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  [No.1561] Chapitre2-2. 花月のショウヨウシティ 投稿者:浮線綾   投稿日:2016/07/15(Fri) 20:50:56   39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



草上で食前酒 -Le Aperitif sur l’herbe

Chapitre2-2. 花月のショウヨウシティ



4月下旬 ショウヨウシティ


 ひと月かけて大河を西へ下るクルーズは順調だった。
 のどかな田園風景、森の中に佇む古城、緑増す丘陵とそれを彩る七色の花畑。『カロスの庭園』とも称される一帯である。
 ショボンヌ城やパルファム宮殿、バトルシャトーなどはポケモントレーナーにもなじみ深い城館だ。しかし美しい城はそれだけではない。船は数十にも及ぶ城下町に停泊を繰り返しては、それぞれの街で産するワインが観光客に振る舞われる。この流域は多彩・良質・安価と三拍子そろった白ワインの一大産地だ。

 水辺に棲む水ポケモンの機嫌もいいもので、クルーズ船がギャラドスやシザリガーに襲撃されるということはなかった。おかげでセラとリズをはじめとする船の護衛を担うトレーナーも、交代で周辺の見張りをする以外は観光客に混じって美しい風景と美酒をゆったりと楽しむことができた。あるいはトレーナー同士でバトルをして賞金をやり取りしたり、ポケモンに簡単な芸などさせてみせたりして見物客からのチップを稼いでいる。

 春の曇り空は地平の丘をぐるりと取り囲み、果てしなく広がっている。
 幸い、雨は少ない。
 カヌーで河を下る者がいる。気球で空からの眺めを楽しむ者もいる。あるいは河岸をゴーゴートの背に乗ってのんびりと散歩する観光客、魚ポケモンの背で釣り糸を垂れるトレーナー、鳥ポケモンに乗ってどこかの街へと空路を急ぐトレーナー。そういった人々とクルーズ船の乗客は互いに手を振り合う。
 河は穏やかだ。
 ヤヤコマのさえずりが聞こえてくる。


 夕暮れ時、険しい西の山脈に刻まれた深い渓谷を抜けると、遠くに西の大海が広がるのが見えてきた。
 甲板で野生ポケモンの見張りに立っていたセラとリズは目を眇める。
「ああ……もうショウヨウだ」
「……長かった……」
 ほのかに西日が射している。
 4月も後半だが、まだ気温は10℃を下回ることが多い。やはり空にも雲が多い。
 リズは高い体温を持つシシコをしっかと抱きしめ、その炎のたてがみで顎を焼きそうになっていた。その右隣のセラはいつも通り涼しげにニャスパーを抱えて、背筋を伸ばして立っている。

「楽しかったな、リズ」
「河見て城見てワイン飲んだ記憶しかないけどな」
「思い出さないか?」
「……お決まりの質問だな。ときどき城の形には見覚えがあると感じたが」
「まあ、なかなか思い出せないのも無理はない。去年の今頃のリズと私は、お世辞にも仲が良かったとは言えないからな」
 セラはくすくすと思い出し笑いをする。
「私は生命エネルギーの研究に没入したかったんだ。なのに、いつの間にか頭のおかしい夢想家とコンビを組まされて、こともあろうかお金持ちに頭を下げて資金援助をお願いして回る羽目になってな」
「…………その『頭のおかしい夢想家』のほうもきっと、『頭のおかしい理論家』に付き合わされて、さぞやうんざりしたことでしょうよ」
「だろうな。当時のことは悪かった」
 セラは夕陽を映す河の色を眺めながら、肩をすくめた。
「科学班班長のクセロシキという男と喧嘩をしてね。雑用を押し付けられたというわけだ」
「…………俺もかよ」
「お前は違う、お前は……よく分からないな。お前の仕事に私は興味がなかったから。リズはフレア団で何をしてたんだろうな」
「そこは自力で思い出せってことか……」

 19時半ごろだった。日が沈む。
 この頃は急激に日没が遅くなる。ショウヨウの街の光が青い闇の中で宝石のように煌めいている。今日はこの眺めを楽しみながらの夕食になるだろう。
 冷たい風の中、温かいシシコを抱きしめつつリズは目を閉じていた。
 去年もリズと共に船上にあったはずだ。
 ヒントは与えられている。セラはリズと共に、貴族にフレア団への資金援助の要請をしていたのだ。船の上から見た城の一つ一つに立ち入って、城主と話でもしたのだろうか。



***


「アンタも移民なのか」
「今さらか? この肌の色を見て分からないのか? それともお前は目が見えないのか? 目が見えないのに私の前を歩かないでくれるか、危険でしょうがない。ほら、見えるか? 見えてるか? 見えてないのか?」
 不機嫌に言い募り、ケラススはずいとオリュザの目の前に灰色の掌を突き出してきた。血色の見られない、黒曜石のような肌の色だ。
 ケラススの銀紫色の瞳はぎらぎらと高圧的に輝いている。
 随分と感情的な男だ、とオリュザは呑気に思った。
「見えてる。アンタって煙突掃除夫だったんだな。ちゃんとシャワー浴びろよ、顔面まで煤だらけだぞ」
 オリュザの冗談は黙殺された。
 受け流されたわけではない。ケラススは憎悪を込めてオリュザを睨みつけてきている。
「お前のふざけた話に付き合うつもりはない」
「じゃあ、下ネタ話には喜んで付き合ってくれるわけかな?」
「もういい。私もお前も所詮は移民だ、だがそれがどうだというんだ? 私はフラダリ様直々の要請でラボに招き入れられたんだ。……貴族がなんだ、クセロシキが何だというんだ? なぜ私がこんな事をしなければならないんだ?」
「ご不満だな」
 オリュザにもケラススの怒りは理解できないでもない。
 2人はただ、河岸に立つ立派な古城に暮らしている老婦人に向かって、フラダリラボへの資金援助を折り目正しくお願いに行っただけなのだ。
 なのに一笑に付された。
 ――“わたくしのもとに移民などを遣わすなど、わたくしもフラダリに軽んじられたものですね”、と。


 件の古城から丘を下りた河岸の草地に、黒スーツのオリュザと、白衣のケラススは立っていた。
 怒り心頭の様子で城館を後にしたケラススを、オリュザが揶揄いついでに追いかけてきたのだ。同行人の気を鎮めるべく、気安くその肩に手を置いて慰める。
「元気出せよ、ケラスス。ただの移民ノイローゼの婆ちゃんの言う事だろ」
「フラダリ様の尊厳が傷つけられたんだぞ。なのに私にはどうも出来ないんだ」
「そうだ、どうしようもない。だから元気出して次行こうや、な?」
「無理だ。クセロシキめ。あの男……フラダリ様の評判を下げることを計算に入れた上で、この私にこのような仕事を押し付けたか。紛う事なき裏切り行為だろう……!」
 ぷりぷりと怒っているケラススの背中を、オリュザはぽんぽんと軽く叩いてやった。
「……俺らが嫌われんのはしょうがねえやな。俺もアンタも、入団料500万円を支払わないで、フラダリ様直々にスカウトされた“特別な存在”なんだから。努力や才能や血統をごっちゃにした勘違い野郎どもの妬みを浴びるのは、俺たち優秀な移民の運命だ」
「お前などと一緒にしないでもらおうか」
「そうは言うけどな、フレア団の大多数は500万をポンと出せる白人の貴族どもだろう。俺もアンタも少数派に属するって意味じゃ、確かに同類項だわな」
「――だからといって“移民”という立場に甘んじ、平気で白人貴族に頭を下げることのできるお前の奴隷根性を、私は心から軽蔑する」
 ケラススの視線は冴え冴えとしていた。
 オリュザも冷酷に笑った。
「……アンタもプライドなんかにしがみつくのか。白人貴族と同じだな」
「何が同じなものか」
「大局を見るべきだろう。――アンタの目的を思い出せ、ケラスス・アルビノウァーヌス」

 そう言ってオリュザはやれやれと首を振ると、河岸の草の上に腰を下ろした。黒スーツが汚れるかもなどとは気にもかけずに。
 そして可憐な花をつける鈴蘭の花を傍らの草地に見つけ、オリュザはいそいそとお気に入りの花切鋏を取り出し、葉と共にそれを摘み取る。手の中に清雅な白と緑の花束を作って、うっとりと眺めた。たしか毎年5月1日は大切な人に鈴蘭を贈る日だったな、などとのんびり思いながら。

 河には白いクルーズ船が停泊している。
 それはなかなか豪華な客船だったが、一ヶ月もずっと気難しい同僚と共に船上で過ごすというのは気づまりなことこの上なかった。オリュザの楽しみは美しい風景と美味い酒、そして野に咲き誇る季節の花々ぐらいだ。
 ケラススは河岸の草地に立ったまま、波立つ河面を睨んでいた。
「…………どうせ……滅びる…………」
「そゆことだよ。あんなもん、墓石だとでも思ってドゲザでも何でもしてやんな」
 オリュザは軽く笑いながら、ケラススの白衣の袖をぐいと引っ張る。草の上に座らせ、鞄の中から古城のワインセラーで買い付けたばかりの白ワインのボトルを取り出す。
「まあとりあえず一杯。明日はショウヨウに着く。地に額こすりつけてでも、アンタの研究費は搾り取ってやるよ」
 微笑んで、オリュザは戯れにケラススの耳元に鈴蘭の花を挿してやった。
 ケラススは無表情のまま、すぐさまそれを叩き落とした。


***


 翌日には朝靄の中、ショウヨウシティに入った。
 河口にはニレの林、海浜には海岸松の林が西の海風を受けて揺れている。
 崖の上には貴族の城館がそびえていた。その眺めに、船の上のリズは既視感を覚える。たしかあの時も、セラことケラスス・アルビノウァーヌスと共に、あの城へと続く階段を黙々と登った、ような。確かにそんな記憶がある。

 リズはシシコを抱きしめ、息を吐いた。
「…………ドゲザはしたんだっけか」
「お前は、したな。神に礼拝するがごとき勢いだった。ところがそのオリエンタルさが逆に気味悪がられて、けっきょく援助は得られなかった」
「……マジかー」
 セラはすべて心得ているように、淡々と思い出を語る。
「ただ、そのあと私がクセロシキにドゲザしたら、とりあえず研究費は回してもらえるようになった」
「……え? アンタもドゲザしたの?」
「お前の清々しいドゲザっぷりを見て、自分が恥ずかしくなってな。お前は私のために地に額を擦り付けてくれたのに、私一人がぼんやり突っ立っているわけにはいくまいよ」
「…………そりゃ、漢だな」
 意外も意外である、まさかあの冷酷なケラススに頭を下げようなどという発想が生まれようとは。やはりドゲザは人の心を動かすのだなとリズは思った。遥か東洋の島国の風習も多少は役に立つようだ。
 セラは懐かしげに目を細めた。
「私がオリュザ・メランクトーンを尊敬したのはあの時が初めてだったな……」
「……………………俺は今初めてアンタを尊敬した」
「ふふ、それは光栄だ」
 ニャスパーを抱えたセラは恥ずかしげもなく、海風の中で爽やかに笑っている。



 一日ショウヨウの周囲を周遊し、船は夕方には無事にショウヨウの港に停泊した。
 セラとリズも一ヶ月分の護衛の報酬を現金で受け取った。観光客は夜景を楽しみつつ、ぞろぞろとホテル・ショウヨウへとなだれ込んでいく。
 しかしセラとリズはしがないポケモントレーナーである。ポケモンセンターに泊まる方が圧倒的に安上がりだ。
 ポケモンセンターを求めて、2人は歩き出す。
 ところがさほど行かぬところでショコラトリーを見かけて、セラがそのショーウインドーを指さし華やいだ声を上げた。

「見ろリズ、そういえばもうイースターだぞ」
「……あー、そうね……」
 そこにはチョコレートで出来たイースターエッグがウインドーの中に飾られていた。かわいらしい籠の中に飾られた卵は一つ一つ緻密な模様に彩られ、華やかだ。多産を象徴するホルビーやミミロル、マリルリの愛らしいショコラもある。
 2人の腕の中のシシコとニャスパーも、ショコラトリーの彩り豊かなイースターエッグに興味津々だった。せいいっぱい首を伸ばしてよく見ようとしている。
 そんなニャスパーの頬を撫でながら、セラはリズを振り返った。
「イースターが来るならすっかり春だな。せっかくだし買っていこう、リズ」
「勝手にどうぞ。ただし脂質と糖質の過剰摂取には気を付けろよ、この甘党野郎」
「無論」
 セラはいかにも楽しそうに、Bonsoir, Madameなどと挨拶しながらショコラトリーに入っていく。
 シシコを肩に担いだリズも顔を顰めつつそれに倣った。――まったく、記憶の中のケラススと目の前のセラとの整合性が取れない。こいつはイベント物に心を躍らせるようなタイプの男だっただろうか?

 店内で山盛りにされている美しいイースターエッグの数々を、ニャスパーやシシコと共にうっとりと眺めながら、セラはリズに話しかけてきた。
「普通のカロスの人間は、ノエルとイースターは家族で過ごすものと相場が定まっているが。ちなみにリズ、自分の家族のことは覚えているのか?」
「…………いや、思い出せない」
「そう。私も昔のお前から、お前の家族のことを聞いたことはないんだ。今頃……ご家族がお前のことを心配しているかもしれないな」
「……つっても、仮に今の状態のまま家族と再会したって、傷つけるだけだろうがな。何も覚えていないんじゃあ……」
 リズはイースターエッグよりも、店内に飾り付けられている甘い色合いのチューリップの花を見つめている。白やクリーム色、淡いピンク、紅色。美しい春の彩りだ。このあたりに咲いているのだろうか、そればかりが気になる。

 家族という単語を聞かされても、リズの胸には何の感慨も湧かない。会いたい人間も、思い出したい人間も、影すら浮かばなかった。――と同時に、リズは幻滅した。
「……たぶん、昔の俺はかなり人間関係に淡白な人間だったんだ」
「ああ、そうだろうね。なにせお前ときたら、この私以外に友達がいないのだもの」
 セラは身をかがめてニャスパーと一緒にイースターエッグを熱心に見比べながら、ごく適当にリズをからかってくる。
 まったくセラの言う通りだった。リズと繋がりのある人物は、今のところセラしかいない。
 それが気持ちが悪かった。明らかに異常だった。
「…………なあ、アンタさ、俺と共通の知り合いとか、いなかったか?」
「フラダリ様とか? 科学者連中とはお前は面識ないだろう? ……それともAZのことを言っているのか?」


「AZ?」
 リズがその名をオウム返しに呟くと、セラは再び背筋を伸ばし、こちらを振り返った。
 その表情も、目さえも笑っていなかった。
 ぞくりとするほど冷ややかな紫水晶の瞳だ。
「ああなんだ、勘違いか。悪い。忘れてくれ」
 セラはぶっきらぼうに言い放つ。
 リズはただ、おおと思っただけだった。セラは今まさに、リズの記憶の中のケラススと同じ仏頂面をしている。ついに知っている人物を見つけた気がして、あるいは親しい人間の懐かしい本性を暴き出せた気がして、思わずにやりと笑う。

「いや、そんなカワイイ顔で忘れろなんて脅されてもな。――何だ? 今まで散々思い出せって言っときながら、何を忘れろって? これ以上俺の頭に空っぽになれってか? そりゃ残酷すぎるだろ、セラちゃんよ?」
「私の顔が可愛いのは自明のこととして。とにかく私には、お前に今すぐ思い出してほしい事と、今はまだ思い出してほしくない事があるんだよ。それだけは言っておく」
「……え、何それ、要するにアンタは、アンタ好みの俺を作ろうと企んでるってわけ?」
「うるさいな。いずれはすべて思い出してもらうと言っているんだ、オリュザ」
「なあなあセラちゃん、AZって誰? 誰よ? お前の恋敵か何かかい? まさか俺を巡ってラブコメでもしたのかね?」
「なぜ、さも当然のようにお前自身がヒロインになろうとするんだ」
「……セラは俺を独り占めしたいんだな……」
「ははは。相変わらずの夢想家だな」
 セラは手籠の中にイースターエッグを片端から放り込み始めていた。何かに苛立っているかのように。
 それから苦笑を浮かべて、リズを振り返る。

「……サービスで教えてやる。AZは、御年推定3000歳のご老体だ」
「何それ、ポケモン? キュウコン三体分? 尻尾が27本生えてたりする?」
「それは……さぞやエノキダケにそっくりだろうな……」
「最高でジラーチに3回会えるじゃん、何それ羨ましい」
「なぜこの世に存在するジラーチが一体だけだと思っている?」
「えっあれ沢山いんの」
「という説もある」
 セラは甘い香りのするイースターエッグを60個お買い上げした。
 確実にリズの担当分も含まれている。





Chapitre2-2. 花月のショウヨウシティ END


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