マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1492] よもすがら都塵に迷う 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2016/01/06(Wed) 20:57:26   27clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



よもすがら都塵に迷う 上



 フロストケイブほどには暗くも寒くもない。
 金緑の苔の光、それをかき消す赤いヒトカゲの尾の炎が、ひやりと湿った洞窟の中で熱くくすぶる。そのヒトカゲも主人の袴の膝の上で悠々と丸くなって、今や昼とも夜とも分かぬ時をまどろみの中で過ごしている。
 瞼を押し上げたレイアの視界に入るものといえば、エメラルド色に輝く苔と、赤々と輝くヒトカゲの体躯、あとは薄闇ばかり。黴臭く暗く寒くじめじめした洞窟に籠り出してからいかばかりの時が立ったか、レイアには知る由もない。
 水や食料の兼ね合いがあるから、いつまでもこの輝きの洞窟にいようとは思わない。道を失ったわけでもない――レイアの手持ちのヘルガーににおいを辿らせれば、洞窟の入り口まで戻るのも容易なことだ。
 しかし自分で出ていく決心がつかない。

 ヒトカゲの背を撫でていると、ヒトカゲが身じろぎ温かい欠伸をする。深い藍色の瞳でレイアを見つめた。今日もここにいるのかとでも問いたげな眼差し。
 レイアはヒトカゲを見つめたまま頭を傾けた。
「……そりゃ、だせぇとは思うがよ」
「かげぇ?」
「……お前らも悪いな、こんな辛気臭い場所に押し込めて」
「かげかげ」
「あーでも、出ていくのめんどくせ……」
 レイアは生あくびをし、湿った岩壁に背を預けた。耳元でピアスがちりちりと鳴るのがやけに耳についた。ヒトカゲも再びぽてりとレイアの膝の上に転がる。
 コロモリの羽ばたき、イワークの這いずりまわる地の震え、カラカラの泣き声、サイホーンの岩を砕く響き。すべて聞き飽きた。穴抜けの紐の届かないほど洞窟の奥深くまで潜ったおかげで、観光客の足は届かない。修業中のトレーナーもレイアの潜む枝穴を見つけることすらできなかった。
 絶好の隠れ家だった。風雨はしのげる、野生のポケモンも多くはない、出ようと思えばいつでも出られる。
 しかし洞窟の入り口付近まで戻れば、化石目当てに訪れる研究者、化石マニアがのさばっている。洞窟外の9番道路に一歩出れば、山男だのポケモンレンジャーだのがうろついている。レイアは他人を憎んだ。夜を狙えば人目は避けられるが、洞窟に籠り出してもはや時間の感覚はない。
 それは確かにレイアの誤算だったけれど、それだけでもなかった。レイアのヒトカゲの尾の炎は夜闇の中で、逆に遠くからも目立つのである。その一方ではこの他者を信じられないとい心理的状況、暗く寒いという物理的状況下で、相棒のヒトカゲまでもをモンスターボールに戻すことはレイアにはとてもできなかった。
 つまり多重の意味で、レイアは八方塞がりに陥っているのである。
 だからただただ、サクヤの迎えを待った。
 既にサクヤからはニャオニクスのテレパシーによる連絡があった。
――おいレイア、今どこで何してる。
「輝きの洞窟でだべってる」
――迎えに行ってやる。僕に感謝しろ。
「くそうぜぇな有難う」
 そうしたサクヤとの短いやりとりがあったのが、どれほど前か。
 レイアにはひどく、ひどく前のことのように思われる。薄暗い変わり映えしない洞窟に籠っているおかげで、レイアにとっての長時間がどれほどの短さを持つのかは見当がつかないけれど。
 サクヤは今に来るだろうか。青い領巾を揺らして、ゼニガメを抱えて。涼しげな眼差しで、惨めに縮こまっているレイアを見下ろして笑うだろうか。


 レイアはヒトカゲを抱え込むようにして、膝を抱えた。ヒトカゲの体は常にぽかぽかと暖かく、小さい爪で襟元に縋りついてくるのが愛しくて、この小さな相棒だけがレイアの唯一の癒しだった。そのヒトカゲもさすがに湿った洞窟の空気には辟易しているようではあったが。
 手持ちのポケモンたちにも、随分とレイアの我儘を押し付けている。ヒトカゲ以外の手持ちは洞窟に籠り出して以来ボールからも出さず、ボールの保存効果をあてにして何日も食事も水すらも与えていない。それでもヘルガーもガメノデスもマグマッグもエーフィもニンフィアも文句ひとつ言わず、眠ったように、飾りのようにおとなしくしているのだった。それがレイアの躾の賜物でなくポケモンたち自身の思いやりによるものであることは、レイアにもよく分かっていた。五体の気遣いが痛ましかった。
 とはいえやはりレイアは自力で外界に出る気にはなれなかった。
 洞窟の外の世界にはルシェドウやロフェッカがいる。
 現在彼ら二人との関係は良くはないが、レイアにはそのような事はどうでもよかった。
 どうやらルシェドウはレイアたち四つ子を放置して、ただひたすらに榴火のことを追いかけている。また、その同僚であるロフェッカはレイアたち四つ子を、まるでポケモンか何かのように捕獲しようとしている。そうした二人の振る舞いはとても友人に対するそれとは呼べず、だからレイアは二人を見限ったのだった。
 二人はユディ以外にできた、レイアの初めての友達だった。その友人関係の終焉は呆気ないものだったが、レイアはそこにさほどの執着を覚えなかった。ルシェドウやロフェッカより、キョウキやセッカやサクヤの方がよほど大事だからだ。
 片割れたちのことを思えば、胸が痛む。
 レイアは三人の片割れを守らなければならない立場にあった。四つ子はこれまでずっと助け合って生きてきたから、レイアが困ったときは他の三人に助けを求めればよいのはもちろんなのだが、それと同様にレイアも三人を助けなければならない。なのにレイアは、ロフェッカが起こしたことを三人に警告するでもなく遁走し、サクヤによる救助を女々しく待っている。情けないことこの上ない。

 軽い足音が聞こえてきた。
 二本足。ワンリキーやカラカラやクチートよりは重く、ガルーラよりは軽い――人間の足音だ。
 レイアは膝を崩し、ヒトカゲの背に触れながら顔を上げた。足音は真っ直ぐ、レイアの潜む穴倉に向かってきている。
 サクヤか、と思ってすぐに、違うと直感した。
 違和感が確信に変わる前に、当の人物がレイアとヒトカゲの前に姿を現した。


 鉄紺色の髪が、ヒトカゲの尾の炎に赤々と照らされる。それは身をかがめて現れた。レイアもさほど驚きはしなかった。ただかつての友人の一人が現れただけのこと。
「あ。レイアだ」
 黒いコートに身を包んだルシェドウはヒトカゲの赤熱の炎に目を細め、レイアから枝穴の出口を塞ぐように身をかがめた。にっと笑い、軽い調子で片手を持ち上げる。
「よっ」
 レイアも緩くヒトカゲを抱いたまま、小さく息を吐く。
「……おう」
「何してんのレイア、こんなところで?」
「……てめぇこそ」
 レイアの前に座り込んだルシェドウは両手を伸ばしてのうのうとヒトカゲの炎にあたりながら、くすりと笑った。
「レイアを捜してたんだよ」
「あ?」
 レイアが眉を顰める。
 ルシェドウに会ったのはレンリタウン以来だった。四つ子と決別し、榴火を更生させることだけに集中する――それがルシェドウのポケモン協会から与えられた任務だったはずである。
「……おいてめぇ、榴火はどうしたよ?」
「うん?」
 ルシェドウはのんびりと笑っていた。とぼけているというより、半ば呆けているようにレイアには見えた。それが普段のルシェドウらしからぬ様相であることに気付き、そら恐ろしい思いに襲われる。
 ルシェドウはレイアの友人だが、ポケモン協会の職員でもある。そしてレイアは現在、もう一人のポケモン協会に勤める友人に追われる身でもあった。
 ルシェドウの呆けたような様子は不可解だったが、とりもなおさずレイアは警戒心も露わに、さらに眉間に皺を寄せた。
「……なんで、俺を捜してたんだ?」
「ロフェッカが困ってたから。まあ、個人的にお前に会いたいなってのもあったし」
「……お前は榴火をどうにかしないといけねぇんじゃ……なかったのか?」
「ま、そうなんだけどね。ちっと休憩」
 ルシェドウは和やかに笑うと、ごそごそと荷物の中から乾パンの小さい缶を取り出して、レイアに丸ごと差し出した。
「ほい、差し入れ」
「…………いや…………どうも」
「痩せたねーレイア。ロフェッカにいじめられたんだって? ショック受けちゃって、かわいそうになー。よしよーし」
 さらにルシェドウの手が伸びてきて、レイアの黒髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
 レイアは半ば呆然としつつも、しかし空腹には勝てずに缶を開け、乾パンをヒトカゲと分け合いつつ貪り食らった。それをルシェドウはいかにも微笑ましげに見つめている。
「ヒトカゲちゃんがいてよかったね。……つーかレイア、おま、ちょ、くさい」
「……うっせ」
「このニオイ……一週間ぐらいだな?」
「――嗅ぐな! つーか、なんで分かるんだよ!」
 レイアが怒鳴ると、ルシェドウはくつくつと笑う。レイアの体臭など気にしない様子で馴れ馴れしく腕を肩に回してきた。
「ほらほらレイア、お外に出といで。一緒にコウジンタウンに戻ろう。ホテル・コウジンに部屋とってんの。おねーさんが洗ったげる!」
 レイアは気まずげに、自分の首周りからルシェドウの腕を外した。
「……こないだおっさんにホテル連れ込まれて酷い目に遭ったんで、もういいわ」
「えっ嘘まさかレイア! ロフェッカみたいなおっさんがタイプだったの!? ルシェドウさん超ショックなんだけど! ロフェッカに負けたとか悔しすぎるんだけど!」
「――黙れよ! 変な妄想すんなよ! そーゆーのは何もねぇよ!」
「せっかく美女がホテルに誘ってるのに。レイアって、セッカと違って純情だよな?」
 その一言にレイアはぎょっとし、まじまじとルシェドウを見つめた。
「…………セッカって……お前……まさか」
「セッカって何者なわけ? 超手練れじゃね?」
 くすくすと笑っているルシェドウを前に、とうとうレイアは頭を抱えてしまった。


「…………――っ……――…………ッ!!?」
「だいじょぶ?」
 レイアは震えながら、陽気に笑っているルシェドウを恐る恐る見やり、怖々尋ねた。
「……お、おおおおおおおままままままさかセ、セッk――」
「あ、その子音までで止めるとかなり紛らわしいよな、セッカって」
「黙れ!」
 レイアはヒトカゲを強く強く抱きしめ、歯を剥き出してルシェドウを威嚇していた。ルシェドウがなんでもない顔をして自分の目の前にいるその神経を疑い、むしろ心から憎んだ。
「畜生、てめぇがそんな奴だったとはな!」
「どしたん、レイア。ショック受けちゃった? なーなー、片割れ的にはどんな気持ち?」
「――どうとも思わねぇよ!」
 レイアは全力で怒鳴った。
「なんともない! 俺が口挟めることじゃなくね!? あいつやてめぇの自由だろ! そりゃ、なんでそんな事になったかは気になるけども!」
「あ、片割れの恋愛事情は気になるんだ?」
「相手が相手だからだわ!」
 レイアは両手で頭を抱えたまま体をのけぞらせた。
「なあもうこの話やめねぇ? セッカが何しようが関係なくね?」
「や、俺はセッカが心配なのさ。ああいう事しないと生きてけないほど、四つ子ちゃんも追い詰められてんだなーと思って」
「追い詰めたのはどこの誰だ!」
「ポケモン協会ですね、わかります」
 ルシェドウの指が伸び、缶の中から乾パンを一つかっさらっていく。

 二人と一体はしばらく、ぼりぼりと乾パンを咀嚼していた。
 妙に和やかな雰囲気になっているが、レイアにとっては不可解この上ない。ルシェドウが今ここにいることについて疑問しかない。しかしもともと口数の多い方ではないので、ルシェドウが口を開くのを待っていた。
 果たして、ルシェドウは再び陽気に口を開いた。
「で、セッカに榴火のことは任せろって言われちゃったんだよね」
「……待て、文脈が分からん」
「セッカってかっこいいよね。普段はお馬鹿なくせに、いざとなったら俺様っていうか女王様っていうか、あれギャップ超やばい。あんなに強く迫られたら拒めないっつーか、覚醒するわ」
「――その話はもういい! なんでてめぇがここに来たかだけ話せ!」
 何度目かの怒声を上げる。
 ルシェドウはへらへらと笑った。
「まあご存知の通り、ルシェドウさんは榴火を何とかすべく情報を集めつつ、榴火本人を捜してたんですよ。でも考えても考えても、榴火をどうにかできる気はせんし、そもそも榴火に会えんしよ。そんな時にヒヨクシティでセッカに会ったわけだ」
「…………はあ」
「そんな迷える俺に、セッカはかっこよく、榴火のことは任せろと、そう言ったわけですよ」
「…………あっそ」
「というわけで無性にレイアに会いたくなった」
「――意味不明!!」
 レイアは懲りずに怒鳴る。その腕の中でヒトカゲが機嫌よくきゅっきゅと鳴いている。
「なんで? ねえなんで!? お前つまり、セッカに惚れたわけ? だから俺に会いに来たとか、そういう系!?」
「いや、違うなー。俺は疲れたの。榴火のことを忘れたくなって、セッカに優しくしてもらって……そしたら自然と、レイアのことが頭に浮かんだのさ」
 ルシェドウはしみじみと語っている。
 レイアはやたらに緊張しつつ、先を促した。
「……で?」
「榴火とは何年も前から交流があったけど、考えてみたら榴火には俺の仕事とか手伝わせたりしてねぇなーって思って。いろいろ仕事を助けてくれたのって、ほとんどレイアだったなーって」
「……論旨が不明瞭……」
「榴火とは仕事上でのお付き合いだった。それに比べてレイアとは、信頼で結ばれた、純粋な友情があったなー、と思った」
「……その友人と同じ顔した奴と恋愛関係になった点については?」
「反省してますん」
「――どっちだ!」
 ルシェドウは朗らかに笑ってレイアの肩を叩く。
「ショウヨウではロフェッカが、ごめんな。榴火のせいで面倒な思いさせてごめん」
「……じゃあ、てめぇは俺ら四つ子を見逃すってのか?」
「それとこれとは話が別なんだなー」
 レイアは顔を顰める。
「だったら何をしに来たんだ。てめぇは榴火のことを忘れて、“友達”の俺に会って、何がしてぇんだよ」
「相談に乗ってよ、レイア」
 ヒトカゲの尻尾の赤い炎に照らされる中、ルシェドウはにっこりと笑んでいる。


「ずっと榴火を捜してるんだけどさ、なんかバレるのかなぁ、避けられてるのか知んないけど、全然会えないんだよね、榴火に」
「……あっそう」
「協会のお偉いさんにはどつかれるし、あと一週間以内に成果出さないとたぶん給料減らされる」
「……ドンマイ」
「だからこないだ、ロフェッカに泣きついてみたんだよ。そしたら喧嘩になった……」
 ルシェドウは薄笑いを浮かべながらも、どこか遠くを見つめている風である。ヒトカゲの尾の炎に赤く照らされたその顔を、レイアは上目遣いに眺めていた。
「榴火のことがどうにもできないなら、せめて俺は榴火の邪魔にならないようお前ら四つ子を捕まえるべきじゃないのか。――そういう事をロフェッカに個人的に相談したら、すげー怒られた」
「……おう……ドンマイ」
「責任感が足りないってさ。榴火のことを本気で考えてんのか、って。なーんか、レンリでも四つ子ちゃんに同じよーなこと言われたなーって思ったね」
「……そうだっけか」
「ロフェッカにあんなに怒られたのは初めてだったな……。へこんだ。ここだけの話、マジで泣いた。そんでレイアに会いたいなーって思って、ロフェッカからレイアのいそうなクサいとこ聞き出して、んでロフェッカの許可も無しに勝手に輝きの洞窟に乗り込んだわけ。オンバーンの超音波で探ったらすごく奥に誰かいるから、こりゃ当たりだって思って」
 そうしてルシェドウはここにいる。
 レイアは何気なく顔を上げて、しかし友人と視線が合ったのですぐヒトカゲに視線を落とした。ヒトカゲはレイアの膝の上でのんびりと自分の尾を前足で抱え、舌で舐めて身づくろいをしている。
 そこでルシェドウが言葉を切ってしまったので、レイアは適当に口を開いた。
「……で、てめぇは俺と会って、どうすんの?」
「幻滅してる」
「はあ!?」
 ヒトカゲがびくりとした。
 ルシェドウはレイアのしかめっ面を面白がるように朗らかに笑っている。レイアは怒鳴った。
「――んだよそりゃ! 勝手に会いに来て勝手に幻滅とか、無礼にも程があんだろ!」
「いやぁ、ごめんて。ただ、レイアに会ってみて、分かったんだよ。俺が会いたかったのはレイアじゃなくて、セッカだったんだなぁって」
 レイアは岩壁に頭を打ち付けた。


「…………てめぇ…………セッカはやらねぇぞ…………」
「えー」
「…………やるもんか…………いや、違うな…………セッカだけはやめとけ、後悔するぞ…………」
「セッカの武勇伝なら本人から聞いたよ。なんでも、五歳の時に小児趣味の強姦魔に誘拐されておきながら、その犯人とそのままセのつくお友達になっちゃったとか。あと愛人宅を転々としたおかげでポケセン利用履歴が三年空いて、警察沙汰になったこともあるらしいな?」
 レイアは壊れたように岩壁に頭を何度も何度も打ち付けた。――武勇伝どころか黒歴史だが史実だ。セッカのおかげで四つ子がどれほど家族会議でウズに泣かされたか、とても数えきれない。セッカは究極の馬鹿なのだ。
 レイアが抱える説明しようもない気持ち悪さも知らぬかのように、ルシェドウはしみじみとセッカを懐かしがる。
「セッカはかっこいいよね」
「……キモ……キモい。キモい。てめぇも変態か……」
「レイアはセッカのこと、嫌いか?」
「嫌いじゃねぇよ好きだよ! 俺やキョウキやサクヤにできねぇことを平然とやってのけるセッカに痺れて憧れて惚れるレベルだよ!」
 断言するレイアに、ルシェドウはぷすぷすと笑いをこらえきれない。
「く、くくく……四つ子おもしれー……。……セッカはすっごく寂しいけど、かなり豊かだよね」
「……意味不明だぞお前……」
「つまりね、ルシェドウさんは必死こいて榴火やロフェッカにラブコール送ってたわけよ。でも榴火には無視される、ロフェッカには手酷くやられる。……寂しいよね。だからセッカに会いたかった。でも恥ずかしいから見栄張って、セッカじゃなくて友達のレイアに会いたいんだって、自分の気持ちをごまかした」
「――俺はただの当て馬じゃねぇか!」
 レイアは両手で顔を覆って喚いた。これほど切ないことがあるだろうか。
 恨みがましく顔を上げ、ルシェドウを睨み上げる。
「……いいこと教えてやるよ。セッカはてめぇのこと、ただの道具としか思ってねぇから」
「ふうん。やっぱ片割れには分かるんだ?」
 茶化すような口調に、レイアは表情をまじめに改めた。恐ろしい予感に内心では慄きながら。
「……あいつ、ある意味キョウキより、まともじゃない。だからルシェドウ、セッカのことは忘れろ。……友人としての助言だ。遊びじゃなしにあいつに関わるのは、絶対に駄目だ。……殺されるぞ」
「やっぱ、お前ら四つ子と榴火は似てるね。ほんと大好き」
 ルシェドウは寂しげに微笑んで、そう囁いた。そのまま項垂れる。
 レイアは表情を強張らせたまま、自分たち四つ子の最終兵器に敗北した友人の鉄紺色の髪を見つめていた。

 セッカは、自分たち四つ子の敵であるルシェドウを潰す気だったのだ。
 ルシェドウの弱さ甘さに付け込んで、容赦なく叩きのめすつもりだ。ルシェドウの精神を徹底的に破壊して、仕事ができない状況にするつもりなのだろう。どのような手を使ってかルシェドウをここまで己に依存させて、ロフェッカにも厳しく注意されるほどにまで憔悴させて。
 セッカは何かを成そうとしてこのような事をしたはずだった。しかしあの道化の片割れの考えていることは、レイアにはとても分かりそうになかった。
――すべてをセッカ任せにしていていいのか?
 疑問がレイアの頭をかすめる。一人で旅をしていた間、浮かんでは必死に隠してきた根源的な問いが、今また染みのように呪いのように立ち現れる。
 ポケモン協会は敵だ。現在、ルシェドウは四つ子の敵だった。けれどルシェドウはレイアの友人でもあるのだ。セッカは敵を攻撃したが、それは即ちレイアの友人を傷つけたということでもある。
 ルシェドウを敵とみなすことに、当初レイアは特に抵抗を覚えなかった。それは欺瞞だったのではないか、何も分かっていなかったのではないか。ようやくそう思い至る。
 ルシェドウを敵にするなら、セッカが敵を排除するだろうことは容易に想像がついたのに。
 レイアの友人は、疲れ果てていた。もはや見る影もなかった。
 切なくなって、レイアは視線を逸らす。

 ルシェドウは顔を上げる。その諦めたような眼差しに気付き、レイアは心なしかぎくりとした。
「……な、何」
「俺の負けだ、レイア。俺は榴火からも、お前ら四つ子からさえも、信頼を勝ち得ることはできなかった。――モチヅキさんが羨ましいよ」
「……は? え、も、モチヅキ……が……何?」
 その問いに対する答えはなかった。ただレイアは急にルシェドウに真正面から抱きしめられた。ヒトカゲが小さく悲鳴を上げ、レイアは息が詰まる。
「……な、なに、なになになに?」
「大好きだよ、四つ子ちゃん。本当に愛してる。可愛さ余って憎さ百倍、か、ウズさんの気持ちも分かるかも。……でも好き。好きだよ。ウズさんもお前らのこと大好きだと思うよ、だからウズさんのこと許してあげてな……」
「…………ルシェドウ?」
 レイアは友人の名を呼んだ。
 そっとレイアから身を離したレイアのかつての友人は、ゆらりと立ち上がる。無造作に鉄紺の髪をかき上げた。
 見下ろす双眸は、刃のように青鈍色に凍てついていた。
「カロス地方の全ポケモントレーナーを統括するポケモン協会カロス支部の命令です。すべての手持ちのポケモンをモンスターボールに収納した上でボールをロックし、職員に同行してください。なお、職員の指示に従わない場合、職員は当該トレーナーに対し目的を達成するために必要な範囲でのみポケモンの力を行使する権限を有します」
 レイアはかつての友人を哀れに思った。


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