思っていない。

「そして次は、王者の威光を示す剣の力をお見せしましょう!ギルガルド、シャドークロー!」
「く……サーナイト、サイコキネシス!ムクホークも援護を……」

 ギルガルドの剣が暗く輝き、サーナイトに迫る。それをサーナイトはサイコキネシスで圧しとどめようとす
るが、攻撃体勢に入ったギルガルドの剣は止まらない。ムクホークも、ジュペッタに援護に向かおうとした一瞬
のスキを突かれ不意打ちやはたきおとすを叩き込まれ動けなかった。

そして剣の間合いに入った瞬間――闇の剣が振り下ろされ、サーナイトに大ダメージを与えた。攻撃力が少し下
がっていることなどお構いなしの一撃だった。

(このポケモンたち、攻撃力も防御力も高すぎる!これが、チャンピオンの本気の力……?)

 3年前に戦った時は、あくまでノーマルとゴーストという相性の差が敗因になったと思っていた。だがきもっ
たまというゴースト相手に有利な特性をひっさげ、さらに攻撃力の対策をしてもなお、チャンピオンには届かな
いというのだろうか。悪夢のような現実にめまいがするネビリム。

(でも私は……二度と負けるわけにはいかないんですよ!)

 ネビリムの強い思いに呼応するように、ネビリムのメガストーンが光る。そして――ふらふらになったサー
ナイトの胸の赤いプレートも、同じように光輝いた。

「これは……まさか?」
「−−−−」

 サーナイトがテレパシーでネビリムに意思を伝えてくる。自分もミミロップと同じように新たな力を得たい
、あなたの力になりたいと。

「わかりました。あのにっくきチャンピオンに目にもの見せてやりましょう!行きますよサーナイト!」

「この輝き……二体目のメガシンカですか?そんなことは不可能のはずですが」
 怪訝そうに言うシリアだが、そんなことはネビリムの知ったことではなかった。メガシンカのエネルギーを
高めるごとに、自分の心が吸い取られるような感覚がしたが、無視する。
「さらなるシンカを遂げなさい!その美しさは花嫁が嫉妬し……くっ、その可愛さは私に並ぶ!これが博士の
くれたもう一つの力!メガサーナイト!!」

 メガシンカの光に包まれ、現れたサーナイトの姿は、まるでウエディングドレスでも来ているような姿とな
った。その神秘性と美しさは、確かに見るものを嫉妬させるのかもしれない。

「す、すげえええええ!一度のバトルで二体目のメガシンカなんて見たことねえ!」
「こいつは前代未聞だぜ!」
「か、かわいい……」
「ふつくしい……」

「……これは驚きましたね。ですがそんなフラフラの体では……ネビリムさん。あなた自身もですよ?」

 本来、一度のバトルで行えるメガシンカは一体だけだ。それはメガシンカがポケモンとトレーナーの心の絆
……いわば精神のエネルギーを利用しており、短時間の間に複数のメガシンカを行うことは、危険、または不可
能だとされているからだ。事実としてネビリムは立っているのもやっとの様だった。

「あなたを倒した後で、ゆっくり休ませてもらいますよ。それより今は……バトルです!メガサーナイト、ギ
ルガルドにハイパーボイス!」
「ここにきてノーマルタイプの技を……?」

 ギルガルドもゴーストタイプであり、ノーマルタイプの技は効かない。故に一瞬反応が遅れた。そしてそれ
は過ちだった。サーナイトのハイパーボイスはギルガルドを凄まじい音波で持って吹き飛ばし、ジムの壁に叩き
つける!

「……エクセレント。メガサーナイトの特性はフェアリースキンですか。よくよくあなたはノーマルタイプ使
いとして選ばれていますよ」

 フェアリースキンはノーマルタイプの技をフェアリータイプに変えたうえで威力を高める特性だ。故にギル
ガルドにも大きなダメージを与えたというわけである。戦闘不能になったギルガルドをボールに戻しつつも、シ
リアのジュペッタは動いていた

「ですがそこまでです。ジュペッタ、ナイトヘッド!」

 ジュペッタが幻影を魅せ、既にフラフラだったサーナイトを戦闘不能にする。いくらメガシンカといえど、
幻影による一定のダメージからは逃れられない。

「ありがとう……サーナイト」
 瀕死寸前からシリアのポケモンを倒す活躍をしたサーナイトを褒め、ネビリムはボールにしまう。
「さて……残るは後2体ですね。まだやりますか?」
「……当然ですよ。出てきなさい、ミミロップ」

 メガシンカ形態のミミロップが再び姿を現す。そしてネビリムはこう口にした。

「チャンピオン・シリア。提案があります」
「聞きましょう?」
「この勝負――私のメガミミロップとあなたのメガジュペッタ、一対一の勝負で決着をつけませんか?」
「ほう……」

 現状、ネビリムの残りは後2体でシリアの残りは3体。しかもミミロップは麻痺している。状況は明らかに不
利――よって、ネビリムはこのショーという状況を逆に利用した。

(これがもしメガストーンをかけた戦いだと知れていれば当然呑まれないでしょうが、観客がいる状態で否定
すればチャンピオンとしての器を下げることになる。さあどうしますシリア……)
固唾を飲んで反応を待つネビリム。数秒の沈黙の後――シリアは笑顔で答えた。

「いいでしょう、その勝負、乗って差し上げましょう!」

「いいぞいいぞー!」
「さすがシリア、エンターテイメントってやつをわかってるぜ!」

「ふ……後悔しても知りませんよ」
「大丈夫ですよ、勝ちますからね」
「ならば……いきますよ!ミミロップ!」

 これが実質最後の勝負。ミミロップは今『きもったま』を有している。ならばこれしかない。

「とびさざげり!!」
「スキルスワップだ!」
「!!」

 ミミロップが助走をつけてジュペッタにとびひざ蹴りを放つ。そしてジュペッタは――今まで何度もネビリ
ムが使った技。スキルスワップを発動した。ジュペッタとミミロップの特性が入れ替わる。つまり――

「そんな……」

 ミミロップのとびひざ蹴りはジュペッタの体をすり抜ける。『きもったま』を持たなければノーマルタイプ
の技はゴーストタイプに当てられない。そしてとびひざ蹴りは、外れた時大きな反動を受けるデメリットを持つ
。その蹴りは思い切り地面にぶつかり、ミミロップを倒れさせた。

「決まった!シリアの勝ちだ!」
「すごいよ、あれだけスキルスワップを使った相手にスキルスワップでとどめを刺すなんて!」

 観客の歓声に手を振って応え、ネビリムに歩み寄るシリア。そして振る手を、そっとネビリムに差し伸べた


「素晴らしいバトルでしたネビリムさん。さ、ポケモンセンターに行きましょうか。お話ししたいこともあり
ますしね」

 これはショーであってショーではない。シリアをしては彼女を通じてあの博士のことをいろいろ聞くつもり
なのだろう。ネビリムはその手を払いのけた。

「……覚えてなさい!今回は私の負けですが……次会うときは、あなたなんかけちょんけちょんにしてやるん
ですからねー!!」

 瞳に涙をためて、走り去るネビリム。シリアは特にそれを追わなかった。

「追わなくていいのか、シリア?」
 ……ようやくシリアに話しかける余裕が出来たサファイアはシリアにそう聞く。
「ま、あの様子なら近いうちにまた仕掛けてくるでしょう。今は彼女に手荒なことは出来ませんし、ね」
 あくまでこの場はこれで収める気の様だった。観客の方に一礼する。

「さあ、ネビリムさんは先に行ってしまいましたので私が代わりにご挨拶を。本日は足を止めてくださり誠に
ありがとございました。これからジムリーダーや私がどこかしらでバトルを行うかもしれませんが、その時もま
たよろしくお願いします」

 今後またどこかでメガストーンを持つトレーナーを襲いにあいつらはやってくるかもしれないので、その時
にパニックにならないための措置だろう。観客たちはいいものが見れた、と口々に言いながらその場を後にして
いった。




「さて……これで今度こそお別れですかね」
 観客たちが散っていき、またサファイアとルビー、そしてシリアだけになったころ。再びオオスバメに乗っ
たシリアにルビーが問いかける。

「兄上。あなたは……何を考えているんですか?」
「おや、どういう意味でしょう」
「あなたが観衆に対してショーだといった時、普通ならもう少し疑問に思う声が上がってもいいはずだ。なの
に実際に上がった大きな声はあなたの言葉を鵜呑みにするものばかり……本当は、何か仕組んでいたんじゃない
んですか」
 ルビーの疑問はまだある。それはあのバトルそのものの事。
「最後のスキルスワップだってそうです。あんな技を覚えさせているのなら、もっとさっさと使っていれば相
手の戦略を大きく崩せたでしょう。なのにあなたはそれをせず、相手のやりたいようにバトルをさせた」
「……」
「もっと言うなら、あなたは呑み込みが早すぎたんですよ。サファイア君がテレビジャックのことを伝えてき
た時、ボクはともかくジムリーダーですら状況をすぐには飲み込めなかったのに、あなたはいち早く理解してい
た。……本当は、最初から知っていたんじゃないですか?」


「兄上、ボクにはあなたとあの博士たちがグルな気がしてならないんですよ」


 ルビーは沈痛な面持ちで疑問を兄にぶつける。それに対してシリアは肩をすくめた。


「……やれやれ、疑い深い妹君を持つと苦労しますよ」
「では違うと?」
「ええ。まあバトルのこと以外は否定する根拠もありませんが……大体そんなことをして私に何のメリットが
あるというんです?

妹君は、私がなぜチャンピオンを目指したか知っているでしょう。その私があんな博士に手を貸すと思います
か?」
「……それは」
 言い淀むルビー。兄妹の間でしか通じない会話にもやもやするサファイアだったが、そこに割って入るのは
気が引けた。後でシリアがそんなことするはずないと言っておこう……と決めておく。

「さて、妹君の疑問にも答えたところで、さようならです、サファイア君。妹君。今度会うときは、二人がよ
りトレーナーとして成長していることを祈りますよ」
「ああ……待っててくれよ、シリア!俺、絶対シリアのところまでたどり着いて見せるから!」
「ええ……それでは」

 シリアは幽雅に一礼し、その場を去っていった。そして二人きりになるサファイアとルビー。

「……なあ、ルビーとシリアって、仲良くないのか?」
「……まあ、いろいろあってね。さて、これからどうしようか。」

 はぐらかされるのはいつものこと。とりあえずカナズミでの一件は終わりを告げたようだった。次の行き先
は。
「ムロタウンに行きたいな。次のジムがそこだろ?」
 そう言うと、ルビーは馬鹿にした目でサファイアを見た。

「それはわかってるよ。それでどうやってそこまで行くんだい?まさか水着に着替えて泳いでいこうなんて言
うんじゃないだろうね」
「フェリーとかあるんじゃないのか?」
「ないよ」
「えっ」
「そんなものはない」

 普通なら水ポケモンに乗っていくんだけどね。ボク達にはその当てがないだろう?というルビー。そこへ。


「ああん!?もうチャンピオンいなくなってるじゃねーか!」


どこかで聞いた声。マッハ自転車を猛スピードで飛ばしサファイアを轢くギリギリで避けたその少年は。

「エメラルド!?」


  [No.1502] 呉越同舟 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/11(Mon) 20:27:07   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ふん……じゃあシリアの奴は普通に勝ったんだな。ま、そうでないと倒しがいもねーけど」

 サファイアからさっきまでの状況を聞いたサファイアは憮然とした表情でそう言った。自分もシリアとネビ
リムの戦いを見るつもりだったのがはっきりとわかる。

「で、お前らはこれからどうすんだ?聞いた話じゃ今からムロを目指すらしいが船のあてなんてねえだろ。ま
さか自力で泳いでいくなんて言わないよな?」
「……なんでルビーと同じこと言うんだよ」
「知るかよ。そのことだが、お前らがどうしてもっていうんなら船の手配をしてやらんこともないぜ。どうせ
俺様も一度はムロにいかなきゃいけねえし、一応お前らのポケモンを貰った借りもあることだしな?」
「えっ、いいのか?」

 正直。意外としか言えない申し出だった。勿論サファイアたちは被害を受けた側なのだから何らかの詫びは
あってもいいのだが、彼自身の口からその言葉が出るとは思わなかったからだ。

「なあルビー、お前はどう思う?」
「どう思うも何も、渡りに船とはまさにこのことじゃないか。よろしく頼むよ。……君、名前なんて言ったっ
け?」
「エメラルドだ、まあじゃあ決まりだな。さっそくパパに電話するからしばらく待ってろよ」

 そう言うとエメラルドは少し離れた場所で電話をかけ始めた。彼の猫なで声での会話も気になったが、それ
よりもサファイアとしてはエメラルドのあっけらかんとした態度に少し戸惑う。

「まあ何か裏というか、考えはあるだろうねえ。彼なりに。でもボク達に危害を加えるつもりではないだろう
さ」
「そうなのか?まあ今はムロタウンへの道が出来たってことでいっか」

 ルビーが特に警戒していないようだし、サファイアも身構えるのはやめにする。エメラルドには良い感情を
持っているとは言えないのは事実だが、こうして船を手配してくれるあたりいいところもあるやつじゃないか、
そう思うことにした。

「よし、今からトウカの森を抜けたところの海沿いに来るよう言ったから、俺たちも急ぐぞ!」
「ああわかった。……っておい自転車に追いつけるわけないだろ!?」
「さすがに勘弁してほしいね」
「ちっ、わーったよしゃあねえなあ。お前らに合わせて歩いてやるよ」

 カナズミシティを離れ、トウカの森を戻る一向。戻りは段差を軽く飛び降りれば早く戻れるのでそう時間は
かからない。……その道すがら、エメラルドは自分の完璧な機転に惚れ惚れしていた。

(サファイアもルビーもメガストーンを持ってる。ってことはこいつらもあの博士連中に狙われるってことだ
。つまり、一緒にいればあいつらがやってくる可能性はさらに上がるうえに

、もしやばくなってもこいつら囮にして逃げりゃあいい。さすが俺様。完璧な作戦だぜ……)
「どうしたんだい、変な顔して?」
「な、なんでもねえよ!」

内心で悪だくみをしていると、にやりとしたルビーに聞かれる。まるで君の考えなどお見通しだと言わんばか
りのような気がして少し寒気がした。

(いや、そんなわけねえ。つうかばれてたとしてもそこまで問題じゃねえ!)

 全く根拠のない自信をもって自分に言い聞かせていると、すぐにトウカの森は抜けることが出来た。すぐ近
くの海辺には、手配した通りの自家用フェリーが来ている。

「よし、ご苦労!じゃあムロと、後ついでにカイナシティまでよろしくな!」

 フェリーの運転手に気軽にそう言う。運転手にはもう何度も自分の我儘を聞いてもらっているので向こうも
慣れた調子ではいよと返してきて、その後。

「ところで坊ちゃん、後ろのお二人はお友達ですかい?」
「ん?ちげーよ。あいつらが船がなくて困ってたから助けてやったってだけさ」
「そうですかい。ついに坊ちゃんにもお友達が出来たと思ったんですがねえ」
「はっ、うるせーっつの。さっさと船出せよな」

 その様子を後ろで見ていたサファイアはこっそりルビーに耳打ちする。

(……なあ、あいつって友達いないのかな?)
(いるように見えるのかい?ついでに友達ならボクもいないよ)
(自慢げに言うなよ。っていうか、俺がいるじゃないか)
(……ああそうだね)

 何故か少し嫌そうに言う(少なくともサファイアにはそう見えた)ルビーに首を傾げる。やっぱりまだ友達
とは思われてないのだろうか?

「んじゃ行くぞ!デルタエメラルド号、発進だ!!」

 エメラルドの言葉と共に船が動き出す。快適な速度で船は進み、しばらく一行は船での移動を楽しんだ。

「……なんてよく言うけど、暇だなあ」
「たまにはゆっくりとした時間もいいんじゃないかな、歩くのは疲れるしね」

海の上の景色など、30分もすればすっかり飽きる。船室で二人で暇を持て余すことになったサファイアは、気
になっていることをこの際ルビーに聞くことにした。シリアのことだ。

「……なあ、なんでルビーは、シリアのことあんなに疑ったんだ?やっぱり仲が良くないのか?
ルビーはああいったけど、シリアはきっとバトルを盛り上げるためにあえてスキルスワップを使わなかったんだ
。観衆のことだって、シリアなら自分のバトルをショーに見せるのは簡単さ。なんたって、チャンピオンだぜ?

ルビーとシリアに昔何があったのかは話さなくてもいい。でも今のシリアはチャンピオンとして凄いトレーナー
になったんだし……もっと、信じてもいいんじゃないか?」

これまでのルビーのシリアへの態度を見れば、何か昔あったことくらいはサファイアでも容易に想像がつく。で
もやっぱりサファイアとしては、二人に仲良くしてほしかった。自分に兄弟はいないけど、普通の兄妹ってそう
いう物だと思うし、ルビーもシリアもいい人だと思うからだ。

「……凄いトレーナー、か。確かにそうだね。ボクの兄上は、凄いトレーナーになった。実力も、態度も、ま
さにホウエン地方を代表するトレーナーさ。

だけどね、昔の兄上は……」

何か決定的な事実を語ろうとするルビー。思わずその口元に目線がいく。それに気づいて、ルビーはわざとら
しく首を振った。


「そんなに見つめないでくれるかな?なんだか照れてしまうよ」
「……はあ。良く言うよ、全然そんな事思ってないくせに」
「本当さ。時々忘れてるようだけど、ボクは君と同じ15歳の少女に過ぎないんだよ?」
「とにかく、シリアの事あんまり考えすぎるなよ。なんかシリアに問い詰めてたときのルビー……凄く辛そう
だったからさ。俺、ルビーのそういう顔してるのはあんまり見たくないっていうか……その」

なんといったらいいかわからなくなり、口ごもるサファイア。その時、上の方から自分たちを呼ぶ声がした。

「おーい!飯出来たぜー!!」

 少し鼻をひくつかせると、カレーのいい匂いがした。サファイアはごまかすように慌てて上へと出ていく。

「なんでもない。飯食いに行こうぜ!」

残されたルビーは、ゆっくりと階段を上がりながらこう呟いた。

「……やれやれ、ごまかしたのはボクの方だったんだけどねえ」



 船の上で食べるカレーはなかなか美味しそうに見えた。サファイアの後に遅れてルビーが到着すれば、3人で
手を合わせた後カレーを食べ始める。なんとなくさっきの会話からあまり食が進まないサファイアたちをよそに
、がつがつとカレーを食べるエメラルド。エメラルドがおかわりをよそおうとしたその時、船に何かがぶつかる
大きな音がした。衝撃で大きく船が揺れる。

「なんだ!?あいつらの襲撃か!?」
「あいつらって!?」
「決まってんだろ、あの博士どもさ!」

 目を輝かせて看板へ飛び出すエメラルド。それに着いていくサファイア。ルビーはそのまま船内から動かな
い。ただ、気分がよくなさそうに口元を抑えた。

「坊ちゃん大変です、ヘイガニの群れが突然船を襲いだして……私一人では対処できません!」

 運転手が困り顔でそう伝えてくる。エメラルドはむしろそれを歓迎するがごとく聞いて。

「わかった。じゃあここは俺様に任せとけ!サファイア、お前もついて来たきゃついてきてもいいぜ!」
「言われるまでもないさ!」

 エメラルドは歓喜する。これだ。自分が旅に出て求めていたのはこういうのだったのだ。快適な船や自転車
でただ街を移動してジム戦で勝つだけの安全な旅なんてつまらない。もっと刺激的で、ワクワクできる日々を求
めていたのだと実感する。

 その胸の高ぶりを思う存分声に出して、エメラルドはヘイガニたちを迎え撃つ。



「さあエメラルド・シュルテン様主役の、悪の組織をぶっ倒す英雄劇の幕開けだぜ!」
たくさんのヘイガニたちが船や看板にクラブハンマーを打ち込んでいるところに割って入るサファイアとエメラ
ルド。エメラルドは自分の持つモンスターボールを3つとも取り出し、高く天に放り投げて叫んだ。


「現れろ、俺様に仕える御三家達!」

 
 モンスターボールが開き、そこから光となってエメラルドの手持ちであるジュプトル、ワカシャモ、ヌマク
ローがポーズを取りながら現れる。勿論エメラルドも自分で考えた決めポーズを取っていた。

(決まった……!)

 半ば自分の世界に入っているエメラルド。サファイアは早速カゲボウズやフワンテに祟り目や怪しい風を撃
たせてヘイガニと戦っている。だがヘイガニたちのレベルもそれなりに高いのか、簡単には倒せない。

「こいつら、野生のポケモンじゃない!?」
「へっ、やっぱり俺様の予想通りってわけか!」

ヘイガニたちもサファイアを敵と認識したのか、クラブハンマーで攻撃してくる。

「くそっ、影分身に小さくなる!」

 それぞれの回避技でクラブハンマーを躱すがそれでは問題は解決しない。残るヘイガニたちは変わらず船へ
の破壊行動を続けている。

「前座ご苦労、それじゃあ俺様のターンだぜ!まずはジュプトル、タネマシンガン!」

 ジュプトルの口から広範囲に無数の弾丸が打ち出され、ヘイガニたちの体を打ち付けていく。弱点を突かれ
、ヘイガニたちの動きが止まった。

「続いてワカシャモ、にど蹴り!」

 その隙をついてワカシャモが一気に間合いをつめ、一度目の蹴りでヘイガニ一匹を宙にあげ、二度目の蹴り
で遠くへ吹っ飛ばす。

「そしてヌマクロー、マッドショットだ!」

 最後にヌマクローが残りのヘイガニに泥を浴びせて動きを鈍くする。

「ヘーイ!」

ヘイガニもエメラルドを脅威とみなしてクラブハンマーを仕掛けてくる。

「リーフブレード、二度蹴り、グロウパンチ!」

 それに対して、エメラルドはさらなる攻撃を仕掛けた。サファイアのように変化技で幻惑してから攻撃する
のではなく、攻撃するときは攻撃、防御の時も攻撃。とにかく攻めるフルアタッカーの性質がここでは活きる。
さらに。

「おっせえ!」

エメラルド自身もヘイガニたちの間合いに入って、鋭い蹴りを浴びせる。ポケモン相手なのでダメージにはあま
りなっていないが、素人のそれではなかった。ヘイガニがひるみ、その隙にマッドショットがヘイガニを吹き飛
ばす。

「無茶するなぁ……」
「へっ、この胴着は伊達じゃねえんだよ!お前もぼさっとしてんな!」
「わかってるよ!祟り目!」

 エメラルドの畳みかけるような攻撃を中心として、ヘイガニたちを撃退していく。10分ほどの戦闘を経て、
ヘイガニたちは全員戦闘不能になった。

「さぁてと、雑魚戦はもう終わりか?それともまだいんのか?」

 エメラルドが周りを見渡した時、船の進行方向から巨大な海坊主が出るかのように海面が盛り上がる。そし
て現れたのは――巨大なドククラゲだった。下手をすれば、一匹で船を沈めてしまいかねない大きさだ。

「よ〜し、こうでなくっちゃな!」
「マジかよ……」

 ドククラゲがその触手で船に絡みつこうとする。エメラルドの行動はやはり攻撃だ。

「させっかよ、火炎放射、マッドショット!」
「カゲボウズ、鬼火だ!」

 炎と泥が触手をはじき、さらにドククラゲの体に鬼火を浴びせる。ルビーから教わった、巨大な奴を相手に
するときのサファイアの作戦だ。

「一気に沈めてやるよ、ソーラービーム!」

 力をためていたジュプトルが、天から太陽の光線を迸らせる。それがドククラゲに直撃したかに思えたが―


「効いてねえ!?」
「『バリアー』で防がれたんだ!」

 よく見ると、ドククラゲの体の表面を薄い膜が覆っている。それでエメラルドの攻撃を防いだのだ。さらな
る触手が船に襲い掛かり、船が大きく揺れる。

「くそっ、急いでなんとかしないとまずいぜ!」
「わかってら!こんな時のための必殺技を見せてやるぜ、お前も合わせろ!」
「どうやって!?」
「俺様がドバーンとやるからそれに合わせてお前の最大火力をぶつけろ、ないよりましだ!」
「わかった、祟り目!」

 相手を状態異常にしてからの祟り目のコンボを浴びせる。それでも大したダメージにはなっていないようだ
。こうなった以上、残された手はエメラルドの必殺技とやらにかけるしかない。

「いくぜぇ、ワカシャモ、火炎放射だ!」

 エメラルドが上を指さし、ワカシャモが天に向けて火炎放射を放つ。どこまでも伸びた業炎は、雲を散らし
太陽をさらに輝かせた。

「ジュプトル!」

 ジュプトルの体が太陽の光を受けて光輝いていく。溜めている間にもドククラゲの猛攻が船を襲う。サファ
イアの手持ちとヌマクローで応戦するが、いよいよ船が傾くんのではと思えたその時。


「……きたきたきたっー!!マックスパワーソーラービーム!!」


ジュプトルの体が眩しいくらいに輝き、天に向かってその光が吸い込まれる。そして―――先ほどとは比べ物に
ならないくらいの光が、天から無数に降り注いでドククラゲの体を、触手全てを焼いた。サファイアも合わせて
祟り目を打つが、はっきり言って比べ物にならないくらいの威力差だった。ドククラゲの体が、沈んでいく。

「ふっ……ま、ざっとこんなもんよ!俺様に挑むのは100年早いぜ!」
「……もう敵はいないみたいだな。船長さん!船は大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかね……坊ちゃんもそのお友達も、ありがとうございます」
「だから、友達じゃねえっつってんだろ?それじゃ出発してくれ」

 かしこまりました、という苦笑の後船が発進する。サファイアたちもルビーのところに戻った。

「ルビー、大丈夫だったか?」
「……」

 サファイアが呼びかけるが、ルビーは答えない。青い顔をして俯いている。

「どうした?……もしかして、さっきの船の揺れで酔ったか?背中さすってやろうか?」
「…………いや、いいよ。まだまだ甘いもの以外はボクの体に合わないってことだね……ちょっと看板に出て
くるよ」
「わかった、一人じゃ辛いだろうから、肩貸してやるよ」

 どうやらルビーは慣れない船とカレーのせいで酔ってしまったらしい。提案するサファイアだが、それもル
ビーはいいといってふらふらと出ていってしまった。心配なのでついていこ

うかとするサファイアだが、エメラルドに止められる。

「お前、バカか。吐いてるところなんか好きな奴に見られたいわけないだろ。それくらい気づけっつーの!」
「好きって……ルビーと俺はそんなんじゃないよ」
「は?鈍いなあ、女が好きでもない男と一緒に二人旅なんかするかよ」
「ルビーは変わったやつなんだよ。現に、さっきも友達だろ?って言ったら嫌な顔されたんだぜ?」

 するとエメラルドはあきれ顔をした。手を顔に当ててダメだこいつ……と呟く。

「あー……なんかもういいや、お前が俺よりガキってことはわかった」
「なんでだよ?お前の方が年下だろ?多分」
「そういうことじゃねーよ」

 それでエメラルドは会話を打ち切ってしまった。しばらくするとルビーがさっきよりマシな顔で戻ってくる


「……そろそろムロに着くみたいだよ」
「そっか、もう大丈夫か?無理はするなよ」
「大丈夫だよ、チョコレートも補給したしね」
「よし、そんじゃムロでもひと暴れすっか!」

 船を降り、サファイアとエメラルドは船長さんにお礼を言ってからムロタウンを眺める。砂浜をそのまま町
にしたような小さな町だった。ジムもすぐそこに見えている。

「さーてと、んじゃ早速ジム戦に向かうとするか。ここはシケた町だし、長居してもいいことねーよ」
「いや、俺は石の洞窟ってところに行ってみたいな。すぐ近くにあるみたいだし」
「は?なんだってそんなとこ……」
「石の洞窟、だよ?そこに行けばメガストーンや進化に必要な石も落ちてるかもしれないね。手持ちの強化も
そろそろしておきたいし、ボクは賛成するよ」
「俺様はこんなところで手に入るポケモンに用はねーが、メガストーン集めはいいな。じゃあさっさと行こう
ぜ」
「ああ、地図によるとこっちの方にあるみたいだ。行こう!」

 ジャリジャリする砂浜の感触を楽しみながら(ルビーは若干嫌そうにしている)洞窟に向かう。そんなに大
きくはないであろうそれが見えてきた時、サファイアたちの前に一人の子供がやってきた。恐らく、洞窟から出
てきたのだろう。黒の肩にかかるくらいの髪で、横に狐面をつけている。白色の大きく袖が余った全体的にゆっ
たりとした服でまるで大きな一枚の布を纏っているかのよう。 瞳の色は、赤と青のオッドアイだった。

「ふああ……おはよう、お兄さんとお姉さん」

 あくびをした後かけられた言葉は、明確にサファイアとルビーに向けられていた。それが伝わってくるのが
不思議な感じがして、反応が遅れる。ルビーでさえ、少し固まっていた。エメラルドに至っては、ぼんやりして
反応すらない。まるで目の前の子供が意図的にそうしているかのようだった。

「えっ?あ、ああ。おはよう。君は?」
「僕はジャック。……うん、君たちも良い目をしてるね。原石の美しさを感じるよ」
「え?」
「なんでもない。お兄さんなら、今のチャンピオンのシリアだって超えられるような、そんな気がするってこ
と。頑張ってね」

 その言葉はまるですべてを見てきた仙人のようで、とても幼い子供のそれとは思えなかった。

「……よくわからないけど、ありがとう。俺、頑張るよ」

 サファイアがそう言うとジャックと名乗った子供はにっこり笑ってサファイアたちの進んできた方へと歩き
去る。姿が見えなくなったあと、エメラルドが口を開いた。

「なんだ、あのチビ。チャンピオンを超えるのはこの俺、エメラルド様だっての!」
「ああ、なんだったんだろう今の子は……ルビー?」
「……いやあ。不思議な子だったね」

 ルビーは何か考えているようだったが、それ以上何も言わなかった。気を取り直して石の洞窟の中へと入る
。洞窟の中は一本道で、迷う心配はなさそうだった。

「よし、それじゃあしばらく石やポケモンを探そう。それでいいよな?」
「ああ、ここのメガストーンすべて持ってくつもりでやるぜ」
「まるで墓荒らしだね。ボクはのんびりポケモンを探させてもらうよ」

 3人はお互い別の場所でそれぞれの物を探す。サファイアの目的はどちらかというとポケモン探しだ。

「確かここには、ヤミラミがいるって本で読んだことある気がするんだよな……っと、見つけたぜ!」

早速目当てのヤミラミを見つけ、カゲボウズを繰り出す。石の洞窟でのバトルが、今始まった――


  [No.1503] 紅玉の神秘 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/13(Wed) 19:55:22   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「……よっし!ヤミラミ、ゲットだぜ!」

 モンスターボールに収まったヤミラミを見て歓喜の声を上げるサファイア。なかなかボールに収まらずモン
スターボールが何個か無駄になったが、鬼火による火傷でじわじわ弱らせたのが功を奏したようだ。

「ルビーとエメラルドはどうしてるかな……」

 それぞれやりたいことを終えたら洞窟の一番奥まで行くことにしていた。奥に向かう途中で、エメラルドの
声が聞こえてきた。

「だっー!やってられっかよ!」
「どうしたんだ?」
「掘れども掘れどもメガストーンどころか進化に必要な石すら出て来やしねえ!くそっ、来るんじゃなかった
ぜこんなとこ……」

 見ればエメラルドの周りの壁面はあちこち掘り尽くしてぼろぼろになっている。石掘りに駆り出されたであ
ろう彼のポケモンたちがへとへとになっていた。散らばった土や石を見たところ、確かにそう目立つ石はなさそ
うだった。

「……まああれだよな。そんなこともあるって。気にすんなよ」
「うるせえっつーの!」

 ご機嫌ななめなエメラルドと共に洞窟の最奥部へと到着する。ルビーもポケモンをゲットしたのだろう。長
い黒髪をまとめて下ろしたような小さめのポケモンと一緒に、壁画を眺めているのが見えた。
 
(なんだ、これ……)

 ポケモンらしき巨大な生き物二体の暴れる様子が書かれた巨大な壁画。生き物の両腕には片方にはαのよう
な、片方にはωのような文様が浮かんでいる。それを見たサファイアはさっきの少年と相対した時と同じ、圧倒
されるような不思議な気分になった。

「はあ?なんだこりゃ?」

 エメラルドは特に何も感じていないらしい。サファイアもその声で我に返った。ルビーに近づいて、声をか
けてみる。

「おーい!ルビーは何捕まえたんだ?」
「……メg………………」
「?」

 ルビーは壁画に手を当てて何かを呟くばかりで、サファイアの呼びかけに応じる様子がない。

「ルビー、どうしたんだよ?」

 近づいて、ルビーの肩に手を触れる。その時だった。彼女の隣にいたポケモンの後ろ髪だと思っていた部分
がパックリと開いて、サファイアに迫る――

「え……」
「避けろバカ!!」

 エメラルドに蹴り飛ばされてなんとか噛みつきを避ける。さすがのサファイアも抗議した。

「お……おい、どうしたんだよルビー!捕まえたポケモンがまだ懐いてないのか?答えろって!」
「ゲンシカイキ…暴………メガ…ンカ……対抗……」

 ルビーが振り返る。だがその様子は明らかにいつもの彼女とは別物だった。紅い瞳が爛々と輝き、体はうっ
すらと青い光に包まれている。隣にいるポケモンも同様だった。

「ゲンシカイキの力……消滅させる!」

 ルビーがメガストーンを天に掲げると、隣のポケモン――クチートの身体がより激しく輝き、光の球体に包
まれていく。その光景には見覚えがあった。

「まさかこいつは……」
「メガシンカ!?」


「今目覚めよ。暴虐なる元始の力に抗う、反逆の二角!!」


 光の球体が割れ、中から現れたのは――身体が一回り大きくなり、その後ろ髪のような角を二つにした新た
なクチートの姿だった。

「ルビー……」

 その光景を、サファイアは驚愕もしたがどこか冷静に受け止めて始めていた。クチートのメガシンカよりも
、この状況には見覚えがあったからだ。だがそれがいつどこでの出来事だっ

たのかは、まだ思い出せない。

(でもどこかで、俺はこんな風にルビーと会ったことがある気がする。それは……)

 記憶を手繰り寄せようとする。だがそれは、目の前のルビーにとってあまりにも大きな隙だった。

「クチート、じゃれつく!」
「ぐああああっ!」

 二つの角がサファイアを蹂躙し、吹っ飛ばして壁に叩きつける。激痛で頭が朦朧とした。

「ちっ、だから避けろっつってるじゃねえか!現れろ、俺様に仕える御三家達!!」

 エメラルドが自分のポケモンを出してルビーに応戦しようとする。ルビーもメガクチートだけではなく、ロ
コンやヨマワルを繰り出していた。

 その光景をぼんやりと眺めながら、サファイアはようやく思い出す。

 
 そう、ルビーとの出会い。その記憶を――





それは、4年程前の事。両親と共におくりびやまに来たサファイアはとてもこの日を楽しみにしていた。なぜな
ら今日がサファイアにとって初めてポケモンを手にする日だからだ。おくりびやまを選んだ理由は言わずもがな
、新しくチャンピオンとなったシリアの虜になったからである。

「父さーん!母さーん!早くー!」

 墓場だらけのこの場所に似合わぬ元気な大声で、おくりびやまを上っていく。こらこら待ちなさいと親に止
められても、幼いサファイアは興奮しっぱなしだった。

「ねえ父さん、俺あのポケモンが欲しい!シリアのジュペッタの進化前なんだろ?」

 サファイアは一体のカゲボウズを指さす。シリアのバトルを見てからゴーストタイプのポケモンについて調
べたサファイアはカゲボウズがジュペッタの進化前であると知っていた。

「わかったわかった。じゃあ少し待っていなさい」
「うん!頑張って父さん!」
「では……頼むぞゲンガー」

 サファイアの父親はゲンガーを出してカゲボウズに手加減したシャドーボールを打たせる。カゲボウズがふ
らふらになったところで、サファイアの父親はモンスターボールを手渡した。

「さあサファイア。よーく狙ってボールをなげるんだ」
「うん……」

 渡されたボールとカゲボウズを交互に見る。自分で捕まえなければポケモンに持ち主として認められない。
それがわかっているからこそ、緊張するサファイア。

「……えいっ!」

 オーバースローで投げられたボールは、ギリギリ届いてカゲボウズに命中した。モンスターボールにカゲボ
ウズの体が吸い込まれ、揺れる。

「…………」

 固唾を飲んで見守るサファイア。その揺れは段々小さくなり――止まった。ゲット成功だ。

「……やったあ!やったよ父さん!」
「ああ、頑張ったなサファイア。それじゃあカゲボウズを回復させてあげよう」
「わかった!」

 早速ボールからカゲボウズを出し、いいきずぐすりで回復してやりつつ相棒となったポケモンに声をかける
サファイア。

「これからよろしくな……カゲボウズ」
「−−−−」

 ボールの効果と、回復してもらっていることもあってか、カゲボウズはサファイアにすり寄った。ひらひら
した布のような体が頬に当たる。

「あはは、くすぐったいな……よし、もういいかな」

 カゲボウズの体を見て、傷が治ったかどうかを確認すると、サファイアはさらに上へと歩き始めた。

「それじゃ父さん、俺カゲボウズと一緒にここを探検してくるよ!」
「ああ、あまり騒ぎすぎるなよ」
「わかった!行こうカゲボウズ!」

 カゲボウズと一緒に走っていくサファイア。しばらく先で、彼は一度忘れてしまう自分の運命の人と出会う
ことになる――




「……はあ、はあ。ここが頂上かな……?」
「−−」

 墓場だらけの塔を上ると、草の生い茂る山へと出た。見下ろせば、自分の乗ってきた車がはるか下に見える
。ちょっとだけぞっとしつつも、さらに山を登ると――そこには、一人の女の子がいた。紅白の巫女服に、髪を
後ろにまとめて結った自分と同じくらいの年の子が、魔法陣らしきものの中央で座っている。瞳を閉じているら
しく、サファイアに気付いた様子はない。

「おーい!そんなところで何してるんだー!?」
「!」

 単純に気になったサファイアは、女の子の――魔法陣の場所に近づく。その声で気づいたのだろう、女の子
は制止の声を上げた。

「ダメ!それ以上近づかないで」
「え……なんで?」
「いいから」
「……なあ、これなんなんだ?触ってもいいか?」

 突然のことに戸惑ったサファイアは、浮かれていたこともあって地面にかかれた魔法陣に手を触れてしまう
。――それが引き金となった。

「いやああああああああっ!!」

 女の子の悲鳴がして、その場の空気がびりびりと震える。サファイアも驚き尻餅をついた。何とか起き上が
ると――そこには、さっきまでとは打って変わった様子の、紅く目を輝かせたをした女の子がいた。

「ゲン……カ…キ!」
「えっ……?」
「……消えろっ!」

 少女はヨマワルを繰り出し、サファイアとカゲボウズに鬼火を放ってくる。咄嗟のことに避けられないサフ
ァイアを、何とカゲボウズがかばった。

「カゲボウズ!俺のために……?」

 瞳が赤く輝き、体からは紅いオーラのようなものを放つ少女の様子は明らかにただごとではない。サファイ
アは直観的に、自分が魔法陣を触ったせいだと悟った。
 そして――こんなとき、逃げないのがサファイアの持つ天性の特徴だ。

「よくわかんないけど、俺のせいだっていうんなら……俺が何とかする!頼むぞ、カゲボウズ!」
「−−−!」

 出会ったばかりのカゲボウズが、任せてくださいと言ってくれている気がした。サファイアにとって初めて
のポケモンバトルが幕を開ける。

「影打ち!」
「カゲボウズ、影打ちだ!」

 二匹の影が伸びて衝突する。完全に相殺しあい、どちらにもダメージは入らなかった。

「驚かす!」
「こっちも驚かすだ!」

 やはりお互いの背後を取って驚かそうとするが、同じゴーストタイプの進化前、同じ場所のポケモンという
ことがあって優劣がつかない。そして、こうしている間にも火傷のダメージでカゲボウズの体力は削られていく


(技や威力はほぼ同じ、なんとかシリアみたいな必殺の一撃を考えないと……)

 お互いに同じ技を繰り出しながらも、サファイアは自分の戦術を考える。そして――

「影打ち!」
「カゲボウズ、影分身だ!」

 サファイアは、あえて攻撃ではなく変化技を命じる。影打ちは命中してカゲボウズの体力がさらに削られた
が、それでもあきらめない。サファイアは自分の、カゲボウズは自分の主の作戦を信じる。

「ここからナイトヘッドだ!!」
「−−−−!!」
「ナイトヘッド!」

 影分身によって増えたカゲボウズの姿が一気に膨らんでいく。それはヨマワルのナイトヘッドを飲み込み、
恐怖に包み込み――一撃で戦闘不能にした。

「よっし!よくやったカゲボウズ!」

 出会ったばかりなのに自分のために頑張ってくれた相棒を褒める。ヨマワルが完全に倒れたかと思うと――
巫女服の少女もまた、意識を失って倒れた。サファイアは思わず駆け寄る。

「大丈夫か!?しっかりしてくれ……」

 自分のせいで大変なことになってしまったのでは、という焦燥が今頃になってわいてくる。しばらく傍にい
ると、少女は目を覚ました。瞳の輝きは消え、普通の状態に戻っている。

「……助けて、くれたの?」

 呟く少女に対して、サファイアは申し訳なさそうに答える。

「助けて……っていうか、たぶんああなったのが俺が変なことしたからだろ?ごめん……」
「ううん、いいんだよ。こうして助けて、傍にいてくれただけでも……ボクは嬉しい。それにきっと君が来て
も来なくても、ボクはああなってた」
「そうなのか?……っていうか、何してしたんだ、あれ?」
「交霊の儀式……といってわかるかな。昔の人を呼び寄せる練習をしてたんだ。だけどボクは、兄様の様な才
能がなくてね。なかなか上手くいかないんだ……」

 少女がうつむき加減に答える。その時、一人の大人の男がそばにやってきた。短めの黒髪の、宮司のような
恰好をしている。

「はいはい、一旦そこまでだよ。まったく、ちょっと目を離したすきにこうなるなんて……運命ってやつはせ
っかちだなあ」
「あんたは……?」
「……誰?」
「でももう少し、待っててほしいんだ。僕が本格的に動けるようになるまで」


 よくわからないことを言う男は少女も知らない人らしく、訝しげに見ている。そんな二人に構わず、男はサ
ーナイトを出した。

「だから一旦お休み。そしていずれまた会おう、美しい元始の原石たちよ――」

 サーナイトは二人に催眠術をかける。少女もサファイアも眠りに落ち……サファイアにとって、これは夢の
出来事となった――。




 そして、サファイアの意識は現実へ――ムロタウンの石の洞窟へと戻る。見ればルビーのキュウコンとメガ
クチート、そしてヨマワルに苦戦を強いられているエメラルドたちの姿が見えた。

(そうか……あの時の女の子が、ルビーだったんだ)

 今までどうして忘れていたのだろう。黒く結った髪の毛も、赤い瞳も、紛れもなくあの時から変わっていな
いのに。だけど今はそれを考えるよりも先にやるべきことがある。

(……なんでルビーが、またこうなったのかはわからない)

 まだ体の痛みは激しくサファイアを苛んでいる。それでもサファイアはこっそり周りを探り、そして目的の
物を見つける。それは当たり前のようにそこにあった。彼女がクチートのメガストーンを手にしているように。



(だけど、ルビーはあの時、傍にいてくれてうれしかったって言ってた。だったら何度だって……俺はルビー
を助けて傍に居続ける!!)



「ルビッー!!」
「!」

 ルビーの赤く爛々と輝く瞳が、サファイアを見る。その目に屈さず、サファイアは堂々と言った。

「今からお前を元に戻してやる……あの時と同じ、シリアから学んだ俺のポケモンバトルを魅せてやる!!

応えてくれ、俺のポケモンたち!!」

 モンスターボールを取り出し、自分のポケモンを出す。フワンテ、ヤミラミ……そして、カゲボウズ。


「そしてシンカせよ!その輝く鉱石で、俺の大事な人を守れ、メガヤミラミ!!」


 ヤミラミの体が光に包まれ、胸の鉱石が巨大化して盾のようになる。進化したその力を、サファイアはあく
までルビーを守るために使うと宣言した。


「さあ……行くぞルビー!」
「しぶといゲンシカイキめ……滅してくれる!」


お互いの想いを込めて、二人はぶつかり合う――


――時を少し遡り、サファイアが過去の記憶を取り戻しているころ。

「ちっ、くそったれが……!マッドショット!」
「ヨマワル、防御を」

 ヌマクローが泥を波状に打ちだすのを、ヨマワルが緑色の防御壁を出して防ぐ。さっきからずっとこの調子
だった。ルビー……いや、その体を借りた何者かは最初にエメラルドのポケモンたちに鬼火を当てたあとほとん
ど攻撃せず、防御に徹している。
 
「ワカシャモ、そんなチビさっさと片付けちまえ!」
 
 ジュプトルは既にメガシンカしたクチートに倒された。ヌマクローも火傷のダメージが危うい。比較的無事
なのはワカシャモだけだったが、ワカシャモの蹴りもロコンの影分身によって躱され続け、空を切る蹴りが地道
に体力を消耗させていく。しかも、今はジュプトルを倒したクチートがワカシャモに噛みつこうと狙っていた。
 
「噛み砕く」
「躱して火炎放射をぶち込め!」
 
 だがエメラルドも無抵抗にやられる性質ではない。ぎりぎりで噛みつきを躱し、千載一隅のチャンスとばか
りに火炎放射を撃たせる。そもそもこの状況になったこと自体、ルビーがエメラルドより圧倒的に強い、という
わけではなく地の利がエメラルドになさすぎるのだ。
 
 エメラルドの戦術は火炎放射、ソーラービーム、地震、波乗りといった広範囲かつ高威力の技で敵を圧倒す
ることだ。だがこの洞窟という地形はそれを邪魔する。地震など起こそうものなら洞窟が崩れかねず、日が差さ
ないためソーラービームも打てない。波乗りを打てばルビーやサファイアのことはともかく水が自分自身を溺れ
させかねない。
 
 よってまともに打てる大技は火炎放射のみ、後はエメラルドにしてみれば小技の類だ。残る唯一の大技でメ
ガシンカを仕留めようとするが――
 
「ロコン」
「ちっ、またかよ!」
 
 ロコンが分身の中から飛び出てクチートとワカシャモの間に入り込み、火炎放射を受け止める。しかしロコ
ンはその体を焼き焦がさない。ロコンの特性『もらい火』が炎技を無効にして、特攻をアップさせる。チャンス
をつぶされ、さらに。ルビーがある石を掲げたのを見てエメラルドは絶句する。
 
「炎熱纏いし鉱石よ、我が僕に力を!」
 
 それは炎の石。それはロコンの体を赤い光で包み込み――6本の尾を9本に増やし、その体を金色に進化さ
せる。
 
「マジかよ……」
 
 鬼火で体力を削られ続けたヌマクローも倒れる。これで3対1、しかも相手はメガシンカと進化系がいる。
自信家のエメラルドといえど、この状況には危機感を感じざるを得なかった――――その時。
 
「ルビッー!!」
「!」
 
 起き上がったサファイアがルビーを呼ぶ。そこからのやり取りをしばらく黙って思考を巡らせながら見てい
るエメラルド。
 
「やっと起きやがったかサファイア!俺はポケモンが弱ったから助けを呼んでくる。それまで何とか持ちこた
えろ!」
「ああ、頼んだぜ!」
「させない。キュウコン、炎の渦」
「フワンテ、風起こし!」
 
 退避しようとしたエメラルドを逃がすまいとした炎を、風が舞い吹きはらう。その間をエメラルドとワカシ
ャモは駆け抜ける。
 
 助けを呼ぶのは嘘ではないが、まず自分が安全なところまで逃れるために――
 
 
 
「さあ……ここから、楽しいバトルのスタートだ」
「楽しい?……ふざけるな」
「ふざけてなんかいないさ。今から俺はこのバトルを見てるルビーを楽しませてみせる。それでルビーを取り
戻す。あの時と同じように」
「……噛み砕け、メガクチート!」
「見切りだ、メガヤミラミ!」
 
 サファイアの態度にしびれを切らしたのか、無視して指示を下すルビー。その二角による噛みつきを、メガ
ヤミラミの宝石の大盾が防ぐ。
 
「キュウコン、ヨマワル、鬼火。」
「この瞬間、メガヤミラミの特性発動!」

 キュウコンとヨマワルの周りから、人魂が揺らめいてメガヤミラミに放たれる。それを待ってましたとばか
りに、楽しそうにサファイアは言う。
 
「私のメガヤミラミは相手の変化技を無効にして、更にその技を反射します。マジックミラー!」
「何!?」
 
 ルビーは驚く。反射された鬼火は的確にメガクチートとヨマワルを狙い、命中した。
 
「これにより、ヨマワル、そして強力な攻撃力を持つメガクチートの攻撃力はダウンです。そして今度は私の
番!カゲボウズ、フワンテ祟り目!相手が状態異常になっていることで、こちらの威力は2倍になります」
「く……!」
 
 Vサインをしながらサファイアは指示を出し、闇のエネルギーが状態異常になっている二匹に対して力を増し
て放たれる。ヨマワル、メガクチートはまともに受けて吹っ飛ばされた。特にヨマワルは消耗が大きく。今にも
地面に転がりそうな低さで浮かぶのがやっとの様だった。
 
「小賢しい……キュウコン、火炎放射!」
「影分身だ、カゲボウズ!」
 
 キュウコンの尾から放たれる9本の業火。だが炎は強い光と共にその影も色濃く映す。それを見てサファイ
アとカゲボウズは口の端を釣り上げた。強くなった影が全てカゲボウズの分身と化し、全ての業火が空を切る。
そのバトルを見て語るものがいるなら、シリアのバトルをイメージするものがいるかもしれない。
 
「そして魅せます私たちの必殺技!影分身からのナイトヘッド――その名も影法師!」
「またその技か……!」
 
 苦々しげに顔をゆがめるルビー。それでもサファイアとカゲボウズは本当のルビーは楽しんでくれていると
信じて笑顔で、優雅に、幽玄に技を放った。キュウコンを巨大な影法師がいくつも包み込み――本来のナイトヘ
ッドの何倍ものダメージを与える。
 
「……まだだ。キュウコン、鬼火」
「倒しきれませんでしたか……なら『驚かす』!」
 
 鬼火がカゲボウズに命中し火傷を負うが、『驚かす』がキュウコンにわずかなダメージを与える。だがそれ
で十分だった。もともとほんの少しの体力しか残っていなかったキュウコンが倒れる。
 
「そして甘いぞ、メガクチート、今度こそヤミラミを噛み砕け!」
「しまった!メガヤミラミ、影打ち!」
「先制技か、だが――」

 メガクチートがメガヤミラミの背後から巨大な顎のような角で襲い掛かる。メガヤミラミは振り返らずに、
影だけで迎え撃ち――結果は。
 
「相討ちか……」
「……ありがとう。メガヤミラミ」
 
 メガヤミラミをモンスターボールに戻す。一方ルビーに憑りついた何者かは役立たずめと言わんばかりにク
チートを見下げた。
  
「ヨマワル、痛み分けだ」
「……っ、フワンテ、小さくなる!」
「無駄だ」
「何!?」
 
 痛み分けは攻撃技の類ではなく、小さくなっても回避は出来ない。よってお互いの体力が分かち合われる―
―つまり、体力の少ないヨマワルが一方的に回復し、フワンテは体力を吸い取られる。
 
「……フワンテ、もういい。下がってくれ。後は、俺とカゲボウズ――いや」
 
 キュウコンを倒したことでカゲボウズの体が光り輝く。また、それはルビーのヨマワルも同じようだった。
奇しくもあの時と同じ――いや、あの時より少し成長した姿で、二人は対峙する。
 
「俺とジュペッタに、任せてくれ!」
 
 ジュペッタになったカゲボウズと、サマヨールになったヨマワルがにらみ合う。お互いに火傷を負っていて
。あまり時間をかけている余裕はない。求められるのは、必殺の一撃のみ。ならば――
 
「ジュペッタ、ナイトヘッド!」
「サマヨール、守る!」
 
 ジュペッタの体が巨大化し、サマヨールにダメージを与えようとしているとルビーは判断して一旦守りに入
ろうとする。だがそれは間違いだった。このナイトヘッドは攻撃のための技ではない。
 
「行くぜ、これが俺たちの新しい必殺技!ナイトヘッドからのシャドークローだ!
 
――虚栄巨影きょえいきょえい!!」
 
 巨大化した影の巨大な爪が、サマヨールの体を引き裂く。それで二人の戦いに、勝負がつき――ルビーは気
を失った。
 
 
 

「……ルビー、ルビー!」
 
 自分を何度も揺さぶる声が聞こえて、ゆっくりとルビーは目を覚ます。ルビーはやれやれと苦笑した。
 
「……そんなに揺すらないでくれるかな。ボクのか細い体は折れてしまうよ」
「良かった!元に戻ったんだな……」
「……!」
 
 ぎゅっと抱きしめられて、さすがのルビーの頬が少し赤くなる。こほん、と小さく咳払いをしてルビーは言
った。
 
「……そんなに心配してくれたのかい?その気持ちは……うん、やっぱりあの時と同じさ。少しうれしいな。
それに……見てて楽しかったよ。君のポケモンバトルは。相変わらず敬語は似合わないけどね」
「そっか……俺もルビーがもとに戻って嬉しいよ。敬語は……うーん、やめた方がいいのかなあ」
「ボクはそう思うね。どうするかは君次第だけど。……さて」
「?」
 
 サファイアが首を傾げる。ちなみにまだ二人は超至近距離のままだ。
 
「君も思い出してくれたみたいだし、ボクも話す必要があるだろうと思ってね……だから、少しだけ離れてく
れないかい?さすがに話しづらいよ」
「ああそっか。ゴメン」
「いいんだよ。その気持ちは嬉しいんだから……じゃあまずボクのことから。思い出してくれた通り。ボクは
おくりび山の巫女という役割でね。昔からあのように巫女になるための訓練をしていたんだけど……ボクにはあ
まり才能……霊感と言ってもいいかな。それがなくてね。兄上の様にはなかなか上手くできなかった
。だから家族からも、冷たい目で見られていたんだ。その癖祭事や訓練以外のことは甘やかし放題だったけどね
。その結果ボクは偏食家なわけだ」
「……なんかそれって、悲しいな」
 
 サファイアの記憶する限り両親は自分のことを優しく育ててくれたと思う。家族に冷たくみられるというの
がどんな気持ちかは、サファイアには想像しきれないが、悲しいことだというのはわかった。
 
「次に兄様のことだ。こちらの方が君にとっては重要かな?」
「……そんなことないよ。俺、ルビーのこと知れてよかった。」
 
 くすり、とほほ笑むルビー。そして語りはじめた。
 
「兄様はおくりび山の宮司としての才能があって家族からも期待されていてね。15歳になるころにはもう完
璧に仕事をこなせるようになったんだけど……兄様は昔は結構荒っぽい性格でね。家族の期待の目も嫌っていた
んだろう。俺はチャンピオンになると言って家を飛び出してしまったんだ。
 
 そしてその結果。才能のないボクが代わりに仕事を教え込まれ、家族のボクに対する厳しさはますます強く
なった」
「じゃあ、ルビーも家を飛び出したのか?」
「いや、旅に出ること自体は家の後を継ぐための決まりみたいなものなんだよ。15歳になったら一度各地を巡
り、たくさんのポケモンと触れることも重要だと習わしにあってね。ボクは身体も弱いし正直言って憂鬱な旅だ
ったんだけど……君に出会えて、変わったんだ」
「そうだったのか……ごめんな、忘れてて」
「思い出した以上、もう気にすることはないよ。少しやきもきはしたけどね」
「そういえば……ルビーがシリアのことを疑ってたのも、それが理由なのか?昔は荒っぽかったって言ってた
けど」
 
 今のチャンピオンとしてのシリアしか知らないサファイアには少し信じがたくはあるが、ルビーがこんな嘘
をつくはずがない。事実として認め、聞く。
 
「そんなところだね。……はっきり言って昔の兄上はボクにも、いやむしろ、他の家族には宮司の跡取りとし
て接しなければいけない以上、ボクに一番きつくあたっていたから。だから正直、再開してあんな言葉を平然と
口にしている兄上が信じられなかった。……でももう、それはやめにするよ」
「えっ?」
「やっぱりボクには兄上を信用できない。だけど……君は兄上を信じているんだろう?兄上を信じる、君を信
じることにするさ。それがボクからの――今まで君に黙っていたことへの、誠意のつもりだよ」
「誠意なんてそんな……でも、ルビーとシリアが仲良くしてくれるなら、俺もそれが一番さ。……もう一つ聞
いていいか?」
「何かな?」
「あの時は魔法陣みたいなものに俺が触ったからだと思うけど……なんでここでルビーはまた何かに憑りつか
れたのかわかるか?」
 
 そのことか、と呟くとルビーは少し考えて。
 
「断言はできないけど……多分この壁画は、相当昔に書かれたものだ。そして書いた人間の強い意思が宿って
いる。その意思が……巫女としての能力を持つボクに憑りつき、乗っ取った。体を乗っ取られるなんてボクもま
だまだだね……」
「わかった。じゃあまた変なことにならないように、ここを離れよう。エメラルドも助けを呼んできてくれて
るはずだし……ん」
「彼のことはともかく……そうしようか」
 
 サファイアが差し出した手をルビーが取って、彼女は起き上がる。そして洞窟の外へと出ていった。これを
機に、二人の絆は強く深まることになる――


  [No.1505] 激昂のエメラルド 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/19(Tue) 16:47:58   29clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「……君たちの功夫、見せてもらった。ジムバッジを受け取ると良い」
「ありがとうございます!」

ルビーと洞窟を出た後エメラルドと合流し、3人でジムに挑戦する。結果は3人とも余裕を持って勝つことが出
来た。ルビーとサファイアに関しては先の戦いで進化とメガシンカを果たしたことが大きい。

「じゃ、この町に用はねえしさっさとカイナシティに行くとするか」
「……今度は何もないといいけど」
「……」

 船の上で気持ち悪くなったことを思い出したのか胸を抑えるルビー。それを見てサファイアは少し考えた後
、提案した。

「なあ、ぱっと行くのもいいけどここで少し飯食っていかないか?せっかくみんなでジム戦に勝ったんだしさ
。それの祝勝会って感じで」
「はあ?そんなの別にカイナシティついてからでいいじゃねえか。こんなしけた町で飯食ってもつまんねーよ


 難色を示すエメラルドだが、その時彼のお腹が鳴る音がする。ばつが悪そうな顔をするでもなく、いつも通
り偉そうに。

「……と言いたいところだが、さすがに腹減ったな。まあお前らがどうしてもっていうんならこの町で食って
やらんこともないぜ!」
「やれやれ、じゃあどうしてもと言わせてもらおうかな。ところでサファイア君。祝勝会というからには好き
なものを食べていいんだろう?」
「勿論さ。せっかくのお祝いなのに好きじゃないもの食べてもつまらないしな」

 ルビーはそれを聞くと機嫌がよくなったのか、あるいは自分に気を遣ったサファイアへの感謝の表れなのか
。サファイアの片腕をぎゅっと抱き寄せて笑んだ。

「……なんかお前ら距離近くなってね?」
「ん。まあ……ちょっとな」
「そうだね、ちょっとね」
「否定しねえのがムカつく。人が必死に助け呼んでやったのに合流した時にはいちゃつきやがって」
「それはほんとに感謝してるよ。ありがとう」

 エメラルドは自分のポケモンを回復させてからではあるが、ポケモンセンターの職員さんを連れてきてくれ
ていた。尤もサファイアは無事ルビーを助けたため結果的には無用となってしまったが。

そんなわけで3人は恐らくこの町唯一のお食事処に入り、各々好きなものを注文した。サファイアはハンバーグ
とオレンジジュース、ルビーの前にはパフェとアイスココア、エメラルドの前には担々麺とコーラが並ぶ。

「それじゃあムロタウンのジム戦の勝利を祝って……乾杯!」
「ふふ、乾杯」
「おう」

 3人でコップを合わせた後、それぞれのペースで食事を取り始める。特にルビーにとっては大好きな甘味を
気兼ねなく食べられるとあって、嬉しそうにスプーンでアイスの部分を掬ったりしている。

(……船の上や洞窟では色々苦しかっただろうし、せめてこれで少しでもルビーの気持ちが楽になってくれれば
いいんだけど)

 サファイアがこの祝勝会をやろうと言い出したのはそれが理由だ。とりあえずルビーの表情を見て安堵して
いると、担々麺をすすりつつエメラルドが話しかけてきた。

「そういやお前よ。カイナシティでポケモンコンテストに出るつもりはあんのか?知ってると思うがカイナシ
ティはジムはねえ、その気がないなら軽く市場を冷やかしてさっさとキンセツシティに向かいたいんだけどよ」
「ポケモンコンテストか……」

 サファイアの目指すのは人を惹き付けるポケモンバトルだ。そういう意味ではコンテストに通ずるものがあ
る。シリアもテレビで何度か出ていたことがあることもあって、興味のないジャンルではなかった。

「……もしついた時丁度始まるタイミングなら参加するかもしれないけど、そうじゃなかったらやめておくよ
。待たせるのも悪いしな」
「うし、じゃあカイナシティにも特別用はなし……と」
「随分早く進みたがるんだね。何かわけでもあるのかい?」

 ルビーが聞くと、エメラルドの箸を持つ手がぴたりと止まった。彼にしては難しい顔をした後。顔をそむけ
て言う。

「……別に何でもいいだろ。ジムバッジ集めなんてさっさと終わらせてシリアをブッ飛ばしてやりてーだけさ

「ふうん……ま、頑張ってくれたまえ」
「はっ、言われるまでもねえっつーの」

 再び麺をすすり始めるエメラルド。彼は彼で何かわけがあるのだろうか。だが本人に話す気がなさそうな以
上、ただの好奇心で聞くことは憚られた。

「ここのパフェ、なかなか美味しいね。サファイア君も少し食べないかい?」
「えっ、いいのか?」

 思わず聞き返すとルビーはおもむろにチョコアイスを乗せたスプーンをサファイアに差し出してきた。当然
のように自分がさっきまで使っていたのと同じスプーンである。

「なっ……恥ずかしいだろ、やめてくれよ」
「いいじゃないか。大体最初に一緒に食事を取ったとき、自分の使っていた箸ごとボクによこしたのは君だよ
?」

 言われてみればその通りだがじゃあはいいただきますといえるほどサファイアは大人でもなくまた幼くもな
かった。

「……そうだけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい」
「やれやれ、じゃあまたの機会にしておこうかな」
「お前な……」
「だから俺様の目の前でいちゃついてんじゃねえ!飯がまずくなる!」
「別にそんなんじゃ……」
「無きにしも非ずだね」

 エメラルドの突っ込みもさらりと流しつつサファイアをからかうルビー。そんなこんなで、主にルビーが楽
しい祝勝会は終わりを告げた。





そのあと3人は船に乗り込み、カイナシティへ向かう――その道中にはムロタウンへ向かうときの波乱が嘘のよ
うに何事もなく、カイナシティの砂浜に到着する。

「ん……なんだこりゃ、誰もいねえ?」

 人の姿の見えない砂浜を見て、エメラルドが訝しげに呟く。彼の記憶では、ここはいつでも活気にあふれて
いる砂浜で、それこそ嵐でも起きない限り遊ぶ子供の声やポケモンバトルをする船乗りの声が聞こえたものだが
、今聞こえるのは波の音だけだ。

「ボクもここは人の集まる場所と聞いていたんだけど……何かあったのかな?」

 エメラルド、ルビー、サファイアの順で船から降り歩を進める。すると海の家から一人の二十代くらいの男
が出てくるのが見えた。青いウェーブのかかった綺麗な長髪を靡かせて、格好は海パンにアロハシャツ、そして
サングラスをかけていてサーファーかナンパ師の類にサファイアには見えた。エメラルドが話しかける。

「おいそこのおっさん。全然人の姿が見えねえんだけど、ここで最近何かあったのか?」
「んまっ!だ〜れがおっさんよぉ、せめてお兄さんと呼びなさい!」
「うわっ、オカマかよあんた……」

 話しかけられた男はオネエ風の口調でエメラルドに怒る。ルビーとエメラルドが若干引いたのでサファイア
が代わりに聞く。

「すみません、失礼な奴で……俺たち、ここは人気の多い場所って聞いてたんで誰もいないのに驚いたんです
けど、何か知りませんか?」
「あら、カワイイ坊やもいるじゃな〜い。そうね、坊やだけにはこっそり教えてあげてもいいわ。ちょっとこ
っちに来てくれない?」
「……どうせ俺だけに教えても俺は二人にも教えますよ。だから、普通に教えてくれませんか」

 別にオカマに近づくのが嫌とかそういう意味ではなくサファイアはなんとなくこの男を怪しいと思っていた
。まるで待ち構えていたかのように海の家から出てきたからだ。

 それを向こうも感じ取ったのだろう。口の端を釣り上げて上に向かって声を上げた。

「なかなか勘がいいじゃない……ルファく〜ん!」
「ッ、ルビー!」

 声がかかると同時に海の家の上から一人と一匹の影が下りてくる。ルビーを咄嗟にこちらに引き寄せ、エメ
ラルドも砂浜を蹴って横に避けた。その空間を、剣と牙が一閃する。

「……ったく、気の抜ける呼び方すんなっての。避けられたじゃねえか」

 降りてきたのはグラエナと、全身黒一色の薄手な服を着た青年だった。彼は振りかざした剣を鞘にしまう。

「おいてめえら……もしかしてあの博士の仲間か!?」
「ご明察よぉ、ワタシがポセイで、こっちがルファ。よろしくね♪」
「だったら容赦はしねえ!出てこい、俺様に仕える御三家達……」
「遅えよ!」

 モンスターボールを取り出し、空に放り投げようとするエメラルドをルファが近づいて拳で殴る。散らばっ
たボールの内二つをグラエナが口でキャッチし、出てくる前に封じた。エメラルドも殴られながらも一個は自分
でキャッチしてヌマクローを出す。

「てめえ……ヒーローの口上中に攻撃してくるなんざ悪役の風上にもおけねえ!いいぜ、てめえらごとき、ヌ
マクロー一体で倒してやらあ!」
「はっ、口だけじゃないことを期待するぜ……いくぞグラエナ!」
「バウッ!」

 エメラルドとルファのポケモンがぶつかり合う。その間。サファイアはポセイと名乗った男とにらみ合って
いた。

「お前たちはなんであの博士に協力しているんだ!みんなからメガストーンを奪って、そんなことして何も思
わないのか?」

 サファイアはエメラルドとは少し違う。あの博士とは話しても無駄だと分かったが、目の前の人はもしかし
たら話せばわかってくれるかもしれない。そんな思いを胸に対話を試みる。

「ん〜可愛いわぁ。正義感に燃える熱い坊やの主張……お兄さんの胸にも響くけど。生憎もっとあの子には敵
わないのようねえ。ま、お兄さんがあの博士に協力してるのはぁ、可愛い子に頼まれたからだっていうことでよ
ろしく。ちなみにルファ君は……ていうか、家のメンバーはそれぞれ違う理由で協力し合ってるから、その手の
説得は無駄だと思うわよん」
「そんな理由で……どうしても、メガストーンを奪う気なんだな」
「そうそう、だからさっさと始めましょ?ワタシはルファ君ほどせっかちじゃないけど、可愛い坊やに焦らさ
れるのも辛いわあ。カモ〜ン、シザリガー!サメハダー!」

 ポセイはモンスターボールを持っていない。どこからポケモンを出すのかと思えば――それは、海の方から
やってきた。頭に傷のついた星をつけた、巨大なハサミを持つポケモンと、十字の痣を持つ鮫のようなポケモン
がアクアジェットでサファイアとルビーに突っ込んでくる。

「ダンバル、突進!」

 すかさずダンバルを繰り出してシザリガーに突撃させる。ぶつかり合った両者はいったん止まったが――す
ぐにダンバルがふっとばされ、そのまま突っ込んできた。

「キュウコン、火炎放射!」

 ルビーがキュウコンを繰り出し、その9つの尾から業火を噴出させる。さすがにこれを突破するのは難しい
と判断したのだろう、シザリガーが止まり、サメハダ―はUターンで海に戻る。そしてポセイが指示を出した。

「シザリガー、バブル光線よっ!」

 シザリガーの二つのハサミが開きそこから無数の泡が噴き出る。それは業火とぶつかり合い、はじける泡が
炎の勢いを殺した。

「ダンバルが一発で戦闘不能に……」
「ただものじゃなさそうだね。恐らくここに人気がないのも、彼のシザリガーとサメハダ―が海を荒らしまわ
ったせいだろう」

 ご明察、とポセイが口笛を吹いた。自分たちを狙うだけでなくこの砂浜の人達皆に迷惑をかける行為を平然
と行う彼にサファイアの怒りが強くなる。

「お前っ……!」
「――――」

 モンスターボールの中からジュペッタがサファイアに声をかける。それは自分の相棒からの、落ち着いてと
いうサイン。

「……わかった。ここは頼むぜ、ジュペッタ!」
「ボク達もやるよ、キュウコン」
「コォン!」

 ジュペッタとキュウコン。二人の相棒といえるポケモンを見て、ポセイは笑う。

「あらん、ほんとに噂通りタイプ相性を気にせずにくるのねえ……私自慢の水・悪ポケモンにゴーストと炎タ
イプで挑んでくるなんて。大けがしても知らないわよ?」
「心配いらないさ。俺たちは……」
「君には、負けないよ」
「へえ、それじゃあ……本気でいっちゃうわよ!シザリガー、クラブハンマー!」

 シザリガーがハサミを閉じて、巨大な槌のごとく振るう。だがそれはルビーやサファイアにしてみれば単調
な一撃。

「「影分身!」」

 二匹がクラブハンマーを振り下ろす影さえ利用して自分の分身を作り出す。だがポセイとシザリガーもそれ
を読んでいたかのように冷静に対処する。

「もう一度バブル光線よ!」

 二つのハサミが開き、がむしゃらにそれを振り回しながら無数の泡を放つ。それは広範囲に広がり、ジュペ
ッタ達の分身をかき消した。

「ふふ、影分身からのトリッキーな戦術が得意なのはリサーチ済みよん。それは封じさせてもらうわ」
「こいつ……俺たちの戦術を知ってる?」
「そりゃそうよ〜。あのヘイガニとドククラゲは私の物なんだから。あんたたちの戦術はお見通しよん」
「そういうことか……だったらルビー、鬼火を頼む。ジュペッタはあれ頼んだ!」
「了解したよ。キュウコン、鬼火」
「コォン!」

 キュウコンがやはりその尾から9つの揺らめく鬼火を放つ。不規則に揺れる鬼火を防ぎきるのは難しくバブ
ル光線で打ち消そうとするも、一つの鬼火がシザリガーに当たる。

(ふふーん。鬼火で状態異常にして祟り目で一気に攻撃力を上げるタクティクス……技を言わなければばれな
いと思ったかしら?だけどその程度は読み読みよ。なぜなら私のシザリガーには火傷を無効にするチーゴの実を
持たせてある……祟り目を決めに来たところを、噛み砕くで迎え撃ってあげるわ!)

 ポセイは二人の戦術を事前にミッツ達から聞き出し、また船の上で一度襲うことで観察して戦術を練ってい
た。水タイプ使いである彼が的確に水・悪のポケモンを連れてきたのもそのためだ。彼らのポケモンが進化して
いたのは誤算だったが、大勢に影響はない。まだこちらのレベルの方が上だという確信がある。

 だが、戦術を知っていることをサファイアたちに言ってしまったのは驕り。それは隙となり、彼らに付け入
るスキを生む。鬼火が命中したシザリガーの体がチーゴの実によって回復――しない。

「な……!?」
「……俺が鬼火に合わせて祟り目を打つと思ったんだろ?今まではそうしてきたからな」

 サファイアとジュペッタが笑う。シザリガーに近づいたジュペッタは祟り目による闇のエネルギーの放出で
はなく――相手が鬼火への対策をしていると踏んでシザリガーに『はたき落とす』を使っていた。チーゴのみが
叩き落とされ地面につぶれ、その効果を発揮できなくなる。ポセイの対策を、サファイアの読みが勝ったのだ。

「な……鬼火読みチーゴの実読みはたきおとすですって……やってくれるじゃないこの子……」
「さあ、これであんたのシザリガーの攻撃力はダウンした!まだやるか?」
「……当然よ!シザリガー、噛み砕く!」
「ジュペッタ、シャドークロー!」

 シザリガーのハサミとジュペッタの闇の爪がぶつかり合う。レベルの差も相性の差もあったが、攻撃力を下
げられていることが功を奏し、互角にぶつかり合った。さらに。

「キュウコン、炎の渦」

 ルビーのサポートが入り、シザリガーを炎の渦が包み込んでさらに火傷のダメージを加速させる。

「よし、このままいけば……」
「させないわ。サメハダ―、ロケット頭突き発射よ!」

 海中から思いっきり速度をあげ、十字の弾丸と化したサメハダ―がキュウコンに突っ込んでくる。炎の渦を
放っているキュウコンには避ける暇がない。思い切り吹き飛ばされ砂浜を転がり、美しい毛並が砂と海水の混じ
った泥で汚れた。起き上がろうとするが、彼女の体は倒れてしまう。

「キュウコン!ゆっくり休んで……」
「ふふん、そう簡単にはやられないわよ?」
「許さない……いくよ、クチート」

 自分のポケモンを倒されたことに珍しく少しだが怒りを見せるルビー。とはいえサファイアのように冷静さ
を失うことなく。メガストーンを光らせる。クチートの角が二つになり、ツインテールの少女のような姿になっ
た。

「そんなポケモンを捕まえてたのね……ならワタシも奥の手を出すしかないわ!」

 彼が知っているのはムロタウンに着くまでの情報なのでクチートに関するデータはポセイの中にはない。彼
のサングラスにつけたメガストーンとサメハダ―のサメハダナイトが深い海のように青黒く光り輝く。

「行くわよサメハダ―!その荒々しくも美しき海の力身にまとい、全ての敵を噛み砕きなさい!」

 光に包まれ、現れたのはより十字の傷が深くなり、一回り躰も大きくなった姿。もはや砂浜の上であること
すらお構いなしにアクアジェットで駆け回る。そして隙をつくつもりなのだろう。クチートでは追いつけない速
度に対し、ルビーはシザリガーを見据える。

「だったらまずシザリガーから倒す……クチート、じゃれつく」
「そうはいかないわ、鉄壁!」
 
 じゃれつくとは名ばかりの特性『ちからもち』による暴力を硬くなった殻で受け止める。火傷も相まってダ
メージは小さくないが、倒れるまではいかない。

「今よサメハダ―、噛み砕く!」
「こっちも噛み砕く!」
「シャドークローで援護だ、ジュペッタ!」
 
 メガシンカしたサメハダ―の牙とクチートの二つの角、そしてジュペッタの闇の爪がぶつかり合う。二対一
、いや三対一の状況でなお――サメハダ―は二体を噛み砕くことは出来なかったが勢いで押し勝った。二体の身
体が砂浜を転がり、立ちあがる。

「こいつ……なんて力だ」
「おほっ、驚いたかしら?降参するなら今の内よ?」
「いいや、そうはいかない。ジュペッタ、ナイトヘッド!」
「影分身なしのナイトヘッドなんて恐れるに足らないわ。サメハダ―、もう一度噛み砕くよ!」

 巨大化したジュペッタの影にサメハダ―がその顎で突っ込んでくる。だがポセイはサファイアとジュペッタ
のあの技を知らない。

「いくぞジュペッタ――虚栄巨影!!」

 洞窟で身に着けた新たな『必殺技』。巨大化した爪がサメハダ―を切り裂こうとするが、そのサメハダ―の
速度はジュペッタを上回り、その影を噛み砕いた。ジュペッタの巨大な影が、倒れる。サメハダ―すら飲み込ん
で。

「おほっ、やっぱり小手先だけの技じゃダメね!あんたのエースは倒したわ」
「……それはどうかな?」
「?」

 自分の『必殺技』を破られ、相棒を倒されてなお、サファイアの笑みは消えない。なぜなら今は――強い絆
で結ばれた仲間が、もう一人いるから。
 ジュペッタの影に隠れたのはサメハダ―だけではない。ルビーとクチートの姿をも隠し、ポセイの目から二
人の動きを見失わせる――。

「クチート、じゃれつく!」
「グギャアアアアアアアア!!」

 サメハダーは極めて高い攻撃力を持つが、守備力は低い……下手に海から出たこともあだとなり、クチート
のじゃれつく一発で砂浜の上に倒れた。

「そ、そんなっ!!シザリガー……シェルブレード!」
「無駄だよ、噛み砕く!」

 ポセイが反撃するが、攻撃力の半減したシザリガーと攻撃力が倍加したクチートでは勝負にならない。巨大
な二角が、今度こそシザリガーの殻を砕いて瀕死にする。――サファイアとルビーの勝利だ。

「ル、ルファく〜ん?お願い、助けてぇ!」

 自分のポケモンを倒されたポセイが仲間のルファに懇願する。エメラルドと、バトル中に進化したであろう
ラグラージと戦っている――彼と彼のグラエナには泥こそついているものの傷を負っているようには見えない―
―はやれやれとため息をついた。

「何やってんだよ……しょうがねえ、引き上げるぞ。ここで無理して集めたメガストーン取られちゃ俺たちま
で『オシオキ』されちまうからな。フライゴン!」

 ルファは手持ちのフライゴンを出し、ポセイが慌ててその背に乗る。

「じゃあ、今日のところは見逃してやるよ。……ったく、我ながら安い台詞だぜ」

 ルファが軽く手を振ってその場から離脱しようとする。だがそれを、エメラルドは見逃そうとしなかった。
怒り心頭で、ラグラージのメガストーンを光らせる。

「ルファ……てめえだけは逃がさねえ!ラグラージ、メガシンカの力で大海を巻き上げ大地を抉れ!ビッグウ
ェーブを巻き起こせ!!」

 メガシンカし、よりその体を大きく、たくましくしたラグラージが指示されるままに大波を起こす。いや、
それはもはや津波といって差し支えなかった。そう、サファイアとルビーをも巻き込むほどに。

「なっ……ばっかやろ。逃げるぞフライゴン!」
「この砂浜ごと消す気か、エメラルド!?」
「うるせえ……うるせえうるせえうるせえ!うぜーんだよ、てめえら!」

 もはや我を見失うほど怒っているらしく、話は通じなさそうだ。サファイアが慌ててヤミラミを出し、メガ
シンカさせる。口上など述べている余裕があるはずもない。

「ヤミラミ、俺たちを守ってくれ!」

メガシンカしたヤミラミが、緑色のオーラでサファイア、ルビーを包む。そしてその防御ごと、津波が彼らを飲
み込んだ――。



――津波が怒涛と化してサファイアとルビーを飲み込む。メガシンカしたヤミラミの守るに包まれてなお、激流
に飲み込まれて視界がぐるぐると回った。しっかりとルビーの手を握り、離れないようにする。

 どれくらい水の中で守られていただろうか、ほんの十秒ほどだった気もするし数分間だったかもしれない。
ともかく水が引き、大分波打ち際に引き寄せられこそしたがサファイアたちは無事だった。

「ルビー、大丈夫か」
「なんとかね。ありがとう。どちらかといえば危ないのは彼の方だろう」
「エメラルドは無事なのか……?」

 巻き込まれた側ではあるが、サファイアはエメラルドのことを心配していた。とにかく攻撃するスタイルの
彼が自分のポケモンに守るのような防御技を覚えさせているとは思えなかったからだ。

 心配して周囲を見回すと、彼は波打ち際からはるか先、街の方にまで逃げていた。ジュプトルが隣にいるあ
たり、恐らくは彼に自分を運ばせて津波の範囲外まで逃げようとしたのだろう。完全には逃げきれず、彼の体は
濡れていたが。

「エメラルド!どうしたんだよ、一体……何があったんだ?」

 大声でエメラルドに呼びかけるサファイア。だが彼はそれを無視して舌打ちし、踵を返した。ポケモンセン
ターのある方へ歩いていってしまう。

「……どうする?」
「どうするもこうするもない。追いかけよう。俺たちだってポケモンを回復させないといけない」

 彼を追いかけて、サファイアたちはポケモンセンターに向かう。さっきの舌打ちの音が、妙に頭に響いて、
市場のある華やかな街並みも頭に入ってこなかった。




 ポケモンセンターに入ると、彼はポケモンを回復させたところらしくモンスターボールを受け取っていた。
サファイアたちが来たことに気付くと、彼はまた舌打ちする。

「……んだよ、何ついてきてんだよ」

 突き差すような物言いにはサファイアも少しむっときた。だがまだ抑える。せめてあんな暴挙に出た理由を
聞きたかった。

「なんでって……俺たち一緒に旅してる仲間じゃないか。当たり前だろ?一体あのルファってやつとのバトル
で何があったんだ?」

 そう言えるのはサファイアの優しさゆえだろう。だがその態度が、今のエメラルドには腹立たしくてしょう
がなかった。

「はっ、仲間だぁ?ふざけたこと抜かしてんじゃねえよ。俺はてめえらを利用してただけだっつーの。そこの
女は最初から分かってたみてえだが、てめえはまだ気づいてなかったとはとんだ間抜けだな!」
「利用って……どういうことなんだよ!」
「鈍いな、てめえらはあの博士の一味をおびき寄せるためのエサだっつってんだよ!そのためなら多少いちゃ
つこうが、俺様の足引っ張ろうが構わねえと思ってたが、もう我慢の限界だ!」
「!!」

 自分たちを船に誘ったのはそんな理由があったのかと驚くサファイア。ルビーはまあわかってたとばかりに
肩を竦めてみせる。

「あいつ……ルファとかいう野郎、俺様に対して明らかに手を抜きやがった!この俺様が、てめえらのせいで
舐められたんだぞ!だからてめえらとは、もうこれまでだ!」
「なんで俺たちのせいなんだよ!」

 その疑問には、ルビーが代わりに応える。

「エメラルド君は広範囲の攻撃が得意みたいだからね。本気を出すとどうしてもボクらを巻き込む危険があっ
たんだろう。仲間として旅をするのを装う以上、それは出来ない。故に本気が出せなかった……そう言いたいの
かな」

 ああそうだよ、とエメラルドは吐き捨てる。そんな彼を、ルビーは嗤った。

「そしてそれは、ただの責任転嫁だよ。ボク達から船に乗せてくれるよう頼んだわけでもないしね。いわば―
―自業自得さ。責められる謂れはないね。はっきり言って、君には失望したよ。」
「チッ……」

 エメラルドもそれはわかっているのだろう、露骨に舌打ちした。そしてサファイアたちを押しのけてポケモ
ンセンターから出ようとした。

「とにかく、てめえらと旅をする理由はもうねえ。二度と俺様の前に面出すんじゃねえぞ……」
「待てよ!!」

 だがそれを、サファイアは彼の胸ぐらを掴んで止めた。それはただ怒りをぶつけるための行為ではない。サ
ファイアはまだエメラルドのことを一緒に旅した仲間だと思っているし、それを解消する気もなかった。

「だったら……だったら、一度俺とバトルしろ!」
「ああ……?なんで俺がんなことしなきゃいけねえんだよ」
「俺はバトルしてお前に勝つ。俺は、俺たちはお前が本気を出しても巻き込まれたりしない、大丈夫だってこ
とを証明してやる!」
「……上等じゃねえかこの野郎!丁度むしゃくしゃしてたところだ。そのムカつく態度、メタメタのぎたぎた
にへし折ってやらあ!!表に出ろ!」

 お互いににらみ合い、今にも二人して外に出ていきそうなところを、ルビーが止めに入る。

「はいはい、熱くなるのもいいけれどまずはサファイア君のポケモンを回復させてからだよ。君たち、少し頭
を冷やしたまえ。エメラルド君だって、弱った彼に勝ってもむしゃくしゃとやらは晴れないだろう?」
「……俺は先にあの砂浜で待ってる、てめえもポケモン治したらすぐに来い!ぶっ潰してやる!」

 今度こそエメラルドはポケモンセンターから出ていく。ルビーはサファイアを見て、呆れたように言った。

「やれやれ。あんな自分勝手な子なんて、放っておけばいいんだよ?まあ、そういうところも嫌いじゃないけ
どね」
「……ごめん、迷惑かける。でも俺、エメラルドのことこのままほっとけない。なんだかあいつ……凄く焦っ
てた」
「それはわかるけどね……面倒だからバトルには参加しないけど、見守るだけ見守らせてもらうよ。大丈夫、
自分の身は自分で守るから」
「ありがとう……さて、早くポケモンを回復させないとな」

 いつもの調子のルビーと話して、頭が冷えていく。それが彼女なりのサファイアに対する協力なのだろう。
それに感謝しつつ、サファイアはポケモンを回復させ、砂浜へと向かった――。



「はっ、逃げずにわざわざやられに来やがったか」

 彼は開口一番、喧嘩腰で話しかけてくる。サファイアはそれには応じず、ルールを提案した。

「ルールはシングルバトルの3対3。それでいいか?」
「なんでもいいっつの。うるせーな。なんなら女と組んで戦ったっていいんだぜ?さっきみたいによ」
「いいや、それはしない。これは俺とお前のバトルだ」
「どこまでもうぜえやつだな……それじゃあ行くぜ、ワカシャモ!」
「頼んだ、フワンテ!あいつの全力、受け止めてやってくれ!」

 少年二人の、お互いの意地と性分がぶつかり合ったバトルが始まる。ルビーは津波で倒れたパラソルを立て
直し、その日陰に座った。隣には自分を守るためのサマヨールを従えて。

「男の子って、どうしてこうなんだろうね。ボクには理解不能だよ。ねえサマヨール?」

 呼ばれた彼女も頷き、彼らのバトルを見守った。ワカシャモの火炎放射とフワンテの風起こしがぶつかり合
う――

「はっ、そんな雑魚技で俺様の火炎放射が防げるかよ!」

 確かに風起こしと火炎放射では威力の差は違い過ぎる。風が吹き散らされ、炎が突き抜けるが、その方向は
多少ずれた。

「これで十分、小さくなるだ!」

 フワンテがその体を縮めて業火を躱す。エメラルドが舌打ちした。

「やろっ……もう一発だ、ワカシャモ!」
「怪しい風!」

 ワカシャモの口から放たれる業火を、不可思議な風が方向を逸らす。またしてもエメラルドの攻撃は外れた


「だったらこれでどうだ、大文字!」
「もう一度怪しい風!」

 ワカシャモがさらに炎を溜めて、溜めて、巨大な火炎輪を放つ。それは怪しい風にぶつかると文字通りの大
文字焼きと化した。だが小さくなって自分も風に漂うフワンテには当たらない。

 その後も何度か同じ技の応酬が続き、エメラルドがしびれを切らして怒鳴る。

「くそっ……おい、いきなり防戦一方じゃあねえか!そんなつまんねえバトルすんなら、もう降参しろっつー
の!何がシリアのバトルだ!てめえのバトルはただの猿まねだ!」
「……そう思うのはまだ早いぜ。怪しい風のもう一つの効果はもうすでに発動した!フワンテ、風起こしだ!

「だからそんな雑魚技が……何!?」

 フワンテの風起こしがワカシャモに突っ込んでいく。それはさっきとはまるで威力が違っていた。小さな竜
巻のようになって、ワカシャモの体をきりきり舞いに吹き飛ばす。ワカシャモは思いっきり目を回し、地面に倒
れた。戦闘不能だ。

「怪しい風はただの攻撃技じゃない。確率は低いけど、発動した時フワンテの全能力をアップさせる!俺はそ
れで風起こしの威力をあげたのさ!」
「つまんねえ御託並べてんじゃねえぞ……戻れ、ワカシャモ」

 エメラルドは次に何を出すかを考える。相手は飛行タイプ持ち、しかも能力が大幅にアップしている。草タ
イプのジュプトルは出したくない。

「だったら、こいつしかねえよな……出てこい、ラグラージ!」
「やっぱりラグラージで来たか……」
「もちろんそれだけじゃあねえぜ?ラグラージ、メガシンカの力で大海を巻き上げ大地を抉れ!ビッグウェー
ブを巻き起こせ!」

 ラグラージの体が青く澄んだ光に包まれ、その光の衣を解き放つ。より大きくたくましくなったメガラグラ
ージの登場だ。

(あいつの波乗りは小さくなるじゃ躱せない……なら、先手必勝だ!)
「フワンテ、風起こし!」

 小さな竜巻がラグラージの体に命中する。だがラグラージはその巨躯を浮かさず、地面から山のように動か
なかった。メガシンカによって防御力も増大しているのだ

「てめえの考えごときわかってんだよ、ラグラージ、岩雪崩だ!」
「まずいっ!」

 あえてフワンテの攻撃した直後を狙ってラグラージが空中から岩雪崩を降らせる。メガシンカした最終進化
系の力はすさまじく、雪崩に飲み込まれたフワンテは戦闘不能になった。

「威力はさすがだな……戻れ、フワンテ」

 今度はサファイアが出すポケモンを決める番だ。サファイアの考えではヤミラミかジュペッタの二択。そし
て、あの攻撃力に対抗するには――

「出てこい、ヤミラミ。そしてメガシンカだ!その輝く鉱石で、俺の仲間を守れ!メガヤミラミ!」

 ヤミラミの体が紫色の光に包まれ、メガシンカを遂げる。胸の宝石を大楯にした。サファイアの手持ちの中
で最も守りに優れたポケモンだ。

「だがその盾は無敵じゃあねえぜ!ラグラージ、地震だ!」

 地響きを起こし、大地を隆起させて下からメガヤミラミを襲う。大きく硬い宝石も、下からの攻撃を防ぐこ
とは出来ない。動きの鈍いヤミラミでは、避けられないかと思われたが――サファイアはそれを読んでいた。

「ヤミラミ、だまし討ちだ!」

 メガヤミラミにその大楯を敢えて、捨てさせる。盾を捨てて本来の速度に戻ったヤミラミが、その爪でラグ
ラージの皮膚を裂いた。

「ちっ……だが盾のないヤミラミなんて敵じゃねえ!ラグラージ、泥爆弾だ!」
「さらにシャドークロー!」

 泥爆弾が放たれる前に闇の爪がラグラージの体を引き裂く。連続でのひっかきを受けて、ラグラージが顔を
歪めるが動かない。そして泥爆弾は放たれ、爆音を響かせてヤミラミの体を吹き飛ばし、砂浜を何度もその小さ
な体が泥だらけになって見えなくなるくらい転がる。ヤミラミも戦闘不能だ。

「どうだ!これが俺様の本気だ!てめえごとき雑魚トレーナーが叶う相手じゃねえんだよ、この圧倒的な攻撃
力で俺は新しいチャンピオンになる!」
「……どうしてそこまで攻撃に拘るんだ?」
「うるせえ!てめえの知ったことじゃねえだろ!」
「……なら、勝ってから聞くさ!」
「あり得ねえよ、このまま3タテしてやらあ!」

 最後の一体を決める。サファイアの中で、誰を出すかは最初から決まっていた。


「出てこい、俺の……そしてエメラルドの仲間!ダンバル!」


 その選択にはルビーが少し驚き、エメラルドに至っては露骨に顔をしかめた。自分が役立たずだと捨てたポ
ケモンだからだ。それをこの場で出すということは、彼にとっては侮辱にも等しい。

「ここでダンバルだとぉ!?てめえまで俺を舐めてやがんのか!」
「舐めてなんかいないさ、俺はこいつと一緒にお前に勝つ!」
「……やれるもんならやってみな!一撃で沈めてやれ、泥爆弾だ!」
「躱して突進!」

 ダンバルが、ラグラージの巨大な泥爆弾をまず横に水平移動してから、全速力でラグラージに突っ込む。突
進を受けたラグラージは――やはり山のように、動かない。

「はっ、やっぱりそんな雑魚ポケモンじゃ俺様のラグラージには傷一つつけられねえってこった。決めろ、ラ
グラージ。マッドショットだ」

「……それはどうかな?」
「何?」

 ラグラージはマッドショットを放たない。いや――放てないのだ。不動の体がゆっくりと……しかし確実に
傾いて、倒れる。

「嘘だろ……ダンバルごときに、メガシンカしたラグラージが……」
「……ダンバルだけの力じゃないさ。エメラルドのラグラージはフワンテの風起こしやヤミラミのシャドーク
ローで確実にダメージを受けてたんだよ。メガシンカを過信しすぎだぜ」

 エメラルドが歯噛みし、仇でも見るような眼でサファイアを見る。ラグラージを戻し、ジュプトルを繰り出
した。エメラルドは再び激昂する。

「それがどうした……それがどうしたってんだ!まだ俺様にはジュプトルがいる。突進しか出来ねえダンバル
ごとき、こいつで片づけてやるぜ!」
「焦るなよ、お楽しみはこれからさ」
「ああ!?」

 怒り声を上げるエメラルド。それに対してサファイアは指揮棒を振るう指揮者のように滑らかにダンバルを
指さした。

「お前の強いラグラージを倒したこと――それにお前や俺と旅して得た経験値は、ダンバル自身の強い成長に
もなったんだ。――今進化せよ!硬く鋭き鉄爪よ、誇り高き英知よ。新たな力となって仲間を支えろ!メタング
!」

 ダンバルの体が白い光に包まれ、その姿を変えていく。丸い鉄球のついたアームのような体が、確かな胴を
持った二本の鉄腕を持つ体と進化した。

「ダンバルが……進化した?」
「さあ、お前が雑魚って呼んだポケモンの力、味わってもらうぜ!メタング、念力だ!」
「くっ……」

メタングの頭が輝き、ジュプトルの体を触れずに投げ飛ばす。ジュプトルもすぐさま体勢を立て直し、メタング
へと挑みかかった。

「リーフブレードだ、ジュカイン!」
「メタング、メタルクロー!」

 低い姿勢から上を切り裂くように振るわれる草薙の剣を、鉄の爪が受け止める。お互いにつばぜり合いの様
相を呈するが、もともと体が硬く、また念力も使えるメタングが圧倒的に有利だった。

「俺様が、こんな奴に……雑魚と見下したポケモンに、負ける……?」

 念力がもう一度ジュプトルを吹き飛ばす。ジュプトルはよろめきながらも起き上がったがもう一発耐えられ
るかというところだろう。打開策は、思いつかない。


「いやだ……いやだ!俺は悪党どもに、シリアの真似なんかしてるやつに負けちゃダメなんだ!俺はシリアと
は別の方法でチャンピオンになる!そして――企業家としてじゃねえ、トレーナーとして、ホウエンを守るヒー
ローとして親父たちの役に立つんだ!

 頼む、力を!もっと力を出してくれ、ジュプトル――!!」


 ふらついていたジュプトルが、その声に答えるかのように体を輝かせる――そう、ダンバルがメタングにな
ったのと同じ光。

「まさか……進化か!」

 光が消え、その体を大きくしたジュプトル、いやジュカインの姿が現れる。とはいえ、体力の消耗は避けら
れていない。

「……ここで決める!メタング、念力だ!」
「ジュカイン、リーフブレード!!」

 メタングの念力がジュカインを確かに捉え、その体を投げ飛ばそうとする。だがジュカインはそれを堪えて
、一歩一歩踏み出してメタングに近づいた。自分に応えようとするポケモンを見て、エメラルドの心が動かされ
る。


「頑張れ、ジュカイン!もうちょいだ!いっけええええええ!!」


 戦術も何もない、完全にまっすぐなごり押し。それでも声援を受けたジュカインが一気に踏み出し、メタン
グの鋼の体を特性『葉緑素』で強化されたリーフブレードが引き裂いた――



「……俺の負けだ、エメラルド」

 サファイアが敗北を認め、メタングをボールに戻す。エメラルドはしばし放心していた。ふらふらになりな
がらも寄ってきたジュカインに気付いて、我に返る。

「……へっ、当然だろ」

 憎まれ口を叩くのは、変わらない。それでもその声の調子は、いつもの傲慢で不遜な彼に戻っていた。

「良かったら、なんであんなに焦ってたのか教えてくれないか?」
「けっ、そんなに知りたきゃ教えてやるよ……俺はな、知っての通り金持ちの息子だ。だがそれは何もいいこ
とばっかりじゃねえ。自由に金を使える代わり、将来のためにやらなきゃいけねえことがある。俺の本当の意味
で自由な時間は、そんなにねえ」

 一から十まで説明する気はないのだろう。大分端折った説明だが、なんとかついていく。

「俺がトレーナーとして大成するにはただ強いってだけじゃダメなんだ。親父みたいな企業家並の金を稼げる
トレーナーにならなきゃいけねえのさ。その為に、チャンピオンの地位がいる」

 チャンピオンになるのは、目的ではなく手段。しかも彼はシリアについてある秘密を知っている。だからこ
そ、彼と同じではいけないのだ。

「……シリアの真似なんかしてるやつに負けちゃダメだって言ってたよな。あれは?」
「……」

 それについて聞かれて、エメラルドは黙った。自分の知る事実をサファイアたちに話すかどうか考える。結
論は。

「さあな、本人に会うか何かして聞けよ。その方がお前も納得できるだろ」
「……わかった」

 エメラルドは愛用のマッハ自転車をバッグから取り出し、展開する。そしてマッハ自転車に跨った。

「じゃあな。俺はもう行くぜ。むしゃくしゃは収まったが、やっぱりてめえらと旅するのは御免だ」
「ッ……わかったよ」

 負けたサファイアにそれを止める権利はない。だが、何もせず見送る気はなかった。

「ただ……こいつを連れていってくれ。元はお前のポケモンだ」
「こいつは……メタング」

 受け取ったエメラルドが不思議そうな顔をする。何故俺に、目線で訴えた。

「元はお前のポケモンだし、メタングが雑魚なんかじゃないってのはお前もよくわかっただろ。そいつはもっ
ともっと強くなれる。だから、連れていってくれ」
「ちっ……しょうがねえな。俺様の足引っ張るんじゃねえぞ」

 その舌打ちは、なんだかバトルする前よりもとても軽くサファイアには聞こえた。もう彼がダンバル――メ
タングを蔑むことはないだろう。

「それじゃあ……じゃあな」
「ああ、お前の事情は少しだけわかったけど……あんまり、急ぎ過ぎるなよ。ポケモンのことも、お前自身の
こともさ」
「はっ、そんなことてめえの心配することじゃねえっつーの」

 エメラルドが自転車を漕ぎ出し、カイナシティを走っていく。ほどなくして彼の姿は見えなくなった。

「……いやあ、大した熱血っぷりだったね」
「……それ、褒めてるのか?」
「あんまり。ボク好みの舞台ではないかな。だけどたまにはこういうのも、悪くないだろう。お疲れ様」
「……ありがとう」

 ルビーがサファイアに手を差し出し、サファイアがそれを握る。そして二人は改めて、カイナシティへ向か
うのだった。


  [No.1512] 久々の二人旅。初めての気持ち。 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/02/07(Sun) 18:30:38   46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ポケモンセンターで手持ちをフワンテとヤミラミを回復させた後、サファイア達はカイナシティの市場へと向か
う。目的や買いたいものは、特に決まっていない。ただカイナに着いてからもあわただしいこと続きだったので
、少しの間ゆっくりしようということになったのだ。

「……すごい、こんなにたくさんの物がある場所初めて見た」
「都会が近くにある港町だからね。博物館や造船所もあるし、ホウエン最大の交易都市といってもいいかな。
とはいえ、さすがに圧巻だね」

 二人とも都会に来るのは初めてとあって、どこを見ても品物で満ち溢れている場所を珍しそうに見ている。
花、漢方薬、アクセサリ……様々な種類の店を一つずつ興味深そうに。

「あ……この目玉付の髪留め可愛いね」
「そのセンスはどうなんだ……」
「いいじゃないか、ボクになら似合うと思わないかい?」

 ルビーが目玉付(もちろんレプリカである)の髪飾りをとってにんまり微笑んだのをツッコむサファイア。
店員に許可を取って、軽くつけてみせる。少々不気味な目玉はルビーの髪にとまると少し愛嬌のあるアクセサリ
ーに見えるから不思議なものだ。

「……そうだな、うん。似合ってるよ。買うか?」
「へえ、買ってくれるのかい?なかなか甲斐性があるじゃないか」
「いや、今は俺とお前でお金は共有してるんだから甲斐性も何もないだろ……」
「野暮だなあ」

 からかうようにルビーが言うので、憮然とするサファイア。二人での旅をするにあたって、面倒がないよう
にお金は共有している。ルビーの提案で、サファイアとしてもお金に頓着はしていないのでそうなったのだ。

 購入した目玉のアクセサリを、鏡の前で位置を調整するルビー。その姿はどこにでもいる女の子のよう……
というか、実際そうなんじゃないかと最近サファイアは思い始めていた。彼女の口調や態度は特徴的だが、内面
はそんなに変わっていないんじゃないかとこういう時に思う。

「待たせたね、じゃあ行こうか」
「ああ」
「ところでサファイア君?」
「どうしたんだ?」

 髪飾りをちらちらと見せるようにサファイアの隣を歩くルビーは、少し間をおいてこう切り出した。


「二人でこうして買い物しながら歩いてると……なんだか、デートみたいな気がしないかい?」

ズバリ言われて、サファイアの顔が少し赤くなる。その顔をルビーが覗き込もうとするので、無駄であると知り
つつ赤くなった顔を隠すように額のバンダナを指で軽く引っ張る。そしてこう返した。

「何言ってるんだよ。こんなの……」
「ふふ、やっぱりまだそうは思ってくれないかな?」


「……俺だって、そう思ってるよ。ただ、言うのが恥ずかしかっただけで……」


 言ってて自分でも己惚れだと思い、すごく恥ずかしくなった。だがそれは、言われた側もそうだったようで
――ルビーの顔が、ぽっと赤くなって縮こまる。

「……」
「…………」
「………………バカだなあ、最初から言ってくれればボクだって……その、準備とかして待ち合わせとかした
のに……」
「なんだよそれ……ルビーって意外なところでメルヘンだな……」

 真っ赤で顔をそむけあってぼそぼそという二人。道行く通行人のおばちゃんがあらあらまあまあと言ってい
るのが聞こえてますます恥ずかしくなってくる。

それに耐えかねて、サファイアはルビーの手を取ってどんどんと歩き出した。

「え、ちょっと、どこへ……」
「知るもんか!どこか冷たいものがあるところまで歩く!」

 初々しい二人は、あてどなく市場をさ迷い歩く。さながら逃避行のように――



 さすがに温暖なホウエン地方とあってアイスクリームやが見つかりそこで二人分注文をする。最初は二人とも
恥ずかしくてお互い別の方向を向きながらちまちまと舐めていたが、時間とアイスで頭も冷え、15分後にはサ
ファイアはアイスを齧るように食べていた。舐めるのはなんだか女々しい感じがするからだ。

「……落ち着いたかい?」
「それはこっちの台詞だぞ」
「人をいきなり連れ回しておいてよく言うね。ボクは君が発情してご休憩所まで連れていかれるんじゃないか
と気が気がじゃなかったんだよ?慰謝料を請求したいくらいだね」
「それ、絶対嘘だろ……アイスで勘弁してくれ」
「やれやれ、しょうがないなあ」

 どうやらルビーもいつもの調子に戻ったらしい。少し安心するサファイア。自分はともかく、彼女の調子が
狂うとやりにくいことこの上ない。いつもならこんな時冷静にしてくれるジュペッタをモンスターボールから出
して、恨めし気に言う。

「……というか、ジュペッタ。どうして何もしてくれなかったんだよ」
「−−−−」

 ジュペッタがけらけらと笑う。それくらい自分で何とかしてください、と窘められた気がした。ルビーはル
ビーでボールからキュウコンを出し、アイスを少しあげている。キュウコンは一舐めしてぶるりと身震いした後
、ルビーの頬をぺろりと舐める。

「あはは、ちょっと冷たかったかな?」
「コォーーン……」
「よしよし、こら、そんなに舐めないでおくれ。ボクは食べ物じゃないんだから」
「コンコン!」
「−−−−」
「コン!」

 ジュペッタがキュウコンに何事か話しかけて、頭を下げる。もしかしてうちの主がそちらの主に失礼しまし
たというようなことを言っているのだろうか、なんてサファイアは想像した。

 そんなポケモンたちとルビーを見ながら食べていると、あっとういう間にアイスはなくなった。ルビーはま
だ食べ終わるのに時間がかかりそうだ。

「ん……そろそろ行こうか?」
「いや、ゆっくり食べててくれ。ちょっと散歩してくる」
「そうかい。迷子にならないように頼むよ?」
「わかってる」

 そう言ってジュペッタと一緒に軽くルビーたちから離れる。考えるのはやはり、彼女のこと。

(俺は、ルビーのことをどう思ってるんだろう)

 ムロタウンに着くまでは、一緒に旅をする仲間だと思っていた。逆に言えば、それ以上の認識はしていなか
った。だがムロタウンで記憶を取り戻してから、彼女に対する認識は変わりつつある。あの時のように、彼女を
守りたいと。それこそシリアに対する憧れと同じくらい強く。その理由が、なんとなくつかめなかった。

「なあジュペッタ、お前はどう思う?」
「……」

 ジュペッタは答えない。答えられないのだろう。主の経験したことのない感情は、ジュペッタにもわからな
い。しばらく自問自答し、サファイアは目の前で拳を握る。思い出すのは、あの博士に負けた時のこと。

「……あの時、俺はもっと強くなるって誓った。シリアに追いつくために。悪い奴らに負けないために……そ
の強くなる理由が、もう一つ増えたんだ。ルビーを守りたいっていう理由が。……今は、それだけでいいと思う


 保留といえば保留だろう。だが決意を新たに、サファイアはルビーの元へ戻る。彼女も食べ終わったところ
の様で、笑ってサファイアを見た。

「ふふ、散歩はもういいのかい?ならそろそろ市場も出ようか。たまには楽しいけれど、さすがに人混みが疲
れてきたよ。」
「わかった。じゃあもうそろそろ出よう。そうだ、コンテストを見ていってもいいか?せっかくカイナシティ
に来たんだしさ。」
「いいよ、観客席が空いてるといいけれど」
「ここにあるのはノーマルランクらしいし、観客はそこまでいないんじゃないかな」

 なんて話をしながら、カイナシティの中でもひときわ煌びやかな建物、コンテスト会場へ向かう。中もまた
、綺麗な電飾があちこちに彩られ、ステージの中心には天井の開いた開放的な空間だった。その客席で彼らが見
たのは――ムロタウンに着いた時に出会った、あの少年だった。

「……あの子は!」
「……!」

「なんということでしょう!初出場の少年、ジャックがなんと決勝戦まで勝ち進みました!それではいってみ
ましょう、コンテストスタート!」
「出てこい、オオスバメ!」
「いくよ、ポワルン」

 実況者の声と共に両者がポケモンを出す。相手はオオスバメを繰り出し――ジャックと名乗った少年は、小
さな雨雲のような、灰色のポケモンを繰り出した。


「さあ出ましたジャック選手のポワルン!これまで雨、晴れ、と華麗に天候を変化させる技を繰り出してきま
したが、今度は何を見せてくれるのでしょうか?」
「見たことないポケモンだ……ルビーは何か知ってるか?」
「……見たことはないけど、聞いたことはあるかな。どんな天候をも自在に操る変わったポケモンの噂。その
特徴は――」
「オオスバメか……砂嵐でもいいけど、ここは魅せにいっちゃおっかな。ポワルン、霰!」
「先手必勝だ、燕返し!」

 ポワルンによって、天開きの会場に霰が降り始める。しかしオオスバメが迅速に間合いを詰め、翼がポワル
ンの体を切り裂こうとして――その翼が、弾かれた。ポワルンの体が天候が変わった瞬間に凍り付いていき、そ
の翼をはじいたのだ。

「――天候によってその姿とタイプを変えること。今は恐らく、氷タイプになってるね」
「そんなポケモンがいるのか……」

 サファイアが感心していると、ジャックにスポットライトがあたり、彼が天を指さした。そしてあどけなさ
の残る声で彼はこう口にした。

「それでは……レディースエーンドジェントルメーン!これから起こる景色を決してお見逃しのないように!


 会場全体の目がジャックに集まる。それを満足げな表情で受け止めて、ジャックは指示を出した。

「ポワルン、粉雪!」

 ポワルンの氷の身体から、その身の分身のように小さな氷が宙に吹き、霰によって地面に氷が積もり始める
中でのうっすらと舞う様はまさに幻想的な雪景色。

「綺麗だな……」
「ホウエンじゃなかなか見れない景色だね」

 美しい景色に観客も、対戦相手ですら見とれる。ジャックはにっこりと笑い。さらなる指示を出した。

「それじゃあいっちゃうよ!ポワルン、ウェザーボールだ!」

 ポワルンの体が青く光り輝き、氷の球体が宙に浮かぶ。それは空中で破裂し、天からの雹となって降り注い
だ。オオスバメの体を打ち付け、一撃で倒した。さらに降り注いだ雹が地面や壁に当たって砕け、まるでダイヤ
モンドダストのような大自然を思わせる光景を生み出す。ほとんどの観客は、景色に見とれている間にオオスバ
メが倒された、そのような感覚を抱くほどだった。実況者すらぽかんとして、倒れたオオスバメを見て自分の仕
事を思い出したかのように我に返る。

「な、なんとー!ジャック選手、決勝戦を実質一撃で決めてしまいました!コンテストにおいてはあまり早い
決着は望まれませんが、これほどの景色を見せつけられては文句なしの優勝でしょう!」

 その声で観客たちも我に返り、歓声をあげる。その声に手を振って応える少年の姿に魅了された女性客もい
るようだった。

「それではジャック君、今の気持ちは?」

 用意されていた優勝ステージに立ち、マイクを受け取るジャック。

「えっーと、初めてのコンテスト、とっても面白かったよ。人にバトルを魅せるのってとっても楽しいね!」

 それはとても子供らしいコメントで、実況者も微笑ましげに見つめる。だが彼はそこから驚くべき言葉を口
にした。

「だけど、まだちょっーと物足りないかな。だからここでボクは、もう一戦バトルがしたいです!」

 おお、とどよめく観客。実況者は少し困り顔をしていたが、彼は構わず続ける。


「そしてその相手は――お兄さん、君に決めた!!」


 ジャックが観客席を指さし、スポットライトがそちらに向く。そこにいたのは――誰あろう、サファイアで
ある。


「……えっ、俺?」


 突然バトルの相手に指名され、混乱するサファイア。しかし状況は、彼に構わず動いていく――


  [No.1513] 白熱!エンタメバトルショー 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/02/08(Mon) 17:04:37   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

すっかりジャックに呑まれてしまった観客たちの声に押されるようにして、サファイアはコンテストのステージ
に上がる。一度は出てみたいと思ってはいたが、まさかこんな形になるとは到底予想していなかった。

(一体なんでこんなことに……この子はなんで俺を指名したんだ?)

 困惑しながらジャックを見つめるサファイア。それがわかっているのだろう。ジャックはにっこりとほほ笑
んでこう言った。

「どうしたのお兄さん?こんなに大勢のお客さんが見てくれてるんだから、笑顔でいなくちゃつまんないよ?

「そうだけど……なんで君は俺を?」
「だってお兄さん、こういう場に憧れてるんでしょ?」
「だから、なんでそんなこと知ってるんだよ」
「ふふーん。お兄さんが勝ったら教えてあげてもいいよ」

 はぐらかすジャック。不承不承、サファイアは頷いた。それを見て満足そうに頷き、ジャックは宣言する。

「ルールは普通のコンテストと違って3対3のシングルバトル。でもあくまでここはコンテストだからね。バト
ルの後、ここにいる審査員さんにどっちのバトルがよかったか多数決で決めてもらう。それでいいかな?」
「……ああ、いいよ」

 審査員は5人。バトルが終わった後、彼らの判決が勝敗を決めるというわけだ。通常のバトルとは違い、あく
までも観客を魅了できるかどうかがコンテストの肝となる。

「そ……それでは急遽ジャック少年の意思で決定しましたコンテストでは異色のシングルバトル、始めましょ
う!さあ二人とも、どうぞ!」

 実況者は少し慌てているようだが、何かおかしい。観客はすっかりジャックに引き込まれていて、突然始ま
ったこのバトルをみんなが肯定している。

(これはまるで、兄上とネビリムの時みたいだ……これは偶然なのかな?)
ルビーは観客席から彼を観察する。ともあれ今はサファイアを応援することしか出来ないが。

(よくわからないけど、やるしかない。こうなったら今見てる人相手に俺のポケモンバトルを魅せてやる!)
「いけっ、ヤミラミ!」
「いくよ、ポワルン!」

 お互いが一匹目のポケモンを繰り出す。ジャックが出すのはさっきのバトルで見せた雲のようなポケモンだ


「ヤミラミかあ……じゃあなんでもいいかな。ポワルン、日本晴れ!」
「先手必勝、猫騙しだ!」

 ヤミラミが一気にポワルンに近づき、目の前で両手を合わせ大きな音を打ち鳴らす。ポワルンはそれに驚い
て技が出せなかった。

(天候を変えられると厄介だ、ここは一気に行く!)
「ヤミラミ、はたき落とす!さらにみだれひっかき!」

 その隙にポワルンを地面に叩きつけ、バウンドしたところを連続でひっかく。雲のような体が傷ついていく
が――

「さすがだね、お兄さん。でもこれじゃ終わらないよ?」
「何?」

 サファイアの頬に、ぽつぽつと雫があたる。上を見上げれば空が曇り、雨が降り始めていた。ポワルンは傷
つきながらも雨乞いを使っていたのだ。雲のような体が、水滴のような青く丸い姿に変化していく。

「ヤミラミ、一旦下がれ!」
「ポワルン、ハイドロポンプだ!」

 ジャックの命令で、ポワルンの眼前に大量の水が集まり、怒涛となって一気にまっすぐ放たれる。それはヤ
ミラミに直撃し、まっすぐ吹っ飛ばして壁に叩きつけた。凄まじい水の一撃に、観客が盛り上がる。

「これで一歩リードかな?」
「……いいや、まだ互角さ。そうだろ、ヤミラミ」

 起き上がったヤミラミの笑い声がフィールドに響く。ヤミラミはハイドロポンプを受ける直前にメガシンカ
し、水を大楯で受け止めていた。結果吹き飛ばされはしたものの、大ダメージには至らなかったというわけだ。

「へえ……さっそく使ってきたね。ポワルン、ウェザーボール!」
「ヤミラミ、守るだ!」

 ポワルンの放つ球体が頭上から強い雨のように水の塊になってヤミラミを打ち付けるのを、緑色のバリアー
が防ぐ。

「さすがの防御力だね。でも守ってばかりじゃ勝てないよ?」
「言われるまでもないさ、ヤミラミ、シャドークロー!」
「それ、届くの?」

 ヤミラミの爪が影を宿す。とはいえかの距離はかなり遠い。振るわれた爪は、虚しく空を切るかと思われた
が。

「届かせてみせるさ。この天候、利用させてもらう!」

 ぽつぽつと振る雨は、見えないが一つ一つが小さな影を作り出している。それを継いでいき、闇の爪は大き
く伸びて――

「しまった、ポワルン!」
「もう遅いぜ!」

 無警戒なポワルンの体を切り裂いた。油断していたため急所を狙うことも容易だった。

「決まったー!サファイア君のヤミラミ、メガシンカを決めてポワルンの猛攻を凌ぎ、不意をつくシャドーク
ローで一気に刈り取った!」

 実況者の声と観客の歓声に包まれ、笑顔を浮かべるサファイア。ジャックは参ったな、と頬を掻いている。

「油断はするもんじゃないぜ。さあ、どっからでもかかってこい!」
「……その言葉、お兄さんにそっくりそのまま返すよ?」
「えっ?」
「ポワルン、ぼうふう!」
「!!」

 ポワルンが倒れた状態から力を発揮し、フィールド全体に爆風を起こす。ヤミラミが咄嗟に大楯を構えるが
、風は自在に吹き荒れ後ろからヤミラミを襲った。ヤミラミの体が吹き飛ばされ、天に舞う。

「これでおしまい、ウェザーボール!」

 もう一度水の塊が放たれ、ヤミラミに直撃する。空中のヤミラミにまさに暴風雨と化してぶつかり、地面に
叩きつけた。ヤミラミがぐるぐると目を回して倒れる。戦闘不能だ。

「……確かに油断した。戻れヤミラミ」
「ポワルン、お疲れ」
「戻すのか?」
「大分消耗してるしね。頑張ってくれたからもういいよ」

 そう言ってポワルンをボールに戻すジャックには、余裕がある。それに先ほどの自分が不利な状態になって
からの逆転劇。

(まるで、シリアみたいだ)

 使うポケモンは違えど、サファイアには彼のバトルにシリアの面影が見えた。そんな感慨に囚われるサファ
イアに、ジャックはニコニコと話しかける。

「どうしたのお兄さん?次のポケモンを出してよ」

ジャックはすでにカクレオンを出している。観客席からも早く出せ、待たせるなという声が飛んでいた。

「……ああ。いくぞ、フワンテ」
「じゃあさっそく。カクレオン、影打ち!」
「しっぺ返しだ!」

 カクレオンが舌を出して、そこから影による先制技を放つのを敢えて受ける。そしてそっくり返すように、
フワンテも影を放射する。カクレオンの体がのけぞり、舌を巻いた。

「しっぺ返しは相手よりも遅く行動した時、威力が二倍になる!」
「先制技を読んでの判断ってことか……やるね」
「その通りさ。フワンテ、風起こし!」
「カクレオン!」

 ジャックがカクレオンに目くばせする。すると、カクレオンの姿が空間に溶けるように隠れた。舞う風は空
を切り、その姿を見失う。

「カクレオンの能力か……フワンテ、気合溜めだ!」
「さあ皆さん、僕のカクレオンはどこにいったでしょう?」

 フワンテに気合を溜めさせながら、サファイアは周囲に目を配らせる。観客もカクレオンの姿を探している
。たっぷりと間をおいて、ジャックはフワンテを指さす。

「それでは、正解発表!正解は――そこだぁ!カクレオン、だまし討ち!」
「フワンテ、後ろに締め付ける!」

 フワンテの真後ろにカクレオンの姿が現れる。だが、サファイアはカクレオンの出現位置を読んでいた。恐
らく現れるとすれば相手の死角だろうと。そこに締め付けるを命じ、フワンテの紐がカクレオンの体を締め付け
――――なかった。それは空を切る。本体は、フワンテの目の前にいた。その舌が、フワンテを逆に締め付けに
かかる。

「悪くない読みだね、だけど外れだよ。僕はあの時カクレオンに姿を隠すと同時に影分身を使うように命じて
いたのさ」
「……まさか」
「そう!君のフワンテの真後ろに現れたのは分身!本体はゆっくりと目の前まで移動していたってわけ」
「……なるほどな」
「しかもそれだけじゃないよ。僕のカクレオンは特性『変色』を持ってる。この特性は自分の受けた攻撃技を
同じタイプになることが出来る!しっぺ返しは悪タイプの技だから今のカクレオンは悪タイプ。よって悪タイプ
の技のだまし討ちは威力が上がるってわけさ。早くなんとかしないと危ないよ?」
「いいや、それには及ばないさ」
「?」

 カクレオンはフワンテの体を締め付けている――ように見えて、実際には何もない空間をぐるりと巻いてい
ただけだった。そのことに気が付いたジャックが、目を見開く。それを見て、サファイアは口の端を釣り上げて
笑った。

「影分身を使っていたのはカクレオンだけじゃない、あんたがゆっくり時間を取ってる間に俺のフワンテも影
分身を使っていたのさ!そして本体は――そこにいる!フワンテ、妖しい風だ!」

 カクレオンが狙っていたフワンテは、途中から作り出した分身にすり替わっていた。本物のフワンテは見え
ないほどに小さくなってその場から離れていたというわけである。そうして作り出した隙を逃さず、サファイア
は一気に決めにいった。不可思議な紫色の風が舞い、カクレオンの体を打つ。だがカクレオンはたいして痛くも
なさそうにフワンテを探している。

「まだまだ、悪タイプになったカクレオンにはゴーストタイプの技は通じないよ!」
「だけど、変色の特性でカクレオンはゴーストタイプになった。そして怪しい風は、フワンテの能力を上げる
ことが出来る!フワンテ、シャドーボールだ!」

 フワンテの眼前に巨大な闇のエネルギーが固まり、球体となってカクレオンの体に打ち込まれる。威力、ス
ピードと共に跳ね上がったそれは避けさせる暇もなくカクレオンに当たり――コンテスト会場の壁際までふっ飛
ばした。

「綺麗に決まりました!巧妙な騙し合いを制し、サファイア選手のフワンテがカクレオンを下したーー!!」

 カクレオンの体が倒れ、舌がだらしなく口からはみ出る。それをジャックはボールに戻し――今までのあど
けない笑みとは違う、獰猛ともいえる表情を一瞬みせた。サファイアだけが気付き、ぞっとする。とても子供の
物とは思えない。

「……あんた、本当に何者なんだ?」
「僕はただの『ジャック』だよ?そんなことよりせっかく盛り上がってきたんだ。もっと楽しもうよ。その為
にちょっと――本気出しちゃおっかな!!」

 ジャックがボールを持った右手と開いた手のひらを胸の前で合わせる。そんな仕草で押されたボールのスイ
ッチから飛び出たのは――大きく丸みを帯びたボディをした、見るからに鋼タイプのポケモンだった。顔の部分
に当たるであろう場所には、赤い点がいくつも並んでいる。


「さあ出ておいで、人々に恐れられし鋼のヒトガタ――レジスチル!!」


 そのポケモンは、ジャックを除くその場にいる誰もが見たことないポケモンだった。それを見た観客たちの
反応は、興奮とは違うどよめき。レジスチルを見ていると得体のしれないものへの恐怖と、何か本能的な不安が
こみあげてくるのだ。
 
(なんだ、こいつ……こんなのと戦って勝てるのか?)

 その感情は、目の前に相対するサファイアにもはっきりと沸き起こっていた。フワンテも、わずかに震えて
いる。今笑っているのは、ジャックだけだ。

「いくよお兄さん。レジスチル、原始の力!」
「……フワンテ、妖しい風!」

 レジスチルの周りに浮かんだ岩が、小さくなったフワンテを的確に狙ってくる。それをフワンテは風で吹き
飛ばそうとした。だがいくつかが、フワンテの体に当たる。能力をアップさせたフワンテ以上に、レジスチルの
能力が高いのだ。

「この瞬間、元始の力の効力が発動!君の妖しい風と同じく、レジスチルの能力をアップさせるよ!」
「まだ強くなるのか……なら一気に決めてやる。フワンテ、シャドーボールだ!」

 レジスチルへの恐怖から、サファイアは勝負を焦った。巨大なシャドーボールがまっすぐ飛んで行き、闇の
エネルギーがレジスチルの体を一瞬黒く染めるが――

「ふふん、そんなもんじゃ僕のレジスチルは倒せないよ!これでとどめだ、ラスターカノン!!」
「しまった……!」

 レジスチルは、平然とそこに立っていた。その顔のような点には一切の変化が読み取れない。レジスチルの
眼前から、鈍色のエネルギーが溜まっていく。シャドーボールとは違い、周りに不吉な輝きをまき散らしながら
放たれたそれはフワンテに避ける暇を与えなかった。

「……戻れ、フワンテ」
「これでお互い一匹ずつだね、お兄さん」

 屈託のない笑顔で、ジャックは笑っている。それをできるだけ見ないようにしながら、サファイアは最後の
ポケモンを繰り出した。

「……頼む、ジュペッタ」
「−−−−」

 ジュペッタが声を上げて現れる。本来おどろおどろしいはずのそれは、レジスチルの圧倒的な威容の前には
まるで子供の悪戯のようにちっぽけに聞こえた。いつもなら落ち着けと諭してくれるジュペッタですら、目の前
の敵に怯えている。

 そんなサファイアとジュペッタを見かねたのか、ジャックはポケットから包み紙を取り出してサファイアに
放った。二人の距離は遠く、届かないかと思われたがそれは不思議な力に乗せられたかのようにサファイアに届
く。

「もう、しょうがないなあ。お客さんを楽しませるお兄さんがそんなことでどうするの?飴ちゃんあげるから
元気出してよ」
「これは……」

 ジャックがよこしたそれは、飴玉などではなかった。それは特殊な石。メガストーンに対応するもの。

「君はシリアのようなエンターテイナーを目指してるんでしょ?だったら、どんな敵が相手でも笑顔でいなき
ゃ。笑顔で、強くて、優雅で、幽玄で。そんなトレーナーに君はなるんじゃなかったの?」
「……」

 なぜジャックがそれを知っているのかはわからない。ただ一つ言えるのは、彼の言う通りだということ。


「さあ僕を、お客さん達を楽しませてよ。お兄さんなら、それが出来るよね?」

 
 ジャックは再びにっこりとほほ笑みかけた。さっきまでは恐怖を与えてきたそれに――サファイアは、笑っ
て応える。全ての客席に聞こえるような大声で。


「レディース、エーンド、ジェントルメーン!!」


 突然の大声に、観客たちの視線が一斉にサファイアに集まる。それを受け止めるように両手を広げ、サファ
イアはこう宣言する。

「これより皆さまには、私の相棒、ジュペッタによる楽しいバトルをご覧いただきます!この一幕を、どうか
お見逃しのないように!

ではまずは私の守りの大楯ヤミラミに引き続き――メガシンカ、いってみましょう!さあ皆さんもご一緒に!」

 渡されたキーストーンに反応してジュペッタの体が光り輝く。体のチャックが開いていき、その中から鋼を
も切り裂く紫色の爪が現れる。


「現れ出でよ、全てを引き裂く戦慄のヒトガタ――メガジュペッタ!!」
「−−−−−−!!」

 
 ケタケタケタケタ。恐ろしくも愛嬌のある叫びがステージに響き渡る。シリアと同じ口上でメガシンカをさ
せる。二度目のメガシンカがサファイアの体力を消耗させたが、サファイアは笑みを崩さなかった。それはレジ
スチルへの恐怖を打ち消し、再び観客たちに歓声を巻き起こした。

「さあ行くぞ、ジャック!俺たちの力、見せてやるぜ!」
「いいよ……すごくいい。それでこそ、僕の見込んだトレーナーだよ。

さあ……どこからでもかかっておいで!」

 メガシンカを遂げたジュペッタと、レジスチルがぶつかり合う――


「レジスチル、原始の力!」
「影分身で躱せ、ジュペッタ!」

 出現した岩の影を縫うように移動して、ジュペッタが避ける。メガシンカを果たしたジュペッタの特性は―


「いたずらごころ。変化技を使うときの早さが上がる特性だね。これは当てるのは難しそうだ」
「そこまで知ってて……だけど加減はしません。ジュペッタ、鬼火だ!」

 特性の力で弾丸のように飛ぶ鬼火がレジスチルに命中する。これでレジスチルは火傷を負った。

(レジスチルの攻撃力、防御力ははっきり言って脅威だ。ここは影分身でしのぎながら火傷のダメージで体力
を削る!)

 戦略を建て、直線状に撃たれるチャージビームを躱す。原始の力やチャージビームは攻撃しながら自らの能
力を上げる技だが、当たらなければその効力を発揮しない。

「さあ、僕とお客さんに魅せてよ、君のバトルを!レジスチル、ラスターカノン!」
「もう一度影分身!」

 鈍色のエネルギー弾が放たれる前に、ジュペッタの体は無数に分身している。狙いをつけられず、レジスチ
ルの技は再び空を切る。

「ここからだ!ジュペッタ、影法師!!」
「−−−−」

 影分身によって増えたジュペッタの体が巨大化し、無数の幻影と化してレジスチルを取り囲む。並のポケモ
ンを恐怖を齎すサファイアたちの必殺技だが。

「面白い攻撃だね、でもそんなんじゃレジスチルは怖がらないよ!」

 レジスチルの文字通りの鉄面皮には、いかなる変化も見受けられない。通常であれば、まったく無意味な結
果となるが、ここはコンテストだ。影分身とナイトヘッドの合わせ技に観客がわずかにいいぞ、頑張れと声をあ
げる。

「さっそく魅せてくれるね、面白いよ」
「まだです、さらにジュペッタ、虚栄巨影!!」

 まだサファイアたちの必殺技は終わっていない。ナイトヘッドにより巨大化した影を利用した、とてつもな
く大きなシャドークローがレジスチルの体に襲い掛かる。それはレジスチルの鋼の体に当たり、引き裂いたかに
思えた。

「どうだ!これが俺たちの全力だぜ!」
「すごい攻撃……必殺技に必殺技を重ねるなんてね」

 ジュペッタの体が元に戻り、レジスチルの姿が見えるようになる。観客、そしてサファイアもレジスチルの
倒れた姿を予想したが――そこにいたのは、まるで無傷のレジスチルの姿だった。

「そんな……あの攻撃が効いてない!?」
「君があのナイトヘッド……影法師だったかな。それを使ってる間に僕はレジスチルに鉄壁を使わせたんだよ
。その効果でレジスチルの防御力はさらにアップ!君の攻撃を防いだってわけさ」
「また能力をアップさせる技か……ならこれだ!ジュペッタ、嫌な音!」
「∺−∺−∺!!」

 ジュペッタのチャックの中からケラケラケタケタと、恐ろしくも愛らしい音がコンテスト会場に響く。耳を
塞ぐ人もいれば、音楽の様に聞き惚れる人もいた。人を選ぶためコンテストではあまり使いたくない部類の技だ


「防御力を下げようっていう魂胆かな、だけどそれも僕のレジスチルには通用しないんだよね。なぜならレジ
スチルの特性は『クリアボディ』!相手の能力を下げる技の効果を無効にするよ」
「そんな……それじゃあ、そっちは能力を上げたい放題で、こっちの能力を下げる技は受け付けないってこと
か!」
「そういうこと、さあレジスチル。今度は『のろい』だ!」

 レジスチルの体の周りに黒い点字が浮かんでいる。サファイアや観客には意味が分からないが、それは呪詛
。その呪詛はレジスチルの速度を下げる代わりに、攻撃力と防御力をあげる。

「……だけど、そんなにゆっくりしてる余裕はないんじゃないですか?早く私のジュペッタを倒さなければ、
火傷でダウンしてしまいますよ」
「お、冷静さを取り繕ったね。関心関心。だけど心配ご無用!レジスチル、眠る!」
「なっ……!」

 レジスチルが指示された通りに眠る。それによってレジスチルの体力が回復し――さらに、火傷の状態異常
をも消し去った。瞳すらない鋼の姿が眠って微動だにしない様は、不吉な像を見ているような不気味さを感じさ
せる。

(ダメだ、隙がない……能力変化、回復技、そして高い自力……一体どこに弱点があるんだ)

 眠っている間は当然相手はは動けない。今がチャンスなのだが、どうすべきかをサファイアは見失っていた
。状態異常も必殺技も通用しない。そんな相手にどう戦えばいいのか、答えが見いだせない。

 考えている間に時間が経ち、レジスチルが目覚めてその両手を上げた。

「ふふん、さすがにお手上げかな?僕も君の影分身相手には参ってるけど、どんなに分身に紛れても攻撃し続
ければいつかは攻撃が当たるよね。レジスチルには眠るがある限り、無限に攻撃が出来るんだから」
「……」

 今のサファイアとジュペッタに、レジスチルが眠っている間に倒しきるだけの技はない。影分身で向こうの
攻撃を躱すことは出来るが、能力の上がった向こうの攻撃は一発当たっただけでも致命傷だ。

(だけど、何かがおかしい。何か違和感がある、それはなんなんだ?)

「さあ、これ以上お客さんを魅せることは出来るかな?レジスチル、メタルクロー!」
「ジュペッタ、影分身!」

 レジスチルの腕が伸び、ジュペッタを引き裂こうとするのを分身で躱す。観客たちは今はハラハラしながら
見ているようだが、いつまでもこの光景が続けば飽きられるだろう。そして自分たちも負ける。

 感じた違和感。この状況の打破するにはどうすればいいか。考えて、考えて考えて――

(……そうか!)

 答えを出す。だがそれは上手くいく保証はない、一種の賭け。

「……なあジャック。あんたさっき、無限に攻撃が出来る。そう言ったよな」
「うん、言ったよ?」

 にやり、とサファイアが笑う。それに合わせてジュペッタも笑った。主が策を思いついたのを感じ取ったか
ら。


「悪いがその言葉――斬らせてもらう!!ジュペッタ、恨みだ!」
「!」
「−−−−!」


 ジュペッタがレジスチルの攻撃に対して呪を込める。その効果は――


「恨みは相手の使える技の回数を下げる……そう、あんたの攻撃するチャンスは無限のようで無限じゃない。い
くら強力なポケモンだろうと、いくら能力を上げようと――使える技の回数という限界があったのさ!後はそっ
ちの攻撃を全てジュペッタが躱しきれば俺たちの勝ちだ!」


 わあっ、と観客たちが立ち上がり盛り上がる。繰り広げられる光景自体は一見変わらない。攻撃するレジス
チルを、ジュペッタが避けるだけ。だが決定的に違うのは、それには終わりがあるということ。ジュペッタが攻
撃を躱しきるか、レジスチルが攻撃を当ててジュペッタを倒すか。勝負はそこに絞られた。

「面白い……面白いよサファイア!いくら終わりがあるとはいえ僕の攻撃を全て躱しきるつもりだなんて!出
来るもんならやってみてよ!」
「やってみせるさ、そうだろジュペッタ」
「−−−−」

 勿論です、と相棒が答えたのがはっきりわかった。そのあとは、ジュペッタが影を利用し、レジスチルに悪
戯のように時折攻撃をする余裕を交えてはステージを幽雅に舞い踊りながら、バトルを進める。結果は――


「……うん、決まったね」
「……ああ」


 レジスチルはジュペッタの攻撃を受けても眠るを繰り返し無傷。対するジュペッタは笑い声をあげるものの
躱し続けて疲弊しきっている。お互いの体力の差は決定的だ。

「もう僕のレジスチルには『わるあがき』しかできない……君の勝ちだよ」

 ジャックがレジスチルをボールに戻す。勝者は――サファイアとジュペッタだ。


「決まりましたー!!長い、長い激闘の果てに勝利を掴んだのは、恨みで相手の技を全て削り切って勝負を続
行不能に追い込んだサファイア選手のジュペッタだー!!」


 観客がサファイアとジャックを讃え、拍手をする。その二人も、お互いの健闘を讃えて握手をした。後は審
査員の結果を待つだけだが。

「……ありがとう。楽しいバトルだったよ、サファイア。この勝負君の勝ちだ。」
「ああ、俺もだ。すごくワクワクした。……いいのか?」
「満足させてもらったしね。それじゃあ約束もあるし一足先に外で待ってるよ!」

 そう言ってジャックは観客に一礼した後、ステージから降りる。サファイアもそれに倣ってステージから退
出した。そしてサファイアはジャックのいるであろうところに向かう。ルビーも一緒だ。彼にはいろいろと聞き
たいことがある。

「やあ、二人とも来たね。待ってたよ」

 ジャックは言った通り待っていた。ルビーが開口一番こう言う。

「へえ、ちゃんと待ってたんだね。書置きの一つでも残していなくなってるかもと思ってたけど」
「やれやれ、君には可愛げがないなあ。サファイア君を見習ってよ」

 その口ぶりはまるでサファイアのこともルビーのことも昔から知っているかのよう。

「……どうして、俺たちの事そんなに知ってるんだ?」
「へへ、なんでだと思う?」

 屈託なく笑うジャックの表情は見た目通りの子供のそれだ。何でと言われても、わかるはずがない。

「詳しいことは言えないけどね。僕は君たちのことをずっと待ってたんだ。――僕を永遠の牢獄から解放して
くれる人を」
「……?」

 ジャックとしてはそれで回答のつもりなのだろう。だがサファイアとルビーには余計訳が分からない。

「いずれわかるよ、いずれね。一つはっきり言えるのは、僕は君たちの成長にすっごーく期待してるってこと
。そして今日君は僕の期待に一つ応えてくれた。今のところはそれだけでもういうことはないよ。頑張ってね」

 その言葉は一方的で、疑問を挟む余地を与えていない。

「さあ、この話はこれで終わり。他に何か聞きたいことはある?」

 まだ聞きたいことはあった。ルビーとサファイアは、同時に口を開く。

「君と兄上には、何か繋がりがあるのかい?」
「どうしてあんたのバトルは、そんなにシリアに似てるんだ?」

 二つの質問を聞き、ジャックは苦笑した。

「あはは、君たち本当に仲がいいんだね。――そうだね、出血大サービスで教えてあげちゃおっかな〜どうし
よっかな。うん」
「……はぐらかす気かい?」

 ルビーの目が鋭くなったので、まあまあと手のひらを前に出しながら、ジャックは言う。

「じゃあ教えてあげるよ。シリアとはいわゆる師匠と弟子ってやつだね」
「へえ、そうなのか……やっぱりジャックもシリアに憧れたのか?」
「えへへ、そんなところかな―」
「……」

 ジャックの答えは、意外にまともだった。ルビーは少し眉を顰めたが、サファイアにしてみればなんという
こともない。ジャックが弟子ということだろうと解釈する。

「……最後に一つ、君はどうしてあんな――誰も見たことがないようなポケモンを持っているんだい?」
「それは、教えてあーげない」

 今度こそはぐらかすジャック。ルビーはため息をついた。

「やれやれ、質問したつもりが逆に疑問が増えただけみたいだよ。これ以上聞いても意味はなさそうだ」
「ふふ、期待に沿えなくてごめんね?でも僕にもいろいろあるからさ」
「いいよ、お互いシリアに学んだ者同士ってことがわかっただけ嬉しいさ」

 弾んだ声でサファイアが言う。自分以外にもシリアに憧れた人がいて、その人と楽しいバトルが出来たのな
ら、サファイアには言うことがなかった。

「それじゃ僕はもう行くね。二人はデートの続きを楽しんでよ」
「なっ……!」
「……!」
「あ、そうだー!二人とも、キンセツシティのジムリーダーには気をつけてねー!!」
「え?あ、ああ。わかった!じゃあなー!!」

 あっけらかんとそ他人にう言われ、顔を赤くする二人。それを見て満足そうに頷いた後、ジャックは走りな
がら去っていく。後にはサファイアとルビーの二人が残された。

「さて……どうする?」
「……ここでぼうっとしてても仕方ないよ。まだまだカイナシティについたばかりだし、いろんなところを見
て回ろう」
「……そうだな、そうするか」

 そうして、二人はカイナシティをめぐる。慌ただしい旅に、しばしの休息をとるのだった――。


  [No.1514] 別れ。そして新たな仲間 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/02/08(Mon) 17:05:38   33clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

カイナシティを出たサファイア達は、キンセツシティを目指し一本道を歩く。さすがにこの辺りともなると草む
らの回りにも人工物が増えてきて近代的な風景になっているのが感じられた。特に目を引くのはなんといっても
、右手の上にあるサイクリングロードだ。自分の背よりもはるか高くにある道路というのは、サファイアもルビ
ーも初めて見る。

「なんていうか・・・俺達、初めて見るものばっかりだな」
「まあ、お互いに狭い世界のなかにいたということだろうね。いいじゃないか、新鮮で」
「あの上にはどんなトレーナーがいるんだろうな、自転車に乗りながらバトルとかするのかな?」
「やれやれ、相変わらずのバトル脳だね。そんなの危なくてできるわけないじゃないか」
「・・・ま、それもそうか」
 
 この時二人はエメラルドがまさにその自転車に乗りながらバトルしていることなど想像もしなかった。
 
 しばらく歩き、二人はT字路にさしかかる。キンセツシティに向かうためには野生のポケモンが多く出没する
長い草むらを通り抜けねばならない。サファイアは意気込み、ルビーが彼の後ろに隠れながら先に進むいつもの
進行をとろうとしたときだった。
 
「そこの若いお二人さん、その草むらを進むのかい?」
「?」
 
サファイア達が振り向くと、そこには杖を付いた白髪の老人が一人いた。さっきまでは居なかったはずの人を不
思議に思いつつも、こういうときに話をするのは大抵サファイアの役目だ。

「そうだけど・・・この先に何か危ないことでもあるんですか?」
「危ないこともなにも、この先には野生のポケモン が多くでるでの、お主らが通れるようなトレーナーか確か
めようと思ってな」

 そういうことか、とサファイアは思った。なら心配はいらない。それを示すために、バッグのジムバッジを
取り出して見せる。
 
「俺達バッジを二つ持ってるんだ。だから大丈夫だよ」
「ほっほっほ・・・大した自信じゃの」
 
 その時、老人の目が輝いた気がした。後ろのルビーがはっとして叫ぶ。
 
「サファイア君、危ない!」
「えっ・・・わっ!」
 
 回りを見ると、一本の老木がその大枝を降り下ろさんとしていた。慌ててルビーの手を引き避けるサファイ
ア。
 
「なんだこいつ・・・野生のポケモンか!?」
「ほほ・・・儂のオーロットの攻撃をかわすとはやるの」
「あんたのポケモンだったのか!危ないじゃないか!」
「この程度の攻撃をよけれんではこの先の草むらにはいってもケガをするだけじゃよ。ーーさあ次はバトルじ
ゃ!出でよ、儂のポケモン達!」
 
 老人は腰のボールを取りだし、上に放り投げた。中から出てきたのはーーカボチャのようなスカートをはい
た人にも見えるポケモン、パンプジンだ。
 
「イタタタ・・・さあ、この先を行きたければ儂に勝つことじゃな!二人まとめてかかってきなさい!」
 
 老人は動かした腰をトントンと叩きながらも、鋭く言った。
 
「・・・俺だけじゃダメだってことか?」
「無論!」
「どうするルビー、いけるか?」
「面倒だけど、仕方ないね。この手のお爺さんは頑固だから。でておいでキュウコン」
「コーン!」
 
 キュウコンが元気よく鳴いて現れる。サファイアもジュペッタを出した。

「よし、二人ともポケモンを出したな。ならばゆくぞ!ウッドハンマーにシャドーボールじゃ!」
 
「影分身だ!」
「影分身」
 
 二匹の攻撃を、二人はいつものパターンでかわす。一気に増える影を見て、老人は杖でコツ、コツと地面を
叩いた。
 
「いきなり逃げの姿勢とは二人とも根性がたらんの。ならばオーロット、あれじゃ!」
「オォー!」
 
 オーロットが吠えると、なんと回りに生い茂る木々達が、若木も老木も動き始めた。そしてそれらが、影に
向かって突進していく。
 
「見るがいい、これがオーロットの能力じゃ!お主らの分身は消させてもらうぞ」
「くっ・・・だったら攻撃だ!ジュペッタ、シャドークロー!」
「キュウコン、パンプジンに鬼火!」
 
 ジュペッタが木々の影を継いでいき、一気に伸ばした影の爪でオーロットを襲う。さらにキュウコンがその
尾から九個の揺らめく鬼火をはなつ。
 
「オーロット、身代わりじゃ!」
 
 だがオーロットは今度は自分の回りに木々を引き寄せ、二体の壁にする。爪も鬼火も木々に阻まれ、ダメー
ジを与えられない。
 
「木は防御にも使えるってことか・・・」
「その通り、木を隠すなら森のなかじゃ、さあ今度はどうする若いの」
 
 あの木々を越えられなければダメージを与えることはかなわない。ならばーー
 
「ナイトヘッドだ!」
「ほう、そう来るかの」
 
 ジュペッタの体が巨大化し、相手を恐怖させることで精神的なダメージを与える。これならば木の遮蔽は関
係ない。オーロットがその巨体におののく。
 
「だがまだじゃよ。パンプジン、日本晴れじゃ。そしてオーロット、木の実を食べてリフレッシュじゃ!」
 
 オーロットがオボンの実を食べて回復する。だがルビーとサファイアにしてみればそれどころではない。
 
「日本晴れ・・・!ルビー、どこかに隠れろ!」
「なんじゃ、日焼けなんぞ気にしとるのか?軟弱じゃのう」

 ルビーは頷いて日陰に隠れる。彼女は強い日差しには弱いのだ。バトルする二人との距離は離れるが、仕方
がない。
 
「・・・こうなったら、さっさと終わらせる!ジュペッタ、影法師!」
 
 ジュペッタがふたたび影分身をし、さらに増えた分身が一斉に巨大化して更なる恐怖を演出する。これでオ
ーロットに一気にダメージを与えようとするがーーオーロットは一心不乱に木の実を食べ続けている。木々につ
いた木の実を収穫しているのだ。
 
「ほほ・・・残念じゃったの、儂のオーロットの特性は『収穫』じゃ。この特性は特に日差しが強いとき、食
べた木の実をさらに食べ続けることができる!」
「なんだって!」
「これが儂らの攻撃防御回復完璧な戦術じゃ、どうじゃ?参ったかの?」
「そんなわけないさ、でも・・・どうして俺達の邪魔をするんだ?はっきりいって、この先の野生のポケモン
があんたほど強いとは思えない。なんでそこまでするんだ?」
「・・・」
「おい!」
 
 老人は答えなかった。サファイアが怒りそうになるのを、ルビーが制止する。
 
「無駄だよサファイア君。このご老人の目的は本当はそこじゃないから」
「・・・ルビーにはこのバトルの理由がわかってるのか?」
「確信は持てないけどね。でも・・・付き合ってあげてくれないかな」
 
 ルビーがこういうバトルに積極的になるのはかなり珍しい。ーーなら、彼女の意思を尊重しようと思った。
 
「わかった。そういうことなら全力でいくぜ!」
「助かるよ、ボクもそろそろ本気を出そうかなーーキュウコン、火炎放射!」
「ジュペッタ、虚栄巨影!」
 
 キュウコンの尾に業火が灯っていく。ずっと彼女はエネルギーを溜めていたのだ。それが今、九本の柱とな
ってオーロットに放たれる。さらにジュペッタの巨大化した影の爪の部分が、鋭さを増してオーロットを襲うー
ー二人の全力攻撃にたいし、老人は唇を歪めた。

「ようやく歯ごたえのある攻撃をしてきよったな。オーロット、ゴーストダイブ!パンプジンはハロウィンじ
ゃ!」 
 
 その攻撃に対しオーロットは、なんと木々の影にとけるようにその姿を消してしまった。炎と爪が木々を焼
き、切り裂くがオーロットは出てこない。
 
「いったいどこに・・・」
「そこじゃよ、出てこいオーロット!」
 
 
 オーロットは、キュウコンの影から現れて思いきり体当たりした。キュウコンが吹き飛ばされる。
 
 「キュウコン!大丈夫、それにその姿は・・・」
 
 ルビーが驚く。それは相棒が大きなダメージを受けたというだけではない。キュウコンが口から吸血鬼のよ
うな鋭い歯が生えて、どこからつけられたか黒いマントを着けていたからだ。
 
「これはいったい・・・」
「パンプジンの技、『ハロウィン』の効果じゃよ。こいつはこの技を受けた相手に、ゴーストタイプを与える

「タイプを・・・与える?」
 
 言っていることがピンとこず、おうむ返しになるサファイア。
 
「そうじゃ、これでお嬢ちゃんのキュウコンは炎・ゴーストタイプになった。つまり、ゴーストタイプの技が
効果抜群となる!」
「そんな技があったなんて・・・」
 
 指をたてて説明する老人に、素直に驚くサファイア。この老人、技や特性の使いこなしかたが半端ではなか
った。ーー今まで直接戦った相手のなかではトップクラスだろう。そんな相手とこんな道中で戦うことになると
は思わなかった。
 
(だけど俺は笑顔を忘れない。どんな相手でも、どんなときでも相手を笑顔にするバトルをするんだ)
 
「さあ、そろそろ勝負を決めさせてもらうぞ、オーロット、もう一度ゴーストダイブじゃ!」
 
 オーロットがふたたび影の中に隠れる。まだまだ木々はあるせいで、隠れ場所は無限大だ。
 
「サファイア君、どうする・・・」
「・・・」
 
 考える。本当に影に隠れる相手を見つける方法はないのか。敵の影を、はっきり写し出すことができればー

 
「ジュペッタ、虚栄巨影だ!」
「ーーーー!」
 
 ジュペッタがふたたび巨大化し、その鋭き爪に大きな闇を灯す。そしてサファイアはルビーを見た。
 
「ルビー、キュウコンに空へ火炎放射を打たせてくれ!」
「わかった、キュウコン!」
 
 迷いなく、サファイアのいう通りに空に火炎放射を打たせる。勿論それは空を切り、どこにも当たらないー
ー訳ではなかった。それは巨大化したジュペッタにあたり、その影を紅く燃やした
 
「・・・なんの真似かの?」
 
 首をかしげる老人、サファイアは自分の読み通りになったことに強い笑みを浮かべた。
 
「深紅の焔が、見えない影を照らし出す!あんたの居場所、これで見切った!ジュペッタ、これが俺達の新し
い技ーー散魂焔爪!!」
 
 天に伸びた焔は地面の影をも照らし、くっきりと見せていた。それによってジュペッタはオーロットの居場
所を見切り、焔を宿した真っ赤な爪で引き裂く!
 
「なんと・・・儂のオーロットが一撃で戦闘不能に・・・この土壇場でこんな技を思い付くとはの」
 
 サファイアを称える老人に、サファイアは首を振った。
 
「ヒントをくれたのはあんたさ」
「どういうことかな?」
「あんたはハロウィンでキュウコンを炎・ゴーストタイプにしたっていったよな・・・だったら技も工夫すれ
ば、二つのタイプを持たせることができるかもって思ったんだ」
「ほほ・・・確かにそういう技もあるよ。じゃがそれを自力で編み出すとは・・・大したもんじゃ」
「あんたにはまだパンプジンが残ってる、もういいのか?」
「パンプジンはオーロットをサポートするためのポケモンじゃ・・・もう、思い残すことはないよ。」
「えっ?」
「ありかとうの、二人とも。こんな老いぼれの我儘に付き合ってくれて・・・」
 
 すると老人は、空中に浮かび上がったかと思うと突然その姿を消してしまった。慌てて回りを見回すサファ
イア。
 
「なんだ?ポケモンの技か?」
「違うよサファイア君、これはーー」
 
 ルビーが何かを説明しようとした時だった。一人の老婆が家から出てきて、二人を家に招くーー
 
 
 
「そっか・・・そういうことだったのか」

 
 
 サファイアとルビーは老婆から事情を聞いた。あの老人は、元はカロス地方のトレーナーで、生涯現役を謳
った有名なトレーナーであったこと。だがバトルの途中で心臓が止まり、亡くなってしまったこと・・・そして
、こちらに引っ越してきてからというもの、生前バトルの途中で死んでしまった無念を晴らそうと草むらを行こ
うとするトレーナーにバトルを仕掛けていたことを。
 
 
「今まで色んなバトルをしとったが、じいさんは満足できんかったんじゃろうな。なかなか成仏せんかった・
・・きっとあんた達とのバトルが楽しかったんじゃろうな。ありがとう、本当にありがとうよ・・・」
 
 涙ながらに言う老婆。彼女の気持ちが収まるのを待ってから、サファイアは聞いた。
 
「・・・あの、失礼かもしれませんけど、このポケモン達はどうするんですか?」
 
 回復させたオーロットとパンプジンを見る。死んだ老人に付き合ってバトルをするということは、きっと彼
らはバトルが好きなのだろうと思った。だが一緒に戦うトレーナーが今はいない。

「そうじゃのう・・・これからは儂が世話をするかのう。じゃがそれもいつまでできるか・・・」
 
 老婆は不安そうにポケモン達を見た。老い先短い自覚があるのだろう。
 
「だったらそのポケモン・・・俺達に預けて貰えませんか?ポケモン達がいいなら、ですけど」
「サファイア君・・・」 
 
 ルビーがその心中を察して呟く。
 
「そのポケモン達、すっごく強かった、バトルを楽しんでた。それがもうバトルできなくなるなんて・・・も
ったいないよ」
「そうじゃのう・・・いいかい?パンプジン、オーロット・・・」
「オー・・・」
「パン!」
 
 オーロットはサファイアに、パンプジンはルビーに近づいて笑ったーーように見えた。ついてきてくれると
いうことだろう。
 
「それじゃあ、これからよろしくなオーロット」
「いいんだね、パンプジン?」
 
 するとパンプジンは、二人に小さなカボチャを放った。それを二人が受け止めるとーーボワンと音をたてて
煙を放つ。

「そうそう、パンプジンは『ハロウィン』で服を作るのが好きでねえ・・・それはきっと、パンプジンの気持
ちじゃよ。遠慮なく受け取りなさい」
 
 サファイアの手には漆黒のダークスーツが、ルビーの手には白黒の魔女の衣装が握られていた。サイズも見
たところぴったりだ。老婆が笑って言う。
 
「ささ、さっそく着てみてごらん、ついでだから今日は泊まっておいき、一人になると思うと寂しくなるから
ねえ・・・」
 
 そう言われては断れるはずもないし、ありがたい申し出でもあった。二人は言葉に甘え、オーロットやパン
プジンと老人の思出話を聞きながら一夜を過ごすのだったーー
 
 
 


  [No.1517] 雷と暗雲の街、キンセツ 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/02/15(Mon) 15:09:56   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ここが・・・キンセツシティ」
「町そのものが一つの屋内と化した場所・・・日傘の必要がないくらいにおもっていたけど、これはすごいね


老婆と別れを告げ、オーロットとパンプジンとの息を合わせながら草むらを抜けたサファイア達はキンセツシ
ティを見上げて感嘆の声をあげていた。

そこは正しくルビーの言う通りの場所で、入り口のサファイア達から見ればそびえ立つ黄色と銀の城のようです
らあった。カイナシティも華やかな町だったが、あちらは草花が豊かだったのに対し、こちらは鉄と鋼の光沢に
よる美しさを感じる。
 
「この中にはどんな店があるんだろうな、なんかわくわくするよ、俺」
「浮かれちゃって、子供みたいだね。・・・ま、わからなくもないけど」
 
 そういうルビーも、内心は期待に胸を踊らせているのかもしれない。キンセツシティには町の前に受付があ
り、そこで名前を言うと登録証が発行され、街中ではそれがパスポートのようなものになる。不審者を防ぐため
のシステムらしい。
 
「サファイア・クオールです」
「ルビー・タマモだよ」
 
 そう名乗ると、受付嬢が目を見開いた。すぐに冷静を装って少々お待ちくださいといい、どこかに電話をす
る。ほどなくして登録証は発行された。だが。
 

「貴様ら、そこで止まれ。これ以上近づけば命の保証はせんぞ」
 
 
 いざ町に入った二人を待ち受けたものは、紫色と金の派手な制服を来た男達、そしてサファイア達に物騒な
事を言い放った紫の革ジャンを来て、髪を雷の具象化のように尖らせた派手な男による包囲だった。いきなり取
り囲まれ、困惑するサファイア。
 
「な・・・なんなんだ、あんたらは!」
「俺様の名を問うか。ならば聞くがいい。俺様はキンセツシティジムリーダー、ネブラ・ヴォルトだ」
「あんたがこの町のジムリーダー?何のためにこんなことを」
 
 ネブラと名乗った男の口調は少しだけエメラルドに似ていたが、向こうは自分の自信が満ち溢れているが故
のものに対し、目の前の彼は自分の与えられた役目に相応しいものにすべく意図的にやっているようにもルビー
には感じられた。彼はサファイアの質問にこう答える。
 
「はっ!知れたことよ、世界の王者にありながらティヴィル団なる悪の組織に荷担し、この町に仇なすシリア
・・・其奴と血を分けた女が入り込む前に捕らえにきたのだ」
「なっ・・・!!」
「・・・」
 
 あまりに突然の嫌疑を向けられ、言葉を失うサファイアとルビー。ルビーは増して直接疑いをかけられ、シ
リアと同一視されているのだ。ルビーの目が冷たくなる。

「なんの根拠があってそんなこと言うんだ!シリアが何かしたのかよ!」
「ふ・・・愚問だな。カナズミシティでのやつの戦い、あれはとんだ茶番だ。それを見抜けぬ俺様の邪眼では
ない」
「それは・・・」
 
 ルビーも感じていた違和感をこの男も気づいていたらしい。
 
「そしてこれが動かぬ証拠だ。見るがいい」
 
 ネブラは懐から一通のメールを取り出す。そこにはこう書かれていた。サファイアが読み上げる。
 
「我々はティヴィル団。近日中にこの町はメガストーンを集めるための礎となる。そのための布石は既に打っ
た・・・?」
「またいかにもな新聞の切り貼りだね・・・彼ららしい手口だけど、これは」
「どうだ。このメールが届いてすぐ、俺様のもとに貴様がやって来た。王者と血を分けしものを引き連れてな
。それをなんと弁解する」
「とにかく誤解だ!俺達はあいつらに協力なんかしてない!」
「聞くに耐えん悲鳴だな」
「くそっ・・・こうなったら」

聞く耳持たない様子のジムリーダーに、腰のモンスターボールに手をかけるサファイア。それを止めたのは他
ならぬルビーだった。

「やめたほうがいいね」
「なんでだよ!」
「今ここで反抗しても、良いことはない。むしろ本当にティヴィル団が来るなら、そちらへの警戒が薄くなっ
てしまうよ」
「・・・わかったよ」
 
 不承不承頷くサファイア。ネブラはしたり顔で部下達に命じる。
 

「賢明な判断だーー連れていけ」
 
 
 サファイア達は一旦キンセツシティのジムに連れていかれた。そこでジムのトレーナーが着る制服に着替え
させられる。金と紫の意匠の制服は派手であまり好んで身につけたい格好ではなかったが、仕方がない。
 
「貴様らには24時間監視をつけさせてもらう。また、夕方5時にはジムに戻り、朝9時までの外出は禁止だ。分
かったか」
「わかったよ・・・」
「牢屋に入れられないだけましとするさ。服まで着替えさせられるとは思わなかったけど」
 
 不満はあるものの、抵抗しないほうがいい以上仕方がない。

「ではせいぜい、この町を楽しむがいい。健全にな」

キンセツジムから一旦出ていかされ、町を観光することになったものの、男女二人ずつの監視がついてはまとも
に楽しめたものではない・・・そう思っていたのだが。

「坊っちゃん、旅して短い間にもうバッジを集めたのかい。最近の若者は大したもんだねえ」「嬢ちゃん、こ
の町のクレープは美味しいよ?奢ったげるから食べていきなさい」

見張りの人に気さくに話しかけられ、主にサファイアが戸惑いながらも町を案内される。ルビーは最初こそ驚
いたものの、今ではすっかりおごってもらったクレープを幸せそうにちまちまかじっている。 
 
「いい加減、肩の力を抜いたらどうだい?辛気くさいとせっかくの案内役さんも困ってしまうよ」
「だけどさ・・・」
 
 小馬鹿にしたように言うルビーにやはり戸惑いを隠せない様子のサファイア。

「あの・・・俺のほうから言うのもなんですけど、いいんですか。見張りがこんな風で」

サファイアがそう聞くと、見張りの一人の恰幅のいいおじさんが笑って答えた。

「坊っちゃんたちが変なことさえしなきゃあ、存分にこの町を楽しんでくれて勿論オーケー牧場さぁ。そうだ
、この町にはゲームセンターがあるんだが、そこで遊んでくかい?」
「でも、ジムリーダーの人はすごい疑ってたみたいだったけど・・・」

 ああ、それはなあ。と。おじさんの顔が少し曇る。内緒にしといてくれよ。と言って彼は話はじめた。
 
「実は・・・ネブラ様も本当はこんなことなんてしたくねえのよ。町に来てくれた、しかもジム戦にきたトレ
ーナーにこんな真似・・・でも、あんな手紙が届いた以上、警戒はしなくちゃならねえ。なにせあのお方はこの
町の警備と電力・・・実質、全てを任されてるような人でさあ。
 
なかなか表には出さねえが、苦労してんのよ。坊っちゃん達には悪いが、少しの間我慢してくれると助かるわ・
・・できるだけ、退屈させねえようにはするからよ」 
「・・・」
 
 そう言われては文句を言うのが子供らしく思えてしまう。押し黙るサファイア。隣で聞いていたルビーはル
ビーで感じるところがあったようで。
 
「ただの厨二病患者かと思ったけど、あの人は自分の責任を果たそうとする大人なんだね・・・どこかの誰か
さんに爪の垢でも煎じて飲ませたいよ」
「・・・シリアのことなのか?」
「まあね。あの人は家を継ぐのが嫌で飛び出して行ってしまった人だから」
 
 さらりと言うルビー。やっぱりまだ兄妹の溝は深いようだ。
 
「そういうことなら、大人しくしておくのも吝かではないね。幸いにして不自由は少なそうだし・・・サファ
イア君もここはジムリーダーに従ってくれると助かるよ」
「そうだな・・・ルビーの疑いを晴らすためには仕方ないのかな」
 
 それで納得するしかないのだろうか。そんなことを思いながら、サファイアは見張りの人の案内でレストラ
ンやゲームセンターを回る。初めて見る食べ物は美味しかったし、ゲームは楽しかったが、やはり気持ちのどこ
かでの引っ掛かりは消せぬまま、ジムに戻る時間になった。
 
 
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
 
 キンセツシティのジムではトレーナーは警備員の役割も果たすらしく、その為共同で生活している。よって
食事もみんなでとり、サファイア達もそこに交じる形になった。
 
 食後に出された珈琲を、サファイアは砂糖のみ、ルビーはミルクと砂糖をたっぷり入れて飲んでいると、ジ
ムリーダーのネブラが話しかけてくる。
 
「報告書は見せてもらった。今日は大人しくしていたようだな。だがだからといって明日以降監視が緩むとは
思わぬことだ。監視員だけでなく、町中のカメラが貴様らを見ているぞ」

 威圧的な口調で言う態度は、一見サファイア達を気遣っているようにはとても思えない。だが監視員の話で
はこのようなことをするのは本意ではない・・・らしかった。

「なあ、提案があるんだけど・・・」
「なんだ、外出なら断じて認めんぞ。闇に乗じて何をされるかわかったものではないからな」
「違う」
 
 サファイアは振り向いて、ネブラをまっすぐ見据えた。

「俺は、あんたにジム戦を申し込む。駄目な理由はないだろ」
「・・・ほう。だが何故今俺様に挑む?疑われるようなことはすまいとそこの女狐と決めたのではなかったの
か?」
 
 サファイアは、一瞬ためらった後意を決して答えた。
 
「やっぱり何も俺達は悪いことしてないのに疑われるのは嫌だ。それに、あんたは言ったよな。カナズミシテ
ィでの戦いを茶番だと見抜いたって」
「確かに言ったな」
「だったら、俺と戦えば俺があいつらと協力してないかも分かるんじゃないのか?バトルでシリアとルビーを
疑うなら、バトルで疑いを晴らしてやる!」
「・・・サファイア君。それは」
 
 正直、理屈としてはかなり荒っぽいというか屁理屈の域だ。だがネブラは、にやりと笑った。
 
「面白いことを言うな、貴様は。ジム戦をしたからといって貴様らの容疑が晴れるとは到底思えんが・・・挑
まれたジム戦は受けるのがジムリーダーの定めよ」
「じゃあ」
「よかろう、その申し出受けてやる。但し、疑いを晴らしたいのならば女狐も戦場に出ることだ」

 ネブラがルビーに視線を移す。ルビーは溜め息をついた。
 
「仕方ないね、サファイア君のわがままに付き合うさ」
「ごめん、ルビー」
「いいんだよ、それが君の優しさだろう?」
 
 わかってるよ、と言いたげにサファイアに微笑みかける。その笑みを見て安心するサファイア。
 
「では、ジム戦は明日の朝7時に行う。ルールは3対3、シングルバトルだ。努々寝坊などせぬことだな」
「今からは駄目なのか?」
「俺様は貴様ら旅人ほど暇ではないのでな。では失礼する」
「なんだよ、もう・・・」
 
 棘のある言い方にむっとするも、言い返すことはせず踵を返して去るネブラを見おくるサファイア。
 
「彼はどうやら、素直じゃない人みたいだね」
「・・・ルビーが言うのか?」
「なんだい?ボクはこれでも君の事を素直に愛しているつもりだよ」
「・・・それ、ずるいだろ」
 
 彼女はムロ以降、いつも通り呆れたり馬鹿にしたりする傍ら、ときどきふっと好意を見せてくるようになっ
た。そのたびに、サファイアの心臓が跳ね上がる。なんというか、ギャップがあるのだ。
 
「冗談だよ、冗談。好きではあるけど、愛しているは言い過ぎさ。まだボクもそこまで大人じゃない」
「あの・・・ルビー?」
「なんだい?」
 
 だが今顔を真っ赤にしているのは、それが理由ではない。そしてその理由を恐らく彼女は忘れている。
 
「今、俺達監視されてるの、忘れてないか・・・?」
「・・・あ」
 
 今度はルビーが顔を赤くした。最近は二人で旅をしていたのと、あまりに監視が気さくなので忘れていたの
だろう。一部始終を見ていた監視員は、にやにやと二人を見ている。
 
「ひゅーひゅー、熱いわねえお二人さん」
「坊っちゃん、男ならここで抱き締めてキスでもしてやれ!」 
「ちょっ・・・できるわけないだろ、そんなこと!」
 
 サファイアが怒鳴ると、ぶーぶーとブーイングがあがった。カイナシティの時のように逃げ出したくなった
が、監視されている立場ではそれすらできない。

「どうしてくれるんだよ、ルビー・・・」
「・・・ごめん」

このあと二人はどこで知り合ったのだとか、想い出の場所はとか、どこまでしたのかとか色々根掘り葉掘り聞か
れ。二人は恥ずかしい思いをしながら夜を過ごしたのだった。そして翌日ーー


「ほお、定刻通り来たようだな。旅人にしては上出来だと誉めてやる・・・ところで貴様ら、まさか寝不足では
ないだろうな」
「ふあ・・・だ、大丈夫さ。問題ない」
「まさか寝床でも質問攻めにされるとは思わなかったよ・・・」

男女別れて寝床に入ってからも、そこはそこで男同士、女同士でしか言えないようなことを聞かれたため弱冠
眠そうにまぶたを擦るサファイア達。

「まあいい、手加減はせんぞ。ーーさあ、どちらからくる」
「まずは俺からだ。いいよな、ルビー」
「後のほうがやり易いし、ボクはそれで構わないよ」
「よし、てば・・・バトル開始の宣言をしろ!」
「バトル開始ィー!!」

話は纏まった。ジムトレーナーの一人が審判となり、宣言すると共に二人はポケモンを出す。
 
「来るがいい、コイル!」
「頼むぞ、オーロット!」
「ほう、カロス地方のポケモンを使うか・・・コイル、ソニックブームだ!」
 
 先手をとったコイルが音の衝撃波でオーロットを襲う。

「ナイトヘッドと同じ、固定のダメージを与える技か・・・でも大したダメージじゃない。オーロット、ゴー
ストダイブだ!」
 
  オーロットがその巨体を自らの影に沈める。そしてコイルの下へ近づいた。敵を見失い、回りを見回すコイ
ル。

「コイル、敵の出どころを見極めよ!」
「出てこい、オーロット!」
 
 オーロットがコイルの真下から突撃し、巨木の一撃を受けてコイルが金属音を鳴らしながら倒れる。まずは
1体だ。
 
「一撃で沈めるか。ならば出でよ、レアコイル!」
「レアコイル・・・」

あのティヴィルが使っていたポケモンだ。サファイアの目が自然ときつくなる。

「十万ボルトを喰らうがいい!」
「オーロット、ウッドハンマー!」

レアコイルが3つの磁石を束ね、強力な電撃を放つのをオーロットは腕を降り下ろして相殺しようとする。だが
、オーロットの体に凄まじい電流が走り、オーロットは倒れた。

「オーロット!」
「ふっ、対処を見誤ったな旅人よ。俺様のコイルは只倒れたのではない。その間際にも『金属音』で貴様の老
木の特防を大幅に下げていたのだ」
「とはいえ、草タイプのオーロットを電気技一発で倒すなんて・・・ゆっくり休んでくれ」

倒れたポケモンをボールに戻し、次に誰を出すのか考える。

「よし、出てこいヤミラミ!」
「またしてもゴーストタイプだと?」
「そうさ、俺の手持ちは全てゴーストタイプだ!」
「堕ちた王者を真似るか。ますます怪しいな。それとも真実を知らぬが故か?」
「・・・俺はシリアを信じてる」

サファイアの答えに、ネブラは口元を歪めた。何か感じるものがあったらしい。
「そうか、ならば御託は無用ーー十万ボルトだ」
「ヤミラミ、シャドーボール!」

再び相殺を試みるが、やはり威力が高く少し電撃を受けるヤミラミ。

「だったらここはメガシンカだ!その輝く大盾で、守り通せメガヤミラミ!」
「果たしてそれで希望の光を見いだせるか?十万ボルトだ」
「受け止めろ、メガヤミラミ!」

今度は電撃をまともに受ける。大盾が防ぐとはいえ、身体中を感電させる一撃のダメージは少なくないが。

「メガヤミラミ、その宝石輝かし、受けた傷み弾き返せ!メタルバースト!」
「む・・・!」

ヤミラミの大盾たる宝石が光輝き、受けた電撃を更に大きくして跳ね返す!予想外の一撃をその身に受け、レア
コイルは戦闘不能になった。

「面白い・・・敢えて攻撃を受けることで更なる攻撃を繰り出したか。どうやら俺様も少し本気を見せる必要
がありそうだな!本来ならこいつはジム戦では使わぬと決めているのだが・・・貴様らを見定めるためだ、光栄
に思うがいい!」
「ジムリーダーの本気・・・!」
 
 サファイアが息を飲む。ジムリーダーがジム戦では本当の意味で本気を出していないことはシリアから聞い
ている。その片鱗が今から見えるというのだ。
 

「出てこい、我が暗雲雷電四天王が一柱!」
 
 
 ある意味凄まじいネーミングセンスとともにジム内に轟音と雷が迸った。そして雷の中心に現れたのは、雷
が獣の形を取ったようなポケモンーーライボルトだ。
 
「ライボルト・・・」
「仰々しい名乗りの割りには、普通のポケモンが出てきたね」
 
 ・・・はっきり言って、それがサファイア達の感想だった。ライボルトの進化前のラクライはその辺の草む
らでも普通に見る。ライボルトもまたそこまで珍しいポケモンではなかった。
 
「ふ・・・その態度がいつまで続くか見ものだな!ライボルト、スパーク!」
「メガヤミラミ、守るだ!」

ライボルトが電気を纏って突進してくるのを、ヤミラミが宝石の盾で防ぎきる。

「よし、防いだ!」
「ならばこれでどうだ、電磁波だ!」
「それは通さない!メガヤミラミの特性の効果発動だ!」

メガヤミラミの特性は『マジックミラー』、相手の変化技を反射することができる。その力で、ライボルトの電
磁波を跳ね返すがーーその電磁波が、ライボルトに吸収された。ライボルトのまとう雷が強くなる。

「なに!?」
「俺様がメガヤミラミの特性を考慮せず電磁波を撃ったと思ったか?こちらのライボルトの特性は『避雷針』
だ。その効果は相手の電気技のダメージ、効果を無効にし、さらにライボルト自身の特攻をアップさせる!」
「その為にわざと電磁波を・・・」

自身の特性だけでなく、相手の特性すら利用して能力をあげる戦術に舌を巻く。

「この一撃を震えるがいい!雷だ!」
「メガヤミラミ、耐えてメタルバーストだ!」

ライボルトの体が電光に包まれ、一気に溜めた雷を放つ。それは神速の如くメガヤミラミに直撃しーー大盾すら
焼き焦がして、メガヤミラミを倒したかに見えた。

「さあ、最後のポケモンを出すがいい」
「いいや、その必要はないさ」
「なに?」

再び、ヤミラミの大盾が輝く。部屋全体を眩しい光が包んだ。そして再び轟音がなり、宝石がダメージを跳ね
返す。


「・・・むう。良いだろう。認めよう、貴様のとポケモンの意思」
  
 
 ライボルトが倒れる。ジムリーダーの納得した表情が見えたーー
 

「これがキンセツジムバッジだ。受けとるがいい」

 稲妻の形をしたジムバッジを渡される。普通の状況なら大喜びするところだが、今重要なのはそこではなか
った。
 
「次は、ルビーの番だな」
「如何にも。貴様の魂はしかと見極めたが、肝要なのはそこの女狐だ」
 
 元よりあちらの疑いはルビーに向けられたものだ。彼女が勝負でネブラを納得させない限り、問題は根本的
には解決しないだろう。
 
「・・・わかった、やるよ」
「いいだろう、では来るがいいーー」
 
 その時だった。ジムの放送する機械から、聞き覚えのあるけたたましい笑い声が聞こえた。そして、後で分
かったことだが声はキンセツシティのあらゆるテレビ、ラジオ、放送機器をジャックしていた。
 

「ハーハッハッハ!!聞きなさい、キンセツシティの民達よ!そしてーージムリーダー!」


「この声は・・・ティヴィル!」
「こいつが岩使いの言っていた悪の総統か・・・」
 
 ネブラもカナズミのジムリーダーから話は聞いているようだ。取り乱すこともなく、放送を聞く。
 

「私たちティヴィル団はあなた方にひとぉーつ要求をさせていただきます」
 
 
 彼らの求めるものといえば、メガストーンに違いない。この町のメガストーンを全て渡せ、とくるのかとサ
ファイアは予想したが。
 
 
「ずばりーー我々がメガストーンを手に入れるために、キンセツシティには犠牲になっていただきます。さあ
、やりなさい!」


「えっ・・・!?」
「・・・」
 
 驚きを隠せないサファイア。キンセツシティを犠牲にするとはどういう意味なのか。その答えは、凄まじい
爆発音によって明かされた。その爆発音は、サファイア達の聞いたことがある音だった。モンスターボールの中
のフワンテが、思わず飛び出てくる。

「これは・・・フワライドの」
「そうだね、あの時と同じだ」
「よもや、これは・・・」

 ネブラが初めて表情を歪めた。なにか心当たりがあるらしい。
 

「今キンセツシティに大量発生しているフワライド達・・・その全てを爆破し、キンセツシティを破壊させて
頂きます。ーー我々がメガストーンを渡さないとどぉーうなるかを知っていただくためにね。そぉーれでは皆さ
んごぉーきげんよう」
 

 トウカの森で見たフワライドの大爆発は凄まじい威力だった。あの時見たフワライド達が全てキンセツシテ
ィに集まり、爆発したとしたら記録的な被害を負うことになるだろう。

「く・・・!最近のフワライドの大量発生はそういうことだったか・・・!」
 
 苦々しげにネブラが呟いたとき、慌ててジムのトレーナーが入ってくる。
 
「大変です、ネブラ様!昨日まで上空に集まっていたフワライド達が、無理やりシティの中に侵入してきまし
た。住民達も放送を聞いてパニックに・・・!」
「そんな・・・!」

 今までとは違う、町全体を覆う恐怖に混乱しそうになるサファイア。
 
「狼狽えるな!こんな時こそ我等が動くとき。お前達は半々に別れ、片方は町の人々を地下ーーシーキンセツ
へと避難させよ!そして残りでフワライド達を食い止めるのだ!」
 
 だがネブラは冷静さを失ってはいなかった。ジムのトレーナーを一喝し、指示を出す。トレーナーは頷いて
他のメンバーにもその指示を伝えにいった。

「あんたは、どうするんだ?」
「あれだけのフワライドを操るのだ。それには相応の電子機器、並びに電力が必要となるはず。この町の電力
を不正かつ大量に使用している場所を探しだす。さあ、お前達にも避難してもらうぞ」

 彼にしてみればそれが当然の判断だろう。不審人物かもしれない民間人を隔離しておけるのだから。
 だが、サファイアはそれに頷くことはできなかった。
 
「いいや、俺にもーー俺たちにも手伝わせてくれ!」
「なんだと?貴様らに何が出来る。子供の遊びではないのだぞ。それに、女狐を自由にさせろというのか?」
 
 確かに、まだルビーへの疑いは晴れていない、だが。
 
「町の人を避難させるのは俺たちには出来ない。だけどフワライドを食い止めることなら出来る。そこにはジ
ムのトレーナーだって向かってるんだろ。だったらルビーを監視することだって出来るはずだ。人手は多い方が
いいんじゃないか!?」
「・・・」
 
 サファイアの必死の訴えに、彼に目をあわせ睨むネブラ。そして折れたように頷いた。

「良かろう、その提案飲んでやる。即刻町の入口へと向かえ」
「ありがとう!いいよな、ルビー?」
「面倒だけどしょうがない、君のワガママに振り回されてあげるよ」

 彼女の表情は、面倒といいつつも微笑んでいた。そのことに感謝しつつ、サファイアはルビーの手を取って
フワライド達の集まる町の入口に走り出す。この町を守るために。



「コイル、電撃波!」
「ラクライ、スパーク!」
「いくぞ、シャドークローだ!」
「キュウコン、火炎放射」

 ジムのトレーナー達の攻撃に、漆黒の一撃と九つの紅蓮が、フワライドの一体に直撃する。あの時二人がか
りでやっと倒せたフワライドを、町に侵入される前に即座に倒していく。自分達はあの時よりもずっと強くなっ
た。だがーー
 
「いったい何体いるんだ・・・キリがない」
「森で見ただけでも相当な数だったからね。ジムリーダーが装置の場所を特定してくれない限り、ずっとかな
・・・サマヨール、守る」
 
 フワライド達のシャドーボールがサファイア達、そしてジムのトレーナーを狙うのをルビーのサマヨールが
防ぐ。他人を守ることも出来るようになったルビーもまた、人として変わりつつあるのだろう。

「これで一気に決めてやる!ルビー、援護してくれ!」
「わかった、キュウコン!」
「コン!」

キュウコンが天井に火炎放射を放つ。天井を焼き、一つの大きな灯りと化したそれはより影を濃く写す。

「ジュペッタ、ナイトヘッドからのシャドークローだ!」
「ーーーー」

ジュペッタの体が、爪が巨大化し。さらにキュウコンの炎を爪に灯して揺らめく火影となる。それを勢いよくフ
ワライド達に振りかざした。気球のような体が燃え、倒れていく。

「よし!散魂焔爪、決まったぜ!」
「まったく、君はそういうのが好きだね」
 
 技同士を複合させた独自の技に名前をつけるのはサファイアにとっての趣味のようなものだ。それに呆れつ
つも笑うルビー。一先ずでも言葉を交わす余裕ができたのは幸いだろう。ジムのトレーナー達も一息つく。
 
 だが、次にやってきたのはフワライド達だけではなかった。両端の方のトレーナーの悲鳴が聞こえてくる。
 

「ったく、いつまでたっても来ねえから向かえに来るはめになったじゃねえか」
「バウワウ!」
 
 
「もう!人々を避難させるのはいいですが、フワライド達にまで人員を割くだなんて・・・面倒なことをして
くれますね!」
 
 
「あいつら!」
「四天王のネビリム・・・それに、ルファと言ったかな」
 
 右側からはルファとグラエナが、左側からはネビリムとミミロップが現れ、ジムのトレーナー達のポケモン
を倒していく。しかも更に、新たなフワライド達もキンセツシティの中に入り込もうとやってきた。再び迎え撃
つサファイアとルビーだがーー

「くそっ、止めきれない!」
「流石に人が足りないね・・・」
 
 トレーナーのポケモンが倒された分、迎え撃つだけの戦力が減り、フワライド達を倒しきれなくなる。フワ
ライドの一部が町の中に入り、爆発する音が聞こえた。
 
「どうする・・・!こんなときシリアなら・・・」
「・・・」
 
 しかも悪いことに、ジムのトレーナーよりもネビリムやルファの方がずっと強い。このままでは迎え撃つこ
とが出来るのは二人だけーーいや、いなくなってしまうかもしれない。それくらい、向こうの二人は強いのは知
っている。焦るサファイアに、考えるルビー。まさに窮地に立たされた時だった。
 
「ぷわ、ぷわ、ぷわわー!」 
「ぷわ・・・?」
 
 フワンテが鳴く。もとは今のフワライド達と一緒にいたフワンテが。仲間の声にはっと我に返ったように、
フワライド達が一斉にフワンテの方を向いた。
 
「ぷわぷわ、ぷわ!ぷわ、ぷわわー!」
 
 何を言っているのかは、サファイアにはわからない。だがフワンテが必死に仲間達に訴えているのはわかっ
た。だからサファイアも一緒に、戦うのではなく言葉をかけた。
 
「お前達は悪いやつらに操られているんだ!だから正気に戻って、町を破壊するのはやめてくれ!そんなこと
をしても、お前達が傷つくだけなんだ!」
「ぷわわー!ぷわー!」
 
 その訴えは、確かに届いたのだろう。フワライド達はゆっくりと後ろを向き、町の外へと出ていこうとする
。だが。
 
「ーーそうは問屋が下ろしませんよ!こんなときこそパ・・・博士にもらったスイッチオン!です!」
 
 ネビリムがポケットから取り出したスイッチを押す。すると再びフワライド達が、何かに操られるように、
町の中へと入ろうとした。
 
「ぷわ・・・ぷわー!ぷわー!」
「だめだ、聞こえてない!やるしかないのか・・・!」
「ぷわ・・・」
 
 フワンテが悲しそうに鳴く。また仲間達が倒されるのが痛ましいのだろう。サファイアだってこんなことは
したくなかった。
 
「ふふん、我等ティヴィル団の科学力の前にはそんな説得など意味なしですよ!とはいえ、また邪魔されても
厄介ですから・・・ミミロップ、あのフワンテを狙いなさい!ルファ君もですよ!」
「へいへい、んじゃ・・・悪く思うなよ」
「ガウウ・・・」
 
 ミミロップとグラエナが、フワンテに飛びかかる。それをサファイアのオーロットとヤミラミが体を張って
防いだ。更にサファイアが指示をだす。
 
「オーロット、ウッドホーン。ヤミラミ、メタルバースト!」
 
 オーロットが大枝を降り下ろし、ヤミラミがミミロップの蹴りの衝撃を光に変えてダメージを跳ね返す。だ
が相手の二匹も素早く、グラエナは獣の身のこなしで、ミミロップは美女の舞いのように攻撃をかわした。

「速い・・・!」
「その程度の攻撃がこの私に当たると思いましたか?有象無象は倒しました。後はあなた方だけですよ」
「!!」
 
 見れば、ジムのトレーナー達は全てポケモンを倒されて愕然としていた。今の攻防の間にも、ルファのフラ
イゴンやネビリムのサーナイトが攻撃を仕掛けていたのだ。この間にも、フワライド達は侵入していく。
 
 残ったサファイア達を倒そうと、近づいてくるルファとネビリム。その時、ルビーがサファイアに小さく耳
打ちした。
 
「・・・出来るのか、ルビー」
「やってみせるさ。君こそ準備はいいかい?」
「大丈夫だ!」
「こそこそと、なんの相談ですか?」
 
 その言葉に。ルビーは答えなかった。サファイアが急に走り出す。そして。

「キュウコン、全力で炎の渦!!」 
「なっ・・・!」
「うおっ、あぶねえ・・・」
 
 キュウコンの逆巻く業火がルファ、ネビリムを、そしてルビーだけを包みーーサファイアだけをその外に逃
がした。そして同時にキンセツシティの入口を炎の壁で覆うことでフワライド達の侵入も封じる
 
「小癪な真似を・・・あの子を逃がしましたか」
「・・・」
 
 ルビーは答えない。いつもサファイアといるときとはまったく違う、不機嫌そうな表情を浮かべている。
 
「ですが、こんな壁私のサーナイトにかかれば!サイコキネシスで炎を吹き飛ばしなさい!」
「キュウコン!」
 
 サーナイトが強い念力で炎を散らそうとする。だが次の瞬間にはキュウコンが炎を張り直した。炎に閉じ込
められ、むっとするネビリム。

「ああもう暑苦しいですね・・・だいたい、あなた一人で私たち二人を止められると思ってるんですか?」
「・・・」
「ちょっと、無視しないでください!」
「でておいで、ハンプジン、クチート」
 
 なおも相手にせず、自分の手持ち全てを出すルビー。
 
「・・・どうやら、やるしかねえみてえだな。
 怪我しても泣くんじゃねえぞ」
 
 ルファの目が据わる。ネビリムも頬を膨らませてミミロップに命じた。あのいけすかない女をこてんぱんに
しなさいと。
 
(やれやれ、らしくないことを引き受けちゃったかな)
 
 ルビーも二人の強さは把握している。恐らくは本気でやっても、勝てない相手だと言うこともわかっている
。それでも自分とサファイア、二人とも彼らに拘束されるよりいいと時間稼ぎをすることにしたのだ。
 
(・・・いつのまにか彼がそばにいてくれることが当たり前になってた。だけど)
 
 サファイアと一緒に旅を始めてから、バトルは手を抜いていても彼がなんとかしてくれた。きっと自分はそ
れに甘えていた部分もあるんだと思う。
 

(今だけは、全力でやらないとね・・・!)
 
 
 キッと相手二人を睨む。自分の負けが半ばわかっていても、少女は自分を大切にしてくれる人のために本気
で挑むーー
 
 
 
 一方サファイアは、ルファとネビリムの二人から離れ、ジムリーダーに連絡を取っていた。理由はもちろん
、フワライドを食い止める応援を呼ぶ為だ。今はルビーがなんとかしてくれているが、あんな大規模な炎の渦は
いつまでももつものではないだろう。
 
「・・・わかった、避難もほぼ完了した。直ぐに避難に割り当てたメンバーをそちらに向かわせよう」
「フワライドを操る装置の場所はまだわからないのか?」
「検討はついた。だが、お前では厳しいだろう。俺様に任せーー」
「頼む、教えてくれ。ルビーに頼まれたんだ。自分が時間を稼ぐ間にフワライド達を止めてくれって」
「・・・あの女狐がか」
「ルビーはそんな子じゃない」
 
 電話の向こうの声が少し止まった。考えているのだろう。数秒後、帰ってきた返事は。
 
「いいだろう、時間が惜しい。装置の場所ーーそれは、キンセツシティを走る地下鉄の環状線、そこを走る電
車の中だ。いけるか?」
「・・・やってみる!」
「俺様も直ぐに向かう。いいか、無茶はするなよ」
 
 返事はなかった。もう地下鉄へと駆け出したのだろう。ジムリーダーもそちらに向かおうとした。その時だ
った。
 
「キンセツのおじさん・・・ちょっと待ってくれない?」
「!?」
 
 振り向く。そこにはいつの間にかオッドアイの幼い少年がいた。いくら集中していたとはいえ、自分の背後
をあっさりととるとはただ者ではない。確信的にそう思った。
 
「貴様・・・ティヴィル団の者か?」
 
 少年はその台詞に、まるで仙人のようににかっと笑って答える。
 
「そうだよ、おじさん、あの子に装置の場所を教えてくれてありがとう。だけどこれ以上の手助けは無用なん
だ。この事件が終わるまでーー僕とバトルしようよ」
「フン・・・ここから出たくば倒してゆけということか」
「そういうこと、出てきてアブソル!」
「いでよ、ライボルト!ーー雷帯びし秘石の力で更なる進化を遂げよ!」
 
 ライボルトの体が光輝く。メガシンカしたその姿は、まるで体毛が雷そのものとなっていた。それに目を輝
かせる少年。

「わあ、出た出たメガシンカ!それじゃあ準備も出来たところで・・・勝負といこっか!アブソル、鎌鼬!」
「ライボルト、スパーク!」
 
 それぞれの場所で、お互いの力をぶつけ合う。そしてサファイアは、装置の場所へと向かうのだったーー
 
 


  [No.1518] ティヴィルとの決戦! 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/02/15(Mon) 15:11:18   34clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「地下鉄の入り口は・・・確か、ここだったな」

キンセツジムのトレーナーに案内してもらったときのことを思いだしながら、サファイアは地下鉄へと急ぐ。だ
が、入り口にはやはり邪魔者がーー顔面にガスマスクを付けたミッツ達がいた。地下鉄へ降りる階段を、律儀に
3人で塞いでいる。

「そこの少年!この先には何もないから戻るべきだ!」
「そうだ!ティヴィル様は別の場所にいるから帰るべき!」
「その通り!・・・えーと、とにかくここは通るべきではない!」
 
 口々にここから去るように言ってくるが、これでこの先にティヴィルがいるとはっきりしたようなものだ。
サファイアはボールを取りだし、前に投げる。それに応じて、向こうもポケモンを繰り出してきた。

「出てこいオーロット、ジュペッタ!」
 
「ユキワラシ、粉雪を放つべき!」
「ラクライ、電撃波を放つべき!」
「ドンメル、火炎車を放つべき!」
 
「オーロット、身代わり!」

 三体が同時に攻撃してくる。サファイアが命じるとオーロットは自身の体力を削ることで、影で出来た実体
のある大樹を生み出す。そこにジュペッタと一緒に身を隠した。三体の攻撃が大樹に当たるが、崩れ落ちること
はなかった。

「よし、ここは一気に決める!オーロット、ゴーストダイブ、ジュペッタは影打ちだ!」
 
 ジュペッタが素早く自分の影を伸ばし、オーロットが影の中に隠れる。

「むむっ、どこへ消えた!出てくるべき!」
「すぐにわかるさ!」

 ジュペッタの影がさらに延び、三匹のうち真ん中にいたラクライに当たる。そして同時にーーオーロットが
伸びた影から現れその巨体による攻撃を存分に振るった。三体とも巻き込まれ、地面を転がる。

「た、たった一撃で三体を・・・」
「ここまで強くなっているとは・・・」
「ま、またしてもオシオキを受けるはめに・・・」

 驚愕しているミッツたちに構っている暇はない。サファイアは彼らの横をすり抜けて地下鉄へと向かう。
 
 中にはいると、普段は多くの人の往来があるであろうホームは無人でがらんとしていた。電車を利用したこ
とのないサファイアだが、駅員すらいない改札は不気味に感じる。改札口は機能しているため、入場切符を買っ
て中にはいった。するとーー
 
「ハーハッハッハ!よぉーやく来ましたね、ジャリボォーイ」
「ティヴィル・・・!」

 この騒動を起こした張本人たる博士の声が駅の中のスピーカーから聞こえてきた。サファイアの声にも怒り
が籠る。
 
「ジムリーダーの協力を取り付け、ここまで来たことはほぉーめてやりましょう。ですがここまでです」
「!」

 どういう意味かと回りを見れば、ホームから一台の電車が動き始めているではないか。ここで逃がせば追う
手段はなくなってしまう。全速力で追いかけるサファイア。
 
 だが、動き始めとはいえ相手は電車だ。サファイアの足ではぎりぎり追い付けず、伸ばした手から電車が離
れていくがーー
 
「ジュペッタ、影打ち!」
「ーーーー」
 
 ジュペッタの影が再び伸びる。それは電車の影と繋がった。サファイアがジュペッタの体をガッチリと掴む

 
「影よ、戻れ!」
 
 伸ばした影が戻る。ただしジュペッタの方ではなく電車の方に。結果としてジュペッタとそれにしがみつい
ているサファイアの体が引っ張られ、電車へとへばりつくことが出来た。影打ちのちょっとした応用だ。
 
「ふう・・・今度はシャドークローだ!」
 
 漆黒の爪が電車のドアを切り裂く。電車の速度に振り落とされる前に、サファイア達は電車の中に転がり込
んだ。
 
「よし・・・いくぞ!」

 フワライドを操る装置はここにあるのだろう。もうすぐこの騒動を止めてみせる。
 
(だからルビー、もう少し持ちこたえてくれよ・・・!)
 
 
 
 
「ミミロップ、飛び膝蹴り!」
「グラエナ、毒々の牙!」
「サマヨール、重力」
 
 一方その頃、ルビーは未だにキンセツシティの入り口を守り続けていた。今も襲い来る二匹の攻撃を、強烈
な重力場を発生させて接近を許さない。ネビリムのミミロップには火傷を負わせてもいる。

「・・・さすがはチャンピオンの妹様ってところか。隙がねえな」
「感心してる場合ですか!ああもう、忌々しい子ですね・・・」 
 
 ルビーの敷いた布陣は強力だ。前をメガシンカしたクチートが守り、後方をパンプジンとサマヨールが固め
。最後尾でキュウコンが炎の渦で入り口を防いでいる。その徹底した守りが、ルファとネビリムを寄せ付けない


「こうなったら・・・ルファ、貴方もメガシンカです!私も本気でやりますよ、出てきなさいサーナイト!」
「へいへい・・・出てこいオニゴーリ」
 
 ルファの剣の柄と、ネビリムの髪飾りが光輝いた。同時にオニゴーリとサーナイトの体が光に包まれる。
 
「絶氷の凍牙よ、全てを震撼させろ!」
「更なるシンカを遂げなさい!その美しさは花嫁が嫉妬し、その可愛さは私と並ぶ!」
「メガオニゴーリ、凍える風だ!」
「メガサーナイト、ハイパーボイス!」
 
 メガシンカした二匹の攻撃は、最早吹雪と破壊の音波と言って差し支えなかった。まともにぶつかり合えば
歯が立たないだろうことがはっきりわかる。だがーールビーは単純に力負けしたからといって太刀打ち出来なく
なるそこらのトレーナーとは違う。
 
「サマヨール、『朧』重力」
 
 サマヨールが手のひらを合わせて離すと、そこには漆黒の球体が発生した。それはゆっくり前に飛んでいく
と、凍える風とハイパーボイスを綺麗に吸い込んでしまう。上から押し潰すのではなく、ブラックホールのよう
に全てを吸い込むもうひとつの重力の使い方だ。それを使い分ける意味でルビーは朧、と呼び分けている。
 
(別にサファイア君に影響された訳じゃない・・・と、思うんだけどね)
 
 ちょっぴり中二病な彼を思いだし、嘆息。その間にもクチートが動いている。技を吸い込まれて驚いている
サーナイトに噛み砕くを決めるために。
 
「しまった、サーナイト!ミミロップ、フォローしてください!」
 
 接近戦には弱いサーナイトの代わりに、控えていたミミロップが間一髪で蹴り飛ばして防ぐ。ルファもそれ
に乗じてクチートに攻撃を仕掛けてきた。
 
「オニゴーリ、噛み砕け!」
「パンプジン、ハロウィン。クチート、噛み砕く」
 
 動じずルビーはパンプジンに命じると、ハロウィンの効果でオニゴーリの体はまるで氷で出来たジャック・
オー・ランタンのようになり、ゴーストタイプが付加された。悪タイプの噛み砕くの一撃が効果抜群となり、オ
ニゴーリの体の表面に罅が入る。
 
「っと・・・やってくれんな」
「・・・」
 
 ルビーはルファを睨む。どうにもこの男、まだまったく本気を出していないような気がしてならないのだ。
そうでなければ自分はもっと苦戦を強いられたはずだ。メガシンカを使ってこそいるが、そんなものはただの『
力』でしかないと彼の目は語っている。
 
 ルファもそんなルビーの目に気づいたのだろう。彼はネビリムには見えないようにーーそっと、唇に人差し
指を当て、口角をつり上げる。
 
(・・・獅子身中の虫、ということかな?)
 
 ともかく、彼が本気で来ないのは幸いだった。目線をネビリムに切り替える。
 
「サーナイト、ハイパーボイスです!」
「ーーーー!」
 
 サーナイトが再び強烈な音波を放ち、クチートの体が吹き飛ばされる。だが鋼・フェアリーのクチートには
フェアリータイプの技はあまり通用しない。平然と起き上がり、体勢を立て直す。

「く・・・まだ倒せませんか。ですがもう貴女のキュウコンは限界でしょう!その時がこの町の最後です!」
「・・・」
 
 そう、二人の攻撃は今の分ならいなせるだろう。だが、問題はキュウコンの方だった。今も少しずつ、彼女
の吐く炎は弱くなっている。守るだけでは限界があるが、ルビーは攻めるのは得意ではない。
 
(・・・それでも、やるしかないんだ。
 
サファイア君、少し力を貸してくれるかい?)
 
 自分の想い人に乞い願う。勿論彼に聞こえるはずもないし、直接彼が何かしてくれるわけでもない。
 
 借りるのは、彼の技を組み合わせるセンス。今まで見てきた彼だけの才能を、出来るだけ真似た一撃を放つ

 
「パンプジン、花びらの舞い!サマヨール、シャドーボール!そしてキュウコン、クチート、火炎放射!」
 
 パンプジンの花びらが舞い、漆黒の球体がそれを黒く、火炎が赤く染め上げてまるで無数の黒薔薇の花弁と
化け、ルファとネビリムに襲いかかる。
 
「墨染の薔薇ブラックローズ・フレア」
 
 無数の黒薔薇に対し、それをサイコキネシスで弾き飛ばそうとするネビリムをルファが片手で制す。
 
「やらせませんよ!サーナイト、防いで・・・」
「いいや、ここは俺に任せろ」
「・・・出来るんですか?」
「オニゴーリの氷を舐めんなよ?」
「・・・わかりました」
 
 そう言って、ネビリムはサーナイトを下がらせる。ルファはネビリムの知る限り一番いい笑顔で頷いた。オ
ニゴーリに指示をだす。
 
「オニゴーリ、わかってんな?」
「ゴッー!!」
 
 放たれた氷は。
 
 ルビーの総力を込めた攻撃より遥かに弱く。
 
 激しい炎の花弁が、二人を包み込んだーー。




「・・・生きてるかい?」
「おかげさまでなんとか、な」
 
 仰向けに倒れたルファに、ルビーはそう話しかける。ルファはゆっくりと体を起こし、伸びているネビリム
の方にも命に別状は無さそうなのを確認するとルビーの方を見た。

「いやー空気読んで技ぶちこんでくれて助かったぜ。・・・これでこんなやつらの真似事ともおさらばだな」
「・・・その辺の事情は後で彼が聞くよ。それより今は」
 
 キュウコンはさっきの炎でもう技を放つ力が尽きた。今にもフワライド達が町に浸入しようとしている、そ
れを止めなければいけない。
 
「ああそうだな。さくっと片付けますか・・・」
 
 ルファがそう言った時だった。町のなかから一台の自転車が階段をかけ上がって飛び出してくる。ルビーが
不快そうに眉を潜め、ルファが苦い顔をした。
 
「てんめえええルファ!こんなところにいやがったのか!あの時の借り、きっちり返してやるぜ!」

 ・・・エメラルドの登場により、どうやら事態はまだややこしくなりそうだった。ルファが寝返ったことを
伝えようにもルビーもまだ詳しい話を聞いていないし、そもそも聞く耳を持つとも思えない。
 
(・・・サファイア君、早く戻ってきてくれないかな)
 
 ある意味自分にはどうしようもない事態に溜め息をつきつつ、ルビーはそう思うのだった。


 

「ティヴィル!フワライド達を止めるんだ!」
 
 そしてサファイアは、やっと車両の最先端にいたティヴィルの元にたどり着いた。彼の後ろの車掌室には、
装置であろう巨大な機械がある。サファイアからは良く見えないが、いくつもの画面にグラフや警告表示のよう
なものが映っていた。ティヴィルは不必要にスケートのダブルアクセルのような回転を決めながら、サファイア
に言う。
 
「とうとうここまでやって来ましたねジャリボォーイ。君のような諦めの悪いガキは嫌いですよぉー?あの時
のように、軽く捻ってあげましょーう」
「うるさい!俺はあの時よりずっと強くなった。もうお前なんかに負けたりしない!」
「その態度、いつまで持ぉーちますかねぇ?では・・・さっそぉーく始めましょうか?」
「お前だけは許さない・・・ここで終わりにしてやる!」
 
 ティヴィルとサファイアが睨み合う。そしてお互いにポケモンを繰り出した。電車の中で二人はキンセツシ
ティの命運をかけてぶつかり合うーー
 
「出てきなさい、レアコォーイル!」
「いけっ、オーロット!」


「探したぜ……この前のオカマが街を破壊しようとしてやがるからてめえもいるんじゃねえかと踏んでみたがや
っぱりだな!」

 どや顔でルファを指さすエメラルドは既にモンスターボールを地面に叩きつけ、自慢の御三家を繰り出して
いる。上に放り投げなかったのは以前そうした際にボールをキャッチされた

からだろう。そういう対策は怠らないのもまた彼らしい。

「ってことは、ポセイの奴がここに来ないのは……」
「俺がブッ飛ばした、文句あるか!」
「……やれやれ、あいつも運のないこった」

 呑気に肩を竦めるルファ。ルビーにはこの状況は解決しがたいため、既に意識はフワライドたちに向かって
いて、町に入ろうとする彼らに応戦している。
 
「悪いけど、俺はもうティヴィル団から抜けるんだ。そこの嬢ちゃんのおかげでな。ここは勘弁してくれねえ
か?」
 
 ルファは正直に言うことにしたらしい。だがそれを聞いてはいそうですか、というエメラルドではない。
 
「ふざけんな!悪の手先のそんな言葉、誰が信じるかよ!やれバシャーモ、火炎放射だ!」
「シャッ!」
 
 バシャーモの放つ火炎放射は、ルビーのキュウコンが放つそれに比べれば本数は一本だけだが、正に業火の
柱。威力は確実にこちらの方が上だろう。それに対するルファは――軽く身

をひねって躱した。背後に近づいていたフワライドがまともに浴びて倒れる。
 
「やれやれしょうがねえな……ならちっとの間、静かにしててもらうぜ?」
 
 ルファが刀を抜く。エメラルドは上等だ、と吠えた。そして二人はぶつかり合――わない。
 
「ジュカイン、リーフブレード!ラグラージ、波乗り!」
「っと!効かねえなあ!」
 
 エメラルドの猛攻を、ルファは身をかわし、避けきれない広範囲の攻撃はポケモンに一点突破させて凌ぐ。
そしてその間にも、やたら威力の高いエメラルドの攻撃は町に侵入しようと

するフワライドをバタバタと倒していく。
 
(まさか、彼は……)
 
 それを見ていたルビーは勘づく。これは恐らく偶然ではないと。ルファは意図的にエメラルドの攻撃を誘導
し、その威力を利用してフワライドたちを倒しているのだ。それは単純にポ

ケモンバトルが強い、というだけで出来ることではない。ポケモンなしでは全く戦えないルビーとは違う、彼
自身が強いからこそ出来ることだった。

 
(まあいいや、その辺も彼が聞いてくれるだろう)
 
 結局そこはサファイア任せにしつつ、ルビーは自分が巻き込まれないように守りつつ、フワライドを倒して
いく。二人のようで三人による撃退が始まった。



「レアコォーイル、電撃波!」
「オーロット、身代わり!そしてウッドホーンだ!」
「フフーフ。当たりませんねえそぉーんなもの!」
 
 走る電車内でのバトル。それは間違いなくサファイアにとって不利だった。何故なら車両というのはそう広
くなく、いつもの影分身により敵の攻撃を躱すことを中心としたバトルが難

しいからだ。おまけに時折揺れるのがサファイアやポケモンの足取りを乱す。故にサファイアはオーロットで様
子見をしつつ、対策を練る。今も電撃波を影の大樹で守りつつ攻撃を仕掛

けるが、揺れでバランスが崩れて上手く攻撃できない。
 
「それではそぉーろそろ見せてあげましょう。真・トライアタック!」

 レアコイルの磁石が体から離れ、三角形の頂点を作り出す。発生した強力な磁力でレアコイルの体の周りが
熱くなり――そこから、バーナーのように炎が噴き出た。影の大樹に直撃し

、焼け落ちる。
 
「もう一度身代わりだ!」
「無駄ですよ、こちらももぉーう一度です!」
 
 再びオーロットが影で大樹を模した身代わりを作り出すが、レアコイルの炎によって焼き尽くされてしまう
。一見すれば防げているようだが、身代わりには体力を使うのだ。このまま

防戦一方では、オーロットの体力が尽きる。
 
「なら今度はゴーストダイブ!」

 自身の影の中に身を隠すオーロット。普通のポケモンバトルなら手が出せないところだが、目の前の博士は
そんなもの物ともしない。
 
「自分の身を護るポケモンを隠すとはおぉーろかですねぇ。レアコイル、やってしまいなさい!」
 
 レアコイルの攻撃の照準がこちらを向く。やはりこの博士はポケモンで人を傷つけることをなんとも思って
いない。ーー故に、読めていた。
 
「今だ、出てこいオーロット!」
「オーッ!」

 レアコイルの影からオーロットが出てきて突撃する。するとレアコイルの体が真っ赤に燃え上がり、仰向け
に倒れた。
 
「ノォー!?私のレアコイルが!」
「この前シリアが言ってただろ、お前のトライアタックは強力な反面で、ポケモンに負担をかけてるってな!

 
 レアコイルの発生させた磁場は強い炎を発生させるほどだ。故にその磁場が崩れてしまえば己自身を焼くと
シリアは言っていた。それをサファイアなりに実行したまでだ。
 
「フン・・・まあこぉーの前よりはマシになったようですねえ。こぉーうでなくては面白くありません。出て
きなさい、ロォートム!」
「戻れオーロット、そして・・・いくぞフワンテ!」
 
 ティヴィルが影を纏った電球のような姿をしたポケモンを繰り出す。たしかこの前は、芝刈機の姿に変身し
てリーフストームを使っていた。
 
「フフーフ、随分と小さくて頼り無さそうなポケモンですねえ。ロォートムの攻撃、受けてみなさい!放電!

「それはどうかな。フワンテ、シャドーボール!」 
 
 車両を埋め尽くさんとするような放電に、フワンテが漆黒の球体で迎え撃つ。が、力負けしてフワンテの体
が電撃を受けた。サファイアの体も少し痺れる。
 
「それ見たことですか。そんなポケモンでは私には勝てませんよぉー?」
「・・・いいや」
「?」
 
 サファイアが呟くように言う。電撃を受けたフワンテの体が輝き始めた。その小さな体が、巨大化していく

 
「本当の勝負は、これからだ!お前の仲間達を傷つけられた怨み晴らせ、フワライド!」
「ぷわわぁー!」
「ほぉーう、進化させてきましたか・・・ですがその程度でなんとかなると思わないことですね」

 特別進化には驚かないティヴィル。むしろ面白そうに笑みを浮かべた。
 
「フワライド、シャドーボール!」
「では見せてあげましょう、我がロォートムの真の力を!ウォッシュロトム、チェンジ!そしてハイドロポン
プ!」
 
 先程より大きく威力を増したシャドーボールに対し、ティヴィルはロトムの体を洗濯機のように変型させる
。そしてそのホースの部分から、大量の水を放ってきた。シャドーボールが相殺される。
 
「折角の進化もそぉーの程度ですか?」
「まだまだ!フワライド、妖しい風!」

 漆黒の弾丸は相殺出来ても、吹きすさぶ風は打ち消せまい。そう考えて攻撃する。

「ならばウインドロトム、チェンジ!そぉーしてエアスラッシュ!!」

 今度はロトムが扇風機の姿を取り、幾多の風の刃を放ち。またしても攻撃が掻き乱され、ロトムには届かな
い。
 
「くそっ、なんでもありかあの変型は・・・」
「そぉーのとおり。そしてそろそろ見せてあげましょう、我がロトム最大級の攻撃を」
「!!」
「ヒートロトム、チェンジ!そぉーして・・・オーバーヒートォー!」
「ぷわわぁー!」
 
 サファイアが何か指示をだす前に、フワライドがサファイアを庇うために動いた。進化したその巨体はサフ
ァイアの体を覆い隠すのに十分で、ヒーターに変型したロトムの猛火を防ぐ盾となる。
 
「フワライド!!」
「ぷわ・・・」
 
 だがそれは相手の最大級の攻撃をまともに受けるのと同じ。フワライドの体が焼け焦げ、すさまじい熱を持
ち。
 
「ぷーわーわー!」
 
 その体がみるみるうちに。車両の天井につくまでに大きく膨らんでいく。
 
「こぉーれはまさか・・・熱暴走!?」
 
 わずかだが焦ったティヴィルの声に、これはチャンスだと直感するサファイア。
 
「踏ん張れフワライド、もう一度シャドーボール!」
 
 フワライドのシャドーボールは自分の体と比例するが如く大きく膨らんでいく。ティヴィルがロトムを変型
させて攻撃を仕掛けるが、漆黒の球体は縮まるようすはない。
 
「ぷー、わー、わー!」
「ノオオオオオオ!!」
 
 放たれた一撃は確かにロトムに直撃し、戦闘不能にした。サファイアの知る限りのティヴィルの手持ちはこ
の二体だけだ。降参するように呼び掛ける。

「・・・もう勝負はついただろ!大人しく装着を止めるんだ!」 
「降参・・・?ク、ククク・・・ハーハッハッハ!!」
 
 哄笑するティヴィル。どうやらまだ諦める気はないらしい。次はどんなポケモンが来るのか警戒するとーー
なんと、車掌室の装置から雷が飛び出した。フワライドに命中し、フワライドが倒れる。
 
「なっ・・・!!」
「あまり使いたくはありませんでしたが見せてあげましょう。こぉーれが私の最高傑作にして最終兵器!ポリ
ゴンZ !」
 
 装置についている幾つものモニターが光を放ち、一つの立体映像を作り出す。それは赤と青で構成された、
なんとも説明の難しいフォルムをした紛れもない一匹のポケモンだった。

「・・・出てこいヤミラミ!その輝く鉱石で、俺の大事な人を守れ!」

 ヤミラミをメガシンカさせて、宝石の大盾を構えさせる。それをティヴィルは笑った。
 
「このポリゴンZの前に防御などぉー無力!冷凍ビーム!」
「ヤミラミ、メタルバースト!」
 
 ポリゴンZが立体映像から冷凍ビームを吐くのを、大盾で受け止め、盾を凍りつかせながらも跳ね返す。だが
ーー

「フッ・・・」
「なっ・・・!?攻撃が効かない・・・?」
 
 跳ね返した攻撃は、あっさりと立体映像をすり抜け、車両内で散乱した。車掌室の装置が壊れないように電
車ごと改造したのか、傷ひとつつかない。
 
「そう!これこそポケモン預かり装置とヴァーチャルポケモンことポリゴンZの能力を組み合わせた無敵の戦略
!どんな攻撃でも、私のポリゴンZを傷つけることは出来ません。何故ならポリゴンZは装置の中にいるのですか
らね!」
 
 また無駄にポーズを決めつつ自分の発明をペラペラ話すティヴィルだが、これは確かに本格的に不味い。向
こうからは一方的に攻撃できて、こっちの攻撃は一切通らないのだから。
 
「さあいきますよ!ポリゴンZ、破壊光線!」「また俺を狙って・・・!ヤミラミ、守る!」 
 サファイアとヤミラミの体が緑色の防御壁に包まれ、破壊光線を弾き飛ばす。向こうは反動で動けなくなる
が、こちらからも手の出しようがない。
 
(いったいどうすれば・・・待てよ、預かりシステム?)

 ティヴィルは確かに預かり装置と組み合わせている、と言っていた。それなら、勝機はあるかもしれない。
だがこれは危険な賭けだ。託すなら相棒のジュペッタだが、果たしていいのかーーそんな思いを込めてジュペッ
タを見つめる。
 
「ーーーー」
「よし・・・頼むぞジュペッタ」
 
 相棒から帰ってくるのはいつもの返事。任せてください。そう聞こえた。

「何をこぉーそこそ話しているんですか?」
 
 無視してサファイアは走り出す。ポリゴンZが破壊光線の反動で動けない今がチャンスだ。
 
「フフーフ、さては直接『雷同』を壊す気でぇーすね?ですがこぉーの『雷同』はあなた程度に壊せるもので
は・・・」

 得意気に語るティヴィルだが、サファイアの狙いはそこではない。『雷同』というらしい装置まで走り抜け
ーージュペッタの入ったモンスターボールを、預かりシステムの利用法と同じように入れた。ティヴィルがぎょ
っとする。
 
「な・・・まさか」
「そのまさかさ。ポリゴンZの本体がこの中にいるっていうんなら、こっちのポケモンも中に送り込んでやれば
いい!」
「フン・・・相変わらず勘のぉーいいガキですが・・・あなたは意味がわかっていますか?電子空間の中で戦
い、負けたポケモンの末路は戦闘不能ではなくデータとして消滅です。自分のポケモンを喪う恐ろしさ、味わっ
ても知りませんよぉー?」

 サファイアにも、確信はなかったがそうではないかという予測はあった。ジュペッタを喪うなど、考えただ
けでも恐ろしい。が。サファイアは憶さず、ティヴィルを睨み付ける。
 

「俺の相棒は、お前なんかに負けたりしない!」


 斯くして二人の決戦の舞台は、現実世界ではなく電子空間に持ち越されたーー。
 
 
 
 突如として小さく、広大な電子空間に送り込まれたジュペッタは、意外と冷静に己の動きを把握していた。
まずは自分がこの空間でどれだけやれるのか、それがわからなくてはどうしようもない。真っ先に敵の居どころ
に向かわないあたり、サファイアと違って冷静だ。
 
(それに、恐らくは・・・)
 
 ジュペッタにはこの装置が如何なるメカニズムによって動いているのかはわからない。だが町中のフワライ
ドを操るほどとなればそれをコントロールする存在が必要になるだろう。
 
(さっきのポリゴンZの攻撃は、破壊光線を撃ったにしても停止時間が大きかった。そして今も、侵入者である
私になにもしてこない。ーーつまり、彼?こそがこの装置を統制している存在とみて間違いないだろう)
 
 そう予測をつけ、緑色を中心として構成された電子空間を進んでいくジュペッタ。すると程なくしてポリゴ
ンZの姿が見えてきた。
 
「・・・ターゲット、ホソク。デリート、カイシ」
「くっ!」
 
 ポリゴンZはこちらの姿を見るや否や、直ぐ様体の一部を砲台に変えて冷凍ビームを放ってきた。だがそれは
ーー電子空間での動きになれていないジュペッタでも避けられないことはないものだった。あちらとて、本来電
子空間での戦闘などプログラムされていないのだろう。

(ならば一気に決めさせてもらう!)
 
 ジュペッタは今の自分に出来る全速力でポリゴンZに肉薄する。やはりポリゴンZの動きは遅い。一気にその
鋭い爪で引き裂き、勝負を決めたーーかに思われたが。
 
(手応えがない!?これは・・・)
 
 まわりを見回すと切り裂いたはずの体が再構築され、元のポリゴンZの姿を取り戻していた。・・・単純な物
理攻撃は通じないということか、とジュペッタは考える。
 
「デリート・・・デリート・・・デリート・・・」
 
 うわごとのように繰り返しながら、ポリゴンZは砲台を増やして攻撃を仕掛けてくる。片方の攻撃があたり、
ジュペッタの片腕がちぎれとんだ。自分の体が消滅していく感覚に寒気が走るが、ここで止まるわけにも負ける
わけにもいかない。
 
(この一撃で決める)
 
 ポリゴンZは電子空間での戦闘に適応してきている。長引けば長引くほど、戦闘は不利になるーーいや、待っ
ているのは敗北のみだろう。
 
(相討ちにもやってやるつもりはない。私はまだマスターのもとでやるべきことがある)
 
 ミシロタウンでシリアのDVD を見ながら、あんなチャンピォンになりたいといつも言っていたサファイアの
夢を叶えるとジュペッタはカケボウズだったころから誓っているのだ。こんなところで、終わるわけにはいかな
い。
 
(この爪に火を灯してでも私は・・・勝つ!!)
 
 鬼火の炎を自分の爪に。焼けるような感覚にも構わず、再度ジュペッタは肉薄した。これくらいが自分の足
を止める弱気を払うにはちょうどいい。
 
(散魂炎爪・怪)
 
 そして、炎を纏った闇の爪が、今度こそポリゴンZを引き裂いてーー回りの電子空間が、ぶつんと音を立てて
暗くなった。装置が止まったのだろう。
 
(さあ戻ろう、マスターの元へ)
 
 ジュペッタは電子空間から脱出する。自分を心配・・・いや、信じてくれているサファイアのところへーー
 


  [No.1520] 拭えない過去 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/02/20(Sat) 04:44:46   35clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

サファイアの元にジュペッタが戻った後の経過を簡潔に示しておこう。ポケモンを失ったティヴィルと気絶した
ネビリムはキンセツジムトレーナー達の手によって捕縛され、ルファの連絡により国際警察に引き渡されること
になった。なぜ彼がそんなパイプを持っているのかというと――

「はあ!?お前が元国際警察だとぉ!?」
「それでティヴィル団にスパイ…というか内情を視察するために入り込んでたのか」
「ま、そういうこった。最初のテレビの放送だけじゃどんな奴らかわからなかったもんでな」

 サファイアがルビー、ルファ、エメラルドの元に戻ると三人はやや疲弊しながらも無事でいた。そしてルフ
ァに事情を聞くと、そういう事実が発覚したわけである。

「それにしてもご苦労だったねサファイア君。聞いた限りじゃ一人であの博士を倒したんだろう?君も強くな
ったね」
「ありがとう。……だけどジムリーダーはどうしたんだろう。あの人も来るっていってたんだけど」

 その時、サファイアのポケベルに通信が届いた。誰からか見てみると、丁度ジムリーダーのネブラからだっ
た。すぐに出るサファイア。

「無事か、貴様ら?」
「それはこっちの台詞だ。一旦どうしたんだよ?」

 そう聞くとネブラはわずかに言いにくそうに語る。サファイアにティヴィルの場所を伝えた後、得体の知れ
ぬ子どもが自分の邪魔をし、助力が叶わなかったと。

「得体の知れない子供……か」
「……もしかしたら、あの子かもしれないね」

 思い当たるのは、カイナシティであったジャックという少年だ。特徴を聞いてみても、ほぼ一致した。

「……ともかく、本来この町を守るべき俺様に代わり危機を救ってくれたことには礼を言おう。そしてあらぬ
疑いをかけたことも謝罪する。……すまなかった」

 その言葉からは、確かな誠意と、この町を守らなければいけないことへの大人の責任の重みがあった。まだ
少年のサファイアには、受け止めきれないほどの。

「いいよ、もう済んだことだし。何か酷いことされたわけでもないからな」
「謙虚だねえ。もう少し恩着せがましくしといた方が生きやすいぜ?」
「元警察とは思えねえ言い草だなオイ」
「これでもお前らより大人なんでな」

 元々の因縁からか、ルファに食って掛かるエメラルド。だがルファは軽く流した。


「ひとまず、全員ジムまで戻るがいい。そこで今回の恩赦と、女狐……いや、小娘。それに緑眼の少年にはジ
ムバッジを渡そう」
「僕は君とバトルをしていないけど、いいのかい?」
「貴様の今回の働きは、それに見合う――いや、それ以上の物だ。ではジムで待つ」


 そう言って彼は通信を切った。4人でジムに向かうと、奥でネブラが待っておりルビー、エメラルドにはジ
ムバッジを、そしてサファイア、ルファ、エメラルドには高額のお金が手渡された。ルファ、エメラルドはま、
こんなもんだよなと平気で言っているが、サファイアとしては素直に受け取れない。

「……ホントにいいのか?こんな……50万円も」
「フッ、貴様は町ひとつを救った英雄だ。これだけでは安すぎる。後日にはなるが、貴様らにはキンセツのフ
リーパスを用意しよう」
「フリーパス?」
「キンセツシティの施設の全てが無料になるってやつか!そりゃ俺たち金持ちでもそうそう手に入るもんじゃ
ないぜ!」

 エメラルドが興奮気味に説明する。要するに金で買えない特別なものらしい。……そんなものを貰っていい
のか、やはり不安になる。

「いいじゃないか。仮にもキンセツを支配する人間がそう言うんだ。ありがたく貰っておこう」
「でも……」
「サファイア君。自分の行いを安く見るんじゃないよ。あの博士の機械を止めていなければ、キンセツシティ
は壊滅していたんだ。これだけ大きな町がなくなれば、果てはホウエン全体の危機と言って差し支えない。その
事実を受け止めることだね」
「嬢ちゃんの言う通りだぜ、少年」
 
 一つの町の壊滅。それがいかに恐ろしいかは、サファイアの想像をさらに上回るのだろう。二人に説得され
、サファイアも納得……とまではいかないが、了承する。

「わかった。じゃあ……ありがとう」
「それでいい。後は……確か貴様はジムリーダーと本気で戦うことを望んでいたな?」
「あ、ああ」

 質問の意図がわからず、首を傾げるサファイア。ネブラは懐から一枚の書状を取り出し、サファイアに渡す


「これは……?」
「フエンタウンのジムリーダーに会ったら、これを渡すがいい。そうすれば奴は本気で貴様と戦うだろう。―
―奴と俺様は唯一無二の友人だ。頼めば聞き届けられよう」

 そう言うネブラの表情は、どこか懐かしげだった。

「では悪いが俺様は町へ出させてもらう。避難させた民間人への説明があるのでな。彼らを安心させてやらね
ばなるまい」

 ネブラは満足げに微笑み、外へ出ていく。そしてジムの中には4人が残された。

「んじゃ、俺はもう行くわ。……ま。元警察として礼を言っとくぜ」
「バウ!」

 グラエナが吠え、一人と一匹が去っていく。エメラルドが、今度あったときはブッ飛ばすからな!といった
が、軽く右手をひらひらと振って答えただけだった。

「ったく、スカしやがって……んじゃ俺様も行くとすっか。あばよ!」

 そう言って、ジム内であるにもかかわらず自転車に乗って走り去るエメラルド。残ったのは、ルビーとサフ
ァイアだけだった。

「じゃあ僕たちも行こうか。とりあえず今日はもうポケモンセンターで休もう」
「ああ、ポケモン達も回復させないといけないし……」

 二人はジムを出て、ポケモンセンターへと移動する。そうしながら、ルビーはあることを思っていた。


(この町を救った英雄、か)

(無価値、役立たず、能無しだと言われ続けたボクにも……それだけの価値が、あるのかな?)

 
 果たして自分がサファイアに偉そうなことを言えた口か、と過去を思い出し。それに囚われる自分を嗤った
。そしてその夜――彼女は想起することになる。





――この程度の術も扱えんのか!?


――本気でやりなさい!!


――シリアはあんなに出来が良かったのに、お前はどうしてそんなに愚図なんだい!?


――霊に体を乗っ取られるとは……この出来損ないが!!



 夜。ルビーは久しぶりに、己の過去に苛まれていた。自分の父が、母が、祖母が祖父が。自分の不出来を、
遅さを、情けなさを。徹底的に糾弾し、罵る。

 シリアがおくりび山の宮司となることを放棄した後、ルビーはおくりび山の巫女になるべく厳しく育てられ
た。それまではシリアが優秀だったため、甘やかされる――というかほとんど放置されていたこともあり、彼女
にとってそれは生きながらにして地獄でしかなかった。


――いい!?あなたはおくりび山の巫女として、ここに住まう御霊を鎮める義務があるの!それがわかっている
の!?いないからあなたはダメなのよ!

 
 そんな事は、とうにわかっていた。だがルビーには、兄ほどの才能はない。いいや、人並みですらない。地
獄のような毎日を生き抜くために彼女は、少女として歪んだ。厳しく育てられ始めた後に出会ったサファイアと
いう一筋の希望がなければ、彼女は自殺していたかもしれない。


 そして夢の中で父たちに罵られた後に出てくるのは、旅に出る前の兄。当時はまだルビーと同じ黒髪の彼は
、幼いルビーの髪を掴み思い切り引っ張る。


――くそがっ!!なんで俺がこんなことしなきゃなんねーんだ!!なんでてめえはぬくぬくと菓子食ってんだよ
!おかしいだろうが!!ああ!?


 おくりび山の宮司になるべく最初から厳しく(出来が良かったため、ルビーのような目にはあっていない)
育てられていた彼は、他の家族に見えないところでストレスをいつもルビーにぶつけていた。幼いルビーはまだ
家のことがわからず、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった。そしてそんな彼女を助けるものは、誰もいない。

 
――俺はこんなところで一生を終えるつもりはねえ……ここの管理は、テメエがやってろ。


 彼が旅に出る直前。ルビーに放った彼の表情を決してルビーは忘れないだろう。その表情はルビーへの憎悪
と――何よりも、他の誰を犠牲にしてでも何かを成し遂げようとする野心に満ちていた。

 残ったのは、役目を押し付けられた自分。役目をまともにこなせない自分。誰からも認められない自分……
そんな自分を奮い立たせるために、ルビーはこんな性格になった。他人を、自分を嘲り。全てに対して無関心で
無感動に生きる。そうするしか、出来なかったのだ。


「……また、この夢か」


 ルビーは夢から覚める。この夢を見るのは、随分久しぶり――そう、旅に出て、サファイアにあってからは
初めてだろう。昼間に思い出してしまったせいだな、なんて冷静に思おうとする。それでも、濡れる瞳を乾かす
ことは出来なかった。ホウエンの夜は温かいのに、体が震えて止まらない。


「情け、ないなあ……」


 そう思いながらも、ルビーの足はふらふらと別室にいた彼の元へ向かう。唯一自分に温かい言葉をかけてく
れた、サファイアの元へ。彼は眠っていたようだが、ドアの開く音で目を覚ましたようだ。


「ん……ルビー……?」
「……」

 ルビーは何も言わず、寝ぼけているサファイアに無言で雪崩かかる。まるで幼い子供が悲しくてぬいぐるみ
を抱きしめるような仕草だ。

「うわっ……!?」

 突然抱きしめられるような恰好になって驚きを隠せない。だがすぐに、ルビーの肩が震えていることには気
づいた。

「ルビー……泣いてるのか?」
「……なんでもない」

 ルビーは震える声で、絞り出すように言った。そして続ける。

「ただ……このまま眠らせてもらってもいいかい……?」

 寝ぼけているサファイアには、何が何やらわからない。いや、ちゃんと起きていてもルビーが泣いて自分に
縋っている状態は理解できないだろう。

「…いいよ。おやすみ、ルビー」

 ただ、彼女がそうしたいならそうさせてやればいい。そう思い、彼女の背中をさすろうとするが、その前に
再び目をつぶって寝てしまった。ルビーがそれを見て苦笑する。流れる涙が、少し止まった。

「ふふっ……よっぽど疲れてるんだね。大分無茶したみたいだしそれもそうか……おやすみ、サファイア君」

 もう一度サファイアを抱きしめ、彼の温もりと匂いに少し安心しながらルビーも再び眠りにつく。朝になる
まで、彼女が夢に苛まれることはなかった。




――翌朝。目を覚ましたサファイアは自身の状況に困惑した。人間、あまりに驚くと声すら出ないものである。


(……なんでルビーが俺に抱き付いて寝てるんだ!?)


 ついでに言うなら自分も彼女の背中に手を回して抱きしめているとも言えない状況である。ルビーは自分に
抱き付いて離れず、すやすやと眠っている。それも何故か顔を赤くしていた。泣いていたせいなのだが、寝ぼけ
ていたサファイアはそのあたりのことは夢の中の出来事と同じく忘れてしまっている。

(と、とりあえずそっと離れて……駄目だ!?寝てるのに離れてくれない!?)

 ルビーを起こさないようにそっと体を動かしているせいもあるが、彼女は自分にツタ植物のように絡みつい
て離れない。ポケモンの技のまきつくってこんな感じなのかーとか寝起きの頭で思うがそれどころではない。早
くなんとかしないと彼女が起きてしまう――。

「……ん」
(起きた!?)

 ぼんやりと目を開けたルビーは、慌てふためくサファイアの顔を見て、緩み切った顔で微笑んだ。寝顔も可
愛かったがこんな表情もするんだな――と思うがだからそれどころではない。
 ルビーも自分の状況が理解できず慌てるかするかと思ったが、彼女は平然と腕を離して、体を起こしていっ
た。

「おはよう、サファイア君」
「あ、ああ。おはよう」
「昨夜は楽しかったね?」
「なっ……!?」

 にやりと笑ってルビーが言うので、健全少年のサファイアとしてはやはり困惑せざるを得ない。とりあえず
、なんとか、言葉を絞り出す。

「……冗談だろ?」
「冗談だよ」

 とりあえず良からぬことにはなっていなかったようで安心する。だがしかし、ルビーがなぜ自分に抱き付い
て眠っていたのかについての疑問は解決していない。

「で、なんでルビーがここに?」
「ん……そうだなあ」

 正直に話す気はない。話せばきっと、彼は自分を必要以上に心配してしまうだろうから。今はまだその時で
はないだろう。

(ありがとう、サファイア君)

 そう思いながら、彼女はサファイアの知るいつも通りに――嗤って、こう言った。


「乙女の秘密、とでもしておいてくれよ」
「またそれか!いやでもこういうことは――!」
「へえ、どういうことなんだい?」
「くっ……!」

 そんなやり取りをしながら、二人は新しい朝を迎え、新しい街に旅立つのだった――。


  [No.1521] 湯煙の町へ 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/02/20(Sat) 04:45:49   25clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

キンセツシティを出た二人は、ロープウェイに乗り、デコボコ山道に到着する。お婆さんにフエン名物だという
煎餅を売ってもらったので、早速一枚食べてみた。

「辛っ!?」
「これは・・・確かに状態異常も吹っ飛びそうだね」
 
 二人して水を飲むが、なかなか辛さは収まらない。口の中をヒリヒリさせながら、山道を降りていく。名前
の通り段差が激しく、なかなか歩きづらい。
 
「ルビー・・・降りれるか?」
「君が手を引いてくれるのなら、なんとかなると思うよ」
「わかった」
 
 一際大きな段差のところでサファイアは先に飛び降りる。そして上のルビーに手を伸ばした。二人の手が触
れ合う。
 
「よいしょっと」
 
 ルビーがストンと上から降りる。サファイアは手を離そうとしたが、ルビーは離さない。
 
「・・・ルビー?」
「いいじゃないか。このままでも」
 
 ね。と言って微笑みかけてくるルビーの表情は、なんだか脆く儚く見えて。手を離すことが憚られた。ロー
プウェイのときも感じたが、キンセツシティを出てからそういう顔をするようになった気がする。

「あ・・・見てサファイア君」
「どうしたんだ?」
 
 ルビーが向こうを指差す。サファイアがそちらに目を向けると、頭に真珠のような綺麗な珠を乗せたポケモ
ンーーバネブーの群れがいた。段差のある山道を器用にピョンピョンと跳ね移動しているのだが・・・その群れ
の一番後ろの一匹が、段差を登ろうと跳び跳ねて、思いきり壁にぶつかった。他のバネブー達がブーブーと騒ぐ
。明らかに文句を言っているようだった。

「上手く登れないみたいだな」
「そうだね・・・」

 登り損ねたバネブーは何度か登ろうと挑戦するが、何度やっても上手くいかず。ついには群れに置き去りに
されてしまった。
 
「ぶう!ぶう・・・」
 
 それでも残されたバネブーは何度も何度も挑戦する。そして同じ数だけ失敗した。
 
「ねえ・・・サファイア君」
「どうしたんだ?」
「あの子、助けてもいいかい?」
「えっ?」
 
 ルビーはバネブーを見て、かつての自分を思い出す。何度やっても親達の期待に応えられない弱い自分と・
・・目の前のバネブーは同じに見えた。

「助けたいなら、いいんじゃないか」
「そうするよ」
 
 ルビーは何度も同じ事を繰り返すバネブーの後ろからそっと近付く。そしてサマヨールを繰り出し、小さく
「朧重力」と呟いた。サマヨールが、バネブーの真上に吸い寄せる重力場を作り出す。
 
 すると跳び跳ねるバネブーの体が宙に吸い寄せられーー結果として普段より高く飛び上がり、段差を登る事
に成功した。ルビーとサマヨールの存在には、気づいていない。ルビーもそれ以上バネブーにはなにもしなかっ
た。
 
「あれだけで良かったのか?」
「・・・わからない。もしかしたら余計なお世話だったかもしれないね。あの成功は所詮まやかしさ。だけど
・・・何かのきっかけにはなるかもしれないだろう?」
「・・・そうだな、偉いよルビー」
 
 あのバネブーが今後また同じように置いていかれるかもしれないとは思った。だが、今はそれよりもルビー
が自分から他のポケモンを助けようとしたことを喜ぼう、そう思ったサファイアだった。
 
 
 
「ここがフエンタウンか・・・カイナ、キンセツとは違ってのどかな感じだな」
「温泉の町のせいか、お年寄りが多く集まる町らしいよ。とりあえず、山を降りて汗をかいたし温泉にゆっく
り浸からないかい?」
「いいな。・・・あ、混浴とかじゃないだろうな」
「お、先取りしてくるようになったね。いいじゃないか、毎回反応が同じでも飽きるしね」
「俺をおもちゃにするなよ・・・」
 
 呆れるサファイアに、ルビーはクスリと微笑む。温泉は色々あるがまずはポケモンセンター裏の温泉に浸か
りにいこう、というルビーの提案により、二人はポケモンセンターに向かった。
 
「あいつは・・・エメラルド?」
「ん?お前らもここに来たのか。いや、ようやくついたって感じだな」

 するとそこには、緑の浴衣姿で空のモーモーミルクの瓶を手にしたエメラルドがいた。
 
「お前らがちんたらしてる間に、俺様はもうジムバッジをゲットさせてもらったぜ。それから・・・こいつも
手に入れた」
 
 エメラルドはそばに置いてある自分のバッグから、炎を象ったジムバッジと、謎の化石を取り出す。
 
「見ろよこれ。そんじょそこらのレプリカとは違う、モノホンの化石だぜ?今からカナズミに行って復元して
もらいにいくところなんだ」
「復元って・・・そんなことできるのか?」
「へっ、うちの企業を舐めんなよ。そんな程度の技術、10年前には完成してるっつの」
 
 それから化石ポケモンは希少価値が高いとか、うちの技術は世界一だとかそんな話をしばらくされた。恐ら
くエメラルドは珍しいポケモンを手に入れたことを自慢したかったのだろう。
 
 話を終えるとエメラルドはサファイアに一つのゴーグルを放ってよこした。
 
「これは?」
「うちの会社謹製、ゴーゴーゴーグルだ。イカす名前だろ?どんな砂漠の砂嵐もへっちゃらな優れものだが俺
様にはもう無用の長物だから、荷物整理のついでにお前にくれてやる」
「ああ・・・ありがとう」
「じゃあな!お前らは精々のんびりジムバッジを集めてろよ。俺様はその間に・・・最強のメンバーでチャン
ピォンになってるからよ!」
 
 そう言って、エメラルドはポケモンセンターから出ていってしまった。
 
「相変わらずそそっかしい子だね」
「なんというか・・・嵐のように去っていったな」
 
 そんな感想を残しつつ、今度こそ温泉に入る。月並みな感想だが、温かくて広い空間というのは気持ちが良
かった。
 
「・・・温泉から上がったらジム戦、だな」
 
 呟くサファイア。その声には今までのような緊張感は薄らいでいた。今までのジム戦は順調だったし、あの
ティヴィルも倒した。正直のところ、負ける気がしなかったのだ。
 
 だがサファイアは忘れていた。次のジム戦の相手がどんな存在なのかをーー

 
 
「ふう・・・気持ち良かったね」
「そうだな・・・風呂長かったな」
「折角の温泉だからね。ゆっくりしないともったいないじゃないか」
 
 サファイアより大分後に出てきたルビーが言う。二人ぶんのモーモーミルクを買ってルビーに片方を渡した
後、サファイアがこう切り出した。

「なあ、飲み終わったら早速ジム戦に行っていいか?」
「エメラルド君に触発されたかい?ボクは構わないよ」
「ありがとう。じゃあ決まりだな」
 
 そうして二人はフエンジムへと向かう。中は浅い温泉のようなフィールドになっていた。
 
「いくら温泉の町だからって、炎タイプでこれは不利じゃないか・・・?」
「あるいは、それくらいで丁度いいという自信の表れかもしれないね。・・・ああ、彼がジムリーダーかな?

 
 ジムの奥には、黒シャツの上から真っ黒な革ジャケットを来て、紅い髪を逆巻く炎のようにした長身の男が
、マグマッグを控えて立っていた。向こうにもこちらは見えているはずだが、話しかけてはこない。
 
「あんたがここのジムリーダーか?」
 
 なので、サファイアから話しかける。ジムリーダーと思わしき男は如何にも、と返事をした。・・・派手な
外見の割りに無口なのかな、と思いつつキンセツシティのジムリーダー、ネブラにもらった書状を取り出す。
 
「俺、あんたと本気のバトルがしたくて来たんだ。あんたの友達だっていうキンセツのジムリーダーから、こ
れを預かってる」
「ほう・・・これは」
 
 確かにネブラの字だな、と呟いた彼の声は。ネブラがこの男の事を話すときと同じく懐かしさが少しだけ感
じられた。
 
「いいだろう。俺が本気で相手をしてやる。さあ・・・二人まとめて来い」
「ああ!・・・って、二人?」
「如何にも。書状にはそう書いてあるが」
「そうなのか?」
 
 サファイアが書状を見せてもらうと、確かにそこにはルビーとサファイア、二人を同時に相手をするように
書かれていた。ーーそれなら少しは勝負になるだろう、とも。
 
「ルールは3対6の変則バトル。お前達は三匹ずつポケモンを使っていい」
「本気で言ってるのか?それってつまり」
「お前達が一匹ずつに対し、俺は一匹だけを出す」
「2対1の上に、ポケモンの数も半分で戦うっていうのか・・・」
「どうする。やるのかやらないのか」
 
 ジムリーダーの男は、どちらでも良さそうだった。自分が不利な条件でも構わないという・・・余裕、いや
覚悟だろうか。
 
「ルビー、頼んでもいいか?」
「いいよ、どうやら僕たちはあのジムリーダーに一杯喰わされたみたいだね。もしくは・・・」
「?」
「いや、戦ってみればはっきりするかな。さあ準備をしよう」
 
 ルビーは自分のモンスターボールからキュウコンを呼び出す。コォン、とキュウコンが鳴いてルビーに頬擦
りした。
 
「ルビーは早速キュウコンか・・・なら、俺もジュペッタでいこう。俺達の力を見せてやる」
「うん、攻めるのは任せるよ」
「任されたぜ」
 
 一見すれば仲睦まじく話している二人に、ジムリーダーである男は目を細める。それがどんな感情を抱いた
からなのかは、サファイア達にはわからない。
 
「・・・準備はできたか」
「ああ、待たせたな」
「いつでもいいよ」
「では・・・いくぞ、ファイアロー」
 
 ジムリーダーは紅い体つきの鷹のようなポケモンを繰り出した。ホウエンでは珍しいが、とある地方ではあ
りふれたポケモンではある。
 
「ジュペッタ、影分身だ!」
「キュウコン、影分身」
 
 二人がいつも通りの指示を出す。分身で相手を撹乱し、自分達に有利な場を作り出す戦術だがーー目の前の
男は、たった一言でそれを打ち破る。

「燕返し」

 刹那。一瞬のうちに動いたファイアローがジュペッタとキュウコンの分身が増える前に、2体の体を翼で切
る。キュウコンの美しい毛並みが傷つき、ジュペッタのぬいぐるみの体が僅かに裂けた。
 
「な!?」
「速い・・・」
 
 今までも、分身した自分達を見切ったり分身を消し去る相手はいた。だがこの男は、そもそも分身すらさせ
ずに攻撃を当ててきた。

「だったらメガシンカだ!いくぞジュペッタ!」
「ーーーー」

 サファイアのメガストーンと、ジュペッタの体が光輝く。ジュペッタを包む光が消えた時ーーその姿は、チ
ャックが開いてそのなかから紫色の鋭い手足が出たメガジュペッタに進化していた。

(相手は炎タイプだから、鬼火は効かない。ここは、もう一度影分身でペースを掴む!)
 
「ジュペッタ、影分身!」
「燕返し」

 ジュペッタが先ほどよりもずっと速く分身していく。だが、相手が更にその上をいった。分身を始めても、
本体が移動するのには若干のラグがある。その間に懐に入り、再び翼で切りつけた。
 
「特性『いたずら心』のジュペッタより速い!?」
「燕返しは先制をとる技じゃない。ということは・・・」
 
 ルビーは速さの理由を察したようだった。それを聞いて、ジムリーダーは短く言う。
 
「特性『疾風の翼』の効果により、飛行タイプの技は全て先制技になる。・・・止めをさせ、ファイアロー」
「させるか、影法師!」
「・・・ふん」
 
 例え攻撃が命中しても、分身が出来ている事実は変わらない。それを利用し、サファイアは自らの必殺技を
仕掛ける。分身達が巨大化し、ファイアローに精神的なダメージを与えようとする。
 
「つまらん芸だな、児戯にも等しい。焼き尽くせファイアロー」
 
 ファイアローが全身の体毛から火の粉をだし、分身達を焼き払っていく。ごくあっさりと必殺技の一つを破
られたが、サファイアとしてはこれで構わない。とにかく燕返しの連打さえ止めればーー
 
「キュウコン、炎の渦」
「コォン!」
 
 彼女がサポートしてくれると信じているから。炎の渦がファイアローを閉じ込め、ジュペッタの姿を今度こ
そ見失わせる。
 
「これで止めだ。ジュペッタ、虚栄巨影!」
 
 巨大化した闇の爪で、炎の渦ごとファイアローを確かに捉えて切り裂く。ファイアローが床に叩きつけられ
るがーー
 
「倒れない・・・」
「流石に鍛えてあるってことだね。火炎放射!」
 
 ルビーのキュウコンがすかさず追撃の炎を放つ。9本の火柱がファイアローに飛んで行くが、それは相手にと
っては遅すぎた。
 
「羽休め」
 
 ファイアローが床に座って体を休める。・・・火炎が届くほんの数秒の間に体力を大幅に回復させ、対して
痛くもなさそうに受け止めた。
 
「これで決める」
 
 短い一言に、はっきり必殺の意思がこもったのがサファイアにもルビーにもわかった。だが、相手の圧倒的
な『速さ』の前に対抗手段が浮かばない。
 

「ブレイブバード!」
 
 
 放たれた技は、正に神速の突貫だった。地面すれすれを水しぶきを起こしながら翔び、まずキュウコンを吹
っ飛ばし、ついでのようにジュペッタの全身を翼で切り裂いたーーサファイアの目に映ったのは上がる水しぶき
と、吹き飛ばされて壁に叩きつけられるキュウコンの姿だった。
 
「キュウコン・・・ゆっくり休んで」
「・・・ジュペッタ。ごめん」
 
 戦闘不能になった二匹をボールに戻す。次に誰を出そうか考えて、結論が出せなかった。
 
(どうすれば、あいつを倒せる・・・?というより、倒せるのか?)
 
 それはジャックと戦ったときにも似た相手への恐怖。あのときは得体の知れないポケモンへの、今は圧倒的
な実力差への怖れだった。これがジムリーダーの、本当の本気。ルビーも次のポケモンを迷っているようだった
。彼女をして、このジムリーダーは脅威なのだろう。
 
(いや、俺はもう迷わない。シリアのようなチャンピォンになるんだ!)
 
「フフフ・・・流石です、ジムリーダー」
「・・・?」
「これは・・・あれでいくんだね」
 
 突然様子の変わったサファイアに、怪訝な目を向けるジムリーダー。ルビーは察したのか、溜め息をつきつ
つも顔は笑っていた。
 
「私達のエースを2対1で下すとは驚きですが、私達にはまだ頼もしき仲間がいます。いでよ、勝利を運ぶ優し
き気球・・・フワライド!」
「ぷわわー!」
「それじゃあ僕も。出てきてサマヨール」

 それぞれポケモンを繰り出す。サファイアに口調に思い当たったのか、ジムリーダーは苦虫を噛み潰したよ
うな顔をした。
 
「・・・偽りの王者を騙るか」
「私にとっては、彼が本物の王者です」
「・・・よかろう、ならば貴様をあの王者と思い叩き潰すまで!」
 
 理由は分からないが、ジムリーダーはシリアを敵視しているようだった。そしてその敵視は、ネブラも持っ
ていて。エメラルドも何か知っているようだった。そろそろ真相を確かめるべきなのかもしれない。心のなかで
そう思った。
 
「燕返し!」
「受け止めてシャドーボール!」

 ファイアローの燕返しはどうあがいても避けられない。ならば受け止めて反撃するだけ。そのためにサファ
イアは体力の高いフワライドを出した。漆黒の弾丸が、零距離でファイアロ

ーに向かい直撃する。

「羽休め」
「させないよ、重力」

 すぐさま体力を回復しようとするのをルビーは読んでいたのだろう。ファイアローの周囲に高圧力を発生さ
せ、体を休ませない。

「よし、今度こそ止めです、妖しい風!」
「ブレイブバード!」

 フワライドが不気味な風を発生させるが、ファイアローが突進してくる。風の勢いなどものともせずフワラ
イドに直撃した。

「フワライド、大丈夫か?」
「ぷわわ・・・」

 フワライドは持ち前の体力を生かしてなんとか浮かび上がる。ファイアローは、さすがに反動が大きかった
のかよろめいていた。まだ戦えないことはなさそうだが、ジムリーダーがボールに戻す。そして次のポケモンを
繰り出した。

「……怨念を燃やす灯火よ」

 ジムリーダーが最初は小さく呟くように唱える。そして大きく叫んだ。


「倒れし仲間の無念継ぎ、勝利への道を照らし出せ!!現れろ、シャンデラ!!」


 出てきたのは、まるでシャンデリアに顔がついたようなポケモンで。他の地方のポケモンながらサファイア
も知っている――ゴーストタイプのポケモンだった。

「シャンデラ!こいつの特徴は……」
「伝説のポケモンやメガシンカにも勝ると言われる圧倒的な火力……速さの次はこれか。なかなか厳しいね」
「御託はいい、シャドーボール!」
「守る!」

 サマヨールに向かって飛んだ漆黒の弾丸――いや、大砲と呼ぶべき一撃は防御壁を削り、ついにはサマヨー
ルを吹き飛ばした。闇のエネルギーこそ当たらなかったものの、『守る』を使ってなお防ぎきれない攻撃はルビ
ーの記憶する限り初めてである。以前エメラルドが怒りに任せてメガシンカの波乗りを使ったのを防いだ時でさ
えしのいだというのに。

「次は防げそうもないね……サファイア君、妖しい風を頼むよ」
「わかっ……わかりました、フワライド!」
「ぷわわー!」
「サマヨール、朧重力!」

 フワライドが不気味な黒い風を放ち、サマヨールがシャンデラのすぐそばに全てを吸い寄せる重力場を作る
。するとどうなるか。答えは――


「全ての風が吸い寄せられ、そこに吹き荒れる嵐と化す!黒き旋風ブラック・サイクロン!!」

 
 ルビーが自分ののようにオリジナルの技を唱えたのを見て、最初は驚くサファイア。だけど、それはとても
嬉しいことだった。彼女が自分のやり方を認めてくれたような気がしたから。
 ルビーとサファイアの生み出した黒い嵐はシャンデラを巻き込み、その体力を削っていく。このまま削り切
れれば勝てる……そう思った時だった。
 
「狙いは悪くない。だが……」
 
 そこから先の言葉は、小さくて聞き取れなかった。そしてジムリーダーは、反旗の一撃を放つ。
 

「オーバーヒート!」
 

 言葉とともに放たれた炎は、業火や猛火という言葉では説明しきれない、全てを埋め尽くす爆発に近い何か
だった。それは黒い嵐も、フワライドもサマヨールを飲み込み全てを焼き払う。サファイアとルビーが巻き込ま
れないのが不思議なほどの規模の一撃。炎が消えたときには……サマヨールとフワライドが壁際で、力なく項垂
れていた。明らかに戦闘が続行できる状態ではない。
 
「っ……戻れ、フワライド」
「休んで、サマヨール」
 
 二人がボールに戻す。ジムリーダーもまた、シャンデラをボールに戻していた。ダメージよりも、オーバー
ヒートのデメリットである火力の減少を回避するためだろう。
 
「……凄い火力でした。だけど勝負は……これからです!出でよ、全てを見通す慧眼、ヤミラミ!」
「いくよ、クチート」
「……まだやりとおすか。これ以上は無駄だと切り上げたいところだが……あいつの頼みだからな」
 
 ジムリーダーがモンスターボールを宙に投げる。そこから現れたのは――ホウエンでは珍しけれど、その名
を知らないものはいないであろう赤き竜。
 
 
「メガシンカ、Yチェンジ!現れろォ!!メガリザードン!!」


 紅蓮の球体に包まれ、中から現れたのは―-サファイアたちが知るよりもさらに荒く猛々しい、リザードンの
姿だった。そしてその瞬間、ジム内ではわからなかったがフエンタウンに差す日差しが強くなった。

「一撃で決めさせてもらう」
「させません、ヤミラミ、パワージェム!」
「クチート、噛み砕く」

 ヤミラミが鉱石から光を放ち、クチートがその開いた角で噛み砕こうとする。だがリザードンもジムリーダ
ーもそんなものはお構いなしだった。


「メガリザードン!全ての敵を、撃ち抜け!……ブラストバーン!!」


 メガシンカしたリザードンの口で、超弩級の火球が膨らんでいく。数千度にまで達した炎が放たれ――サフ
ァイアとルビーの目が眩んだ。ジム全体に激震が走り、爆裂音が響く――目を開け、結果を確認するまでもなく
勝負がついたと確信させられた。結局自分たちは、この男のポケモンを一匹も倒せなかった。最後に至っては、
たった一撃であっさりと片づけられた。


「やはりあの王者には、そして貴様にも……灼熱の如き闘志も、飛躍を求める魂も感じられない」


 敗北し、目の前が真っ暗になるサファイアの耳に、さっきは聞こえなかったジムリーダーの呟きがはっきり
と聞こえた――


  [No.1522] 真相を求めて 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/02/25(Thu) 19:44:18   21clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

フエンタウンジムリーダーに完敗し、目の前が真っ暗になったサファイアが目を覚ますとそこはフエンのポケモ
ンセンターだった。

「ここは・・・ルビーが運んでくれたのか?」

 すぐそばに座っていたルビーにそう聞くと、ルビーは目が覚めたんだね、と言ったあど首を降った。
 
「まさか。君はボクがここまで運んでくるには重いよ。ポケモンも力尽きてしまったしね」
「じゃあ・・・」
「彼だよ」
 
 ルビーが向こうを手のひらで示す。サファイアが目線を向けると、そこには自分達を完膚なきまでに負かし
たジムリーダーが壁際にもたれて腕を組んでいた。憮然とした態度で言う。
 
「バトルに負けて気を失うとはな」
「・・・」
「ネブラは貴様を随分と評価していた。だから少しは楽しませるやつかと期待したが・・・拍子抜けだ」

 いつもなら食ってかかったかもしれない。だが今はそんな元気も気力もなかった。

「通常のジム戦に勝つ程度の実力は見受けられた。ジムバッジはそこの女に渡してある。ーーさっさと次の町
へいけ」

 それを言うためにサファイアが目を覚ますのを待っていたのだろう。用件を言い終えると、出口へと歩いて
いくジムリーダー。
 
「・・・待ってくれ」
「なんだ」
 
 呼び止めると、彼は止まってくれた。
 
「あんた、ただのジムリーダーじゃないよな。イグニス・ヴァンダー。ホウエンリーグ四天王。シリアに最も
近い男・・・そうだろ?」
「それがどうした。ただのジムリーダー相手なら負けなかったとでも言いたいか?」
「違う」
 
 サファイアは思い出していた。旅に出る前に見たテレビの映像。シリアと戦っていたのは、正に目の前の彼
だった。
 
「あんたの本気、凄かった。手も足も出なかった。だから聞きたいんだ。あんたはシリアと戦ったとき・・・
本気でやってたか?」
「・・・」
 
 今度はジムリーダー・イグニスが黙る番だった。静寂が通りすぎたあと、彼は語る。
 
「そこに勘づいたか。だがお前には、真実は受け止めきれんだろう」
「聞いてみなきゃ、なにもわからない。俺はシリアのこと・・・そして隣にいる彼女のこと、もっと知りたい
んだ」
「サファイア君・・・」
 
 ルビーが僅かに顔を赤くし、目をそらす。それはまだ打ち明けていないことがあるゆえか。
 
「敗者に語るつもりはない、俺は行く。・・・また来るのなら、何度でも本気でやってやる」
 
 今度こそ、イグニスは出ていった。残されるサファイアとルビー。

「ルビー、ごめん」
「急にどうしたんだい?」
「俺・・・きっと油断してた。あの博士を倒して、ジムリーダーに認められて・・・いい気になってた」

 だからイグニスの正体に気づくのにも時間がかかった。バトルでも一方的にやられた。それが悔しくて、一
緒に戦ってくれた彼女にも、ポケモンにも申し訳なかった。
 
 そんなサファイアを、ルビーは後ろから覆い被さるように抱きしめる。サファイアからは見えないが、いと
おしそうな表情をして。
 
「ボクには特別そうは見えなかったよ。だけど、自分でそう思えるなら、きっと君はもっと強くなれるさ」
「ありがとう、ルビー」
 
 自分を励ましてくれる彼女に礼を言い。サファイアは決意する。
 
「俺、イグニスに勝ちたい。そしてシリアの・・・真実をあいつに聞きたい。
 
 だから強くなりたい。そのために、付き合ってくれるか?」
 
 新たな目標を掲げる。後ろにいるルビーは、クスリと笑った。肩を竦めて、さも面倒くさそうに言ってみせ

 
「やれやれ、仕方ないなあ。ボクも兄上が何を隠してるのかは気になるしね」
「・・・本当にありがとう」
 
 サファイアは立ち上がる。そうと決まれば、こんなところでじっとしていられない。さっそくバトルしよう
ぜ、と言い二人はでこぼこ山道に戻るのだった。
 
「準備はいいか?」
「いつでもいいよ」
「ルビーと普通に勝負するのはそういえば初めてだな・・・いくぞ、ジュペッタ!」
「あのときは迷惑をかけたね。でも今度も手加減しないよ?いくよ、サマヨール」
 
 まずは先の戦いを踏まえた上で自分達のバトルを見つめ直す意味でバトルすることにした。
 サファイアはさっそくジュペッタをメガシンカさせ、指示をだす。

「現れ出でよ、全てを引き裂く戦慄のヒトガタ――メガジュペッタ!!よし、まずはあのファイアローの速度
に負けないイメージでシャドークローだ!」
「サマヨール、全力を込めて守る」
 
 サファイアはスピードを、ルビーは防御力を求めて技を命じる。ジュペッタは出来るだけの速度で漆黒の爪
を振るうが、あの速度には到底追い付けず、サマヨールの守るに弾かれた。

「いきなりはうまくいかないか・・・」
「メガシンカしたジュペッタの特性は変化技の速度をあげるものであって普通の攻撃技には影響しないしね。
その辺も考えてみたらいいんじゃないかな」
「わかった、だったら・・・ジュペッタ、怨み!」
「ーーーー」

 ジュペッタが攻撃を防がれた事への怨みをサマヨールに籠める。相手の技を出せる回数を減らすだけの技で
普段はあまり使われないが、変化技であることもあり即座に出せる。

「そこから影打ち!」

 元から先制を取れる変化技にさらに先制技である影打ちを重ねることで更なる速度で影を飛ばす――その目
論見は、どうやら成功したようだった。ルビーが反応する前に影がサマヨールにあたり、ダメージを与える。

「よしっ!」
「やるね。これならあのファイアローの速さにも太刀打ちできるんじゃないのかい?」
「うん、だけどこれだけじゃまだ足りない。やっぱりもっと基本からやり直さないと……いくぞジュペッタ、
虚栄巨影!」 

 ジュペッタの体が、爪がナイトヘッドによって巨大化し、シャドークローが敵を引き裂く漆黒の刃と化す。
サファイアとジュペッタの最大の攻撃に対しルビーはやはり守る、と呟いた。サマヨールの緑の防御壁が、漆黒
の刃を防ぎきる。
 
「さすがに硬いな」
「まあ、それが取り柄だからね。でも彼の攻撃は防げなかった……さあ、もっと攻めてきていいよ」
「わかった。なら二体同時にいくぞ。出てこいオーロット、ウッドハンマー!ジュペッタ、虚栄巨影!」
「サマヨール、守る!」
 
 二体での攻撃を、サマヨールが再び防ぐ――その時、緑の防御壁にわずかに黒色が混じったのをルビーは見
逃さなかった。
 
「サマヨール、もう一度やってみて」
「〜〜」
 
 もう一度守るを使うと、今度もやはりわずかな黒色が混じった……これが何を意味するのか、まだ正確には
わからなかったが。

(あの敗北は、確かにボク達の経験値になっている)

 それだけは確信できた。サファイアも恐らくそれには気づいているだろう。
 二人はそれからしばらくお互いの技を確認しつつ、サファイアは相手を翻弄する速さを。ルビーはどんな攻
撃にも耐えきる守りを高めるべく修行を続けた。相手の熱量に耐えるために、温泉のサウナで熱さに耐えながら
バトルのイメージトレーニングなんかもしたりして、たまにのぼせることもあったが。修行は順調に進んでいっ
た。

「よし……今日も一日頑張ろう、みんな!」
「ふふ、すっかり熱くなっちゃってるね」

 そんな二人を、イグニスは影から見つめて――かつての自分とネブラを思い出し、ふっと微笑むのだった。

 
 

 修行を始めてから約一か月後――二人は、再びフエンジムを訪れた。そこにはイグニスと……キンセツシテ
ィジムリーダー、ネブラがいた。二人は何かを話していたようだったが、サファイアたちの姿を認めるとこちら
を見る。
 
「……来たか」
「ふはははは!随分こっぴどくやられたと聞いたが……よもや二の舞を演じることはあるまいな!」
 
 片方は寡黙に、片方は大仰に二人を迎える。サファイアとルビーはイグニスを見据えて言った。
 
「……ああ、今度は負けない。俺たちは本気のあんたに勝ちに来た」
「いいだろう。ルールはこの前と同じでいいな」
「ふ……せっかくこの俺様がいるというのにそれではつまらんな」
 
 イグニスとサファイアが二人で会話を進めてしまうので、ネブラは――それでは面白くないと言わんばかり
に待ったをかける。
 
「この前は二対一――イグニスが不利な条件でバトルをしたと聞いた。今日は俺様がイグニスに加わり、互角
の条件で相手をしよう。勿論、俺様も一切加減はせん」
「……!」
 
 サファイアとルビーは息を飲む。イグニスだけでも一か月前は圧倒的な力を見せつけられたというのに、そ
こに本気のジムリーダーが加わるというのだ。
 慄くサファイアに、ネブラはこう挑発する。
 
「ふ……俺様を恐れるか?それとも貴様たちの修行は自分たちが有利な条件でないと戦えん程度の物か」
「……そんなことない。いいさ、やってやる!」
 
 ためらいがないといえば嘘になる。それでも、自分たちの修行の成果を、仲間たちを信じてサファイアは勝
負を挑む。
 
「やれやれ。それでいいのかい、フエンタウンジムリーダー?」
「俺たちがまた圧勝する結果しか見えんが……ネブラの思い付きはいつものことだ。貴様らがいいならそれで
構わん」
「なら決まりだね」

 ルビー、そしてイグニスが承諾する。バトルを始める前に、サファイアは一つ提案した。

「俺たちが勝ったら……その時はあんたたちが知ってるシリアのことを教えてくれるか?」
「いいだろう。いくぞネブラ」
「はははは!貴様とのタッグバトル・・・・・・そして相手は我が町を救った英雄どもか。胸が躍るな!」

 ネブラとイグニスは、それぞれ普通のモンスターボールではなく紫色のボールを取り出した。サファイアた
ちは知らないが、マスターボールと呼ばれる道具。出てくるのは――


「烈火纏いし怪鳥よ。その羽搏きは大陸に伝わり、その炎は月まで届く不死の煙となる。現れろ、ファイヤー!

「雷光満つる怪鳥よ。その羽搏きは大陸に伝わり、その雷は大地をも焼き尽くす閃光となる。現れろ、サンダ
ー!」

  
 カントー地方における伝説とも呼べるポケモン。ファイヤーとサンダー。その二体の威容はまさに不死鳥と
雷の具現だった。
 
「ふはははは!さあこの二体を相手にどう挑む小童ども!貴様らの力、見せてみよ!」
「……」
 
 サンダーが鳴き声は雷鳴のごとく轟き、ファイアーは無言で火の粉を散らす。前にも増して凄まじい相手を
前に、もうサファイア達は怯まない。
 
「……楽しいな」
「ほう?」
 
 サファイアの呟きに、ネブラが興味を示す。
 
「俺たちの修行の成果を見せるのが、あんたたちみたいな凄いトレーナーと戦えるのが……楽しくてワクワク
してしょうがないよ!いくぞ、メガヤミラミ!その大楯で、俺の大事な人を守れ!」
「それじゃあボクも……いくよ、サマヨール」
 
 サファイアとルビーがポケモンを繰り出す。さあ――楽しいバトルの始まりだ。
 


  [No.1523] 激突、そして明かされる真実 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/02/25(Thu) 19:45:04   16clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「火炎放射」
「サンダーよ、十万ボルトだ!」

 バトル早々に、ジムリーダー二人が火炎と電撃を放つ。その雄々しくも美しき翼から放たれた攻撃は紛れも
なく伝説の名に相応しく。以前までのサファイア達では防ぎきれなかったであろうが。

「メガヤミラミ!」
「サマヨール!」

「「守る!」」

 二体の緑の防御壁が火炎を、電撃を弾く。防ぎきる。二人の息のあった防御に、ネブラがほう……と呟いた


「感心するのはまだはやい!ヤミラミ、虚栄巨影!」
「またその技か……避けろ、ファイヤー」
 
 ヤミラミの爪が巨大化し、ファイヤーに襲いかかる。元はジュペッタしか使えなかったが、修行の成果でヤ
ミラミも使えるようになったサファイアだけの技だ。
 だがイグニスにとっては一度見た技。平然と避ける指示を出すが――ファイヤーの体は、動かない。否、そ
れどころか、サンダーの体まで漆黒の爪に引き寄せられ、二体が爪にかかって傷を追う。

「……重力か」
「正解だよ。サマヨール、そのまま押しつぶして」

 サマヨールはヤミラミが巨大化する陰に隠れて、ファイヤーの傍で強力な重力場を発生させていた。それが
ファイヤーを、サンダーを吸い寄せ、回避を許さなかったというわけだ。そしてその重力場は更に強力になり、
二体の身体を直接圧潰しようとする。

「高速移動だ」
「サンダー、ドリルくちばしで脱出せよ!」

 だが相手も歴戦のジムリーダー。ファイヤーの速度が上がり重力場から脱し、さらにサンダーが体を回転さ
せながら嘴の先端を体ごと高速回転させてサマヨールに突っ込んでくる。重力場を発生させているサマヨールに
は防ぐことは出来ないが。

「メガヤミラミ!」

 サファイアの指示で、ヤミラミがサマヨールの前に出て宝石の大楯により嘴を防ぐ。宝石を研磨するときの
ような鋭い音が火花とともに散った。だが防ぎきる。

「メタルバーストだ!」
「サンダー、光の壁!」

 攻撃を受けた大楯が光り輝く。以前ネブラとのジム戦で勝負を決めたヤミラミの大技。受けた攻撃の威力を
さらに大きくして跳ね返す反撃の技。サンダーが体の前に壁を作るが、その壁は砕け散り宝石の輝きがその身を
焼いた。

「どうだ!」
「ふ……なかなかやるではないか」
「!」

 ネブラは不敵に笑った。連続でダメージを与えたはずのサンダーは、平然と飛翔し雷鳴の如き雄たけびをあ
げる。

「伝説が伝説たる所以は攻撃力だけではない。簡単には落ちぬ耐久も併せ持つが故だ。サンダー、羽休め!」
「体力を回復させる気か……メガヤミラミ、影打ち!」
「サマヨール、重力で休ませないで」
「させん、熱風」

 二人がかりで攻撃しようとするのを、イグニスが止めてくる。吹き荒れる熱風はまともに吸い込めば喉を焼
き、身を焦がすだろう。

「くっ……メガヤミラミ、守る」
「……サマヨール!」

 サファイアは攻撃を中断したが、ルビーは鋭く名前を呼んだ。サマヨールは――熱風を受けながらも、重力
で休もうとしたサンダーを上から押しつぶす!

「何……!?」
「くっ……サンダー、ボルトチェンジ!」

 サンダーの体が電光に包まれ、凄まじいスピードでメガヤミラミに突っ込む。そして再びメタルバーストを
受ける前に、ネブラのボールへと戻った。ネブラがわずかに苦い顔をする。

「よもや貴様が防御を捨てて攻撃してくるとはな……この俺様のサンダーを退却せざるを得なくさせた度胸、
認めよう」
「お褒めに与り光栄だね。でもまだお楽しみはこれからだよ?」
「ふはははは!言うではないか、小娘が!この前は陰気な奴だと思っていたが……そこの英雄に影響されたか
?」
「……そうなのか、ルビー?」

 サファイアが首を傾げてそういうので、わずかに赤くした顔を背けるルビー。ごまかすように冷たく言った


「それはないよ」
「ふん、へそ曲がりめ……まあいい。出でよ、デンリュウ!」
「デーン!」

 可愛らしい鳴き声と共に現れたのは、毛のない羊のようにすらっとした黄色い体のポケモン、デンリュウだ
った。

(だけど油断は禁物だ、本気のジムリーダーが繰り出すポケモンなんだから)

 この前の自分への戒めとして、そう思い直し警戒するサファイア。

「いくぞデンリュウ、シグナルビームだ!」
「メガヤミラミ、守る!」
「ふ……それでいい、やれぃイグニス!」
「ファイヤー」

 ファイヤーの体全体が炎で眩く煌めく。その神々しさは正しく不死鳥の如し。サファイアは気づく。ネブラ
は自分に注意を引きつける意味でもポケモンを交代したことに。自分の攻撃で守るを『使わされた』事実に。


「ゴッドバード!!」


 そして放たれるは神速の突撃。一直線にメガヤミラミに向かい、必殺の一撃を見舞わんとする。

「サマヨール、重力!」

 重力場を発生させ、ファイヤーの速度をわずかでも遅くする。それでもなおヤミラミを吹き飛ばし、壁まで
叩きつけた。
 
「決まったな」
「それはどうかな・・・メタルバースト!」
「!」 
 
 再びヤミラミの大盾が輝く。ゴッドバードによって受けたダメージを更に増して跳ね返す一撃は至近距離に
いるフャイヤーに直撃した。
 
「・・・戻れ、ファイヤー」
「ありがとう、ヤミラミ」
 
 ファイヤーが戦闘不能になり、ヤミラミも体力のほとんどを使い果たしたのでボールに戻す。まずは痛み分
けだ。
 
 自分のポケモンを倒した実力を認めたのか、イグニスは初めてサファイア達に僅かな笑みを見せた。ただし
それは友好ではなく、更なるバトルへの期待を持った笑みだった。
 
「行くぞフャイアロー。疾風の翼翻し、音速すら越えて敵を討て」
「こい!全てを引き裂く戦慄のヒトガターーメガジュペッタ!」
「・・・一度のバトル中に二度のメガシンカを決めてきたか」
「ああ、これも修行の成果だ」

 メガジュペッタとファイアロー。この前のバトルと同じ組み合わせが向かい合う。相手のポケモンの特性『
疾風の翼』の恐ろしさは今でも忘れられない。

「だが、俺のファイアローについてこれるか?燕返し」
「ジュペッタ、怨虚真影おんこしんえい!」

 神速の燕返しに対し、ジュペッタは己の特性『悪戯心』を活かした先制での変化技に、さらに先制技の影打
ちを合わせる。その速度はファイアローに疾風の翼に劣らず、翼と影が交差した。

「ほう」
「よし……!」

 拳を握りしめ、対策が上手くいったことを噛みしめるサファイア。勿論、これでようやく相手と同じ土俵に
立てただけのことではあるが、それはとても大きい。ルビーはネブラに集中できる。

「サマヨール、デンリュウに鬼火」
「させん!」
「あんたの相手はこの俺だ!」

 サマヨールが揺らめく炎を放つのを、火傷を負わないファイアローが割って入ろうとする。そこにジュペッ
タが影を伸ばし進路を防いだ。デンリュウの体が鬼火に撒かれる。

「どうやらその子はあまり素早くないみたいだね?」
「否定はせんが……貴様のポケモンを見るがいい」

 ルビーがサマヨールを見ると、サマヨールの体にわずかな電気が纏わりついていた。

「麻痺状態……電磁波だね」
「鬼火を巻くと同時に、こちらも仕掛けさせてもらった。貴様の重力場はなかなか厄介なのでな」
「なるほどね……でもまだ動けるさ、そうだろう?」
「〜〜」

 サマヨールののんびりとした声が、帰ってくる。まだまだやる気はあるようだ。ルビーが不敵に微笑む。

「ゆくぞデンリュウ、ジュペッタに綿胞子!」
「サマヨール、朧重力で吸い込んで、ファイアローの動きを遅く!」

 互角にぶつかり合うジュペッタとファイアローに、それぞれの援護が飛ぶ。なるほど、これは――

「どうやら、どうやらどちらが上手く仲間をサポートできるかの勝負になりそうだね……なら負けないよ」
「ふはっ、せいぜい出会って一年にも満たぬ貴様らが10年来の我らのコンビネーションに勝てると思うか?」

 ネブラはサファイアとルビーの仲についてジムトレーナーから聞いて知っているがゆえにそう言った。ルビ
ーは答えないが、こう思う。 

(年月なんて関係ない。彼を支えたいという気持ちなら負けないよ)
 
「サマヨール、金縛り」
「デンリュウ、妖しい光!」

 ファイアローが連続で燕返しを放とうとしたところを金縛りが動きを止め、出来た隙をつこうとしたところ
を妖しい光が撹乱して技を外させる。

「サマヨール、朧重力」
「竜の波動だ!」

 サマヨールが全てを吸い寄せる球体の重力場を作ろうとするが、そこで麻痺の効果が行動を阻害した。竜の
波動がジュペッタを狙い、影分身で躱さざる得なくなったところに必中の燕返しがジュペッタの体を切り裂く。
 

「ようやく麻痺が効いてきたようだな」
「確かにそうだけど……君のデンリュウだって鬼火に苦しめられているんじゃないのかい」
「構わん、その前にイグニスが英雄の少年を倒しきってしまえばよいだけよ!デンリュウ、妖しい光!」
「……サマヨール」

 ルビーが呼びかけるが、サマヨールは身体が痺れて動けない――その隙に惑わす光がジュペッタの攻撃を外
させ、ファイアローが羽休めで体力を回復する。

「これで決めるぞ、ファイアロー」

 まだ光に撹乱されるジュペッタにファイアローがとどめを刺そうと一瞬力を溜める。地面すれすれを水しぶ
きを巻き上げながら突進するファイアローの決め技。


「ブレイブバード」


「定められた破滅の星エクス・グラビティ」


 地面から飛び立とうと羽搏いたファイアローを、今までとは比べ物にならない程の強烈な重力が上から押し
つぶした。飛び立つ直後で、速度が乗り切っていないファイアローは堪らず叩き潰され、その燃える羽が温水に
濡れる。明らかに戦闘不能だ。

「なん、だと……?」
「これは……!」

 イグニスがさすがに驚いたのか目を見開く。単純に技の威力が高かったからではない。あの攻撃は疾風の速
度で振り切ることも出来たはずだ。、ファイアローが地面に降り立ち、飛び立つぎりぎりのタイミングでなけれ
ば。ルビー確信を持ったつぶやきからして、偶然とは思えない。

「上手くいったな、ルビー!」
「麻痺を受けた時はひやりとしたけどね……ご苦労様、サマヨール」
「〜〜♪」

 サファイアとハイタッチ(ルビーは手をあげただけだったが)しながら褒められてサマヨールが嬉しそうに
鳴く。

「貴様……いったい何をした?」
「種明かしがほしいかい?ジムリーダーさん」
「む……」
「講釈などいらん」

 教える気のないルビーにネブラが渋い顔をする。イグニスは早々に頭を切り替えて一言で打ち切る。

「まさか俺が一番最初に最後の手持ちを繰り出すことになるとはな……どうやら、お前たちを見くびっていた
ようだ」

 モンスターボールを天に放り投げる。紅蓮の球体に包まれ現れ出でるは、どの地方であってもその名が通じ
るであろう猛々しき赤き竜。


「メガシンカ、Yチェンジ!現れろォ!メガリザードン!!」

 
 ついに来たか、とサファイアは思う。この前は一撃で倒されてしまったがゆえに、具体的な対策は建てられ
ていない。ここが踏ん張りどころだとサファイアは浮かれそうになる気持ちを落ち着ける。

「メガジュペッタ、シャドークロー!」
「エアスラッシュ」

 ジュペッタの漆黒の爪が伸び、リザードンに向かう。基本の技一つとっても一か月前とは速度も威力も増し
た。だがしかし、リザードンの羽搏きによって生まれた真空の刃が影すらも吹き散らし、ジュペッタを吹き飛ば
す。

「なんて威力だ……いったん戻れ、メガジュペッタ!そして現れろ、勝利を運ぶ優しき気球!フワライド!」
 
 もう体力も残りわずかだが、ここはジュペッタを下げる。そして新たにフワライドを繰り出した。

「さて、イグニスが真打ちを繰り出したところで……俺様も最後の一体を出すとするか」
「鬼火で体力が尽きるまではもう少しあるけれど、いいのかい?」
「構わん。もう休めデンリュウ。そして……出てこい、我が最強の僕!」

 ネブラがモンスターボールから繰り出すのは、ホウエンでは珍しくないポケモン…ライボルトだ。勿論、そ
れだけでは終わらない。フエンタウンに暗雲が立ち込め、雷が降り注ぐ。一瞬フエンジムそのものが停電し。再
び明かりがともったときには、ライボルトの姿が雷を具象化するが如く変化していた。

「行くぞメガライボルト、ワイルドボルトだ!」
「メガリザードン、熱風」

 更なる雷光を纏い突撃するライボルトに、嵐のような熱風を放つリザードン。

「サマヨール、重力壁!」

 それに対しサマヨールは修行の中で見につけた新たな守りの境地――重力場を『壁』として出現させ、熱風
とライボルトの体を吸い寄せつつ壁が全てを受け止める。

「フワライド、シャドーボール!」
「ふん、その程度の攻撃が今更当たると思うな!」

 ルビーの壁が全てを防いだところですかさずフワライドが漆黒の弾丸をライボルトに放つ。だがライボルト
は雷光の如き速さで躱してしまった。

「まだまだ!フワライド、妖しい風!」
「エアスラッシュ」
 
 続けて放った不気味な風も、リザードンの爆風の刃が吹き散らしてしまう。だが……サファイアの狙いは妖
しい風による攻撃ではない。

「……いかん、放電だメガライボルト!」
「ラッ……!?」

 ネブラが慌てて指示を出し、ライボルトが咄嗟に全方向に電撃を放つ。一度避けたかに思えたシャドーボー
ルが後ろからライボルトを追尾していたからだ。怪しい風はそこから目を背けさせるためのフェイク。そして全
方向に電撃を放ったということは――

「メガリザードン、火炎放射!」

 メガリザードンにも、放電の影響は及ぶ。やむを得ず火炎で相殺し爆発が起こり、それはフワライドから一
瞬でも目を反らすのと同義。

「フワライド……頼む!」
「ぷわわーー!!」

 フワライドの身体が膨らみ、光が中から灯る。それはメガシンカの光ではない。

「大爆発だ!!」
「ぷわあああああああああ!!」
「なっ……」
「……!!」

 体力の全てを使い果たすその名の通りの大爆発が起こる。全てはサファイアの作戦通り。仲間に使わせたい
技ではなかった。フワライドもサファイアのために身を呈することを厭わなかった。その覚悟のこもった爆風が
目を反らしたライボルトとリザードンに当たる。ゴーストタイプであるサマヨールには効果がない。


「フワライド……ゆっくり休んでくれ」


 倒れたフワライドをボールに戻す。大爆発を受けたライボルトとリザードンは――その身を焦がしながらも
、二体とも倒れなかった。  


「……よもやそうくるとはな。今の貴様には灼熱の闘志と飛躍を求める魂を感じる」
「ふはははは!面白い……面白いではないか英雄よ!これでこそ俺様がこの地に赴いた甲斐あったというもの
だ!」


 追い詰められたジムリーダーたちは――二人とも、笑っていた。自分たちの全力をぶつけて相手を笑顔に出
来た、認めさせることが出来たのだとサファイアは思う。

「ありがとう。だけど勝負は……これからだ!今一度現れろ、メガジュペッタ!」
「−−−−」

 サファイアがメガジュペッタを繰り出す。登場と共にケタケタと笑うジュペッタも、楽しそうだった。

「……ネブラ、補佐は任せたぞ」
「俺様に任せるがいい、派手にやれ!」

 それと同時に、リザードンの口に莫大な炎の塊が宿っていく。以前戦った時、一撃のもとに二体を倒した恐
らくはリザードンの必殺技。


「メガリザードン!全ての敵を撃ち抜け!……ブラストバーン!」


「サマヨール、重力壁!」

 リザードンの口から数千度にまで達した炎が放たれる。ジム全体に激震が走り、爆裂音が響く――それをル
ビーのサマヨールが漆黒の防御壁で受け止めた。だが膨大な火力の前に壁が削れ、サマヨール『だけを』焼く。
バトルスタートから守りとサポート、そしてファイアローを倒す活躍も見せたサマヨールが、ついに倒れた。

「……身を呈してなお、仲間を守ったか」
「じゃあ、任せたよサファイア君」
「ああ!今だメガジュペッタ、俺たちの新必殺技を見せてやれ!」
「……来るがいい英雄よ!」

 メガジュペッタが相手に向かっていきながら影分身する。体にスパークを纏い、迎え撃つライボルト。


「夥しく増える影よ。今雷鳴を超える速さを得て、全てを切り裂く刃と化せ!斬影無尽撃ざんえいむじんげき
!!」


 しかし、一筋の雷では無数に増える影を捉えることは出来ない。スパークが空を切り――ジュペッタの影打
ちによって分身の全ての影が高速で伸びる。シャドークローによって影が尖り刃となる。その一撃――いや、無
数の連斬はライボルトを、反動で動けないリザードンを切り裂き、二体を戦闘不能にした――。


「く……だが俺様にはサンダーが残っているぞ!伝説の雷の力、とくと味わうが……」
「もういい」
「イグニス……」

 リザードンを倒されたイグニスが、ネブラを手で制す。サファイアを見据え、こう言った。


「この勝負、貴様らの勝ちだ。――あの王者の真実を、話そう」


 こうして、4人による全力のバトルは終わった。まずサファイアの胸に去来したのは一か月の修行が実ったこ
とによる今までに感じたことのないほどの充足感と。ついにシリアの真実を知ることへの不安。それらが同時に
やってきて、しばしの間立ちすくむサファイア。

「やれやれ、君が呆けてどうするんだい?あんなに求めていた勝利と真実が目の前にあるんだ。――こういう
ときは、素直に喜べばいいじゃないか、君らしくもない」
「……そうだな、ありがとう」

 そう言って、サファイアはルビーに手を差し出した。ルビーが苦笑して、手を握る。

「君から手を差し伸べてくれるなんて……あの時以来だったかな?」
「ああ、だけど……もう恥ずかしがるのはやめるよ。こんなにも支えてくれてるんだし、さ」

 サファイアが恥ずかしげもなくそう言った。修行を経て、強大な壁を乗り越えて……少年は一歩、大人に近
づいたのかもしれない。

「えー。からかいがいがなくなってつまらないなあ……なんてね」
「それは……我慢してくれ」
「ははは、冗談だよ。まだまだ可愛いね」
(それに……本当に支えてもらってるのは、ボクの方なんだよ)

 さ、ポケモンを一旦回復させようか。と言ってルビーは歩き出す。サファイアもその隣を歩いた。二人はポ
ケモンセンターで回復させ、再びジムリーダーの場所に戻る。

「来たか」
「覚悟はいいな?後戻りはできんぞ」

 ネブラがそう確認する。それが彼の優しさなのだろう。サファイアとルビーは頷いた。イグニスがおもむろ
に語りはじめる。

「あの王者が初めて四天王としての俺に挑んできた時……奴は、凄まじい執念で向かってきた。そう、まさに
生にしがみ付く亡者のように……今の奴とは、似ても似つかない」
「……!!」
「……」

 サファイアが驚愕し、ルビーは納得したように頷いた。それについてイグニスとネブラは訝しげな顔をした
が、構わず話を続けた。

「あいつはゴーストタイプの持つ悍ましさと状態異常や呪いをふんだんに使い、チャンピオンの座にまでのし
上がった……かつての奴は、間違いなく人を楽しませるためではなく勝つためだけに、勝利がそこにあるのなら
相手の心臓をもぎ取ってでも奪い取る……そういう奴だった」
「そんな……じゃあなんでシリアは変わったんだ?あんたはそれを知ってるのか?」

 サファイアが思わず疑問を投げかける。イグニスは無論、と断じる。だから黙って聞けとその目は言ってい
た。

「そして頂点に上り詰めたあいつは……今度はその立ち位置を守るためにあらゆる手段を講じた。その中の一
つが、今のあいつの戦い方……見るものを楽しませるそれだ。あいつにとって、人々を楽しませることは自分の
位置を守るための手段でしかなかった……それでも俺はいいと思っていた。仮初の姿でも、人々は――お前のよ
うなものが楽しんでいるのなら、いずれ本当に心の底から人々を喜ばさせられるものが現れるだろうと」
「イグニスはずっと、貴様のような者が現れるのを待ち望んでいたのだ。態度には出さんがな」
「……」

 イグニスの目が余計なことを、と語っている気がしたのは、否定しないことから気のせいではないのだろう


「そして奴は次に……チャンピオンでありながら人々を楽しませる存在として自身を企業……デボンコーポレ
ーションに売り込んだ。それにより、奴の地位は不動のものとなった。実力があり、華があり、自分の地位のた
めならどんな労苦をも惜しまないあいつは企業にとって金の成る木だったからな」
「デボンコーポレーション……だからエメラルドはシリアを嫌ってたのか」
 
 エメラルドは確かに「俺はあんなチャンピオンにはならない」と言っていた。その理由がようやくわかった
。彼はシリアの態度が偽りであると考えているのだ。

 だがサファイアは、テレビで見たシリアのバトルが……カナズミで自分と会って話したシリアの態度が、演
技だとは思えなかった。思いたくなかった。

「それでもチャンピオンになった当初の奴には、演技なりに人を楽しませようという……強迫観念にも似た熱
意があった。何がやつをそこまで突き動かしたのかは知らん。だが、チャンピオンとしての立場が盤石になり、
テレビで行われるホウエンリーグ決勝戦も八百長となってから……奴からは、闘志が感じられなくなった。あの
亡者のごとく執念が……」

 そう口にするイグニスは、何か大切なものを失った時のような悲しそうな表情をしていた。それはそうだろ
う。ホウエン地方のポケモントレーナーの全ての興味の場であるホウエンリーグがただチャンピオンをまつりあ
げるためだけのワンマンショーとなっているのだから。

「再会した時の兄上はまるで別人だった……何かあるとは思っていたけど、そこまでだったなんて」
「待ってくれ、それじゃああの……前回のホウエンリーグ決勝戦も?」
「ああ、全ては最初からバトルの筋書きや台詞まで決められていた。俺は役者ではないというのに」

 自分が旅立つ前に見て心躍らせたシリアの試合。それもすべて偽りだったというのか。ショックを受けてい
るサファイアを心配しつつもルビーはイグニスに尋ねる。

「じゃああのティヴィル団とは何も関係ないのかい?その話だと、彼らとの関係性はないと思えるけど」
「そこが俺たちにもよくわからん。最初は奴を正義のヒーローと祭り上げるためのショーかと思ったが、ネブ
ラが調べたところ、奴らとデボンに関連性はなかった。……この前のキンセツでの一件でもシリアが現れなかっ
たあたり、本当に無関係の可能性もある」
「はっきりしたことはわからない、か……兄上、あなたはいつの間にそんな謎多き人になったんですか?」

 ルビーが呆れて肩を竦める。サファイアは、震える声で言った。

「……やっぱり信じられない。シリアのバトルが、演技だったなんて」
「サファイア君。気持ちはわかるけど……」
「だから俺、シリアに直接会って確かめる。シリアとバトルすれば、本当のことがわかるはずだ」

 飽くまでシリアを信じつつも、目的はぶれないらしい。そんなところも彼らしいな、とルビーは思った。

「……ならばできるだけ早くジムバッジを集め、チャンピオンロードを超えることだ。今のお前の実力ならば
、難しいことではないだろう」
「ああ……そうするよ。ありがとう、俺たちと本気で戦って……教えてくれて。まだ信じられないけど、いろ
いろ考えてみる」
「ふ……礼を言われるとはな。ならば餞別だ。こいつを連れていけ」

 イグニスがモンスターボールを放ってよこす。その中にいるのは――前回のバトルで恐ろしき火力を見せた
シャンデラだった。

「いいのか?」
「貴様はシリアと同じゴーストポケモンで制覇を目指すのだろう。だがホウエン自体にゴーストタイプはそう
多くない……何より、シャンデラは本気で戦いたがっている。実力も確かなお前に託そう」
「……ありがとう。よろしくな、シャンデラ」

 モンスターボールの中のシャンデラに微笑みかける。疲れているし伝えられた言葉が刺さって辛さを押し殺
した笑みだったが、シャンデラは頭の炎を滾々と燃やしている。やる気十分、ついてきてくれる……ということ
だろう。

「それじゃあ俺たちはいくよ。ルビーももう聞きたいことはないか?」
「うん、大丈夫だよ」

 ルビーが頷く。サファイアはネブラとイグニスに一礼した。

「達者でな」
「貴様らの健闘を祈る。そしてその目で多くの物を見るがいい」

 彼らもそれぞれの言葉でサファイア達を見送った。サファイアとルビー、二人は次のジム――ヒマワキシテ
ィを目指すのだった。


  [No.1529] チャンピオンの本気 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/03/10(Thu) 18:02:47   27clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

一旦キンセツシティまで戻りヒマワキシティに向かったサファイア達は、一刻も早くシリアの元を目指すためさ
っそくジム戦に挑んだ。四天王と本気のジムリーダーにさえ勝った二人が通常のジム戦で遅れをとるはずもない


 難なくバッジをゲットし、意気揚々とジムから出てポケモンセンターに戻る途中で。二人は意外な人物の姿
を見つけることになる。
 
「ーーこうして会うのは久しぶりだね、ホウエンチャンピオン?」
「ーーそうですね、ジャックさん」
 
 二人はハッとして一旦身を隠す。何でジャックとシリアがここに?というよりも二人は何故親しげに話して
いるのか?という疑問が降って沸いた。
 
(ジャックはティヴィル団に協力してた・・・それじゃあ、やっぱりシリアも?)
 
 イグニスの話を聞いてから、色々とサファイアなりに考えてはいたが、やはり答えなど出なかった。直接会
って真実を確かめたいという思いが募るなかでのこの出合いは果たして偶然なのだろうか。そんな考えがふと頭
をよぎる。
 
「しかしいいんですか?計画は成功したようですが、あの博士とその娘は今頃牢屋の中。今後の計画に支障が
でるのでは?」
「あはは、心配はご無用だよ。もうあの博士はいらない。後はいつでも最終段階に移行できる」
「・・・そうですか。ではなぜその最終段階とやらに進まないんです?」
 
 そしてチャンピオンは。衝撃の言葉を口にする。
 
「ーーもう俺にも飽きて。この世に未練はない。さっさと死にたい。そうじゃなかったのか?」
「・・・」
 
 シリアの目が悪鬼のごとくつり上がる。ジャックが千年を生きた仙人のように微笑む。サファイアの知らな
い二人の姿に、遠巻きに見ているだけなのに戦慄した。
 
「あはは、やっぱり君はそっちの方が似合うと思うよ。僕、初めてテレビで君を見たとき笑っちゃったよ」
「茶化すんじゃねえ」
「・・・やれやれ」
 
 問い詰めるシリアに、肩を竦めるジャック。するとジャックはーー明確に、はっきりと。隠れているはずの
サファイアとルビーを見た。
 
 
「二人ともー!カクレオンみたいに隠れてないで出ておいでー!折角チャンピオンとのご対面だよー!」

 
「なっ・・・」
「最初から、バレてたみたいだね」
 
 ルビーが出ていってしまうので、それにつられてサファイアも二人の前に出る。シリアは若干驚いた顔をし
たが、直ぐに取り繕った笑みを浮かべた。
 
「・・・お久しぶりですね、サファイア君。妹君。しかし立ち聞きは感心しませんよ?」
 
 その笑顔は、酷く薄っぺらにサファイアには思えた。思えてしまった。あんなに聞きたいことを考えていた
のにうまく言葉が出てこない。
 口火を切ったのは、ルビーの方だった。
 
「これはこれは失礼しました兄上。ですが随分と物騒な会話が聞こえたものですから。それにーー」
 
 ルビーがサファイアを肘でつつく。サファイアは決心して、シリアを真っ直ぐ見つめて言った。
 
「シリア。俺達、イグニスに・・・シリアが戦った四天王に、話を聞いたんだ。シリアがチャンピオンになる
前のこと。なったあとのこと」
「・・・!」
 
 シリアは確かに、驚いたようだった。だかそこに罪悪感や動揺といったものは感じとれず。浮かんだ笑顔は
ルビーが知らなかった、サファイアがよく知っている笑顔だった。
 
「・・・まさか無口な彼が口を割るとは思いませんでしたよ」
 
 認める。シリアの、本人の口からあの話は事実だと肯定される。
 
「それじゃあ・・・ホントにそうなんだな!?あんたの見せてたバトルは、自分の身を守るための嘘で俺達の
ことずっと・・・騙してたっていうのか!?」
「・・・」
「答えろ!答えてみろ、シリア!!」

 サファイアの目頭は熱くなっていた。自分をあんなにも魅了したシリアのバトルが本人にとって偽りでしか
ないなんて。彼を夢見て、目指してきた少年にとってあまりにも辛すぎる現実だった。

「まあまあ、落ち着いてよ。折角ポケモントレーナーどうしが出会ったんだ。となればやることは一つ、ねっ
?」

 ジャックがサファイアとシリアに割って入り、自分のモンスターボールを取り出して見せる。あどけない笑
みは、幼子のようであり、老人のようだった。サファイアとシリアが何かいう前に、さっさと仕切ってしまう。
 
「ルールはダブルバトル。ポケモンはみんな一匹ずつでいいよね。さあ出ておいで、アブソル」
「・・・ジャックさん、こうなること、分かってて私を呼び出したんですか?」
「なんのことかなぁ〜、それとシリアは折角だし君の『本気』を彼らに見せてあげなよ。そうすればあの子も
納得してくれるかもしれないよ?」

 ジャックにそう言われたシリアは、サファイアとルビーにも聞こえるくらいの音ではっきりと舌打ちした。
目がつり上がり、サファイアの知らない、ルビーのよく知ったシリアの表情になる。
 
「・・・結局俺はあんたの手のひらで踊ってたって訳かよ。ーー出てこいジュペッタ」
「ーーーー」
 
 シリアのエース、ジュペッタが表れる。その笑い声は今まであんなに憧れてきたのに、今は騙されていた自
分を嘲笑うかのようにも聞こえた。
 
「・・・どうするサファイア君?彼らはやる気みたいだけど、別にこんな勝負受けなくたって・・・」
 
 ルビーはサファイアを気遣って言う。今のサファイアにいつも通りのバトルが出来るとは思えなかった。

「・・・俺達が勝ったら、あんた達の口から知っている事を全部話して貰うぞーー出てこい、ジュペッタ」
「サファイア君・・・」
 
 サファイアの目からは、一筋の涙がこぼれていた。だけどその目は、理性を失ってはいなかった。暴走しそ
うになる感情は相棒のジュペッタが抑えてくれていたからだ。
 
「ルビーも頼む。もう一度俺に付き合ってくれ」
「・・・わかったよ。でも、無理はしちゃダメだよ?」
 
 ルビーがキュウコンを出す。サファイアが出すのは勿論ジュペッタだ。そして、メガストーンを輝かせる。
シリアのジュペッタもまた光輝く。
 
「「現れろ、全てを引き裂く戦慄のヒトガターーメガジュペッタ!」」
 
 同じ口上で、同じメガシンカを行う。サファイアのそれは元はシリアの模倣だったが、今ではすっかり自分
のものだ。
 
「ちゃんとやる気になってくれたみたいだね。じゃあいくよ、アブソル辻斬り!」
「影分身だ!」


 弱点である悪タイプの辻斬りを、先制の影分身でかわす。構わず分身を俊敏に切り裂いていくアブソル。
 一方シリアのジュペッタとルビーのキュウコンは、お互いにすぐには仕掛けずにらみあっていた。

「・・・まさかボクが兄上と戦う日が来るとは思いませんでした」
「そりゃそうだろうな。お前はおくりび山まで旅してその後はそこで一生を終えるんだ。本来なら俺と相対す
る余地はねえよ」

 その言い方に、妹に対する優しさは微塵もなかった。昔の、ルビーにストレスをぶつけて射たときと何一つ
変わらない声だった。思い出し、ルビーの体が僅かに震える。それを打ち払うために、ルビーは叫んだ。

「・・・キュウコン、火炎放射!」
「ジュペッタ、影分身!」
 
 9本の尾から放たれる業火が、分身によってかわされる。さらに。

「俺の本当の力を見せてやるよ・・・ジュペッタ、ナイトヘッドからの怨みだ!」
「怨み・・・?キュウコン、影分身!」
 
 シリアのジュペッタが巨大化し、キュウコンに凄まじい呪念をこめる。キュウコンは分身を作り出そうとし
たが・・・一瞬のうちに立ち消えた。ルビーが驚き、キュウコンがお化けをみた子供のように震え出す。
 
「無駄だ・・・俺のナイトヘッドからの怨みは、俺のジュペッタのレベル分、お前のポケモンの技ポイントを
削り取る!お前の得意技、火炎放射、影分身、鬼火、守るはもう使えない」
「そんな・・・」
「さあ終わりだ!ジュペッタ、シャドークロー!」
「キュウコン!」
 
 鋭利な影の爪が、金色の美しい毛並みを切り裂く。事実上たったの一瞬で、ルビーの戦術の核となる技を全
て封印し。一撃で勝負を決めたシリアの技に、やり方に戦慄する。それはサファイアが見てきたシリアの戦いか
たからは全く違っていたからだ。
 
「シリアがこんな・・・相手になにもさせずに、ただ一方的に止めを差すなんて」
 
 たとえばネビリムとの戦いでは、敢えて相手にスキルスワップと特性を使わせた戦いをすることでバトルに
緊張感を産み、そして最後にスキルスワップで止めを差すというパフォーマンスを見せつけた。
 だが今のシリアは違う。相手に極力なにもさせずに封殺する、どんな相手にも勝つ為の戦術だ。あの怨みを
まともに受けてしまえば、どんなポケモンだろうと取れる手段は悪あがきのみになってしまうだろう。
 
「こうなったら一撃で決めるしかない!ジュペッタ、残影無尽撃だ!!」
「ーーーー!!」
 
 イグニスとネブラとの戦いで勝負を決めたサファイア最大の必殺技。ジュペッタの影が分身し無数に増え、
その影が伸び、全てを切り裂く鋭利な刃となるーー

「ジュペッタ、呪いからの怨念!」

 シリアが指示した次の瞬間。サファイアのジュペッタを巨大な『釘』が貫いて、動きが止まった。呪詛の渦
巻く釘はまるでネジのようにも見える。

「怨念の効果発動。体力を零にすることで、相手の技ポイントを零にする 」
 
 本来怨念の効果は相手から受けた攻撃によって瀕死になったときに発動するものだが。シリアはあえて呪い
で自身の体力を削ることで無理矢理発動し、今向かってくる技のポイントを零にした。よってサファイアのジュ
ペッタは金縛りにあったように動けないというわけだ。そしてその間にも、呪いの効果が体力をどんどん減らし
ていく。
 
「ずっとシリアを目指して、四天王にも勝ったのに、こんなのって・・・」
 
 相手を封殺するためなら仲間を意図的に瀕死にするチャンピオンの真の姿に、バトルでも精神的にも叩き潰
され。目の前が真っ暗にもならず、ただただ目の前の事実がサファイアを打ちのめす。
 
「残念だけど、これが現実だよ・・・辻斬り」
 
 ジャックの最後の一撃は切腹した者への介錯のように優しく残酷で。サファイアの、シリアへの憧れを全て
絶ちきったーー
 



 
 
 
 


  [No.1530] サファイアの失意、ルビーの成長。 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/03/10(Thu) 18:03:27   31clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「あーあ、勝っちゃった。しかもその様子だと……やっぱりショックだったかな?」
「はっ、そりゃそうだろうよ。知らなきゃあのまま幻想を追いかけ続けていられただろうに」

 倒れたジュペッタをボールに戻すことも忘れ、がっくりと項垂れるサファイアを、ジャックは退屈そうにシ
リアは蔑むように見た。

「……」
「やれやれ、期待外れだったかな?」
「当たり前だ、俺以上にあんたの興味を引けた奴なんて……この世にはいねえんだよ」

 何の話かわからないが、もうサファイアにはどうでもよく感じられた。バトル前とは別人のように、サファ
イアの心は折れてしまっていた。だが、ルビーは違う。二人を睨みつけ、こう言った。

「兄上、そしてジャックだったかな。貴方達は一体なんなんだい?」
「ああ?誰に向かって偉そうに……」
「まあまあ、別に減るもんじゃないし話してあげるよ」
「ちっ……」

 どうやらシリアはジャックには基本的に逆らえないらしい。舌打ちが耳に響く。

「でも前に言ったよね?僕とシリアは師匠と弟子の関係だって。そこに嘘はないよ」
「……見た目とは逆の関係。そういうことかな」
「その通り!ジャジャジャジャーン、今明かされる衝撃の真実!実は僕こそがシリアをチャンピオンにまで育
て上げたのでした!」
「だろうね」

 胸に手を当て、おどけたように言うジャック。ルビーはそこまで驚かなかったのを見て、頬を膨らませるそ
の姿はどこまでも子供っぽい。

「もー、兄妹そろってノリが悪いなー。でもこれと決めたらやり通す意思の強さは常人のそれとは遥かに違う
。ポケモンバトルのセンスもね――僕はそこに興味を持ったんだ」
「俺はどうしてもチャンピオンにならなきゃならなかった。でも『君を鍛えてあげる』なんて言われたときは
ガキが何言ってやがるとしか思わなかった。だが……」
「結果は僕の圧勝。それでシリアは僕に弟子入りして、今の彼があるってことさ。いやあ懐かしいなあ」
「……君、年いくつ?」

 ルビーが疑問を挟む。持っている実力といい、見た目と時折見せる仙人のような表情といい、普通の子供で
はないのはもはや明白だった。ん、そうだねーとジャックが呟き、指を3本折る。30歳とか言いだすのだろうか
とルビーは思った。


「大体――3000歳くらいかな?」


 当然のように言われた言葉は、あまりにも衝撃的だった。何かの冗談かとも思ったが、本人に訂正する気は
ないらしい。

「こんなに長生きするとお爺ちゃんを通り越してむしろ子供っぽくなっちゃってね。むしろそうじゃないと退
屈で死にそうっていうか。まあ死ねないんだけど」
「死ねない?」
「そうだよ。理由は長くなるから割愛するね。それに、どうせもうじきそれも終わる」

 今度は淡々と言うジャックに、シリアが険しい顔をして呟く。

「……させねえよ。あんたは俺が死なせない」
「やれやれ、困った弟子をとったなあ。ま、やれるものならやってみてよ。それじゃあ僕の話はおーしまい」

 そう言うとジャックは軽い足取りで町の外へと歩き始めてしまった。シリアも、オオスバメをボールから出
してその背に乗る。前回の温かみのある別れとは違って、サファイアとルビーを見下して一瞥し、飛翔する。引
っ越し

「サファイア君……僕たちも行こう。ポケモンを回復させてあげなくちゃ」
「……」
「サファイア、君」

 サファイアは、今まで自分を支えてきた物が折れたように項垂れている。今まで見たことのないその様子に
、ルビーはどうすればいいのかすぐにはわからない。

「……ほら、手を出して」

 考えた後、自分の小さな手を差し出すルビー。サファイアは何も言わず、ゆっくりと握り返した。いつもは
自分より大きく温かい手が今ではとても小さく、死者のように冷たく感じられた。

「行こう、ポケモンセンターに」

 彼を立ち上がらせ、ボールにジュペッタを戻してやり歩いていく。自分は何が出来るか、何か出来るのだろ
うかと考えながら。普段自分を引っ張って歩いていたサファイアの足取りは、迷子になった幼子のようにふらつ
いていた。



 ポケモンセンターに戻り、一旦自分たちも休もうというルビーの提案で部屋を取った後、サファイアは真っ
暗な部屋の中に塞ぎこんでしまった。回復したジュペッタがサファイアの負の感情を吸い取るが、そんなもので
気持ちは晴れなかった。

 もしサファイアが、自分たちを騙していたシリアへの怒りに駆られていたならあるいは元に戻ったかもしれ
ない。だが、サファイアは優しかった。故に感情はシリアへの負の感情ではなく。今まで彼を目指していたこと
への虚しさ、自分の中の軸がなくなった空虚さが胸を占めているのだ。

「ジュペッタ……ごめんな」

 だからサファイアは謝る。もう何度も何度もだ。ジュペッタがなんと返事をしても、彼の心は動かない。

「今まで馬鹿な俺に付き合わせて、ありもしない夢を見続けて無茶させて、ほんとにごめんな」

 ボールの中の手持ちのポケモン達にも同じように言葉をかけていく。

「ヤミラミも、守りが優れてるからってずっと痛い思いさせて、ごめんな」
「フワライドも、大爆発なんて覚えさせて、挙句の果てに何度も練習させたりして、ごめんな」
「オーロットも、せっかくついてきてくれたのにこんな馬鹿な奴でごめんな」
「シャンデラも、暴れたくて俺についてきたのに、ごめんな」
「みんなみんな……ほんとに、ごめん」

 サファイアの蒼い瞳から涙が零れる。


「俺……ポケモントレーナーになんて、ならなきゃよかったのかな」


「ずっとミシロタウンで……テレビの中のシリアに憧れてれば、皆痛い思いなんてしなくてよかったのに……
!」


 夢が砕けた少年の嗚咽と、仲間への懺悔は、とても痛々しかった。致命的ともいえる一言を放ったとき、部
屋の外で彼の様子を伺っていたルビーが思わず入ってくる。

「それは違うよ」
「ルビー……」

 暗い部屋の中にドアを開けて入ってきた彼女は外から差し込んだ一筋の光のようで、サファイアには眩しく
感じられた。

「兄上に君が憧れてくれたおかげで、ボクは君に出会えた。そのことだけは……兄上に感謝してる。勿論君に
もさ」
「え……」
「……この前、ボクが君の部屋で一緒に寝ていた時のことを覚えているかい?」
「そりゃあ、忘れるわけないだろ」

 元気のないサファイアに、ルビーは子守唄を歌う母親のように優しく語り掛ける。

「ボクはね。あの時夢を見たんだ……君に出会う前の夢をね。君に会うまで、ボクは……自分なんて本来何の
価値もない、不必要な存在だって思ってた」
「そんなこと、あるわけない」
「自分が落ち込んでるときでも、君はそういってくれるんだね……好きだよ、そういう所」
「……それで?」

 サファイアは話を促す。いかに自分の夢が壊れても、他人が――いや、大切な人が自分に価値を見いだせな
いなんて話を放っておけるサファイアではなかった。

「ボクは兄上が出ていくまでは家の不要物として、そして出ていった後は巫女としてあるべく育てられていて
ね。才能のないボクは、誰にも認められていなかった。兄上は、不要物である僕を蔑んでいた」
「……!」
「もう死んでしまった方がいいんじゃないかと思うこともあったよ。でもそんな時……君が、君だけが僕を認
めてくれた。そんなことが出来るなんてすごいってね」

 自分の辛い過去を語る。それは、自分も辛いんだから君も頑張れという内容ではない。


「だからね、君がポケモントレーナーを、兄上を目指したことは無価値なんかじゃない。それはボクにとって
は絶対に変わらない」


 珍しく、強く断じてサファイアの目を見つめるルビー。紅い瞳と蒼い瞳が、お互いを見つめ合う。

「わかった。話してくれてありがとうルビー……だけどさ。俺、これからどうしたらいいんだろう」

 自分が彼を目指してきたこと自体には意味がある。それでももう今は彼を目指すという夢は砕け散ってしま
った。弱音が漏れる。

「それは……ボクには、わからない。チャンピオンを目指すのをやめたいっていうのなら、ボクに止める権利
はない」

 ともすれば突き放すような言葉。だけど、ルビーの言葉はまだ終わらない。

「だけどね、君がどんな選択をしても……ボクは君に、ついていくよ?」
「……え?」
「なんで驚くんだい?兄上を目指す夢が壊れた今でも、君は優しいサファイア君のままじゃないか。……君は
どこまでも君なんだよ。兄上の真似事をするのは、君の本質じゃない」
「俺は、どこまでも俺……」
「そうだよ。だからゆっくり考えてみてほしいんだ。君のしたいことは何なのかをね」

 ルビーは踵を返す。部屋から出ていってしまうのかとサファイアは寂しげな顔をした。

「大丈夫だよ、後で戻ってくる。……塞ぎこんでばかりじゃ元気も出ないだろう?何か元気の出る物でも持っ
てくるよ」

 そう言って、部屋を出ていくルビー。サファイアは一人残される。


「俺のしたいこと……か」


 サファイアは考え始める。壊れた夢を、新たに作るために。



「サファイア君?入ってもいいかな」
「ああ、いいよ」

 約一時間後、ルビーはサファイアの部屋に戻ってきた。彼女がドアを開けた瞬間、ピリッとした爽やかな香
りが鼻を抜ける。

「ご飯を持ってきてくれたのか?」
「ん。……そうだよ」

 ちょっとだけ言葉に詰まるルビー。ワゴンを押して入ってくる。上に乗っているのは――サファイアの大好
物、麻婆豆腐だ。ただし、いつも店で食べるようなものとは違う。豆腐はぼろぼろに煮崩れしているし、煮込み
過ぎたのか見ただけでも相当粘度が高くどろっとしているのがわかった。一瞬怪訝な目をするサファイア。

「……これ、ボクが作ったんだ」
「やっぱり、そうなのか」

 自分の隣に座るルビー。その手は野菜を切って怪我をしたのだろう。指に絆創膏が張ってある。彼女が作っ
たと考えるのが自然だった。

「でも、なんでルビーが料理を?」
「……言わせないで欲しいな。君に元気になってほしいからだよ」

 少し恥ずかしそうなルビー。そう言われては食べないわけにはいかないし、拒否する理由もなかった。

「そっか。じゃあ……いただきます」
「うん、召し上がれ」

 スプーンを手に取り、口に入れる。少し煮過ぎたせいで豆腐や野菜の食感はお世辞にも良いとは言えなかっ
たが、別にサファイアは味覚審査員でもなんでもない。レシピを守って作られたそれは、塞ぎこんで何も食べて
いなかったサファイアにとってはとてもおいしく感じられた。

「おいしい、おいしいよ。ルビー」
「それは良かった」

 平然を装って言うルビーも、どこかほっとした表情だ。サファイアは食べ進めながら、ルビーに聞く。

「指の怪我。大丈夫か?」
「これくらい、君の痛みに比べれば何でもないよ」
「……でも、良く作れたな。ルビーって料理作ったことなさそうだけど」
「レシピさえあれば、料理なんてそれなりに真似が出来るって相場が決まってるからね」
「そっか……」

 なんて他愛のない話をしていると、あっという間に皿は空になった。

「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」

 隣に座るお互いを見つめて、微笑みあう。

「本当においしかったよ。ありがとう、ルビー」
「こういうときはね。毎日でも食べたいなって言ってくれるのが一番嬉しいんだよ?」
「……勿論ルビーさえよければ、それが一番いいよ。でも多分毎日は面倒がってやらないだろ」
「ふふ、それもそうだね」

 さて、とルビーが前置きして。本題に入る。

「結論は出たかい?サファイア君」
「ああ、ルビーのおかげでな」

 ぐっと拳を握りしめるサファイア。彼の出した答えは――

「俺……やっぱりチャンピオンを目指すよ。そして見ている人を楽しませるようなバトルがしたい」
「……そうかい」
「うん。シリアのバトルは、確かに作り物だったかもしれない。だけど俺はそんなシリアに憧れてきたんだ、
それは今でも変わらない。だからさ」

 ここで一度言葉を切り、ルビーの顔を見る。


「俺が、『本物』の人を楽しませるバトルを……出来るようになって、シリアを倒す。それが今の俺の目標だ



 ルビーはにこりと笑って、サファイアを肯定した。

「うん……君ならそうするんじゃないかって思ったよ」
「ああ。俺は何度でもこの道を選ぶ。もう迷わない」
「それじゃあこれから急いで残りのジムバッジを集めて、兄上に挑むのかな?」
「そのつもりだ。だけど……その前に一つ、やらなきゃいけないことがある」
「なんだい?」

 首を傾げるルビーに、サファイアは彼女の肩に手を置いてこう言った。


「おくりび山に行く。さっきルビーは家族に認められてないって言ったよな。そんなのは良くない。俺とルビ
ー、二人で話をしに行って……ルビーのこと、認めさせるんだ」


 サファイアの目はとてつもなく真剣で……ルビーは、ついにこの時が来たのかと思い。二人は期待不安の未
来へ歩き出すのだった。


  [No.1531] おくりび山。過去との決別 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/03/12(Sat) 20:06:09   28clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「とうとう着いたな」
「……」

 サファイアにとってはシリアに憧れてきた懐かしき思い出の場所であり、ルビーにとってはシリアが出てい
ったせいで辛い過去の残った場所。そこに近づくたびにルビーの口数は少なくなり、今ではすっかり無口になっ
てしまっていた。

「やっぱり……家族に会うの、怖いか?」
「……ううん、少し違うよ」

 ルビーの声は、わずかに震えていた。

「ボクが旅に出てからここに戻るまでに予定よりも結構時間がかかっているからね。きっと家族はボクを責め
るだろう。でも、そんなのは慣れてる。……君に失望されるのが、怖いんだ」
「俺が?」
「家族はボクの醜いところ、ダメなところ、良くないところ、いっぱい知ってる。サファイア君がボクを庇お
うとすれば、容赦なくそれを口にする。それを知って……幻滅するんじゃないかなってね」

 そんなことない、とすぐさま否定しようとした。でも、ただ口でそういうだけではルビーの恐れは解消され
ないだろうとも思った。だからサファイアは、ルビーのことを抱きしめる。

「大丈夫だ、ルビー」
「……!」
「勿論俺はルビーのこと知ってから……思い出してから、かな。まだ一年もたってない。ルビーの家族の方が
ルビーのこと良く知っているのは当然だし、俺がまだ知らないこともあると思う」
「……うん」
「だけど、これだけは断言できる。俺はルビーの家族よりルビーのいいところ、たくさん知ってるって。だっ
てルビーのいいところを知ってたら、ルビーのこと否定なんてするわけがないんだから」

 それは世の中に色んな種類の人間がいることをわかっていない子供の考え方だとルビーは思った。だけど、
彼は彼なりに本気で自分の事を想ってくれているのが伝わってくる。

「……ありがとう。やっぱり君がおくりび山に来てくれてよかった」

 ここに来て、自分を認めてくれたのが、こんなに真直ぐな人で良かったとルビーは伝える。ルビーから体を
離して、代わりにサファイアの自分より大きな手を握った。

「もう大丈夫だよ。行こう、サファイア君」
「……ああ!」

 いつもの調子で笑顔を浮かべたルビーにサファイアが元気に答える。いざ、おくりび山の頂上へ――




「ふん……やっと戻ってきたのかい。ホント、何をやっても出来損ないだね」

 頂上につくと、一人の老婆が草刈りをしていた。その老婆は自分たち……いやルビーの姿を認めると、いき
なり吐き捨てるように言った。サファイアが顔をしかめるが、すぐには口を出さない。ルビーが老婆に頭を下げ
る。

「ええ、ただいま戻りましたおばあさま。……相変わらずお元気なようで何よりです」

 言葉には若干の皮肉が入っていた。老婆は草刈りをやめて、奥に向かう。

「そういえば口先だけは一丁前だったね。ほら、さっさと家に入りな」
「物忘れはあるようですね。では、そうします」

 ルビーの祖母はサファイアのことなど眼中にもないようだった。そのまま家に戻っていく。古い木造の家で
、見た目は普通の一軒家と大差なかった。

「あれがボクの家だよ。……さあ、行こう」
 
 無言で頷いてサファイアはルビーと家に入る。ルビーのただいま、という声が家に響くと、家族たちが出迎
えに来た。それは娘や孫が帰ってきた時のそれとは思えないほど、険しい表情だ。

「その隣の男は誰だ?」

 父親が問い詰める。

「こんなに時間がかかって。遊び歩いていたんじゃないだろうな」

 祖父がそうだったら容赦しないとばかりに厳しく言う。 

「出来の悪いあなたにはまだ修行しないといけないことが山ほどあるのよ。それなのに旅なんかにこんなに時
間をかけて……」

 母親が少し心配したように言う。尤も、それはルビー自身ではなく家の心配の様だった。

「……お母さま、お父様、おじいさま。まずは遅くなったこと、すみませんでした」

 ルビーが再び頭を下げる。サファイアはこれが家族同士のやり取りかと信じられない気持ちだった。だがま
だ我慢する。頂上に上がるまでにルビーと約束したのだ。まずは家族との挨拶を優先させてほしいと。できれば
君のことも自分の口から説明したいと言った。それを尊重してサファイアはこらえている。

「それで、隣のは何者だ。変な虫でも拾ってきたのではあるまいな」
「お前は口先だけは達者だからな。見るからに凡庸そうな男だが、篭絡でもしたか」
「あなた、体は大丈夫なんでしょうね?祝言をあげるまでは清い体でいなければいけないのよ?」
「ふん、だとしたらさっさと次の子でも産ませればいいさ。どうせ出来損ないだし、その方がいいかもしれな
いね」

 ひとまず謝ったことで家族の視線はサファイアに集まったようだが、あまりの言い草にサファイアの眉が吊
りあがる。

「彼は変な虫でもないし、篭絡したわけでもありません。彼はボクを……初めて認めてくれた大事な人です」
「ふん、どうせ上手いことを言って誑かそうというつもりだろう」
「お前を認めるだと?出来損ないが、己惚れるのも大概にしておけ」
「ああやだやだ、男ってどうしてこうなんでしょう!」
「まったくだね、巫女ともあろうものが誑かされてどうするんだい、やはりお前は――」

 
「いい加減にしろ!!」


 出来損ない、という言葉をこれ以上言わせない。そう言うかのようにサファイアが怒鳴った。今までサファ
イアが怒ったこと自体は何度も見たことがある。だけどこれは今までで、一番強い怒りだった。


「さっきから黙って聞いてれば……あんたら、まずルビーに言うことがあるんじゃないのか!?」
「なんだお前、さっきまで黙っていたと思えばいきなり――」

 父親がサファイアを叱咤しようとするが、それすらも遮ってサファイアは大声を張り上げた。


「家族が帰ってきたら!まず最初は『おかえりなさい』だろ!大事な家族が旅から帰ってきたんだったら!温
かく迎えるのが家族なんじゃないのか!!」


 その言葉には、ルビーを含めた全員が驚いたようだった。ルビー自身、家に戻ったときにおかえりなさいな
ど言われたことはなかったから。

「ふん……小童が何を言うかと思えば。うちは貴様のような凡愚とは違うのだ」
 
 サファイアの剣幕に一瞬怯んだが、祖父は鼻を鳴らして言い捨てる。

「この家がなんだろうと、関係ない!ルビーのことをこんな風に扱うんだったら、ルビーをこんな所には置い
ておけない!」
「なにっ……!?」
「あなた、本当にいったい何なの!?あんたはルビーのなんだって言うのよ!」
「置いておけないって、じゃあお前はこの子をどうするつもりなんだい?」
「俺は……」

 自分にとってはルビーはなんなのか?ルビーにとってどういう自分でありたいのか?思えばカイナシティか
ら頭のどこかで考えていた疑問に、今答えを出す。


「俺は……ルビーのこと大好きで、一生幸せでいてほしい。だから、あんたたちがルビーのことこんなふうに
扱うんなら、ここから連れ出して……俺と一緒にいてもらう!」


 それがサファイアの偽りない気持ち。口に出してみれば、なんの後悔も恥ずかしさもなかった。ルビーが思
わず目頭を熱くする。サファイアの態度が本気だと思ったのか、母親がルビーに縋るように言った。

「な……何を勝手なことを言ってるのかしら。ルビー、あなたは違うわよね?このおくりび山を守る家の使命
について、何度も聞かせてきたものね?それを放り出してこんな勝手な男についていこうなんて、考えたことも
ない、そうよね?」
「母上……ボクは」

 ルビーが目を閉じる。彼女の考えがまとまるまで、サファイアは黙っていた。ルビーを幸せにしたいなら、
彼女の意思は大事にする必要があると思っているからだ。それが、家の使命を押し付けるルビーの家族との違い
だった。

「ボクはこの家の使命のこと……大事に思っています。その為なら、どんな厳しい修行でも、辛い言葉でも耐
えなければいけない。そう思っていました」

 そう聞いて、ルビーの家族の顔がほころぶ。だがルビーの言葉はまだ終わっていない。

「でも、ボクは彼……サファイア君と出会って、旅して教えてもらったんです。ボクは決して無価値な人間で
はないと。こんなボクでも、認めてくれる人はいるのだと」

 例えば自分たちと本気で戦い、その腕を認めてくれたイグニス。町を守ったことを心から感謝したネブラ。
そして、初めて会ってから、旅で再会してからずっと、自分を支えてくれたサファイア。彼がいなければ、先の
ジムリーダー二人の言葉もルビーの胸には響かなかっただろう。そう思える。

「だから、ボクは今までのあなたたちの言葉を否定します。ボクには確かに巫女としての才能はあまりないの
かもしれない。だけど……出来損ないだの、屑だのと呼ばれる筋合いはこれっぽっちもないのだと」

 紅玉の瞳を開けて、まっすぐ家族たちを見据える。その眼差しの鋭さに、家族たちは思わず怯んだ。

「勿論、すぐに家を出ていくことはしません。巫女としての使命は全うするつもりです。だけどあなたたちが
なおもボクをみだりに否定し続けるのなら……その時は。ボクは彼についていきます。一生、この家に戻ること
はないでしょう」

 ルビーが言い終えてふう、と息をつく。家族は震え、まともに言い返すことが出来ないようだった。下手を
すれば、本当に跡継ぎの娘が家を出ていってしまう。それはシリアという前例がある以上、杞憂でもなんでもな
いことだった。

「ああ、それと。今はまだ彼の年が年なので約3年後の話になりますが……」

 声を穏やかにして、ルビーが言う。今度は何を言いだすのかともはや戦々恐々の家族たち。ルビーはサファ
イアの顔を見て小さく微笑んだ

「ボク、彼と結婚するつもりですので。駄目だというのなら、やはりその時は出ていって勝手にさせてもらいま
す」
「……な、なにを!?まだ15の分際で……」
「ええ、まだボクも彼も15です。だから3年後と言っているんですよ。わかりませんか?今まであなたたちの暴
言や暴行を浴びせられた分、これくらいの我儘は通させてもらいます。……ね」
「ああ、ルビーにはそれくらい言う権利がある。……勿論、俺はいいぜ」
「ふふ、そう言ってくれると思ったよ」

 硬い二人の決意と愛情を見て、家族たちはわなわなと震えている。どうすればいいのか、思いつかないよう
だった。

「さっきも言いましたが、すぐに出ていくことはしませんので。ゆっくり考えて結論を出してください。ボク
をどうしたいのか」
「わ……わかった。考えてやる。だから出ていくな」

 父親が観念したようにそう言った。考えてやるとは言うが、実質答えは決められたようなものだろう。彼ら
は跡継ぎを失うわけにはいかないのだから。

「さて……ありがとう、サファイア君。君のおかげでボクは……救われたよ」
「いや、ルビーがいい奴だからこそさ。そうだろ」
「……うん、そうだね」

 家族の目の前にも関わらず抱擁を交わす二人。全てが上手く解決したと思われた、その時だった。


 家の中にいるのにも関わらず地面を打つ音が聞こえるほどの大雨が降ってきた。さっきまで外にいた時は、
雨どころか雲がほとんどないような快晴だったというのに。

「何事だ……?」

 ルビーの祖父が外を見る。すると、雲から覗く一瞬の晴れ間が、その目を焼いた。瞳を抑える。

「これは……まさか、十年前と同じ?」

 突然の異常気象を疑問に思うと、サファイアのポケベルに電話がかかってきた。相手は――

「やあ原石君、お久しぶりだね?もうショックからは立ち直ったかな?」
「ジャック!!」
「今凄い雨と日差しが交互に起こっているだろう?めんどくさいから単刀直入に言うと、僕が犯人なのです」
「……なんでこんなことを!」

 サファイアが聞くと、君は良いリアクションしてくれるなあと満足そうに呟いた後。

「それは秘密。ボクを止めたければトクサネシティにおいで。――シリアも、来るはずだよ」
「……!!」

 シリアと再び会うのが、怖くないといえば嘘になる。だけどもう、自分は自分の道を行くと決めた。

「わかった。……待ってろよ」
「うん、待ってるよ。カイナシティの時よりもさらに、楽しいバトルをしよう。そして……」

 そこで通信は切れた。

「ルビー。俺……トクサネシティに行く。ジャックを止めてくる」
「やっぱり原因は彼か……わかった。ボクもついていくよ」
「いや、ルビーはここにいてくれ。この日差しは強すぎる。ルビーの身体には毒だ。それに……家族ともいろ
いろやらなきゃいけないこと、あるんだろ」
「……そうだね。それじゃ」

 ルビーは自分のモンスターボールを取り出す。中にいるのは、サマヨールだ。

「この子を君に預けるよ。……応援してるだけじゃつまらないしね」
「……わかった、ありがとう」

 サマヨールがルビーからサファイアに手渡される。すると――サマヨールがボールから出てきて、その体が
光だした。

「これは……進化の光?」
「そうか、兄上の渡してくれた冥界の布は……こういうことだったんだね」

 サマヨールは、体を一回り大きくしたヨノワールに進化した。

「よし、それじゃあ頼むぞヨノワール。それに……俺の仲間たち、みんな」

 サファイアは玄関のドアを開け、フワライドを呼び出す。ルビーはサファイアに顔を近づけて……その頬に
、そっとキスをした。サファイアの顔がわずかに赤くなる。ルビーもだ。

「……さすがにこれは、恥ずかしいな」
「ふふ、ボクもだよ」
「じゃあ行ってくるよ、ルビー」
「うん、頑張ってね」

 サファイアはおくりび山を旅立つ。豪雨と強い日差しにさらされながら、トクサネシティを目指して――


  [No.1532] チャンピオンとの決戦! 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/03/13(Sun) 19:44:20   25clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

フワライドに乗り、トクサネシティに到着すると、海岸沿いでシリアは傘も差さずに立っていた。そこにサファ
イアが降り立つと、シリアはいきなりボールを構える。

「ようやく来やがったか……さあ、俺とバトルしろ!」
 
 有無を言わせぬ、という態度だがサファイアにしてみれば理由がわからない。

「待ってくれ、シリアもジャックを止めに来たんじゃないのか?なんで俺たちが争う必要があるんだ」
「それは……」

 シリアが説明しかけた、その時だった。

「それには僕が答えてあげるよ、原石君」

 すると今度は電話ではなく、頭の中に直接ジャックの声が響く。周囲を見回すが、ジャックの姿はない。

「僕は先に来たシリアにこう言ったんだ。ボクを止めたければ、原石――サファイア君を倒せってね」
「なんでそんなこと……」
「だってー、仮に君とシリアが協力して戦ったとして、まともに連携が取れるかい?君の方は出来るかもしれ
ないけど、シリアには無理だね。彼は誰かと協力できる性質じゃないし、そんなバトルじゃ――楽しめないだろ
う?」
 
 どうやらジャックの目的はあくまで楽しむことにあるようだ。そのことに少なくない怒りを覚える。サファ
イアはまだ小さかったからあまりよく覚えていないが、10年前の大雨と日照

りはホウエン地方全体に大きな被害をもたらしたと聞いている。ジャックがやっているのはその再来なのだから


「それだけのために……こんなことをしているのか?自分のやってることがわかってるのか!?」
「いいや、他にも目的はあるしむしろそっちの方が重要なんだけど――まあ、君がシリアに勝って僕の元にた
どり着いたら教えてあげるよ。だから頑張ってね」

 気楽に、道楽のような調子でジャックは言い、声が途切れる。

「……シリア、ジャックの言うことを聞く必要なんかない。ジャックはトクサネのどこかにいるんだろ。二人
で協力して探して――」
「うるせえっ!理屈じゃねえんだよ!!」
「!」

 協力を申し出るサファイアを、シリアは一喝の元に切り捨てる。そして熱に浮かされたように、悪鬼の如き
執念をちらつかせて。サファイアを見た。

「ジャックはなんだか知らねえがてめえを買ってる。だがあいつに認められたのは――俺だけだ!俺だけじゃ
なきゃ、いけねえんだ!俺はてめえのことを認めねえ!」
「なんで、そこまで……」
「……おくりび山を出た後、俺は死に物狂いでバッジを集めようとした。だが自力で集められたのは一個だけ
……ムロタウンのジムリーダーにさえすぐには勝てなかった」
 
 シリアが自分の過去を語りだす。それはサファイアにとっては驚きだった。自分たちはムロタウンでのジム
戦に全く苦戦しなかったから。

「どうしてもチャンピオンにならなきゃいけねえってのに、俺にはバトルの才能はないのかと絶望しかけた。
そんな時だった。あいつが、あいつこそが俺をチャンピオンにまで育ててくれたんだ……」

 そこにはジャックへの強すぎる感謝の念と、執着心。そして彼に認められているサファイアへの嫉妬が確か
にあった。

「だから、俺はあいつを死なせねえ!あいつを止めるのは――俺だ!!」
「待ってくれ、死なせないってどういうことなんだ!」
「黙れ!てめえに知る必要はねえんだよ!出てこいヤミラミ、シャドーボールだ!」
「なっ……フワライド、シャドーボール!」

 ヤミラミとフワライドの漆黒の弾丸が激突し、相殺し合う。


「俺は俺のバトルでお前と、あいつに勝つ……誰にも邪魔はさせねえ!行くぞ!」

 
 ここまで長かった旅、ついに――チャンピオンのシリアが勝負を仕掛けてきた!

「いちいち六対六の勝負に持ち込むつもりはねえ……やれヤミラミ、黒い眼差しだ!」

 ヤミラミの宝石の瞳が光り輝き、周りにどす黒い瞳が目々連のように現れる。ただ瞳に見られているだけな
のに、凄まじいプレッシャーを放っていた。

「これでフワライドはボールに戻ることは出来ない……てめえが降参するまで、徹底的に甚振ってやる」
「そこまでする気なのか……フワライド、シャドーボール!」
「ヤミラミ、封印!」

 フワライドが攻撃を放とうとする直前に、ヤミラミの手が印を結ぶ。すると、フワライドの動きが止まった
。封印の効果でシャドーボールが使えなくなったのだ。

「さあ更に挑発だ!」
「今度は補助技封じか、なら妖しい風!」

 ヤミラミが指を振って挑発するのに対して、フワライドは不気味な風を巻き起こす。抵抗せずに風に吹き飛
ばされるヤミラミだが、平然と起き上がった。

「それでも構わない!妖しい風の効果で、フワライドの能力はアップする!」
「……かかったな」

 シリアが陰惨に笑う。手を前に翳して、ヤミラミに指示を出した。

「ヤミラミ、お仕置き!」
「避けろフワライド!」

 ヤミラミがフワライドに走りより一撃を決めようとするのを飛んで回避しようとする。

「無駄だ、黒い眼差しの効果で貴様のフワライドは逃げられない!」
「!!」

 飛ぼうとしたフワライドが、黒い瞳のプレッシャーに動きを阻まれる。ヤミラミが鉤爪を振るい、フワライ
ドの体を引き裂く!

「お仕置きの効果は、貴様のモンスターの能力が上がれば上がっているほどその威力をあげる……つまり、妖
しい風で全能力をアップさせたことで威力は圧倒的に増大する!」
「それはどうかな!フワライド、アクロバット!」
「はっ、無駄なことを……」

 シリアは完全にフワライドを倒したと認識していた。それもそのはず、今言った通りお仕置きの威力は凄ま
じく上がっており、悪タイプの攻撃は効果抜群のはずなのだから。だが――

フワライドの体は動き巨体とは思わぬアクロバティックな動きがヤミラミを翻弄し、吹き飛ばす。

「何っ!?」
「能力をあげる技を使えばヤミラミはお仕置きを使ってくる……俺だってヤミラミを持ってるんだ。それくら
い読めてたさ!」
「貴様っ……!!」
「だから俺は敢えて能力をあげずに能力が上がったとだけ言ったんだ。シリア、俺の事を舐めてるんじゃない
のか?」
「言いやがったな、後悔させてやる!出てこい、歯向かう愚民を威光に跪かせる王者の盾……ギルガルド!!


 シリアが戦闘不能になったヤミラミを下げ、剣と盾を持ったポケモン、ギルガルドを呼び出す。その強さは
サファイアも良く知っていた。四天王のネビリムを圧倒したのをこの目で見ている。黒い眼差しと封印、挑発の
効果は切れたが、油断できたものではない。

「ギルガルド、シャドークローだ!」
「フワライド、シャドーボール!」

 漆黒の弾丸を、剣が切り裂く。そして影が伸び、そのままフワライドの身体を狙う。

「小さくなる!」

 しかしその体が縮み、寸でのところで回避する。シリアは舌打ちすると、ギルガルドに命じた。

「だったら本気を見せてやるよ。ギルガルド、ボディパージ!」

 ボディパージは自分の体を削ることでスピードを上げる技だ。だがギルガルドは削る代わりに――なんと、
高速で自身の剣を打ち出したではないか。予想外の挙動に反応が遅れ、その剣がフワライドの体に突き刺さる!
サファイアはフワライドをボールに戻した。

「戻れ、フワライド。そして出てこい、絶望の闇を照らす、希望溢れし焔の光!今降臨せよ!」

 体全体に明かりを灯して現れるのはシャンデラ。その姿に、シリアは見覚えがあったようで、眉を顰める。

「そいつは、イグニスの……」
「そうだ、あの人が俺に託してくれたんだ」
「はっ!そいつはお優しいことだな、やれ、ラスターカノンだ!」
「火炎放射!」

 倍速で打たれる鋼の光弾を、シャンデラの炎が相殺しきる。威力はほぼ互角だった。

「さすがの威力と褒めてやるよ。だがギルガルドの速度についてこれるか?影打ち!」
「遅れてもいい、シャドーボールだ!」

 凄まじい速度の影がシャンデラを打ち付ける。効果抜群のそれは少なくないダメージを与え、シャンデラが
苦しんだ。それでも漆黒の砲弾のごとき一撃を放ち、ギルガルドを狙う。

「キングシールドだ!」

 ギルガルドが盾を構え、砲弾を弾く。圧倒的な攻撃力を誇るシャンデラでさえ、その盾は砕けない。

「どうだ!これが王者の威光示す最強の盾、そして剣に頼る必要のない特殊攻撃力と速度……こいつの前にひ
れ伏せ!」
「いいや、俺はもうあんたに臆さない。八百長しなきゃ自分の立場も守れないチャンピオンに、負けるもんか
!」
「てめえ……だがそのシャンデラの弱点はわかってる。そいつの攻撃力はさすがだが、防御力はギルガルドに
及ばねえ!影打ちの連発で終わりだ!」
「そう思うなら、やってみろ!」

 お互いに啖呵を切り、戦いはさらに激化していく。

「ギルガルド、もう一度影打ち!」
「鬼火だ!」

 またも放たれる影を無視して、シャンデラは元の持ち主の名そのものである鬼火イグニスを放つ。鬼火は

命中し、ギルガルドの攻撃力を下げつつ火傷のダメージが鋼の体を苦しめてゆく。

「ちっ、キングシールドは変化技は防げない……そこを突いてきやがったか」
「ああ、そして次の一撃でとどめを刺す!」
「何?」
「行けっシャンデラ」

 サファイアが走りながら、言葉をためる。すかさずシリアはキングシールドを構えさせたが、構わず攻撃を
命じた。


「オーバーヒート!」


 爆炎。大雨などものともしないほどの炎が吹き荒れ、ギルガルドの体を炎が包み込む。ピシリ、と何かが砕
ける音がした。シリアが戦慄する。

「馬鹿な……ギルガルドの盾が、砕けた!?」

 炎が晴れた後シリアがギルガルドを見ると、王者の盾は砕けていた。しかもそこには――先ほど自信が投げ
捨てた剣が突き刺さっている。

「まさか……」
「そうさ!あんたが投げ捨てた王者の剣。それをオーバーヒートと一緒に放ったんだ。最強の盾を砕くには最
強の剣だ!」
「ふん、だがこれで剣は戻った!切り伏せろ、ギルガルド!」
 
 手に戻った剣をすかさず振るわせることが出来るのはさすがチャンピオンといったところだろう。シャンデ
ラの体に傷が入るが――

「忘れたのか?今あんたのギルガルドは火傷を負ってる。攻撃力は下がってるんだ。止めだ、影打ち!」
「くそがっ……!!」

 シャンデラの影打ちが守りを失ったギルガルドを打つ。堪らず倒れ、シリアがボールに戻した。サファイア
もシャンデラをボールに戻す。これで2体2の痛み分け。

「現れろ!全てを水底へと沈める悍ましき水棲の化け物!」
「出てこい、安らぎを求めし人々の寄り添う大樹の陰!」

 次に繰り出したのは――シリアはブルンゲル、サファイアはオーロットだ。水対草で、サファイアの方が相
性はいい。だが双方ゴーストタイプを持つ以上、一瞬たりとも油断は出来な

い。

「ブルンゲル、相手の生気を搾り取れ!」
「オーロット、ウッドホーンで回復だ!」

 ブルンゲルとオーロットがお互いの体に絡みつき、体力を奪っていく。しかしオーロットの攻撃は回復も兼
ねるため、ブルンゲルの方が不利に思われるが――

「ブルンゲル、自己再生!そして呪われボディの特性効果発動、貴様のウッドホーンを封じる!」
「くっ……下がれオーロット、身代わりだ!」

 オーロットの体が周りの木々と入れ替わる。ブルンゲルもすぐさま離れて体勢を整え、体力を回復した。

「さらに影分身!」
「ちょこまかしやがって……ブルンゲル、妖しい風!」
「ゴーストダイブで避けろ!

 分身を増やそうとしたところにこの場全体を不気味な風が吹き荒れ、さらにそれを影に潜り避ける。そして
地面から強烈な一撃を見舞おうとするが――

「溶ける!」

 ブルンゲルの体が、ぐにゃりと歪んだ。オーロットの体が空を切る。

「ブルンゲル、オーロットの体を取りこめ!」
「何っ!」

 ブルンゲルの体がスライムのようにオーロットにまとわりつき、その体を包み込んだ。オーロットがじたば
たともがくが。脱出することは叶わない。

「そのまま海に潜り込め!」
「まずいっ……オーロット、根を張る!」

 海へ移動しようとするブルンゲルに対して、その場で根を張ることで身動きを封じる。だがそれは自分自身
の動きも封じてしまうのと同じだ。

「はっ、自ら墓穴を掘ったな!ブルンゲル、シャドーボール!」
「……オーロット、道ずれだ!」

 使いたくなかったが仕方ない。とオーロットに命じる。シャドーボールは直撃しオーロットの体が倒れるが
、ブルンゲルも道ずれの効果を受けて倒れる。

「ふん……そいつに頼って何とかことなきを得たか。だが――」
「なあシリア」

 ボールにポケモンを戻しながら、シリアを遮ってサファイアは言う。シリアが眉を顰めた。

「シリア――本当に、今のシリアが本気なのか?」
「ああ?どういう意味だてめえ。ぎりぎりで互角で持ち込むのがやっとのくせによ」
「違う。そういうことじゃない」

 サファイアは目を閉じ、意を決してシリアに告げる。それはこの前戦った時にも感じたことだった。


「好き嫌いの問題じゃない。俺が憧れてきた、相手を引きたてながら優雅で幽玄なバトルをする。相手の攻撃
をうまくかわしながら強烈な一撃を決めるシリアの方が……今のあんたよりずっと、強く見えるんだ」


 確かにシリアのバトルはこちらの方が元々のものなのだろう。サファイアの憧れてきた『幽雅に舞う』シリ
アの姿は偽りでもあっただろう。でも――サファイアにはそちらの方が強く、素晴らしく思えた。

「ここまでバトルをして、やっぱりそう思うんだ。……俺はまだ、本気のシリアには勝てないと思う。それで
も今こうしてなんとか食らいつけてるのは……今のシリアが本当の意味で全力じゃないからだって」

 喋るうちに、胸の内の疑問は確信へと変わっていく。そして今の自分の理想とともに、突き付ける。


「俺、ルビーと話して誓ったんだ。人を楽しませる本物のバトルをするって。シリアだって、本当はそっちの
方がいいんじゃないのか?昔はどうあれ、今のあんたは『幽雅な』ポケモンチャンピオン。そうなんじゃないの
かよ、シリア!!」


 はあはあ、と、息を荒くするサファイア。シリアはずっと黙って聞いていた。

「ふっ、くくく……ははははは!!」

 そして浮かんだのは――獰猛で、悪鬼のような笑み。

「馬鹿馬鹿しい。何を言いだすかと思えば……あんなバトルは、てめえら雑魚に見せかけだけを良くするため
のバトルだよ。あれが俺の本気?――ふさけるんじゃねえ!」

 取り出すのは、紫色のボール。マスターボールと呼ばれるそれを、シリアは宙に放った。


「今から貴様の人を楽しませるバトルとやらが戯言でしかねえことを証明してやる――顕現せよ、砕け散り行
く世界に住まいし反骨の竜よ!歯向かう愚民を根こそぎ滅ぼせ!」


 サファイアの耳に聞こえたのは、紛れもない竜の咆哮。そう、シリアのボールから現れたのは紛れもなく亡
霊であり、竜だった。

「見るがいい、こいつが俺を王者へと押し上げた最強のポケモン……ギラティナだ!!」

 亡霊の竜は地面に降り立ち、大地を揺るがす。ぼろぼろの黒き翼が、金色の体が、先の黒い眼差しや今まで
見てきた伝説のポケモンさえ凌駕するプレッシャーを放っている。



「……それでも、俺は負けない」


 サファイアは怯まなかった。モンスターボールを手に取り、叫ぶ。

「本当の勝負は……これからだ!!」


  [No.1533] 決着。そして伝説へ。 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/03/18(Fri) 16:06:21   32clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「本当の勝負……ねえ。いいぜ、ここからてめえに本当の地獄を見せてやる。さあ次のモンスターを出しな!」
「俺は負けない!出てこい、そしてシンカせよ!その輝きで笑顔を照らせ、メガヤミラミ!」

 ヤミラミの体が光輝き、宝石が巨大な盾となる。メガシンカすることで守りに秀で、さらにメタルバースト
で攻撃を反射することも出来る強力なポケモンだ。だがシリアはそれを鼻で笑った。

「メガヤミラミ、敵じゃねえな。まずはギラティナ、回復封じ!」
「自己再生を封じにきたか……メガヤミラミ、シャドークロー!」

 宝玉の光が強い陰影を映し出し、色濃くなった影がギラティナの巨体を切る。しかし……

「無駄だ。その程度の攻撃はギラティナには通用しない!」

 その一撃は、ギラティナのぼろぼろの羽根を薄く傷つけただけだった。

「ギラティナ、竜の息吹!」
「メガヤミラミ、メタルバースト!」

 ギラティナがこの世のものとは思えない、蒼と黒と白が混ざったような気味の悪いブレスを放つ。それはヤ
ミラミの大楯に当たり、物理法則を無視してぐにゃぐにゃに散乱したが、メタルバーストの効果は発動する。さ
らに、ヤミラミの影が伸びる。

「光と闇、今一つとなりて新たな力を生み出さん!混沌螺旋カオスバースト!」

 メタルバーストの反射に影打ちを組み合わせ、高速で光と闇による螺旋状の一撃を生み出すサファイアとヤ
ミラミの新たな技。輝きと影、二つの相反する攻撃を受けてギラティナの体の周りに爆発が起こる。だがなおも
――伝説の竜の姿は、びくともしない。

「……怨みとプレッシャーの効果発動。貴様の影打ちとメタルバーストのエネルギーを奪う」
「びくともしない……これがシリアの伝説のポケモンの力なのか」
「そうだ、これがゴーストタイプ最大の体力、そして耐久力を持つギラティナの力……だがそれだけじゃねえ
。こいつの伝説たる力を見せてやる!ギラティナ、シャドーダイブ!」

 ギラティナの体が、唐突に消える。ゴーストダイブと同じ種類の技かと思ってあたりの影を見渡すが、どこ
にもギラティナの存在は感じない。

「メガヤミラミ、守るだ!」

 ヤミラミの体が緑色の防御壁に包まれる。今やこの守りは四天王のイグニスのファイヤーの業火さえ防ぎき
るほどだ。ひとまず相手が姿を現すまで耐え凌ごうとするサファイア。

「読み通りだ……やれ、ギラティナ!!」

 ギラティナの体は、何もない空中から穴をあけて顕れ、メガヤミラミに向かって突撃する。その一撃は緑の
防御壁を――そもそも存在しないかのように突き抜け、ヤミラミの体を吹き飛ばした。

「なっ……」
「シャドーダイブは影に隠れて攻撃するだけのゴーストダイブとは決定的に違う。こいつが隠れるのはな、こ
いつの世界そのものなんだよ。全ての物理法則が通用しない空間。その性質を得て攻撃することで一瞬だがギラ
ティナはあらゆる防御を無効化することができる!!」

 サファイアは、ギラティナの出てきた『穴』を見た。見てしまった。その中は、大地が天に、天が大地に存
在し、水が下から上に流れ草木の根が触手のように直接空間に蔓延っている名状しがたい空間だった。思わず吐
き気がこみあげるサファイア。

「そんな技が……大丈夫か、メガヤミラミ」
 
 ヤミラミは何とか宝石に縋るようにして立ち上がる。よく見れば、ダメージだけではなく体が麻痺していた
。竜の息吹の効果だ。

「さあ止めだ!ギラティナ、祟り目!」
「……ヤミラミ、守る!」

 ギラティナの破れた翼から放たれる瞳型の光線を、今度こそ防御壁が防ぐ。だがその間にもプレッシャーの
特性が技を出すエネルギーを削っていく。

「ひとおもいにはやらねえ、俺を本気で怒らせたこと、たっぷり後悔させてやる……ギラティナ、怨み!」

 さらに負の思念が守るのエネルギーを削り取る。もう一回使えればいい方だろう。

「お返ししてやるよ、影打ちだ!」
「……メタルバースト!」

 ギラティナから伸びる影を、ヤミラミが宝石で防いで跳ね返す。しかし元々影打ちの威力は低いのと、ギラ
ティナの圧倒的な体力の前にはほとんど効果がない。

(それでも、まったく効いてないなんてことはあり得ない……耐え続けて攻撃を仕掛ければ、勝機は)
「あるとでも思ってるんじゃねえだろうな?さあ怨めギラティナ!お前を理不尽な世界に閉じ込めた奴らへの
怨みを晴らせ!」

 負の思念が、ことごとくヤミラミの技を放つエネルギーを削っていく。その憎しみは、過去におくりび山で
の使命を強制されていたシリア本人のものでもあるようにサファイアには思えた。

「さあ止めだ!シャドーダイブ!」

 ギラティナがこの世の物理法則が通用しない世界へと隠れ、全ての守りを無効にする渾身の突撃がヤミラミ
の体を吹き飛ばす。

「どうだ、これが俺の……」
「詰めが甘いぜシリア!」
「何?」
「メガヤミラミ、混沌螺旋カオスバースト!」
 
 再び、光と闇の螺旋がギラティナに飛んでいく。直撃し、ギラティナが始めて苦しそうな雄たけびをあげる


「まだメタルバーストを打つ余力があったとはな……だがこれで終わりだ、祟り目!」
「……戻れ、メガヤミラミ」

 二発のシャドーダイブでヤミラミの体力は尽きる寸前だった。守るを使うエネルギーも切れ、防ぐ術なく倒
される。だがサファイアの闘志は挫けない。

「続いて現れろ!全てを憎しみを引き裂く戦慄のヒトガタ――メガジュペッタ!!」
「――――!!」

 ジュペッタがケタケタ笑いを浮かべながら出てくる。その笑い声が、熱くなりすぎるサファイアの頭を冷や
してくれる。

「シリア、あんたは怨みで技を出すエネルギーを切らすのを狙うならメタルバーストが打てなくなるのを確認
してからとどめを刺しに来るべきだったんだ。回復封じ、シャドーダイブの

防御封じと攻撃回避……そして怨みとプレッシャーの技封じ。一見無敵に見えるけど実はそうじゃない。今のシ
リアは――その強さで相手を見下しててスキが出来てる。俺が知ってる幽雅なチャンピオンはそんなミスしなか
った」
「……ちっ」
「それに――シリアは、今バトルしてて楽しいか?ワクワクしてるか?」
「はっ、くだらねえ。これはジャックのところに行くための踏み台のバトルだ。そうでなくても、俺にとって
はバトルは勝つためだけにあるんだ。そんな感情、入り込む余地はねえよ」
「……だったら、俺がこのバトルでシリアをワクワクさせてみせる。そういうチャンピオンに、俺はなる」
「なら俺を倒してみろ……ギラティナ、眠る!」

 ギラティナが瞳を閉じ、ヤミラミが折角削った体力を回復させる。回復封じの効果は終了したらしい。

「さらに!カゴの実の効果が発動し、俺のギラティナは眠りから覚める……これでお前のヤミラミの努力も無
駄ってわけだ」
「いいや、それは違うさ。メガジュペッタ、影分身!」

 ジュペッタの体が高速で分身していく。ギラティナは本体を見失う。

「またちょこまかと逃げるだけか?まだギラティナの技はある。波動弾!」

 ギラティナの『気』が具現化し、蒼と黒と白が混ざったような光弾が放たれる。それはまっすぐにジュペッ
タの本体へ飛ぶ。格闘タイプの技ゆえにジュペッタにはダメージはないが――

「ふん、そこが本体か。竜の息吹だ!」
「もう一度影分身!」

 本体を見抜き、攻撃が飛んでくる前に再び分身を作り出す。特性『悪戯心』の前に思うように手が出せない
ギラティナ。

「ヤミラミが教えてくれたんだ。ギラティナはスピードはそこまで高くない。メガジュペッタの速度には追い
付けない。攻撃も直線的だ。いくら守りを無効化出来ても、そもそも当たらなければ意味がない」
「なら、怨みで技が出せないようにするまでだ!ギラティナ、やれぇ!」
「その前に倒しきる!メガジュペッタ、虚栄巨影!」

 ジュペッタの体が巨大化し、その爪が怨みを込めるギラティナの体に傷を入れる。ナイトヘッド、シャドー
クローの両方の技を出すエネルギーが削られるがお構いなしだ。

「怨め!もっともっと怨め!」
「続けろメガジュペッタ、残影無尽撃!」

 分身したジュペッタの影が伸び、無数の刃となり、ギラティナの翼を、体をさらに傷つける。そして次の瞬
間、ギラティナの周りの空間が撓んだ。

「ギラティナ、シャドーダイブで退避しろ!」
「させるか、怨虚真影!」

 怨みと影打ちを組み合わせた、神速の一撃が異空間に逃げようとするギラティナをはじき飛ばす。そして吹
き飛ばした先は――無数の分身たちの、中心。

「これでとどめだ、必殺・影法師!」

 今までの旅で作り出した技の最後に繰り出すのはサファイアとジュペッタ――当時はカゲボウズがシリアに
憧れて生み出した最初の必殺技。無数の巨大な影を前にギラティナが、亡霊の竜が――屈し、倒れる。

「馬鹿な……こんな子供だましの技にギラティナが……」
「確かにこれはあんたに騙されて作った子供の技かもしれない。でも……俺は、俺たちはあんたに騙されたか
らこそここまでこれたんだ」
「うるせえ……うるせえうるせえうるせえっ!出てこいメガジュペッタ!」

 サファイアの言葉に、ギラティナが倒された事実に、何より自覚せざるを得ない自分の詰めの甘さに苛立ち
、葛藤するシリア。怒りのままにジュペッタを繰り出し、ヒマワキで見せた必殺の一撃を使う。

「ナイトヘッドからの怨みだ!全ての技のエネルギーを刈り取れ!」

 シリアのジュペッタの体が巨大化し、凄まじい負の思念が視覚を通してサファイアのジュペッタを蝕もうと
する。だがそれは一度見た技。何より、ナイトヘッドの弱点をサファイアは知っている。

「目を閉じろ、メガジュペッタ!」
「!!」

 そう、目を閉じればナイトヘッドの恐怖は伝わってこない。必殺の一撃をあっさりと躱され、焦るシリア。

「だったら呪いと怨みだ、その呪詛で、奴の体を貫け!」
「――――!!」

 シリアのジュペッタの手に、呪詛が纏わりついた螺子のような物体が握られる。それを特性『悪戯心』によ
る高速の移動でサファイアのジュペッタを貫こうとして、その螺子が空を切る。理由は単純に、サファイアのジ
ュペッタの影分身の方が速かっただけだ。

「なっ……!俺のジュペッタの速度を上回るなんて、こんなことが……!」
「……俺の知ってるシリアは、それくらいの不利ひっくり返したさ」
「……!」

 呪いは自身の体力を消耗して発動する技だ。残された手段は――ただ一つ。

「いけっ、メガジュペッタ、シャドークロー!」
「……怨念だ!」

 サファイアの攻撃に合わせて、怨念を放つ。避けるそぶりもなく攻撃は直撃して、シリアのジュペッタが倒
れると同時に、サファイアのジュペッタの技のエネルギーを全て刈り取った。シリアがジュペッタをボールに戻
すと同時、サファイアもジュペッタを戻す。

「この俺を最後まで追い詰めるとは……出てこい、サマヨール」
「頼んだぞ、ヨノワール!」

 サマヨールとヨノワール、進化前と進化後のポケモン同士が最後に残る。苦渋の表情を浮かべるシリアに対
し、サファイアの表情は笑顔すら浮かんでいた。

「こんな形になったけど……シリアとバトル出来て楽しいよ。伝説のポケモンまで倒せて、すっごくワクワク
してる」
「……ああそうかよ」

 だからどうした、と言わんばかりのシリア。

「俺、ヒマワキシティでのシリアのバトルのこと、最初は相手を無理やり動けなくするだけの相手を見下した
酷いバトルだって思ってた。でも今は違う……どんなバトルにも、真剣にや

ってるから楽しい、そう思えるんだ。」
「……」
「俺はシリアのバトルを否定しない。これがシリアの本当のバトルスタイルだって言うならそれでもいい。だ
けど……『幽雅』な心まで無くしちゃ駄目だ。きっとシリアは、その方が強

い」
「……言いたいことはそれだけか?」
「ああ、もうこれ以上言うことはない」

 数秒、お互いに静寂。発声は同時だった。

「サマヨール、重力!」
「ヨノワール、重力!」

 両手を前に突き出しお互いに発生させた重力が、お互いの体を潰しあう。ヨノワールは攻撃に優れ、シリア
のサマヨールは進化の輝石を所持しているため防御にさらに特化している。
攻撃と防御。純粋な力の衝突に勝ったのは――サファイアと、そしてルビーのヨノワールだった。シリアの最
後の手持ちが力尽きる。


「……………………俺の負け、か」
「ああ、俺の――俺とルビーと、仲間みんなの勝ちだ」


 敗北したシリアは、何処かすっきりとした表情をしていた。憑き物が落ちた、という表現がふさわしい。サ
ファイアの顔をまっすぐ見据えると、こう言った。その笑顔は、まさしくサ

ファイアの知っていたチャンピオンの顔そのままだった。

「ジャックを……俺の師匠を頼む。だが次は負けねえ。ホウエンリーグで待ってるぜ……この地方の代表、『
幽雅な』チャンピオンとしてな」
「わかった。この戦いが終わったら、すぐにでも行くよ」

 口調は元のまま、それだけ言って、シリアは踵を返して去っていく。それをサファイアが見送ると、再びジ
ャックの声が響いた。

「やあ、チャンピオンとの戦いお疲れ様。良いバトルだったよ。末期の見世物には丁度いいね」
「それで、ジャックはどこにいるんだ」
「まあ焦らないでよ。――今行くからさ」

 すると突如として、サファイアの目の前にジャックが現れた。もう意外とサファイアに驚きはない。

「さあ、今ここにホウエントレーナー最強のトレーナーが誕生したわけだ。こちらも最強のポケモン達で挑ま
ないとね」

 ジャックが指をパチンと軽やかな音を立てて弾く。すると――海を割り、大地を割り、二体のポケモンが現
れる。


「グラアアアアアアア!!」
「ギャオオオオオオン!!」


その二体こそが、この日照りと大雨を引き起こしているポケモン、グラードンとカイオーガだった。体に浮かん
だ金色の文様から、異常なまでの力を感じる。

「これこそがメガシンカと対を為すゲンシカイキの力。僕を3000年生きながらえさせている無限の忌々しき力
だよ……ポケモンは回復させてあげる。だから全力でかかっておいで。そしてこの二匹を倒して――ゲンシカイ
キの力を消滅させて、僕を眠らせてくれ。でないとこの二体はホウエンを滅ぼしてしまうよ」

 虹色の光がサファイアを包むと、ボールの中のポケモン達が回復した。ジャックはサファイアとの対戦に喜
んでいて、ゲンシカイキの力に怒っていて、自分の呪われた生を哀しんでいて、ティヴィルにメガシンカの力を
蓄えさせ、この状況を作り出したことを楽しんでいた。全ての感情がまじりあった不思議な笑顔だった。


「――さあ、最高のバトルを楽しもう」
「……やってやる」

 サファイアは覚悟を決める。ルビーの、シリアの、今まで旅して出会ってきたすべての人々の思いを込めて
サファイアは叫ぶ。


「俺はホウエンを守る。そして――ジャックのことも死なせない!それが俺のポケモンバトルだ!!」


  [No.1534] ポケモンバトルで笑顔を。 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/03/18(Fri) 16:07:08   31clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「僕のことを死なせない……か。君はどうしてそうしたいんだい?君にとって、僕はただの赤の他人じゃないか
。ましてや自分が楽しんで最期を迎えたいっていう我儘のためだけにホウエンそのものを危機に陥れているんだ
よ?」

 ジャックは仙人のような笑顔で、サファイアに問う。答えなど決まっていた。

「仮に赤の他人だとしても、自分から死ぬなんてバカなことをしてるやつを放っておけるもんか。シリアの頼
みでもある。それに……お前とは、赤の他人なんかじゃないだろ」
「へえ、そうだっけ?」
「そうさ、カイナシティでのポケモンバトル。とっても楽しかったし、ジャックだって楽しんでただろ。また
何度でも、ポケモンバトルをしよう。だから簡単に死ぬなんて……」
「簡単に?冗談言わないでよ。僕の苦労と人生を君は何も知らないじゃないか」

 ジャックが語りだす。自分の人生を。そしてここまでの苦労を。

「僕はね、3000年前は普通の子供だった。だけどある日。グラードンとカイオーガ……ゲンシカイキ同士の争
いに巻き込まれてね。二体の攻撃を受けて……僕は一度死んだと思った。だけど、現実はもっとひどかった……
僕は死ぬのではなく、ゲンシカイキの力そのものをその身に宿してしまった。それからは年も取らず、何も食べ
なくても餓死もせず、海底に沈んでも、マグマにさらされても、どうしても死ねない。……僕の友達はみんな死
んでしまうのにね。その苦痛は君にはわからないだろう?」

 僕はもう、生きるのに疲れたんだよ。こんな態度をとらないとやってけないくらいにね。と悲しそうに笑顔
で呟く。彼の笑顔もまた、シリアとは違った自身に張り付けた笑みだった。

「だから僕は、僕を生き永らえさせているゲンシカイキの力そのものを滅ぼすことにしたんだ。その為にティ
ヴィル博士を利用してね。……君がキンセツシティで止めたあの機械。あれはメガシンカの力を集めるためのも
のだったんだ。ゲンシカイキとメガシンカは互いに引き合う。膨大なメガシンカの力を集めることで、こうして
めでたくゲンシカイキの二体で目覚めたってわけさ。……そういうことだから、僕を楽にしてよ。ゲンシカイキ
の二体をかっこよく、英雄のように倒してさ」

 確かにそれは、サファイアには想像できないほどの苦痛と悲しさがあっただろう。永遠の命がもてはやされ
るのは、おとぎ話の中だけだ。

「……でも、死んじゃダメだ。俺やシリアは、お前に生きていてほしい」
「へえ?君たちが生きている時間なんてせいぜい百年程度だろう?そのために僕に永遠の地獄を生き続けろっ
て言うんだ。それっておかしくないかな」
「永遠の地獄……か。じゃあジャックにとってはあの時のポケモンバトルも楽しくなかったのか?」
「そんなことはないよ。今の僕にとってはポケモンバトルだけが生きがいだからね。シリアや君のバトルを見
ていると、楽しい気分になれた。それは事実だよ。でも……」
 
 君やシリアはただの人間だ。僕と同じ時間は生きられない。その言葉を聞いて、サファイアは決意した。


「だったら!俺が、誰もが楽しいポケモンバトルを出来るようにこの世界を変えていく!人を笑顔にするチャ
ンピオンになって!」


 それはあまりにも難しい夢だ。ジャックがさすがにぽかんとする。

「あはは、そんなこと出来るわけない。馬鹿げてるよ」
「そんなことない。現にシリアには出来たじゃないか!シリアが見ている人を楽しませるチャンピオンでいて
くれたから、こうして今の俺がいる。今度は俺がチャンピオンになって。誰かを笑顔にしてみせる!そして俺に
憧れてくれた誰かがまたチャンピオンにでも何でもなって、志を受け継いでくれればいいんだ!」

 くすくすと、ジャックは笑う。

「……君は本当にまっすぐだね。混じりけも何もない。綺麗な宝石みたいだ」

 その時、再びゲンシカイキの二体が咆哮をあげる。それを指揮者のように腕を振って静めるジャック。

「でもね、そんなことは出来はしない。人の世は幽玄で有限なんだ。脆く儚く、何事もいつかは終わりが訪れ
る。……始めようか」
「……お前を止めて見せる。出てきてくれ、俺の仲間たち!」

 サファイアが手持ちをすべて出す。そうしなければ、あの二匹は止められない。フワライドにサファイアは
乗る。

「いくよカイオーガ。根源の波導」

 カイオーガが海水を無数に宙に浮かび上がらせ、一本数トンに及ぶ水の柱を何本も放った。ギラティナのシ
ャドーダイブとは違った、どこまでも純粋な破壊力に特化した連撃。

「朧重力、シャドーボール、身代わり、メタルバースト!」

 ヨノワールが球体の重力場を発生させ水の柱を可能な限り弾き飛ばし、フワライドとシャンデラがシャドー
ボールで少しでも威力を相殺する。オーロットが周りの木々を集めて水の威

力を分散する。そして残った水の波導を、ヤミラミが宝石の大楯で受け止める。受けたダメージを跳ね返す光
はモーゼの奇跡のように海を割り、カイオーガに直撃した。

「あっはは!ゲンシカイキの攻撃を防いで、しかも跳ね返しちゃった!次行くよ、グラードン、断崖の剣!」

 グラードンが大きく地面を揺らす。地面から、何かがせりあがってくるのを感じる。危険を察知してサファ
イアは叫んだ。

「飛べるポケモンは飛べ!フワライド、風起こしだ!」

 シャンデラ、フワライド、ジュペッタ、ヨノワールが大きく上昇し、更に爆風を巻き起こして飛べないポケ
モン達を浮かび上がらせる。直後に地面から噴き出たのは――大地で出来た無数の剣。トクサネシティの大地そ
のものが、リアス式海岸のように尖る。

「くっ……戻れヤミラミ、オーロット!」

 一度は避けた物の、このまま地面に落ちればやはり凄まじいダメージを受けてしまう。飛べないポケモンを
ボールに戻すサファイア。

「さあ、ヤミラミとオーロットなしで防げるかな?カイオーガ、根源の波導!」
「今だ!ヨノワール、定められた破滅の星エクス・グラビティ!」

 水柱が再びいくつも持ちあがる。それが放たれる直前に、ヨノワールは朧重力をカイオーガの真上に発声さ
せた。するとどうなるか――水が重力に全て引き寄せられ、他ならぬカイオーガの身体に直撃する。カイオーガ
が悲鳴をあげ、海に沈んだ。

「これは……?」
「こいつはルビーの技だ。ヨノワールの技、『未来予知』によって最適なタイミングを割り出して、最大の重
力で一気に畳みかける」
「すごい……さすがおくりび山の巫女になる子だね。そんな技を作り出したなんて……いや、君のおかげなの
かな?」
「ルビー自身が頑張って作り出したんだ。誰のおかげでもないさ」
「ふふ、そうかもね。……これなら少なくとも君たちの子供には、期待してもいいのかな?」

 意味深なことを言うジャック。気恥ずかしいことを言われた気がしたが、今はジャックに生きる希望を与え
られるのならそれでもいいと思った。

「な〜んちゃって。実はね、どのみち君がゲンシカイキの二体を倒さなくてもいいように手は打ってあるんだ

「!」
「ホウエンには、カイオーガとグラードンのほかにもう一匹象徴たるポケモンがいる。そいつを呼び出すには
莫大なメガシンカの力が必要になるんだけど……幸い、それは揃ってるからね。そろそろ来るころかな?」
 
 ジャックが空を見上げる。その時だった。天の雲を割り、一匹の緑の竜が現れる。そして咆哮した。

「ザアアアアアアアア!!」
「うおおおお!言うことを聞きやがれえええええええ!!」

 ……それと同時に、竜の傍から一人の少年の声も聞こえた。その声にサファイアは聞き覚えがあった。赤色
の髪に翡翠色の目をした少年が、レックウザの隣をメガプテラにのって飛翔している。どうやらレックウザと戦
っているようだった。空を舞う彼に、サファイアは呼びかける。

「エメラルド!なんでここに!」
「はあ!?ってお前こそなんでいんだよ!言っとくけどこいつはもう俺のだからな!」
「俺のって……まさか、捕まえたのか?」
「ああそうだよ、文句あっか!だけどこいつ、マスターボールに入れたってのになかなか言うこと聞きゃしね
え!」

 相も変わらず無茶苦茶な少年だが、それが今は何より頼もしかった。信頼を込めて、サファイアは言う。

「……わかった、しばらく抑えててくれ!その間にケリをつける!」
「わけわかんねーが、とりあえずもう俺のだから任せとけ!」

 その会話はジャックにも聞こえたらしく。彼は哄笑した。

「ははははは!!君たちって本当に面白いね!ゲンシカイキのみならず、メガシンカの頂点まで手中に収めよ
うとしちゃうなんてさ!!」
「それじゃあ、俺たちと一緒に生きてくれるか?」
「さっきもいったけど、それは出来ないよ。死ぬ前にとっても面白いものが見れた。それだけで生きていた甲
斐があったって今思えてるんだ。このまま……」
「駄目だ!俺はもっともっとお前を楽しませてやる――今度はシリアの番だ!」
「?彼はもういないけど……」
「皆で『怨み』だ!」

 サファイアのポケモン達が、一斉にグラードンの断崖の剣の技のエネルギーを削っていく。そういうことか
、とジャックは納得した。

「君はシリアの本気も受け継いだんだね……だけどグラードンの技は一つだけじゃない!噴煙!」

 グラードンが、地中のマグマを大地を割り噴出させる。それを影分身を使い、飛翔し、重力で捻じ曲げて、
噴煙を空を彩る花火のように変えて攻撃を躱していく。その景色を見るジャックはまるで儚くも、決して消える
こともない美しい人間の本質を見た気がした。

「もう一度みんなで怨みだ!」
「まだまだ、大地の力!」

 噴煙の技のエネルギーが切れ、今度は大地そのもののエネルギーを噴出させる。だがどんなに威力が高くて
も先ほどと同じように、花火の如く攻撃を分散させて、躱して、さらに――

「メガジュペッタ、出来るな!」
「――――!!」

 サファイアの相棒が元気よく笑う。その手に呪いを、怨みを。呪詛の纏わりついた螺子のような物体をその
手に握る。

「いけっ!全ての悲しみと孤独を断ち切れ!メガジュペッタ――影誇星彗えいこせいすい!」

 そしてそれを宙から、流れ星のように地面に放ち――大地を、グラードンの体を穿ち、全ての技のエネルギ
ーを刈り取る。丁度エメラルドもレックウザをボールに収めたようだ。

「本当に、ゲンシカイキの二体を止めちゃった……レックウザも、今や彼の手の中。か」

 ジャックは自分の予想すら超えた少年たちの活躍に喜び、地震の計画を潰されたことに怒り、また死ねなか
った己を哀しみ、そして何より、このバトルを楽しんでいた。

「あはは、また死ねなかったや。これでめでたしめでたし――と言いたいところだけど。最後に一つ我儘を言
ってもいいかな?」
「ここまで来たんだ。なんだって付き合うさ」
「ありがとう。――出ておいで、レジアイス、レジロック、レジスチル」

 三つのボールから、点字を象ったポケモン達が現れる。その中の一体はカイナシティで見たポケモンだ。

「こいつらとバトルすればいいのか?」
「半分正解。集めたたくさんのメガシンカのエネルギー……せっかくだから、使わせてもらうよ」

 ジャックが胸の前で手を合わせる。それが合図となったかのように、神秘的な水色、茶色、銀色の光が渦を
巻き。三体の姿が渦に引かれて溶けあう。


「永遠の氷山よ、歴史重ねし岩石よ、鍛え尽くした金属よ!点の力で一つとなりて、新たな姿と力を見せよ!



 ジャックの背後から現れるのは、トクサネシティの海底に足をつけてなおその上半身を見せる巨大すぎるヒ
トガタのポケモン。ジャックはそのポケモンをこう呼んだ。


「顕現せよ、森羅万象を表す無敵のヒトガタ――レジギガス!!」


 その姿に、さすがに驚くサファイアとエメラルド。

「さあ、この際だ。二人いっぺんにかかっておいで――最高のバトルを、楽しもう!」
「ああ!」
「なんだかしらねえが、やってやらあ!」

 サファイアが再び全てのポケモンを繰り出し、エメラルドも御三家とメタグロスを呼び出す。


「行くぞみんな!本当の勝負は――これからだ!!」


 そう。楽しいバトルは終わることはない。人とポケモンが生き続ける限り、ポケモンバトルを楽しみたいと
いう心がある限り、いつもいつでも上手くいくなんて保証はないけれど、それでもみんなポケモンバトルを楽し
み、笑顔になれるのだ。

 伝説のポケモンと戦い、また自らも人々に語り継がれ、語り継ぐ存在となった彼らは、のちにそう語るのだ
った。


  [No.1535] エピローグ〜幽雅に舞え! 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/03/18(Fri) 16:07:55   21clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

――一年後。ここはホウエンリーグ。整えた金髪に黒いタキシードのような礼装に身を包んだ青年と、白い帽子
を被り蒼色の瞳をした少年がが、一つのステージを挟んで対峙している。スポットライトが二人に当たり、実況
者の声が響いた。

「……これから始まりますのはチャンピオンのシリア・キルラVS挑戦者サファイア・クオールのダブルバトル
!挑戦者の少年がチャンピオンとなるか!?幽雅なチャンピオンがその座を守り抜くのか!?今、戦いの火ぶた
が切って落とされます!!」

「ではサファイア君、楽しいバトルを始めましょうか」
「ああ、お互い全力で行こう、シリア」

 黒いタキシードの青年――シリアが繰り出すのはジュペッタとサマヨール。蒼い瞳の少年――サファイアは
ジュペッタとヨノワールだ。ホウエンリーグの頂上決戦が今始まった。

「二人はお互いゴーストポケモン使いです。互いに効果抜群のバトルをどう戦うのか!」

 そんな実況者の声に答えるように、シリアは余裕の笑みを浮かべる。二人ジュペッタがけたけたと笑った。

「ジュペッタ、シャドークローです!」
「ジュペッタ、シャドークロー!」

 両者同じ技を使うが、若干サファイアの方が技の速度が速かった。シリアのジュペッタの体が引き裂かれた
かに見える。

「おおっと決まったー!!見事な一撃、チャンピオンのジュペッタ早くもダウンかぁー!?」 

 しかし。チャンピオンの笑みは崩れない。むしろぱちぱちと拍手をして相手を賞賛した。引き裂かれたはず
のジュペッタの体が影に滲む。そして本物のジュペッタが無傷で現れた。

「……下がれ、ジュペッタ!」
「ジュペッタ、シャドークロー!そしてサマヨール、重力!」

 サファイアが指示を出す。動き出そうとしたところを、サマヨールの重力が足を重くした。そしてその隙を
――シリアのジュペッタがシャドークローで一気に刈り取った。巨大な闇の爪が、悪夢のように一気にジュペッ
タを切り裂く。

 ほとんどの観客には、シリアのジュペッタが倒されたと思ったら次の瞬間にはサファイアのジュペッタが切
り裂かれたようにしか見えなかっただろう。

「これはどういうことだぁー!?チャンピオンのジュペッタ、一撃のもとに挑戦者のジュペッタを返り討ちだ
――!!」

 実況と観客のどよめきを聞き、チャンピオンは語りはじめる。謎を解き明かす名探偵のように。

「いやあ見事ですねえ、素晴らしい攻撃でした。僕のジュペッタをも超える速度でのシャドークロー……まと
もに受けていれば僕のジュペッタといえどひとたまりもないでしょう。――ですが、僕は一度目、シャドークロ
ーを命じてはいません。予めバトルの前に言っておいたんですよ。僕が何を言おうとまず影分身をするようにね


 そう、最初の言葉はフェイク。チャンピオンはバトルが始まる前からあらゆる状況を予測していた。その演
出に、観客はどっと沸き立った。

「後は簡単です。攻撃が決まったと思いこんだ君たちの急所はがら空き……僕のジュペッタにかかればそこを
狙い撃つことは容易というわけです。さあ、バトルを続けましょうか」
「さすがシリアだ。だけど俺のジュペッタはまだ倒れちゃいない!」
「ええ、ですがまだまだ始まったばかり。そうでしょう?」
「その通り、本当の勝負は――これからだ!」

 そのバトルを、客席に見ている二人の少年と一人の日傘を差した少女がいる。彼らはこう言った。

「ふふ、二人ともとっても楽しそうだね。僕まで楽しくなっちゃうよ」
「今まで観客を魅了させ続けてきた兄上と、それに憧れたサファイア君のバトルだもの。きっと、今世紀最大
のバトルになるさ」
「いいや、百年なんかじゃ測れないね。きっと千年ものさ」
「そうかもね――君はそうは思わないかい?」
 
 楽しげに話すジャックとルビーの隣で、翡翠の目をした少年がむすっとしている。エメラルドだ。

「けっ、俺様があの場に立ってりゃもっといいバトルができるぜ」
「やれやれ、なら挑戦すればよかっただろうに。君の実力ならホウエンリーグ出場は簡単なことだろう?」
「うるせえな、まだレックウザのコントロールが完璧じゃねえんだよ。俺自身が満足してない状態で、チャン
ピオンなんかなっても意味がねえ」

 そうかい、とジャックは嬉しそうに返事をした。エメラルドはちゃくちゃくと伝説の力をコントロールしつ
つある。

「それと、君は家族とはうまくいったのかい?」
「サファイア君のおかげでね――見違えたよ。といっても、腫物に触るような態度ではあるんだけど。まあ気
長にやるさ。後二年したらサファイア君も一緒に暮らしていいって言われたしね」
「おめでとう。結婚式には是非呼んでよね。楽しそうだから」
「……覚えてたら、そうするよ」

 二人の仲も相変わらずだった。今は結婚前の男女が一緒に暮らすのはさすがに、と止められたためそれぞれ
の家で暮らしているが、そう遠くない未来二人は一緒になるだろう。

「いけっメガヤミラミ、混沌螺旋!」
「ブルンゲル、自己再生!」

 そう話している間にも、バトルは続く。技の応酬、サファイアのオリジナル技に観客のボルテージは最高潮
さえ振り切っていた。

 そのバトルの続きは見ている人たちの心の中に。ただ一つ言えるのはそのバトルは優雅で幽玄で、見ている
もの全員を笑顔にする面白いものだったということだろう――