マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1489] 幽雅に舞え! 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/01/05(Tue) 18:18:17   43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ここはホウエンリーグ。整えた金髪に白いタキシードのような礼装に身を包んだ青年と、黒シャツの上方真っ赤なコートを羽織った逆巻く炎のような髪型の男が、一つのステージを挟んで対峙している。スポットライトが二人に当たり、実況者の声が響いた。

「……これから始まりますのはチャンピオンのシリア・キルラVS四天王のイグニス・ヴァンダーのダブルバトル!ホウエン四天王最強の男がチャンピオンとなるか!?幽雅なチャンピオンがその座を守り抜くのか!?今、戦いの火ぶたが切って落とされます!!」

「ではイグニスさん、楽しいバトルを始めましょうか」
「フン……御託は無用だ、行くぞチャンピオン」

 白いタキシードの青年――シリアが繰り出すのはジュペッタとサマヨール。紅いコートの男――イグニスはヘルガー二匹。ホウエンリーグの頂上決戦が今始まった。

「おっとこれはあからさまなチャンピオン対策!ゴーストタイプをメインとするチャンピオンはさすがに苦戦を強いられるか!」

 そんな実況者の声に答えるように、シリアは余裕の笑みを浮かべる。ジュペッタがそれに合わせてけたけたと笑った。

「ジュペッタ、シャドークローだ!」
「ヘルガー、不意打ち!」

 笑いながらヘルガーに迫るジュペッタの動きは幽霊のようにおどろおどろしく、舞のように優雅だ。だが。イグニスも四天王最強の男――二体同時に攻撃を命じる。二体は俊敏、かつ完全に訓練された獣の動きでジュペッタに迫り、二体で綺麗な十文字を描くようにジュペッタの体を引き裂いた。観衆がどよめく。

「おおっと見事に決まったー!!の見事な不意打ち、チャンピオンのジュペッタ早くもダウンかぁー!?」

 しかし。チャンピオンの笑みは崩れない。むしろぱちぱちと拍手をして相手を賞賛した。引き裂かれたはずのジュペッタの体が影に滲む。そして本物のジュペッタが無傷で現れた。

「く……二体とも下がれ!」
「ジュペッタ、シャドークロー!そしてサマヨール、重力!」

 イグニスが指示を出すが、完全に技が決まったと思いこんでいる2匹の動きは一瞬遅れる。それでも動き出そうとしたところを、サマヨールの重力が足を重くした。そしてその心の隙を――ジュペッタがシャドークローで一気に刈り取った。巨大な闇の爪が、悪夢のように一気に二匹を切り裂く。

 ほとんどの観客には、ジュペッタが倒されたと思ったら次の瞬間には挑戦者側の二体が沈んでいたようにしか見えなかっただろう。

「これはどういうことだぁー!?チャンピオンのジュペッタ、一撃のもとに苦手な悪タイプ二体を倒してしまったー!!」

 実況と観客のどよめきを聞き、チャンピオンは語りはじめる。謎を解き明かす名探偵のように。

「いやあ見事ですねえ、素晴らしい攻撃でした。二体同時の完璧に統制のとれた不意打ち……まともに受けていれば僕のジュペッタといえどひとたまりもないでしょう。――ですが、僕は一度目、シャドークローを命じてはいません。

予めバトルの前に言っておいたんですよ。悪タイプが出てきたら僕が何を言おうとまず影分身をするようにね」

 そう、最初の言葉はフェイク。チャンピオンは悪タイプが出てきた時点で――いや、バトルが始まる前からあらゆる状況を予測していた。その演出に、観客はどっと沸き立った。

「後は簡単です。攻撃が決まったと思いこんだ君たちの急所はがら空き……僕のジュペッタにかかればそこを狙い撃つことは容易というわけです。さあ、バトルを続けましょうか」
「ふん、絡繰か……なるほど、貴様に相応しい小技だな。だがまだ勝負は終焉を迎えてはいない」
「ええ、本当の勝負はここから――そうでしょう?」
「当然。……出でよ、ドンカラス、バルジーナ!」

 モンスターボールを宙に放り、そこから漆黒の翼を羽搏かせて二体の飛行・悪ポケモンが現れる。

「おっと、これはまた……悪タイプのポケモンの様です!イグニスさんは炎タイプのジムリーダーでもあり、飛行タイプ使いの四天王ということですが、今回は完全にチャンピオンを倒すための構成にしているということなのでしょうか!」

 極端な構成に観客がイグニスに対してブーイングを起こす。イグニスは何も答えないが、シリアはそれを片手を軽く上げて制した。観客席が静かになる。

「お集りの皆さん、そのような声はこのバトルに相応しくありませんね。どんなポケモンで挑まれようとも、僕にとっては何の問題もありません。むしろ喜ばしいじゃありませんか、それだけ本気で来てくれているということは……ね?」

 シリアがイグニスを見る。イグニスはふんと鼻を鳴らしただけだったが、シリアの余裕且つ優雅な態度を見せられては、それ以上のブーイングを起こすものはいなかった。

 そこからのバトルの続きがどうなったかは、これから出てくる彼に任せるとしよう――



※作品によって表示に時間がかかります


「……この番組は、御覧のスポンサーの提供でお送りしました」

番組が終わり、チャンピオンの姿が画面から消えてからようやくサファイアはテレビを切る。そして、興奮冷めやらぬ、といった調子で叫んだ。

「――――やっぱりチャンピオン…いや、シリアってすっげえ!!あのいきなりの相手の不意を付くシャドークロー!!サマヨールの確実に状態異常にするパンチ!

それに――最後もジュペッタのシャドークローでとどめを刺すなんて!!これで4年目の防衛だ!」

現ホウエン地方のチャンピオン、シリアはポケモンバトルに強さや見た目の美しさだけではなく、動きによる優雅さとスリルを持ちこんだ。不利な相手だからといってチェンジをせず、ゴーストポケモンの持つ惑わしの力と闇の力強さを併せたトリッキーかつ豪快な戦術で観客のカタルシスを掴む。本人の常に余裕の笑顔を絶やさない態度と合わせて、『幽雅』という言葉が生まれたほどである。

「なあ、お前もそう思うだろカゲボウズ!」

もう一度紹介しておくと、この元気でわんぱくともいえる性格の少年がサファイア・クオール。額にバンダナを巻いて地毛の茶髪をオールバックにしている。年は15歳。そしてその横でふわりふわりと漂っているのが、彼の相棒のカゲボウズだ。カゲボウズも主の喜ぶ感情に反応しているのだろう、特徴である角をピンと立てて周りをまわる。

「お前と出会えたのも、シリアのおかげだもんな……懐かしいな、おくりびやまで出会った時のこと」

カゲボウズも鳴き声で反応する。サファイアがカゲボウズと出会った理由は、何を隠そうゴースト使いのチャンピオンであるシリアに憧れたからだ。数年前に自分もゴーストタイプのポケモンを手に入れたいと親にねだり、おくりびやまに連れていってもらった時に出会ったのだ。その時初めてのバトルを乗り越えて以来、固い絆で結ばれている。……時々サファイアがカゲボウズに驚かされるが。

「じゃあ、これからよろしく頼むぜ……っと。んじゃ行くか!」

自分の机の傍にかけていたリュックを背負い自分の部屋から出る。そう、今日がサファイアにとっての旅立ちの日だ。本当なら15歳の誕生日とともに旅に出たかったが、近くに住む博士が珍しいポケモンを用意してくれるというのと、サファイア自身先ほどのチャンピオン戦をゆっくり見たい部分もあってしばらく我慢していたのだが、もう待つ必要はない。

早く旅に出たい。そして、憧れのチャンピオンのような強さと優雅さを持ったトレーナーになりたい。彼の戦いを今日見て、またその思いは強くなった。

母親との会話なら、既に済ませてある。辛いことがあったらいつでも帰ってきなさい、なんていう母親の言葉は笑い飛ばしたけど、本当は少し寂しかった。だから家を出る直前に、サファイアはこう呟く。


「大丈夫だよ母さん。俺は……亡霊ゴーストになんてならないから。必ず帰ってくる」


ここ小さな町、ミシロタウン。サファイアと博士の家は近い。10分とかからないくらいの距離だ。決意とともに踏み出したサファイアの足取りは――意外な形で急かされることになる。カゲボウズの角がまたピンと立ち……博士の家の方から、黒いエネルギーを吸収し始めたからだ。その意味を、サファイアはすぐに察する。

(こいつは負の感情をキャッチしてそれを吸収できる。それもこの色だとかなり強い。今博士の家から負の感情が出てるってことは……)

全力で走り出す。カゲボウズも事態はわかっているので何を言うまでもなくついてくる。負の感情を放っているのが誰なのかはわからない。博士なのか、別の誰かか。博士は温厚な人で怒ったところを見たことがないし、また一人暮らしでもあったからだ。カゲボウズの吸い取るエネルギーの量も相当で、ちょっとやそっとの揉め事とは思えない。博士がのっぴきならない事態になっていることは間違いなかった。

「博士!レイヴン博士……ッ!」

大急ぎで扉を開ける。すると目に入ったのは、服を焼けこげさせて倒れている博士の姿だった。駆け寄ってみると、博士は申し訳なさそうにサファイアに言う。

「済まないサファイア君。君に渡すはずだったポケモンが………………」

「今は喋らなくていいよ!くそっ、なんだってこんなこと……」

リュックの中から傷薬を取り出す。カゲボウズに負の感情を吸収させることで落ち着かせながら、サファイアはできる限りの治療を試みた。傷薬を塗り、母親に持たされた包帯を火傷になっている部分に巻き付ける。拙くとも真剣にやったおかげか。ひとまず博士はしっかり話せる程度にはなった。

「それで……何があったんだ?誰がこんなこと……」

サファイア自身ひとまず手当てを終えたからか、謎の襲撃者への怒りがこみあげてくる。だがその感情はすかさずカゲボウズに食べられた。自分のポケモンに窘められたようで、反省する。

「……ごめん、怒ってる場合じゃないよな。教えてくれ、博士」

「君より年下の、赤い髪に緑の目をした子だ……本当なら君とその子、そしてもう一人に一匹ずつ渡すはずだったのだが、それが気に入らないと……3匹とも寄越せと言ってきた。それは出来ないといったら……この有様だ」

「そっか……博士の気にすることじゃないよ。悪いのはそいつだ。そいつ、どんなポケモンを使ってたんだ?」

珍しいポケモンを分けてもらえるだけでもありがたいのにこんなふうに暴れるなんてとんでもない奴だ。怒りとは別にしても、見つけてやっつける必要があるとサファイアは思った。

「……コイルだ。取り戻すつもりなら気を付けてくれ。レベルはそう高くはなさそうだったが……技マシンで覚えさせたんだろう、10万ボルトを使ってきた……」

「技マシンってあれだろ。ポケモンに技を覚えさせられるけど、なかなか手に入らないってやつ……そんなの持ってるのに、随分欲張りな奴だな」

「ああ……珍しいものは何でも手に入れないと気が済まない、そんな子だったよ」

「わかった。そんな奴は俺がとっちめてやる!!それくらいできなきゃ、チャンピオンになんか届きっこないからな!!」

拳を上げて、博士に宣言する。それを見た博士は、今日会って初めて笑顔を浮かべた。

「……君は本当に元気でいい子だ。だけど、無理はしてはいけないぞ。

何も渡せなくて悪いが、君の旅がよいものになることを願っている」

博士が腕で十字を切り、サファイアに向かって祈る。それはなんだか気恥ずかしかったけど、博士はいつも真剣に祈っているから、サファイアも茶化さなかった。

「……それじゃあ行ってくるよ。博士。

博士も元気で――――」

研究所を後にする。博士の言う珍しいポケモンは手にできなかったけど、サファイアのたびに当面の目標が出来た。嬉しいことではないけれど、確かな目的を胸に――サファイアとカゲボウズの旅は、始まったのだ。


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