マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1562] Chapitre2-3. 牧月のコウジンタウン 投稿者:浮線綾   投稿日:2016/07/15(Fri) 20:52:09   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



草上で食前酒 -Le Aperitif sur l’herbe

Chapitre2-3. 牧月のコウジンタウン



5月下旬 コウジンタウン


 ――水族館が見たい。
 というセラの唐突な我儘により、リズとセラは8番道路“ミュライユ海岸”の砂浜に広がる海岸松の林を通り抜けて、石灰岩の崖下を南へ下り、コウジンタウンまでやってきた。

 ここ一ヶ月で日はめっきり長くなり、今や春真っ盛りであった。
 日の出は6時半、そして21時を過ぎてようやく日没だ。
 街のあちこちでは藤の花房が長くしなだれ、林檎は木全体に白い花が満開になり、みずみずしい薔薇が家々の窓辺を飾り、紫のライラックが芳香を漂わせ、畑の葡萄は新緑の葉を広げ、菜の花の黄色い絨毯が郊外に広がり、マルシェには旬のホワイトアスパラが並ぶ。
 街角では『リラの花咲く頃』のシャンソンが流れ始める。
 虫ポケモンやフェアリーポケモンが活発に活動し、タマゴから孵ったばかりであろう小さな鳥ポケモンが腹を空かせて巣から親を呼んでいる。
 街を行く人々は半袖姿が目立ってきていた。


 そのような季節の移ろいが反映されているのかいないのか分からない、コウジン水族館にリズとセラは入った。
 さっそく、正面ホールで黄金の巨大なコイキングの像が2人を出迎える。
 シシコを肩に担ぎ、手に野のスイートピーで花束を作ったリズは、金のコイキング像を見て絶句した。
「……なんだこりゃ……」
 ニャスパーを抱えたセラは、笑いながら振り返る。
「見覚えは無いか?」
「……ま、まさか俺らは水族館デートもこなしていたというのか……!」
「例の如く仕事でだけどな。マンムー捕獲とドゲザお城クルーズの件以来、すっかりお前と私はセットで扱われるようになってしまってね。当時は本当にいい迷惑だったよ」
「……だろうな。何が悲しくて科学者と思想家が一緒にいなきゃならねえんだって話だよな」
「まさしく」
 セラはさっさとコイキング像の傍の階段を登っていった。リズもそれに続く。

 そこには南海のポケモン、北海のポケモン、深海のポケモン、浅海のポケモン、川のポケモン、湖のポケモン、沼のポケモンがそれぞれの水槽の中で泳いでいた。
 魚ポケモンを見て、リズは唾を飲み込んだ。
「……美味そうだな」
「リズ」
「……ケラスス・アルビノウァーヌス、俺の持論を聞かせてやる。意味も無く生きるぐらいなら死んだほうがマシだ」
「…………つまりお前は、ポケモンを見世物にするぐらいなら食ってしまえと、そう言うわけだ」
 セラの声音はどこか面白くなさそうだった。

「リズ、確かお前はクルーズ船の上で、ポケモン肉は食べたくないと言っていなかったか? それと今のお前の言動は矛盾していないか?」
「それでも俺があの肉を食べたのは、屠られたポケモンの命に意味を付加せんが為だ。――そいつが、残飯として捨てられるために生かされていたんじゃなくて、俺の血肉となるために生きたという、その証になるように」
「……なるほど。ポケモン食はリズにとって、家畜とされたポケモンへの弔いというわけだ」
 セラは腕を組み、俯いていた。水槽の光がその顔の上に揺らめく影を作る。
 リズはそれを振り返って、肩をすくめてやった。
「アンタは俺の考えが気に食わないか。俺は別にそれでも――」
「いや。……じゃあリズ、お前が一年前にフロストケイブで、私と一緒に、あの野生のウリムーやイノムーの群れを殺戮したのは? あれこそ無意味な死を与えただけではないのか? あれはどういう事だったんだ? 説明してくれ」

 顔を上げたセラの、銀紫の瞳がリズを射抜く。真剣に問いかけてきている。
 記憶を失ったリズを試そうだとか、導こうだとか、そういった意図はそこには無い。
 セラはオリュザ・メランクトーンに質問をしているのだ。

 リズも金茶の瞳を細めた。
「前にも言ったが、俺はポケモンを世界から絶滅させたかった」
「……それはポケモンという種族すべての命の意味を否定することにはならないのか?」
「ポケモンには、絶滅させるに値するほどの価値があった」
「…………意味がわからない、リズ」
「セラ、“ポケモン一般”と“家畜として飼育されているポケモン”を混同するな。“一般的なポケモン”は強い力を持つ、価値ある存在だ。それに対し、“家畜とされているポケモン”はそうした能力をそぎ落とされ、肉を蓄えること以外の価値を持たない」
 リズは知らず身振りにも力が入る。手にしていたスイートピーの花を握りつぶし、語気も強く訴える。

「俺に言わせれば、力を持たない“家畜のポケモン”には生きている価値など無いから、せめて人間の餌にしてしまおうという発想になる。だが、あのウリムー達のような力を持っている野生の“ポケモン一般”は、無限の可能性を秘めた価値ある存在だ」
「…………では、その価値ある“一般のポケモン”であるウリムー達を、なぜお前は殺したんだ?」
「“ポケモン一般”の価値は、無限の可能性を持つことにある。――だが、人類には、無限の可能性など、必要ない!」


 リズは言い放った。
 爽快だった。自分の思想を主張する快感をすっかり取り戻してしまった。フレア団の思想家であるオリュザがリズの中に還ってくる。
「ポケモンがいるから、戦争のたび、何百万何千万という単位で、人が死ぬ! ポケモンは危険だ、ポケモンは無限の可能性を秘めている――すなわちポケモンは世界を人類を滅ぼす可能性を秘めている。だからポケモンは人類の敵なんだ」
「………………そうか」
「言ったろ、セラ。俺は平和主義者だと」
 リズはそう言い放ち、ふわりと微笑んでみせた。
 セラもくしゃりと微笑んだ。どこか苦しげに。
「…………変わっていないな、オリュザ」
「我らが代表に大いにウケた考え方なんだがな。俺の思想はフレア団の思想だぞ?」
「そうだろうとも。団員の思想統一を図り、新世界の新たな規範と秩序を生むこと、それがお前のフレア団における存在意義……だったな」
「なのにあの男、失敗したんだもんな。あーつまんね。俺の見込み違いだったか」
 リズはけらけら笑う。
 セラは視線を逸らす。
「……お前は本当に相変わらずだよ、夢想家」
「アンタは自分の研究の為ならポケモンを何万匹殺そうが平気なんだろう、理論家」
 皮肉な笑みを向け合う。
 結局は、互いを非現実的だと詰り合う結果になる。かつてと同じように。いつもと同じように。



***


 黒スーツのオリュザと白衣のケラススは、人の気配の少ない春のコウジン水族館で、水槽の中の薄汚れた水の中で苦しげに呼吸を繰り返す水ポケモンをただただ眺めていた。
 オリュザは水族館が嫌いである。
 ケラススも水族館は嫌いである。
 なのになぜこの2人が揃ってコウジン水族館にいるのかというと、ひとえにそれが上司命令だからだった。まったく分野を異にする2人に共通する上司など、一人しかいない。フラダリラボ代表にしてフレア団ボスである人物、フラダリだ。

 フレア団は現在、コウジンタウン東の“輝きの洞窟”で、ポケモンの化石の盗掘を行っている。
 厳密には盗掘とは言えない。化石の発掘にはなんら行政の許可を得る事を要しない。そのことはオリュザがお墨付きを与えている。
 しかし、ポケモンの化石はみんなのものだという、暗黙の了解というものがカロス地方には存在した。にもかかわらず化石を独占しようとすれば、それも研究目的でなく金儲け目的で行えば、たちまち各所から批判が殺到するだろう。だから、そのような後ろ暗いことは『フラダリラボ』でなく『フレア団』の仕事だ。


「……なあケラスス、フラダリラボとフレア団の違いは何だと思う」
 オリュザは退屈を紛らわすため、やや離れた右隣りで佇んでいるケラススに小声で質問を投げかける。
 ケラススは鼻で笑った。
「またどうせ、認可を受けた法人だとか、訳の分からない法律知識を披露したいだけなのだろう、お前は」
「あちゃ、ばれたか。だが俺は披露するぞ。フラダリラボは、我らが代表が無限責任を負っておられる無限会社だ。一方、フレア団は、フラダリラボという実在する企業を隠れ蓑にした――いわばフラダリラボの真の姿とでも言うべきか」
 ケラススはそれ以上は相槌を打とうとしなかった。腕を組んで聞き流している。
 しかしオリュザは構わず話し続ける。その手に弄んでいるのは近くの岩場に生えていたのを摘み取った、ツツジの花である。
「フラダリラボは世のためになる製品をお届けする、ごくごく一般的な超優良企業だ。株式会社でないために外部の第三者の目が行き届かないというコーポレートガバナンス上の問題点はあるにしても、やはり代表であるフラダリ氏の手腕と人柄から、数多くの銀行が競って融資を行おうとするほどの、まさにカロス第一の企業なわけだよ、きみ」
 ケラススは頷きさえしなかった。
 しかしオリュザは構わない。
「――しかしそのフラダリラボという薄い外皮の内側にあるのは、純利益を怪しげな研究の費用にばかり回している、テロリスト集団たるフレア団だ」
 話がフレア団に及ぶと、ケラススの視線がちらりと動いた。
 それに気付いたか気付いていないか、オリュザの小声も熱を帯びる。
「フレア団は完全紹介制、あるいは例外としてもスカウト制だ。500万円を支払った奴だけが加入できる。フラダリラボの方に所属しない政治家や他企業の社長なんかもフレア団に所属してるっつー噂がある。つまりフレア団は、完全にはラボに内包されてないんだ」
「そうか」
「一方、何も知らずにフラダリラボへの就職を希望する者は、フレア団の仕事には一切触れられず、フラダリラボの下請企業の業務に回されるという寸法だ」
「お前の話は心底どうでもいいな」
 ケラススは退屈そうに欠伸をした。白衣の袖の下の腕時計を確認し、舌打ちする。


「下っ端どもが、化石採集はまだ終わらないのか。どれだけ掘り起こすつもりだ……」
「ポケモンの化石は一個あたり、数万円から数千万円の値段はつくからな。タダで採掘できるなんて最高だろ。ホルードとかで壁砕きつつ掘れる限り掘り進んでんじゃねえの」
「以前から化石による資金獲得の動きはあっただろう?」
「大規模な採掘を始めたのは一昨日からだな。代表の野郎、カネ作りを急ぎにかかってんな。さては“樹”と“繭”の居場所のめどが立ったか……」
 そのとき、オリュザとケラススのホロキャスターが同時にホログラムメールの着信を告げた。2人とも無言のまま手早く操作し、ほぼ同時にメールを開く。
 待ちに待った、フレア団の下っ端からの報告が流れてきた。
 最後までメールを見終えると、2人はすぐさまそのデータを端末から完全削除する。それから顔を見合わせた。
 そしてオリュザも、ケラススも、同時に吹き出した。

「子供に邪魔されて引き上げたとか――」
「――馬鹿か、こいつら」
 2人はひとしきり腹を抱えて笑い転げていた。とんだ笑い話である。
「ぶっ、はは、はははははははははははっ、ちょ、待っ、ありえなくね、ショボすぎだろ!? 子供にやられました、だ? どんだけヘタレだよお坊ちゃんよ!」
「あはははは、これだから温室育ちは困るんだ。500万円払うだけ払えば後は安泰だとでも思っているのか。フラダリ様も新規メンバーの加入条件を見直された方がいいだろうに」
「まあまあケラスス、今はカネと人手が大事な時期よ。無能な末端のクズどもはそこら辺の一般人と同じく、最終兵器でボンしちまえばいい。真面目に働いてるフレア団員たちもそれで文句は言うまいさ」
「それもそうだな。ああ、久々に笑った……」
「やっぱボンボンが慌てふためいてんの見るのは愉快だわー」
「実に最高の気分だよ」
 それからもオリュザとケラススは暫く、ふつふつとこみ上げてくる笑いをこらえきれずにいた。
 ――ざまあみろ。さんざん移民だ何だと難癖をつけてオリュザやケラススを軽蔑してきた、金持ちの白人の子弟どもは、ただの子供トレーナーにプライドをへし折られた。最高だ。

 オリュザはケラススの肩を叩く。
「あー、俺も久しぶりにいい気分だわ。やっとこの臭え水族館からも出られるし、とっとと帰ろうぜケラスス。飲むか?」
「付き合おう」
「せっかくだし、コウジンの赤ワイン試飲しに行くべ」
「それはいいな」
 言いながらも2人は足早にコウジン水族館を後にした。早くも手にしていたモンスターボールを、晴れ間の覗く空に高く投げ上げる。
「ヘスティア、葡萄畑もってるシャトーまで飛んでくれ」
「メルクリウス、お前も頼む」
 現れ出たオリュザのファイアローも、ケラススのオンバーンも、主人たちがすこぶる上機嫌なのを目の当たりにして、不可解げに首を傾げていた。


***


 そんなこともあったっけな、とリズは思う。
 あの時から、コウジン水族館の蒼い水槽の中をぐるぐると回り続けているポケモンの顔ぶれはほとんど変わっていない気がする。
 無為に泳ぎ続ける魚ポケモンたちを、上司の言いなりに動くことしか能のないフレア団の下っ端たちを、オリュザもケラススも軽蔑していた。そしていつの間にか、2人で過ごすうちにお互いに仲間意識のようなものを抱いて、友達のような関係になっていた、はずだ。2人は専門分野も考え方も全く異なる人間だったけれど、だからこそ珍しく意見が一致したときは面白かった、ような記憶がある。
 懐かしい。

「懐かしいな」
 リズの心を読んだかのように、ニャスパーを抱えたセラは水槽を見つめながら呟いた。
「オリュザとはいつもどこへ行っても、口喧嘩をしていたような気がする。いや口喧嘩というより、私にはお前の言っていることが理解できず、反論もできずに一方的に反感を募らせていただけだったがな」
「……あー、まあ、俺もアンタの理系の話とかは全然ついていけねえし」
「お前の話を聞いていると、無性に腹が立つんだ」
「…………そ、りゃ、すみませんね」
 セラはニャスパーの毛並みを撫でながら苦笑した。
「今まではそれすらもただただ懐かしかったんだが、さっきは久々にイラッと来たな……」
「え、何が癇に障ったんだよ?」
「ポケモンには価値があるから殺してしまえ、というくだりだよ。まったくもって理解できない」
 シシコを担いだリズも興味深げに眉を上げ、前髪を耳にかけた。
「お、なんだなんだ? 意見を聞かせてくれ、気になるぞ」

「リズの言うポケモンの価値って、すなわち人間の役に立つかどうかってことだろう?」
「……は? いや、意味もなく生きているポケモンが、価値が無いのであって」
「しかしお前の定義する“意味もなく生きているポケモン”とは、肉にされる以外に価値のない“家畜のポケモン”だろう。つまり、お前の言うポケモンの価値とは、人間の役に立つかという基準によって計られているんだよ」
「…………お、おう」
「それなら、ポケモンに価値を見出すか否かは、人間に依存するだろう?」
「………………あー」
「つまり、結局フレア団がポケモンを滅ぼすというのは、人間のエゴに過ぎないってわけさ」
「……………………そうなるね」
「だからポケモンが滅ぼされるのをポケモン自身の責任に帰結させようとする、フレア団の思想即ちオリュザの考えは、不当ではないか?」
 リズは自らの掌の内で潰れたスイートピーを無感動に見つめ、ふむと考え込んでしまった。

「つまりアンタは、責任のないポケモンまで滅ぼすのは不当だと考えてるってわけか?」
「そう。でも、フラダリ様によるとそのエゴの塊である人間も滅ぼすという話だったから、それなら許容できるかと、当時は何となく思っていたんだけど。……よくわからないな。Merci, Riz, 私の要領を得ない話を聞いてくれて」
 セラはにこりと笑うと、さっさと早足で歩き出した。
「さて、この水族館にもう用は無いだろう。コウジン名物のカヌレでも食べに行こうか」
 リズは吹き出した。
「……また、甘味かよ」
「カヌレはワインの澱取りで余った卵黄を使用しているらしいな。いやはや、さすがは『ワインの女王』と名高い高級赤の名産地、コウジンだ。名物の菓子まで洒落ている」
 わくわくとコウジンの街へ繰り出すセラを、リズも苦笑しつつ追いかける。
 蜂蜜色の石積みの街並みが、ツツジの花咲く崖に張り付くように広がっていた。





Chapitre2-3. 牧月のコウジンタウン END


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