マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1509] 第一話 追跡者ヨアケ・アサヒと配達屋ビドー 投稿者:空色代吉   投稿日:2016/02/02(Tue) 23:42:21   35clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第一話 追跡者ヨアケ・アサヒと配達屋ビドー (画像サイズ: 480×600 184kB)


*****************



流れゆく風に乗せて、届け、届け、
この思いよ、貴方へ届け

夜明けの空に映える薄白い月のように
地平線の彼方へと姿を眩ませても
私は貴方を追い続けます。






 【明け色のチェイサー】










*****************

そいつとの出会いは、とある昼下がりのことだった。


荒野の真ん中に引かれた大きな道路の脇に、青を基調とした一台のサイドカー付のバイクが止めてあった。バイクの傍には持ち主である青年、というには背が低い少年が立っている。
身長のことに関しては自分で言っていてむなしいとは、自覚はしているが。
個人配達を生業としている俺は、バイクに備え付けられたカーナビ機能で目的地を確認し、サイドカーに載せてある宅配物を見る。それから、配達票をチェックして、ウエストポーチから水のペットボトルを取り出して水分補給をした。

(目的地までは……あともう少しか)

日差しが強いせいか汗をかいたので、一旦ミラーシェードを外し、タオルで顔を拭う。額を拭こうとする時、手の甲に前髪がのしかかった。
この群青色の髪も、随分と伸びたものだ。前髪もだが、後ろは肩ぐらいの長さになっている。切らねばとは思うものの、短く刈り上げるのは好みではないのでほったらかしていたらこの有様だ。
水色のミラーシェードをかけ直していると、行き先の方から爆音が鳴り響いた。
目の前の道路を黒くてごつい外装のトラック3台と、それを護衛するように陣取るいかついバイクに乗ったライダー達が、クラクションを鳴らしながら猛スピードで走って行く。

(まーた、あいつらか……)

あのトラック達には見覚えがある。この周辺一帯を縄張りとしている義賊団<シザークロス>の所有している車両だ。きっとまた今日も彼らはどこかの誰かからポケモンを盗んでいるのだろう。
奴らが来た方向だと、荷物の届け先からポケモンが盗まれたという可能性もある。
追いかけるべきか否か、迷っていたらトラック達がやってきた方向から、誰かの叫び声が聞こえた。

「ぽーけーもーんーっ、ドロボー!!」

声の主は女性だった。デリバードにしがみついて地面すれすれを飛び、食らいつくように青の瞳でトラックを睨みつけている。

すれ違う瞬間、澄み切った青空に彼女の長い金色の髪が波打つ。一本一本が日の光に透けて煌めくその光景に、俺は目を奪われていた。

ロングスカートをたなびかせながら集団を追いかけていく女性。いくら黒タイツを履いているとはいえ、スカートで空を飛ぶなとツッコミを入れたかった。
頭を抱えていると、女性トレーナーの追跡にしびれを切らした<シザークロス>の下っ端ライダーである男がバイクのブレーキをかけ、背に乗せていたクサイハナに指示を出す。

「しつけーぞ、このアマ!! クサイハナっ、『しびれごな』!!」

黄色い粉がクサイハナのつぼみから放出され、追跡者に襲いかかる。

「リバくんっ『プレゼント』!」

リバと呼ばれたデリバードが、前方に赤いリボンで装飾された小包を袋からばらまいた。
小包は『しびれごな』に接触した途端、爆発する。
紙吹雪交じりの爆風で霧散する『しびれごな』
同時に煙幕が彼女達の姿を隠したので、下っ端とクサイハナは煙の中に目を凝らす。
煙の中から彼女たちが出てこない、ということは先ほどの攻防で『そらをとぶ』を中断したのだろう。
少し経った後、デリバードと、その後ろに立つ女性のシルエットが薄っすらと見え始めた辺りで、煙の中からデリバードの『れいとうビーム』がクサイハナを射抜かんと繰り出された。

「そこだクサイハナ!」

『ようりょくそ』で素早さが上がっているクサイハナは、その場でくるりとターンをして、ギリギリのところで『れいとうビーム』をかわし、『ようかいえき』を放つ。『ようかいえき』は小さなシルエットに命中した。
だがシルエットは動じないでそこに立ち続けている。おかしい、と下っ端とクサイハナが思ったその時、荒野に一陣の風が吹いて煙を吹き飛ばす。
そこには、デリバードの半分ぐらいのサイズの溶けかかった氷の塊とその陰に潜むデリバードの姿があった。『れいとうビーム』で先に氷の壁を作り出していたのだろう。
冷気をその身に溜め込んでいたデリバードは、壁の前へと勇んで飛び出した。

「速い、ね。でもこれならどうかな!」
「! クサイハナ、もう一度――」
「『こおりのつぶて』!!」

下っ端の男がクサイハナに指示を出す前に、クサイハナが技を出す前に、デリバードが生み出した氷でできた礫がクサイハナをとらえ、突き飛ばす。
突き飛ばされたクサイハナに下っ端は巻き込まれ、そのままバイクごと横転した。
パチン、と荒野に乾いた音が響く。彼女とデリバードがハイタッチをしていた音だと気づくのに、少し時間がかかった。


*****************

倒れた男はなかなか起き上がらなかった。それを見て、初めはデリバードとハイタッチをしていた彼女が、みるみる顔を青ざめさせていく。

「あ……だ、だだ、大丈夫ですかー!!」

男とクサイハナに駆け寄る彼女。俺はというと、ここまで一部始終を見ておいて彼女らを置いて素通りするような気分にもなれなかったので、慌てふためく彼女の隣まで行き、男の容体を診た。
男もクサイハナも、目を回しているだけだった。

「伸びてるだけだ、大丈夫だろ」
「そっかあ、良かった……」

ほっと胸をなでおろす彼女。自分のことのように安堵する彼女に、俺は反射的にツッコミを入れる。

「いやまて、良くはないだろ! こいつらにポケモン盗られたんだろ、あんたは!」
「…………ああっ、そうだった!! ドルくんが、私のドルくんが!!」

俺に指摘されるまで、頭の中からすっかり抜け落ちていたようだ。彼女は慌てて辺りを見回す。ようやく彼女が視線に捉えたのは、すっかり小さくなったトラック集団だった。

「どうしよう……」

愕然とし、へたり込む彼女。そんな彼女を見て、俺は内心ため息をつきながら声をかけた。

『へたり込んでる暇があったら、追いかけろ』
そう、言うつもりだったのだが

「諦めるのはまだ早い。奴らの根城や拠点としている場所なら、いくつか知っている。良ければ俺が案内しようか」

こう、言っていた。

本音とは別のことを口走っている自分に少し驚いたが、まあ、いいだろう。大差があるわけでもない。

「いいの? っと、そういえば、キミは――」

戸惑いながら顔をこちらに向けた彼女に、俺は手を差し伸べながら名乗る。

「俺はビドーだ。個人配達業をしている者だ」
「私はアサヒ。ヨアケ・アサヒ。旅のトレーナーです。えっと、微糖君?」
「コーヒーか俺は。ビドー、だ、ビ『ド』ー。まあ、呼びにくいのは分からなくもないが……」
「うん、ごめん……ビト、ビドー君」
「……好きに呼んでくれて構わない」
「じゃあ、ビー君で」
「それでいい」

すくっと立ち上がったヨアケは、俺を見下ろしながら、笑顔をつくった。笑っている場合じゃなかろうに。

「ではビー君、道案内お願いします」
「分かった、ヨアケ」

それから俺とヨアケは、道の真ん中で転がっている男と男の乗っていたバイクとクサイハナを、後から来るであろう車に轢かれないように道路から離れた位置に移動させてから、奴ら<シザークロス>の後を追った。
いくら相手が賊でも、寝覚めが悪くなる事態は勘弁だから、な。

――思えば、ここで道案内を引き受けていなかったら、俺はヨアケ・アサヒという人物と、こうして知り合うことはなかったのだろう。

*******************



俺が<シザークロス>の根城や拠点に詳しいのは、俺が<シザークロス>と顔を鉢合わせるたびに、あいつらの邪魔をしていたからだ。
邪魔をし始めたきっかけは、俺のポケモンも奴らに盗まれかけたことにつきる。
初め……初めて奴らにポケモンを奪われた時はなんとか取り返して追い払った。その出来事以降、奴ら<シザークロス>にポケモンを盗まれた被害者を見て、無性に放っておけなくなり、たびたび突っかかってはポケモンを取り戻していたら、自然と奴らの現れる場所や拠点を覚えていった。
<シザークロス>に限らず、このヒンメル地方を拠点としている悪党並びに小悪党は多い。自警団<エレメンツ>も頑張ってはいるが、それでもこの地方が荒れているのには変わりない。
すべてはこの地方を治めていた王国が滅んでしまってからだ。

とにかく、人のポケモンを盗ったらドロボウだ。
奴らは、自分の大切なものを失う痛みを知らないから、あんなことを続けられるのだろう。

<シザークロス>の根城は複数ある。俺の知っているのは奴らが中継点にしている小さな拠点だけだ。一番大きな本拠地の存在までは俺も<エレメンツ>でさえもつかめていない。奴らは本拠地の存在だけはなかなか尻尾をつかませない。
だから、タイムリミットは<シザークロス>が本拠地に戻るまでの間だ。

ヨアケ・アサヒはデリバードに乗り、俺のバイクに並列して空を飛びながら、ポケモンを盗まれた経緯を語る。

「私は旅の途中で、ポケモン屋敷に訪れていたんだ」

ポケモン屋敷、か。どうやら届け先が襲われたかもしれないという、俺の嫌な予感が当たってしまったようだ。

「そこのお庭には色んなポケモンがのんびり暮らしていて、ドルくん……私のドーブルが興味ありそうに眺めていたからしばらくそこのポケモン達と遊ばせていたの。そうしたら、そこの屋敷のお嬢さんに誘われて、一緒にお茶をしている間に、あの集団が屋敷の庭にいるポケモンを盗んでいたんだ」
「奴らの存在に気がついたのは、いつごろだ」
「庭の方じゃなくて屋敷の外からドルくんの声が聞こえてきて、それで私は気がついたんだ。それまでは静かだったんだよ。私とお嬢さんがドルくん達の元に向かった時には、もう他のポケモンもトラックに乗せられるところで、急いで追いかけた所でキミと、ビー君と出会ったんだよ」

俺は先ほどのクサイハナの存在を思い出しながら、ヨアケに質問する。

「他のポケモン達は、麻痺にされたり眠らされていたりしてたのか?」
「ううん、ぱっと見はみんな元気だったよ。ただ、その……」

首を横に振り、それから言葉を詰まらせるヨアケ。考え込む素振りを見せた彼女は、不思議そうに続きを言った。

「やけに大人しかった、かな。人に慣れているからかもしれないけれど、暴れる様子は……なかった」
「……そうか」

何故ポケモン達は、大人しく連れ去られたのだろうか。いつもの<シザークロス>のやり方、ポケモンを強引に奪うのとは何かが違う。
そこまで考えたところで、奴らの拠点の一つのおんぼろ小屋が見えてきた。

(まあ、どのみちいつものように取り戻せばいいだけのことだ)

俺はそれ以上考えるのを止めて、<シザークロス>との対峙に集中するべく、気を引き締めた。


*****************


その小屋は、トラックも中に入れるような大きな入口が正面に一つ、反対側に小さな裏口が一つある。
正面の入り口が開いていて、その中にいる<シザークロス>の下っ端にこちらの存在を視認されてしまったので、俺とヨアケは正面から奴らの小屋に乗り込んだ。

「配達屋! ……と、もう一人のお姉さん。よくも身内をやってくれたな!」

開口一番、<シザークロス>のメンバーの中でもっとも若い、赤毛の少女が進み出て俺たちを睨みつける。
他のメンバーに取り押さえられながらも、ジタバタともがきながら「よくも!」と敵意をむき出しにした。
少女の言葉に対してヨアケは答える。

「大丈夫、あの人達は無事だよ。気絶させちゃったみたいだけど、ちゃんとバイクと一緒に道路の外に運んだから。重かったよー」
「え、そう、そうなんだ……。あ、でも追いかけてきたってことは、また、あたし達の邪魔するつもりなんでしょ、配達屋?」
「まあな」
「やっぱり! この――」

俺の返答に憤り、今にもポケモンを繰り出そうとしている赤毛の少女の声を遮る、どすの利いた声が小屋内に響いた。

「――そこまでだ。いい加減黙りやがれ」

少女はビクリと固まり、その声の主である、背の高い男の方へ振り向き、呟く。

「ジュウモンジ親分……」

ジュウモンジと呼ばれた顔に十文字の傷跡がある男は、その三白眼で俺に一瞥くれると、ヨアケを見た。

「配達屋がいつものように来やがったのはともかく……てめえは何者だ?」

奴の鋭い視線に臆することなく、しっかりと相手の目を見つめ返して、ヨアケはジュウモンジに名乗る。

「初めまして。私はアサヒ、ヨアケ・アサヒです。旅のトレーナーです」

きちんと自己紹介をしたヨアケにやや面を食らうジュウモンジ。奴も少しだけ襟元を整えてから、胸の前に腕を組んで名乗った。

「俺はジュウモンジ。<シザークロス>を纏めている者だ。ヨアケ・アサヒといったか、旅のトレーナーってことは、あの屋敷の関係者じゃねえってことでいいか?」
「はい……あの、私のドーブルを、ドルくんを返してください」

若干緊張交じりのヨアケの言葉が、ジュウモンジに届く。
ジュウモンジの返事は、一言だった。

「いいぜ」

<シザークロス>の面々が一瞬どよめいたのが、感じ取られた。ヨアケはポカン、としている。動揺しているのは俺も同じだった。思わずジュウモンジに確認を取ってしまう。

「珍しいな。いいのかよ」
「おうよ、こいつの目をみりゃわかる」

と言って、やつはトラックからドーブルだけを降ろす。ドーブルはヨアケを見つけると、全速力でヨアケの元へ走った。

「ドルくん!」

抱き合うヨアケとドーブル。はたから見ると、ドーブルがヨアケをなだめているようにも見えた。
その様子を見て、赤毛の少女が納得したように言った。

「なるほど、お姉さんのポケモンだったんだ。どうりで他のポケモン達と違って、連れていくのに手こずると思ったよ」
「よーく見とけよ配達屋。これがトレーナーをよく信頼している目だ。てめえのポケモンと違ってな」
「……………………っ」

ジュウモンジの嫌味に、俺はリオルの入ったボールを握りしめる。反論できないでいる自分に悔しさが込み上げた。
俺は話をそらし、挑発交じりの言葉をジュウモンジに投げかける。

「じゃあ、そろそろ他のポケモンも返してくれないか」
「そいつは出来ねーな」

俺の言葉に、呆れたような白けたような態度を示すジュウモンジ。俺は声色を変えて、奴を見据えたまま問いかけた。

「一応聞くが、なんでだ」

俺の問いに、奴は遠回りに述べた。

「そもそもの前提として、俺ら<シザークロス>が盗むポケモンは、トレーナーと仲のいいポケモンじゃねえ。その真逆だよ配達屋」
「トレーナーとの関係が悪いポケモン、か。具体的には?」
「環境が最悪な所で無理やり労働力として使役させてたり、愛玩道具として売られるためだけに育てられているポケモンだったり……てめえが邪魔してきた中には、そういう奴らのポケモンもいたってことだぜ」
「それがどうした。それも人とポケモンとの関係の一つの在り様だ。それに、そうじゃないポケモンもいたんだろう? お前ら<シザークロス>の価値観だけで、奪うことを正当化するな」
「確かに、俺らの行動は正義と呼べるものじゃねえ。人とポケモンのそういう関係が、世の中では当たり前だと認められていることも解る。だからといって、てめえの理屈だけでも、<シザークロス>という存在を悪だと断定するなよ」

話がそれたな、と奴は押し問答を区切る。どうやらまだ俺の問いに答える気があるらしい。

「さて、本題だ。そこのお嬢さんのポケモンは信頼しあっているから返したが……こいつらの場合、トレーナーとの関係がどうこう以前の問題だ」
「どういう意味なんですか? トレーナーとの今の関係が悪くても、これから仲良くなる……ってことは難しいのかな?」

ドーブルを抱えたヨアケが、ジュウモンジに尋ねる。ジュウモンジは目を伏せて首を横に振った。

「それが出来るのならば、こいつらはここに大人しく居ないだろうさ。ヨアケ・アサヒはあの屋敷に集められたポケモン達がどういう奴らか、知っているんじゃねえか?」
「あ……」

何かに気付いたヨアケに、俺は問いただす。

「何か知っているのか、ヨアケ」
「ポケモン屋敷のお嬢さんに聞いたんだけど、屋敷の主は、“行き場のないポケモン”をトレーナーから引き取っていたって……」

トレーナーがいるのに、行き場がない……だと?

「つまりトレーナーに手放されたポケモンを引き取って、庭で育てていたということか?」

ジュウモンジに代わり、赤毛の少女が俺の結論を肯定する。

「正解。そして――――」

赤毛の少女は息を大きく吸ったあと、天井を仰ぎ見ながら区切った言葉の続きを言った。

「――――そして、育てきれなくなった」



*****************

「育てるのにお金が足りなくなった主は悩んでいた。人から引き取ったポケモンを逃がすわけにもいかない。主にも今まで築き上げた体裁があるからね。そこであたし達に依頼が入ったんだよ」
「盗まれたのならば、責任問題はあるが、今まで主のしてきた行為という結果は残るからか?」

俺の問いに赤毛の少女は頷き、あっけらかんとした態度で続きを言う。

「そう。といっても盗まれたこと自体を責める人は少なかったと思うよ。だって、もとはといえば、トレーナーから手放されたポケモンだもん……あいたっ!」

ジュウモンジから、頭部に拳骨をもらう赤毛の少女。ジュウモンジが短く少女に吐き捨てた。

「しゃべり過ぎだ」
「ゴメンなさい……」

頭をさすりながらしゅん、と落ち込む赤毛の少女を横に置いて、ジュウモンジは話を締めくくる。

「とにかくだ、こいつらには帰る場所がねえ。だから、俺ら<シザークロス>が責任をもって新しいおやに届ける。だからいいか、手を出すんじゃねえぞ配達屋」

だから、を二度言われても、手を出すな、と言われても俺が引き下がらないのは、ジュウモンジも承知の上だったのだろう。だからあいつは腰のモンスターボールに手をかけていたのだと、思う。
俺もモンスターボールに手をかける。
バトルになる前に、もう一言だけ反論を言おうと思った。
けれども、ジュウモンジに食い下がったのは、俺ではなくヨアケだった。

「でも、たとえ帰る場所がない……かもしれなくても、みんながみんな、新しいパートナーを望んでいるわけじゃあないと思うんだ。あのポケモン屋敷に残りたい子だって、いると思う」
「……だったら、試してみるか」

そんなことを言ってから、ボールから手を放し、トラックの方へ歩み寄るジュウモンジ。

「お、親分……?!」
「流石にそれは……!」

制止しようとしたメンバーに構わずにジュウモンジは次々とトラックの後ろ扉を開けていった。何事か、とトラックの外を眺めるポケモン達にジュウモンジは言い放つ。

「おい、帰りたい奴は帰っていいぞ」

<シザークロス>の面々は冷や汗を流していた。ヨアケが息をのむ音が聞こえる。俺もつられて生唾をのみ込んだ。
互いに顔を見合わせるポケモン達。しかし、一匹としてトラックを降りようとするポケモンはいなかった。
ジュウモンジがこちらを振り向いて冷たく言い放つ。

「……帰りたくないってさ」
「本当にそれでいいの?」

ヨアケがポケモン達に尋ねる。ポケモン達は互いを見合った後、うつむき、静かに頷いた。

俺達はそれ以上、何も言えなかった。

そうして俺は、初めてあいつらから背を向けることになる。
屈辱、とは違う、得体のしれない感情が俺の中で渦巻いていた。


*******************


<シザークロス>の小屋を後にした俺とヨアケは、とりあえずポケモン屋敷に向かうことにした。気が付いたら日が傾き始めていた。
渦巻いている感情の正体が分からずに、悶々としたまま俺はバイクを走らせる。デリバードに乗ったヨアケも、黙ったまま俺の隣を飛んでいた。

「なあ、ヨアケ」
「なあに、ビー君」

ヨアケがこちらに振り向く。俺は、バラバラになった言の葉をかき集めて、ヨアケに伝える。

「……あいつら、あれで本当に幸せになれると思うか?」

考えて考えて、ようやく出たのが、この疑問だった。
こんなことを、ヨアケに聞いても仕方がないというのに、俺は彼女に答えを求めていた。それが情けなくて、仕方がない。
ヨアケは前を向いて、俺の顔を見ないで返答した。

「分からない。けど難しいんじゃないかな」
「難しい、か……」
「確かに愛してくれるパートナーに巡り会えたら、幸せにはなれると思うよ。でも……」
「でも、なんだ?」
「でも、どんなに仲が悪くたっても、一瞬だけだったとしても、相棒だった存在を忘れることなんて、出来ないんじゃないかな」
「…………」
押し黙る俺に対し、ヨアケは口元を歪めて、「いわゆる呪い、みたいなものだね」と、遠くの空を眺めながら言った。
会話は、そこで途切れた。


*******************



道路をひたすらまっすぐ走ると、荒野のはずれに、それなりに立派な屋敷が見えた。
かつてはポケモン屋敷と呼ばれていた、屋敷。これから先、この屋敷がポケモン屋敷という愛称で呼ばれることはなくなるのだろう。
屋敷の門に、一人の女性が暗い面持ちで佇んでいた。
彼女はヨアケの姿を見つけると、ほんの少しだけ表情を明るくさせる。
それから声を振り絞り、ヨアケの名前を呼んだ。

「アサヒさん!」
「あ、お嬢さーん!」
「ご無事だったのですね……良かった……!」

胸をなでおろし、安堵する屋敷のお嬢様。ヨアケがポケモントレーナーとはいえ、あのごろつき連中にたった一人で追いかけていったのだから、心配したのだろう。
パタパタと彼女は俺らに歩み寄った。

「アサヒさん。ドーブルは、取り戻せましたか?」
「はい、私のポケモンは返してもらえました。でも……屋敷のポケモンは……」
「そう、 ですか……追いかけて下さり、ありがとうございました」

アサヒにお礼を言う彼女。その表情は、憂いを帯びていた。
彼女と俺の視線が合う。戸惑いながらも見下ろす彼女が、しどろもどろに言葉を紡ぐ。

「えっと、こちらの方は……」
「どうも、配達屋です。お届けに上がりました」
「え、配達屋さん……?」
「……配達屋です」

外見の問題で、そう見られないことはよくある。そのことについては、いちいち気にしないことにしている。
俺はサイドカーに積んでいた小包を持ち上げ、彼女に手渡す。
それから受け取り表にサインを求めた。

「サインをこちらにお願いします」

達筆な字でサインを描いた後、彼女は両手に持った小包をじっと見て、呆けたように沈黙した。

「どうしたんですか、お嬢さん?」

ヨアケが彼女の顔を覗き込む。
ヨアケと俺がじっと見つめているのにようやく気が付いた彼女は、「すみません」とこぼしてから、投げられた言葉に対し、躊躇いを見せた後、意を決して思っていたことを話してくれた。

「……この中身は、あの子達へのプレゼントだったんです」
「プレ、ゼント……?」

疑問符を浮かべるヨアケに、彼女は寂しげに相槌を挟む。そして、嘆く。

「はい。あの子たちに何かしてあげたくて、私が注文したんです……もう、プレゼントしてあげることは、叶わないのですけれどね」

そう言って、お嬢様が包のふたを開け、中身を俺らに見せる。
それを見て、ヨアケが動きを止めた。俺も、思わず中身を凝視してしまった。
そんな俺らの様子に気づいていないのか、彼女は話を切り上げ、別の話題へと移す。

「アサヒさんに謝らなければならないことと、お話ししなければならないことがあります。あのポケモン達についてですが……」

動きを止めていたヨアケが口を開き、彼女の話に割って入った。

「ある程度のことは、あの人達<シザークロス>さんから聞きました。ポケモン達をこのお屋敷で育てることが難しくなったから、<シザークロス>さんに引き取ってもらったんですよね?」
「ええ……既に、存じ上げていたのですね。その通りです。実は私、そのことをつい先ほど祖父から聞かされました。いくら知らなかったとはいえ、アサヒさんのポケモンを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」

頭を下げる彼女。
彼女に対し、ヨアケは柔らかい面持ちで首を横に振る。

「気にしないでください。ドルくんは無事だったわけですし……それに」

言葉を区切り、ヨアケは俺を見る。
俺の目を、ヨアケは見た。

ヨアケが考えていることは、ある程度だが察しがついていた。
俺も例のプレゼントを見て、同じことを考えていたからだ。
しかし、それをするということはどんな裏目に出るかわからないことである。
だから俺は言い出せずに悩んでいた。
それくらいのことは、ヨアケもおそらく解っているはずだ。と思う。
だが、ヨアケは躊躇なく彼女に提案する。
ヨアケは迷わず、踏み出す。

そして俺にも、一歩前に歩みだすことを促した。

「今、私に謝ることよりも、もっと大事なことがあると思います。だよね、ビー君?」

差しのべられたその手に
引き寄せられるような誘いに、
俺は腹をくくって、乗った。

「お嬢様」
「はい」
「その荷物、今すぐ梱包し直して、俺に預けてもらえませんか?」
「?」

何を言われているのか分からずにいる依頼主に、俺は精一杯、言える限りの言葉を尽くして言い切った。

「その贈り物を、本当の受け取り相手に――俺が届けてきます」


*****************

開け放たれた窓から入る、黄昏のオレンジ色の明かりだけが、その一室を照らしていた。
部屋の両脇には大きな本棚が設置されている。本棚にはポケモンに関する本が隙間なく入れられていた。
中央にはブラウンの絨毯が敷かれ、その真ん中にはシックなローテーブルが鎮座している。
二人の男が、テーブルを挟んで置かれた黒のソファに各々座り、向き合っていた。

男の一人、グレーのスーツを身に纏った初老の、このポケモン屋敷と呼ばれていた屋敷の主は、いまいち焦点の定まってない目で虚空を見つめ、懺悔する。

「私はね、本当はあのポケモン達を見ているのが、辛かったんですよ」

どこかかすれた、だが声量のある声で主は言う。

「私が引き取ったポケモン達は皆、必ずといっても良いぐらい待っていたんです。待ち続けたんですよ。もう来るはずのないおやが、自分を迎えに来ることを」

主は両手で目を覆う。

「私は彼らのそういう感情に気づきながら、目を反らし続けていました。彼らがだんだんと自分達が置かれている現状を飲み込んでいく過程を、いつものことだと、時間が経てば慣れるだろうと流していました――そして、私は彼らと最後まで向き合いませんでした」

主はそう、嗚咽にも聞こえるような声で、吐き出した。
懺悔を黙って聞いていた黒スーツを着こなした男が、口を開く。

「どうして貴方は、トレーナーからポケモンを引き取ろうとし始めたのですか」

黒スーツの男の言葉に、主は反射的に答える。

「孫娘のためです」

主は目を抑えていた手を離し、その手の平を見つめる。手は主の意図しない方向に、震えていた。

「孫娘は今でこそ違いますが、幼い頃は人見知りの激しい子でした。ですが、ポケモンにだけは心を開いたのです。だから私はポケモンを集めました。両親のいないあの子に、寂しい思いをさせないためにも。ですが、私は親が帰ってこないというあの子と同じ苦しみを、ポケモン達にも与えさせてしまっていたのでしょう」

震える手を固く固く握りしめた主は、黒スーツの男の方を見る。

「もし私にお金があったにしろ、私はあのポケモン達を幸せにはしてやるおやにはなれない。たとえポケモン達と仲良くしていたあの子にも、それは難しい。それに、このまま貧しい思いを一緒にさせるわけにもいかない……貴方達の助言があってこそ、ようやく踏み切ることが出来ました。改めてありがとうございます――<ダスク>さん」

黒スーツの男は短く「礼には及びません」と言い、ソファから立ち上がる。
そして腰につけたモンスターボールの一つを取り外し、ポケモンを出した。
ボールから出てきたのは白いドレスを身にまとった女性のような姿のポケモン、サーナイト。
黒スーツの男が『テレポート』を使って、この場から離れることを察した主は、咄嗟に男の袖を掴んでいた。

「行かれるのですね……最後に一つだけ、いいでしょうか?」
「……どうぞ」

主は尋ねた。がくがくと、恐れるように唇と腕を震わせながら。

「私は、間違っていませんよね……?」

黒スーツの男は、無表情のまま、主の懇願に応えた。

「貴方は賢明な判断をした。それは私達が保証します」

主の手から震えが消え、袖から手を放す。
次の瞬間には、立ち尽くす主だけが、宵闇迫る部屋の中にただ一人取り残されていた。
黄昏の光に誘われるように、ふと主は窓の外を見る。
窓の外にはポケモン達が暮らしていた庭が広がっていた。
静かになった庭を眺めて主は思う。

この庭は、こんなにも広かったのか。と。



*****************


俺のポケモンが奪われたのは奴らで二度目だった。
繰り返すがつまり、<シザークロス>が初めてではないということになる。
その前に一度、俺は手持ちポケモンを失っている。
失ってしまったのは、俺の大切な相棒――ラルトス。内気だが、心優しい奴だった。
俺から相棒を、ラルトスを奪ったのは、“闇”だった。
いきなり“闇”などと言われても、何を言っているのかよくわからないと思うかもしれない。だがそうとしかいいようがない抽象的な存在であった。

かつて王国を襲った、王国を壊滅状態にまで追い込んだ巨大な規模の神隠し。
その神隠しが起こった瞬間、ヒンメル地方全体が闇に覆われていたことから“闇隠し”という呼び名がつけられている。それに、俺のラルトスは巻き込まれた。
何年経っても彼らの消息は分からない。生存している可能性は絶望的と言われている。
それでも俺は、信じている。
ラルトスが無事だと、今も信じ続けている。


再び<シザークロス>の小屋についた頃には、もう日は暮れていた。
俺は臆さずに正面から堂々と小屋に乗り込もうとする。だが、入口にジュウモンジ率いる<シザークロス>達が立ち塞がった。
ジュウモンジが俺に対し、門前払いの構えをとる。

「何しに来た、配達屋」
「“何しに”って、決まってるだろ」

俺はミラーシェードを外して、ジュウモンジの三白眼を睨む。
そして頭を垂れて定型句を口にした。

「お届けに、上がりました」
「……届け物、だとぉ?」

疑問符を掲げたジュウモンジに赤毛の少女が、「惑わされないように」と言葉を添える。

「きっとまた、取り返しに来たんだよ親分! あのポケモン達にもうおやはいないのに……」
「それはどうかな」

咄嗟に低い声で、俺は彼女の言葉を否定してしまう。赤毛の少女が俺の声に強張ってしまったので、言葉を選び直した。

「……今回は本当に届け物だけだ」
「そう言われても、怪しいよ」

俺の言葉に訝しげな反応をする赤毛の少女。ジュウモンジも警戒を怠らない。

「今まで何度もてめえには邪魔されてるからな。届け物なら今ここで受け取って開けさせてもらう。だから中には入れさせねえ」

ジュウモンジは断固としてポケモン達に俺を近づけさせないつもりのようだ。
……本来ならば、ポケモン達の預かり主である奴らにこの届け物を渡してもいいのだろう。
しかし万が一の事を考えると、ここで引くわけにはいかない。

「この贈り物はお前らじゃなくてあのポケモン達に向けてのものだ。依頼主にもそう注文されている。だから直接手渡したい」
「依頼主ってーと、あの屋敷の関係者か? 手放したポケモンに今更何をしようってんだか、ダメだダメだ」

手の甲をひらひらと見せながらあくまでも門前払いをしようとするジュウモンジ。
俺がじわりと奴らに滲み寄ろうとすると、背後から声がした。

「待って!」

声の主はヨアケだった。俺は彼女の姿を認識すると、軽く憤りを覚え、怒鳴る。

「ヨアケ……? なんでついてきた! お嬢様と一緒に待っていろと言っただろ!」

俺が憤っているのに対し、ヨアケは不機嫌そうに言った。仁王立ちをして、言った。

「それをポケモン達に渡すのを提案したのは私なんだよ? 言った言葉の責任くらい、取らせてよ」
「しかしなあ……!」

ヨアケに反論をしようと身構える俺にジュウモンジは、奴特有の三白眼から冷めた視線を俺たちに送り、つっこむ。

「おい、痴話げんかすんなら帰れよてめえら」
「「痴話げんかじゃない!」」

俺とヨアケの声がダブる。変な気まずさが俺の中に残る。なんだこの状況は。
俺に比べ、ヨアケの立ち直りは早かった。ヨアケは咳払いを一つして、気を取り直してジュウモンジに提案する。
それは、かなり突拍子もないことだった。

「こほん、話は聞きましたジュウモンジさん。それじゃあ、私を、私達を人質に取ってください」

「………………は?」

誰かがそう言った。
誰が言ったのかまでは把握しきれなかったが、その一言がこの場にいるほぼすべての奴らの総意だったに違いないと俺は思った。
俺らの間に沈黙が流れる。<シザークロス>の面々がポカンとしている。ジュウモンジにいたっては苦笑いを浮かべフリーズしている。
そんな中でもヨアケは、どこから湧いてくるのか分からない自信に満ちた表情をしていたので、俺はヨアケに耳打ちをした。

「お、おいヨアケ。何を言っている」
「何って、提案だけど」

それは提案と言えるのか? と疑問符を浮かべていたら、ヨアケがジュウモンジに重ねるように言葉をかけていた。

「ビー……えっとビドー君は私達を見捨ててまで、ポケモン達を連れて行こうとするように思えますか? ……ちゃんと言えた」

ヨアケ本人としては内心でガッツポーズを決めるくらい、上手い考えだと思っていたのだろう。
その一方で、ジュウモンジは頭を抱えていた。俺も頭が痛い。初めて奴と意見が一致した瞬間だったのかもしれない。
こめかみを抑えながらジュウモンジは怒りの混じった表情で俺達を叱責した。

「人質なんかいらねぇよ。女が人質とか、簡単に口にしてんじゃねぇし、配達屋も言わせてんじゃねぇぞコラ」
「ごもっとも……」
「……ごめんなさい」

しょんぼりとへこむヨアケの隣で、俺は考えていた。このままでは埒が明かない、と。

「どうすればいい」
「カッ、てめえで考えろ。土下座でもなんでも、いくらでも手段があるだろ?」

苦し紛れに場を繋ごうとする俺に、ジュウモンジは挑発を仕掛ける。
ここで挑発に乗ってしまったら水泡に帰す。かといって下手に出続けたら、いいようにあしらわれるだけだ。
俺の視線の先には、奴らの向こう側にはトラックが見える。その中にいるポケモン達の姿は見えないままだ。
思い出せ。
俺は何をしにここへ来たのか。
思い出せ。
俺が何のためにここに来たのか。
思い出せ!

外していたミラーシェードをかけ直し、俺はモンスターボールを手に取り、その腕をジュウモンジへと突き出して言った。

「じゃあ、俺とバトルしてくれ。シングルバトルの1対1でだ」

ジュウモンジが一瞬だけ三白眼の眉を緩めて、それから口元に獰猛な笑みを浮かべる。

「てめえが勝った時と、俺が勝った時の条件は?」

乗ってきた。
いや、奴は待っていたのかもしれない。俺が賭けに出ざるを得ない状況を。

「こちらが勝利した場合、ポケモン達に届け物を贈らせてもらう。ポケモン達をそれ以上どうこうするつもりはない」
「ほう、それだけでいいのか配達屋?」
「ああ、構わない。そして、そちらが勝利した場合は、俺は今の仕事を止めて、<シザークロス>に入る。こき使ってくれ」

<シザークロス>の面々がざわつく。しかしそれはジュウモンジの制止によってすぐに静まった。
ジュウモンジが自らのモンスターボールを手にかけ、俺に向けてモンスターボールごと腕を突き出す。

「てめえなんかお断りだ。って言いてえところだけどよ……いいぜ、その条件でバトルしてやる」
「……感謝する」
「いらねぇよ、そんな上っ面の言葉。ただし、てめえのポケモンを指定させてもらうからな」
「どのポケモンだ」

肩を竦める俺に、奴は即答した。

「リオル」

……やはり、そうきたか。
俺が口をつぐむと、奴は勢いに乗って俺にまくしたてる。

「配達屋。お前がその仕事に覚悟……いんや、意地を持っているのは解った。だけどよ、お前は自分の力だけで仕事をこなしていると勘違いしているんじゃないか?」

そんなつもりはない。

「お前が野生のポケモンや賊に襲われた時、助けてくれるのは誰だ? お前が一人では持てない荷物を運ぶのを、手伝ってくれるのは誰だ?」

そんなの、ちゃんと認識している。

「俺は何度もお前と戦っているから知っている。てめえは、手持ちのポケモンにねぎらいの言葉を掛けない。その証拠が、そのリオルだ」

そんなこと、言われなくても解っている。

大きく息を吸って、吐き出す。頭を冷やして、ジュウモンジを睨みつける。

「言いたいことは、それだけか? さっさと勝負を始めよう」

ジュウモンジは「余計なことを言ったな」と言ってから、今までで一番鋭い視線を俺に向けた。そして宣言する。

「ああ、そのてめえのねじ曲がった根性、叩き直してやるぜ」



*****************


ビドーとヨアケがポケモン屋敷から<シザークロス>の拠点に向かっていた頃、荒野のど真ん中で伸びていた下っ端の男とクサイハナは意識を回復させていた。
目覚めた男の瞳にまず映った光景は夜空だった。星に照らされた程よい暗闇の中、彼は自分がなぜ仰向けになっているのかを思い出していく。
それから、自分とクサイハナが金髪の追跡者の攻撃によって気を失ってしまったことを思いだし、男は己の相棒の安否を確認するべく起き上がった。
クサイハナは男のすぐ脇に立っており、心配そうに男を見守っていた。その姿を見つけて安堵した彼の涙腺は緩む。

「クサイハナ……大丈夫かっ!」

涙目ながらも微笑み、思い切り首を縦に振り、男に応えるクサイハナ。トレーナーを慕うそのクサイハナの健気さに、彼は心を打たれ号泣した。

「うおおおクサイハナああああ……!!」

そしてしばらく抱き合った後、下っ端である男は拠点へ向かうべくバイクを走らせる。

「お頭達、無事にアジトに帰れただろうか。いや、心配するまでもねぇよな」

クサイハナも、大丈夫だと言わんとばかりに鳴き声を上げた。
だがしかし、男の不安は、的中してしまうことになる。

「これは一体どういう状況だ……?」

男の目に入ってきたのは明りだった。建物の外に目立つ光源があったので、男は疑問に思う。
それに、拠点の前に人だかりができていた。
人だかりは、ほとんどが見知った<シザークロス>の面々で、二人の人物を取り囲むように、集まっている。
男の仲間の手持ちの、バルビードやモルフォンといったポケモン達が、『フラッシュ』で中心を照らしていた。
中心にいる人物の片方は背の高い、顔に十字傷のある男。下っ端の男のよく知るお頭ジュウモンジ。
もう一人の方を確認しようとすると、隣から聞き覚えがない声に呼ばれた。

「あっ、先程はどうもー」

その間延びした声の主は、長い金髪の女性――昼間、男達<シザークロス>を追いかけていたヨアケ・アサヒのものだった。
目を丸くするクサイハナに気付かず、男はヨアケの態度につられて返事をしてしまう。

「いやはや、こちらこそ先程は……って、何でここに居るんだよっ!」

ノリツッコミを入れる男に対し、ヨアケは人だかりの中心を指さして、説明する。

「それはですね、彼の案内でここまでたどり着けたんですよ」

指し示された方へ目をやると、ジュウモンジと向かい合っている相手に行き着く。その群青の髪の少年を視認して、男とクサイハナは口をあんぐりさせた。

「げ、配達屋……! あんた、奴の知り合いだったのか」
「知り合ったのはついさっきなんですけれどね」
「あ、そうなのか。つーか、俺が寝てる間に何が起こったんだ? 何でタイマン勝負をしようとしてんだよ?」

状況を尋ねる男に対して、ヨアケは少し考える素振りを見せた後、

「うーん、と……私にもよくわからないです。はい」

と言った。ガクッとうなだれる下っ端。そんな彼の様子を見てヨアケは補足した。

「ただ、お互いに妥協出来ない、譲れないモノがあるから、闘うんじゃないかなと思います」

ヨアケの言葉に、男とクサイハナは首をひねる。

「……すまん、抽象的でよくわからん」
「あはは、ごめんなさい」

以心伝心な彼らの様子に、ヨアケは口元を綻ばせて軽く謝った。
そんな中、赤毛の少女が彼らを見つけて、声をかける。

「あ、戻ってたんだ」
「おう」
「あ……心配してたんだよっ!」
「あ……ってなんだよ。あと前半のくだりだけだと忘れ去られていたように聞こえるのは俺の気のせいか?」
「気のせい気のせい」
「ホントかあ〜?」
「ほら、始まるから黙って!」

少女は、疑る彼らを抑止し、注意をジュウモンジとビドーに向けさせた。
すっかり日も暮れた中、心地よい夜風が彼らを包む。
今、男と男の意地をぶつけ合う闘いが、始まろうとしている……


*****************


俺とジュウモンジは、それぞれのモンスターボールからポケモンを繰り出す。

「出番だ、ハッサム!」
「リオル!」

奴が出してきたのは、赤いフォルムが特徴的な鋼・虫タイプのポケモン、ハッサム。ジュウモンジのハッサムは、奴ら<シザークロス>の代名詞のようなポケモンだ。
一方俺が出したのは格闘タイプの青くて小柄なポケモン、リオル。
レベル的にはもうとっくにルカリオへ進化していてもおかしくないのだが、何故か進化しないままである。
リオルは俺の顔を見るなり、何の用だ、とでも言うがごとく睨みを利かせ、それからそっぽを向いた。

「リオル」

俺はもう一度、その青い背中に呼びかける。
先程のジュウモンジの言葉に、何も感じなかったわけではなかった
俺だって、リオル達とちゃんとした信頼関係を築けているとは思わない。
正直、こいつらとどう向き合っていいのか分からない。
だが分からないからって諦めてしまうことが、いけないことも分かっている。
分かっては、いるんだ。

「頼む」

かすれるような声で、俺はリオルに言う。今の俺にはこれが限界だった。
リオルの耳が、一回ピクリと動く。
こちらを振り向いてくれるわけでもない。了承してくれたのかは判らない。
でも、今の俺はリオルに託すことしか出来なかった。

「それじゃあ、このコインが地面に落ちたらバトル開始だ。いいな」
「ああ」

俺の了承を得てから、ジュウモンジが指でコインを弾く。
コインは夜空にきらりと輝いて、回転しながら落下していく。
そして、地面に接触した瞬間、ほぼ同時にお互いが指示を出していた。

「『バレットパンチ』!」
「『でんこうせっか』!」

まずは両者、先制技同士の対決。指示のスピードは、ジュウモンジが俺を上回る。
弾丸のごとく飛んでくるハッサムの拳。
リオルはスピードと小柄な体を生かし、かわし、いなして懐へ体当たりを入れた。
しかし、リオルの攻撃をものともしないハッサム。
やはり、並の攻撃では通じない。
ならば、格闘技を畳みかけさせる。

「『けたぐり』!」
「おっと、そうはいかねえぜ!」

ハッサムがその場でジャンプして、『けたぐり』を器用にかわす。

「そのまま懐へ『はっけい』!」
「させるか!」

着地の瞬間を狙い強打を入れるべく、俺はリオルに『はっけい』を指示する。
再び懐を狙おうとするが、流れる動作で放たれるハッサムの足払いがそれを邪魔する。

「ジャンプ!」

俺とリオルは方針を変え、飛び上がって空中から『はっけい』の波動でダメージを狙おうとした。
だが、その目論見は奴の掛け声によって崩れ去る。

「それを待ってたぜ! 追撃だハッサム、『ダブルアタック』!」

その指示で俺は、足払いは『ダブルアタック』の一撃目だったことに気付く。
間髪入れずに飛んできた二撃目の鋏を、空中のリオルはかわしきれない。
ハッサムの鋏はリオルの尾を捕らえた。

「上へ投げ飛ばせ!!」
「くっ……!」

尾を掴んだハッサムは、リオルを振り回し、勢いをつけて思い切り上空へと投げ飛ばす。
夜空に放り出されたリオルに、さらに追撃の指示をハッサムへと出すジュウモンジ。

「一気に押し切るぞ! 『エアスラッシュ』!」
「『きあいだま』で相殺しろ!」

フィールドの空気が風となり、ハッサムに集まっていく。
リオルは空中で体勢を立て直して両手にエネルギーをチャージした。
そして放たれ、衝突する両者の技。
ぶつかり合った瞬間は切迫していたが、空気の刃が、エネルギー弾を切り裂いた。
強烈な『エアスラッシュ』が、リオルに襲い掛かる。
咄嗟に腕を交差し、ガードしても防ぎきれない。

「リオル!!」

リオルは吹き飛ばされ、背中から荒野の大地に叩きつけられた。
弱点の技をまともに食らってしまい、大ダメージが残るリオル。
それでもリオルは、足をよろつかせながらも立ち上がろうとする。しかし、なかなか上手くいかない。
ハッサムが、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
ジュウモンジが、ゆっくりとこちらに語りかけてくる。
まるで、勝負は決したと言わんばかりに。

「配達屋」
「……なんだ」
「てめえが勝って配達を完遂しても、俺らの仲間になっても……どちらに転んでも、その贈り物をポケモン達に届けられるって寸法なんだろ?」
「……ああ」
「だったら、これ以上無理する必要は、無理を強いる必要はねえんじゃねーか?」
「…………」

ハッサムがリオルの目の前まで辿り着き、リオルを見下ろす。
俺が拳を握ると、どこからともなく、声が聞こえた。

「ビー君! ポケモンが諦めてないのに、トレーナーが諦めちゃダメだよ!」

声の主は、見なくても誰か分かった。
そいつへの悪態交じりに、俺はリオルへ声をかける。

「諦めてないさ。だから、もう少しだけ協力してくれ」

リオルは小さくだけれども、頷いてくれた。頼もしい頷きだった。

「そうかよ。そんじゃ、楽にしてやんなハッサム――『シザークロス』!!」

ジュウモンジとハッサムは、決め技でケリをつけようとする。
大技を仕掛けようとするハッサム。
奴らの油断は、十分に誘った。
その両腕を大きく振りかざすモーションを
俺とリオルは待っていた。

「地面に『はっけい』!」

リオルの放った攻撃が、フィールドを崩す。
足場を崩されたハッサムの両鋏がリオルの横を通過する。
ハッサムは咄嗟に体制を整えようとしてその場で踏ん張ろうとした。
その動作のおかげで隙が出来る。

短く、速く、丁寧に、
がら空きになったハッサムの足元に
決めてやれリオル

「『けたぐり』」

ジュウモンジが目を見開く。
俺はミラーシェードを調整した。
ハッサムはバランスを崩し、前面に倒れてしまう。
その隙にリオルはハッサムの背に飛び乗る。
今度こそハッサムは、逃げられない。
決着の瞬間だった。

「『はっけい』!!」

辺りに俺の掛け声とリオルの攻撃音が、鳴り響いた。


*****************


リオルの攻撃を受けたハッサムは、目を回して気絶していた。

「……すまねぇハッサム。よくやってくれた」

戦闘続行不可能となったハッサムに、ジュウモンジはフィールドに足を入れて近づき、言葉を投げかける。
ハッサムの頭を一撫でしてから、モンスターボールに戻した。

「リオル、戻って休んでくれ」

俺もリオルをモンスターボールに戻そうとしたところで、ジュウモンジに呼び止められた。

「おい」
「なんだ、俺達の勝ちだが……」
「そうじゃねぇだろ」

ジュウモンジが不満に思うのは、勝ち負けの事ではないようである。
何に対して文句があるのか、というのは理解していた。
渋る俺に対し、ヨアケがジュウモンジに加勢する。

「ジュウモンジさんの言う通りだよ。ちゃんと、言葉にしないと伝わらないよ?」
「そうだよ、リオルは待ってるよ!」

「そうだそうだ」と赤毛の少女の言葉に俺とリオルを除いた一同が同意する。こんなところで意気投合すんなよ。
周囲の視線をいっぺんに浴びて、俺は若干怯んだ。

ポケモンに声をかけて、ねぎらう。
それは、他人にとっては簡単なことかもしれない。
だが、俺にとってはどうやら難しいことのようである。
どうしてそんな、当たり前のことがしんどいのか解らない。
けど、そういう事は、他人に促されてするものではないのは、知っているつもりだった。
だったら、言われる前にやれ、とは思うが……

「……………………ありがとう、リオル」

結局、小声で無愛想な感謝の仕方になってしまう。
リオルはフンと鼻を鳴らし、そっぽ向いた。

「声が小さいが、まあいいか」

奴らの許しを受けて、俺は視線から解放される。何だか腑に落ちない流れだった。
リオルをモンスターボールに戻すと、ジュウモンジ達が、拠点の入り口からどいた。

「ほらよ、通りな配達屋。届けるんだろう、荷物を」
「ああ……そうだ、ヨアケ、手伝ってくれないか?」
「うん、いいよ」

俺に続き、ヨアケも建物内に入ろうとし、ジュウモンジに確認をとる。

「私も入っていいですか?」
「構わねえよ。だが、やらないとは思うが、暴れたらつまみ出すからな」
「ありがとうございます」

二人とも許可が下り、中へ入った。
<シザークロス>の奴らにも手伝ってもらいながら、ポケモン達をトラックから降ろしていく。
全部で二十数体のポケモン達が集まった。
俺はわざわざ彼女に梱包し直してもらった小包を、ポケモン達の代わりに開ける。
それから、中にあった贈り物を取り出した。

「あのお屋敷のお嬢様からのプレゼントです」

そして、俺は静かに、贈り物に添えられた小さな用紙を読み上げる。

「“ケロマツの『マツ』様へ”」

ポケモン達の中にいた一体のケロマツが、反応する。
こちらへやってきたケロマツの首に、贈り物である黄色いスカーフを巻いてやった。
呆けたように巻かれたスカーフを見つめるケロマツ。
ふと、ケロマツの目から滴がこぼれ始めた。
ケロマツを心配して、ポッポが駆け寄る。そのポッポの名前も、俺は呼ぶ。

「“ポッポの『からあげ』様へ”」

ポッポが目を見開いて、こちらを見る。食わないから、警戒するなって。
恐る恐る近づいてきたポッポの首にも黄色いスカーフを掛けてやる。
スカーフを身に着けたポッポは、しおらしくその身をスカーフに委ねる。
二体の悲しげな様子に、ホルードが怒りを表しながら、俺の元へ歩み出てきた。仲間思いな奴なのだろう。
次に俺はホルードの名前を言った。

「“ホルードの『これはヒドイ』様へ” ……ってなんだよおやのお前こそ酷いだろうがっ」

自分がそんな名前つけられたら嫌だろうに、このようなニックネームをポケモンにつけるとは。
半ば同情しながらホルードにスカーフを渡そうとする。ホルードはスカーフに書かれた文字を見るなり、悲壮感溢れる表情をした。
ホルードは俺からスカーフをひったくり、投げ飛ばす。
床に落ちたスカーフをジュウモンジが手に取った。
ジュウモンジはスカーフの刺繍に気付き、目をやる。
それから奴は、俺に怒声を浴びせた。

「てめえ……逃がされたポケモンに、昔のおやの事をいつまでも引きずらせるつもりか!」

ジュウモンジがスカーフを俺に突き出す。スカーフにはポケモンの名前と共に、そのおやの名前も刺繍されていた。
ポケモン達は、自分達のおやのことを思い出して、今まで堪えていたものを堪え切れなくなってしまったのだろう。
懸念していた事態になってしまったということだ。
だが、想定内である。
俺はジュウモンジからスカーフをもぎ取り、そして先程の奴の発言に指摘をした。

「逃がされたんじゃなくて、引き受けたんだろ。勝手に逃がしてんじゃねーよ」

言葉を詰まらせるジュウモンジを置いておいて、俺はホルードへ向き直る。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに歪めるホルードの頭を撫で、語りかけた。

「帰る場所がなくても、帰りたい場所や相手がいて何が悪い。どうしてそう簡単に忘れられると思うんだ」

言い聞かせるように、なだめるように、遠く離れてしまった相棒に思いをはせながら俺はポケモン達に告げる。

「相手が大切な存在だったのならば尚更、忘れられなくても、いいんだ。引きずりたいだけ、引きずればいい。そうしながら、前に進んだっていいじゃないか」

ポケモン達は互いの顔を見合わせる。目を閉じて、考え込んでいるポケモンもいた。
しばらく経った後、一体、また一体と鳴き声で名乗り出て、スカーフをねだった。
ヨアケにも手伝ってもらい、全てのポケモン達にスカーフを届けることに成功する。渋っていたホルードも、最終的には耳にしっかりと装着していた。
こちらをじっと見つめるポケモン達にヨアケが締めくくりの言葉を贈る。

「名前はね、名付けたおやと名付けられた子の大切な繋がりであり、証だと思うんだ。だから、新たなパートナーに巡り合って、別の名前を名乗ることになっても、自分が持っていた唯一の宝物を忘れないでほしいな。それが、お嬢さんの願いでもあると思うから、ね」

頷く者もいれば、黙っている者、鳴き声で返事をする者など、各々違う反応を見せた。
これから先、こいつらには色んな道が待っているだろう。
それでも俺は、こいつらならば乗り越えられる気がした。
そう信じたかった。

「それじゃ、俺の仕事はここまでだ。お前らの幸運を願っている――達者でやれよ」

ポケモン達と<シザークロス>達の視線を感じながら、俺達は入口をくぐる。
最後に俺は一度だけ、奴の方へ振り向いた。

「後は任せたからな、ジュウモンジ」
「カッ、いちいち言われなくとも分かってんよ。配達屋ビドー」

頭を掻きながら、ジュウモンジも俺達に背を向け建物の中へと姿を歩き出す。
俺達も背を向けて、荒野を歩みだした。



赤毛の少女が、ふと疑問に思ったことをジュウモンジに尋ねる。

「そういや、ジュウモンジ親分の名前って、本名じゃないよね?」
「お頭の本名って何て言うんすか?」

クサイハナ使いの男も、便乗した。
他のメンバーも次々と聞き耳を立てる。
ジュウモンジは彼らの態度に呆れながら、はぐらかした。

「さあな、んなもん忘れちまったよ」


*****************


星空の下、俺はバイクを押しながらヨアケと荒野を歩いていた。バイクを走らせてもよかったのだが、なんとなく歩きたい気分だったのである。

「今日の所はあの屋敷に泊めてもらえると、助かるんだがな……」
「そうだね。報告も、したいしね……」

夜も遅くになっていたのと疲れのせいか、会話がなかなか発展しなかった。
それでも歩き続けていると、突然、ヨアケが足を止める。

「ヨアケ?」

彼女の表情は暗がりでよく見えなかった。
だが、とても真剣な表情をしているように、見えた。
この時、何故だか俺は、予感していた。
嫌な予感ではない。かといっていい予感でもない。
不思議な感覚だった。
さっき屋敷の前でした予想とも違う。
それと似ているけど、もっと大きな何かが動こうとしている、そんな予感だった。

彼女は俺の名前を呼んで、尋ねた。

「配達屋ビドー君。私達をある人の所へ届けてもらえませんか?」

俺はヨアケの申し出をざっくり切り捨てる。

「断る。生ものは取り扱っておりません」
「えー」
「あと、俺のバイクはタクシーじゃない」
「そうだよね……ゴメン」

がっくしと落ち込むヨアケ。その落ち込みようが半端じゃなかったので、俺は渋々ながらもヨアケに質問した。

「ちなみに、届け先はどこで相手は誰だったんだよ」
「届け先の場所はわからない。相手は私の……私のずっと、追いかけている相手」

ヨアケが胸に手を当てて、瞳を閉じる。
まるで、思い人の名を口にするかのように、ヨアケ・アサヒはその相手の名前を口にした。


「――――現在指名手配中の、“ヤミナベ・ユウヅキ”という男性、だよ」





                                     つづく


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