マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1545] 8 投稿者:イケズキ   投稿日:2016/05/08(Sun) 20:57:57   36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 まだまだ起きるには早い真夜中のことだ。私は耳元で呼びかけられる声で目が覚めた。
「おじさん。ねぇ、おじさんってば」
 声の主は小さいころの「私」であった。母親に聞こえてしまわないよう声を抑えながら私を揺り起こそうとしていた。
「うーん、どうしたの? こんな時間に」
 私はまだ眠くてしょうがなかった。少し−−いや、こんな時間に起こされてかなりうっとうしかった。
「おじさんに聞きたいことがあるんだよ」
「旅の話なら明日話すよ」
「そうじゃなくって! 今、聞きたいことがあるんだよ」
 暗闇に目が慣れてきて「私」の必死な表情が見えた。
 私はほとほと面倒くさい気持ちでいっぱいだったが、言う通りにした。眠くてしょうがないのは彼もいっしょのはずだ。それをガマンしてまで一体何の用なのだろう。
 私は普段物置として使われていた部屋へ案内された。この部屋はかつて父が使っていたものだと聞いたことがある。
「それで聞きたいことって?」
 おそらく父が使っていたものであろう机の前まで連れてこられた。母に気付かれたくないからと部屋の電気はつけず机の上に置かれたスタンドライトだけ付けて、それを挟んで私たちは向かい合うようにイスに座っていた。「私」の見たことのない神妙な顔がぼんやり浮かび上がっていた。
「おじさんってもしかして……僕のお父さん?」
 「私」の顔は至って真剣だった。
「は……?」
 思いもしなかった質問に私は面食らってしまった。
「違うの……?」
「ち、違うよ。そんなわけないでしょ。おじさんはただの−−」
 「ただの旅人だよ」と言いかけて口ごもってしまった。それは嘘ではないが、本当のことでもない。私は「私」の真剣な顔を見ているうち、彼に本当のことを話したい気分になっていた。

「ただの、なんなのさ」
 「私」が聞いてくる。相変わらずの表情だ。昔の私がこんな顔をすることもあるなんて知らなかった。
「君はどうしておじさんが君のお父さんだなんて思ったんだい?」
「それは……お母さんの様子がなんか変だったから……」
 そこまで言ってから「私」は頭を振ると続けた。
「ううん、そうじゃない。おじさんを公園で初めて見た時からなんか分からないけどそんな気がしたんだ。どうしてって言われると僕もよくわからないんだけど……」
 私はやっと理解した。初め私が“死んだ”時と一緒だ。やはり過去の「私」は私が誰だか分かっているんだ。はっきりと“未来の自分”とまでは思っていないかもしれないが、それでも何か繋がりを感じているんだ。
 そうとわかってもやはり私は彼に全て伝える気にはなれなかった。未来の自分が自殺したなんてことも、その理由も伝えるべきじゃないと思った。そこで私は本当のことの、一部だけを彼に伝えようと思った。そしてまた私は無性にある事を過去の自分に聞いてみたくなっていた。
「おじさんはただの旅人だよ」
 「私」があからさまにがっかりしたような顔をする。
「でも、ほかの人たちとは違う。夢が無いんだ」
「どういうこと?」ちょっと興味ありげに聞いてくる。
「おじさんは少し前に夢を叶えてしまったんだ。夢が叶った時はとっても嬉しかった。毎日が幸せでそれがずっと続くような気がしていた。でもね、しばらくして大切なものを失ってしまったことに気付いたんだ」
「大切なものって?」
「夢だよ。辛い時も悲しい時もあったけど、夢を追っていられた時がどれだけ幸せだったか気付いたんだ。もっともっと追い続けていたかったって、そう思ってしまった」
 「私」は再び神妙な顔で私の話を聞いていた。
「それから私はこうして夢の無い、つまらない毎日をふらふら生きている。君には大事な夢があるだろう? それがおじさんには無いんだ。もう、死んでるのも同じようなものさ……」
 私はすでに「私」の顔をまっすぐ見ることができなくなっていた。最後のところだけは嘘をついた。私は本当に“死んでいる”のだ。
「こんな私を君はどう思う?」
 沈黙。一秒がまるで一年にも感じられるこの感覚、これも初めの時と一緒だ。
 ピカピカと輝く新品物の夢を持つ「私」が果たして今の私をどう思うのか。情けないとなじられるだろうか、それとも熱く励ましてくれるのだろうか。きっと私はどちらの言葉も冷静には聞いていられないだろう。
 うつむいたまま膝の上に置かれた両手にぐっと力がこめられる。握った手の中も、首筋も、背中も変な汗でびっしょりになっていた。喉がカラカラに乾く、どうしてこんなこと聞いてしまったのか−−
「おじさんって、すごいんだね」
 −−へ……?
「今、なんて……?」
 思いもしない返事に私は何も考えられなくなっていた。
「おじさんは、叶えたら“死んだのも同じ”って思えるくらい大事な夢をやっと叶えたんだね。それってとってもすごいことだよ」
 すごい、なんて言われると思ってもいなかった。「私」は一体なにを考えているのだろう。未来の私にはさっぱりわからなかった。
「でもね、おじさんはきっと気づいていないんだ。つまらないって思ってるこれからの時間にも価値があるってこと」
 目の前にいるのがとても十歳たらずの男の子と思えない。まるで別人と話しているような気分だった。
 −−与えられた時間の価値も省みず……
 あのディアルガが言っていた言葉だ。時間の価値とはなんなんだ。夢の無い人生を生き続けることに一体何の意味があるんだ。
「……明日だけが未来じゃない」唐突に「私」がつぶやいた。
「昔母さんが言っていた。お父さんはそう言って出て行ったらしいんだ。よく意味は分からないんだけど、何となく大事なことな気がして覚えているんだ。今のおじさんなら分かるのかなって思って」
 大事にしていたはずなのにすっかり忘れていた言葉だ。「明日だけが未来じゃない」ゆっくり頭の中で言葉を反芻させる。頭の中でだんだんと言葉が溶けていく。溶けていった先に意味が現れてくる気がして、私は考えるのをやめた。
「分からないよ……」
「そっか。ま、それでもいいや。ゆっくり考えてみてよ。そのうちわかるかもよ」
 生意気な口調で言う。
「おじさんはそうやってゆっくりしていればいいんだよ。まぁ、僕はおじさんみたいにならないけどね」自信たっぷりに言う。
 私はそんな過去の自分が哀れに感じてならなかった。幼さゆえのこの自信。目の前の私が未来の自分だなんて想像もつかないだろう。
「……そうは言っても分からないものなんだよ」
「絶対にならないよ! 僕にはおじさんみたいにゆっくりしてられないんだから!」意固地に彼は言った。
「どうしてそんなこと言い切れるんだ! 未来のことなんて誰にも分らないのに!」
 私も彼の頑なな主張に少し意地になっていた。
 すると「私」はちょっとの間何か逡巡した様子で口ごもったかと思うと、ぽつぽつと“ある事”を話し始めた。
「おじさん、未来に送る手紙って知ってる?」
 それはかつて私が大人になった自分にあてて書いたものだ。そのことは覚えているが、中身は全く思い出せなかった。
 そもそも私はこの家に来てからというもの考え過ぎそうになるのを努めて避けてきた。知ってしまうと思ったのだ、私が生き続けるべきであった理由を……。
 目の前の「私」は打って変わって落ち着いた様子でこちらを見ている。対して私はとても嫌な予感がしていた。
 その手紙こそが”生き続けるべきであった理由”その物だという、確信に近い、そんな予感が。


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