多くの人の日常が変わってしまった、あの日。 多くの人の人生が狂ってしまった、あの日。 俺は、相棒であり、俺に残された唯一の家族であるラルトスの手を引っ張り、国中を駆け回って遊んでいた。 あの日は、国中がお祭り騒ぎに包まれていた。 今では忌み嫌われているこの日は、もともと建国記念日である。どのくらいの人がそれを覚えているかは定かではないが。 城壁に囲まれた比較的平らな都市。北側には小ぶりの丘に立派な城がそびえ立つその国をソレは襲った。
それはほんの、ほんの一瞬の出来事で、 気が付いたら、俺達は“闇”に包まれていた。 いや、呑み込まれたと言った方が正しいのかもしれない。 さっきまで、都市を照らしていた太陽も、あんなに澄み渡っていた青空も、丘の緑も、赤レンガの屋根の街並みも、色とりどりの服装の人々も、 みんなみんな、真っ黒に塗りつぶされてしまって、 自分がどこにいるのか、二本の足で立てているのかさえ、わからなくなって、 夜闇のような暗さとは違う、異質な暗闇の中に俺は、何が起きたのかわからないまま、言いようのない圧迫感に呑まれていた。
ラルトスの甲高い叫び声を、聞くまでは。
思わず右手の方を見下ろした。見えない拳は空だけを掴んでいた。 繋いだ手を放していたのは、いつからだった? 握った手を緩めていたのは、いつからだった? どっと不安が、押し寄せる。 ラルトスの鳴き声が、一層高くなる。 とにかくラルトスを助けないといけない。いけないのに、どこにいるのかわからない。 声をたよりに近づこうとはした。だが出来なかった。 何故なら、周囲が、悲鳴に包まれていたからだ。
助けて、どこにいる、まってろ、来てはだめ。 そんな、ノイズが暗闇の中に溢れた。 そのノイズを聞くうち、鼓動がどんどん高まっていき、パニックになり、心臓の音以外何も聞こえなくなって、動けなくなっていたら…… まるで風船が割れるように暗闇が晴れ、俺の目の前は真っ白になった。 薄れゆく意識の渦、色彩の暴力の中、それでも俺はラルトスの姿を捜す。鼓動さえも聞こえなくなった耳で、声を聞き取ろうとする。 しかし、ぐるりと見渡しても見つけることはできなかった。 まるで、初めからそこにいなかったかのように、存在そのものがなくなってしまったように、 俺の隣から、ラルトスは姿をくらませてしまった。
…………ああ、俺とラルトスだけじゃない。この国のほとんどの民が、そうやって大切なものを失った。 すべては“闇”に、奪われたんだ。攫われたんだ。 連れて行かれて、そして――――隠されたんだ。
後にこの前代未聞の神隠しは、“闇隠し”と呼ばれることになる。
********************
それは月の無い星空の下、涼風吹く荒野でのことだった。 長い金色の髪を毛先で二つに纏めた女性、ヨアケ・アサヒは俺に依頼する。
「配達屋ビドー君。私達をある人の所へ届けてもらえませんか?」
暗い中、星明かりでぼんやりと見える彼女の輪郭、その面持ちから緊張が伝わってくる。だが、俺はバイクを両手で支えながら二言返事で断った。
「断る。俺のバイクはタクシーじゃない」 「ですよねー……」
へらへらと笑いながらも、落胆するヨアケ。笑っている割には相当へこんでいるようであった。 何だかばつが悪いので、気になった点を質問して、話題を掘り下げる。
「ちなみに届け先はどこで相手は誰だったんだよ」
その言葉に反応したヨアケは笑みを消し、じっと俺の顔を覗き込む。 俺は目を反らし「ただ気になっただけだ」と呟くことで、ヨアケが持ったであろう期待に釘を刺す。
「……ああ、うん。届け先ね」
長い息を吐く音が、聞こえてくる。 ちらりと様子を伺うと、祈るように目蓋を閉じ、胸の中央に両手を当てる彼女がいた。 まるで、思い人の名を告げる様に、ヨアケは己の追い続けている相手の正体を明かした。
「――――現在指名手配中の、“ヤミナベ・ユウヅキ”という男性、だよ」 「“ヤミナベ・ユウヅキ”っていうと、<スバルポケモン研究センター>襲撃事件の賞金首か」 「そうだよ、ビー君。私はずっと彼を捜して、追いかけて旅をしているんだ」
目を細く開き、柔和な表情でヨアケは頷いた。
<スバルポケモン研究センター>とは、ヒンメル地方のポケモン研究を担っている施設のことである。 この研究所は、だいぶ前から“闇隠し事件”がポケモンと関わっているのではないかという説を強く提唱し、各方面からの研究者を招いて調査を続けていた。 その施設がほんの3ヶ月程前に、“ヤミナベ・ユウヅキ”という男の手によって襲撃にあったのである。 詳しい経緯は伏せられているが何でも、その時に“ヤミナベ・ユウヅキ”が<スバル>で研究されていた研究物を奪ったらしく、それで指名手配になったそうだ。
「……なんでまた、そんなんに首突っ込もうとしているんだお前は」 「そりゃまあ、これですよこれ」
ヨアケは右手の親指と人差し指で小さな円を作る。 直感で俺は言葉を漏らした。
「嘘だあ……」 「嘘です」 「嘘なんかいっ」
がくりと肩を落とす俺をよそに、ヨアケは一呼吸置いて続ける。
「彼は、私の幼馴染みなんだ」 「……そりゃ、大変だな」
ヨアケがため息をする。その気持ちはなんとなく解ってしまった。 俺にも幼馴染がいる。もしそいつが犯罪者になってしまったら、同じようにため息をしていることだろう。 ヨアケは両手で顔を一度叩いて、それから再び笑みをたたえながら言った。
「とにかく、道を踏み外した幼馴染みを更生させるのも、幼馴染みである私の役割だと思って、さ」
更生って……何故そんなに、がむしゃらに前向きでいられるのか……やはり俺には理解できないかもしれない。 しばらく口をきいていない幼馴染のことを思い出しながら、俺はヨアケを否定する。
「幼馴染みに役割なんて、無いだろ。余計なお節介だと思うぞ……」 「余計なお節介結構だよ。だって私は……」
彼女の一瞬の言いよどみに、
「だって私は、少しでも<スバル>の人達を手伝いたいのだもの」
ちょっとした、ズレのようなものを感じた。
「“闇隠し”を何とかしようと何年も研究している人達に、幼なじみが迷惑かけてるのを、放って置けないよ」
形容しがたい引っ掛かりを覚えたが、ヨアケの笑顔に押し切られてしまう。まあ、そこで突っ込んだ話をするほどの間柄でもないので、流れに任せて発言する。
「お前も“闇隠し”によって何かを失ったのか?」 「まぁ、そんなところだね」
俺の問いにヨアケは目を細め、ぼかしながらも答える。 疲れたような笑みを浮かべるヨアケ。そんな彼女を見て、俺も心に疲労を感じた。 心身の疲弊からか、ヨアケの口から弱音がこぼれる。
「ビー君。“闇隠し”でなくなった大切なものって、戻ってくると思う?」 「戻ってくる」
即答した俺に、ヨアケが怯んだような気がした。
「……どうしてそう言い切れるの?」
そんな、訝しげな言葉に、
「だって、そう信じてやんなきゃ、本当にあいつはいなくなっちまうだろ?」
俺は二度目の即答をする。 もう何度も繰り返してきた答えだ。誰にだって言われてきたことだからな。 絵空事だって、言いたければ言えばいい。現実を見ろってけなせばいい。 それでも、
「あいつは、ラルトスは絶対に生きている。ああそうだ絶対にだ。絶対、絶対帰ってくる……! だってあいつは――」
俺は、諦めない。
「――たった一人の家族なんだ。どうしてそう簡単に忘れられると思うんだ」
諦めて、たまるか。
ハンドルから右手を放し、空を握る。空っぽの右手を見つめ、眉間を険しくして俺は、己の信念を言い捨てた。
「俺は、どんなことがあっても、大切な奴との過去は引きずり続けるつもりだ。苦い思い出でも、忘れるもんか。そうじゃないと、俺は、俺はっ――――」
震えてかすれる俺の言葉を、ヨアケの声が遮る。
「そうだよね」
彼女の言葉は、俺を宥めるための肯定……には聞こえなかった。 正直賛同されたことに俺は面を食らっていた。 そんな俺をよそに「そのくらいの意気込みじゃなきゃ、だめだよね」と、ヨアケが小さくつぶやく。 それはおそらく、彼女の旅の目的を達成するための意気込みだと、俺は解釈した。
*************************
俺達が屋敷に辿り着くと、夜も更けているというのに、昼間と同じようにお嬢様が屋敷の前で待っていた。 彼女はずっと、立っていたのかもしれない。今はもう、それぞれの道に旅立ったポケモン達に思いをはせながら。 じゃなきゃ、俺達への責任感だけで立ち続けられるほど生真面目な性格ってことだろうけれども、それはたぶん違うと思った。
「贈り物は無事、お届けしました」
俺の一言に、今回の仕事の依頼人であるお嬢様は、口元をそっと綻ばせる。 緊張が解けたのか、瞳を潤ませながら、彼女は俺達に礼を言った。
「アサヒさん、配達屋ビドーさん。あの子たちに私からの贈り物を届けて下さり、本当にありがとうございました」
俺とヨアケはちらりと目を合わせ、それから彼女に向き合い、受取人であったポケモン達の様子などを、最終的には全員しっかりと受け取ってくれたことを説明した。 彼女は多くは語らない。でも、俺達の話をきちんと頷いて受け止めていた。
彼女が屋敷の主に許可をもらって、俺達に二部屋の客室を用意してくれていたので、厚意に甘えて休ませてもらうことにした。 三人で就寝前の軽い挨拶をして別れた時、ヨアケが何か俺に言いたげだったのが気になったが、疲れていたのでスルーした。 そうして俺は、倒れるようにベッドへと意識を沈める。 久々に心地よく、眠りにつけた気がした。
********************
柔らかいベッドにずぶずぶと体を沈め、枕を抱きしめる。 そうしても、さっきから続く胸の高鳴りは収まってくれず、目を瞑っては、また開いてしまう。 何度も何度も瞑ろうとしても、いつの間にか開けてしまっている。 どうにもこうにもいたたまれないので、私は起き上がって立ち上がり、閉じていたカーテンを全開にした。 星々の明かりが、纏まって一室に降り注ぐ。荒野で月を見かけなかったことを思い出し、改めて探してみたけれども、やっぱり今日は見えないみたいだ。少しだけ、残念。 カーテンを開けたままベッドに戻り、夜空を見上げながらまたシーツに身をゆだねる。 あんまり夜更かしもしていられない。疲れも溜まっているので、無理矢理でも早く身体を休ませよう。 頭ではそう考えていても、胸の奥のこの得体のしれない興奮が、落とそうとする目蓋を持ち上げてくる。
脳裏によぎっているのは、彼の姿。 優しくて、強い心を持った、でもちょっと危うい彼の姿。
自分が彼に告げた言葉を思い出す。 『私達をヤミナベ・ユウヅキの元へ連れてって欲しい』 何で私は、あんなことを言ってしまったのだろう? 彼なら私をユウヅキの元へ連れて行ってくれる、とでも思ってしまったのか。 否定は、出来ない。実際、スカーフを届けた姿を見て、そう思ってしまったのだから。不思議とそう思える何かが彼にはあった。 でもこれは、彼にとっては何のメリットもない厄介事だ。断られて当然なのもわかる。 でも、断られてしまった後でも続く、このドキドキした気持ちは一体何なのだろうか。 ひょっとして、期待している? もし、もしそうだとしたら……そんなのはおこがましい。とても、とても。 だけれども、どうしてもあの背中が気になる。過去を引きずっていくと言い切った、今にも押しつぶされそうなあの小さな背中が。
私も、他人のことは言えないほどずっしりと過去を、ユウヅキの面影を引きずって生きている。 けれども、私は過去に押しつぶされてはいない。それは、私を支えてくれる人やポケモンたちが居てくれたおかげだ。 彼には、そんな相手が居るのだろうか? いや、居ないはずがない。だって、あのリオルは彼の呼びかけに、しっかりと応えていた。 じゃあ、ジュウモンジさんも言っていた、彼が自分の手持ちをねぎらうのに抵抗を覚えるのって、何故? 考えてみればみるほど、彼は一人で背負いすぎのように思える。 彼にとって、それは当たり前の日常になっているのかもしれない。 でもこんなことを続けていればいずれは……
……ああそうか、これは、このドキドキは、恐怖だ。 私は、彼のことが、ビー君のことが……怖いんだ。
だからこそ、私はビー君から逃げちゃいけない。そうだよね。 キミならそう言ってくれるよね、ユウヅキ?
*******************
幸せな夢を見た。 とても久しい気持ちになる、幸せな夢を。 それを夢と認識するまで、さほど時間はかからなかった。 何故なら、その草原にはラルトスが居たからだ。
(ラルトス)
俺の呼びかけに、角を暖かく光らせ、振り向くラルトス。 若緑色の前髪から覗く赤い瞳が、俺を捕らえた瞬間、光り輝いた。 白い布を引きずりながら、こっちにラルトスは近づいてくる。 抱き上げてやると、光はいっそう強くなった。 ラルトスが嬉しそうな鳴き声で、俺の名前を何度も呼ぶ。 俺も、何度もラルトス、と名前を呼んだ。 強張っていた口元が次第に解けてゆくのが、わかった。
(ゴメン。あの時、手を放して……ひとりにして、ゴメン)
俺の言葉に、ラルトスは必死で首を横に振る。 それから、気にするなと言わんばかりにその細い手で俺の頬を撫でた。 感触がないはずなのに、その手は温かかった。 ああ、やはりこれは夢だ。 簡単に、許してくれるはず、ないもんな。 俺の願望をこのラルトスが叶えてくれているだけだ。
解放されたラルトスが、俺に向かって精一杯その白い手を振っていた。 俺も手を振り、挨拶を口にする。
(またな)
さよならやバイバイじゃないところが、俺らしいと感じた。 そうだ。必ず迎えに行く。だから、待っていてほしい。 そして、また会おう。 きっと、きっとまた、会おう。 それまで絶対、忘れないから。
目蓋を開けると目元が湿っている。 眠気からきたものだと、思うことにした。
*******************
翌朝、いつもより少しだけ遅く起きた俺は、お嬢様に朝食のもてなしを受けた。 その席にヨアケの姿が見えなかったので、まだ寝ているのだろうとたかをくくっていたらお嬢様から、「アサヒさんなら、もう旅立たれましたよ」と言われ、俺は困惑した。
「ビドーさんに一言お声掛けしたらどうでしょうかと提案したのですが、寝かせておいてあげてください、と……」 「あいつ……」
別に、何か言いたいことがあるわけでもなかったが、それでも別れの言葉くらいは言わせてもらいたかった。 そのまま悶々としたまま出発の支度をし終える。 そして、ここから発つ前に、泊めてくださった屋敷の主にお礼を言うため、かの御仁の元へお嬢様に案内をされながら赴いた。
憔悴している。 それが、その方を見た俺の第一印象だった。 こげ茶の洋服を着た、その初老の男性は、俺のことを見ているようで、見ていなかった。 お礼の言葉をいただくも、上っ面……というよりも上の空という感じで、上手く会話が噛み合わない。そんな錯覚に陥ってしまう。 下手に刺激しないほうが良さそうだ。と思い、失礼だが俺は、ただただ相槌を打ちながら会話の終りを待った。 そうして形式上のやり取りを済ませ、退室しようとした。 すると、聞こえるか聞こえないか瀬戸際の声で、彼は呟いた。
「ビドーさん、貴方も私を言及しないのですね」 「……何を、でしょうか」
振り向くと、彼は俺をじっと見ていた。先程までの様子が嘘のようなしっかりとした眼差しで、俺を見据えていた。
「私のしていることが、私達が被害を受けたあの神隠し事件と、なんら変わらないことですよ」
皮肉な笑みを浮かべて、老人は続ける。
「神隠しに両親を奪われたあの子に私は……私の手で大切な存在を奪ってしまった。あの子だけではない、ポケモン達にも別れを与えてしまった……なのにあの子は私の事を責めなかったんです」 「考えすぎでは。出会いがあれば……別れもあります。彼女はそれ受け止めたからこそ、何も言わないのでは」
自分でも、言っている言葉がちぐはぐだと感じた。どうやら上っ面で話していたのは、俺の方だと分かり、恥ずかしさを感じる。
「ですが、<シザークロス>の方々に預けるまで私は、あの子にそのことを知らせずに、あまつさえ別れの挨拶をする機会さえも与えなかったのですよ」
はっとなる俺に、彼は矛先を向ける。
「ビドーさん。貴方は理不尽な別離に、二回も耐えられますか?」
彼の言葉は、俺にあの“闇”を、否が応でも思い出させた。 思わず右手を見つめる。 握りしめた拳が、そこにはあった。 その拳は、震えてはいなかった。ただ固く、そこにある。
「いいえ耐えられません。耐えられるものですか……でも、今回のは、理不尽な別離では、ないです」 「どう、違うのですか」
食いつく彼に俺は、握り拳を解いて、昨夜の出来事を思い返し、絞るように言葉を出した。
「彼女は自分の想いを、贈り物としてあのポケモン達に渡せました。それが、彼女にとっての別れの挨拶……いえ、旅立つ友への、餞別です。確かに貴方が作った別れは唐突で、理不尽だったかもしれません。でも、彼女が伝えたかったことは、あのポケモン達にはきっと、届いています。というより、俺が届けました。だから、彼女達にとって今回の別れはあの事件とは違う、そんな、悪いものではなかった、と俺は思います」
俺の言葉を受けて、黙り込む彼。気まずくなったので、咄嗟に謝ってしまう。
「何だか、偉そうにすみません」 「いえ、お気になさらず。少し、少しだけ心が晴れました。ありがとうございます」 「こちらこそ、一晩泊めてくださり、ありがとうございました」 「いやいや、こちらこそ孫娘の手助けをしてくださり、本当にありがとうございました。引きとめて申し訳ありませんでした。道中どうかお気をつけてください」 「はい」
屋敷の主と別れ、客間から出たら、お嬢様が何やら申し訳なさそうにしていたが、そこまで俺らに気を遣わなくて結構だと俺は彼女に言ってやった。 出発する折に、彼女は俺にお弁当をくれた。そして再びお礼を言い、どこか吹っ切れた顔でこう言った。
「私は、あの子たちが私にくれた勇気を忘れません。あの子たちがいなくても、強く生きていきたいと思います」
深い意味は俺には分からないが、彼女自身に対する一つの決意表明なのだろう。そんな彼女に対し俺は、
「あまり気張らず、ほどほどに頑張ってください」
あまり気の利いた台詞を言ってやることは出来なかった。 それでも彼女は笑顔で「はい」と答える。 正直、彼女のそういう強さがほんのり羨ましいと感じる自分もいた。
*************************
屋敷の門をくぐって、その姿を見つけた時点で、俺は何とも言えない気持ちになった。 何をしているんだあいつは。というのが彼女の姿を見た感想である。 彼女は少し離れた所に立っていて、右手を道路側に突き出し、親指だけを立てた握り拳をしていた。 その表情は遠目から見ても分かるほどの、晴れやかな笑顔である。 少しだけ声を張り上げ、サイドカーの付いたバイクを押して近づきつつ、彼女に問いかける。 現在、サイドカーの席は空いている。
「何してんだ、ヨアケ」 「おはようビー君。何って、ヒッチハイクだけど」 「おはよう……って、お前、ヒッチハイクする必要ないだろ。手持ちのデリバードで移動すればいいじゃないか」 「そうしたいのはやまやまだけど、リバくんは昨日散々飛んでもらったから、休ませてあげてるの」 「だったら、もう少し屋敷に居ればよかっただろ」 「もう出ちゃったよ。今更戻りにくいって」
わざとだろ。という言葉が喉まで出かかったが堪えた。 代わりにため息を一つ吐いて、質問を投げかける。
「これからどこに行くんだ」 「とりあえず、【ソウキュウシティ】で情報集め、かな」 「王都か。奇遇だな、俺も【ソウキュウ】に戻るつもりだ」 「そうなんだ……えーっと……」 「……そこまで乗ってくか?」 「うん! ありがとう!」
俺の誘いにヨアケは輝く表情で乗る。 その言葉を待ち望んでいたというような即答だった。 そう言えば、ヨアケに言いたいこと、あったな。
「ああそうそう、お前に二つ言い忘れていたことがあった」 「なあに?」 「スカートで空を飛ぶな」 「う……はい」 「それと、応援ありがとな」 「応援……?」
心当たりがない、という風なヨアケ。 覚えていないならそれでもいい。そう割り切って、俺はヨアケに促す。
「それじゃ、行くぞ。さっさと乗れヨアケ」 「え、あ、うん……道中よろしくお願いします、ビー君」 「あいよ、こちらこそ」
*******************
ヒンメル地方南部。広い荒野に引かれた道路の上を、青いフォルムのサイドカー付きバイクで走る。 隣の席には予備の白いヘルメットを被ったヨアケが静かに座っていた。 エンジン音に紛れて、穏やかな寝息が聞こえる。 朝早く起きたせいか、それとも昨晩眠れなかったのかは知らないが、ヨアケは眠りについていた。 速過ぎず、でも遅すぎないスピードで、俺はバイクを走らせる。他人を乗せるのはあまりしないので、加減がよくわからなかった。
(親父だったら、もっと上手くやるんだろうな)
そう、少しだけ練習してこなかったことを悔やむ。
このバイクは俺の親父の遺品である。 なんでも俺が生まれる前、親父が母さんとデートするためだけにサイドカーを付けたらしい。 二人乗りすれば良かったんじゃないか、と親父に尋ねたこともあったが、親父は「そんなことしたら心臓に悪い」と断固として譲らなかった。 遺言でも、もしバイクに乗れる年齢になっても二人乗りだけは止めておけと念を押されたほどである。 母さんは俺が幼いころ亡くなってしまったので、そのサイドカーは物心ついた時には俺の席になっていた。 このサイドカーが、まるで揺り籠のような役割を俺に与えてくれたのを、今でも覚えている。 途中の休憩の合間、ヨアケの寝顔をちょっとだけ覗く。 無防備すぎる表情に呆れつつ、改めてこのサイドカーの効力を感じた。
(寝心地、良くないはずなのに眠れるんだよなあ)
俺もよく、親父が走らせるバイクの横で寝たものだ。 たとえ走っていなくても、眠れない夜はサイドカーにこっそり潜り込んで、夜が明けるのを待っていたこともある。 親父も亡くなって、ラルトスと二人きりになった夜も。 ラルトスがいなくなり、暗闇が怖くなってしまった夜も。
【ソウキュウシティ】はここから北にある、【トバリ山】を超えた先にある。 【トバリ山】はヒンメル地方の中央部と南部を横断している山だ。 この地方にある山々の中でも特に険しく、山道に道路が作られるまで、地上を進むには長い日数をかけて山を迂回するか、山道を徒歩で超えていくかの二択だったらしい。 いくつかの山道に道路が整備されたことにより、車両でも気軽に南部に向かうことが出来るようになったのである。 その、筈だったのだが……
「おい、ヨアケ。起きろ」 「ん……ふああ、ゴメン……ビー君。寝ちゃってて……」 「それは構わない。それより、弱ったことになったぞ」 「弱ったこと?」
メットのシールドを上げ、目をこするヨアケ。 眼前の光景を見て、事態を把握したヨアケがぼつりとこぼした。
「うそ」 「言っておくが、夢じゃないからな」 「わー……」
いつにも増して、車を見かけないと思ったら、こんなことになっているとは。 その白と緑っぽい黒のツートンカラーの丸みを帯びた巨体は、谷間に挟まるように、道路を塞いで鎮座していた。
「カビゴンだー」 「カビゴン、だな。今朝方山の上の方から落っこちてきたみたいだ。さっきすれ違ったトラックの運転手が嘆いていた」 「そりゃあ、無理ないよ……」
唖然とするヨアケに、俺は謝罪する。
「悪い。こんなことになってるとは思わなかった」 「ううん、しかたないって。どうする? 捕まえる?」 「難しいだろ。ここはポケモン保護区に指定されているしな」 「あ、そっか……<エレメンツ>には連絡した?」 「一応、さっきの人が」 「じゃあ、待ったほうがいいね」 「いいのか? 俺に付き合って待つ必要はないぞ」 「まあ、いいじゃんいいじゃん。急ぐわけでもないし」 「それは、そうだが……」
のんきというか、のんびりやと言えばいいのかわからないが、そのペースに呑まれそうになった。 ヨアケのペースに翻弄されないように、首を振って立て直す。
「いいや、やっぱりどかそう」 「どうやって?」 「こいつの力を借りるのさ」
そう言ってから、俺はモンスターボールからポケモンを繰り出した。 ボールの中から出てきたのは屈強な四本の腕を持つポケモン、カイリキー。
「おおー、配達屋っぽいね!」 「だろ?」
ヨアケが瞳を輝かせる。彼女の熱い視線を受けたカイリキーは、得意げに右上腕で力こぶを作ってみせた。 それを見たヨアケが喜ぶもんだから、カイリキーは次々とポーズをし始める。そのうちヨアケが拍手をし始める。 そんなやりとりだけで5分くらい経過した。しかしステージ(?)はいまだに盛り上がりを見せている。
「おいカイリキー……そろそろ、その辺で切り上げて……ヨアケも止めろっておーい、あのー……」 「かっこいいぞー!」 「……………………カイリキー、そのままでいいから『ビルドアップ』」
俺の指示にカイリキーは待ってましたと言わんばかりに応える。 カイリキーの全身の汗が迸り、鍛え上げられた筋肉が弾んだ。 それは有終の美を飾るにふさわしい『ビルドアップ』だったといえよう。
「おおー!」 「ウォームアップは済んだか?」
皮肉交じりの確認に、今まで見たこともない良い顔で親指を立てるカイリキー。あ、高揚感に溺れて皮肉が通じてないな、これは。 ……まあ、カイリキー自身が楽しかったのなら、それでもいいか。 さて、カイリキーのテンションが上がっているうちに、働いてもらうとしよう。
「いけ、カイリキー! カビゴンを持ち上げるんだ!」
応、と一声上げ、カビゴンめがけて駆けだすカイリキー。 四本の腕でカビゴンの巨体をがっしりと掴み、両の足でどっしりと構え――そして一気に持ち上げた。 唖然と見てるヨアケに、俺は発破をかける。
「長くは持たない、今のうちに通り抜けろ!」 「う、うんっ!」
二人で協力してバイクを押し進める。カイリキーは汗を垂らしながらもしっかりと堪えてくれている。 途中までは順調に事は進んでいた。だが陰りまで入って、あともう少しで抜けられるというところで、状況は一変した。
地響きのような音が、全身を振るわせる重低音が俺達を襲う。一瞬、山が崩れたのかと思わせるような音が、一帯に轟く。 思わず俺はバイクから手を放して両手で耳を塞いでしまった。 とっさに取ったその俺の行動は、間違いだった。 耳を塞ぎたくなるのが、俺だけじゃないことに気付けなかった。 視界の端を金色の髪がたなびく。 動けない俺の脇を、苦々しい表情をしながら全力でヨアケは一人バイクを押し、陰りを突破する。 そして彼女はこちらを振り返って、目を見開き慌てて叫ぶ。
「走って!」
ヨアケに呼ばれることで、本当に遅すぎるくらいようやく、音の正体に気が付いた。 この地鳴りが、カビゴンの発している『いびき』だということに。
攻撃を仕掛けられていた事実を把握するのが、遅かった。遅すぎた。 更に、最悪のタイミングで足がすくんでしまう。
(やばい、怯んで、動けな――)
諦めそうになったその時。
(?!)
突如、背中に走る衝撃。 誰かに突き飛ばされる、感覚。 転がるように暗がりから抜け出た俺は、その誰かを目の当たりにする。 青い、青いそのシルエットは、その赤い瞳で俺の姿を真っ直ぐ捕らえていた。
「リオ、ル……?」
いつの間にボールから飛び出ていたのだろうか。リオルはそこに立っていた。 今にもカビゴンに押しつぶされそうなのにも関わらず、リオルは安堵の表情をしている。 まるで、俺を助けられてよかった、と言いたげな顔をしていた。
「ビー君モンスターボール!!」 「! 戻れリオルっ!! カイリキー!!」
ヨアケに怒鳴られて何とか我に返った俺は、間一髪でモンスターボールにリオルとカイリキーを戻すことに成功する。 そして、今度こそ本当の地響きが辺りに響いた。
*******************
カビゴンは『いびき』以上の攻撃は仕掛けてこずに、再び寝息を立て始めた。 俺は、力が抜けてへたり込んでしまう。そんな俺の頭上に、ヨアケの軽い手刀が振り下ろされた。
「いてっ」 「こらっ、無茶しないのっ」 「……すまん。助かった」
何とか立ち上がり、バイクの様子を確かめに行くと再び手刀で頭を叩かれた。やめろ縮む。
「バイクよりポケモンの心配でしょ!」 「……そうだな。その通りだ」
正論過ぎてぐうの音も出ない。さっきのショックが大きかったとはいえ、もう少し冷静になれ、どうかしてるぞ俺。 ボールを握る手に力が入らない。それでも、若干逃げ腰になりつつもモンスターボールからリオルとカイリキーを出す。
カイリキーは冷や汗をかいて、それでもやり切った顔をしていた。 リオルは相変わらずそっぽを向いている。 カイリキーが俺の様子を案じて顔を覗き込んだ。 俺はカイリキーとリオルに対して頭を下げる。
「悪かった。お前らを危険な目に合わせてまで強行して、すまなかった」
カイリキーは気にすんな、と言わんばかりに肩をぽんっと一度叩いて俺に背を向ける。 リオルはというと、こちらを向いていた。 何かもの言いたげにしているリオル。何か言葉をかけてやるべきだとは理解していたが、その肝心の言葉が出てこない。 ぼやぼやしてたら、リオルに脛を軽く一発蹴られる。痛くはなかったが、精神的には痛かった。
カイリキーの向かった先に目をやると、ヨアケと一緒にカビゴンの前で何かをしていた。
「カイリキー、ちょっとだけカビゴンを転がしてもらってもいい? うん、そうそう」
転がされ、こちらに背中を向ける形になるカビゴン。ヨアケはそのカビゴンの身体を調べている。
「何してんだヨアケ。また『いびき』がくるぞ」 「それならそれで、いいんだよ」 「は?」 「……あった!」
何がいいのかわからずにいると、ヨアケが鞄からきずぐすりを取り出して、それをカビゴンに使った。
「もしかして、ケガしているのか? そのカビゴン」 「うん……ほら見てここ」
ヨアケの指さした所を見ると、範囲はそこまで大きくないが、結構深い傷が二つある。何かの爪痕だろうか。
「よく気が付いたな」 「なんか、顔色悪いし寝苦しそうにしていたから、もしかしたら眠って回復している最中だったのかなって。さっきの『いびき』も振り絞って出してたみたいだし」 「そうだったのか」 「……まだ体力も戻り切っていないみたいだね」
そう言うとヨアケはモンスターボールを手に取り、ポケモンを出した。
「セツちゃん!」
ボールから出て来たのは、背中に大きなキノコを背負った虫ポケモン、パラセクト。
「お願いセツちゃん、治療用の胞子をちょうだい」
セツと呼ばれたパラセクトは、キノコを震わせて、胞子を抽出する。
「そうか、漢方薬か」 「その通り! セツちゃん特製のちからのこなってところだね」
ある地方ではパラセクトの胞子を漢方薬にするらしいという話は聞いていたが、実際にこうして見るのは初めてだった。 ヨアケが再び鞄の中に手を入れる。中から取り出したオブラートで、集めた胞子を包んでいく。
「そのままじゃ、苦いからねー。お水と一緒に、そう一気に飲み込んで」
彼女の指示に従い薬を飲むカビゴン。 カビゴンの表情が、少しだけ和らいだ。
「……何かに襲われたんだろうか」 「何か、っていうよりもこの場合は“誰か”じゃないかな」 「それってつまり」
俺のつぶやきに、ヨアケは静かに山の上の方を見上げて、重々しく言った。
「密猟、だね」
*************************
坂の上の茂みから、カビゴンを見張る二つの影があった。 赤いリュックを背負った、あちこちに跳ねた黒髪をもつ女性が、こちらを見上げる金髪の女性を見て呟く。
「んーと、あの人、アタシらの存在に気付いたっぽい?」
その言葉を隣で聞いていた、黒い半袖シャツを着た、金色の髪をソフトリーゼントにしてある青年は、丸いサングラスをかけ直しながら頷いた。
「そうかもしれない。だが、こちらの具体的な戦力などの情報は、まだ把握されていないだろう」 「むー、だといいんだけれども、ね」 「このままあの二人にカビゴンを回復されては厄介、だな。放って置けば、いずれ<エレメンツ>も来るだろう」 「ねー……どうしたもんだか」
赤リュックの女性の相槌に、眉をしかめるソフトリーゼントの青年。 サングラスの下の青い眼を細めながら、女性に苦言を呈す。
「こうなったのはもとはと言えば、お前がカビゴンの縄張りの木の実を奪おうとして怒りを買ったからだろう」 「あー、そうだったねぇ。カビゴンの食べ物の中に、珍しい木の実があるかなあって思ったら、つい」 「………………つい、ではない」
うなだれる青年に、小首を傾げながら、謝る女性。
「んー、ゴメンね?」 「……もういい。その代わり報酬を減らす」 「えー、そんな、無慈悲なー」 「最初に断っただろう。報酬は働き次第だと。この捕獲作戦が成功しなければ、その分少なくなると思うことだ」 「あー……でも、ゼロにならないところが、キミの優しさを感じるなー」 「タダ働きがお望みか」 「いいえ」
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「さて、どうしようかビー君」 「どうする……つっても、ほっとく訳にもいかねーし<エレメンツ>が来るまでこいつを守った方がいいんじゃないか?」 「そうだね。私もそれに賛成だよ」 「じゃあ、とりあえず昼飯にでもするか」 「あ、もうそんな時間だったんだ。お嬢さんから頂いたお弁当、楽し……あ……」 「? どうしたヨアケ……」
嬉しそうにしていたヨアケの表情が固まる。彼女の視線につられ、そちらを向くと、
「あ」
カビゴンが、物欲しげな顔で、こちらを見ている !
「「…………」」
長い長い、腹の虫の音が聞こえてくる。一筋の涙がカビゴンの頬をつたった。気がした。
「ま、まだ腹減ってねーし止めとくか!」 「そうだね! そうしよう!」
動けないカビゴンを他所に、のうのうと食べるのは流石に心が痛む。ので、俺達は昼飯を我慢することにした。
「悪い、カビゴン……弁当はやれないけど、せめてこれで体力回復してくれ」
オレンのみをカビゴンの大きな口の中に入れ食べさせる。カビゴンの顔色がだいぶ良くなった。 カビゴンが表情を緩める。緊張していたのだろう。俺もヨアケもつられて、口元を緩めた。
ふと、何か思い出したように、ヨアケが俺に確認を取る。
「ところでビー君。ちゃんと、ふたりに言ってあげた? お礼」 「………………あ」 「忘れ、てたの……?」
黙り込む俺を、ヨアケはじとーっと見つめながら責める。 リオルもヨアケと同じ目つきをしていた。カイリキーはそんなふたりを「まあまあ、責めてやってくださんな」というポーズで、冷や汗を垂らしながらたしなめている。
「…………すまん、忘れていた…………ありがとう。ふたりとも」
リオルは「遅いんだよ」と鼻を一度鳴らした。 カイリキーは右下腕の親指を一つ立てる。 指摘されてからでは遅いけど、それでもこいつらとの関係を、一歩前に進めた気がした。 でもそれは、そんな気がしていただけで、本当はその場から一歩も動いていないことを……見破られる。
「……本当に忘れていただけなのかな?」
話のきっかけは、その何気ない一言だった。
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「どういう、意味だ……?」 「いや、えっと……ちょっと気になっただけなの」 「だから、なんだよ」
聞き返す俺に、ヨアケは躊躇いを見せながら、謝罪する。
「ずるいけど……本当はこの場で言うべきじゃないことだから、先に謝っておく。ゴメンね」
そして彼女は、ざっくりと切り込んできた。
「私が思うに、ビー君……キミは、怖がっているんじゃないかな。リオル達と親しくすることを」 「怖がっている、だと……?」 「うん。でもまあ、怖がっているって言うよりは、壁を作っているって感じかな」
確かに、リオルたちとの距離感を感じることはある。それは時折考えていたことでもあった。 ヨアケはその壁を作っていたのが、俺だと言いたいのだろうか。
「ジュウモンジさんは、リオルがビー君のことを信頼していないって言ってたけど……どうも私には、そうは見えないんだ」 「どうしてそう思うんだ?」 「だって信頼してなきゃ、バトルであそこまでビー君の指示を聞かないよ」
先日のリオルのバトルを思い返してみる。思えば、そっぽを向くことはあれど、リオルがポケモンバトルで俺の指示を聞かないということは、なかった気がする。 信用は、してくれているのかもしれない。だが……
「それは、そうかもしない。だが、いまだにリオルは進化してないじゃないか。ジュウモンジが言いたいのは、そういうことでもあると思うぞ」
ジュウモンジの言う通り、懐き進化のリオルがルカリオに進化していない。それこそが、俺がリオルに信頼されていない、証拠。
「懐かれていないんだよ、俺は」
その言葉を聞いたヨアケは眉をひそめ、あからさまに困惑した表情を見せた。
「本気でそう言っているの?」
彼女は右手を頭にやる。パラセクトが心配そうにヨアケを見上げた。カイリキーは戸惑いながら俺とヨアケを交互に見る。 頭を抱えながらも、ヨアケは俺の背後のリオルを見て、うつむくリオルを見て、言葉を付け加え、繰り返し問いかけた。
「ビー君庇った時の、リオルの顔を見てもまだそう思っているの? いつまでそう思い続けているの?」 「!」
突きつけられた、問い。 あの安堵の表情が、思い返され、胸が僅かに痛んだ。 何かを言おうにも、見えない何かに遮られて、何も言えなくて。 そこまで言われて俺はようやく、自分が目を逸らし続け、逃げていたことに気づく。
「……そこが、壁だよビー君」 「……これが、壁か」
懐かれていないと思うこと。思い込んでいること。それが、彼らと向き合わないようにしていた口実だったのかもしれない。 リオルを見下ろす。しかしリオルは目を合わせてくれなかった。
「ビー君さ、ラルトスのことをたった唯一の家族って言っていたよね」
昨夜の俺の言葉。その切り口で、彼女が何を言いたいのか大体察した。 呆然とリオルを見つめ、ゆっくりとうなずく俺をヨアケは心配そうに見る。それから、静かに俺を諭した。
「別れを引きずって生きていくのと引きずられて生きていくのとじゃ、意味が違うよ。過去ばかりじゃなく、周りも見てあげて」 「忘れろって言うのか」
苦し紛れの笑みを浮かべる俺に対して、彼女は首を横に振って否定をしようとした。 けれども、突然現れた翅音に注意を持っていかれることになる。 俺とヨアケは空を見た。上空には一体のひし形の翅を持つ緑色のドラゴンポケモンが、旋回していた。
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「あれは、フライゴン? 誰か、乗っているみたいだけど……」
トレーナーらしき人物を乗せたフライゴンは、じわじわとこちらへ降下してくる。 俺は半ば投げやりに推測をした。
「エレメンツの救援じゃないのか?」 「違う、エレメンツにフライゴンはたぶんいなかったはず――気をつけて!」
ヨアケの警戒を呼びかける声に呼応するかのように、フライゴンに乗った女トレーナーが間延びした声を発した。
「あれー、なんでばれたのかなー。まあばれたからにはしょうがないなー。それじゃあー、お覚悟っ」
女の持っていた袋の中から、十数個の紫色のボールが、上空にばらまかれる。
「なっ」 「セツちゃん! 『タネばくだん』!」
パラセクトの『タネばくだん』のおかげで、ばらまかれたうちの数個を落下途中で吹き飛ばすことには成功はした。が、それ以外は地面に着弾し、辺りに煙幕を立ち昇らせ視界を奪う。
「けむりだまか! くそっ!」
煙を吸い込まないようにしていたら、坂から何者かの駆け降りる音が聞こえる。
「! もう一人来るぞ!」
足音が途絶え、一瞬空を何かが切る音がした後、煙幕の間に光がこぼれ出るのを見た。 初めはいったい何が光ったのか理解出来なかった。しかし、コン、コンと地面に何かが跳ねる乾いた音が響き渡り、少ししてから暴発するような音とともにまた光が出る。 ポケモントレーナーなら馴染み深いこの音のリズムと光。その正体に気付き俺たちの間に一気に緊張が走る。
「いきなりモンスターボールかよ?!」 「カビゴン! 大丈夫!?」
ヨアケの呼びかけにカビゴンが応答する。その声には焦りが混じっていて、無事には無事だが、といった様子だった。不意を突かれ、捕まりかけていたのだろう。 風切る二投目のボールとそれを弾き返す音。それからリオルの吠え声が聞こえた。
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「そっちか!」
煙幕が晴れていき、視界が開ける。 そこで俺たちが目にしたのは、坂にもたれかかるカビゴンと、開けた道の向こう側に走り去る黒いシャツの青年。 それからその青年を追いかけるリオルの姿だった。 俺たちとリオルたちとの距離は、予想よりも遠い。 煙幕の中リオルは密猟者の感情の波を察知して、位置を特定し、とっさに行動に出たのだろう。
「待てリオル!」
俺の制止を、リオルは任せろ、と一声鳴いて振り切った。
フライゴンと女トレーナーの姿はなくなっていたが、今カビゴンから離れるのはまずい気がする。 だが、深追いをしているリオルも、危険だ。 それを考えると躊躇している時間はない――――なのに足が動かない。 見えない壁に遮られ、圧迫感に雁字搦めにされて、動き出せない。
どうしてだ? どうして自分のポケモンのことを、すぐ追いかけてやれないんだ? 他人のポケモンのためなら、あんなに動けたのに。 カビゴンとリオルを比べている? ふざけんな。どっちが大切かなんて、とっくに解っているはずだろ?
握りこぶしは解かれ、かろうじてリオルの方へと、伸びていた。 そうだ、掴むべきは、空じゃない。
「ビー君……?」 「カイリキー……俺に一発『かわらわり』。頼む、俺の壁をぶっ壊してくれ」 「?! ビー君、壁ってそういうことじゃないよ!」
ヨアケのツッコミをガン無視して俺は、今の俺なりに辿り着いた答えを彼女に言った。
「確かに俺は怯えてたのかもしれない。大切なものを失う悲しみを知ってるからこそ、もうそんな思いをしたくないと」
だったら初めからそういう相手をつくらなければ、傷つかないで済む。 だから親しいと、大事だと思わないように、目を逸らして拒み続けていた。
「でもそれじゃダメなんだよな。だって、こんな俺のことを慕い、ついてきてくれているんだから」
あいつの、リオルの滅多に見せない笑顔を思い出し、その柔らかな表情を思い返し、今更ながらぐっと感情がこみ上げる。 声が上ずりかけるのをぐっとこらえて、最後まで言い切った。
「ラルトスのことは忘れられない。忘れちゃいけない。忘れてたまるか……でもだからって、リオルのことから、目をそらしていいってことにはならない。ってことだよな?」
俺の答えに呆気にとられていた彼女は、気を取り戻して「あってる」と言い、小さく笑った。 日の光を浴びたその笑顔は、少しだけ輝いて見えた。
「ヨアケ、カビゴンのこと、任せたぜ。ちょっと相棒連れ戻してくる」 「任せて、行ってらっしゃい」
意気込んだ俺に、若干タイミングを逃したカイリキーの『かわらわり』が、俺の背中に炸裂した。 それは『かわらわり』とは言えない、どちらかというと気合を入れる類の平手打ちだった。 カイリキーは若干呆れながら、これでいいか? と苦笑いしていた。 つられて俺も苦笑してしまう。
「充分だ、ありがとう」
壁は、壊された。 カイリキーをボールに戻してバイクに飛び乗り、俺はリオルと密猟者を追いかける。 ちょっと遅い、スタートラインだった。
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彼の後ろ姿が曲道へ消えていくまで、私は彼から目を放せないでいた。 何故なら、あの押しつぶされそうだった小さな背中が、今では少し頼もしく見えたからである。 その頼もしさは、ひょっとしたら一時のものかもしれない。でも、私が彼に感じていた恐怖の感情は、形を変えつつあった。 たぶん彼はもう大丈夫。そう、信じたくなり始めている私がいた。
ロングスカートの裾を軽く引っ張られる。振り向くと、私のパラセクト、セツちゃんがツメに何か引っかけていた。 受け取ってみるとそれは、黄色と青色に彩られたモンスターボールの半分だった。 周囲を見渡すと、同じようなカプセルの片割れが三つ落ちていた。セツちゃんのを合わせて四つ、つまりは二個のボールの残骸が転がっていたことになる。 種類はおそらくクイックボール。もしかしたら、相手は短期決戦を挑んできていたのかもしれない。 となると、カビゴンを襲ってきた人たちは、ふたりとも引き上げた可能性もある。 彼らを追って行ったリオルとビー君は、大丈夫だろうか……
「休んでいるのにゴメンね……リバくん、お願い!」
セツちゃんに地上の警戒をしてもらいつつ、私はボールの中で休ませていたデリバードのリバくんを出し、空中から周囲の様子を見てもらうことにした。
「リバくーん! フライゴンを探しているんだけど、いるー?」
首を横に振って否定するリバくん。でも、代わりに何か見つけたようで、私にそちらを向くように鳴く。
「あれは……!」
遠目にでもすぐ見つけられるほど、その飛行ポケモンと思われるシルエットは、大きかった。
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少しバイクを走らせると、道路の途中に技の痕跡があった。 『きあいだま』が着弾したような窪みから、『はっけい』を繰り出す際に出る土の舞い上がった跡。『でんこうせっか』をしようと踏み込んだ足跡まで。どれもリオルのものである。 反撃をされた形跡がないのが不自然だ。相手が逃げに徹しているのからなのだろうか? それにしても、追跡してくるポケモンの攻撃から人間がここまで攻撃をかわし続けてるとは……『でんこうせっか』も使っているんだぞ? 一般的なトレーナーの動きじゃない。レンジャーとか、空手家とかそういう類の奴だろうこれは。 痕跡は道路から外れて、坂の茂みの方へと続いていた。
「そっちか!」
バイクを降りて坂を駆け上がっていくと、林の中の開けた場所に出て、そこでリオルの姿をとらえることが出来た。 リオルは青年……丸グラサン金髪リーゼント野郎のポケモン、長い両手と尻尾に大きな爪がついた紫色の化け蠍、ドラピオンと対峙していた。 丸グラサン男が追いつめられてドラピオンを出し、リオルは奴らの動向をうかがっている……というわけではないようである。 違和感の正体にはすぐ気付けた。リオルの動きだけが、膠着していた。
「リオル!」
俺はすぐさまリオルの元へ駆け寄ろうとした。すると、リオルに物凄い剣幕で吠えられる。驚き立ち止まると、リオルはまたあの安堵の表情を見せた。 何なんだいったい、と思いながら目を凝らすと、リオルの周囲の地面には、何か毒々しさを持つ刺々しい物体が散りばめられている。それは俺の足元にまで、広がっていた。 リオルが吠えていなかったら、危うく踏んでいただろう。俺はまた、リオルに助けられていた。 丸グラサン男がドラピオンに指示を出す。
「――ドラピオン、もう一度『どくびし』」
男の指示に合わせて、ドラピオンが毒の付与されたまきびし、『どくびし』をばらまく。 二度目の『どくびし』は、既にばらまかれていた一度目の『どくびし』と合わさって、その毒の効果をより強力なものにしていた。 ますます、身動きが取れなくなる俺とリオル。 そんな俺らを見て、少し余裕が出たのか、丸グラサン男は軽口を叩き始めた。
「お前のリオルは、手加減というものを知らないのか」
一瞬、何のことを言われているのか分からなかった。が、さっきの道路の状態を思い出し、文句だと察した。 文句を言われる筋合いはないので、皮肉を持って対応する。
「悪党相手に油断しないところが、俺のリオルのいいところなんでな」 「それは……褒めてやっているのか?」 「そ、そのつもりだ!」
予想外にストレートなツッコミに戸惑う俺を、リオルは疑惑の眼差しで見ていた。 ドラピオンも冷めた眼差しをしている。やめろ、そんな目で見るな。 丸グラサン男はというと、「そうか」と一言呟くなり、困惑する俺のことを放置して、何か考え込み始める。
「……しかし、悪党か」 「……なんだ? 言い逃れするのかこの密猟者」
かすかなぼやきに喰いつくと、奴は真面目な声色で返して来た。
「密猟というのも、おかしな話なのだがな」
サングラス越しだとどう視線を動かしているのかが分かりにくい。だけど、奴がどこか遠くを見据えているのは、なんとなく感じ取れた。
「そもそも、あの“闇隠し”以降近隣国によって、ここ【トバリ山】に限らずヒンメルの各地がポケモン保護区に指定された……名目上は“闇隠し”によって崩れただろう生態系の調査だったか保護だったか。それによって、俺たちトレーナーは自由にポケモンを捕まえにくくなった。その上、捕まえようとすればなぜか<エレメンツ>に通報される……」 「……つまり、自由にポケモンを捕まえさせろって言いたいのか?」 「いや、言いたいのは、悪循環では、ないだろうかということだ」 「悪循環……?」 「ただでさえ、疲弊しきっているこの国の人間は、他国から流れてきた悪党に抵抗出来るだけの力が少ない。対抗手段を持っているトレーナーも一部だ。確かに保護区は密猟者からポケモンを守る方法だろうが、それ以前に自衛手段を身に着けさせる方が、重要ではないか」
俺はリオルを『どくびし』から逃がす方法を考え続けながら、時間を稼ぐために話を合わせる。
「自衛手段、か。それだったら、トレーナーズスクールとかそういう方面でポケモンとトレーナーを鍛える方が、いいんじゃねーか。ってか、実際そういう方面での動きはあったはずだろ?」 「まあな。年数も年数だ、着々と鍛えられてはいるだろう。だが、どうしても即戦力が求められているのも、事実だ」 「即戦力と言うが、他人のポケモンはトレーナーの力量が無いと、言うこと聞かないだろ」 「もし、言うことを聞かせる手段が、あるとしたら?」 「そんなこと、出来るのか?」 「……もしもの話だ。さて、お喋りが過ぎた。悪党は悪党らしくするとしよう」
そう言って奴は、ドラピオンに指示を出す。 リオルを逃がす方法の結論は出ていた。ただ、なかなか実行に移せないでいた。 本当にそれでいいのか、と問いかける自分がいる。 しかし、ドラピオンが構えた瞬間には、勝手に体が動いていた。
「ドラピオン『ミサイルばり』」
いくつもの棘のような針がドラピオンから放出され、リオルに襲い掛かる。 リオルが両腕を交差してガードを試みようとする。 しかし、このままでは攻撃の衝撃で吹き飛ばされて『どくびし』の餌食になってしまうのは明白だった。 だから俺は、リオルを守るためにモンスターボールを構える。
「戻れ!」
赤い光に包まれたリオルがモンスターボールの中に収まる。 当然、リオルに命中するはずだった『ミサイルばり』が、こちらへ飛んできた。どてっぱらに一本もらい、膝をつく。
「ぐあっ!」 「ほう。ポケモンを守るために自ら流れ弾を食らうか」
痛みに耐えながらも、激しく揺れ動くリオルのボールを押さえる。
「っ、だめだ、出てくるな!」
しかし、痛みで押さえきれず、リオルは出てきてしまう。リオルは『どくびし』を踏んで、猛毒状態に陥る。 俺の考えではリオルを戻して奴らをいったん見逃す、というつもりだった。 それがむしろ逆効果だったことを痛感することになる。 要するに俺は、リオルを守りたいあまりに、リオルの気持ちを考えてなかった。
「リオル……なんで!」
リオルは足の裏に突き刺さるのをお構いなしに『どくびし』を踏みしめ、一歩一歩俺の方へと近づいてくる。 そして、力いっぱい俺の頬を叩いた。
「……何しやが――っ!」
とっさに出かけた言葉が詰まる。 目の前の、その苦しそうな顔を見てしまったら、もう怒鳴れなかった。出来るはずがなかった。 そんな顔させたいわけじゃなかった。ただ俺は、お前を守りたかっただけなのに。
「トレーナーがポケモンを庇って倒れたら、本末転倒だろう。そのリオルは、お前を守ろうと動いていたのだろうに、哀れだな」
至極もっともな言葉が、嫌でも耳に入ってくる。奴は俺に、さらに追い打ちをした。
「お前、ポケモンのこと信頼してないだろう」
突き刺さる言葉。苦しいのは、『ミサイルばり』をくらった傷痕のせいなのか、図星を突かれたからなのか、とにかく頭の中がぐちゃぐちゃになる。 しかし、不思議と冷静だった。何が俺の思考を引きとめているのかというと、やはり叩かれた頬の痛みだった。 自然と、リオルの肩に手を触れていた。リオルが視線を逸らそうとする。毒が回ってきているせいか、顔色が悪い。
「信頼か……出来てないんだろうな。どうやったら信頼し合えるようになるのかわかんねえよ」
リオルの肩が、震えている。俺に、奴の言葉を肯定してほしくなかったのだろうか。いや、肯定してほしくはないよな。 リオルが居心地悪そうにしていた。それでも俺は、震える肩を握りしめながら、続ける。
「今まで俺は相棒を、ラルトスを“闇隠し”で奪われてから、他の奴とどう接していいかわかんなかった。今でもわからない」
呆れるくらい、わからない事だらけだ。だけど、そんな暗中の中にも、一筋の光のような想いがあった。 伝えなきゃいけない、伝えたい言葉があった。
「でも、お前のことも大事な相棒だとは、思っている。いいや、相棒になりたいと思っている」
ここでやっと、リオルは俺のことを見てくれる。赤い瞳は、ゆらめいていた。
「リオル、俺はお前とも、本当の意味での相棒になりたい。今はそれじゃ、ダメか?」
リオルは何も言わなかった、ただ、俺の頭を抱いて、小さく首を縦に振ってくれた。 そんなリオルに対して、心の底から、込み上げた言葉があった。
「ありがとう」
その言葉は、今までのちぐはぐなものではなく、パズルピースのようにストンとはまった。
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丸グラサン男とドラピオンはというと、黙ってその場から去ろうとしていた。 しかし、彼らの動きは高らかな一声によって遮られる。
「少年よ、よく言った!」
その声は頭上から、聞こえてきた。リオルを抱えたまま、声の主を捜す。 木の上に人影が見えた。小柄な人影はあろうことかこちらめがけてダイブしてくる。 空中でモンスターボールを下方へ投げる彼。 ボールの中からは大きな花を背負った、緑色の草ポケモンが現れた。
「フシギバナ! 『どくびし』を踏みつぶせ!」
フシギバナは着地とともに、『どくびし』をつぶして消滅させる。フシギバナの持ち合わせる草ともう一つのタイプ、毒の力で、『どくびし』を相殺させたのだ。 フシギバナがツルを伸ばし、トレーナーをキャッチし、地面へ降ろす。 それから、飛び降り野郎……緑のスポーツジャケットを着た、ヘアバンドの少年は名乗りを上げた。
「オイラは<エレメンツ>五属性が一人、ソテツだ」 「エレ、メンツ……?」
増援が本物なのか疑る俺に、ソテツはチョロネコのような笑顔をつくる。
「事情は弟子のアサヒちゃんから聞いてるから、警戒すんな微糖君」 「ビドーだ」
反射的に返してから、弟子? と新たな謎が降ってきた。 問いただす間もなく、ソテツは構える。
「助太刀するぜ、ビドー君とやら!」
そうして、丸グラサン男とソテツのバトルは始まった。
つづく
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