マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1495] よもすがら都塵に惑う 下 投稿者:浮線綾   投稿日:2016/01/06(Wed) 21:02:52   28clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



よもすがら都塵に惑う 下



 それきり地震は鎮まった。
 レイアもルシェドウも呆気にとられていた。エイジが跡形もなく消えた。
 ぶすぶすと熱がくすぶり、そこに残されたのはエイジのゲッコウガだけだった。表情の読めないゲッコウガは暫く主のいたところを眺めていたが、ちらりとレイアを見やると、風のように姿をかき消した。
 あとに残されたのは、メガヘルガーを伴いヒトカゲを抱えたレイアと、オンバーンの背に乗ったルシェドウだけ。
 メガシンカが解け、ヘルガーは戸惑うようにレイアの腕に鼻先を寄せた。レイアは呆然と立ち尽くしている。

 そこにルシェドウのぼんやりとした声が降ってきた。
「あ――……レイアが殺した――……」
「……は?」
 ぎょっとして上空を振り仰ぐと、オンバーンがゆっくりと焼け焦げた山林の空き地に降り立った。その背から降りたルシェドウは、無感動に焦げ跡を見つめていた。
「……オンバーンが、エイジさんが消えたってさ。えげつねーなー、メガヘルガーの炎で骨すら残らないとか……」
「は? ――え、は? え? え? え? ――え?」
 レイアは片手で頭を抱える。
 ぐらりと眩暈がした。山の斜面に足を取られ、ふらつく。
 林を散々燃やしたせいで辺りには煙が充満し、目も鼻も頭も痛い。熱い。
 三人分の足音が山の斜面を駆け上がってきて、レイアとルシェドウはのろのろと陽炎のようにそちらを振り返った。サクヤ、ユディ、ロフェッカ。
 ゼニガメを抱えたサクヤが一目散にレイアの傍に走り寄ってきて、片手でレイアの肩を掴む。
「レイア!」
「……サクヤ」
「おい、大丈夫か――」
 その切羽詰まった片割れの問いかけに答える余裕もなく、レイアは眩暈に負けて気を失った。
 山の向こうから登る太陽の光が、最後に視界に尾を引いた。




 かつての友人たちが言い合いをする声で、レイアの意識は浮上した。
 レイアが目を覚ましたのは、サクヤの腕の中だった。嗅ぎ慣れた、自分と同じ懐かしいにおい。サクヤに緊張した様子で抱きすくめられているのが、目を閉じてもレイアには分かった。
 もう一度ゆっくりと瞼を開いて、どうやらそこは清潔なホテルであることを認識する。ショウヨウシティでレイアが押し込められたものより一室は広々として、サクヤはベッドに腰かけ、横たわるレイアの上体を後ろから抱え込むようにしているのだった。
 同じ部屋の向かい合う椅子にルシェドウとロフェッカが座っており、何やら口論になっている。サクヤはレイアを抱きしめたまま、じっとそれに耳を傾けている。そして鏡台の前の椅子には、こちらもおとなしくユディが腰かけている。
 室内には五人。

 相棒が目覚めたことに気付いたヒトカゲが、思い切りレイアの胸に飛びついてきた。それまでヒトカゲに構っていたらしいゼニガメも笑ってレイアの腹に突撃する。
 ヒトカゲとゼニガメはかげかげぜにぜにと喧しく、それにサクヤが身じろぎし、ルシェドウとロフェッカも口論を中断させて振り返った。ユディが微笑してひらひらと手を振ってくる。
 サクヤがレイアの顔を覗き込む。
「……起きたか、レイア。僕が分かるか」
 レイアは片割れ、幼馴染、二人の友人を見回し、そしてサクヤに視線を戻した。
「サクヤ……どこここ」
「ホテル・コウジンだ」
「……ふうん」
 レイアは輝きの洞窟近くの山から救助されて、そこから最も近いコウジンタウンに運ばれたらしい。病院に運ばれるなどして大ごとにならなかったのは幸いだったとレイアは思った。レイアの体を抱きしめるサクヤの腕が痛かった。
 ユディが椅子から立ち上がり、レイアの傍まで歩み寄ってくる。
「具合はどうだ、レイア?」
「……ちょっと頭痛い」
「そうか。水とか飲むか」
 飲み物を用意するユディをレイアはぼんやりと見つめ、次いで窓際の二人の友人を見やった。ルシェドウとロフェッカは窓の外の曇天の白い光で逆光となり、表情が見て取れなかった。
 大柄なロフェッカが苦笑するような、それでいて低く穏やかな声を発する。
「よう」
「……あー」
「ショウヨウじゃ悪かったな。あと、ルシェドウが色々と勝手して、すまんかった」
 レイアはのろのろとベッドの上でサクヤの膝から身を起こし、ユディからコップを受け取って水を飲んだ。勢いよく飲み干し、一気に喉を潤す。
 ベッドの上では何やらゼニガメが感動にむせび泣く真似をし、ヒトカゲにジト目で呆れられていた。


 レイアは、右隣りに澄まして座っている片割れに目をやる。サクヤは軽く片眉を上げた。
「…………なに」
「いや、久しぶりだなと思って」
「シャラ以来だな」
「……あいつらは?」
「キョウキにはコボクで会った。キョウキはミアレまでセッカを捕まえに行っている」
「へえ。会えんの?」
「この協会の者たちが僕らをミアレに送る、という約束になっている」
 サクヤは始終眉を顰めていた。レイアはにやりと笑って肩をぶつける。
「なに? 照れてんの?」
「誰が」
「お前がだよ。俺のこと心配したかよ?」
「現在進行形で肝を潰している」
「サクヤがデレた!」
「笑い事じゃない」
 レイアが揶揄しても、サクヤからはいつものようには拳が飛んでこなかった。
 サクヤは自分の膝によじ登ってきたゼニガメの甲羅をそっと指先で撫ぜる。
「あのエイジとかいう男が、死んだ」
 レイアは特に反応を示さなかった。
 ユディも、窓際のルシェドウとロフェッカも口を閉ざしている。
 サクヤは溜息をついた。
「メガシンカしたインフェルノの炎で焼け死んだそうだな」
「……あ、あー…………――マジで?」
「現場を見たのはお前と、そこのルシェドウとかいう協会職員だけだ。で、ポケモン協会は今回の事件をどう扱うかで揉めそうだ」
「……へー」
「言っておくが、お前があの男を殺したということになったら、すべて終わりだからな」
「……エイジのやつ、マジで死んだの? ほんとに?」
「警察が調べれば、はっきりするんじゃないか。警察を呼べばの話だが」
 サクヤの声音は淡々としていて、レイアの頭もぼんやりとしていて、まったく現実感がなかった。
 部屋に数瞬、沈黙が下りる。
 ユディが首を傾げた。
「……レイアには、エイジさんを殺そうという故意はなかった。せいぜい過失致死だろう。まあ刑罰を科されることに変わりはないか」
「あのなぁユディ……ありゃ事故だろ。エイジのハガネールの地震のせいで、俺のインフェルノがバランス崩したの」
「自殺幇助?」
 ユディが発した小難しい単語に、レイアは途端に思考を放棄した。
「……事故じゃん。俺が殺したとか、ありえねぇ」
「レイア、人が死んでいるんだ。トキサさんの時より事態は深刻なんだぞ」
 諌めるようなユディの口調に、レイアは頭を抱える。
「……なんで? めんどくさい。ほんとなんで? エイジのやったことだ、フレア団の陰謀に決まってるだろ」
「でも事実は事実だし、法は法だ。真実を明らかにすべく警察は事実を調べないといけないし、場合によると刑事裁判になる」
「……なんで?」
 レイアはルシェドウとロフェッカに視線をやった。
 目が慣れてきたせいで、二人の表情が窺いやすくなった。ルシェドウはどこかぼんやりしているし、ロフェッカはやたら焦っているようだった。
 ロフェッカが慌てたようにレイアに笑いかける。
「あ、大丈夫だって、な、レイア。なんてったって相手はフレア団だし、こんなもん事故だし。警察だって逮捕もしねぇよ」
「でも、レイアのヘルガーが殺したんだよ」
 ルシェドウがぼそりと口を挟んだ。

 警察がレイアを殺人の容疑で逮捕するか――といったことの決定権は、実質的にすべてポケモン協会にある。ポケモン協会は司法においても絶大的な権力を持っているのだ。
 そのポケモン協会の態度が、どうも不可解だった。
 レイアやサクヤやユディが見るに、どうもロフェッカはレイアを助ける――レイアが警察の取り調べを受けたり裁判を起こされたりしないようにする――ことに積極的であるらしい。しかし一方では、エイジの死亡の現場を目撃したルシェドウが、レイアが殺したのだと先ほどからぶつぶつ言い張っているという始末。
 レイアもサクヤも、混乱していた。
 ロフェッカもルシェドウも、まだ警察やポケモン協会にエイジの死のことを伝えていないようだった。だから協会が本件に関してどのような態度をとるかは全く不明である。むしろエイジの死の痕跡がメガヘルガーの炎によって一切消し去られてしまった今、もしこの場にいる五名全員が沈黙を守れば、エイジが死んだという事実すら葬り去られかねない。
 何が正しいのか。
 レイアやサクヤは、エイジが死んだということ自体が信じられなかった。骨すら蒸発して、警察にも果たしてエイジの死を証明できるものか疑いすらした。けれどルシェドウは、レイアがエイジを殺したの一点張りである。
 ロフェッカが溜息を吐く。
「……ほんと、ルシェドウがおかしくなっちまったんだけど。こいつ大丈夫かね。精神科に連れてった方がいいかもしらん。こいつ最近過労気味だし、どうもまともに喋れてる気ぃしねぇんだよな」
「まともだって言ってるじゃん。ほんと失礼だな、ロフェッカ。俺は見たの、レイアがヘルガーに命令してエイジさんを焼き払ったとこ」
 ルシェドウが文句を言う。
 レイアが反論した。
「インフェルノは、あの野郎のハガネールが起こした地震で、バランスを崩したんだ」
「そうかなぁ。俺にはまっすぐエイジさんを狙ってたようにしか見えなかったな」
「そりゃてめぇの目がおかしいんだろ!」
「おかしくない。確かに見た」
 ルシェドウは淡々とそう言い張っている。
 なぜルシェドウがそう頑なにレイアを陥れようとしているのか、サクヤやユディやロフェッカには訳が分からなかった。ルシェドウやレイア自身にもよくは分かっていない。ただ分かるのは、今回の件がこじれれば、レイアが殺人を犯したことになるということだった。殺人は、重傷を負わせるのとは次元の違う、重大な犯罪だった。


 ロフェッカが溜息を吐いてルシェドウを押しとどめ、とうとう椅子から立ち上がる。そしてレイアとサクヤ、ユディの若者三人を見下ろして、はっきりと言い放った。
「今回のことは、様子を見て、ポケモン協会の上のもんに報告する。しばらく警察にも黙っておく」
「……何それ、ロフェッカ」
 ルシェドウがぶつくさいうのも、ロフェッカは無視した。
「協会が四つ子をどう評価するか、まだ分かんねぇからな。俺としちゃレイアを助けてぇ」
「だから、それって悪いことでしょ。正々堂々と警察に調べさせて、公正な裁判に判断を任せるべきじゃねーの?」
 ルシェドウは懲りずにロフェッカに反論する。どうも先ほどからこのような調子で、ポケモン協会の二人は口論しているようなのだった。ロフェッカはもう飽きたとでもいうように首を振った。
「言わせてもらうが、今のこの国の裁判は公正とは言えねぇ。ポケモン協会が白といえば白、黒といえば黒だ。だから裁判にはできん」
「ロフェッカが白って言えばレイアは白なわけ? それが公正な判断ってやつなの? ロフェッカはエイジさんが死んだとこ見てないくせに、よくそんなことが言えるよな?」
「俺からすりゃあな、ルシェドウ、てめぇの言い分が偏ってんだよ! レイアが人殺しするようなタマかよ? マジでそう思ってんのかよ? なんでダチを信じねぇんだ!」
「信じる信じないの問題じゃなくない? 殺人だ、犯罪なんだ。私情を挟んじゃ駄目っしょ」

 レイアもサクヤもユディも、やはり苦々しげに、その二人の口論を聞いていた。
 理屈としてはルシェドウの方が通っている、とも言えなくもない。けれどそのルシェドウ自身がレイアの犯罪を妄信しており、その時点でルシェドウという人格そのものが疑われるのである。であれば自然と、ロフェッカを頼りにすることになる。しかし公正な手続きを経ず、人の死を闇に葬ることが正義に適うかどうかは、甚だ疑わしい。
 ルシェドウとロフェッカの議論は、水掛け論だった。

 レイアが知る限り、ルシェドウとロフェッカはとても仲が良い。互いを相方と呼んで共に任務をこなし、常に笑顔で困難を乗り越えてきた、熟年夫婦のごとき信頼関係にあるというのが、レイアのこの二人に対する印象である。
 このように正当な根拠を相互に欠いた言い争いを延々と無為に続けているのは、愚の極みに思われた。
 ロフェッカは四つ子を捕まえて自由を奪おうとしていたくせに、なぜ今になって四つ子を刑事手続きという面倒から逃そうとしているのか、分からない。
 ルシェドウがなぜここまでレイアを憎み、あるいは生真面目に手続きを踏むことを主張しているのか、分からない。
 どちらも理屈を通しつつ、己の何かしらの利益を実現しようとしているはずだ。
 レイアにもサクヤにも、どうするのが自分たちにとって最もいいことなのか、分からなかった。


 終わりの見えない協会職員同士の議論を聞くのにも疲れ果て、ヒトカゲを抱えたレイアとゼニガメを抱えたサクヤとユディはベランダに逃げ出した。
 午後の曇り空はただただ白く、コウジンの紅い街並みと西の滄溟が臨める。
 三人は三様にベランダの勾欄にもたれかかり、息をつく。ユディが憂鬱そうに口を開いた。
「……なんていうか、ルシェドウさんとロフェッカさん、これからどうするんだろうな」
「俺、あいつらが喧嘩してるとこなんて初めて見たわ」
「相も変わらず、ひたすらに騒がしいだけの連中だな。実にくだらない」
 サクヤは海を睨んでいた。ルシェドウやロフェッカにはさほど興味はないらしい。
「早くキョウキとセッカと合流しよう。モチヅキ様やウズ様が協力してくださる。ジョウトに逃げる」
「そっか。お前ら、ジョウトに行くんだな。そりゃ寂しくなるな」
 ユディが囁く。
 サクヤは無言のまま、ボールからチルタリスを出した。ベランダの外に滞空させる。
「……フレア団に消されるよりかはましだ。これはただの島流しにすぎない。……ほとぼりが冷めたら戻るさ。カロスは僕らの故郷だからな」
 サクヤは手すりを乗り越えて、チルタリスの背に乗った。片手をレイアに伸ばしてくる。
 レイアは室内を振り返った。二人の友人は飽きもせず口論を続けている。
 ルシェドウとロフェッカは四つ子を裏切った、とレイアは思っていた――本当にそうなのだろうか?
 先に二人を見限ったのは、四つ子の方ではなかったか。
 もし無事にポケモン協会とフレア団と榴火から逃げおおせたら、セッカに変わって土下座してでもルシェドウに謝らなければならないとレイアは思った。大切な友人なのだから。今はレイアは、命を懸けて片割れを守らなければならないけれど。ルシェドウもいつか分かってくれるだろう。
 片割れの手を掴み、手すりを乗り越え、チルタリスの背に同乗する。ヒトカゲとゼニガメが顔を見合わせてきゃっきゃと喜んだ。
 ベランダに残されたユディは、笑顔で二人に軽く手を振った。
「気を付けろよ、アホ四つ子。応援してる」
「ユディも、色々と悪かったな」
「協会職員にはうまく言っておいてくれ」
「――ちょ、爆弾発言を残していくなって」
 四つ子の幼馴染はそれでも笑っている。
 チルタリスは二人を背に乗せ、北東へ向けて力強く羽ばたいた。


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